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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


 ◆◇噂の店◆◇

 人が居なくなると噂の立つ、高級レストランが在る。けれど『誰が』居なくなったのか、近しい人でも解らないらしい。
 『誰が』居ないのか解らないのに噂が出る。とても奇妙なことである。
 料理も美味しいらしいが、そこはそれ。高級レストランなのだから当然だろう。
 噂の出所ははっきりしないが、取材に行くにはもってこいだ。
 アトラス編集部編集長、碇麗香に仕事を申しつけられた三下忠雄は、一人で行くのは嫌なので一緒に行ってくれる人を捕獲しようと目論んでいたりする。

◆◇ ◆◇

 調査をしに行く、というより食事を楽しむ方に重点を置かれているような気がする。
 シオン・レ・ハイや海原・みそのの様子にほんの少し偏頭痛を感じてこめかみに手をやった麗香は、丁度姿を見せたシュライン・エマを手招きした。
「どうかしましたか?」
 何やら楽しげなシオンやみそのと対照的な麗香の様子に小首を傾げつつ近づいたシュラインは、離れた所でこそこそ誰かに電話を掛けている三下を横目で眺める。
「ちょっとね、話を聞いてもらいたいんだけど……」

 何とはなしに、その店の噂は耳に入っていた。詳細も店の場所もよく判らなかったので気にもとめていなかったシュラインだが、こうして話が回ってきたのなら別だ。
 美味しい物は口に出来そうだし、気になるのだから行ってみても良いかもしれない。
 噂は噂で、別におかしなところが見つからなければ今度はプライベートで訪れて愉しめる。
「えぇ、良いですよ」
 取材同行依頼に、シュラインは快く応じた。


+++++


 アトラス編集部に集まった面々は、顔見知りで有る方が多かったのだが、ひとまず軽い自己紹介をしてそれを書いた紙を人数分コピーし、各々所持することになった。

 そして、何故かレストランへ向かわない麗香も含めて一緒に記念写真をパチリ。

◆◇ ◆◇

 大通りから少し横道に逸れた路地の中。
 一見すると洋館風の建物が、ひっそりと建っている。
「一応、三階建てみたいだな」
 サングラスを軽くずらしながら、壮司は『神の左眼』でまず外から店の構造を探る。
「いらっしゃいませ」
 品の良いスーツに身を包んだ初老の男性が、店の前に佇む六人に微笑みかける。
「何人様でしょうか?」
「六人ですが、席は空いているでしょうか?」
 薄墨色で胸元の開いたフォーマルドレスに身を包んだみそのが、微笑を称えながら代表して応対した。
「個室で宜しければ、ご案内出来ますが」
 生憎一階は満席で、とすまなそうに頭を下げる男性を後目に目配せすると聖を除く全員が頷く。
「では」
 扉を開いて中へ招き入れる男性に付いて店内へ足を踏み入れながら、壮司は油断無く店の中を眺めて情報を収集する。
 シュラインは隠し持ったIC録音機を作動させた。
「牧野くん、置いていきますよ」
「え、あ、はいっ」
 俯き加減でどうこの場から逃げようかと考えていた聖は、シオンに声を掛けられて慌てて後を追った。

 背後で閉まる扉が、後戻り出来ないことを教えてくれる。


 外見の造りから見ても洋館のようだったが、内部の外見に合った構造をしていた。
 店に入ると広がる大広間に並んだテーブルは満席状態、左手の厨房は十数人のコックが忙しそうに働いている。
 庭が見える右手の部屋も満席状態で、壮司の『神の左眼』で見えた範囲の人間はマネージャーである案内をしてくれている男性を含めて、全て普通の人間だった。
 出入り口は、窓を含めないとすれば今入ってきた扉と、厨房の勝手口のみ。
 入り口から真っ直ぐ、中央に設置された二階へ続く階段を上がってしまうと、退路は極めて狭まってしまう。
「こちらです」
「有り難うございます。あ、ドアは閉めなくても良いですので」
「かしこまりました」
 案内された部屋には丸テーブルを囲んで椅子が人数分揃えられており、BGMは大人しめのクラシック。
 置かれた調度品は高価そうなアンティークな物。
「蓮さんが喜びそうね……」
 気易く触れ難いそれらに、シュラインは嘆息した。
「いや、蓮は妙な物の方が喜ぶんじゃないか?」
 アンティークはアンティークでも、市場に出回れば高値が付くようなここにある代物より、価値があるのか疑わしい物の方が、碧間蓮は好みだろう。
「それより、早く頼みませんか?」
 メニューを開いてシオンやみそのは担当のウェイトレスに次々とオーダーしている。
 自腹、と前置きしてはいたがその豪快なオーダーっぷりに、三下は青冷めた。
「う、海原さん。今日のご予算はお幾らほどですか?」
「持っていません」
 微笑みを湛えて、みそのはきっぱりと言い切る。
 もの凄く、三下は嫌な予感がした。
「……はい?」
「お食事の費用は殿方にお任せですものね、安心して食べられます」
「い、いや、あの……?」
 蒼白する三下を後目に注文を続けるみそののやりとりを目の当たりにし、シュラインは仕方ないわねと肩を竦める。突っ立ったままの三下や壮司に手招きして自らも腰掛けた。
「どうせ払うんだから、食べなきゃ損よ。三下さん」
「じ、自腹ですよーっ!?」
 これは完全に支払いは任せられたようなものだ。
 被害妄想に入りつつある三下の肩を、ぽん、と誰かが叩く。
 すわ救世主かと期待して振り返ると
「そう言う星の元に生まれたんだから、観念してください」
 壮司から情け容赦のない真実を教えられる。

 開け放たれたドアの向こうからは、早速料理が運ばれてくる。
 逃げることも叶わず、三下はテーブルに突っ伏した。

「え」
 三下の叫びを耳にして、漸くシオンは気付いた。
 もしかしたら今日は、タダのお食事会ではないようである。
 そっとテーブルの下で財布を開くと、120円しか入っていない。
 顔を上げる、と美味しそうな肉料理がある。
「…………。皿洗いのバイトとか、あるでしょう」
 うん。
 今は支払いの心配より、この美味しい料理が全部食べきれるかどうかが問題なのだ。
「幾島さんは、召し上がらないのですか?」
 ステーキ肉を切り分けて口に放り込み、シオンは何も注文せずに着席しているだけの壮司を不思議そうに見た。
 観念して食べちゃえばいいのに。自分と同じ処遇かもしれないと、シオンは内心思っている。
「俺はここに食べに来たわけじゃないんで」
 噂の真相追求を依頼されたのだ、とまだ机に突っ伏している三下を顎で示す。
「うーん、流石ですねえ」
 真面目に噂のことだけを追う壮司に感心しつつも、シオンは付け合わせのポテトを口にした。

+++

「そういえば、こちらのお店で妙な噂が流れているようですけれど……。ご存じでしょうか?」
 首尾良く水の取り替えに来たウエイトレスに尋ねたみそのだったが、色好い回答は得られない。
「お客も従業員も今のところ普通の人間のようだし、呼び出してもらうならやっぱりオーナーかしら」
 壮司が来店して収集したデータを元にして、何か知ってそうな人物を直接呼び出す事に決めた。
 いつまでもお食事会を開いている場合ではない。
「料理長にしましょう。こんなに美味しい料理を作ってくれたのですから、お礼と賞賛を差し上げないと」
「シオンさん、目的忘れてますよ」
 けれど、シオンの気持ちも分からなくもない。

 雑誌の取材だ、と種明かしをしてもマネージャーやウエイトレスの態度に変化は見られない。よほど店に自信があるのだろう。
「問題は、従業員も知らない噂がどうして流れているのか、ですね」
 ブレザータイプの学生服に身を包んだ聖が口を開く。
 ここまで来たら覚悟を決めたのか、妙に落ち着き払っている。
「呼び出されずに済んだ人達がそれを目撃したのでは無いのでしょうか。そして、何らかの術なりを使用して記憶を曇らせられた、と」
「それなら従業員が知らないのも頷ける。同じような術を施して、『何も知らない』ことになっているんだろう」
 いくら店で働いている最中は気付かなくても、外へ出れば自分が働いている店だ。些細なことでも耳に入るだろう。
 先程みそのが妙な質問をしたというのに、それ以降、この部屋の動向を窺っている様子が全く感じられないのは奇妙である。



 開け放たれた部屋の入り口に、不似合いな人物がいつの間にか立っていた。
 青い着物に黒い髪。
 洋風な店構えの中、その女性の姿は異様としか例えようがない。

 無言のまま、怪しげな女を見て壮司は『神の左眼』でもって解析を始める。
 普通の人間とは代わり映え無い外見だが、長く赤い爪が妙に気になる。
 霊子体構造は、じっくり解析しなくても解る。
 人ではない。
 警戒して身構える壮司に淡く微笑み、女は部屋の中へ足を踏み入れた。
「お気に召されているようで……」
 空になった皿が積み重なるテーブルを満足そうに眺めて、女はドアを閉める。
 急に現れた女に、三下は身を縮めた。ライオンの檻に入れられた猫のようだ。
「……えぇ。とても美味しい料理で満足しています。オーナーの方ですか?」
 和みの食事会は終わりを告げたと、シュラインは静かにナイフとフォークを皿に置いた。
「雑誌記者が来ていると聞いて来てみれば、おやまあ……」
 何処か嬉しげに女は一同を見渡すと、目を細めて嫣然と微笑う。
「味付け等、やっぱりこの店独自のソースとかを使っているんでしょうか?」
「さあ……? 料理は料理長に任せてあるからね、妾にはとんと検討が付かないよ」
「貴方様が経営されているこの店から、奇妙な噂があるのをご存じでしょうか」
「あぁ、知っている。妾が流しているからねえ」
「オーナー自らですか……。何かメリットでも?」
「そりゃああるよ」
 壮司のサングラスに隠れた瞳を覗き見るように視線を呉れて、女は赤い唇に触れる。
「オーナーはどんな人物が好みなんでしょう?」
 重い響きが含まれないよう、シュラインは冗談交じりに訊いた。
「妾は筋張ったがっしりした身体が好きだねえ。脂肪がないから」
 シュラインの内に秘めた緊張など意に介さず、女はゆっくりとした所作で首を左右に振ると、見定めるように一同を見回した。歩き出したその足は、シオンの背後で止まる。
「人ではなく、野菜の方がダイエット効果ばっちりじゃないでしょうか?」
 こうして皆の目の前で襲われるのはご免被りたい。
 自ら噂を流しているということは、こうして見ている前で襲い、その後で記憶を暈かしてしまっている可能性がある。
 妙な動きが有れば即座に対応できるようにと身構えつつも、シオンの目の前にある武器になりそうなものと云えばナイフとフォークだけた。
「食べた気のしない物は好きではないねえ」
「成る程。けれど、今此処でシオンさんを襲うのは賢い選択とは言えませんね」
 人外と戦う術は持たないシュラインだが、そんな内情は女は知らない。
 多少のはったりは通用するはずだ。そして、隣に座るみそのの何気なく弄ぶグラスの水が、通常ではありえない動きをしているのを目の端で捕らえている。
 緊迫した空気の中、シオンの顎へ手を伸ばしていた女が突然笑い出す。
 何が可笑しいのかと怪訝そうな顔を見渡し、口を開いた。
「残念なことに、妾が人を食うのは年に一度で事足りる。その食事は、見ただろう?」
 女の一瞥に釣られるように聖へと視線が集まり、聖は不愉快そうに鼻を鳴らして頷く。
「まあな」
「おや、今日は違う方かい。妾としては、前の方が好きだねえ。虐め甲斐が有りそうで」
「るせえよ、婆」
「セイさん、喧嘩売るの止めてくださいぃーっ!」
 失神寸前の三下が叫ぶ。
「楽しいお話の最中悪いんですけど、貴方の食事が一回きりだって証拠はありませんし、もしそうだとしてもだったら何故噂を流して人を集めるんでしょう?」
 セイと呼ばれた聖は、話題が自分から移ったことに鼻を鳴らして腕を組む。
 肝が据わったと云うより、持ち合わせた他の人格が出ているのだと言われればすんなり納得できる変わり様だ。女も知っているようなそれは、今の所無視しても構わない。
「妾の愛しい人は、人を食べるのがそりゃあ好きでねえ。普通の人間よりあんた達のような、特殊な力を持つ人は旨いらしいよ」
「男の為、ですか」
「そう。噂は、ちょっと変わった能力がある人間にだけ伝わるような電波に乗せて、ね。だから公にならないって寸法さね」
「その人の為に、自分は悪役になるって?」
「別に悪役にもならないだろう? 食った人間の存在そのものも食っちまうんだから、その人間が居た証すら消える」
 だから、『誰が』消えたのか誰も知らないのだ。
「それで、俺達も消えるのか?」
 逃げ道の確保を確認しつつ、壮司が問い掛けると女は首を左右に振る。
「ここには六人も閉じこめておくだけの空間が無い。今日はあの人は居ないから、帰りたければ勝手に帰ればいい」
「良いんですか?」
「どうぞ」
 背中を見せた途端、襲うのではないだろうかと警戒するシュラインに肩を竦め、女は閉じたドアをゆるく示した。
 音もなく開いたドアは、部屋から出て行けと言っているようである。
「……お代は……?」
 やっぱり払わないといけないだろうかと恐る恐る質問したシオンに、女は喉の奥で笑いを噛み殺し、伸ばした手でシオンの顎を捕らえる。
 啄むように頬へ口付けを落とし、固まる空気にさも可笑しげに笑った。
「今夜のお代はこれで帳消しにしてやるよ。次はしっかり頂くから」
 覚悟を決めておいでねと目を細め、女は姿を消す。
「…………タダ、てことですよね」
「多分」
 良かったと胸を撫で下ろす三下の側で、シオンはまだ固まっている。
「良かったじゃない、美人にキスして貰えるなんて」
「喜ぶべき所でしょうか?」
 外へ繋げた状態にした携帯を切りながらからかうシュラインに、シオンはがっくりと肩を落とした。

+++ +++

 後日。
 店の在らぬ噂を思いつく限りで流し始めた壮司は、妙なことに気付いた。
 店が跡形もなく消えているのである。
 腑に落ちず、アトラス編集部へ足を運んだ壮司は店へ同行したメンバーが集まっているのを見つけた。
 初対面の時と同様、聖はおどおどしている。

「次の日には、もう無かったわ」
 偶然を装って通りかかった其処には、店の痕跡すら無かったとシュラインは言った。
 建物自体が無くなっているのには、かなりの衝撃を受けた。
「料金請求も、本当にされませんでしたね」
 オーナーから言付かっております、と普通に店から出られた。
 昨夜口付けられた頬を擦り、シオンは少し居心地悪そうだ。
「何はともあれ、皆様無事に帰還できたのは喜ぶべきですね」
 美味しい物も沢山食べられて、みそのは満足そうである。
 御方様への土産話としては少々不完全な幕引きではあったが。
「在った場所から消えていても他の場所でまた、てのは考えられる。次は、と言うからには、な」
 次にその店の噂が耳に入った時には、もう犠牲者は出ているかもしれない。
 注意を促す意味で、悪い噂をやはり流しておこうと壮司は考える。
「──話は判ったわ。さんしたくん」
「は、はいっ!」
 纏めた原稿用紙を麗香にひらひらと鼻の先で振られ、三下は背を正す。
「ボツっ!!」
「え、ぇえ〜っ!?」
 三下が寝ないで書いた原稿用紙は麗香の手によって例の如くシュレッダーに掛けられる。
「店自体が無くなってちゃ取材しても意味がないでしょ」
 まさにその通り。
「泣いてる暇があったら次の仕事に取りかかる!」
「は、はいぃ〜っ」
 あたふたと編集部から出ていく三下の背中を見送り、誰とも付かない嘆息が漏れる。

「結局貧乏くじを引いたのは、三下さんだけでしたね……」

 お金の心配で料理も満足に手を付けられず、折角の大作も麗香の手によりシュレッダーに掛けられた。
 何処まで行っても報われない男である。



■登場人物□

+3356/ シオン・レ・ハイ /男/42歳/びんぼーにん(食住)+α++
+1388/ 海原・みその   /女/13歳/深淵の巫女++
+0086/ シュライン・エマ /女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員++
+3950/ 幾島・壮司    /男/21歳/浪人生兼観定屋++

NPC
+碇・麗香 /女++
+三下・忠雄 /男++

+牧野・聖 /男++
+? /女++