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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


冥界の晩餐会

■晩餐会へのお誘い
「なかなか住みやすそうな家ね」
 東京都郊外にある小さな洋館。
 家主であった老人が死去してから数年経ち、古くなり建て壊しになるところを、碧摩・蓮(へきま・れん)が買い取ったのである。
 定期的な整備、清掃はされているものの、庭や家具といった類いはすべて老人が死去した時のまま保存されていた。
 秋の終わりを告げる、キンモクセイのじゅうたんを踏み締めながら庭を歩くと、落ち葉1つないことに気付くだろう。生前の老人は非常に綺麗好きで、曇り1つない銀の食器とちりひとつない室内が自慢の種だったのだという。
 室内を一通り見回した後、テラスへと続く、大きな南向きの窓が付いた広い食堂を眺めながら蓮はつぶやいた。
「晩餐会(ばんさんかい)でも開いてみようかしら……」
 ただ、それには問題がある。招待客は店の客を呼ぶとして、執事や料理人などのスタッフを雇う必要があった。
「屋敷は常に美しくしておいてほしい」という老人の遺言により、蓮の物となった今でも、庭の手入れと室内の清掃係は週に何度か来るようにしていたが、この家に住むつもりはあまりなかったため、生活に必要なスタッフは雇っていない。
「……あれを使うときが来たということかしら」
 
 翌日、蓮は大きな鏡を洋館に持ち込んだ。
 2階の北東に位置する寝室に置き、用意しておいた新鮮な豚の血を鏡に塗り付けるように印を描く。
「冥界の者達、出て来なさい。一流の晩餐会を私の招待客に披露して欲しいの」
 ぬるり……と音もなく鏡から現れる骸骨達。その姿を眺めながら、蓮は薄く微笑んだ。
 
 次の日。セレスティ・カーニンガムの元へ1枚のカードが送られた。
「一夜限りの晩餐会を行います。是非ともいらして下さい。最高の料理とお酒を用意してお待ちしております。ただし、必ず盛装し、会の間は紳士淑女であることをつとめるようにお願いします。アンティークショップ・レン店主:碧摩・蓮」

■招待されて
 青白い満月が浮かぶ雲一つない夜。
 ロウソクの明かりでぼんかりと浮かび上がる門の前に立ち、シオン・レ・ハイはカードの裏に記された地図と奥の洋館を見比べながら呟いた。
「……本当にここで合ってる……のでしょうか」
「どうかされました?」
「うわぁっ!」
 突然背後から声をかけられ、シオンは思わず声を上げた。自分でも思いがけない声量に目を瞬かせつつ振り返ると、無表情にじっとシオンを見つめている梅・蝶蘭(めい・でぃえらん)の姿があった。
「……」
「すっすみませんっ! びっくりさせるつもりはなかったんですが、いきなりだったので驚いてしまって……」
 シオンは深々と頭を下げて言った。と、蝶蘭の手元に同じカードが握られてるのに気付き、ほっと安堵の息を漏らす。
「ああ、なんだ……晩餐会に呼ばれていたんですね。良かった、私もなんですよ」
「こんな住宅街に正装して門の前にいるのなら、ほぼ関係者だと思いますけど」
 さらりと言い放ちながら、蝶蘭は門を開けようと扉に触れた。
 ぎぃいぃい……
 鈍い音をきしませて、鉄格子の扉はゆっくりと開いていく。扉が開くと同時に、足下を照らすロウソクの明かりがひとつ、またひとつと玄関へ向かって灯されていった。
「さ、最新式の装置か何かでしょうね」
「……そうですね」
 駅から少し離れた住宅街であるからだろうか、ろうそくの炎をゆらす風の音以外は物音ひとつ聞こえない。
 覚悟を決めて、2人は明かりの案内を頼りに、玄関へと足を向けていった。
 
■ディナーまでのひととき
「本日のご招待、まことに有り難うございます」
 そう言って、セレスティはブリザードフラワーの花束を差し出した。
 花束の中に小さな天使の姿を見付け、蓮はくすりと小さい笑みを浮かべる。
「まだ少し準備が終わっていないの。それまでクリームティーでも楽しもうと思うのだけれど、よいかしら」
「ええ、よろこんでご一緒致します」
 車椅子のハンドリムにセレスティが手を伸ばした瞬間、どこからともなくタキシード姿の骸骨が姿を現し、さりげなくグリップを握り車椅子を押しはじめた。
「お客様は丁重に扱ってね」
 さらりと蓮はそう告げる。
 事態に少し戸惑いながらも、さすがは蓮さんの晩餐会ですね、と呟き、セレスティは椅子に深く身を委ねた。

 案内された広間にはすでに先客がいた。ソファにゆったりと腰かけた幾島・壮司(いくしま・そうし)が出迎えるように片手をあげた。
「出来立てみたいだったから、美味いうちにいただいているぜ」
 テーブルの上にはスコーンの山が大皿に盛られていた。傍らにある小皿に好きなだけ取って食べられるように、多めに用意したらしい。
「おや、自家製のスコーンですね。綺麗な仕上がりです」
 スコーンを半分に割り、クロテッドクリームとラズベリーのジャムをたっぷりと塗り付ける。ひとかけら頬張ると、クリームとジャムの優しい甘さとスコーンの香ばしい風味が混ざりあい、柔らかに口の中で溶けていく。
 ミルクティーとの相性は抜群だ。甘いものが嫌いな人間でも、このしつこくない味わいならすんなりと食べられるだろう。
 雑談を交えながら紅茶を楽しんでいると、時間はあっという間に過ぎていく。
 2杯目のお茶を飲み干そうとした頃、シオンと蝶蘭が到着した。シオンは美味しそうにお茶を楽しむ面々を見て、驚きとショックを隠しきれずに声をあげた。
「……そのお茶、もう残ってません……よね?」
「多めに用意しておきましたから大丈夫よ。もし足りなくなったら、パティシエに焼かせることも出来るしね」
 にっこりと微笑みながら蓮はいう。シオンの考えていることなどすっかりお見通しといった風貌だ。
 だが、後からきた2人がスコーンを口にすることはなかった。
 少し間を置いて執事姿の骸骨が数体現れ、招待客を客間へと案内しはじめたのだ。骸骨達の、その風貌からは想像できないほどの細やかな礼儀に戸惑いつつ、屋敷の南側にある客間へと案内されていくのだった。
 
■もうひとりの客人
「あれ、ひとつ席が開いてるな……」
 隣の空席に気付き、壮司は誰の席だろうと首をかしげた。
「その席ならすでに座っておられますよ」
「……なに?」
 セレスティに言われて、壮司は押さえていた力を解放させる。左の瞳に映された座席には確かに女性の姿があった。
 明治時代を彷佛させるクラシカルなデザインのドレスに身を包んだ女性ー久遠・桜(くおん・さくら)は、わずかに口元を緩ませて荘司に微笑みかけた。生気が全く感じられない透明な微笑み。その表情に先程の執事達が思い起こされ、荘司は背筋に寒い感覚が走るのを感じた。
 荘司の変化に気付いたのか、シオンが心配げに荘司の顔を覗き込んだ。荘司は「何でもない」と軽く告げると、水を半分まで一気に飲み干した。

■晩餐会
 軽快にグラスを鳴らす音が響く。全員が一斉に音の主である蓮に視線を向けた。
「皆様、本日は我が晩餐会にお越し頂きまことにありがとうございました。従業員一同心を込めて、皆様に最上級のおもてなしをさせて頂きます。どうぞごゆっくり今宵の席をご堪能ください」
 最初に運ばれてきたのは、食前酒の白ワインとカボチャのスープだ。
「えー……とスープのスプーンは……」
 ぎこちなくスープをすくい、口に運ぶ蝶蘭。隣に腰掛けていたセレスティがさりげなく彼女に囁きかけた。
「そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ。食事は美味しく楽しく頂くのが一番ですからね」
「は、はいっ……」
 言われたものの、すぐに実行できるはずもなく。蝶蘭は緊張感が抜けないまま食事をすすめていた。苦笑を浮かべながら、セレスティはわざと音をたてるようにスープをすすった。
 目を瞬かせる蝶蘭にセレスティはにっこりと微笑む。
「あまりにも美味しくて、思わず急いで飲んでしまいました。キミも遠慮なく、好きなだけ飲んでみてはどうでしょうか」
「で、でも……あまり音を立てるのは良くないのですよね」
「他の人に迷惑をかけない程度にすれば問題ありません。他人を不快にさせないのがマナーの基本ですよ」
 なるほど、と深く頷き、蝶蘭はグラスに入ったワインを一気に飲み干した。
「うん、美味しいですね」
「はい、今日の料理は最高の一品ばかりです」

■蓮の魅力
「なあ、そのままだと……食事しづらいんじゃないか?」
 霊体のままでいる桜をちらりと横目に見ながら、ぽつりと荘司は言った。
 比較的力の弱い者でも姿が見えるよう、事前に処理を施してきているようではあったが、やはり実体を完全に出しているわけではないため、はっきりと姿を見ることはできない。
 姿が見えない相手に会話をするのはどうも心許ない。相手の表情、しぐさなどから話題の反応を確かめるのはやはり大切なことだろう。
「確か霊が実体化するには『気』が必要だったよな。俺でよければ少し分けてやってあげてもいいぜ」
 荘司は机の端にそっと手を置いた。桜はその手に己の両手を重ねる。
 強い倦怠感が荘司の体を襲った。不意に襲う眠気を払おうと、荘司は軽く頭を振る。
 一瞬、桜の体が揺れた。あっと驚き見つめ直すと、そこには大正時代を彷佛させる細やかなフリルの衣装に身を包んだ女性の姿があった。
「うあっ!」
 何となく人がいる気配は感じていたものの、突然はっきりと女性の姿が現れ、傍らにいたシオンが大きな声をあげた。
「何を大声をあげているのですか……」
 あきれた様子で向かいの蝶蘭がシオンを見つめた。
「いや、だって……いきなり現れたもんだから……」
「存在していたのは皆知っていたことでしょ。実体化した程度で驚くのは相手に失礼だわ」
 しょんぼりとしながら桜を見つめるシオン。気にすることないですよ、と桜は笑顔を返した。
「普通、いきなり人が現れたらびっくりなさりますものね」
「す、すみません……」
「でも、さすがは蓮さんのお友達ですわ。『お化けだー!』って言って逃げ出したりしないんですもの」
「この程度なら日常茶飯事ですから」
「そうだな」
「……そこの2人。それはどういう意味?」
 冷ややかな表情を浮かべた蓮がシオンと荘司を見つめた。びくりと肩をすくませる二人に蓮は口元を少しだけ緩ませた。
「確かに蓮さんと一緒ですと、飽きないかもしれませんね」
 連の店を訪れる度、毎回珍しい体験ができる。新たに仕入れられた珍しい品や商品が巻き起こす珍事件。彼女自身の魅力と数々の不思議な体験に惹かれて、彼らは蓮の店へ足を運ぶのだろう。
「そういえば昨日、また新しい品を仕入れたそうですね」
 話題をそらそうとシオンはさりげなく話を切り替えた。
「ええ、すごく珍しいタライを買い取ったの。何でも、怨念が宿る黄金のタライだそうよ……呪いはともかく、黄金のタライというのはなかなかお目にかかれない品だと思うの」
「……たしかに、それは見物かもしれませんね……」
「今度店に来たら見せてあげるわ。使い心地も試してほしいし」
 そう言って蓮は楽しげに口元を緩ませた。

■彼女の変化
 2つ目の肉料理の食事も終わり、そろそろお腹がふくれてきた。
 はじめは給仕の者達の容貌に驚いていた客人達も時が経つにつれて次第に慣れはじめ、シオンにいたっては料理のお代わりまで要求するようになっていた。
「こんなにおいしい料理はまた何時食べられるか分かりませんからね!」
「……3杯目からはそっともらうべきじゃないか……?」
「そんなにがっついてませんって……」
 と、いいながらもシオンはパンのバスケットにのばしていた手を引っ込める。
「あら、せっかく頂けるのですもの、存分に頂いたほうがお料理のほうも喜ぶと思いますよ」
 いそいそと桜はデキャンターのワインを注ぐ。
 気付けば、彼女の目の前にあったデキャンターがすでに1つ空になっていた、一番ワインを飲んでいるのは桜なのかもしれない。実体化した時ぐらいしかきちんと酒を飲むことが難しいし、何より美味しい料理の時はお酒も進むものだ。
 いままで懸命に肉料理と戦っていた蝶蘭が、不意に席をたった。
「どうかしましたか?」
「……ちょっと」
 小さな鞄を小脇に抱え、蝶蘭はそそくさと部屋から出ていった。
「……蝶蘭さん大丈夫でしょうか……」
「あまり顔色が良くなかったしな」
 慣れない食事に緊張しすぎたのだろう、楽しく食べれば良いとはいったものの、いつもの食事とは雰囲気も食べ方も違うのだから仕方のない話ではある。
 心配げに扉を見つめるセレスティに、荘司はしばらくすれば戻ってくるだろうと告げた。
「デザートの時間までには戻ってくるさ」
「だといいのですが……」

■ガーデンパーティ
「そろそろ時間かしら……」
 壁にかかった柱時計を見ながら蓮がつぶやいた。
 程なくして部屋の明かりが消され、それと同時にテラスへ続くガラス扉がゆっくりと開かれていった。
 テラスにはすでにテーブルセットが用意されており、天井から吊るされたカンテラがゆらゆらと揺れて暗いテラスにほのかな明かりを照らしていた。
 いつの間にか月は薄い雲の中に隠れてしまい、辺りは暗闇の中に溶け込んでしまっている。明かりの灯るテラスだけがぼんやりと暗闇の中に浮かび上がっているようだった。
「せっかくだから、最後のデザートは雰囲気を変えた場所で頂こうと思ったの。月が出ていれば最高だったのだけど……」
「これはこれでいい雰囲気だと思いますよ」
 月夜に照らされた庭を眺めながらの食事も良いかもしれないが、これもこれで充分雰囲気が出ている。
 丸いテーブルを囲むようにそれぞれ腰を下ろした。テーブルの上には季節のフルーツとゼリーが大皿に盛られていた。透明なゼリーにカンテラの光が当たり、キラキラと星をちりばめたように輝いている。
「なんだか食べるのがもったいないですね……」
 ようやく戻ってきた蝶蘭を交えて、全員で乾杯をする。
 お酒も回り、ほろ酔い気分のなかのデザートは実に甘く。
 自然とおしゃべりも弾み、優雅なひとときは時間の流れすら忘れさせた。
 
●お茶会での遊戯
「腹ごなしにカードゲームはいかがでしょうか」
「あら、いいわね。皆で出来るとしたら何がいいかしら……」
 ちらりと蓮は全員の顔を見渡す。
「……この人数ならババ抜き辺りが妥当、かもしれないわね」
 カードゲームとしてはいささか物足りない気がしたが、ルールも簡単だし気軽に行える点では一番だろう。
「ポーカーならルール分かりますよ」
 カードを受け取りながらもそう告げた蝶蘭に、セレスティは苦笑いを浮かべる。
「ならばポーカーにしますか?」
「このメンツにじゃ勝てそうに無いし、ババ抜きで我慢します」
 受け取ったカードを眺めた蝶蘭の表情が険しくなった。カードの女神はどうやら彼女に微笑んでくれなかったようだ。
「さて、それでは……誰から始めましょうか」
 あくまで表情を崩さず、セレスティは静かにそう告げた。

■別れの時
 気が付けば夜もずいぶんと更けてしまっていた。
 最終電車にまでは時間があったが、あまり遅い時間に独り歩きは良くない、とセレスティが自分の車で女性陣を送ることにした。
「俺達は?」
「あなた達なら大丈夫よ。教われても逆に反撃して倒しちゃうんじゃない?」
 からかい半分で蓮は言った。
「そんなに野蛮じゃねぇよ。まあ、信頼されてるってことにしておくぜ」
「ごちそうさまでした。また呼んで下さいね」
 土産に、と焼き立てのパンをそれぞれ受け取り、荘司とシオンは駅へと向かっていった。
「私も……そろそろおいとまいたします」
 桜は軽く頭を下げた。徐々に体が透けていき、やがて闇へと溶けていった。
 彼女の気配がすっかりなくなったのを確認し、セレスティはさり気なく手を差し出す。
「さ、それではお嬢様方。一緒に帰りましょう」

おわり

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/     PC名    /性別/ 年齢/ 職業】

 1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725/財閥総帥・水霊使い
 3356/ シオン ・レ・ハイ  /男性/ 42/びんぼーにん+盛り上げ役
 3364/  久遠 ・   桜  /女性/ 35/幽霊
 3505/  梅  ・  蝶蘭  /女性/ 15/中学生
 3950/  幾島 ・  荘司  /男性/ 21/浪人生兼鑑定屋

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■         ライター通信          ■
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 お待たせいたしました。
 冥界の晩餐会をお届けいたします。
 
 さすがはアンティークショップに足を運ぶ方々だけあって、給仕達の姿に、そんなに抵抗感のない方々ばかりで、ちょっと寂しかったり(は)
 晩餐会は楽しんでいただけたでしょうか。秋の夜長のこの季節。こんなディナーの楽しみ方もあってよいと思います。
 
 それではまた、別の物語にておあいできますことを楽しみにしております。
 
 文章担当:谷口舞