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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


小人困りました


 ――プロローグ

 小さくなってしまう人がいます。大きくすることはできないでしょうか?

 そんな不思議な書き込みを見て、書き込みをした本人に連絡をとった。
 小さくなってしまう人とは、そのままの意味だという。情報を寄せてくれた彼女は現在結核で入院中で会えないとのことだったが、その小さくなってしまった人には会えるという。その人は男性で、歳は三十八歳彼女の上司に当たるそうだ。

「小さな会社なのですが、今度合併することになりました。今度のプレゼンに命運がかかっているのですが、社員が全員結核に感染してしまい、その上司しかいないのです。それなのに、彼一井・健二はストレスに弱いんです。ストレスがかかると彼は小さくなってしまうんです。彼の身体を大きくする手段はないでしょうか。なんとかプレゼンを成功させなくてはならないのです。たくさんの情報の集まるゴーストネットオフなので、なんとかなるのではないかと書き込ませていただいたのです」 

 雫は困ってしまった。
 ストレスで小さくなる人なんか聞いたこともないし、プレゼンなんかしたこともない。
 何かの呪いだろうか? 


 ――エピソード
 
「そんなにぷりぷりしなくてもいいじゃないですか」
 雫はつれない様子の足立・道満へ言った。彼はその発言を聞いて、いよいよ不機嫌そうに眉根を寄せる。
「誰がぷりぷりしてるの。僕のこと?」
 インターネットカフェに集まったのは雫を除いて四人だった。呪いの可能性が高いと思った雫は、うだつの上がらない二足のわらじの陰陽師道満を呼んでおいた。
「誰も怒ってないよ」
 ひらひらと手を振って、葉室・穂積が笑う。穂積は短髪に似合う明るい表情だった。青いブレザーを身につけている。高校生のようだ。
「そうだろう、誰も怒ってない」
 道満が肯定する。雫が額に手を当てて空を仰ぐ。
「怒ってるよ、ドーマンさん」
「取り立てて彼が怒っていようがいまいが問題はないと思うが」
 白いシャツに茶色のジャケットを着た梅・黒龍が眼鏡の位置を直しながら言う。どちらかというとませた格好をしているが、黒龍はまだ中学生だ。
 道満は小鼻をピクピクさせながら答える。
「そりゃそうだ、問題ないね。僕が怒っててどうでも」
「機嫌直してくださいよー……そりゃあ、私依頼料払えませんけど」
「僕はね別に依頼料のことにこだわってるわけじゃないんだ。仕事中に『呪いが原因で困ってる人に会いに行く』って言われたって、本当なら来られないさ。だけどね、心配でしょう。まさか女の子一人でそんな危険な場所に向かわせるなんて。僕だって人の親だからさ」
 道満が雫に対して説教をはじめると、腰を折るように穂積が驚きの声をあげた。
「へー、ドーマンさん結婚してるんだ」
 グサリ、子供はいるが既にバツイチ状態の道満の心に刺さる。
「ミチミチさん、食べられる草をあげますから怒らないでください」
 シオン・レ・ハイはそこら辺の雑草をむしって道満に差し出した。身なりは相変わらず立派だが、食生活は地を這う状態のようだ。
 そこへ道満の背広の胸ポケットに入っているものが声をあげた。
「依頼料なら私が支払いますから、よろしくおねがいします」
「……って言われてもね、呪いでもなし、黒龍くんのストレス回避の琴座まで効かないんじゃ」
 はあ、と深く道満は溜め息をついた。
「効いていない筈はない、が、現状サイズは変わらないか……」
 黒龍は小さな頭を見つめた。
 困ったことに、この小人は道満の術でも大きくならなかったし、黒龍の特殊能力である星座を使ったストレス回避琴座で癒されることもなかった。
「おれ考えたんだけどさ、その会社の人の結核が治ればいいんでしょ」
「そうですねえ」
 シオンが相づちを打つ。
「今の医学結核なんかポンポンポーンって治っちゃうんじゃないの」
 穂積が両手を開いて言う。雫も同じように両手を開いた。
「そうね、そうすれば治るね」
「君達なに話を聞いてたのかな。回復の見込みがあるなら、一井さんだってこんなに小さくならないでしょう。インフルエンザだって一週間休まなくちゃならないんだよ、結核は二週間は完全安静だ」
「入院というと、寝ているだけでタダで食事が食べられますね」
 シオンが羨ましそうに道満を覗き込んだ。隣を歩いている黒龍が冷静に突っ込む。
「一日五千円から一万円、入院費にとられるからな。毎日食事だけを対象にするなら、かなり豪勢な飯が食えるんじゃないか」
「ご……ごせんえん……私の五十日分の生活費……」
 シオンが黄昏て手元に残された雑草をむしゃむしゃ食べ出したので、穂積が慌てて止める。
「その辺の草なんか食べたらお腹くだしちゃうよ」
「食べたい気分なんです、放っておいてください」
 小人一井・健二がか細い声をあげる。
「会社についたら、隣のラーメン屋から出前をとりますから、体調を崩すようなことはしないでください」
 切実な響きに小人を見ると健二は言った。
「これ以上体調不良者が出られたら、私はどうしたらいいか」
 ボールペンサイズの健二は深い深い嘆息をして、俯いていた。
 これ以上縮まれると見えなくなってしまう。
 困ったことになった。道満は営業なので、プレゼンとはほぼ無関係の日々を過ごしている。知らぬ会社のプレゼンができる筈もない。が……三日後合併を前にしたプレゼンに望まなくてはならないのは、今いる学生二人とおかしなおっさん一人、そしてうだつの上がらない会社員である道満だけだった。


 健二の机からプレゼン用の資料を取り出した。
 穂積がその現代ホール建築に関するうんたら……と言う意味のわからない資料を片手にしていると、六つの席がくっついている社員の席に座っているシオンはラーメン屋のメニューを睨んでいた。
「チャーシュー麺がいいです」
 穂積は資料を片手にシオンの後ろまで行き、後ろからメニューを覗き込んだ。
「五目やきそばかな」
「あたしは、塩ラーメンにするね」
「僕も塩だ」
 黒龍はファイリングされた資料の背を眺めながら言った。
 ポケットから机の上へ健二を下ろした道満は、ペラペラとビニールファイルに入っている写真をめくりながら言った。
「僕半チャーラーメンね」
 穂積が健二の元へ資料を持っていくと、健二はファイルの上へ飛び乗った。
「プレゼンの資料はほぼ完璧にできています。私がこの姿でなかったら、私が話を進めるんですが……皆さんにお願いしたいのは、私の代わりに発表を」
 ボールペンサイズの健二をシオンがマジマジと見つめた。
「一井さんってなかなか男前ですねえ」
「え?」
「お仕事もバリバリできそうですねえ」
 健二はぽかんとシオンを眺め見てから、手を振った。
「いいえ、この有様ですから」
 恐縮したのか、少しサイズダウンしているようだ。
「褒めたのに大きくなりません」
「なったらいいねえ」
 道満は机の上の電話でラーメン屋に注文をした。
「じゃあ、一井さんにプレゼンの内容を口述してもらって僕達で書きとめる。後のことは僕達がなんとかする……しかないかな」
「まあ多くは突っ込まないが、僕みたいな中学生がプレゼンをしている不釣合いさはどうするんだ」
 黒龍が冷静に言った。
「えー! やろうよ、おれスクリーンの前で発表してみたいよ」
 道満は机に腰を下ろした状態で全員を見回す。
「まさか、降りるなんて言わないでよね。僕一人胃痛に苦しめってことかい」
 彼のその言葉は実感が篭っていて重かった。
「おれ小さくなるほどストレス感じたことないんだけどさ、大変そうだよね、ストレスって。ドーマンさんも縮んだことある?」
 雫が驚いて手をあげる。
「はい、雫ちゃん。なに?」
「ストレス感じた人が全員小さくなってたら、小人の国になっちゃいますよ」
「えー、じゃあおれ巨人か!」
「そういう問題じゃない」
 びっくりして自分を指す穂積に、黒龍が冷たく言い放つ。
「小さくなったら少しのラーメンでお腹一杯ですね。幸せなんでしょうか。いっぱい食べられた方が幸せでしょうか」
 シオンは一人反芻して考えている。
 そこへ部屋のドアがノックされた。
「ちわー、本家くじら屋です。出前持ってきました」
「ぱーっと食べたら、ストレスなくなるんじゃないですか、一井さん」
 シオンはラーメン屋の出前に、思いついた。
「何分、小さいとご飯粒十粒が限界です」
 しかし健二は暗い顔で答えた。ぱーっと食べることなどできないのである。
 
 
 そういうわけで、リハーサルが開始された。三人は学生だったので、夕方のみの参加である。因みに道満は仕事だったので、穴を空けながらの参加だ。つまり、プレゼンで鍵を握るのはシオンだった。
 シオンは自由人なので、仕事もなく学校もなく食事もなく、三ない尽くしだった。あるのは暇ばかりだ。
「シオンさんは公園で暮らしてらっしゃるんですか」
「ええ、私の特技と言えば」
 シオンは片付けてあったダンボールを持ち出して、器用にそれらを組み、大人一人が寝られるほどの大きさがあるダンボールハウスを作った。
「こうして部屋を作ることです」
「……ホームレス?」
「いえ、ですからホーム、マイホームはここです。白い壁でも赤い屋根でもない上ブランコはついてないし犬もいませんが、ここがマイホーム!」
 そこへ本家クジラ屋がまた出前を持ってきた。健二から財布を受け取って、シオンが支払う。一人と小人しかいないのに、なぜか注文は四人前である。
「そんなに食べられるんですか」
「私のセイントストマックに不可能はありません」
 もの凄いスピードでシオンは品々を平らげていく。
「私もそれぐらいたくましければこんなことにはならなかったのですが……」
 健二はチャーハンを六粒食べたところで手を止めた。
「そんな、今諦めることはありませんよ、一井さん」
「いえ、ですが」
「どんなに小さな身体でも、ホットドック大食い早食い大会で優勝することができるんです。だから、絶対もっといっぱい食べられるようになりますよ」
「いえ、違くて」
「さあ、ドンドン食べてください。さあさあ!」
 シオンは見事に問題を取り違えた。
 
 
 プレゼン当日。
 道満はいつものスーツ姿、学生二人とホームレス一人もネクタイを締めてリクルートスーツを着込んでいた。
「うわあ、緊張するなあ」
 穂積は会場を見上げながら言った。
 制服姿の雫が両手をぎゅっと握り締める。
「がんばって!」
 プレゼン会場は福祉会館で行われる。当人達が思っていた場所よりもずっと大きな会場だった。会館へ足を踏み入れながら、道満が小さな声でつぶやく。
「イチチ、胃痛がしてきた」
「みちみちさん、小さくなる前にこの梅干をコメカミに貼ってください」
 シオンが用意してきた梅干バンドエードを差し出す。
「それは酔い止めでしょう、しかも民間療法」
「私は舌に砂糖を載せておいたので、へっちゃらです」
「それはしゃっくりです、やっぱり民間療法」
 黒龍が道満とシオンのやり取りを見て、小さく溜め息をついた。
「なんにしろ、シオン。僕達はさほど練習ができてないんだ、お前の肩にかかってるんだぞ」
「ばっちりですよ」
 道満のポケットの中の健二は不安そうだ。
「出前を頼むのだけは巧くなってましたが……」
「おいおい」
 道満の顔色が青ざめる。
 会場のロビーを抜けてエレベーターに乗りながら、道満は言った。
「いいかい、シオンさん。今回のプレゼンは、一井さんの会社の今後が全てかかってくるんだよ。結核で倒れている社員さんの運命も、一井さんのご家族の運命もかかってるわけ。下手をしたら皆が路頭に迷うんだからね」
 シオンは目をぱちくりさせて、にっこりと笑った。
「ロートロートロート」
 そう口ずさむ。平気なのかと道満が難しい顔をしたところへ、雫が言った。
「だってシオンさん立派な大人でしょ。平気でしょ? 大丈夫よドーマンさん」
「シオンさんが立派な大人だと僕なんかはどんな大人に分類されるのかなあ」
「揚げ足とらないの!」
 四階へ上がって降りると、会場が示してあった。なんとそこは百人収容のホールで、ちょっとした芸能人が公演をしていそうな規模の会場だった。
 呆気に取られて全員ぽかんとする。
「袖はあっちのドアから入ります」
「き、聞いてないよ、こんなホールだって」
 穂積が後退りをしながら言う。道満は胃痛に前傾姿勢になっていた。
「リハーサルの時間はありますら」
「そ、それにしても、でかいな」
 黒龍が頬を引きつらせながら言った。雫が同意を示して深くうなずく。
 一人シオンだけ、思い切り後ろへ下がって壁にぶつかって頭を打って苦しんでいた。会場を見て緊張をしたのか、ただ間違って壁に頭をぶつけただけなのか、傍目にはまったくわからなかった。


 袖から中に入る。シオンが心臓をバクバクさせながら言った。
「お、お客さんはお団子です。お団子です。食べたいぐらいです。へっちゃら……です」
「お団子じゃなくちゃだめなの? 今川焼きがいいなあ」
「普通はカボチャだろう」
 黒龍が訂正する。
「特にウグイス餡がいいと思うんだ」
「話が今川焼きにスライドしてるよ」
 片手をぐぐぐと握り締めた穂積に、道満が額を押さえながら突っ込んだ。
「だって、どう思います? 絶対ウグイス餡が一番おいしいと思うのに」
「だからこの際ウグイス餡だろうがチーズ味だろうが、僕は構わないんだけど」
 ガーンと穂積が目をしばたかせる。
「ち、チーズと一緒ごたにされた……」
「今その問題に執着できる君は大物かもしれないね」
 道満はさっき胃薬を飲んできたところだ。
 全員が舞台の袖で立ち往生しているところへ、後ろから会場の係の人に声をかけられた。
「あのー、すいません」
「はい」
 道満が営業の顔で振り向く。
「なんか、南条建設の方がもう来てるんですけど、入ってもらっていいですか」
「は?」
 道満の声が引っくり返る。
「リハーサルは?」
 黒龍が小さな声で聞いた。道満は持ってきた健二の鞄をあさって資料を取り出した。南条建設へ渡っている資料と身内用の資料を見比べる。すると、南条建設の資料の開始時間が一時間早まって書いてあった。
「リハーサルは?」
 穂積があんぐりと大きく口を開けたまま訊く。
 道満はお腹を押さえながら、かすかに笑った。
「り、臨機応変に対応ということで……ぶっちゃけぶっつけ本番?」
「や、やめてくださーい」
 ぎゃあと悲鳴を上げる全員を無視して、道満は愛想良く答えた。
「南条建設の方、い、入れてください。あ、これスライドの資料です。片手を上げたら差し替えでお願いします。順番どおりになってますから」
「みちみちさん」
「みちみつです」
「どどどどどどうしましょう、緊張、ききき緊張してきましったー!」
 袖でシオンがドタバタと走り回る。
「へ、平気ですよ。健二さんが一応胸ポケットから話してくれますから、ね」
 そう言う道満の顔にも生気がない。
 
 
 三十人程度の南条建設の社員が席を埋めている。
 シオンはまっ白な頭を抱えていた。トップバッターはシオンなのである。練習したのはもっぱら出前の取り方ぐらいで、何も頭に入っていなかった。緊張のあまり、耳には膜が張られたような感覚がある。つまり、誰の声も届かない状態だった。
 ライトの中、おずおずと足を踏み出す。なんと右手と右足が一緒に出てしまった上、緊張のし過ぎでロボットダンスのような動きで舞台へ歩み出ることになっていた。
「シオンさん、おち、落ち着いて」
「路頭、家族、食べ物がない、お団子、ウグイス餡」
「シオンさーん」
 健二の声はシオンに届かない。
 そしてシオンは、たった一人舞台に立った。映し出されるスライドは見慣れたものだったが、一体何を指すものかはわからない。ジロジロと前の方に座った男達がシオンを見ている。このまま逃げ出してしまいたい欲求に駆られたが、少ない自制心でなんとかその場に立っていた。
「い、一番……」
 健二の声を完全に無視をして、シオンは叫んだ。
「一番、シオン・レ・ハイ、す、スプーンを曲げます」
 会場がざわついた。
 シオンはそのざわつきに敏感に反応して付け足した。
「た、玉乗りをしながらスプーン曲げをします」

 穂積が感心して声をあげた。
「あんなプレゼンありなんだ」
「いや、ナシだろ」
 黒龍が頭をかきながら答える。
「そうだよね、なしだよねえ。まさか毎日スプーン曲げを練習していたわけじゃないだろうし」
 シオンは尚も続ける。
「スプーン曲げと言っても、頭のマゲとは関係ありません。もちろんチャゲ&アスカのチャゲとも関係ありません」
「あったらいいのになあ」
「よくないだろ」
 道満が胃痛でうずくまっている後ろに、玉乗り用の玉を見つけてきた雫が現れた。
「みっけ。これでプレゼン続けられるね」
「……いや、だからダメだろって」
 雫がたっと走って行って玉乗りの玉を届ける。
「どうなるんだ? これ」
 黒龍ははあと溜め息をついた。穂積は首をかしげて、うーんとうなっている。
「ともかくシオンさんの一発芸が終わったら考えよう」
 シオンはスプーンを取り出して、右手に掲げながら玉に乗った。器用なもので、ここまではどうにか成功している。そしてドラムロールが鳴り、パンパカパーンとファンファーレが響いた瞬間、スプーンの先に指を置いたシオンはスプーンを曲げようとした。
 が、曲がらなかった。
「失敗したな」
 しかしシオンは何度も果敢にチャレンジした。そして最後は思い切り右手と左手をフルに活用して無理矢理曲げてしまった。
「曲がりました!」
 シオンは言った瞬間に玉から転げ落ちた。
 ざわついていた会場から、野次が飛び始める。それを見かねて、穂積が飛び出した。
「皆、待って、待ってください」
 大声で呼びかけると、南条建設の社員達はリクルートスーツを着た高校生を見つめた。
「確かに、シオンさんはスプーンを曲げられなかった。でも、最終的にスプーンは曲がったんです。玉乗りも成功したんです。どちらも叶ったじゃないですか! だから、この出し物は成功なんです。おれが言いたいのは、この際仮定なんか関係ないじゃないかってことです。結果オーライという言葉もあります。ドントマインド! ドンマイって言ってあげてください」
 無茶苦茶になったプレゼンに、もうこうなったら出ない方が損だと判断して黒龍は眼鏡の位置を直して舞台へ出た。
「ドンマイという言葉は和製英語なのかそれとも流行語なのか考えさせるところですが、実際それを使っている現場はスポーツの世界に広いようです。ドントマインドの精神は昭和四十年代に遡ります。団塊の世代に代表される多くの大人達が活躍をしていた時代です。つまり、プレゼンの前半にこういった挑戦めいた出し物を入れたのには訳があるのです。私達は今、その精神に立ち返るべきなのです。スプーンを曲げることはさほど問題ではない。しかし、やり切るという心の内は見習うべきなのではないか、という我々の提案です」
 黒龍は会場がシンとなったところで、穂積とシオンを引き連れて袖へ引っ込んだ。シオンのポケットから健二を出し、道満のポケットへ押し込む。
「あとはよろしく頼む」
 道満は青い顔で微笑んだ。
「なんとかするよ」
 南条建設の社員達は、黒龍の謎の言い草に言いくるめられた状態で、席を立っていなかった。
 プレゼンはこれからはじまる。
 
 
 ――エピローグ
 
 大きな姿の一井・健二は、七三分けの几帳面そうな男だった。
「本当にお世話をおかけしました。皆さんのお陰で、我が会社と南条建設の合併は決定しました」
「それは……よかったですね」
 道満が笑う。
 心の中で、あのプレゼンでオッケイってどういうことだと突っ込みながら。
「私ケーキ食べてもいいですか」
「ええ、どうぞ」
「じゃあ、パフェも」
「おれもパフェ食べる」
 穂積が立候補する。
「あたしもー」
「……君達ねえ、少しは遠慮ってものをしなさい」
 健二はまあまあと道満を抑えて、本をパタンと閉じた黒龍へ向かって言った。
「君の弁が立つのには驚きました。あのときは救われた心持でした」
「いや……口からでまかせを言ったまでだ」
「え?」
 ウェートレスが注文を聞きにきているというのに、気まずい沈黙が流れる。
 シオンが構わず注文した。
「ま、まさかあれは全部嘘?」
「大嘘」
「ひぃっ」
 黒龍はメニューの中からクラブサンドを選んで追加した。大きな健二は、みるみるうちに小さくなっていった。
「ああ、一井さん」
 損な体質である。
 
 
 ――end
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3456/シオン・レ・ハイ/男性/42/びんぼーにん(食住)+α】
【3506/梅・黒龍(めい・へいろん)/男性/15/中学生】
【4188/葉室・穂積(はむろ・ほづみ)/男性/17/高校生】

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■         ライター通信          ■
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 小人困りました に参加ありがとうございました。
 今回はプレゼンを前提としていた為、小人を元に戻すところには触れませんでした。
 楽しんでいただけたなら幸いです。
 
 ご意見ご感想お気軽にお寄せください。
 
 文ふやか