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光鈴茸
●序
鐘が鳴り響いた。カーン、と妙に何かを彷彿と思い出させるような音で。そう、それは歌を歌っている途中に鳴らされる、失格の音に似ている。
「……今までとは違うな」
ぼそり、とヤクトは呟いた。しかし、鐘が鳴ったのもまた事実。鐘の音は、散らばった力の欠片が具現化した事を知らせるもの。そして、その具現化した事実の確認は掲示板で知らされる。それはこの涙帰界(るいきかい)における純然たるルールだ。
ヤクトは首を傾げつつもいつのように掲示板へと向かう。だが、覗き込んだその瞬間、嫌そうな顔をしてそのままどこかに行ってしまった。
同じ頃、穴吹・狭霧(あなぶき さぎり)は空を見上げていた。先程鳴り響いた不思議な鐘の音が、空耳なのではないかと思いつつ。だが、空をヤクトが横切っていったのを見て掲示板に向かった。
「……これは、一体」
掲示板にあったものを見、狭霧は眉を顰めた後溜息をついた。手出しはせず、何も行動は起こさない事を心の中で誓う。きっとこれは、ヤクトも同じであろうと考えたからだ。
通常ならば、ヤクトと狭霧は力の取り合いをする。具現化された力は誰かの手に渡ることを前提として現れるものなのだから。だがしかし、それに適用されない場合もある。それが、今張り出された力の具現化内容なのだ。
掲示板に張られた紙には、ただ一文字だけ書いてあった。……『茸』と。
茸研究所から、叫び声が上がった。日夜茸を研究する、木野・公平(きの こうへい)の声である。その大声に、同居している赤い傘に白い体を持つ巨大茸、キャサリンの体から思わず小さな火の粉が飛び出す。
「ああ、悪かったですね、キャサリン。余りにも素晴らしいものを見つけましたので!」
興奮気味に、木野が話し掛ける。目がキラキラと輝き、頬はほんのり紅潮し、心なしか息が荒い。木野、大興奮である。キャサリンはそんな木野に対し、ぐに、と体をねじる。何があったのかと尋ねるように。
「さっき、僕は見たんですよ。光る茸ですよ、光る茸!ただ光るだけではなく、鈴のような音も微かに聞こえました!」
嫌な予感を感じつつ、キャサリンはそっと木野に近付く。木野はキャサリンを抱き上げ、ぎゅっと抱き締める。
「しかもキャサリンのように大きかったんですよ!これは是非とも、探さないといけませんね!」
木野はそう言うと、そっとキャサリンを下ろした。光る茸の立ち去っていった、裏山の方を見つめながら。
●集合
涙帰界にある茸研究所は、久しぶりに賑わっていた。たくさんの人々が、茸研究所を訪れたのだから。
「お久しぶりねぇ、キャサリンちゃん!元気にしていたかしら?」
シュライン・エマ(しゅらいん えま)がにっこりと笑いながらキャサリンをぎゅむっと抱き締める。そうして、一旦キャサリンを床に下ろして青の目で姿を今一度確認し、なでなでと傘の部分をする。そんな風にされるキャサリンも満更ではないらしく、こっくりと頷く。その姿に、またシュラインは黒髪がはらりと揺れるのも気にせずに微笑む。
「これがキャサリンさんですか……なるほど、確かに動いていますねぇ」
妙に感心しながら、シオン・レ・ハイ(しおん れ はい)がキャサリンの傘を撫でた。黒髪の奥にある黒の目はキャサリンに興味津々である。
「きゃさりんちゃん、お久しぶりなのー!」
緑の髪を揺らしながら、藤井・蘭(ふじい らん)がキャサリンをぎゅむっと抱き締める。そして、銀の目で傍に立っていた木野に視線を移してにっこりと笑う。
「あ、木野さんもお久しぶりなの」
「……僕に対してはちょっと感動が薄いような気がしますが……まあ、いいですけど」
何となく、寂しそうな木野。そんな木野の足を、ぺしり、とペンギン・文太(ぺんぎん ぶんた)が叩いてやる。恐らく、慰めてあげているのであろう。その優しさが妙に嬉しくて、木野は思わず文太に向かって頭を下げた。
「……まあ、秋といえば実りの秋……実りの秋と来れば茸……」
突如、キャサリンの背後に出てきた守崎・啓斗(もりさき けいと)の姿に、キャサリンがびくりと飛び上がる。茶色の髪を揺らしながらにっこりと笑い、しかし緑の目は間違いなくキャサリンを捕らえている。
「いつも手紙を有難う。会うのは久しぶりだな……キャサリン。……少しは増えたか?」
啓斗の言葉に、キャサリンはびくりと体を震わせてから木野の後ろに隠れる。冗談だぞ、とぼそりと啓斗は呟いたが、目は本気の色である。
「兄貴兄貴、落ち着けって。……なぁ?木野」
啓斗をさりげなく牽制しながら、守崎・北斗(もりさき ほくと)はそう言って木野に話し掛けた。木野は多少ホッとしながら「そうですね」と頷くが、北斗が手にしている物体を目にしてびくりと体を震わせる。北斗の青の目がそれに気付き、茶色の髪を揺らしながら「ああ」と言ってにかっと笑う。
「今日は茸を食べさせてくれるって聞いたからさー」
「あら、北斗君。別に茸を食べに来た訳じゃないのよ?探しに来ただけよ?」
シュラインが苦笑しながら北斗に突っ込む。
「そうですよ。……で、中身は空なんですか?」
シオンが少しだけ期待を込めて北斗に尋ねる。
「空だ。……中身は、これから……」
啓斗はそう答えながらちらりとキャサリンを見、にやりと笑う。キャサリンの体がびくりと震えた。
「これからー?茸さん、食べちゃうのー?」
少しだけ不安そうに蘭が尋ねる。そんな蘭の肩をぽんと文太はたたき、ぶるぶると頭を振って見せた。自分がそのような事はさせないぞ、といわんばかりに。
「なら、大丈夫なのー」
蘭はにっこりと笑って安心したが、その場にいる全員が心の中で突っ込みをいれていた。ペンギンに何ができるのかと。
「そそそ、そうですよね。ただ、何気なく鞄と間違えて持ってきただけとかですよね」
一人ずれている木野。木野にとっては、キャサリンや今回発見した光鈴茸を食べようとする行為が、何となく信じられないようだ。
「ともかく、探しに行きませんか?」
シオンはそう言って皆を見回し「……ついでに、色々探せばいいですし」と、ぼそりと付け加える。
「れっつ、ごー!なの」
蘭は嬉しそうにぴょんぴょんとはねた。今からわくわくと胸を弾ませているようだ。
「どうだろう……俺と一緒にくるか?キャサリン」
目をきらりと光らせながら啓斗は言ったが、キャサリンはふるふると体をくねらせ、文太の後ろに隠れた。文太はそんなキャサリンに対し「そういえば挨拶をしていなかった」と言わんばかりにぺこりと頭を下げた。勿論、キャサリンも「これはご丁寧に」と言わんばかりに傘を下げ返した。ちっ、と啓斗が舌打ちしたのも、何とか聞こえなかったようである。
「……北斗君、それはちゃんと置いていくのよ」
シュラインが言うと、北斗は「ほいほい」と言って手にしていたものを研究所内にある机の上に置いた。
北斗が嬉しそうに持ってきたのは、守崎家の炊飯ジャー(プラス、北斗と啓斗の箸と茶碗)であった。
●捜索
研究所から外に出た一行は、とりあえず別れて捜索する事となった。
「集合時間は二時間後にしましょう。何といっても、山だから」
シュラインが言うと、皆がこっくりと頷いた。
「はい、質問です」
「どうぞ」
勢い良く手を挙げたシオンを、びしっと木野が指差す。
「副産物を収穫するのは、有りでしょうか?」
シオンがそう尋ねた瞬間、啓斗・北斗・文太の三人が体を震わせた。以上四名が、思い切り副産物を拾う気満々だったらしい。
「いいですよ。……この山には所有者という存在がいないようですし」
木野はそう言って山を見上げた。未だに、ここが『涙帰界』という異空間だという事に気付いていないのかもしれない。いや、別に知らなくても外の世界と行き来する事はできるし、普通に生活をする事もできているのだから特に問題は無いのだが。
「じゃあ、別れて探すのー。迷子にならないようにするのー」
蘭はそう言ってにこにこと笑った。蘭は植物を会話する事ができるのだから、少なくとも迷子にはならないだろう。今揃っているメンバーの中で、恐らく1・2を争うほど。
「迷子にはならないだろう。……よっぽど、夢中になるものを見つければ話は別だが」
ちらり、とキャサリンを見ながら啓斗は至極真面目な顔で言った。キャサリンの体がびくりと震える。
「俺も、突然美味そうなもんがありまくっていたらやばいけどさー」
北斗がそう言って笑った。確かに、と妙な納得感が皆の中に溢れる。
「迷子になったら、声を出してくれればいいわ。ね?」
シュラインはそう言って皆を見回し、ふと文太のところで目を留めた。文太は声を出さない。出せない訳ではなく、鳴く事もできるが、通常声は出さない。シュラインはしゃがみ込み、文太に目線を合わせる。
「……大丈夫かしら?」
シュラインが尋ねると、文太は妙に誇らしそうにぺしりと胸板を叩いた。正しくは、胸板だと思われる部分を叩いたのだが。
「それ、持って行くんですか?」
シオンは文太に尋ねる。文太は手持ちの桶をちらりと見、こっくりと頷いた。どうやら、持っていることが邪魔になるという事以上に、手にしている事が重要な事らしい。
「それでは、皆さん気をつけていってきてくださいね。あ、これはこの周辺の地図です。手作りなので、多少の誤差は気にしないでくださいね」
木野はそう言って皆に手作りの地図を配った。木野自身は登山スタイルをしていた。ちゃっかり、自分自身も探す気満々のようであった。
「茸といういよりも、カリヨンとかハンドベルのイメージよねぇ」
「……だが、茸は茸だろ?シュラ姐」
シュラインが呟くと、後ろから啓斗がそれに同意してきた。シュラインは「あら」と言いながら振り向き、微笑む。
「一緒に行く?啓斗君」
啓斗はこっくりと頷き、にやりと笑う。
「シュラ姐と一緒にいれば、奴らも油断……もとい、逃げ出さないかもしれないし」
「啓斗君……」
思い切り誤魔化せていないその言葉に、シュラインは思わず苦笑する。啓斗はうまく誤魔化す事が出来たと思っているようであるが。
「……それにしても、何で木野は違う茸に心を奪われるんだ?そんなにキャサリンがどうでもいいのか?」
それくらいならば、俺にくれればいいのに……と啓斗は呟く。
「研究熱心……だと思うんだけどねぇ」
シュラインは苦笑しながらそう言い、そっと耳を澄ます。
「……シュラ姐?」
「……何か、今聞こえなかったかしら?」
シュラインに言われ、啓斗も耳を澄ます。しかし、何も聞こえない。
「何も……」
「いいえ、やっぱり聞こえるわ。こっちよ、啓斗君」
シュラインはそう言うと走り出した。啓斗は小さく「ああ」と呟いて納得する。シュラインの耳の良さは、啓斗が知っている人の中でも群を抜いている。ならば、啓斗に聞こえぬ音も聞く事が出来るという事も充分ありえる話なのである。
「この地図によると……この先は洞窟になっているようね」
「洞窟?……あ、本当だ」
シュラインに言われ、啓斗も地図を取り出して確認する。確かに、シュラインと啓斗が向かっている先には洞窟があるようだ。
「光る事や音が出るあたりから、視界の利かない場所に生息しているとは思ってはいたんだけどね」
シュラインはそう言い、辿り着く。確かに、洞窟の方から鈴の音が聞こえてきていた。
●洞窟
洞窟の前で、再び全員が集合する形となってしまった。
「ああ、なんだ。結局、皆ここに来ちゃったのね」
思わずシュラインが苦笑する。
「そうは言っても……こっちから鈴の音がしたからさぁ」
北斗がそう言うと、うんうんとシオンが頷く。
「僕はねー、ここに光って鈴の音がする茸さんがいるって聞いたから」
ね、と隣にいる文太に向かって蘭がそう言った。隣にいた文太もこっくりと頷く。
「なるほど……茸はこの奥にいるというわけか」
啓斗はそう言って、にやりと笑った。何かを企んでいるかのような笑みだ。
「……おや、あれは木野さんとキャサリンさんじゃないですか?」
シオンがそう言って指を差した先には、確かに木野とキャサリンが洞窟近くでうろうろしていた。そして二人に気付き、木野はぶんぶんと手を振り、キャサリンはぴょんと飛んだ。自らの存在をアピールしているかのようだ。皆がそこに近付くと、木野は目を輝かせながらそっと洞窟の中を指差した。
「みみみ、見てください!……ほ、ほらあそこ!ちょっと光っている気がしませんか?」
木野の言葉に、皆がそおっと覗き込む。すると、よくよく目を凝らして見なければ分からないほどの光がぼんやりと小さく見える事に気付いた。よく木野が見つける事ができたものだ、という思いと、木野だからこそ見つける事ができたのであろう、という思いが混在する。
「ともかく、中に入ってみましょうか」
シュラインが言うと、皆がこっくりと頷く。木野も口では「暗いから気をつけてくださいね」とは言っているが、その顔が満面の笑みだという事はいうまでも無い。
「光る茸か……お金の音がするかのようだ」
ぼそり、と啓斗が呟く。
「兄貴……目の色違ってるって」
思わず北斗が突っ込むが、啓斗の耳には聞こえていないようだ。
「それにしても、もっと暗くて見えないと思ったんですけどねぇ」
シオンがあたりをきょろきょろと見渡しながら呟く。
「本当よねぇ。もしかして、光る茸ちゃんがいるからかしら?」
悪戯っぽくシュラインが言うと、木野がオーバーリアクションで「確かに!」と叫ぶ。その声がうわんうわんと洞窟内に響いていく。その響き方にきゃっきゃっと蘭ははしゃぎだす。
「面白いのー!響くのー!」
蘭の声が、うわんうわんと洞窟内に響いていく。
そんな中、キャサリンだけがしょんぼりと歩いていた。目線が同じである為か、文太はそれに気付いてキャサリンの傘をぺし、と優しく叩いた。励ますように。その励ましに、キャサリンはふにふにと体を揺らした。お礼を言っているようだ。
「あ」
突如、先頭を歩いていた啓斗が足を止め、ポケットに手を入れて構える。
「どうしたんだ?兄貴」
「シッ!……静かに」
啓斗は不思議そうに首を傾げる北斗を制し、じりじりと何かをポケットで掴んだまま何かに近付いていく。
「……ちょっと、まさか」
シュラインの中に、嫌な予感が駆け抜けていく。
「そこだ!」
啓斗はそう叫び、ポケットの中で掴んでいたものを投げつける。それは投網であった。忍者たるもの、道具は常に身に付けているもの……らしい。
「捉えたぁ!」
網を掴んで引っ張ると、その中には一つの茸が入っていた。網の中でほわほわとした光を放っている。
「本当に光っているんですねぇ」
まじまじと見て、シオンが感心したように呟く。
「こんにちはなのー」
ぺこり、と蘭は頭を下げた。茸にとってはそんな状況ではないであろうに。
「ととと、ともかく一旦外に出ませんか?明るい場所でしっかりと観さ……しっかりとご挨拶をしなければ!」
気になる言葉をいい、木野はそう言って洞窟の外へと向かって言った。そんな興奮状態の木野に、キャサリンは心なしか寂しそうだ。文太は再び、キャサリンの傘をぺしぺしと優しく叩いてやるのであった。
●会合
明るい場所に出て見ると、光鈴茸は確かに大きかった。キャサリンくらいの大きさがあり、全身がクリーム色で傘の部分だけオレンジ色をしていた。形だけで言うと、エリンギに近いであろうか。
啓斗は網をしっかりと掴み、まるで「自分のものだ」と主張しているようである。だが、普通ならば何か言ってきそうな木野でさえ何も言わなかった。木野は、ともかく目の前に現れた光鈴茸に夢中なのだから。
「なるほど……素晴らしいですね」
木野は網の中の光鈴茸を見て、興味深そうにまじまじと見つめた。
「木野、それは食べられるのか?むしろ食べてーんだけどさ」
北斗がうきうきしながら木野に尋ねる。
「最重要事項ですね。それは、きちんと教えていてくださらないと」
シオンも妙にうきうきしながら木野に尋ねる。
「た、食べるだなんてとんでもないですよ!」
木野の顔が、さあ、と青ざめる。
「そうよ、駄目じゃないの二人とも。……ほら、こんなにも怯えて」
シュラインが網の中の光鈴茸をなでなでと撫でてやる。
「そうなのー。いやいやって言ってるのー」
蘭は光鈴茸の気持ちを代弁してやる。
文太もぺたぺたと網の前まで歩いていき、ばっと頼りない両手を広げて守ってやっている。
「食べるよりも……早く研究を」
そう、木野が言った瞬間だった。光鈴茸が突如ぴか、とまばゆいばかりに光り輝き、傘の部分を激しく振ってリンリンと鈴の音を響かせた。その場にいた全員が光に目は開けていられず、音に耳を抑える。
「……ま、待て!」
網を持っていた啓斗が慌てて叫ぶ。光鈴茸が逃げようとしているのを察知したらしい。さすがである。
「……大丈夫よ、私達はあなたに危害を与えないから!」
シュラインが光鈴茸に向かって叫ぶ。
「大丈夫なのー!ちょこっと、会ってみたかっただけなのー!」
蘭も光鈴茸に向かって叫んだ。すると、徐々に光鈴茸の光と音が収まっていった。一同は取り敢えずほっと息をつく。
「危害を加えない……つまり、食べられ無いと言う事ですか」
ぼそり、とシオンが呟く。すると、その言葉を聞いた北斗が「えー」と不満そうな声を上げた。
「食べられねーのかよー」
「北斗、ここは光鈴茸を食べてどうする?」
啓斗はそう言って北斗たちを制し、ぼそりと「売るのが大事だ」と付け加える。すると、文太が首をゆっくりと振りながらそれを止める。
「そそそ、そうですよ!食べたり売ったりしようとするなんて……!」
木野がそう言いながら光鈴茸にそっと触れようとすると、キャサリンが木野の背中にどすんとぶつかり、その後シュラインの胸に飛び込む。シュラインはキャサリンをぎゅむっと抱き締めながら、そっと口を開く。
「ねぇ、木野さん。研究熱心なのは素晴らしいですけど、傍にいる子もちゃんと見ていないといつの間にか姿を消しているかもしれませんよ?」
「え?」
「そうなのー。前みたいに、光る茸さんに浮気しちゃ駄目なのー」
蘭はそう言い、木野に向かって「めっ」といいながら人差し指で差す。
文太はそれを見て、真似をするように平たい手で木野を指差す。同じように「めっ」というかのように。
「木野さー、キャサリンいらねーなら俺にくれよ。兄貴が美味い具合に茸飯作ってくれっからさ。図書館で本まで借りてたし」
北斗が言うと、啓斗はぎろりと北斗を睨み、小さな声で「余計な事は言うな」と牽制する。
「……なぁ、木野。そんなにキャサリンがどうでもいいならくれ。いや、むしろ喜んで俺に渡す事希望」
「……それはちょっと」
啓斗の真面目な顔での発言に、思わずがっくりとうな垂れる木野。
「駄目なのか……なら、この光る茸だけでも俺のものにしても良いんだぞ?……本当は、二種類抱き合わせで売り飛ばした方が青果市場のトップスターに仕立て上げられるんだが」
やはり真面目な顔で言う啓斗に、木野はうな垂れたまま手をひらひらと振って「ご遠慮します」と答えた。
「にしても可愛いですものね、キャサリンさん。色んな製品を作り上げてみたいものです」
じっとシュラインに抱っこされているキャサリンを見て、感心したようにシオンは言う。そんな一同の言葉に、木野は光鈴茸から視線を外し、キャサリンに向かって手をすっと差し伸べる。
「キャサリン、僕の一番は君だけだから……安心していいんですよ」
木野のその言葉に、キャサリンはシュラインの腕から離れて木野に向かって言った。その衝撃で木野の鳩尾にクリーンヒットし「ぐふっ」と咳き込んだというのも、またご愛敬である。
「じゃあ、この茸さんはどうしますか?」
未だに網に捕らわれている光鈴茸をちょんと指でつつき、シオンが皆に尋ねる。
「売り飛ばす」
と啓斗。
「食べる」
と北斗。そんな二人に、思わずシュラインは苦笑する。
「こら、二人とも!……そうねぇ。良ければ、この世界に来た人達が視界が利かないときとか……ひっそり出口方向の指示とかしてくれると嬉しいんだけど」
こくこく、と文太が頷き、そっと桶の中からフルーツ牛乳を取り出して茸に差し出した。これをあげるから、仲良くしようといっているかのようだ。勿論、茸なのでフルーツ牛乳は飲めない。どばどばと傘にかけるのもどうかと思われる。結果、光鈴茸はぺこりと頭を下げるという事だけをした。礼節を欠かしていない、立派な茸である。
「茸さん、ちゃんと言葉が分かるみたいなのー」
感心したように蘭が言うと、光鈴茸はふんぞり返るように体を揺らした。蘭はにこっと笑い、なでなでと傘の部分を撫でる。
「いいよーって言ってるのー。えらいのー」
「了承してくださったんですね。それは良かったです」
シオンはぱちぱちと手を叩く。一件落着、と言わんばかりである。そして漸く光鈴茸は網から出された。勿論不満そうなのは、啓斗と北斗。
「ほらほら、二人ともそんな顔しないのよ」
シュラインが苦笑する。そんな中、蘭は「あ」と言って背負っていた熊のリュックから何かを取り出した。
「皆で記念撮影なのー!」
蘭が取り出したのは、カメラであった。丁度良さそうな切り株にカメラのタイマーをセットし、皆で並んだ。かしゃり、というシャッター音が山中に響いていく。
「……折角なので、キャサリンと二人並んで貰ったものを撮ってもいいですか?」
木野はそう言い、キャサリンと光鈴茸を並べて写真を撮る。何となく寂しそうなのは気のせいであろうか。
そうして、光鈴茸はまた再び洞窟へ向かって行ってしまった。皆に見送られて。
「茸ご飯……」
ぐう、とお腹を鳴らしながら北斗はその場に座り込む。すると、文太が桶を持って北斗の傍により、ぺし、と肩を叩いて桶の中を見せる。途端に北斗の顔が綻んだ。
「兄貴兄貴!栗ご飯!」
北斗は文太ごと持ち上げ、啓斗の所に連れて行って栗を桶一杯の見せた。
「おお、これは見事ですねぇ」
シオンのお腹もぐう、と鳴る。
「栗か……本当は茸にしたかったんだが」
啓斗は諦めきれぬようにちらりとキャサリンを見ながら言った。
「あら、いいじゃない。栗だって秋の味覚よ」
シュラインはそう言って栗を一粒掴む。大きく、つやのある栗だ。
「僕も頑張ってとったのー」
ね、と文太に同意を求めながら蘭が言った。そんな蘭の言葉に、こっくりと文太が頷く。
「それでは、栗で何か作って食べましょうか。……というか、是非そうしてキャサリンを恐ろしい目で見るのをやめてください」
木野はそう言ってぺこりと頭を下げた。そんな木野に、啓斗は仕方ないといわんばかりに溜息を一つついた。
「分かった。……今回だけだぞ」
最後の言葉が妙に引っ掛かったが、とりあえず誰も突っ込まなかった。何となくだが、聞くのが怖いような気がしてならなかったからだ。
皆で再び研究所に戻る途中、文太だけがくるりと振り向いて置いたままのフルーツ牛乳を回収しようとし、少しだけ考えてそのままにして他の皆に続いた。
ぽつり、とフルーツ牛乳は中身が入ったまま取り残される事になってしまった。だが、数日後には瓶だけが残されているのを木野が発見していた。その真相は、謎のままである。
●結
皆は栗を堪能し、帰っていった。後に残された木野は膨大な栗の皮を見てくすりと笑う。栗ご飯に、焼き栗、蒸し栗等。どれも甘く、美味しかった。
「キャサリン、今日は楽しかったですねぇ」
木野がそう言うと、キャサリンはもご、と傘を縦に振った。頷いているようだ。
「今度、シオンさんがキャサリンのぬいぐるみを作ってくれるそうですよ」
木野はそう言い、思い出したように笑った。キャサリンの形をしたぬいぐるみを前にし、キャサリンはどういう反応をするだろうか。意外と、友達のように接するかもしれない。
「でも、惜しかったですねぇ……素晴らしい茸だったというのに」
全く懲りていない木野の言葉に、キャサリンは思わず飛び上がって木野の背中にタックルした。木野は本日二度目の「ぐふっ」という咳き込みをする。
リンリン、と風に乗って鈴の音が響いてきた。木野とキャサリンを、笑っているかのように。
<光鈴茸に再び会える事を信じて・了>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0554 / 守崎・啓斗 / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0568 / 守崎・北斗 / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 2163 / 藤井・蘭 / 男 / 1 / 藤井家の居候 】
【 2769 / ぺんぎん・文太 / 男 / 333 / 温泉ぺんぎん(放浪中) 】
【 3356 / シオン・レ・ハイ / 男 / 42 / びんぼーにん(食住)+α 】
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■ ライター通信 ■
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お待たせしました、コニチハです。霜月玲守です。このたびは「光鈴茸」にご参加いただき、本当に有難う御座いました。
今回は久々の茸シリーズという事で、全体的に微妙なほのぼの感を漂わせつつ書かせて頂きました。如何だったでしょうか?
シュライン・エマさん、いつもご参加有難う御座います。キャサリンを愛してくださって有難う御座います。光鈴茸はきっと与えてくださった仕事に燃える事になるでしょう。
今回は個別文章ではなく、3グループの文章となっております。宜しければ他のグループも見てくださいませ。
ご意見ご感想等、心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその時迄。
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