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手には銃を、心には炎を
熱い。
喉が渇いてたまらない。
息が苦しくなり、空気を吸い込もうすると、もっと苦しくなる。
「助けて――」
叫ぼうとした声は、音にもならずに、周りの炎へと飲まれていった。
熱い………
「――――!!」
神谷・智は飛び上がるようにして起きると、全身の火を消そうと体に手をかけ……気がついた。
「夢、か……。」
思わず、力が抜けてベッドの上に座り込む。
もっとも、実際にあった事なのだから、ただの夢とは言い切れない。
炎に包まれた家。押し迫る熱気。自分の肌が焼けていく感触。家族が叫ぶ悲鳴。そして…意識が消えかかった時に聞こえた、助けに来た人達の声と……誰かの笑い声。
包帯に包まれた体で起きた時、火事が放火であると聞いたこと。
全ては、本当にあった事。
そして――
「絶対に、許さない………!」
その事を思い出し、智は思わず吐き捨てるようにして叫んだ。
窓の外ので挨拶を鳴き交わしていた小鳥達がその声に驚いたのか、飛び去っていく。
放火は悪戯半分。
家族の亡骸を見ている智に、警察の人は今言う様な事では無いかもしれないが…などと前置きをしてそう言った。
その人は何事かその後も言っているようだったが、それが智の耳に聞こえる事は無かった。
外の小鳥達が飛び去っていくのを横目で見送って立ち上がると、智は枕の横に置いていた自分の拳銃――S&W社製のマグナム500を手に取った。
民生用として史上最大、といわれるほどのこの銃は、人間に撃つと相手が防弾チョッキを着ていても殺害できると言われる。
もちろん、その反動も恐ろしいほどに大きい為、心得の無い人間が撃つと一発で肩が外れてしまうのだが……立ち上がって、弾を込め、マグナム500を構えるその姿からは、未熟さは全く感じられる事は無い。
相手が見ただけで怯えるようなこの大口径の銃も、復讐の為に智が得た物だった。
警察から話を聞き、その時そこにいた人達一人一人を探し、話を聞いていく。その作業は、初めに考えていたことよりもずっと大変な物だった。
同情しかしない人。話すら聞こうとしない人。こちらを怪しむ人。そんな人達から苦労してなんとか情報を聞きだす。それに疲れて、いきなり情報をくれる、と言う人についていってしまった時には、金や……体まで要求される事まであった。
五体満足のまま、放火犯を絞り込む事が出来た――しかも、警察よりも早く――のは、本当に奇跡、と言えるだろう。
そう、突き止めることが出来たのだ。
その事を思い出すと、智の強張っていた顔に笑みが浮かんだ。
「やっと、敵が討てる――」
構えていた銃をおろして、横のテーブルの上に置くと、服を着替える。寝巻きから、誰からも怪しまれない、高校生の制服に。
朝は真面目に登校をしている生徒に見え、夜は夜更かしをする生徒に見える。年齢相応ならばこれ以上便利な服装も無い。
着替えをしながらも、智は思い返す。
放火犯を突き止め、どこに住んでいるか、どんな事をしているのか、を調べ終わったのがつい昨日の事。
そして、今日。
「夕方、アイツは人通りが少ない駅前の道に行く……。」
眼を瞑れば、それだけで相手の顔、その行動が思い浮かぶ。
智は着替え終えると、銃を再び手に取り、鏡に向けて構えると、一言、呟いた。
「これで、やっと終わり。」
ドウ――――ン
人通りの少ない路地に大きな銃声が響いた。
「うあぁあああぁあああああああああっっ!?!? 」
目の前の男――自分と同じぐらいの年に見える――は、悲鳴を上げながら無様に這いつくばった。
銃弾がかすった足を片手で押さえ、怯えた瞳で自分の目の前に立つ智の顔を見上げる。
「な、な、何でだよ!! 何で俺が撃たれなくちゃいけないんだよっ! 俺は何も悪い事なんてしてないじゃないかぁあっ!」
「半年前」
その言葉を聞くと、ビクン、と一つ大きく震え、男――放火犯は、辺りを見ながら叫ぶ。
「は、半年って、な、なンの事? 俺はその時はまじ」
「とぼけるんじゃない……! 私の家に放火したくせに………!!! 」
男の言葉が終る前に、智は銃口を突きつけながらそう叫んだ。
「ち、違う!! 俺は……! 」
「何が違う! 悪戯半分に面白がって火をつけたくせに……! 」
「あれは……先輩に言われて仕方なく……」
「何が……! 」
怯えたように自己弁護をする放火犯。面白がってやっていた癖に、復讐されると知った瞬間に自分を擁護しようと必死に叫んでくる。
放火犯は間違いなくこの男で、復讐する相手としても、間違っていない。先輩にやらされた、と言うのならその先輩と言う相手にも復讐をする、それだけの話だ。
だけれども。
本当に
自分は
この相手を殺していいのだろうか――?
どんな時でも、人を殺す事は罪。
なら、いくら復讐でも殺してはいけないのかもしれない。相手が反省して罪を償い、何度となく謝ってくれるのなら、殺さなくても良いのでは?
いや、それでもこの男が自分の家族を殺した事には変わらないのだから、その見返りとして自分も殺される事を覚悟するべき……今コイツがやっているのは卑怯な命乞い。それに今までの苦労は――。
そう、智が迷ったその瞬間。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
男は大きな声で叫びながら、智に背をむけて走り去ろうとしていた。
「!!! 逃がさないっ!!! 」
迷わず銃口をその遠ざかろうとしていく背に向け、引き金を引く。
ドウ―――ン
ゆっくりと倒れていくオトコ。
ソノ背中からマウ血しぶき。
やけニはっキリ見えルその小サナ穴。
何かが、がちり、とはまるような音が智の頭の中で聞こえた。
「そこの女ーーーっ!! 銃を捨て手を頭の上に上げろっ!!! 完全に周囲は包囲されているーーっ!!! 」
気がつくと、周りを濃い青の制服に防弾チョッキを重ね着した人間達が取り囲んでいる。
智がだらん、と銃を持ったまま下げていた手を胸元に引き寄せると、カチリカチリ、と辺りから撃鉄を上げる音が聞こえる。
心の奥から、『アレは殺して良いモノだ』と言う声が響く。
そんな声に従うように、銃口を先ほど大きな声を張り上げていたオトコに向ける。
「………さようなら」
いつからか色が変わっていた紅の瞳で相手を捉えて引き金を引く。
何故変わっているのか、そんな事は分からないまま、瞳と同じ色になっている髪を翻しながら、マグナム500の装弾数と同じだけ、先ほど撃った一発を除いて四回だけ、相手を捉えて撃鉄をおろして引き金を。
ドウ――ドンドンドン
弾丸がなくなったので、弾込めする。薬莢を抜くと同時に服のポケットから五発分弾を取り出して装弾をする。
智の視界の隅で五人が倒れる。それと同時に、ようやくまわりから銃弾が飛んでくる。
自分に迫りくる、無数の銃弾。人を幾度となく殺害してもなお余るほどのその攻撃は、智に着弾しようとした瞬間、燃え盛る炎に包まれていた。
「………化け物………。」
警官隊の一人が、呆然と呟く。
智は、炎に身を包んだどこかの神かのように、そこに立っていた。
「ただの高校生ですよ……私は……。」
その声を聞いたのか、ぽつり、と智は呟き、警官達を強く、睨みつけ――――
神谷・智は都市伝説に加わった。
ある噂話に曰く――「夜には、紅瞳紅髪の女が出歩いている。貴方が男ならば、出会ってはいけない。見られてもいけない。なぜならその次の瞬間、貴方は死んでしまうからだ。」
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