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<東京怪談ノベル(シングル)>


 『桜の咲く頃に』


 桜が乱れ咲き、薄桃色の雪を降らせるある日。
 祖父が、死んだ。

 フェンドは着慣れない喪服を身に纏い、京都にある広大なセイ一族本家の一室に集まっている親族の間をすり抜け、静かに手を合わせた。
 唯一尊敬し、そして彼の師匠であった祖父。
「勝手に死にやがって、クソ爺。骨も残りやしねェ」
 だが、口から出てきたのは、そんな憎まれ口だった。
 そのままその部屋を出ると、縁側まで行き、腰を下ろす。
 桜が散っていく。
 祖父の命も、儚く散った。
 生を受ければ、誰にも等しく訪れる死。
 しかし、未だに実感は湧かないままだった。
 セイ家は、海狼と総称される血族の一つである。死亡時には肉体が残らず、骨と海水に変わる。長寿である程、死亡時の遺骨の量が減少するため、齢九百を超えていた祖父は、殆ど海水しか残らなかった。
 その所為もあるのかもしれない。実感が湧かないのは。
 フェンド自身もいずれは死を迎え、骨と海水になるのだろう。
 それも、想像が出来なかった。
 散る桜を見ていると、様々な事が思い出される。


「フェンド、今日も修行じゃ!」
 襖が勢い良く開き、早朝にいつもの声で叩き起こされる。辺りはまだ暗い。
 フェンドは眠い目を擦りながら反論した。
「まだこんな時間じゃねェかよ……もう少し寝かせろよ。ったく年寄りは朝が早ェから――」
「喧しいぞ坊主!ワシに楯突こうとは五百年は早いわ!」
 竹刀が振り下ろされ、フェンドの頭を直撃した。そのままそれはぽっきりと折れる。手加減も何もあったものではない。
「ってー!マジで痛ェ!つーか手加減しろよクソ爺!死んだらどうすんだ!!」
「思いっきり手加減したから大丈夫じゃ。それにこの程度で死ぬなら、修行が足らんと言うことじゃ」
 言っていることが無茶苦茶である。にこにこと嬉しそうに笑顔を浮かべている祖父の顔を、彼は恨みがましく睨みつけた。だが、相手はもうこちらに背を向け、口笛などを吹いている。
(――今だ!)
 油断している隙を狙い、フェンドは寝床の傍にあった竹刀を手に取ると、祖父の背に向け突進した。
(取った!)
 だが。
 彼の竹刀が届く前に、相手はくるりと身体の向きを変えると、僅かな動きだけでそれを避ける。
 勢い余って、彼の身体は宙を舞い、庭先に顔面から突っ込んでしまった。
「ってー!」
 痛さのあまり、顔を必死で摩る彼に、後ろから笑い声が聞こえた。
「まだまだじゃのぅ」
「だー!!いっぺんボコす!」
「無理じゃ♪」
 あくまで笑顔を崩さない祖父。それだけなら、好々爺、という雰囲気なのだが、実際は、とにかく煮ても焼いても炒めても喰えない曲者である。
「あ、それから」
 彼が口を開く。
「今までは竹刀じゃったが、今日から使うのは木刀じゃ♪」
 あくまで楽しそうなその言葉に、フェンドは背筋が寒くなるのを感じた。竹刀でも結果がこれなのに、木刀など使われたら、本当に死んでしまうかもしれない。
「いや、俺は竹刀でいいから……」
「駄目じゃ。それとも、木刀ではなく真剣にするか?」
(本気で殺す気か……?)
 彼は、ガックリとうな垂れ、仕方なく木刀で妥協することにした。

「はあっ!」
 気合とともに繰り出した渾身の一撃。
 だが、それはあっさりと受け流され、代わりに頭を殴られた。
「ってー!!」
「詰めが甘いのぅ」
 転げ落ちた木刀を手に取ると、再び祖父へと向かい、突き進んでいく。
 乾いた音が響き、木刀はあっさり跳ね除けられ、力強い突きが繰り出される。
 その直撃を腹に受けたフェンドは、後ろへ吹き飛び、木の幹に叩きつけられた。嘔吐感が込み上げる。
「畜生!!」
「弱音を吐いてばかりじゃ強くなれんぞ……あ、そろそろ昼飯の時間じゃな。今日はなんじゃろ。楽しみじゃなぁ♪」
「ちょっと待て――」
 流石に、負けっぱなしというのは悔しい。しかも、こちらの攻撃は掠りもしないのだ。
「昼飯を食ったら、今度は勉強じゃ」
 にべもない祖父の言葉に、フェンドは溜息をついた。

「バカもん!こんなのも分からんのか?」
 また木刀で殴られる。
「おい、ちっとぐれェ考える時間くれてもいいだろ!?大体いちいち殴るな!脳みそ壊れたらどうすんだ!!」
「壊れたテレビも叩いたら直ったりするじゃろう?」
「人を古ぼけたテレビと一緒にすんな!」
「似たようなもんじゃ」
「全然似てねェ!!」
 抗議をしても、のらりくらりと流されてしまう。フェンドはそれ以上言葉を発するのを諦め、文机へと再び向かった。
「えっと……」
「不正解じゃ」
 またもや殴られる。
「クソ爺!今のは独り言だっつーの!」
「私語厳禁じゃ」
「あのなぁ……」
 溜息が零れる。そうすると、また殴られた。
「溜息も厳禁じゃ」
 フェンドはもう何も言う気力も失せ、目の前の課題をこなし始めた。
「では、ワシは茶でも飲んでくるから、これをやっておくように」
 そう言って机の上に置かれたのは十センチはあろうかという紙の山。
「ちょ、こんなの出来るわけ……」
「問答無用じゃ」
 そう言って部屋を出て行く祖父の姿を見送りながら、彼は先ほど禁止された溜息を盛大についた。

 日は既に傾いている。
 現在、二人は『耳』の能力の制御についての修行をしていた。この能力は隔世で受け継がれるのが鉄則であり、所有者死亡と同時に強制的に次の所有者に引き継がれる。
 外見上に変化はもたらされないが、この能力はセイ家頭首の証ともなる重要なものだ。
 現在の頭首は祖父。そして、彼の死後はフェンドへと受け継がれることとなる。
「良いか、意識を集中し、『音』を感じ取るのじゃ」
 フェンドは結跏趺坐をし、意識を集中させる。
 遠くでする、カラスの鳴き声。
 風に木々がさざめく音。
 背後に立っている、祖父の衣擦れの音。
 様々な『音』が、雑多な情報となり、彼の脳内を駆け巡る。
 酷い耳鳴りがした。
 思わず小さく呻いた彼に、祖父の手に持つ木刀が容赦なく肩に振り下ろされる。
 その音すらも、彼の頭を混乱させた。
「くっ……頭痛ェ」
「まだまだ修行が足りんからじゃ」
 そんな日々が、幾日も続いた。


「ったく……ロクな思い出がねェな……」
 フェンドは、庭を眺めながら、苦笑する。
 相変わらず降り注ぐ桜の花が、目に心地よかった。
 厳しくて、喰えなくて……それでも、今となっては懐かしく思い出される祖父の顔。
 結局、彼には一度も勝てなかったし、頭も上がらなかった。
 その時、後ろから親族たちが囁き交わす声が聞こえる。
「セイの一族はどうするつもりかしら」
「小坊主に頭首など務まるのか?」
「でも、直系の男児は他にはいないのよ」

 誰に何を言われようが、そんなことなど構わない。
「ま、俺は俺だしな。なぁ、師匠」

 その言葉に応えるかのように、桜の花びらがひとひら、フェンドの膝に、そっと乗った。


 ■ ■ ■


 セイ・フェンドさま
 いつもありがとうございます!鴇家楽士です。
 シチュエーションノベルの場合は、雰囲気を壊してしまいそうなので、今までは後書きは書かなかったのですが、今回から書いてみることにしました。
 もし邪魔でしたらすみません。

 如何でしたでしょうか?
 修行の回想シーンがメインとなりましたが、あれで良かったのかどうか……難しかったです。
 『修行はギャグ風味大歓迎』と書かれていたので、意識はしてみましたが、ギャグになったのかどうか謎です。
 それにしても、桜はいいですね。何か、桜が出てくるだけで切ない感じになります。色の淡さ、散り際の儚さがそう思わせるのかもしれません。日本の心ですね(笑)。
 あと、焼香のシーンとかも入れようと思ったのですが、家柄が特殊なようですし、仏教式の葬式をあげるかどうかが分からなかったので、そこの辺りは曖昧にしてみました。

 あと、情報もありがとうございました!
 作品を作成する際に、プレイング以外の情報は文章に反映してはいけないことになっているようなので、参考には出来ませんでしたが、楽しく拝見させて頂きました。

 それでは、読んで下さってありがとうございました!
 これからもボチボチやっていきますので、またご縁があれば嬉しいです。