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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


大掃除の秋?



 天高く、馬肥ゆる秋。
 
 色づく落ち葉に誘われて、
 隣は何をする人ぞ――――
 
 



「……というわけで、書庫の整理を手伝ってくれる人を捜しているの」
 あいも変わらず閑古鳥な、こちら草間興信所。
 ぴしりとグレイのスーツを着こなし、ぴんと背筋を伸ばして椅子に腰掛けているのは綾和泉汐耶。彼女の言葉に、目の前のソファで寝そべっていた草間武彦があくび一つ、大きな伸びをした。
「ふああああぁ……書庫の整理ねえ。要は大掃除の手伝いってとこか」
 ところでウチは人材紹介コンサルタントはやってないんだがな、と彼がいくらか皮肉めいた口調で言うと、汐耶はわざと大きな仕草で肩をすくめて見せる。
「ご存知でしょうけど、我が家の書庫は普通じゃない本が多いんです。頼む人はそれなりの人じゃないと」
「『怪奇の類』はそれこそお断りしたいんだがな」
ま、お前には日頃から世話になってるし、しょうがない。そう言いながらごそごそと胸のポケットを探っていた武彦が、ふと顔をしかめる。
「マルボロがない……」
「お礼はそうね、福沢さんと晩御飯ってところでどうかしら」
「何?! ……なあ、それ俺じゃだめか?」
ポケットの中からさぐり当てた空のシガレットケースを逆さに振りながら、名案を思いついたかのように汐耶を見る武彦。
 が、汐耶の返事はにべもない。
「武彦さんは、人の家よりご自分の事務所の掃除が先です」
「……だぁあ、分かったよ!」
 空のケースをゴミ箱に放って、ふてくされたように再びソファに寝そべる武彦。
 どっかの誰かみたいなこと言いやがって、とぽつり聞こえた悪態に、汐耶はつい笑みを漏らした。
 
 



 そして数日後。
 
 鳴らされた玄関のチャイムに汐耶がドアを開けると、そこに立っていたのは小麦色の肌をした青年だった。
「どーも。草間んとこから紹介されてきた真柴って者ですけど」
数秒の間。じっと無言のまま彼を見つめていた汐耶が、ぽん、と手を叩く。
「ああ、先日空市でお会いしたわよね?」
「お? そうそう、それ俺。覚えていてくれたとは嬉しいね」
「その目と髪は忘れられないわ」
 尚道の黒髪は足元まである。
 また一見、鋭くも見える彼の切れ長の瞳だが、彼女の言葉ににっこりとまなじりを下げた。
「俺も汐耶さんのことはよく覚えてましたよ。またお会いできてなによりだ。……あ、汐耶さん、でいい?」
「もちろんよ。じゃあ私は尚道君、って呼ぶわね」
 中へと招きいれながら、汐耶は笑顔でうなずいた。
 
 
「さて、じゃあちゃっちゃとやっちゃいましょうか」
「って汐耶さん、どんだけ本持ってんですか……」
床に棚に、8畳ほどはあるはずの書庫にうず高く積み上げられている蔵書の数々。
それこそ足の踏み場もなく、恐る恐るといった様子で尚道は部屋に足を踏み入れる。
「そうね、よく聞かれるんだけど、実は数えたことないのよ」
「そんじょそこらの図書館よりあるんじゃないのか……?」
 んで、どんな本があるんだ? と足元の本を拾い上げた尚道だったが、次の瞬間うわっ! と叫んで本を放り投げた。
「痛ってー!!」
「気をつけて。本の中には『噛み付いて』きたりするのもあるから」
「な、何がいるんだよこの『中』?」
「付喪神付いてるのがあるはずなの。それも混じってるから気をつけてね。たぶん20冊ぐらいかしら」
 それから、本は投げないでよ? と真面目な顔をして注意する汐耶に、尚道は少し情けない顔をした。
「悪い、驚いたもんだから」
 大きな体つきを申し訳なさそうに縮こめる尚道に、ぷっと吹き出す汐耶。
「……なんだよ?」
思わずむっとした口調になってしまう尚道も、目は笑っている。
「いえいえ。ごめんなさい、私も最初に言わなくて悪かったわ」

 さりげないきっかけで和む二人。
 ともあれ、お互い同じタイミングを腕をまくりあげることを、事の始まりとしたのだった。





「なぁ汐耶さん、この本何の本?」
「それは日本各地の怪奇現象をまとめた本。一番上の棚に入れて」
「こっちは? あ、この挿絵おもしれぇ」
「それは西洋史ね、こっちの棚。ああ、その絵はドワーフ族の特徴を記したものよ」
「ドワーフ? 聞いたことあるな」
「そうそう、最近映画にもなったけどあのファンタジー映画に……」
 汐耶の指示に従って、尚道があっちへ運びこっちへ運び。
 めずらしい本の数々に興味津々の尚道は、すぐに手を止め本を開いてしまう。作業が進まないわね、と思いつつも一緒に本を覗き込んではつい話し込んでしまう汐耶だった。
 これも性分、仕方ない。――とは言え、これでは作業が今日中に終わらない。
「これじゃだめだわ。そうね、しばらく作業に集中しましょう。
尚道君、ここにある本を順番に……そうね、あの棚に納めてくれる? 終わったらまた話しかけて」
「OK」

 そうやって、しばらく沈黙が流れた。黙々と背中合わせで作業する二人。
 と、汐耶は足元にある一冊の本に気がついた。
 ……あら、この本こんなところにあったのね。どこへ入りこんでたのかしら。
 それは古びた布張りの本だ。以前、とある古書店で手に入れたものだが、あまり読み返すこともないまま書庫にしまいこんでいた。
 ……そういえば、この本どんな内容だったっけ。
 思わず表紙を繰り、ぱらぱらと最初のページをめくり始める汐耶。

 と。
 とんとん、と肩を叩かれた。
 無言のまま読みふけっていると、再びとんとん、と肩を叩かれる。
「何? 尚道君。もう終わったの……?」
本に夢中になっていた汐耶が、それでも顔を上げずにいると、今度はとんとんとん、と幾分荒い調子でまた肩を叩かれる。
「もう何、尚道君? 言ってくれないと分からない……」

ようやく顔を上げた汐耶がいくらか険のある表情で振り向くと――。


「きゃあ!」
 小さく上がった声に尚道が振り返ると、どこから現れたのか、大きな黒い影が汐耶を飲み込もうとしていた。
慌てて本を置き駆け寄る。
彼が影に手を伸ばすと、感触があった。
「な、なんだコイツ? おいコラ、汐耶さんから離れろっての!」
「あ、ちょっと! メガネが!」
「いててて、俺の髪を引っ張るなよ!」
 ……煙か、そうじゃなけりゃ影法師みたいなおぼろな存在に怒ってるってのは、傍から見たら笑えるかもな。と、どこか冷静な頭で尚道がふと思う。
 と、汐耶が一つ、あ! と声を上げた。
「そうだわ、この本が」
「え?」
 慌てた様子で彼女は手に持っていた本を閉じ、なにやら念じた。
 と、その影はみるみるうちに縮んでいき――足元でうずくまる小さな影になる。
「ごめんなさい、私が迂闊だったみたい。この本にもちゃんと封印かけておかなくちゃ」
「その本って?」
これ? と汐耶はワインレッドをしたその本を示してみせる。
「インド神話をまとめた本なの。ちょっと前に買ったんだけど、いつの間にか霊的な力を帯びてたのね」
「インド神話?」
「今の影は……たぶん」
ぱらぱらと本をめくった汐耶の指が、とあるページで止まる。
「これだわ、えーと……『ヤートゥ』ね。
元は悪魔や邪悪な精霊だけど……そうね、神々に使われる立場の『使い魔』ってところかしら。そんなに危害をもたらす存在ではないはずだけど……」

 その時。
 くぅん、とすがるような声がして二人は顔を見合わせ……そして示し合わせたように足元に視線をやる。
 そこにいたのは漆黒の犬だった。
 無駄な筋肉のない、しまった体つきの犬。一見するとドーベルマン種のようにも見える。
 そして、その犬は体を尚道にすり寄せ、まるで指示を仰ぐかのようにじっと尚道を見上げていた。
「……犬? 今の黒い影がこいつになったのか?」
「あ、そういえば」
汐耶は開いたページに再び視線を戻す。
「ヤートゥって、犬や禿鷹の姿をとることが多いんですって」
「お前、俺と一緒に来たいのか?」
 言葉が分かるのか、じっと足元で尚道を見上げたままの黒犬。
 尚道は膝を折りその犬と目線を合わせると、にっこりと笑った。
「よし、じゃあお前、俺と一緒に来い」
 そしてその言葉に、もう一度だけ体を摺り寄せると、ふっ……と体を霞ませ、尚道の体に重なる様に消えていった。






「終わったー!」
「いろいろあったけど、お疲れ様でした。助かったわ」
「いやいや、どうもありがとうございました」
 日も落ちかけ、つけた電灯のあかりが部屋を照らす頃には、書庫はすっかりきれいになった。
 封印も新たにかけ直したことだし、付喪神たちが現れることもしばらくはないだろう。
「それじゃ、御飯にしましょうか。御礼も兼ねてご馳走するわ」
「お、待ってました! そうそう、俺手土産持ってきたんですよ」

そう言いながら尚道がカバンから取り出したのは、一本の酒瓶。
「……これ?」
「あ、汐耶さん酒飲める? これ、俺の好きなズブロッカ!」
「……なるほど、だから尚道君が紹介されてきたのね」


 草間武彦の意図を見て苦笑する汐耶に、尚道は首をかしげた。
「何のことだ?」
「いえ、なんでもないのよ。……じゃ、ひとつお酒も一緒にいただきましょうか。
言っとくけど私お酒強いから、覚悟しててね?」
「お、それは望むところだね」




 帰宅した汐耶の妹が、普段よりも大分賑やかな食卓に驚くのは、それよりもまた数刻後のこと――。