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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


原稿が消えた? 〜三下の犯人疑惑

■ 女王様の憂鬱

 春夏秋冬、その後半二つとなると乾燥した空気が充満し、やけに肌も、そして経済難の為か心も荒んできて、日々の疲れさえも取れなくなってくる。
 そんな季節のとある一日。

「さんしたくぅぅぅん!? 私が書いた原稿、何処にやったの!?」
「ひぃぃぃぃ!!」
 寒空のカラカラに乾いた空気だから、大きな声、アトラス編集部の編集長である碇・麗香の怒声が良く通る。
「僕じゃありません、僕じゃありませんってば! ねぇ?」
「う、うん…彼じゃないと思うけど…」
 蛇に睨まれた蛙のように怯える三下。彼が苦し紛れに話をふったのは、この編集部に情報提供をしにきていた切夜という、トレンチコートのよれよれになった記者の男だ。
「へぇ、じゃあ貴方なのかしら? 切夜さん」
 三下が話をふったせいで犠牲になる男、切夜。
「ち、違うってば。 そもそも私と三下さんは情報の話し合いにそこのソファに居たじゃないかぁ…」
 両者を睨み続けながら、麗香はどちらが犯人なのだろうと、既に心の中では二人のうちのどちらかが隠してしまったと決め付けてしまったようで、鋭い瞳は目の前の男達を逃がそうとしない。
「そもそも、さんしたくん。 同業者から情報を貰うってどういう事かしらねぇ?」
「で、ですがヘンシュウチョー。 僕の記事がまだ埋まっていなくて…何か情報が欲しくて…その…」
 麗香の机の前に呼び寄せられたこの犯人候補2人は、彼女のあまりの怒声と気迫に押されて男だというのにも関わらず、その場で泣き出したい気分で小さくなっている。

「まぁ、いいわ…」
 すらりと妖艶なる身体を椅子から立ち上げると、麗香はこの編集部内に轟く雷のように、
「今月の総集編で作成した私の原稿! 探してくれるわよね!?」
 女王様のような仁王立ちで言えば、近くの編集員数名が恐怖で逃げ出していき、恐怖映画の犯人よりも怖い事になってしまった。

 麗香の探す原稿とは薄青いフロッピー一枚。果たして、それをこの無駄に広い編集部の部屋内から見つけ出す事が出来るのであろうか?

■ ハイ、ちーず!

 町の中で売っていた安値の焼き芋は愛する兎ちゃんが食べてしまい、本日シオンは何も口にしていなかった。
 いや、本日だけではない。数日だ。相も変わらず格好だけは金持ちの持つブランド品を身につけているものだから、寄ってくる年配の女性や夜の街を歩けば様々ないかがわしい店に誘われるもシオン・レ・ハイの愛は唯一つ。愛する兎ちゃんに注がれている。
 ―――確かに、時々彼の目にとまった可愛らしい物に自分の食べ物を分け与え、ついでに愛も分け与えているような気がしないでもないが、それはまたご愛嬌だ。
「兎ちゃん、美味しいですか?」
 月間アトラス編集部。そこは、ひもじくなってしまったシオンの最後の砦、つまり、ただたかりに来ただけなのだが、胸には寒くないようにとピンク色の愛らしいハートマークが入ったタオルに包んだ兎ちゃんがシオンの顔を…ひっかいていた。
 どうやら食べ物が無くなって暇になったらしい。

「…わよね!?」
「はい?」
 いつも怒声が飛んでいるアトラス編集部なので今度の怒声は何に対しての物だろうとシオンは顔をドアからつくしの様にひょっこりと出す。
 そこには仁王立ちをし、顔には青筋を立てている編集長。碇麗香がおり、
(面白いです…でも怒っているのは駄目ですね、血圧が上がります……)
 どうでも良い事を考えながらシオンは兎ちゃんを自分の頭の上に乗せると、近くにあった編集員のカメラをこっそりと拝借。
「な、何しているんですか…!」
 途中、その編集員がシオンの行動に気付いたようだったが、
「静かにしてください、シャッターチャンスです」
 麗香の視界に入らぬよう、シオンは編集室の隅を移動しながらその被写体に近づいていく。

「減給よ! さんしたくん、白状なさ…」
「麗香さん、笑ってくださーい!」
 フラッシュの閃光が辺りに満ちて、麗香の顔はシオンの方を向いたまま凍りついている。
「ああ、笑ってくださいと言ったのに…」
 残念そうにシオンはカメラをもう一度麗香に向けるが、あまりに突然の出来事で行動の止まっている彼女は、般若の形相と妙に口の広がった口裂け女のような、アトラスの記事に載せればそれこそ良い記事になりそうな表情をしているのだった。

■ 本当に消えてる? 麗香の原稿

「あははははっ!」
 編集部に明るい笑い声が、先程の地獄の魔王のような怒声とは違い響き、本当にここは同じ編集部内なのかと編集員達は顔を見合わせた。
「何? 三下が碇の仕事を盗ったって? んなこと、ありえないって! そこまでの度胸と器量があればもっと活躍してるよ! ねー? シオン?」
「あはは、そうですねぇ」
 編集部内で合流、もといシオンが碇麗香ブロマイド(般若憑依中)を撮影しているその時、みあおは彼と出会うと事の真相を聞いて大笑いをする。
「三下さんもそれだけ出来れば確かに出世中ですよ、麗香さん」
 ほら、私のように! と、机の前に彼の愛しい兎ちゃんを座らせ、綺麗にタオルを敷き詰めているシオンに、誰もが、
(それは出世ではない、貧困だ)
 と思ったが口にしてはいない。彼は愛の出世人なのだから。

「でもまぁ、仕事が無くなっちゃったら大変だよね、みあおも探すの手伝うよ」
 兎ちゃんに浸っているシオンを置いておきながら、みあおは彼のペットを眉間に皺を寄せつつ覗いている麗香に言う。
「では、麗香さん。 最後にフリッピーを使ったのは何時ですか?」
「フリッピー?」
「ええ、フリッピーです」
 みあおも探す気まんまんならば、シオンもなにやら気力がわいてきた様で、兎ちゃんを麗香の心の癒しにするべく彼女と向かい合わせつつ、『フリッピー』とやらの所在について問うた。
 勿論、側に居るみあおや、犯人扱いされていた三下、切夜の声がそれは何だとハモる。
「フロッピーの事だよ、きっと」
「フロッピーの事だったの!?」
 隣に居た茶色づくめの男がみあおに耳打ちをすると、軽い衝撃を受けたように彼女は元々丸い瞳をまん丸にして驚いた。銀色の瞳が鏡のようで綺麗だが、今はそれに感化されている場合ではない。
「最後に…そうね、昨日編集部室の帰りに軽く掃除をする前だったかしら? それまでは使っていたのよ」
 シオンの『フリッピー』発言に多少動揺した麗香だったが、そこは流石ドジな三下を抱える上司。みあお達の『フロッピー』発言に頷くと、ようやく彼らの言う事について行けるようになったらしく話し始めた。
「碇、バックアップはしなかったのー?」
「編集員の個人個人でのバックアップは存在するわ。 だけれど、それを編集した私のフロッピーはあれ一つだけ…迂闊ね」
 みあおの言うとおり、バックアップさえ取っていればこんな事にはならなかったと麗香は頭を抱える。兎ちゃんが心配そうに彼女を赤い瞳で覗いてい、その様を見ているシオンが逆に癒されていそうだ。
「置いたのは…ディスクのここかしら?」
 麗香が示したのは自分のディスクの兎ちゃん…ではなく、いつもはノートパソコンが置いてある場所の隅であり。
「うーん、随分隅っこだねぇ。 これ以上無いとなるとあちこち歩くしかないけど…その前に碇は原稿、印刷所に出さなかった?」
「それはないわ。 カレンダーに入稿の印をしていないし、その作業をしているのも殆ど私。 忘れる筈がないもの」
 自身たっぷりといった表情で麗香は言うが、それならば本当に隅々を探すしかないだろう。
「仕方ないですねぇ、フリッピーにラベルは貼りませんでしたか? 目印になると良いのですがー」
「そうね、私の字で月間アトラス編集部11月号用決定稿。くらいは書いたかしら?」
 麗香の言うラベルの目印は地味なものだったが、だからと言って業務用に無駄な物を書く人間も少ないので、シオンは唸った後、彼女のノートパソコンやディスクトップパソコンの差し入れ口を調べるとまた首を捻った。
「ありませんねぇ…」
 フロッピー置き場も調べているが、一向にそのフロッピーらしきものは無く、逆に黒いフロッピーが重なっているだけである。
「仕方ないなぁ。 じゃあ探そう! えっと、シオンはとりあえずフロッピー置き場を探してみて、みあおはこのおじさんと給湯室を探してから仮眠室に行って来るね」
(おじさん…)
 茶色づくめの男もとい、おじさん、もとい切夜はシオンが「シオン」と呼ばれるのに対して、まだ若作りな自分が「おじさん」なのに多少のショックを受けている。
 もっとも、会った事のある二人の前で一人他人の切夜に「おじさん」呼ばわりするのは小学生のみあおにとっては至極当然の事だ。
「みあおさん、シオンさん。 私は切夜。 せ・つ・やだからね?」
 これ以上おじさん呼ばわりされたくないのは男の常か、意地か。二人にしっかりと自己紹介をすると、みあおと共に編集部室を出ようとする。
「ぼ、僕も探しに!」
「三下は邪魔! ちゃんと仕事しないと、締め切りに間に合わないよー!」
「うっ、そんな…」
 だが、みあおの言う事はごもっともなので、三下は麗香の冷たい目線の下。自分のディスクに戻っていった。


 編集部室に残ったシオンは手当たり次第フロッピー置き場を漁りつつ、
「あ、これはなんでしょうね」
 出てきたのは所謂男性の読むちょっとえっちな本で、慌てて近寄ってきた編集員を退けながら一応内容を確認すると一言。
「五百円で売ります。 破格ですよー」
 にっこり笑顔で持ち主であった編集員と時々ぶつぶつ交換と称した脅しも楽しんでいる。
 ―――ここで、決して良い子は真似をしてはいけないと明記しておこう。
「フリッピー無いですねぇ…」
 未だ間違った名称を口にしているシオンだが、その口ももごもごと何かを…編集員の持ち込んだ羊羹を口にしていて、
「美味しかったです。 有難う御座います」
 ちょっとダンディーなシオンにそう言われてしまえば、行動こそかなりおかしいが女性編集員はただ頷くしか方法は無く、彼はそのまま何個ものお菓子を平らげると掃除棚に移り中の物を物色し始めた。
「さて、頂いたお礼です。 お掃除もいっぺんにしましょうか」
 シオンの『フリッピー探し』兼、大掃除が始まったのである。


「シオン、何やってるの?」
 そこは仮眠室。いつもならば編集員が仮眠しやすいようにと明りは少々少なくしている所だが、麗香のフロッピーが消え、慌しくなっている編集部で今現在、仮眠を取ろうと言う勇者は現れていない。
「掃除です」
 ほうきとちりとり、そしてなんとなく三角巾をかぶったシオンは編集室を掃除の後、探しついでと言いながら仮眠室にまで掃除に来ていた。
「フロッピーは?」
「見つかっていません」
 あっさりと返す彼の背にはまだまだ早いサンタクロース…ではなくシオンからしてみれば掘り出し物の編集部で散らかったままだった雑誌やスプーン、そしてお菓子のおまけ等などがゴミ袋の中にぎっしりと詰まっている。
 編集員に了承は取ったのだろうか? ―――と、そういう無粋な質問をしてはいけない。
「シオンさんはここでお掃除していたんだよね?」
「ええそうです、お陰で良い物が見つかりました」
 はい、とシオンが差し出したのは持ち主のわからない車のキーであり、
「駄目だよシオン! これは持ち主に返すのーー!!」
 みあおの大反対にあい、彼女はシオンの手からキーを奪うと近くにあった『落し物用』の箱にそれを入れる。勿論、その中に麗香のフロッピーがないか調べるが、矢張り見つからない。
「やっぱ編集室のゴミ箱も漁るしかないのかなぁー」
「そうみたいだね、みあおさん」
 つかれたーと、背伸びをするみあおと、その可愛らしい仕草を見、苦笑する切夜。一方、シオンの方はというと、
(はっ、ゴミ箱を忘れていました!)
 今まで掃除に気をとられ、ゴミ箱を漁るのを忘れていた自分を責めていた。
 そう、ゴミ箱こそ彼にとって素敵な宝物が眠っているかもしれない場所なのだから。

■ 麗香さんしっかりして!

 編集室内のゴミ箱、そして今までシオンが回っていた場所のゴミ箱(道すがらシオンが漁っていた)それ程数は無く、コンピューターで処理するようになった会社だと言う事がしみじみと伝わってくる。
「三下のゴミ箱紙だらけー!」
「ううっ、それは…」
 結局全てのゴミ箱を漁る羽目になったみあおは、三下のゴミ箱の中身がうどんのようになった紙切ればかりだと苦い顔をした。
 今月、いや先月分もあるのだろうか、シュレッダーによって細切れにされた没原稿が哀愁を語っている。
「おお! 此方はペット特集ですよ!」
 シオンはというと、女性編集員のゴミ箱に入っていたペット雑誌がいたくお気に召したらしく、それも自分の宝袋、もといゴミ袋に詰めていた。
「二人とも、原稿はあったかな?」
「ないよー」
「ありませんねぇ…」
 切夜もゴミ漁りに参戦し、麗香の机を挟むようにしてゴミを漁っているがなかなかそれらしい物は出てこない。
「あとは碇のゴミ箱だけだよ」
「わ、私のゴミ箱!?」
 アトラス編集部の女王様である碇のゴミ箱を調べようと思った人間はきっと度胸の備えた者、みあおしか居なかっただろう。
 自分のミスでゴミ箱なんぞにフロッピーが入っていては編集長の恥だと、誰もが思ったが口にすれば麗香のミスでこうなったのでは? と疑問を投げかけているようなもので、とどのつまり彼女の視線が怖いのだ。
「な、無いわよ! 私だってしっかり見直して!」
「ゴミ箱の中はどうですかー?」
「うっ…」
 既に見る気まんまんのみあおとシオン。それぞれに思いは少し食い違っていそうだが、唯一つ麗香のゴミ箱の中身が見たいという気だけは変わらない。
「碇さんごめんね」
 後ろで立ち尽くしている切夜が祈るように麗香を見ていたが、ここは一つ彼らにゴミ箱の中を見せてやるしかなく、
「いいわ。 調べて頂戴」
 諦めたように肩を落とす彼女のため息と同時に、シオンがゴミ箱を取り、みあおがその中身を探り出す。
「麗香さんのゴミ箱は使えそうな物が入ってませんねー」
 ゴミ箱なのだから使えない物が入っていて当たり前なのだが、シオンは違う物を期待していたようだ。
「でもさ、シオン。 切夜」
 みあおも、広げられたゴミの中を小さな身体で探し回り、そしてある一つを摘み上げると、全員に見えるようにつま先立ちをしてみせる。
「あったよ、フロッピー…」

 麗香の顔が蒼白になっていく中、みあおの手にしたフロッピーは確かに薄青い物で、ラベルには『月間アトラス編集部11月号用決定稿』と手書きで記されていたのだった。

■ お礼は?

 碇編集長が静かになっているお陰で三下の犯人容疑も原稿の進み具合も良く、切夜はそろそろ自分の役目は終わっただろうと編集室を出る所だった。
「切夜さん、お帰りですか?」
「ああ、はい。 シオンさんは兎ちゃんとお帰りで?」
 シオンは愛兎を頭の上に乗せ、手には編集室から出たゴミ…ではなくて宝物を沢山手にしている。
「今日は大変だったみたいですね。 犯人容疑を三下さんとかけられていたり…本当に、大変でしたー」
「し、シオンさん…」
 切夜の肩に手をかけるシオンに悪気は無い。
 悪気はないが、純粋に腹が減っており、兎ちゃんの小さなお腹と共にきゅるる。と、可愛い音を発していた。
「わ、わかりました。 奢ります…」
 がっくりとうな垂れる切夜とは正反対に、にっこりと微笑むシオン。
「兎ちゃんもお願いします」
 これから先、シオンにとっては数日ぶりの食事が待っている。
 だが、切夜にとっては給料日までの節約生活がこの先を待ち受けているのであった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3356 / シオン・レ・ハイ / 男性 / 42歳 / びんぼーにん(食住)+α】
【1415 / 海原・みあお / 女性 / 13歳 / 小学生】

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■         ライター通信          ■
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シオン・レ・ハイ 様

こんばんは。二回目のご発注有難う御座います!
ゴミ箱ライター・唄で御座います。
以前もさることながら、また好き勝手に書いて宜しいとのお達しで、シオン様に色々変な役回りをして頂いてしまいましたが…宜しかったでしょうか?
書いている私はとても楽しかったのですが、あまりに崩れすぎていないかと不安です。
誤字・脱字等御座いましたら申し訳御座いません。
また、表現等のご意見がありましたらレターを頂けると幸いです。

それでは、またお会いできる事を切に祈って。

唄 拝