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<PCシナリオノベル(シングル)>


現神(うつつがみ)

□理由と接点 ――司馬光

 要に腕を引っ張られて、俺は西に向かう電車の中にいた。
 昼下がりの光を受けて輝く瀬戸内海を眺める。穏やかで変化のない車窓。開けた窓の向こうには、風の壁が横たわっている。窓から顔を出すと、時折曲がりくねった線路が見えた。
「ほら、プリッツあるよ。サラダに、ローストに……あ〜光はどれが好きなんじゃったっけ?」
「いらない」
「ふ〜ん……まだまだ時間かかるけぇ、今食べとかんとうちが全部食べるよ?」
 仕切りに声を掛けてくる対面に座った人物。高校生である俺よりも年上の女。名前は樹多木要(きたき・かなめ)という。男ともとれる名前の通りサバサバした風貌だ。身奇麗にして耳にピアス。ショートカットの髪が淡い栗色で、柔らかな印象なのが唯一の女らしいところだと思う。
「要…俺、用事あったんだけどさ」
「どうせ、バイトか学校じゃろ? そんなのいいって」
「あのねぇ……」
 俺は閉口した。ぐいぐいと押しつけられる菓子。それは手を伸ばす他に、俺の行動を許さない勢いだった。

 ――あんだよ…。久々に会ったと思ったら、これかよ。
   相変わらずというか、無謀というか無神経というか。
   でも…あれ?

 しぶしぶ取り上げたプリッツの箱。開けて顔を上げると、要が海を見ていた。
「…あぁ〜、要?」
「ん? ああ、それが好きだったんじゃった? ……うち、いけんね。少しあんたと離れとったら忘れとるわ。あんたの女の子みたいな顔はちーっとも変わってないのにね」
「ああ、うん」
 女の子みたいと言われ、本来なら烈火の如く怒る場面。けど、俺は数分前とは違う理由で口を閉じた。そんな俺に気づかぬ様子で、要はまた海へと視線を移動させた。
 彼女を覆う違和感。
 首を傾げてしまう。何が違うのか明確には言えないが、いつもの要でないことくらい分かる。確かに半年振りの再会。要は実家のある広島へ帰っていたのだ。
 俺は騒がしい女がいなくなったと、淋しく思うどころか喜んでさえいた。要は駄菓子が好きで、人に勧めるのを生き甲斐にしてる。俺が家の関係で中華料理ができると知ると、強引に食事担当にさせられたり、自分の妖怪小説の取材に連れまわしたり、知り合ってからロクなことがなかった。
 でも、久しぶりに会った要はどこか以前の雰囲気とは違っていた。

 ――そうだ。真剣なんだ……目が。

「なぁ、そろそろ広島に行く理由を教えてくれよ。強引に連れてきたんだから、理由くらいあるんだろ? これで『散歩』なんて言ったらマジで怒るからな」
 続く電車音、続く沈黙。
 いつもと違う要を前にして、躊躇しないわけがない。けど、この状況にも耐えられなくて、俺は無理やり会話を始めることにした。日頃、止め所を失うくらい喋る要がだんまりを決め込んでいるので居心地が悪いのだ。
「……ん〜? ああ、理由か。ま、行けば分かるんじゃない? ……光は、忘れとるみたいじゃし」
「え? 忘れてるって俺が?」
「そ、忘れとる。何を――って、うちに訊かんでよ? 光が思い出すのが礼儀じゃろ」
 自分が忘れているもの? それは何だろう?
 要と会ったのは、数年前。その間にあった出来事はちゃんと覚えている。要が釘を刺す、忘れるような約束や出来事があっただろうか? 俺は首を捻って考えたが思い出せなかった。

 結局、要を包む違和感の原因も、俺が忘れているという「モノ」についても分からないまま、俺達は電車を降りバスに乗り換えたのだった。

               +

 目の前には古びた木造校舎。すでに休校になって久しいのだろう、手入れの行き届いていないガラスは埃だらけ。至るところでガラスが割れていた。鬱蒼とした山の緑。以前は通学する児童で賑やかだったはずの校門も、蔦が絡まってまるで幽霊屋敷の入り口のようだ。
「……ここはうちの母校なんじゃ」
 ずっと、バスを降りてから喋らなかった要。校門を前にしてようやく口を開いた。俺はすぐに答えず、視線だけ上に向けた。哀しいかな…要の顔は俺の目線よりもわずかに上あるのだ。
「さ、入ろ。うちはあんたにここに来てもらいたかったんじゃ。手伝って欲しいことがあるんよ」
「それが目的か……。なぁ、要。もっと詳しく教えてくれよ。確かに俺は何か忘れてるのかもしれないけど、ヒントくらい無いと手伝いだってできないよ」
 俺はこれ幸いとまくし立てた。要は肩をすくめ、人差し指で俺の額を小突いた。
「仕方ないねぇ」
「ぐっ…笑うな! 早く言えよ。この古い校舎に何があるんだ?」
 問いに要は目を伏せた。緩んでいた表情は一変し、車窓の向こうを眺めていた時と同じになった。小さく、要が息を飲み込む音がした。

「うちの胸には文様があるんよ。最初からあったわけじゃないよ、もちろんね」

 最初、何を言っているのか分からなかった。無論、要の胸なんか見たことがないし、見えるような機会もなかった。要はいつも首の詰まった服装をしていて、海やプールの誘いには決して乗らなかったことを思い出した。
「……それって」
 次の言葉を言いあぐねていると、要が言葉を補足するように続けた。
「それだけ言っても分からんよね。光は、うちが時々記憶がなくなるのを知っとるじゃろ?」
「ああ。昨日何してたかとか、夜ベッドで寝てたはずなのにソファで寝てたとかか? でも、それって夢遊病か若年の記憶障害なんじゃ……」
「そうだといいんじゃけど…ね」
 要の声が俺の考えを否定する。では、何だと言うのだろう。俺は唾を飲み込んだ。こんな要は初めてだったから。俺をからかって遊ぶのが好きで、いつも笑っていて、容赦なく俺をこき使う――そんな要しか、俺は知らない。
 黒い。漆黒の瞳が俺を見た。文字の持つ意味を具現化する能力を持つ異彩の小説家。俺と要の接点なんて、料理を介した友人以外にない。なのに、胸がこんなにも痛いのはなんでなんだろう。

 ――そうか、要が苦しそうだからだ。

 俺は思い立った。要は誰とでも仲良くなるし、誰でも彼女には心を許す。もちろん、俺だって知り合ってすぐに軽口を叩き合う仲になった。24と17歳という年齢差なんて感じたこともなかった。俺はただの一度も要のこんな表情は見たことがない。要はいつも飄々としていて、決して自分の心の弱い部分を見せることはなかった。だから――。
 苦悩や憔悴。
 そんな言葉とは無縁だと思っていた。でも違うんだと今、気づいてしまったんだ。
「記憶がなくなった後、必ず文様が焼けるように熱くなっとるんじゃ……」
 要が俺の動揺を知らず、更に続けた。
「うちはいい加減、知りたい。過去に何があったのか。…もう、記憶を失いたくないんじゃ。もし、このままの状態にしていたら、いつか大事な人が出来た時、その人の窮地を救えないかもしれない。それが恐いんじゃ……」
「恐い…要が?」
「可笑しいかな? …………でもね、ずっと恐かったんよ。あんただって、うちの仕事知っとるじゃろ。小説家とは名ばかりで、怪奇事件に首を突っ込んでばかりいることくらい。そんな事件の真っ只中に、記憶を失うことがあったりしたら――」
「わ、わかった。もう…いいよ。い、行こう。あの校舎の中にヒントがあるんだろ?」
 出来ているか分からなかったけど、懸命に明るい声を出した。要を暗い表情をしたままでいさせたくなかった。俺はうるさい女だと思っていたけど、嫌いじゃないから。
 要の屈託のない笑顔が、本当はすごく好きだったから――。


□異変と文様

 そこは明らかに俗世と隔離された世界だった。空気さえも重々しい。人と時間に置き去りにされた、ただの空虚な空間というだけでなく、見えないモヤが覆っているようだ。肺の中の酸素がもぎ取られていく感覚。代わりに、入り込むのは悪い予感だった。
「ここ、なんか変だ。普通のボロ校舎じゃない……」
「光にも分かるんじゃね。うち、一度ひとりで来たけど、その時もこんな感じじゃった。でも、今の方がなんでかな? もっとすごく嫌な感じ」
「そんなもんか? それより、この校舎に要の文様のヒントがあるのか――って、オワッ! …足元腐ってるじゃんか、そこ気をつけて」
 俺は腐食されフカフカになった床板から足を退けた。背後にいる要を振り返る。
「ん…気をつけるよ。相変わらずフェミニストですこと…ふふ」
「そりゃね…一応、ゴホ…あ〜要も女性ですから」
「言ってくれるねぇ、男の子だねぇ」
 要が笑っている。正直嬉しかった。ずっと表情は暗くて、押し黙っていたから。その理由が俺が忘れている「モノ」だとしたら、俺が元気づけるのが要に対する義務なんだ。
 俺達は歩き出した。一番空気の重い場所へと。本校舎の横手に隣接された理科棟。プレハブに近い部屋の木戸を開けた。
「……で、ここに来た理由はなんだよ。何か情報を手に入れたとか――」
「ここはね、うちの記憶がなくなった最初の場所。胸に文様が現われた場所なんじゃ。中学2年の時、あれは夏じゃったかなぁ…それまでは確かに何もなかった。文様も、うちの記憶の喪失も、どんな異変も」
「じゃ、どうして俺をここに?」
 一番聞きたかったことでもあった。以前、ひとりできたというのなら、その時に原因の一端くらいを知っているはずだ。2度も訪問するんだから、おそらく俺の予測は正しい。

 ――なら、どうして俺が必要だったんだろう?
   用事があるって断わった。悪魔的な行動を取る要だけど、どうしてもダメな時は
  すんなり免除してくれていたのに……。
   今回は特別なのか?
   もしかして……。

「俺が何か関わってる……のか?」
 小さく、自分の口の中だけで呟く。要が俺の横を通り過ぎた。奥へと足を踏み入れた途端、要が胸を押さえて座り込んだ。
「おい! 要、大丈夫か!? どうしたんだよ」
「…文様が、熱………」
 膝をついた要の足元。突然、激しい亀裂音が鳴った。
 と、同時に要の背中が揺れた。立ち昇る埃煙。暗転する世界。床板が崩れたのだ。状況は瞬間的に把握できた。要を守らなければならない。けど、激しい崩壊は容易に俺体の自由を奪い去ったのだった。


 ――――――どれくらい経ったのか…。

 鼻先に掛かる息。獣の匂い。
「いてて……なっ! う、うわぁっ!!」
 おそらく、意識を失ったのは一瞬。でなければ、俺の体は血で染められていたことだろう。見開いた俺の目前にいたのは狼。穴となった床板の隙間から光が射し込む。鈍く銀に光る毛並み。犬でないことは、開いた口の赤さと牙から嫌でも分かった。
「なんで、こんなとこに狼がいるんだよ! ……って言ってる場合じゃない〜〜!」
 狼の瞳は金。獲物を狙う目。
 機先を制し、俺は体を反転させた。鋭い牙がさっき俺がいた空間を掠める。低い唸り声を上げ、狼は光の届かない闇へと移動した。目だけが怪しく光っている。狼との間合いを取りながら、俺は重大な疑問に辿り着いた。
「嘘だろ! なんで要がいないんだ!?」
 一緒に落下したはずの要がいない。遠のく意識の中で、俺より先に落ちていく背中を見たはずだ。じりじりと移動ながら、懸命に瓦礫の中に要の姿を探した。
「……いない……なんでだ」
仙氣を使う。中国拳法の基礎ともいうべきもの。自然の気の流れを感知するレーダー。俺は神経を研ぎ澄ませ気配を探った。要の気配ならよく知っている。半年振りだって、忘れるはずもない。
 そして、知ったのは驚愕の事実だった。
「ま…まさか! 要なのか!?」
 要の微かな気配の方向。そこには狼の姿。獣の耳に光っているのは紛れもない、要が今日つけていたピアスだった。
「どうして…要は文様が熱いって言った――まさか、これが記憶を失っている原因なのか!?」
 狼が再び移動を開始する。俺は必死に上へと上がれる場所を探した。落下したのは地下室らしい。打ちっぱなしのコンクリート壁。奥にドアがある。まだ奥は深いのかもしれない。
 要の異変はこの場所――正確には理科棟にきてから、ならばこの地下室に要が狼になってしまう原因が眠っているのではないか? 俺は狼の動きを読みつつ、視線を走らせた。
「あった! もし、お前が要だとしても、素直に食われるわけには行かないんだよ」
 斜めに太い梁が外界とつながっている。俺は一気に駆け上がった。上がってすぐ、梁を落した。埃舞う闇の中を狼が歩いている。この光景を知ってる気がした。どこでだかは思い出せない。こんな異質な状況、忘れるはずなんかないはずなのに――。
「ごめん! 要、必ず元に戻すから!」
 俺は走った。校舎の中を隅々まで。何かヒントが残されているはずだ。

 ――狼になる原因はなんだ?
   病気のはずないから、やっぱり怪奇系だろうな……。

「そう言えば、要は魔術部だったって……」
 以前、聞いたことがある。中学の頃から妖しげな呪法や言い伝えに興味があったと。だったら、この学校の中に魔術部の部室があるはずだ。要は文章を書くのが好きだ。好きというより、文字を綴ることが趣味みたいなんだ。
「ここかっ!」
 俺は駆けずり回って、屋上へ上がる階段横の小さな部屋が部室だと判断した。暗幕に覆われ、トランプや呪文を書いた紙が散乱している。並ぶ本棚は必要なものを取り去った後らしく、数冊の本があるだけ。
 埃だらけのファイルを手に取った。そこには『魔術部日誌』と書かれていた。
「…要の名前がある! 何か書いてないか?」
 俺は全てのページを捲って、最後の文章で手を止めた。

 『本日、困った来訪者有り。名前は司馬光。父親の仕事の都合できたらしいが、校舎内をうろついて困る。特に校舎裏の社に入りたがって困惑する。あそこは危険な場所なのに……。なぜか私は気に入られて、来訪者は明日もここに来ると言った。手品のひとつでも見せて帰ってもらおう。そうするのが一番。あの場所は触れないに限る――』

「俺の名前……なんで!?」
 必死に記憶を紐をたぐった。俺はこの場所にきたことがあるのだろうか。要がここに俺を連れてきたのだから、同性同名の他人のはずがない。要はなんて言ってた?
「俺が忘れてることって、このことなのか!! そうか…俺はずっと前に小学生の頃に要に会っていたんだ」
 まだはっきりとは思い出せない。
「社に行ってみよう。何か思い出せるかもしれない」
 日誌を掴んで、俺は校舎裏へと急いだ。


□現(うつつ)と理(ことわり)

 鮮明に思い出される記憶。それは罪の記憶。
「俺の…俺のせいなんじゃないかっ…」
 壊れた社を前に、俺は言葉を失っていた。社の背後は切り立った崖。岩が視界よりもずっと上へ続いている。
「俺が、面白半分にここに入ったから……。クソッ! 要がずっと苦しんで悩んでいたことの原因を俺が作ってたんじゃないかっっ……」
 眠っていた記憶。おそらくは罪悪から逃れるために、勝手に眠らせていたんだ。箍の外れた桶から水がこぼれ落ちるように、記憶の雫が滴っていく。

 記憶の中の俺は本を手にしていた。
 紐で括られた古びた本。表紙には『フミシロの理』と書かれている。俺はその本を社から持ち出したんだ。そして、それを要に見つかった。俺は逃げた。あの理科棟に。
 こっそり広げて読んだんだ。あの地下室があった部屋で。読み終えた途端、地下から何かが這い上がってくるのを感じた。恐くて、動けなかった。
 紫色のモヤ。
 俺の体を包み込もうとした瞬間、俺の体は弾き飛ばされたんだ。気づいたら、要がモヤに包まれていて――。

 そこからは覚えていない。助けを求めて逃げ出したのかも知れない。その後、要を見なかった。一度も。でも、覚えてたんだ。忘れられなかったんだ。だから、初めて――いや、2度目に再会した時懐かしい感じがしたんだ。
「要…ゴメン」
 そうだ。よく覚えている。俺を助けてくれたあの中学生の困った笑顔を。あれは、俺の――――。
「俺が元に戻さないと…本の中の文字を読んで呪詛にかかったのだとしたら、その呪文を探さないと――そうだ! 本だよ。あれはあの部屋に置いたままだったはずだ。力を持つ本は自分を守るんだって要が言ってた。だとしたら、まだあの場所にあるんじゃないか?」
 狼になった要がいる場所。きっとそこに『フミシロの理』がある。ならば、対決するしかない。要と。間合いを取りながら、探せるほど簡単なものじゃないはずだ。俺は元の場所に戻る決心をした。

                  +

「要!! 要なんだろ。俺が行くから待ってろよ!」
 拳法を習得していてよかった。普通の攻撃だと、きっと要を傷つけてしまっていただろう。俺は手の平に力を込めた。
 満たされていく気。
 熱い手を掲げて、俺は闇へと飛び降りた。すでに夕刻。光は地下室まで届かない。俺は地下室のドアの奥に本があると予測していた。落下した時、狼になった要はドアを常に背にして行動していたように思う。要がこの部屋にきて狼に変身してしまったのは、本を守ろうとしたからなんだ。だとしたら、本はあのドアの奥にあるはず。

 着地と同時に、銀の獣が襲いかかった。俺は床を転がってその攻撃を避けた。床を蹴り上げ立ち上がる。寸ででかわしたつもりが腕から血がでていた。態勢立て直したと同時に、狼の体が突進してきた。俺は必死に横に飛んだ。逃げてばかりではダメなのは分かっている。でも、要を傷つけるわけにはいかない。その為には接近して、体に気を通し気脈を探らなければならない。
 どれくらいそうしていただろう。俺の服は至るところが破れて悲惨な状態。体力も限界だった。俺は力を振り絞り、狼の体に飛びついた。
「ここか!」
 俺は気脈を瞬時に見つけ、気を放った。気絶させるだけの加減が難しい。
 倒れ込む狼の体。一瞬、肢体を起こしたがぐったりと体を横たえた。
「ハァハァ……。やっと気絶…されられた……か」
 息があることを確認して、俺はドアを開いた。奥の部屋はずっと小さい。入ってすぐに練炭の鉢。中央に机が置かれていた。その上に、鎮座していたのは『フミシロの理』と書かれた本だった。手に取ると、積もっていた埃が舞った。
「我、現神を奉り、これ永劫に守護せんと欲す――なるほど、狼はこの現神ってヤツの使役なんだ」
 本には神々しく光る影を守る獣の姿が描かれていた。そして、ページの中ほどに黒く太い字で文字が書かれていた。その文字に覚えがあった。
「見れば思い出すもんだな……」

 カタコロ ノ ユキシロ フミフマエテ ツカワシ マイラセ

「これをどうすればいいんだ……」
 俺は本を読み進めた。古い文字だが、崩してない分辛うじて読めた。
「紙に呪を逆さから書き、文様に貼らしめよ…か」
 紙は持ってきた日誌を破って使った。ペンがないから、燃え残った練炭で書く。文字を声に出して読まないように注意しながら、書きすすめた。

 呪文を書いた紙を持ち、意を決してドアを開けた。
 辺りは静かだった。狼は気絶したままでいるようだった。俺はそっと近づいた。要だと分かっていても、意識がないのだと知っていてもやはり少し恐い。
「これが効いてくれよ……。俺、要が狼のままなんて嫌だからな」
 紙を狼の胸元に貼りつけた。途端に、呪文の文字が消えていった。すべて消え失せると、紙は役目を終えたことを告げるように床に舞い落ちた。
 淡い光が狼の体を包む。そして、眩しさに目を閉じた後、俺は規則正しい呼吸音が耳に入った。長く裂けた口から零れるそれでなく、確かに人のものだった。
「要! 大丈夫か!?」
「…ん……あれ? うち、どうしたんじゃろ?」
「後で話すよ。帰り道、また長いだからさ」
 俺は口元を緩ませて、近づいた。と、視線に先に異なモノ――それは白い胸元。大きく開いたシャツから、谷間がわずかに見えている。
「…………あ〜ん〜た〜わ〜!!!!!! どこ見とるんじゃあ」

 バチン!!

「いってぇ〜!! 何すんだよ。折角助けてやったのに! 文様、消えてるだろ」
 俺の言葉を聞いて、要が慌てて胸元を確認した。俺は憮然としつつも、視線のやりどころに困ってしまったのだった。


□エピローグ

 俺と要は最終電車に揺られて、ようやくの帰路についていた。

 ――そういや、俺。あの中学生が初恋なんだよな……。
   ってことは、要が初恋の人なのか?

「ま、いいか。要でよかったよ」
「んん? 何が? それにしても、うちを助けてくれるなんて、光あんたカッコ良くなったね…ふふふ」
「な、なんだよ。意味深に笑うな」
 小学生の自分を思い出しているに違いない。俺は頬をふくらませて夜の窓を見た。要は更に笑って、小さく耳打ちしてくる。
「…うち、今のあんたじゃったら、恋人候補にしてもいいよ」
「バッ…バカ言うなよ。そりゃ、あの……だから――」
「だから?」
「……あっ! え、駅に着くってさ。遅くなったけど、晩飯くらい奢れよな!」
 要はクスクス笑って、俺の額を小突いた。
「奢らせてもらいます♪ もちろんじゃもんね、ナイト君」
 その笑みに、俺は本当の安堵を感じた。これから先、どうなっていくのか分からない。けど、この笑顔だけはずっとこのままでいて欲しいと思う。それは俺のわがままなんだろうか?

 ガタゴトと電車が規則正しい音色を奏でていた。


□END□

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 大変大変お待たせしてしまってすみませんでした。やっと、完成です。ずっと待っていて下さって本当にありがとうございました。喜んでもらえたら本望です。
 それにしても、光くん書きやすかったです。感情移入しやすいというか、要との掛け合いがすぐに想像できて、苦手な会話文も楽しく書くことができました。ふふふ、年上キラーですかね♪ いつ、要の心が本気へと傾くのか、光くんの気持ちが暴走するのか、今後の展開を楽しみにしています。自分のシナリオなのですが、展開しなければならない部分が多く難しかったです。最初のシーンが長すぎたかもしれません。って、いつもの私のパターンのような気が。
 では、シナリオノベルはもう終了してしまいましたが、また要とおつきあい下さると嬉しいです(*^-^*)