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<東京怪談・PCゲームノベル>


『花唄流るる ― 最終話 遠空の彼方に 結珠の章 ―』


【第一章 あなたは誰ですか?】


 朝、私は一日の始まりを詠うすずめの嬉しそうな歌声を聞きながら目を覚ますの。
 友達は目覚し時計のベルの音やお気に入りのCDで目を覚ましたり、ラジオ番組のDJさんの声で起きたりする子もいるけど、私はすずめの声で毎朝、起床している。雨が降ってすずめがいない時でも、部屋の隅に置かれた観葉植物のオリーブが私を起こしてくれる。だから私は小学校から高2なるまで遅刻になった事はない。
「感謝してますよ、オリーブさん」
 私がそう言うと、オリーブさんはくすくすと笑った。
 ベッドから起き上がって、窓のカーテンを開ける。
 部屋の窓のすぐ向こうにある電子柱の電線にとまるすずめたちは皆、ふっくらとしていてものすごくかわいくって、朝の空もどこまでもとても澄み切った青空で。
「とても綺麗な青空。良い天気。今日もなんだか良い事がありそうだな」
 私は頬にかかる髪を耳の後ろに流しながらくすりと笑った。
 とても幸せで、
 とても嬉しくって、
 とてもわくわくする朝。
 だけど私はそう感じながらも、確かに起きるまでは見ていた夢を、起きたせいで思い出せない事を哀しむように、それを哀しいと想うように、
 ―――――私の胸には言葉に出来ない茫洋な痛みがあった。



 この痛みは何?



 私はぎゅっとパジャマの胸元を鷲掴む。
 忘れてしまった事………
 ――――忘れてしまった事を忘れてしまっている?
 そんな馬鹿な。私は何を忘れているのであろうか?
 ちゃんと覚えている。
 幼稚園に通って、小学校に通い、中学にも行って、高校生になって………
 覚えすぎてるほど、その時の事は覚えている。幼稚園の敷地にある畑でサツマイモを皆で育てて、ふかし芋にして食べた事。小学校の遠足で水族館に行って、イルカが大好きな友達の女の子の笑顔をとてもかわいく想って、その子に見るのはあたしじゃなくって、イルカ! って笑われた事も。中学の時には男の子にラブレーターをもらって、ものすごく恥ずかしくって、どうしたらいいのかわからなくって、それで結局は私が勇気を出せずに何も言えなかったせいでその男の子とは目も合わせられなくなった思い出。そして高校の時は………


『見て、お兄ちゃん。これ、私が来週から通う高校の制服なの。似合う?』
『ああ、似合う。似合う。かわいいよ』
『やだ、お兄ちゃん。ちゃんと見て言ってよ、ひどい』
『お兄ちゃんなんか知らない』
『お兄ちゃん、私、不安なの。今まで、その、ずっと、病弱で満足に学校に通えなかったから…だから……学校でちゃんとやっていけるかって…』


 ………。
「お兄ちゃんって、誰?」
 私は愕然とした。
 脳裏に泡のように浮かび上がった会話。
 私はその顔の見えない人と会話をしている。親しげに。
 だけど私はその人を知らない。
 その声を知らない。
「私がお兄ちゃんと呼ぶ顔の見えないあなた、あなたは誰なんですか?」
 私は部屋の窓のカーテンを閉めて、パジャマの前のボタンを外していった。



 +++


「結珠、お願い」
 シュッ、とパスされたバスケットボールをドリブルで私は自チームのゴール下からコートの中央まで運ぶ。
「行かせないよ、結珠」
 私の前で両手を広げて行く手を止めるのはバスケット部でレギュラーをしている子だ。
 足を止めてドリブルをしながら私は素早くコートを見回す。
「結珠ぅ、パス」
 大きな声。
 私はそちらに視線を向ける。フリーのチームメイトが手をあげていて、彼女に振り切られた相手チームの子はやばいという顔をしながら、ガードせんと彼女のもとへ走っていく。
「麻美」
 私は彼女の名前を呼ぶと同時にバスケットボールをパスする体勢へと入る。
 私についていた彼女は、私が麻美にパスするのを阻止せんと素早く私と麻美の間に入って、
 だけど私は、
「3ポイントシュート!」
 そこからバスケットボールをゴール目指して投げた。
 バスケットボールは空中で綺麗な放物線を描いてリングに吸い込まれて、私はそれを見届けると同時に真っ直ぐに天井に向って伸ばしていた右手をぎゅっと握り締めた。
 ぴぃーと試合終了の笛が鳴る。
「結珠、やったぁー」
「ナイスシュート、結珠」
 チームメイトが私の所へとやって来て、ふざけて私の頭をぽんぽんと叩いて、私は皆にやめてよ、と言いながら嬉しそうに笑った。
 見事に私のチームは球技大会で優勝を果たしたのだ。
「これで約束通りに先生にハーゲンダッツのアイスクリームを奢ってもらえるね」
「うーん、楽しみ♪」
「あれ、あんた、ダイエットしてるんじゃなかったっけ?」
「うわぁ、ひどい」
 皆はとても楽しそうに笑っている。その皆の笑顔を見ているだけで、私もものすごく楽しかった。
「それにしても結珠の最後の3ポイントシュートはカッコよかったよね」
「そうそう。あれが無ければ、うちらのチーム、負けていたもんね」
 なんて言ってると、相手チームでキャプテンをやっていたバスケ部の子が頭を掻きながらやってくる。
「負けたよ、結珠」
 そして笑顔で右手を差し出してくる。私も微笑んで右手を差し出して、そしたら、
「きゃぁ」
 彼女はおじさんみたいな顔をして私の胸を触ったのだ。驚いた私は後ろに後ずさって両腕で胸を隠して、そしてけらけらと笑う彼女をきぃっと睨めつけてやった。顔がものすごく熱いから、きっと耳まで真っ赤になっているはずだ。
「何をするのよ?」
「ん、ちょっとした負けた腹いせに」
 しれっと悪びれも無くそう言う彼女に私は溜息を吐いた。
「いいじゃない、女子高なんだし♪」
「何よ、それは?」
 理由になってないじゃない。
「まあ、それは置いておいて」
「置いておくの?」
「そう置いておくの。それにしても結珠の最後の3ポイントのフォーム、めっさめっさ綺麗だったね。バスケ部のあたしも惚れ惚れとするぐらいに。誰に習ったの?」
「え…? 誰にって…」
 ――――誰だったろう?
 そう想った瞬間にふわっと思い浮かんでくる。
 家の近所にある公園。そこにあるバスケットゴール。その下でバスケットボールで遊んでいる男の人。すらりと背が高くって、髪は黒で、その黒髪の下にある顔は見覚えは無いのだけど、でもその青みがかった瞳に映る私の顔はとても楽しそうに笑っている。


『お兄ちゃん、スラムダンク、やってみて』
『了解』
『うわぁ、すごい、お兄ちゃん。私もそんな風にやれたらな』
『結珠には無理かな』
『あ、ひどい、お兄ちゃん』
『でも、その代わりにシュートの仕方を教えてやるよ、結珠。シュート自体はテクニックだから、病気で今まで運動らしい運動ができなかった結珠にもコツさえ掴めばやれるはずだから』
『本当に?』
『ああ』
『ありがとう、お兄ちゃん』


「結珠、どうしたの、ぼぉーとして?」
「え、あ、ううん、何でもないよ…」
 ――――そう、何でも………ない、よ。何でも…。
 ただ、思い出せないだけだから。
 忘れた事を忘れている事を。



 とても優しい顔で、だけどその瞳の奥に顔は笑っていても、冷たい闇に閉ざされた世界に独りいるかのような寂しい光を宿らせているあなたは、誰ですか?



 +++

 

 公園に入ってすぐの所にある澄みきった青い空のような公園のベンチに私は座っていた。
 季節は冬の終わり。3月初旬。もう直にそのベンチの上を覆う枝も淡い薄紅の花を咲かせるはず。
 私は瞳を枝から、隣の開いたベンチのスペースに向けた。人、ひとり分開いたスペース。だけど私は知っている。私は忘れてしまっているけど、私の心は覚えている。前にここで一緒に桜の花を見た人がいることを。
 とても優しい人。
 そしてとても哀しそうな瞳をした人。
 それが私がお兄ちゃん、って呼ぶ人………
 ―――――――――――――――忘れてしまった、だけど絶対に忘れてしまいたくなかった人。
 私はどうすれば、あなたの事を思い出せますか?
「お兄ちゃん…」
 両手で顔を覆って私は泣き声をあげた。
 あなたを想って。
 あなたを愛しく想って。
 この想いはどんな想いなのか、今の私にはわかりません。
 あなたを忘れてしまった事を哀しむのか、
 あなたを忘れてしまった自分を哀しむのか、
 孤独なあなたを愛し、救いたいと望むのか、
 孤独なあなただからこそ、私を理解し、救ってくれると想うからあなたを望むのか、
 あなたが欲しい?
 私はあなたが欲しいのでしょうか?
 だけど、それはどうして?
 ああ、これは憧れなのであろうか?
 淡い憧れは、思春期の頃に見るおぼろげな幻に心が微熱のように浮かされているだけなのであろうか、
 それとも私は女として、あなたを………



 守りたいと望むのですか?
 ――――それは母性ではなく、確かに女の愛として・・・



 私は知りたいと願う。
 それを。
 だから望むのです。
 あなたを思い出したいと。
「どうすれば、私はあなたを思い出せますか、お兄ちゃん?」



 お兄ちゃん………



 ――――――――――――――――――
【間奏】
 

 風の巫女の想いは風によって運ばれる。
 神刀の一族の里で、顔無しと戦い、
 今まさに顔無しの【十六夜】によって心臓を串刺しにされた蒼は、その結珠の心の声を聞いて、涙を流した。
「何を泣いている? 後悔している? 自分の選択を、存在を。だけどもう遅い。遅いよ、【神薙ぎの鞘】」
 そして顔無しは無造作に【十六夜】を振り回して、蒼の体はその衝撃に【十六夜】から抜けた、空を舞った。
 空を舞う蒼の瞳から零れた涙は、顔無しの面へとかかった。


「結珠…」


 どさっと大地に落ちた蒼は大切な妹の名前を口にした。



 ――――――――――――――――――
【第二章 緋菜】


「僕を忘れてしまったの、結珠?」
 目の前に現れたのは小さな男の子。
 だけど私にはわかる。その子は忘れてしまったお兄ちゃんだって。
「結珠、僕を見つけ出して」
 その子はそう呟くと、突如舞いだした薄紅の花びらの嵐の向こうに消えてしまった。
「待って!」
 私はその花霞みの向こうへと手を伸ばすのけど、だけど彼は………
「待ってよ、待ってよ、お兄ちゃん。見つけ出してと、言われてもわかんないよ、私には…」
「本当にわからないの、お姉ちゃん?」
「え?」
 突如、後ろからかけられた声。
 後ろを振り向くと、そこには鬼の人形を持った幼い頃の私がいた。
「あなたは…」
「私は…けほけほけほ」
 彼女は自分の名前を口にしようとして、だけど口から迸ったのは苦しそうな咳だった。
「大丈夫? 無理しないで。うん、無理しないでも大丈夫だよ」
 私は慌てて彼女の背中をさする。そしてさすりながら口にした言葉に私ははっとした。
 ――――そう、前にお兄ちゃんは私にこう言ってくれていた。
 今の私は元気だけど、私の記憶にある昔の私も元気だけど、だけど本当は違っていた。本当の私の幼い頃は、とても病弱だったのだ。
「そうか。そうだよね。それで病気で焦る私に、とても哀しく想う私に、お兄ちゃんは言ってくれたんだよね…


 無理しないでも大丈夫だよ、結珠


 お兄ちゃん…。逢いたいよ、お兄ちゃん。思い出したいよ、お兄ちゃん…」
 瞳から伝う涙を、小さな手が拭ってくれた。
「行こう、お姉ちゃん。お兄ちゃんに会いに」
「え?」
 彼女は左手でしっかりと鬼の人形を抱いて、右手で私の手を握って走り出した。
 その私の手を握ってくれる手はとても小さくって、だけどとても温かくって、力強くって。
 だから私は想ったんだ。
 私もしっかりしなきゃ、って。
「うん、私はもう泣かないよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんに出逢えるまで」
 だからお兄ちゃんも負けないで…。



 だからお兄ちゃんも負けないで………



 +++


 走る私の周りの光景は…そう、私が走っているのではなく、周りの光景が後ろに勝手に流れていっているような…そんな感じがして、
 そして前方から後ろに流れてきている光景は…
「家?」
 そう、家だった。
 玄関の所にお父さんがいて、そしてお兄ちゃんがいて…。
 私とお母さんが出迎えていて…。
 それは初めて…
「あ、今度は公園…」
 お父さんとキャッチボールをするお兄ちゃん。
 私とお母さんはそれを一緒に見ていて。
「あれは、前の…」
 ウェディングドレスを着る私と、その横に立つお兄ちゃん。
 遊園地で遊ぶ私とお兄ちゃん。
 バスケットボールのシュートの仕方を教えてくれるお兄ちゃん。
 真っ白な大きな犬に押し倒されて困っている私を見て笑っているお兄ちゃん。
 駅のホームのベンチで一緒に座っている私とお兄ちゃん。
 お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん………
「ああ、私はこんなにもお兄ちゃんの事を………お兄ちゃん」
 そして私の手を引く幼い頃の私は足を止めた。
 そこは老齢なしだれ桜の下。
 私の手を引いていた幼い頃の私は、
「お兄ちゃーん」
 と、呼びながら待ってくれていたおにいちゃんの隣に走っていって、お兄ちゃんの手を繋いだ。
 ひらひらひらとひらひらひらとまるで降るように舞い落ちてくる桜の花びらに包み込まれながら幼いお兄ちゃんと幼い私は手を繋いで、二人一緒に桜の花を見上げている。
 私も一緒に桜を見上げる。
 そうだ。これは初めて二人一緒に春を迎えた日だ。
 あの日はとても気持ち良くって、楽しくって。
 それは隣にお兄ちゃんがいてくれたから。
「お兄ちゃん」
 私は呼んだ。
 幼い頃のお兄ちゃんと幼い頃の私が私を見つめる。
「思い出した、僕を?」
「見つけられた、お兄ちゃんを?」
 私はふるふると顔を横に振る。
 その私に二人は哀しそうな顔をした。
「ごめんね」
「ううん、いいよ、結珠。大丈夫だよ、焦らなくっても。ゆっくりと結珠のスピードでがんばればいいんだから」
 幼かったお兄ちゃんは、青年の姿となって、ぎゅっと私を抱きしめてくれた。
「お兄ちゃん」
 ――――ああ、馬鹿だな、私は。
 どうしてお兄ちゃんの事を忘れてしまったのだろう。
 あんなにも………
 そう、あんなにもお兄ちゃんを守りたいって、望んだのに。
 お兄ちゃんを支えたいと願ったのに。
 こんなにも私はお兄ちゃんを愛しく想うのに。


 お兄ちゃん・・・


 私は私を包み込むお兄ちゃんの温もりにもう泣かないと誓ったのに、また涙を流した。
 涙に濡れた視界に私は空を映した。
 とても広い空。
 とても大きな空。
 どこまでも澄みきった空。
 私はいつの頃からか、哀しい時、元気を出したい時、勇気が欲しい時は空を見上げるようになっていた。
 それはどうして?
 ――――――それはね、空の色の名前は青。青は蒼……
 だからそこに大好きなお兄ちゃんがいるように想ったから。
 お兄ちゃんがいつだってそこから私を見てくれているような感じがしたから。だから…



 空の色の名前は青。青は蒼…



「お兄ちゃん」
「ん?」
「思い出したよ」
「え?」
「私、お兄ちゃんの名前を思い出したよ」
「言って、結珠。俺の名前を言って」
「お兄ちゃんは、私のお兄ちゃん。名前は九重・蒼」



 お兄ちゃんは、私のお兄ちゃん。名前は九重・蒼



 私がそう口にした瞬間に世界に罅が入って、そしてそれは硝子が割れるように粉々に砕け散った。
「ありがとう、結珠。蒼を思い出してくれて」
 そして真っ暗な闇の中から声がした。姿は深い闇に紛れて見えないけど、でも私はその感触を知っているような気がした。
「ひょっとして、緋菜さん?」
 その名前は知っていた。顔無しが私に聞かせてくれたから。お兄ちゃんの過去を。
「そうだよ」
「ここはどこですか? そして私はどうなったんですか? ……」
「ここは顔無しの中。顔無しは20年前に神刀の一族の里であたしを喰らったように、あなたも喰らおうとした。だけど風の巫女であるあなたを顔無しは喰らえなかったから、だから特殊な秘術であなたの心を体から分離させて、それを取り込んだ」
「…私は死んだのですか?」
「ううん、大丈夫。生きているよ。だから戻れる。蒼のいる世界に。そして蒼を助けてあげて」
「私がお兄ちゃんを?」
「そうだよ。蒼を。蒼は…結珠が知っている【神薙ぎの鞘】の蒼は本当は蒼じゃない。本当の蒼は【不浄なる神狩り】。【神薙ぎ】を越えた存在」
「それは一体どうゆう事ですか?」
「あたしとひとつになれば、わかる」
「え?」
「須磨子に喰われたあたしはもう死んでいる。だけど魂はまだ滅んではいない。もともとがあたしも蒼も人という存在とは違う。あたしも蒼も里にあった【神薙ぎ】たちの思念が寄り集まって結晶化したものだから。だから可能なの。双子として生まれた蒼とひとつになることが。そのためには、あたしはあなたとまずひとつとならなければならない。そうすればあたしはあなたとなるから、あたしの知っている事も結珠にはわかるわ。どうする?」
 しかし私は即答した。
「緋菜さんとひとつとなります」
「いいの? あたしは顔無し…須磨子かもしれないよ? 最強の【神狩り】にならんとするための罠のかも?」
 だけど私は顔を横に振る。
「信じています」
「強いんだね、結珠は」
「いいえ、私は弱いです。とても。でも、だからこそ、願うんです。強くなりたいと。私のとても大切な人を守るために」
「そう」
 そして私は緋菜さんを…緋菜という刃を私の心に宿した。
 そうして私は涙を流すのだ。
「お兄ちゃん」
 新に知ってしまった、お兄ちゃんの真実に。
 …………。



 ――――――――――――――――――
【ラスト】


「かしら、かしら、かしら、そうかしら」
「どうかしら、どうかしら、どうかしら? 生身の体はどうかしら?」
「良いよ、良いよ、良い具合」
「ただただ、瞼を閉じると焼きついている。こいつら、真の太陽と月が見た恐怖が眼球に焼き付いている」
 そう、太陽と月の眼球には焼き付いていた、最後の瞬間に見た光景が。
 顔無しによって壁に貼り付けにされた真の太陽と月の骸。それらの下には奇怪な人形が落ちている。
 その骸には今まで人形に入っていた蓬莱山で作り上げられたプロトタイプの【擬似魂】たちが入れられていた。
 そう、プロトタイプの【擬似魂】の太陽と月は、自分たちが偽物である事が許せなくって、それでスケアクロウという自分たちの偽物を作り出した。偽物と言ってもそれは凄まじい精度で自分たちのすべてを注ぎ込んで作り上げたモノだから、ほとんどコピーと呼んでもいい物であった。故にスケアクロウは自分を本物の人形だと想っていたようだったが、しかしそれは人形たちは別に構わなかった。要は顔無しにばれずに自分たちが本物の太陽と月の体を奪えればそれでいいのだから。
 だからそのスケアクロウについに見つけ出した本物の太陽と月を誘拐させた。
 そこまでは計画通りであった。
 しかし人形たちが予期せぬ事が次々と起こった。
 まずはスケアクロウが本物の太陽と月の能力によって、彼らの下僕となってしまった。
 そして【神薙ぎの鞘】である九重蒼と【闇の調律師】である綾瀬まあやが、誘拐された本物の太陽と月を取り戻すために現れて(わざわざ顔無しが九重結珠を誘拐したのに合わせて事を起こしたのにだ)、またそこに蓬莱山が新に開発していたニュータイプの【擬似魂】である太陽と月も現れた。
 蓬莱山が開発したニュータイプの【擬似魂】の太陽と月は、人形が作り上げ、本物の太陽と月が下僕としたスケアクロウをいともあっさりと倒してしまうが、しかしその倒されたスケアクロウは本物の太陽と月の能力で下僕にされると同時にその体にウイルスを仕込まれていたようで、蓬莱山のニュータイプの太陽と月は、あっさりとそのウイルスに汚染されてしまう。
 本物の太陽と月は本性を現して蒼に迫るが、しかしここで蒼は【神薙ぎの鞘】から【神薙ぎ】へと変化した。
 ウイルスに汚染された蓬莱山のニュータイプの【擬似魂】の太陽と月はその蒼によって倒されて、そして本物の太陽と月も蒼に殺されんとしたが、しかしそこで蒼は正気を取り戻した。
 だがまあ、本物の太陽と月は顔無しに殺されて、
 そしてその骸は人形たちのモノとなったのだが………。
「かしら、かしら、かしら、そうかしら。ずっとこのまま壁に貼り付けにされているのかしら?」
「あらあら、まあまあ、そうかしら。ずっとこのまま壁に貼り付けかしら?」
 だがそこで彼らは目を見開いた。
 顔無しの秘術によって心を抜き取られて、そのままどろりとした液体に浸けられていた結珠の瞼がぴくりと動いたのだから。
「動いた、動いた、動いた。結珠が動いた!!!!」
「かしら、かしら、かしら、何故かしら? 結珠は心を抜き取られて、故にずっと眠っているはずなのに!!!」
 ばしゃりと結珠は立ち上がる。
 肢体を汚す液体に結珠は少々顔を歪めた。
「水風呂ならそっち」
「わからないのなら案内してあげる」
「「だから解放してぇ!!!」」
 二人は声をあげて結珠にお願いした。
 結珠はそちらに視線を移すと、歌を唄いだした。


 かすかな響きでも、力になる事ができれば・・・


 それは結珠の能力、【玉響】。
 ――――対象の想いを感じ取り、言の葉・歌・楽などにすることによって、対象や対象の支配する「場」を鎮めたり、荒らぶせたりするのだ。
 【玉響】によって、太陽と月の体を得た擬似魂たちは、貼り付けから解放され、尚且つ瞳から涙を溢れさせた。
 そう、【玉響】は顔無しの呪縛を消滅させ、生まれた(作られた)時から常に彼らの中にあった怒りをも静めたのだ。
「どうして僕らは…」
「私たちとても罪深い事をしてきてしまった…」
 泣く彼らに結玉は顔を横に振った。
「あなたたちもまた、犠牲者だわ。擬似魂…だなんて存在は哀しかったでしょう?」
 優しくそう言いながら両手を開いた結珠に二人は抱きついて、大声で泣いた。
 そして結珠は顔無しの屋敷にある風呂場で、体の汚れを洗い流し、素肌の上に衣を纏った。
「二人ともありがとう」
 結珠がそう言うと二人は顔を横に振り、そして、二人は能力を解放した。
 太陽と月の力を合わせて作り上げられたのは一羽の巨大な白い鳥であった。
「お姉ちゃん、行くのでしょう? 九重蒼のもとへ」
「だったら私たちがお姉ちゃんを連れて行ってあげる」
 そう言う二人に結珠は頷いた。
 ―――そう、彼女には蒼に渡すべき刃があるのだ。そして彼女自身も蒼の助けとなるために。
 いざ、決戦の場へ。
 そして三人を背に乗せた白き巨大な鳥は暗雲立ち込める空へと飛びだった。



【遠空の彼方に 結珠の章 ― 了 ― 】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


【2480 / 九重・結珠 / 女性 / 17歳 / 女子高生】


【2479 / 九重・蒼 / 男性 / 20歳 / 大学生】


【NPC / 綾瀬・まあや】



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■         ライター通信          ■
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こんにちは、九重・結珠さま。
こんにちは、九重・蒼さま。
いつもありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


最終話・前編という形になります、結珠さんの章はいかがでしたでしょうか?
まだ、何か蒼さんには何か秘密があるようで。(><
気になるところです。果たして、蒼さんの章ですべての謎は解かれるのでしょうか???

顔無しの中に囚われていた結珠さんと緋菜も無事に復活し、しかも人形であった擬似魂たちも結珠さんの仲間となりました。
ですが、今現在進行中の蒼さんと顔無しの戦いはすごい事になっているようです!!!
果たして間にあうのか、結珠さん???
どうなる蒼さん???


では、後半、蒼さんの章をお楽しみください。(^^
すべての決着がつくのか?
ついたのだとしたら、それならば、その時の蒼さんの選択とは?
それに結珠は何を想うのか・・・

→ 遠空の彼方に 蒼の章へ