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<東京怪談・PCゲームノベル>


50分間の秘密


 どうしてこうなったのか?
 不意打ちのように告げられた言葉に啓斗は瞬前までの会話が軽く飛んでしまった。
「……俺が?」
「駄目ですか……」
「………」
 どう言葉を返したものか?
 それ以前に沈黙したまま状況を整理していく、こうなった事にはちゃんと理由がある。
 ここに泊まって、仕事で忙しいと言ったから帰ってきた夜倉木は結局あまり眠れなかった。
 それから電話で呼び出され忙しそうに出ていく時、ふとある事に気付いた啓斗が聞いてみたのである。
 昼はどうするんだとか、そう言う事を。
 その後に返された言葉が……思い出した。
 適当に買ったものでも食べますよと言ったから思わずこう返したのだ。
『そんなの体に悪い』
『だったら啓斗が作って下さい』
 思い返せば別段大したことでもなかったような……。
 時間にすればほんの数秒の事。
「……言ってみただけですよ」
 ポンと髪を撫でてから出ていった夜倉木に、啓斗はぐっと拳を握りしめた。
 出来ないなんて思われたくない。
 泊めて貰ったからだ、なんて思いながら啓斗は台所に向かった。



 そしてアトラス編集部。
 今日も案の定中は騒がしい。
「すいません」
「ああ守崎君、いい所に」
「……?」
 何かあったのだろうかと思いながらも麗香の所に行く啓斗に、不機嫌そうな顔で何かをちょいと指で指し示す。
「………」
「止められそうな人が来ないかなと思ってたのよね」
 編集部の中、一部だけはっきりと暗雲立ちこめる場所がある。
「すいませんすいません、すいませんーー」
「……もういです」
「コ、コーヒーでも〜」
「いりません、あります」
 見るからに不機嫌そうに黙ったままの夜倉木とぺこぺこと謝り続けている三下。
 何があったのか容易に想像出来る光景だとは誰もが感じる所ではあるが、念のためと補足してくれる。
「夜倉木君がいない間にミスして打ち込んでたデータ消しちゃったのよ。」
「それで……」
「幸か不幸か、いなかった夜倉木君のデータは無事だったんだけどね……」
「なら……」
「そうね、だからこそ手の空いてる彼に任せたのよ。三下君に責任なんて取れっこないし」
 自分のやった分が消されるか、人の仕事が回ってくるか……どちらが大変かの意見は分かれるだろう。
「そろそろ三下君は余所にやった方が良いわね、側にいたら切れかねない」
 ピリピリとした空気は啓斗にもはっきり伝わってくる、そのまま放電現象でも起きかねないような勢いだった。
 三下を呼び寄せてから首を傾げる麗香。
「でも変ね、ここまでイライラしてるのも珍しい」
「……あ」
 思い当たる理由がある。
 ここ数日は仕切りが近いと言っていたし、昨日だって寝ていないのだ。
 過度の疲労と寝不足。
 理由を挙げるのならこの二つが大きいだろう。
「あの……締めきりの余裕ありますか」
「……取れて1時間て所ね」
 察しが良くて助かる。
 このまま不機嫌でいるよりもなんとか出来るのなら任せた方が良いと思ったのだろう。
「十分だと思います」
 軽く頭を下げてから足早に夜倉木の背後に向かう。
「……啓斗?」
 気付かれるのは予想済、むしろ隠すつもりもなかった。
「ちょっと休んだ方が良い」
「……仕事が終わったら」
「何時になるか解らないんだろ」
 がっと椅子背もたれを掴むなり椅子ごと引っ張っていく。
「啓斗っ」
「問答無用っ!」
 仮眠室に押し込み、ドアを閉めてガタガタと動く扉を押さえ付ける。
「開けて下さい」
「休んでからだっ!」
「出来るわけないでしょう」
「そのままのほうが良くない!」
「仕事が残ってるんですよ」
「ちゃんと寝るまで出さないからな」
「寝れる訳無いでしょう」
 ドアを挟んでの攻防。
 これをこのまま続けていたって夜倉木にとっては仕事も出来ないし、休む事も出来ない。
 どうしたものかと考えた矢先に、ドアを押す力がフッと消える。
「……?」
 このやりとりで寝たとも思えない。
 確認しようとしたらドアを開けるつもりかも知れないなんて思いつつ、仮眠室に耳をあてると中から聞こえるカタカタという音。
「夜倉木っ!」
 ドアを開ければ案の定。
 ソファーベッドに腰掛けてキーボードを叩いている。
 誰かがこの部屋に起きっぱなしにしたものだろう。
「ちゃんと寝ろって言ったのに!」
「………仕方ないでしょう、これが終わらないと俺の仕事も終わらないんです。俺はまだ平気だから」
「夜倉木、あんた何日寝てないんだ」
「おとといは寝ましたよ」
「それだって少しだけなんだろう」
 アトラスの仕事だけでなく、別の件でも更に立て込んでいたのだから。
 忙しい時期というのは重なるらい。
 何事もなく、色々な事を平然とこなしているが……よく見れば無理をしているように見えてしまうのだ。
 こう話している間にもどんどん時間は少なくなっていってるのに、全く寝る気配のない夜倉木にポツリと呟く。 
「………昨日寝れなかった原因の半分は、俺にあるから」
「………」
 沈黙する夜倉木に、今度ははっきりとした口調で言い切った。
「時間が来たらちゃんと起こすから」
「……どれぐらいなんですか?」
「あと50分」
「解りました」
 このままこうしていても仕事は出来ないから、だったら寝てしまった方が良いと判断したのだろう。
 一応は横になった夜倉木に、念のためと横に座りながら……ふと何の仕事をしていたのかとパソコンの画面をのぞき込む。
 何か手伝えないか聞いてみようと振り返り、慌てて開きかけた口を閉じた。
「………」
 もう、寝ている。
 目を閉じたまま同じリズムで繰り返される寝息。
 画面を見ようと目を離したのはほんの一瞬だったと言うのに、寝付きがいいのにも程がある。
 やはりそれだけ疲れていたと言う事なのだろう。
「………あ」
 眼鏡をかけっぱなしで寝ているのは癖なのだろうか?
 だとしたらずいぶんと変わった癖だなんて思いながら、このままでは眠りにくいだろうと……起こさないようにゆっくりと慎重に眼鏡を外す。
 実際にはその心配すらいらない程に熟睡していたようだったが。
 眼鏡をテーブルの上に置き、本当によく寝ていると顔をのぞき込む。
「……」
 眼鏡がないだけの違いなのに、やはり何時もと印象が違う気がする。
 こんな顔をしていたのだと改めて気付いて、啓斗は小さく笑みをこぼす。
 じっくりと見たのは初めてだ。
「……珍しい」
 こうしてジッと見たり、小さくとだが呟きもしたというのに。
 まったくと言って良い程、目を覚ます気配すら無い。
 普段は見ない無防備さ。
 思いつきで手を伸ばし髪に触れてみる。
 普段の逆だ。
 いつもは人の事をまるで子供のように撫でたりしているのだから、このぐらいはいいだろう。
「こうしてると、性格悪く見えないのに」
 本人には絶対にいえないだろう事を口にしてから、起こすまでの間は本でも読んで過ごす事にした。



 時計を見上げ、そろそろかと振り返る。
「夜倉木……」
 本を閉じ、伸ばした手が肩に触れる前にスッと目蓋が開かれ黒い瞳が啓斗を捉えた。
 一瞬の沈黙の後。
「時間ですか?」
「今起こすとこだった」
 体を起こし目元に触れ動きが止まる。
「眼鏡なら俺が外した」
「……ありがとうございます」
 手渡した眼鏡をかけ何も事もなかったように立ち上がる夜倉木に、啓斗はここに来た目的を果たすべく急いで鞄の中から取り出した弁当箱を突きつけた。
「俺だってこれぐらい出来るんだからな」
「………」
 意外そうな顔を見せた夜倉木に一度は渡した物の、なにか早まった事をしたのではないかと考えてしまう。
「いらないならいい」
 さげかけた包みをさっと奪いとり、啓斗に向けて笑ってみせた。
「仕事が一段落したら、頂きます」
「………ん、じゃあ用は済んだから」
 立ち去りかけた啓斗を夜倉木が呼び止める。
「どうせなら少し手伝っていきませんか」
「……え?」
「人手が足りないんですよ、まあ無理にとは言わないんですけど……コーヒーなら幾らでも奢りますよ」
 言いつつ扉を開き、外の騒ぎに一度開けた扉を閉める。
 また、何かあったのだろう。
 薄く開けたドアからは麗香の怒鳴り声と、三下の謝る声が聞こえてくる。
「………しょうがないな」
 どうやら帰るのはもう少し先の話になりそうだと啓斗は深々と溜息を付いた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0554/守崎・啓斗/男性/17歳/高校生(忍)】

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■         ライター通信          ■
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発注ありがとうございました。
楽しんでいただけたら幸いです。

昼寝です。
お弁当です。
ほのぼのです。
幸せ者めと思ったりしてました。

本当にありがとうございます。