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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


開かない箱・今はない場所の六道辻

●シーン0
「これは簡単な仕事だねぇ」
 蓮は寄木の箱を一つ出してきた。
「中に何か入っているけど……問題はそっちなんだけどね。今回はそれをどうにかするのは、ひとまずは関係ないってことにしとこうかね」
 まず、そのためには、この箱を開けなくてはならないのだが……
「まあ、そんなに簡単にいくのなら、あんたたちに頼むこともありゃしないね」
 当然のように、この箱は開かない。からくり細工になっているのはあるが、それだけではないのだ。何かに守られているようで、力では潰すことも、叩き割ることも出来ない。
「箱が開くことを拒んでるのさ。今わかっている、開ける方法は一つ」
 それは、この箱が生まれた土地……実際に何処だかはわからないが、鎌倉の方だと言う。ただ、普通に今も鎌倉と呼ばれている土地ではない。
「何処だかわからないけれどね、そこには六道辻があるんだってよ。六道辻。わかるかい?」
 冥府の分かれ道。
 そこで、この箱は閉じられた。
 中に『何か』を封じ込めて。
「中の力が最も強くなる、その場所でなら……」
 ただし。
「開けた瞬間に中身が飛び出してくる可能性もあるんだよ。ま、気をつけておくれ」
 こいつを持っておいき。と、蓮は箱と共に壷を一つ渡した。


●シーン1
「……なるほど」
 岸頭紫暁は蓮の話を聞いて、うなずいた。話を聞いて、これを断るつもりは紫暁にはなかった。六道という言葉が、紫暁の意識をくすぐる。紫暁に取っては遠くて近い、その場所は……
「こいつを持っておいき」
 店主は片手を脇にあった壷に、手をかけながら言った。もう片方の手には寄木細工の箱。受け取ることに、疑問はない。
「それでは……」
 そのとき、紫暁は人の気配を感じて、視線を投げた。女子高生と思われる……和弓の包みを背負った制服の少女が近づいてくる。何かに惹かれるかのように。
「その箱……何ですか?」
 少女は紫暁のことは目に入っていないかのように蓮の前まで歩み寄り、箱に手を伸ばす。
 だがその手を、紫暁は軽く押さえた。
 ――にゃあん。黒猫が警告をもたらすように鳴く。
「不用意に触れないほうが良い」
「あ」
 はっとしたように、少女は手を引いた。
「蓮、これは人を惹くのだな」
 紫暁は紅い髪の店主に問う。
「そうさ、だからここに流れてきたわけだね。言ってしまえば、この箱は……正確には中に入ってるものは、ただ人を魅せ、その者の手で開けられるように仕向けるだけに過ぎないが……ちょいと効き過ぎるんだよ」
 箱に取り憑かれた者たちの手で奪い合いが起こり、幾らかの血が流れた。
「あんまり血を浴びると、化けるからね。今のうちに開けたいのさ」
 外からの力には頑丈に造られているのに、中からの力にはどうも華奢で、破られないまでも漏れ出してしまっているらしい。
「中には、何が……?」
 途中から話を聞き始めた少女は、箱に強い興味を抱いているように見えた。
「さてね、鬼が出るか蛇が出るか。中心は悪いもんじゃあないんだけどね。色々一緒に入ってたりもするしねぇ」
 微笑みながら、蓮は絢音のために説明を繰り返す。どこへ行くべきか……今はない場所の六道辻を探すのだ、と。
 それを、少し心配になりながら紫暁は聞いていた。見たところ、どうにも少女は普通の高校生のように思える。能力を隠している気配も感じない。ならば、この店には迷い込んできただけではないのかと、そういう疑惑が首をもたげる。
 それでも、蓮の説明が終わるのを待って、紫暁は先程言い損ねた返答を蓮に告げた。
「引き受けよう、蓮。箱を開けた後……中のもの、送るべき場所に送って良いのだな?」
 先程、少女の気配に遮られてしまった答。
「任せるよ。送りきれないなら、こいつが役に立つだろうが……使わなくて済むなら、それでいい」
 蓮は蓋のついた壷を、改めて紫暁に渡した。
「あの」
 それから肝心の寄木の箱も渡そうとしたところで。
「私も、その箱を開けるお手伝いをしても良いですか?」
 蓮の手は、紫暁の手の上に箱を置く前に止まった。
 ああ、やはり、と紫暁は思う。
「君はこの箱に引かれているだけだ。手は出さないほうがいいと思うが……」
 紫暁は思いを口にした。人を惹き寄せ惑わし開けさせようとするのが、この箱の業ならば。
「そうなの……?」
 少女は不満と言うよりは、不安な面持ちでそう問いかけてくる。それを見つめ返し、どう諭すべきか迷っている間に。
「いいや、いいよ。あんたにもお願いしよう」
 決断を下したのは蓮だった。それも、あっさりと。
 紫暁と少女は同時に振り返り、蓮を見つめる。
「一緒にやってくれるかい?」
 蓮は紫暁に笑みを向けた。
「蓮がそう言うのならばな。だが、良いのか?」
「この箱を開けるのに必要なものは力でも霊力でもないのさ。箱が選び惹き寄せてきたのは、いつだって普通の人間だった。このお嬢ちゃんが今日ここに来たのだって、偶然じゃあないかもしれないね」
 そう、ここはアンティークショップ・レン。力なき者はたどり着けない場所。ここに来たのならば、その資格があったのだ。何かが少女を必要とした。
「箱が選んだか」
 紫暁は箱に視線を落とす。
 扱う品物については、蓮が言うことに間違いはない。蓮が言うのならば、それはそうなるべくしてなったこと。仕方がないことなのだ。それは紫暁もわかっていた。
「善意や好意でとは限らないがね……そいつはあんたが一緒なら、どうにでもなるだろうさ」
 そして、蓮は口説きも上手いようだ。
「信頼されていると思うことにしよう。それでは」
 少女は明るい顔で、蓮を見た。
「それじゃあ」
「これは、あんたが持っておいき。惹かれるのはいい。だけど憑かれないように気をつけるんだね」
 そう言って、蓮は少女の手に箱を置く。
「……気をつけます」
 その箱を抱きしめて、少女は答えた。

●シーン2
 二人がその足で赴いた場所は、図書館であった。正しくは少女、凡河内絢音が紫暁を連れてきたと言うべきかもしれないが。
 探しにきたものは古い地図だ。箱を開けるための手掛りは『かつて鎌倉であった場所の六道辻』。それはつまり、今は鎌倉ではない場所。
 この六道の辻は古い道だ。そして、ただの農道とは違う。古地図にもそれは載っているだろう。ならばかつて鎌倉と言われた土地を示す古地図と、現在の地図を比べたなら、それがどこであるかも見当がつくはずだ。
「ここじゃないかな……?」
 地図を広げているのは、やはり絢音だった。図書館の検索システムを使い古地図を引っ張り出してきた手際の良さを、紫暁は感心しつつ見つめていた。これは学生の領分だろう。図書館というツールを、しかも最新のそれを使いこなす技術は、現役の学生にかなうものではない。
 思ったよりもあっさりと、問題の六道辻は見つかりそうだった。それはもう、横浜と東京の境に近い場所と言えただろうか。
「こんなところまで鎌倉だったのね」
 絢音はポケットから携帯電話を出して、しばらくいじっていた。目的地に至るまでの最適な経路の、路線検索をしていたようだ。それで出てきたルートを紫暁に告げる。
「ええと、新宿から小田急線に乗って」
「……いや、いい」
 だが、紫暁は説明を遮り、席を立った。
「え?」
 絢音は戸惑ったように、紫暁を見上げる。悪気はなかったが、誤解されただろうかと、紫暁は続けた。
「絢音に任せよう。行き先がわかったのならば、ついていく……どうやら移動に関しては、君のほうが得意そうだ」
 戸惑う絢音を安心させるかのように、微かに、本当に微かに、紫暁は微笑みを浮かべた。
「いいんですか?」
 紫暁の後を追うように、絢音も立ち上がる。紫暁を見上げ、古地図と新しい地図を持って……地図はしまう前に、コピーを取らなくてはならないだろう。
「絢音を見ていると、歳を経て少し動きが鈍くなったのを感じるな」
 齢四百を越えて女子高生の軽やかなフットワークと同じだと、それはそれで不相応であろうか。絢音にはそういったことまでは話していないので、絢音は紫暁の本当の年齢は知らない。見た目通りの年齢だと思っているなら、それも奇妙に思われただろうか。
「そうなの? 若く見えるけど……? もうけっこう……」
 と、呟いてから、絢音は口を手で覆った。
「やだ、ごめんなさい」
「大丈夫だ。君が思っているよりも、俺はかなり長く生きている。この十年ほど、機械もめまぐるしく変わったな」
 紫暁は絢音を待つために歩み鈍くした。絢音は慌てたように地図をコピーに走る。
 絢音が戻ってくると、二人は図書館を出た。
 外はすでに夜の装いだった。

●シーン3
 六道の辻。江戸を越え、明治の頃にはまだ鎌倉のうちだったようだ。
 そこについたときには、そろそろ絢音は時間を気にしなくてはならない時刻だった。いや、気になっていたのは紫暁のほうかもしれない。手早く済ませなければ、女子高生が外をうろつく時間ではなくなりそうだった。部活で遅くなることもある絢音には、まだそれほど気になる時間ではない……そんな微妙な宵の口だ。
 絢音のほうは、時間を気にする素振りはなく、家に帰るのが少し遅くなるからと駅前のカフェで揚げたてのベニエを買って、それを齧りながらバスに乗った。
 それから十数分。バスが走り去った後、地図を電灯の下で確認して歩き出す。
「この箱……なんなんだろうね。からくり細工かぁ……」
 紫暁の片手には紫の風呂敷に包まれた壷が、絢音の片手には箱がある。時折絢音は箱をそっと撫でている。そして呟いた。
 紫暁には、その様子が少し気がかりではあったが……抵抗力の強い紫暁には聞こえぬ声が聞こえているとも言える。曖昧に相槌をうって、先へ進む。
「ここですね」
 辻に差し掛かったところで、絢音は辺りを見回した。少し駆け足で進み、突然足を止める。
 昼であれば、長閑な風景だったかもしれない。だが、夜の支配する時刻には、そこはとても暗い。
 そして、目の高さまで寄木の箱を掲げた。
 紫暁はその一挙動を注視していた。どんなことが起こるか、些細なことも見逃さぬように。
 絢音の手は、箱の蓋を止めていたからくりの部分を動かしていた。確かに、ここに来るまでに箱をよく観察はしていたようだったが、それだけでわかるような単純な開け方ではない。何かが絢音を導いている、そう思える。
 紫暁は、静かに構えていた。
「箱が開く……!」
 昏い光が箱からあふれる。
 飛び出すように現れたのは幼い影。
 ――おっかあ……
 ふと、絢音の頬が緩んだ。箱から出してやりたいと願った気持ちが、正しかったことにほっとしたかのように。
 だが、その安堵もつかの間だった。
「……きゃあっ!」
 続いて箱からのそのそと這い出してきた黒いモノに驚き、絢音は思わず箱を投げ出した。
「やはり出たか」
 紫暁は六道の境目からはみ出したモノが、そこには閉じ込められているだろうと思っていた。なんのはずみで、小さな魂と共に閉じ込められたかはわからなかったが……あれは餓鬼だ。
 落ちた箱から、ずるりと這い出してくる。
 ずるりずるり。
 手が……幾十もの干からびた手が。われ先にと。
「多いか……!」
 強いものではない、送るのは容易いだろう。そこに続く道はあるのだから……目の前に。紫暁は手を伸ばした。だが、切りがなさそうな気配があった。
 ――おっかあ?
 そのとき、最初に出てきた小さな影は、絢音の悲鳴で絢音に気付いたようだった。
 向きを変え、黒く湧き上がる異形に立ち尽くす絢音の前に降りる。
「貴様等の行くべき道へ行け……!」
 しかし数が多いゆえに、追いつかぬ。一人ならば、たかられてもいかようにもなるが……
「……こないで!」
 紫暁が声に引かれて見れば、絢音は持っていた弓に矢をつがえていた。背にほの明るい幼子の影を隠すようにして。
 漏らした餓鬼の一体が、絢音の前にいる。いや、おそらくはその後ろの光に誘われているのだろう。
 矢は餓鬼に突き刺さり、餓鬼はひるんで後退る。だが、後ろからも、もう一匹迫っていた。
 紫暁の左眼が金の光を帯びてくる……
「貴様等はこちらだ……!」
 紫暁は壷を包んでいた風呂敷を解いた。
 解決にはならなくとも、時間は稼げる。蓮からは、そう聞いた。
 壷からも光が漏れ……
 餓鬼が光に飲み込まれた後、蓋を閉じると、餓鬼共の姿は消えていた。
 残ったのは、からくり小箱が一つ……
 ――おっかあ、だいじょうぶ……?
 いや、庇う絢音の影に、幼子の影が一つ。
「大丈夫だよ……きみこそ」
「……この娘は、お前のおっかあではない」
 ほうっと微笑む絢音の前に、紫暁は手をかざした。遮るように。
 ――ちがうの……?
「お前のおっかあのところにいくがいい。道はわかるか?」
 幼子は六道の辻を見た。
「わからぬならば、送ってやるが……」
 ――うん、わかる
 幼子は頷いた。そして、辻の一つの道に歩き出し……片手を挙げる。
 ――おねえちゃん、おにいちゃん、ありがとう
 そう、絢音たちを一度だけ振り返って。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1530/岸頭・紫暁 (きしず・しぎょう)  /男/431/ 墓守】
【3852/凡河内・絢音(おおしこうち・あやね)/女/17/高校生】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございました。黒金にとっては記念すべき(笑)、東京怪談の依頼一本目となります。ご縁がありましたら、またよろしくお願いします。
 紫暁さん:いかがでしたか? お気に召しましたら幸いです(^^;