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ひとやすみ。
いつもは慌しくしている司令室も、今日は穏やかだった。
早畝はナガレとともに備え付けのテレビを見ているし、斎月は自分に与えられたデスクで煙草を咥えながら新聞に目を通している。
槻哉はいつもどおりに中心のデスクに座りながら、パソコンを弄っていた。
今日の特捜部には、仕事が無いらしい。
事件が無いのはいい事なのだが…彼らは暇を持て余しているようにも、見える。
「早畝、お前学校は？」
「創立記念日で休みって、昨日言ったじゃん」
斎月が新聞から顔をのぞかせながらそんなことを言うと、早畝は彼に背を向けたままで、返事を返してくる。
見ているテレビの内容が面白いのか、会話はそのまま途切れた。
「……………」
そこでまた、沈黙が訪れた。
聞こえるのはテレビの音と、槻哉が黙々とキーボードを叩く音のみ。
穏やかだと言えば、穏やかなのだが。
何か、欠落しているような。
それは、その場にいる者たちが全員感じていること。
それだけ、普段が忙しいということだ。今まで、こんな風に時間を過ごしてきたことなど、あまり無かったから。
「たまにはこういう日もあって、いいだろう」
そう言う槻哉も、その手が止まらないのは、落ち着かないから。
秘書が運んできてくれたお茶も、これで三杯目だ。
今日はこのまま、何も起こらずに終わるのだろうか。
そんな事をそれぞれに思いながら、四人はその場を動かずに、いた。
「真君、お茶をお願いできるかな」
パソコンのモニターを見つめながら、槻哉が秘書の真を呼びつける。四杯目のお茶を、希望しているらしい。
真はお盆を胸に抱えて、軽く溜息を吐いた。
「槻哉さん、息抜きに出かけませんか？」
「………え？」
槻哉の目の前にまで顔を近づけて真がそう言うと、さすがの彼も驚きを隠せなかったようで、彼女の言葉に遅れを見せている。
「お茶請けがもうなくなりますし…偶には買い出しにお付き合いなんて如何ですか？」
「いってこいよ槻哉。篭ってばかりじゃ、足元から腐っちまうぜ」
真の提案に、斎月が合わせるようにして槻哉にそう言う。すると早畝もナガレも同意見、とばかりに頷いていた。
「…さっき『たまにはこういう日もあって、いいだろう』って仰ってたし、更にこういうのも良いんじゃないですか？」
そう続ける真は、柔らかい微笑を溢していた。
槻哉はその笑顔に、負けたように自分も笑いながら腰を上げる。
「…そうだね…他でもない真君のお誘いだし、出かけてこようかな」
「決まりですね。それじゃあ、出かける準備してきます」
真は嬉しそうにしながらそう言って、踵を返した。出かけるために着替えてくるらしい。
そんな姿を見て、槻哉はふ、と笑いそして自分もデスクを離れる。
「おみやげ買ってきてね、槻哉」
早畝が通りすがりにそう言う。にやにやと笑いながら。
「…余裕があったらね」
槻哉も負けてはいない。にこり、と笑いそう応える。女性と二人きり、と言うことでからかわれているのだろう。見れば斎月も彼を見てにやにやと笑っていた。
そんな彼らを背に、槻哉は更衣室へと足を向ける。
「……………」
人気の無い更衣室。
目に留まった鏡に、自分を映してみる。
仕事が無いとは言え、昨日も遅くまでパソコンを弄っていた。少しだけ、自分の顔に疲れが見えているような気がして、苦笑する。
そして普段はきちんとまとめている前髪を、手櫛で梳きラフな感じに見えるよう、整えてみる。真に合わせているのだろうか？
「…女性を待たせてはいけないな」
そんな独り言を言いながら、槻哉は自分のロッカーからコートを取り出し、それに腕を通した。素早く着込んで、更衣室を後にする。
足早に廊下を突き進み、玄関を目指した。
すると内玄関に、身支度を整えた真が立っており、槻哉に気がつき微笑みかけてくる。
「待たせてしまっただろうか？」
「いいえ」
真はいい笑顔をしていた。そんな彼女の笑顔に、槻哉も表情が柔らかいものになっていく。
「…では、参りましょうか？」
彼女が一歩前に出て、振り向きざまにそう言う。
槻哉は笑って、
「そうだね」
と応え、二人は特捜部を後にした。
頬をくすぐる風が、冷たかった。秋風が、冬の匂いを運んで来ている証拠だ。
「…和菓子はあのお店、洋菓子なら向こうの通り、パンならこのお店が美味しいんですよ♪」
忙しなく行き交う人々を避けるように歩きながら、真は街の中を案内する。買い物上手な彼女はこの辺りの事を知り尽くしているようだ。
お茶請けに、と槻哉や早畝達の好みを把握している真は、様々な店へ立ち寄りさくさくと買い物を済ませていく。
槻哉はにこりと笑い、そんな彼女を見ていた。
こんな風に、活き活きとしている真はとても綺麗だ、と思いながら。
足元には風で散った赤い紅葉が所々に落ちていた。上を見上げれば、イチョウの葉が綺麗に色づいている。
そんな当たり前の風景を、槻哉は新鮮に感じでいた。今までを、何処を見て過ごしてきたのかと自分の心中で問いかけてみる。
『忙しい』という口実の元、どれだけ損をしてきたのだろう。
「……槻哉さん？」
「あ、ああ…すまない。少し考え事をしていてね…」
目の前で、何かを弾かれたかのように。
顔を覗き込んできた真に、驚きを隠せずにいる槻哉。
そんな彼を見て、真はクスクスと笑った。
「槻哉さんでも呆けること、あるんですね」
「…おかしいだろうか」
「いいえ、それくらいでいいと思いますよ。 …あ、保存食なら、あのお店が品揃えが豊富ですね」
困ったように笑う槻哉に、真は首を振りながらそう答え、そして目先に捕らえた馴染みの店へと指を刺して、彼の気を引いた。
「詳しいんだね、真君」
「この辺りは、私のテリトリーですから♪」
彼女はにっこりと笑い、槻哉の言葉に冗談交じりにそう返事をする。
その笑顔に彼は、心の中が暖められていく様な感覚に陥っていった。
「えーと…後は紅茶が欲しいんですけど…。
あ、…ふっふっふっ…槻哉さんには特別に、とっておきのお店を教えちゃいましょう！」
「………え？」
くい、と何かに体を引かれた気がして、槻哉はそれで遠ざかっていくような意識を取り戻した。
見れば、右手を彼女に取られて引っ張られている。
槻哉は慌てて、真に合わせて小走りになる。
そうしている二人は、傍目から恋人同士のように、見えた。
真に導かれるままに、槻哉は道を進んでいた。
暫く歩くと、街から少し離れた、小高い場に位置する、アンティークな喫茶店が見えてきた。
「あそこで、一休みしませんか？」
「…ああ、そうだね」
一旦足を止めた真が振り返りながらそう言うと、槻哉は遅れがちにだが笑い、頷いた。
それを確認した真は、再び歩き出す。槻哉もそれに習い、歩みを進めて、二人は目的の喫茶店を目指した。
「ここのオリジナルブレンドが凄く美味しいんです」
喫茶店に辿り着くと、案内された席は窓際の一番良い所だった。
そして真に勧められるままに、店員にオリジナルブレンドの紅茶を注文する。
「茶葉も売ってくださるんですよ、意外に知られてないんですけど」
そう言う彼女の目の前には、あらかじめ頼んであったのか、茶葉が入ったらしい小さな袋が運ばれてくる。三種類ほど。
「うん、いい香り♪」
真は一つの袋の封を開けて、中の茶葉の香りを楽しんでいた。それを見つめていた槻哉の視線に気がつき、その袋を彼の鼻先へとゆっくりと向ける。
「……あれ、この香りは…」
「槻哉さんが、普段から好んで飲んでらしてるものですよ」
「そうか…ここのお茶だったんだね…」
彼女が差し出した茶葉の香りを確かめながら、槻哉は小さな溜息を漏らした。
真が槻哉の秘書になって、四ヶ月が過ぎただろうか。この短い期間に、彼女は司令室の全てを把握してしまっていた。食べ物、飲み物の好みのほか、仕事内容は完璧と言っていいほど。
槻哉が何か必要になったときには、必ず彼女は隣にいる。空気を読み取っているのか、彼が言葉を発する前には、行動を起こしているのだ。まるで、もう何年も自分の傍で、働いていてくれたかのように。
「真君は凄いな…」
「そうですか？」
運ばれてきた紅茶を手にしながら、独り言のように漏らした言葉も、彼女は当たり前のように聞き、そして微笑んでくれる。
「…特別なことはしていません。私は、私の出来ることをしているだけです。誰を特別視するというわけでもなく、皆さんにその力を注げるように」
真も紅茶を口元に持っていきながら、静かな口調でそう言った。
その姿があまりに綺麗で…槻哉は思わず見とれてしまう。
彼女の言葉は、絶対だ、と思った。以前早畝からも、『まこちゃんの言葉って凄いと思う』と聴いていたが、今改めて、そう思うのだ。
誰か一人にその優しさを振りまいているわけではない。彼女は正真正銘の『神』。見守るという事が彼女の本当の『仕事』であり、『宿命』。
それは簡単なようで、実はとても深く、難しい事。
「それでも君は…この場に居てくれるんだね」
「それもまた…私の役目ですから」
槻哉の言葉は、先のものとは繋がりの無いものであったが、それにすら彼女は返事をしてくれる。最高の微笑とともに。
「…此処、落ち着けますよね。ゆったりした雰囲気も好きですし…窓からの景色、額縁の絵みたいで綺麗でしょ？」
ふと、真がそんな事を言ってくる。その言葉につられて、窓の外を見れば、秋を彩る木々たちが本当に絵に描いたかのように美しく広がって見えた。
「槻哉さんは…もう少し暢気でもいいと思いますよ」
「…え………」
「この街を守るために日々奮闘する姿も素敵ですけれど…。たまにはこうして、息抜きも必要だと思うんです。…お仕事の合間に、またいらしてくださいな」
こくり、と紅茶を飲みつつ、ゆっくりと真は槻哉にそう言った。その後は自分も窓の外へと再び視線を動かす。遠くを、見るように。
「…ありがとう、真君。
正直、忘れていたよ。身近なこと…当たり前の風景や、空気すらも。僕は何かに追われるかのように…全てにおいて、焦っていたのかもしれないな…」
くるり、琥珀のような紅茶を回すようにティーカップを緩やかに動かしながら、槻哉は真に微笑んだ。
その瞳は何処かしら寂しげに感じたのは…真の勘違いではないのだろう。
「急ぐことはないと思います。槻哉さんは槻哉さんらしく…ゆっくりと、目標に向かって物事を進ませてください。
手に負えないことがあるときは、この敏腕秘書、風祭真が全力でサポート致します♪」
ぱちん、とウィンク付きのその言葉は、槻哉にとって何よりの言葉になったようだ。一瞬、瞳を緩ませて、ゆっくりと瞳を閉じ…小さく溜息を吐いた後に、再び顔を上げ、
「そうだね、これからもよろしく。真君」
と、にっこりと笑ってみせた。
真も『こちらこそ』と言いながら、満面の笑みを返してくれる。
それから二人は他愛ない話を続け、楽しく時を過ごすのであった。
余談では、あるが。
特捜部までの帰り道。
肩を並べて歩く真の手をそっと取った槻哉は、自分のコートのポケットに彼女の手を自然と誘い込む。
「…こういう日もあって…いいんだろう？」
顔を上げた真に向かい、悪戯っぽく笑えば。
「槻哉さんってば…子供みたいですよ？」
彼女もクスクスと笑い、優しく応えてくれた。
そんな。
つかの間の『恋人同士のような関係』を体験したのは、二人だけの秘密である。
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登場人物
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【整理番号 ： ＰＣ名 ： 性別 ： 年齢 ： 職業】
【１８９１ ： 風祭・真 ： 女性 ： ９８７歳 ： 特捜本部司令室付秘書／古神】
【ＮＰＣ ： 槻哉】
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ライター通信
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ライターの桐岬です。今回は『ファイル-2』へのご参加、ありがとうございました。
個別と言う事で、PCさんのプレイング次第で犯人像を少しずつ変更しています。
風祭・真さま
いつもありがとうございます。正直、槻哉で御指名が入るとは思いませんでした（笑）。
でも、普段引き篭りがちな彼を誘ってくださり有難うございました。とても充実した一日が過ごせたようです。まこちゃんにとってもそれが同じであれば、幸いに思います。
最後のアレは…槻哉の『男としての優越感』と捕らえてもらえれば…。ちょっぴりだけ、浸らせてやってください（笑）。
ご感想など、お聞かせくださると嬉しいです。今後の参考にさせていただきます。
今回は本当に有難うございました。
誤字脱字が有りました場合、申し訳有りません。
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