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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


[ 弱者の強さ(前編) ]


 その日草間興信所のドアを叩いたのは、月刊アトラス編集部編集長である碇麗香。
 入ってくるなりソファーに腰を下ろすとその美脚を組み、出されたお茶に口を付け……一息吐くとここの主である草間武彦の話など聞かず話し始めた。
「社員のことは社内でどうにかすることだろ? うちに持ちかけられてきても困る」
 言いながら武彦は煙草に火を点ける。此処最近の金欠を示している、味は今一だが一番安価で買える煙草だ。
「確かにそれはあるわ。けれど今みんな出払っているし、あの子に少し危険な仕事を任せたのは確かだから…ここまで、判るかしら」
 言われて武彦はただ頷く。
「あの子、慌てると周りが見えなくなっちゃうから今何処にいるかなんて予想はつかない。それでも、探して欲しいの」
「ずっとコレの繰り返しをするつもりで?」
 言いながら煙草の煙を吐く武彦は、もうかれこれ同じやり取りを二時間続けていることに疲れを感じていた。
「えぇ勿論。あなたが首を縦に振るまで」
「よほど暇なのか……社員想いなのか」
 小さく呟いた武彦の声が麗香に届いたかは判らない。ただ彼女はもう一度武彦を見、組んでいた脚をようやく下ろす。
「探してくれないのならば、うちの雑誌に此処の記事載せるわよ?」
 ガタッ!!
 瞬間武彦は椅子から立ち上がり、顔色を変えた。
「そ、それは止めてくれ!! これ以上怪奇依頼を持ってこられてたまるかっ」
「ならば……桂の捜索、お願いできるかしら? あの子が開けた穴がまだ僅かに残っているわ。出来るだけ早くうちまでいらっしゃい」
 そう言う麗香を傍目に武彦は慌てて電話帳を探す。勿論早々にこの依頼を解決してくれる人物を探すため。
「それじゃあ先に帰るわね」
 ソファーから立ち上がった麗香に武彦が少し顔を上げた。
「ところで、桂に頼んだ仕事って? 一応知っておけば探しやすいし、それ次第ではお前たちの調査を半分肩代わりも当然だと思うんだが」
 言われてドアの前に立った麗香は、武彦には背を向けたまま少しばかり天井を仰ぐ。そしてため息を一つ。
「此処最近この辺りで通り魔が増えてるのは知ってるかしら?」
「あぁ、無差別に老若男女問わず襲われてるってアレだろ? 酷いので重症負う様な犯行だとか」
 武彦の言葉に麗香はそのまま首を横に振る。
「あれね、無差別でなく共通点があるのよ」
 そう言うと、麗香は僅かにヒール部分を武彦から逸らす。その横顔とはいえないが、僅かに見える顔が強張っていた。
「共通点?」
「全ての事件が重症程度で済んでいるのは、能力者が狙われてるからなの。一応……あなたたちも気をつけてね」
 それを最後にドアが閉まる。後に残ったのは武彦と、奥で何かガタガタ作業を続ける草間零のみ。
「結局……ある種怪奇事件の延長線なんだろうなぁ」
 そして武彦は小さく項垂れた。

    ■□■

「連れて来たぞ」
 武彦の声に机に向かっていた麗香が顔を上げる。編集部には珍しく麗香一人の姿しか見受けられなかった。昼休みということもあり人払いをしたのかもしれない。
「四人ね、来てくれて有難う」
 言うと麗香は作業の手を止め椅子から立ち上がり、武彦の後ろに立つ四人に目を向ける。
 右からシュライン・エマ、シオン・レ・ハイ、神納・水晶(かのう・みなあき)、古田・緋赤(ふるた・ひあか)――皆武彦から依頼を受け編集部前で合流、集まったところで桂の捜索と背後の事件を知らされている。
 麗香は小さく頷くと、編集部の隅に並ぶロッカーを指差した。
「早速だけど穴は桂のロッカーの中。穴が消えるまでのリミットは長くて三十分、短くて後十分と言うところね。頼むわよ」
 そして麗香は踵を返す。残された五人はそっとロッカーに目を向けた。開け放たれているロッカーの突き当たり、そこには確かに黒い穴がある。
「と、言う事だが。どうする?」
「……桂さん、通り魔に襲われて無ければ良いですね」
 武彦の声が終わる頃そっと呟くはシオンの声。それにシュラインが同意の言葉を返す。
「そうね……。でも状況からは、桂くんが通り魔に襲われかかり逃げている可能性が高いって事よね?」
 頭を悩ませる、全ては推測でしかない現状況。しかし先の二人の緊張感とは違うものを持つのが残りの二人だった。
「能力者ばかりが狙われる……その点に興味沸くね。ぁ、勿論桂を探すのも手伝うケド」
 先に声にするは四人からいつの間にか一歩離れ壁際に立つ水晶。一斉に向く視線に笑って後を付け足した。しかしその声に乗るよう緋赤も言う。
「いやぁ、あたしの場合うちの会長が通り魔事件について興味持っててね。それ調べるついでなんだけど、桂の捜査も手伝うし良いでしょ?」
「あー、もう捜査に付き合うなら何でもいいから。これからどうするか誰か決めろ」
 四人それぞれの言葉を聴き、武彦は頭を掻き毟りながら近くにあった椅子に腰掛け隅へと移動した。そんな彼を見てシュラインが一歩前に出る。
「穴が閉じるまでの時間は限られてるけれど、入る前に少し話をまとめましょ。回避できるようなトラブルでの時間ロスも省きたいからね」
「ではメモ、とりますね」
 言いながらシオンがペンと手帳を出す。
「あ、調査で不都合あればあたしに言ってね。うちの会長に頼めば大抵のことは協力できるから」
 いつの間にか椅子に座っていた緋赤が口を挟む。水晶は壁に背を預け腕を組んだままやり取りを観察している様子だった。
 ゆっくりしてはいられないが、シュラインとシオンも手短な椅子を引っ張ってくると腰掛け話を始める。
「まず、桂くんの捜査に重点を置いてるのは私とシオン、そっちの二人は事件重点で良いのよね?」
 言いながら二人を見ると、水晶は「そーだよ」と返し、緋赤は頷く。
「ただ、現時点で通り魔に関しての情報があれば、皆さんが持っているに越したことはないでしょうね」
 手帳から目を離したシオンが武彦を見ながら言った。視線に気づき顔を上げた武彦は、一瞬顔を顰めた後口を開く。
「……知ってるのは能力者が襲われ最悪重症、此処一ヶ月半径五十km圏内で二十件前後の被害。しかし皆口々に言う犯人の特徴が違うらしい事くらいか」
 言うと同時、後は御自由にと彼は目を閉じた。
「……通り魔は一人じゃないって事かしら?」
 手を口元へと持って行き悩む格好のシュラインに、武彦は「さぁな」とだけ相槌を打つ。
「それならあたしの方で資料集めとこうか?」
 名乗り出たのは既に携帯電話を片手に待機している緋赤。シュラインとシオンの頷きを確認すると、緋赤は早速短縮ダイヤルで誰かと話しだし早々に電話を切り言った。
「他に何かある? 一応警察側が掴んでる情報と、病院側の資料やカルテは送るよう伝えておいたけど」
 緋赤の言葉にシュラインは首を横に振り「十分よ」と微笑む。しかしこうしてまだ通り魔についての話が終わらぬ頃、佇んでいた水晶が徐にロッカーの方へと歩きその中を覗き込んだ。
 そこには今水晶の身長と同じ程度の穴が開いている。しかし初めて見た時はもう少し大きさがあった気がし、首を傾げた。覗き込んだ先にはただ闇が広がり、重々しいような禍々しいような空気が流れて見える。そっと手を突っ込んでみると生暖かい空気が纏わりつき、思わずその手を引いた。瞬間、穴は一回り小さくなり、水晶の身長以下となる。
「……なんか穴、小さくなってきたみたいけどヤバイんじゃない?」
「――!?」
 その声に武彦を除いた三人が一気に椅子から立ち上がり水晶の方を見た。完全になくなるまではまだ時間は有りそうなものの、穴は確かにゆっくりと縮小している。しかし元よりそこにあるべき物ではない空間の歪ともいう穴。それが桂が通り抜けた後数日間残っているだけでもありがたいのだろう。
「俺、行っちゃうよ?」
 皆を振り返り水晶がその穴に足を突っ込むが、その行動は遥か遠くから聞こえる声に静止させられた。
「ちょっと待ちなさい!!」
 言いながら麗香がヒールを鳴らし足早に近づいてくる。
「桂から聞いたのだけど、その向こうはありとあらゆる場所が交差する場所らしいわ。進んだ先に必ずしも出口があるとは限らない……ただ道自体は消えることなく残り、桂が通った穴は全てこの穴と同じ速度で縮小しているはずよ」
 全て言い終わる頃に麗香は脚を止め、武彦の襟を掴むとその耳に何か囁いた。同時に武彦の顔色が変わる。
「……俺行くよ」
 その一部始終を見守ると水晶は足を突っ込み中へと消えていく。
「ぁ、ちょっ……」
 その声に振り返りシュラインは声にしたが、既に水晶の姿はない。穴という闇の中にさえ、あの銀髪は見つけられなかった。
「えっと、私も先に入って彼を引き止めておきますね」
 言いながらシオンがロッカーへと向かう。既にシオンが入るには大分屈まないと入れないほどに穴は小さくなっていた。同時にシオンは緋赤を見たが、彼女は即座に頭を振る。
「あたしは最後、あんたらの背中を守るよ。シュラインは?」
 そう言われシュラインは緋赤から武彦へと視線を移す。彼は麗香の背中を未だ見続けたまま、やがてゆっくりと皆に顔を向けた。その表情は非常に浮かないものだった。
「とっとと……行こう」
「……そうね、人命救助要素もあるんだから、頑張りましょ」
 言うとシュラインは緋赤の方を向き頷いた。
「それじゃ二人とも先行って。あたし腕には自信あるから信用して背中預けて頂戴ね」
「えぇ、任せたわよ」
 片目を瞑って笑って見せた緋赤にシュラインは声をかけ、まずは武彦が屈み、その後にシュラインが続く。

  闇が ゆっくりと体を包んでゆく――…‥

 ――‥…先を歩く武彦が僅かに振り向いた。その視線は服の端を掴むシュラインの手に向いている。
「ん、はぐれないようにね。ぁ、手の方がいいかしら?」
 悪戯っぽく笑い言うと、武彦は無言で前を向いた。
「端でいい……とにかく前の二人に合流しよう」
 先ほどから歩けど歩けど二人の姿が見えてこない。道は一本に見えるし、狭く大人一人が通れるほど。どう考えてもすれ違いは無いと思うのに見つからない。
「反対方向にでも歩いてるのかしら?」
 シオンが中に入ってからそう時間は経っていないはずなのに声すらも聞こえない。しかしそう考えたとき、前を歩く武彦が突然歩みを止めた。
「あいつらだ……突然現れた!?」
 言葉どおり、確かにシオンと水晶は突然その姿を現した。それも目と鼻の先に。
 そして自分達の後ろから最後に滑り込むように緋赤が突如現れる。
「お待たせ、もう入り口閉まったから先進むしかないね」
「俺先頭で行くよ。もう待てないからね」
 言うや否や水晶は先を急ごうと一歩進む。結局順番は入った順に水晶、シオン、武彦、シュライン、緋赤と続いていた。しかしそんな先頭の声をシュラインが制止させる。
「少し待ってくれないかしら、すぐ終わるから」
 言いながらシュラインは化粧ポーチから一本の口紅を取り出した。
「それは?」
 後ろから興味深そうに緋赤が問い、シュラインはしゃがみ込むと同時に応え口紅の中身を半分ほど出す。
「見ての通りの口紅だけど、これをね……」
 言いながら口紅で数字の1を、そしてその横に白王社のロゴを器用に描き立ち上がった。その意図にシオンが笑みを浮かべた。要するにそれは道標なのだ。自分たちは勿論のこと、この様に書けばもし桂が見つけたとき関係者が通ったと認識するだろうと。シュラインは手にしていた口紅をポケットに入れると先頭の水晶に声をかける。
「さ、もういいわよ」
 しかしそのたった一言が終わる前、水晶はもう先を歩いていた。

 どれほど代わり映えの無いこの道を歩いているのか……景色も無く左右からは圧迫感、挙句漂う重苦しい空気に時折息が詰まりそうになる。足音さえ響かぬ道、薄闇という中影すら生まれぬこの場所。危険という危険は何も無いものの、逆にそれが恐ろしくもなる。
「……なんかたくさん穴あるケド?」
 やがて先頭を歩く水晶が声にすると一同は辺りを見渡した。何時からなのだろうか、辺りには無数の穴が開いている。壁は勿論、何も見えなかったはずの天井にさえぽっかりと青空が映し出されたような穴。大きさも大小さまざまで、今尚消えようとする穴もあった。
 あまりの光景にシュラインはすばやく口紅を出し番号とロゴを描く。いずれまた此処に戻ってこなくてはいけない機会があるかもしれない。その前のほうでシオンも手帳に印をつける。
「しかしこれは……随分突然ですね」
「うっわ、向こうに人歩いてるよ! でもこっちには気づいてない?」
「ちょっと!? 危ないから不用意に穴を覗き込まない方が……」
 皆それぞれが穴に気を取られ、一気に五人の立つ間隔が空いた。
 瞬間
「――っ!?」
 ぽっかりと、地が消える。それは突然に――…‥

    □■□

「痛っ…何なのよ一体!?」
「な、んだってんだ!?」
「落ちた、のでしょうか?」
 落下の感覚と同時、すぐ真下にある地面に尻餅をつく。挙句それぞれが一気に声にし、相手の声を正確に聞き取れなかったのは勿論、自分の声すらかき消された気がした。
 一斉に立ち上がり辺りを見渡す。どうやらあの空間ではないらしい。辺りは爽やかな風が吹き、陽の光が暖かく心地良い。長い時間を歩いていたように思えたが、ふと見た時計はまだ昼を過ぎた頃。
「離れ離れか。しっかし何処だ此処は!?」
 呟きながら武彦は、今隣に居る二人を見た。何の偶然かシュラインにシオン、共に桂の捜査を優先に願った二人だ。目的が同じ分共に動くには確かに良い分かれ方だとは思うが、ふと頭上を見上げると今落ちてきたと思われる穴が塞がった所だった。
「えーっと、どうやら編集部からは十km程離れた町のようですね」
 いつの間にか電柱に向かい合っていたシオンは、看板に書かれた町の名を頼りに持っていた地図から答えを出す。そしてペンで現在地に丸をつけた。
「相当な距離ね。桂くんいつもこうして移動してるのかしら? 取りあえず此処にも印をっと」
「さて、どうしましょうか? 他に穴が開いていれば良いのですが」
 地図を閉じシオンは辺りを見渡す。平穏のどかな住宅街、そんな場所にあの黒く目立つ穴は見当たらない。
 するとシュラインが、今度は携帯電話を取り出した。掛けるは勿論編集部。しかし電話先との会話は明るいものではなく、やがてピッと切った電話をしまうと首を横に振る。
「一応麗香さんに連絡したけど何も変わり無しね。他の二人からの連絡もないみたい」
「取りあえず穴を探すついでにこの辺りの聞き込みもしましょう。もしかしたら目撃情報なんてあるかもしれませんから」
 言いながらシオンは開いた手帳から写真を出した。証明写真にも似た、しかしきちんとLサイズプリントの桂が映った写真、それを数枚。
「これさえあれば桂さんの捜査も捗るでしょう。この町からは離れぬよう、三十分後に此処へ戻ってきて情報を整理する……それで良いですか?」
 写真をシュラインと武彦に渡すとシオンは手帳を閉じ二人を見た。二人は頷くと、次にシオンが広げた地図で大まかに地域分けをする。情報が重なってはしょうがない。結局この町は六丁目まであるため一人頭二つの地域を担当、それぞれの場所へと散った。


 シュラインの担当は一・二丁目。この地域は駅が近いため商店街が多く、シュラインは商店街の聞き込みを重点に始めた。
 写真を片手、店の連なりを一軒一軒訪ねて周ること十分。何の目撃情報もなく、道の片隅で思わず肩を落としたところに後ろから声が掛かる。
「ねえちゃん元気ねぇなぁ?」
 振り返るとそこには小太りの中年男性が立っていた。
「さっきからこの辺うろうろしてるみたいだけど……恋人でも探してんのか?」
「……この子、もう数日行方不明で探してるの。見たことないかしら?」
 冗談交じりの声にシュラインは写真を見せながら真面目に答えを返す。
 瞬間男の目が見開かれ、シュラインの手から写真を奪い取った。
「こいつ……まだ家に帰れてねぇのか?」
「ぇっ、それは、どういうこと?」
 シュラインの声に男は俯き暫し沈黙を続ける。
「知っている事があるならどうか教えて欲しいの」
「丁度一週間前、店のシャッター下ろそうと外に出たら此処に写真の奴さんが居た」
 そう言い男は振り返る。そこにあるは小さな薬局だった。彼はここの店主なのだろう。
「ぼろぼろの服にひでぇ熱で、薬をやったんだが……ちぃと目ぇ離した隙に消えていた。あれでまだ帰ってねぇとは……」
 僅かな情報だがシュラインはメモを取ると男に礼を告げる。
「きぃつけろよ、ねえちゃん」
 そしてその優しい声を背に受け、シュラインは早足に元の場所へと戻ることにした。

 集合場所に着くと、既にシオンは到着していたが武彦の姿は無い。一先ずシオンと合流、それから五分ほどで武彦が到着。集合時間を三分過ぎたところだった。
「それぞれの情報を」
 そう言った武彦の視線はまずシュラインへ。
「こっちは一週間前、商店街薬局で桂くんに会っている店主が居たわ。服装はぼろぼろ、熱があり解熱剤を分けたらしいけど消息不明」
 その話をシオンが手帳に記していく。同時に武彦の視線はシオンに向き、彼は手帳を見たまま口を開く。
「こちらは六日前から三日前まで、公園に留まっている姿を目撃。服装は同じく、擦り傷や切り傷の手当てを受けています。しかし一昨日公園から姿を消したとのことで」
 頷くと最後に武彦が口を開いた。
「こっちは昨日深夜目撃があった。そして……その目撃場所にあの穴があるのを確認してきた」
 二人が同時に顔を上げる。三人の担当地域から見て桂は確かにこの街を移動し、自分達は今確かに桂の後を追う様に動いている。
「急ぎましょう」
「その場所に案内してください」
 緊迫した空気の中、三人は武彦を先頭に現場へと急行する。
 そこは現在売却された土地が多く、工事地域といっても過言ではない場所だった。武彦はその取り壊し中となっている建物の中へと入っていく。壁は勿論天井も所々崩れ落ち、地面はコンクリートが崩れているせいか白く埃っぽい。その三階部分に到着、武彦は声にする。
「……此処だ」
 立ち止まる武彦の前、崩れ落ちた壁の向こうに穴はあった。後ろの二人も揃って立ち止まるが、ポケットから口紅を取り出したシュラインはそのまま穴の右側、その手前まで歩き立ち止まる。地面の白い粉を払うと今までどおりにロゴまで描き、穴に意識を集中させた。
 この穴は此方から向こうの光景が見えないのと反面、向こうから此方の光景は見える造りとなっている。向こう側から此方が見えないと思われる位置にシュラインは立ち、穴の向こうの『音』に耳を研ぎ澄ます。
「心音に……呼吸音…な、に? どういうこと!?」
「どうしました、シュラインさん?」
 シオンの問いかけにシュラインは二人を手招きする。
「目と鼻の先に桂くんが居るわ。でも……もう一人、誰か居る!!」
「っ……気をつけて、誰か出てきます!?」
 シュラインの声とシオンの声が重なる。同時穴から飛び出す影。それはすばやく三人の合間を縫うように通り抜け、あっという間に消え去った。判ったのは漆黒のマントにその身が包まれていたということと、僅かに響いた軽い足音だけ。
「ちっ、無理かもしれないが俺が追う。二人は桂を頼むっ」
 言うと武彦は崩れた壁から下へと飛び降りた。思わずシュラインは駆け寄り下を見るが、既に武彦の姿すら見えない。
「シュラインさん! 先に行きますよ」
 言うと同時シオンは穴の中へ飛び込んだ。
 そしてシュラインも後ろ髪を引かれる思いをなんとか断ち切る。
「早く、しないと……」
 そう穴と向き合った瞬間、中から複数の足音。飛び出す四人の人影。
 そこには目撃情報通りの桂の姿。

    ■□■

「事件を…まとめるわよ」
 病院ロビーの一角、四人はソファーに座り顔を上げた。
「桂さんは大事に至らず軽傷。風邪のせいで熱はありますが、すぐ退院できるとの事ですね」
「あたしの方はメール資料を紙で貰ってきたよ。ついでに渡しておくから良ければ使って」
 言いながら緋赤は数枚の紙が束となった資料を配る。
「俺は通り魔と思われる奴と接触したよ。まぁ逃がしちゃったケド……代わりに相手の能力が断定できた。あんまいい事じゃないけどね」
 水晶の台詞に三人の目が集まった。
「推測だけど、吸血によって能力のコピーをするみたい。実際俺首噛まれて能力盗まれたから」
「えっ!?」
 なんでもないように言う水晶にシュラインが思わず声を上げた。
「あぁ大丈夫、俺の能力はそのままだし、吸血の際何か体内に入れられたけど排除したから。ただ抵抗できないとアレはどうにもなんないね」
「なんだか、吸血鬼と蚊を足して割ったような能力ですね」
 メモを取りながらシオンが苦笑いを浮かべる。
「で、桂を救出したは良いけど肝心の依頼主はどうなの?」
「それが……さっき麗香さんに連絡したら武彦さんに通り魔確保のお願いをしていたみたいでね」
 緋赤の疑問にはシュラインが答えを出す。それは穴に入る少し前に耳打ちしていたあの状況。
「桂くんを見つけても事件解決しなければどうのって言ったらしくて……」
 その言葉のお陰で武彦は今数十km先の町を走り回っているはずだった。
「……あたしは一回戻るよ。ただこの事件から身を引くつもりは無いから、何かあれば又会うかもね」
 言うと緋赤は立ち上がり皆に背を向けた。それに続き水晶も立ち上がる。やがてシオンにシュラインもロビーを離れていく。

 しかし桂の救出、それはまだこの事件の序章でしかなかった。
 この事件は次第に全国区へと拡大を見せていく。

 [続..]

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 [0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員]
 [3356/シオン・レ・ハイ/男性/42歳/びんぼーにん(食住)+α]
 [3620/ 神納・水晶  /男性/24歳/フリーター]
 [4047/ 古田・緋赤  /女性/19歳/古田グループ会長専属の何でも屋]

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、新人ライター李月です。このたびはご参加ありがとうございました。
 結果的に無事桂を救出となりました。調査の仕方によって得た情報や体験が全く違っています。
 お時間が許す限り、他のも見ていただければ各地で起こっていた出来事の全貌が見えてくるかと思います。
 しかしながらまとまり無く長くてすみませんでした。少しでもお気に召していただけてれば幸いです。
 また、調査資料は全員配布されておりまして…以下に重要事項抜き出しがありますのでよろしければどうぞ。
 加えまして何か不都合などありましたらレターにてお知らせください。
****************ここから****************
 昨日までにそれらしき事件は二十三件。被害者は三十一人。
 被害者は男性十五人、女性十六人。能力者以外の共通点なし。
 死亡者ゼロ、軽傷二十六人、重傷五人。重傷の内四人は重症患者扱い。
 現場状況も場所により様々で共通点は特になし。しかし重症の四人だけは現場が血に染まっていたと言う共通点有り。
 軽傷者に関しては擦り傷切り傷から軽い捻挫程度まで。時刻は昼夜問わず、一度襲われたきりで次は特にない。
 重傷者はその結果が酷いケースに当たる。一人しかいないが骨をほぼ粉砕。
 重症者は血が極端に失われ貧血状態。現場に残された血液量とは一致しない。
 加えて首に噛み付かれたような二つの傷跡が共通。
 重症を負った男女四人は現在も入院中なものの、謎の高熱にも侵され院内では検査が進められている。
 容体さえ安定していれば入院患者との面会は可能。
****************ここまで****************
【シュライン・エマさま】
 こんにちは、プレイングありがとうございます!
 予想は当たってしまっていましたが無事桂の救出となりました。
 シュラインさんの付けた印は、次回のご参加があればそのまま引き継がれる物です。
 色々トラブル続きでしたが、後編でまたお会いできればと思います。

 現在別グループも動いているため、後編は早ければ11月29日PM23:30以降、
遅くても12月2日同時刻には開く予定です。
 今回ご参加の方で、既に窓が閉まっていた場合ご連絡頂ければ開けますのでお申し付けください。
 それでは又のご縁がありましたら…‥
 李月蒼