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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


[ 弱者の強さ(前編) ]


 その日草間興信所のドアを叩いたのは、月刊アトラス編集部編集長である碇麗香。
 入ってくるなりソファーに腰を下ろすとその美脚を組み、出されたお茶に口を付け……一息吐くとここの主である草間武彦の話など聞かず話し始めた。
「社員のことは社内でどうにかすることだろ? うちに持ちかけられてきても困る」
 言いながら武彦は煙草に火を点ける。此処最近の金欠を示している、味は今一だが一番安価で買える煙草だ。
「確かにそれはあるわ。けれど今みんな出払っているし、あの子に少し危険な仕事を任せたのは確かだから…ここまで、判るかしら」
 言われて武彦はただ頷く。
「あの子、慌てると周りが見えなくなっちゃうから今何処にいるかなんて予想はつかない。それでも、探して欲しいの」
「ずっとコレの繰り返しをするつもりで?」
 言いながら煙草の煙を吐く武彦は、もうかれこれ同じやり取りを二時間続けていることに疲れを感じていた。
「えぇ勿論。あなたが首を縦に振るまで」
「よほど暇なのか……社員想いなのか」
 小さく呟いた武彦の声が麗香に届いたかは判らない。ただ彼女はもう一度武彦を見、組んでいた脚をようやく下ろす。
「探してくれないのならば、うちの雑誌に此処の記事載せるわよ?」
 ガタッ!!
 瞬間武彦は椅子から立ち上がり、顔色を変えた。
「そ、それは止めてくれ!! これ以上怪奇依頼を持ってこられてたまるかっ」
「ならば……桂の捜索、お願いできるかしら? あの子が開けた穴がまだ僅かに残っているわ。出来るだけ早くうちまでいらっしゃい」
 そう言う麗香を傍目に武彦は慌てて電話帳を探す。勿論早々にこの依頼を解決してくれる人物を探すため。
「それじゃあ先に帰るわね」
 ソファーから立ち上がった麗香に武彦が少し顔を上げた。
「ところで、桂に頼んだ仕事って? 一応知っておけば探しやすいし、それ次第ではお前たちの調査を半分肩代わりも当然だと思うんだが」
 言われてドアの前に立った麗香は、武彦には背を向けたまま少しばかり天井を仰ぐ。そしてため息を一つ。
「此処最近この辺りで通り魔が増えてるのは知ってるかしら?」
「あぁ、無差別に老若男女問わず襲われてるってアレだろ? 酷いので重症負う様な犯行だとか」
 武彦の言葉に麗香はそのまま首を横に振る。
「あれね、無差別でなく共通点があるのよ」
 そう言うと、麗香は僅かにヒール部分を武彦から逸らす。その横顔とはいえないが、僅かに見える顔が強張っていた。
「共通点?」
「全ての事件が重症程度で済んでいるのは、能力者が狙われてるからなの。一応……あなたたちも気をつけてね」
 それを最後にドアが閉まる。後に残ったのは武彦と、奥で何かガタガタ作業を続ける草間零のみ。
「結局……ある種怪奇事件の延長線なんだろうなぁ」
 そして武彦は小さく項垂れた。

    ■□■

「連れて来たぞ」
 武彦の声に机に向かっていた麗香が顔を上げる。編集部には珍しく麗香一人の姿しか見受けられなかった。昼休みということもあり人払いをしたのかもしれない。
「四人ね、来てくれて有難う」
 言うと麗香は作業の手を止め椅子から立ち上がり、武彦の後ろに立つ四人に目を向ける。
 右からシュライン・エマ、シオン・レ・ハイ、神納・水晶(かのう・みなあき)、古田・緋赤(ふるた・ひあか)――皆武彦から依頼を受け編集部前で合流、集まったところで桂の捜索と背後の事件を知らされている。
 麗香は小さく頷くと、編集部の隅に並ぶロッカーを指差した。
「早速だけど穴は桂のロッカーの中。穴が消えるまでのリミットは長くて三十分、短くて後十分と言うところね。頼むわよ」
 そして麗香は踵を返す。残された五人はそっとロッカーに目を向けた。開け放たれているロッカーの突き当たり、そこには確かに黒い穴がある。
「と、言う事だが。どうする?」
「……桂さん、通り魔に襲われて無ければ良いですね」
 武彦の声が終わる頃そっと呟くはシオンの声。それにシュラインが同意の言葉を返す。
「そうね……。でも状況からは、桂くんが通り魔に襲われかかり逃げている可能性が高いって事よね?」
 頭を悩ませる、全ては推測でしかない現状況。しかし先の二人の緊張感とは違うものを持つのが残りの二人だった。
「能力者ばかりが狙われる……その点に興味沸くね。ぁ、勿論桂を探すのも手伝うケド」
 先に声にするは四人からいつの間にか一歩離れ壁際に立つ水晶。一斉に向く視線に笑って後を付け足した。しかしその声に乗るよう緋赤も言う。
「いやぁ、あたしの場合うちの会長が通り魔事件について興味持っててね。それ調べるついでなんだけど、桂の捜査も手伝うし良いでしょ?」
「あー、もう捜査に付き合うなら何でもいいから。これからどうするか誰か決めろ」
 四人それぞれの言葉を聴き、武彦は頭を掻き毟りながら近くにあった椅子に腰掛け隅へと移動した。そんな彼を見てシュラインが一歩前に出る。
「穴が閉じるまでの時間は限られてるけれど、入る前に少し話をまとめましょ。回避できるようなトラブルでの時間ロスも省きたいからね」
「ではメモ、とりますね」
 言いながらシオンがペンと手帳を出す。
「あ、調査で不都合あればあたしに言ってね。うちの会長に頼めば大抵のことは協力できるから」
 いつの間にか椅子に座っていた緋赤が口を挟む。水晶は壁に背を預け腕を組んだままやり取りを観察している様子だった。
 ゆっくりしてはいられないが、シュラインとシオンも手短な椅子を引っ張ってくると腰掛け話を始める。
「まず、桂くんの捜査に重点を置いてるのは私とシオン、そっちの二人は事件重点で良いのよね?」
 言いながら二人を見ると、水晶は「そーだよ」と返し、緋赤は頷く。
「ただ、現時点で通り魔に関しての情報があれば、皆さんが持っているに越したことはないでしょうね」
 手帳から目を離したシオンが武彦を見ながら言った。視線に気づき顔を上げた武彦は、一瞬顔を顰めた後口を開く。
「……知ってるのは能力者が襲われ最悪重症、此処一ヶ月半径五十km圏内で二十件前後の被害。しかし皆口々に言う犯人の特徴が違うらしい事くらいか」
 言うと同時、後は御自由にと彼は目を閉じた。
「……通り魔は一人じゃないって事かしら?」
 手を口元へと持って行き悩む格好のシュラインに、武彦は「さぁな」とだけ相槌を打つ。
「それならあたしの方で資料集めとこうか?」
 名乗り出たのは既に携帯電話を片手に待機している緋赤。シュラインとシオンの頷きを確認すると、緋赤は早速短縮ダイヤルで誰かと話しだし早々に電話を切り言った。
「他に何かある? 一応警察側が掴んでる情報と、病院側の資料やカルテは送るよう伝えておいたけど」
 緋赤の言葉にシュラインは首を横に振り「十分よ」と微笑む。しかしこうしてまだ通り魔についての話が終わらぬ頃、佇んでいた水晶が徐にロッカーの方へと歩きその中を覗き込んだ。
 そこには今水晶の身長と同じ程度の穴が開いている。しかし初めて見た時はもう少し大きさがあった気がし、首を傾げた。覗き込んだ先にはただ闇が広がり、重々しいような禍々しいような空気が流れて見える。そっと手を突っ込んでみると生暖かい空気が纏わりつき、思わずその手を引いた。瞬間、穴は一回り小さくなり、水晶の身長以下となる。
「……なんか穴、小さくなってきたみたいけどヤバイんじゃない?」
「――!?」
 その声に武彦を除いた三人が一気に椅子から立ち上がり水晶の方を見た。完全になくなるまではまだ時間は有りそうなものの、穴は確かにゆっくりと縮小している。しかし元よりそこにあるべき物ではない空間の歪ともいう穴。それが桂が通り抜けた後数日間残っているだけでもありがたいのだろう。
「俺、行っちゃうよ?」
 皆を振り返り水晶がその穴に足を突っ込むが、その行動は遥か遠くから聞こえる声に静止させられた。
「ちょっと待ちなさい!!」
 言いながら麗香がヒールを鳴らし足早に近づいてくる。
「桂から聞いたのだけど、その向こうはありとあらゆる場所が交差する場所らしいわ。進んだ先に必ずしも出口があるとは限らない……ただ道自体は消えることなく残り、桂が通った穴は全てこの穴と同じ速度で縮小しているはずよ」
 全て言い終わる頃に麗香は脚を止め、武彦の襟を掴むとその耳に何か囁いた。同時に武彦の顔色が変わる。
「……俺行くよ」
 その一部始終を見守ると水晶は足を突っ込み中へと消えていく。

  闇が ゆっくりと体を包んでゆく――…‥

 一瞬前の前が真っ白になったような感覚。しかし目を開けるとそこは確かに薄闇の広がる狭い道。
「へぇ、此処からして楽しそうだねー」
 そう、高鳴る胸の鼓動を今はまだ抑えたまま水晶は辺りを見渡した。外からも感じた不思議な気配。そっと心を研ぎ澄まし、水晶は確信し頷いた。
「人の気配が……全く無い?」
 寧ろこの空間そのものに生きるものが存在していない。ただ有るのは重い空気のみ。空気が薄いのとは違いまた息苦しい。
 自分の周りを一通り見てみるが、今自分が入ってきた穴が見当たらない。閉じるにはまだ早い筈だった。
「どういうことだ?」
 しかし首をかしげ前に視線を戻したその時、突然後ろから肩を掴まれた。
「――っ!?」
 振り向くと同時、左手から抜刀しかけたその右手を下ろし「なぁんだ」と僅かに笑って見せた。そこにはシオンの姿がある。全く気配を感じなかった。たった今突如後ろに現れたかのように。
「あまり遠くに行かないでくださいね? 最初は出来るだけ一緒に行動しましょう」
「……わかったよ」
 少しの間を置き頷いた水晶に、シオンは満足そうな笑みを浮かべ手帳を開く。
「それは?」
 問いかける水晶に、シオンはそのページを彼へと向け見せた。それは方眼の入った手帳の見開きページ。
「複雑そうなので通った場所をチェックしていこうと思い。後地図を」
 出したのはこの付近の地図帳。小さいながらも武彦が言っていた半径五十km圏内は軽く載っている。
 感心そうに水晶がその地図を覗き込んだとき、シオンの後ろから武彦が現れ続いてシュラインが現れた。
 改めてこの空間と元の空間は繋がっているものの、歪んだ繋がり方だと言うことが良く判る。実際今二人は何も無い場所から突然現れたからだ。
 そして更にその後ろから最後に滑り込むように緋赤が現れる。
「お待たせ、もう入り口閉まったから先進むしかないね」
「俺先頭で行くよ。もう待てないからね」
 言うや否や水晶は先を急ごうと一歩進む。結局順番は入った順に水晶、シオン、武彦、シュライン、緋赤と続いていた。しかしそんな先頭の声をシュラインが制止させる。
「少し待ってくれないかしら、すぐ終わるから」
 言いながらシュラインは化粧ポーチから一本の口紅を取り出した。
「それは?」
 後ろから興味深そうに緋赤が問い、シュラインはしゃがみ込むと同時に応え口紅の中身を半分ほど出す。
「見ての通りの口紅だけど、これをね……」
 言いながら口紅で数字の1を、そしてその横に白王社のロゴを器用に描き立ち上がった。その意図にシオンが笑みを浮かべた。要するにそれは道標なのだ。自分たちは勿論のこと、この様に書けばもし桂が見つけたとき関係者が通ったと認識するだろうと。シュラインは手にしていた口紅をポケットに入れると先頭の水晶に声をかける。
「さ、もういいわよ」
 しかしそのたった一言が終わる前、水晶はもう先を歩いていた。

 どれほど代わり映えの無いこの道を歩いているのか……景色も無く左右からは圧迫感、挙句漂う重苦しい空気に時折息が詰まりそうになる。足音さえ響かぬ道、薄闇という中影すら生まれぬこの場所。危険という危険は何も無いものの、逆にそれが恐ろしくもなる。
「……なんかたくさん穴あるケド?」
 やがて先頭を歩く水晶が声にすると一同は辺りを見渡した。何時からなのだろうか、辺りには無数の穴が開いている。壁は勿論、何も見えなかったはずの天井にさえぽっかりと青空が映し出されたような穴。大きさも大小さまざまで、今尚消えようとする穴もあった。
 あまりの光景にシュラインはすばやく口紅を出し番号とロゴを描く。いずれまた此処に戻ってこなくてはいけない機会があるかもしれない。その前のほうでシオンも手帳に印をつける。
「しかしこれは……随分突然ですね」
「うっわ、向こうに人歩いてるよ! でもこっちには気づいてない?」
「ちょっと!? 危ないから不用意に穴を覗き込まない方が……」
 皆それぞれが穴に気を取られ、一気に五人の立つ間隔が空いた。
 瞬間
「――っ!?」
 ぽっかりと、地が消える。それは突然に――…‥

    □■□

「痛っ……な、んだ?」
 どこかに落ちたらしく、水晶は尻餅をついた腰を上げ辺りを見渡した。今まで居た場所とさほど変わらないと思う。しかし変化は多くある。
「四人の気が遠くなった? いや……感じないのも居るか」
 今まで共に居たはずの四人の気を探るが、水晶は緋赤の気しか探り出すことが出来なかった。感じないというのは恐らく距離のせいではなくこの空間自体の問題かもしれない。同じ空間に居ればまだしも、三人は穴からどこかへ出たようだった。
「ま、いっか。だらだらとニンゲンと一緒に居るのもヤだし、どうせその内合流できるでしょ……」
 元より別行動を望んでいた分、それがこういった形で早くも叶ったのは願っても無いことだ
「さて、と」
 一人呟き、先ほどまでとは全く違う歩調で一人歩き出す。歩幅も大きく速度も速い。しかし通る道に穴さえあれば何構わず覗き込み、その向こうに何か居ないか確認した。何もないと次へ、そして次へ……それを一体どれほど繰り返してきたか。それほどに穴は多く存在し、あらゆる場所に繋がっていると思われた。
 おまけに言うならば例え隣同士の穴があろうとも、それは此処から真北と真南に繋がっているということ。それは覗いた向こうの景色で察したことだ。もしこの性質を活かし通り魔が犯行を行っていたら――それは今現在起こっている事件の範囲的には有り得ない事だが、もし今後そうなることがあれば――被害が拡大する所ではなく捕まえることも難しくなる。
 この空間全体も決して狭いものではない。おまけに此処自体歪んだ場所でもある。理屈通りにはいかないことばかりだ。
「キリがない……ちょっとアピールしてみるかな? 相手が感じ取ってくれればいいんだけケド」
 言いながら水晶は体中から殺気を放つ。それはこの空間の空気と交じり合い、この辺りの空間を一層歪ませる。目の前にした穴は拡大や縮小を繰り返し、新たな穴すら開き始めた。しかし次の瞬間水晶の集中力が欠ける。
「あ…れ、あいつも外出たわけ?」
 緋赤の気までもがこの空間から無くなり、辺りには自分ひとり。桂らしい気配も感じない。その分見知らぬ気が近づけば感知しやすいと言うのも確かだが、此処に一人取り残されるのはなんだか良い気分ではない。
 そう思考を巡らせた後、水晶は小さく頭を振るともう一度集中した。
 通り魔が能力者を狙っているというのは何かしらを感知しているのだと思う。ならば此方からおびき出せば良い。
「……来いよー、お前の求める能力者だよ」
「――――」
 僅かな空気の揺らぎ、迫る二つの気。一つはとても弱々しく、もう一つも決して大きいとは言えないが今までに感じたことの無い気を持っている。複数の気が交じり合っているのだ。確かにそれは一人のはずなのに、まるで何人もの人間が……一つになってしまったかのように。
「……なっ、んなんだ!?」
 そしてその二つの内弱々しい気が近づくと同時、足元にぶつかり声を発する。
「っぅ…?」
「まさか、桂?」
 薄闇に包まれた足元、その中で浮かび上がるような白い上着。それは所々赤や黒に汚れ破れ、ただ事ではない。
 すぐさましゃがみ込み、水晶はその顔を確認した。
「やっぱり……」
 シュラインの推測が当たってしまってしまい水晶は舌打ちする。
「相手次第だけど……こんな狭い道でこいつ守りながらはちょっと難しい、かな?」
 今回の件が依頼である以上桂の安全を確保し皆と合流、そのまま編集部と武彦へと報告する必要がある。戦い倒すことはその後でも十分間に合うはずだった。
 水晶は左掌をジッと見つめた後横たわる桂を抱えると、すばやくバックステップで間合いを取った。相手はジワジワと迫ってくるものの、襲い掛かってくる気配は無い。
「悪いけど、すぐ戻るから少し待っててね」
 そう言い抱えた桂をそっと下ろすと、水晶は桂を飛び越え元の場所へと戻る。
「来るならとっととおいで。今度は俺が……お前の相手になるよ」
 笑みを浮かべ挑発するように。
 相手が動く気配。そして目の前に浮かび上がる赤い眼。
「――血を」
「……やっぱりおかしい。どうして一人から五人もの気を感じるかな?」
 感じとれる五つの気はどれも知らぬものだが、内一つは今目の前にしてる者の気。しかしその者の奥に強い四つの気がある。
 思わず左手を構える。同時、目の前の眼が見開かれた。
 来ると思った瞬間、予想外の速度で間合いが詰められる。水晶の動きと同等、若しくはそれ以上。
「っ、冗談でしょ!?」
 目と鼻の先に立つ黒い姿。その体を包んでいる漆黒のマントが揺らぎ、そこから伸び出でる手が空気を裂いた。
「ちっ……!!」
 完全に避けたはずだったがはらりと音を立てた上着。それに気をとられる間も無く、水晶は右手を左手へ添える。眩い光が辺りを包むと同時、後ろから加わる鋭い衝撃。刀を完全に抜く間も無く下がる両腕、崩れる膝。体中が急速に麻痺していくのを感じたが、かろうじて首は後ろを向く。
 そこには今目の前に居た黒い姿の者と同じ背格好の者が居る。そして、目の前の気配が消え水晶は苦笑いを浮かべた。
「毎度こんなことされてちゃ……怪我人もでるってもんだね」
 体中を何かが駆け巡っている感触。それが麻痺の正体なのかどうかは今一判らない。ただ首からじわりと流れ出る暖かな血液は、逆に水晶を冷静にさせた。
「(やっばいなぁ……)」
 心の中でそっとぼやくと神気を体に巡らせた。本来は防御に使うことが多いが、今は体内に侵入した異物排除と止血に十分役立つ。
 回復に集中している間、敵は水晶に背を向ける形で桂の衣服を漁っていた。まるで何かを必死に探すように。しかしそれが見つかったのか、立ち上がると今度はただ左掌を見つめ――…‥
「っ!? 冗談も、程々にしてくれないかなー?」
 その手の中から水晶が持つべく筈の日本刀を抜き出した。その刀の姿形は勿論、その者が今その身に纏う気さえ……水晶と同じものだった。そして漆黒のマントから僅かに覗く銀髪……姿まで変えている可能性がある。
「――我、最弱にして最強也。そなたの能力、確と貰い受けた」
 赤い眼が確かに笑う。それと同時、その姿は突如消え失せた。暫しすると敵の気はこの空間から完全に消え失せ、辺りを静寂が包み込む。
 ようやく体の自由も利き始め、恐る恐る右手を左掌に添えてみた。
「……俺の能力自体は健在、ね。という事はある種能力のコピーかな?」
 そうなると一人から無数の気を感じたのも納得出来なくは無い。
 そう思考を巡らせている内一つの気に気づく。同時に近くから聞こえる声。床を這うように桂の側まで行く。
「――そこに居んのは古田?」
 声をかけるとやはりそこに居たのは緋赤だった。恐らくこの近くに穴が開いていて戻ってきたのだろう。
「ちょっ、……あんたまで、どうしたの? あ、でも血は止まってる?」
「それよりも、早く他の三人と合流しないといろいろ厄介そう」
 言いながら水晶は体を起こす。
「確かに。こっちの情報もみんなに知らせたいし」
 二人顔を見合わせ頷くと、桂を抱え一先ず穴から外へと出ようとした。
「……お二人とも此処に!?」
 その穴から突然シオンの姿が現れ、思わず安堵の胸を撫で下ろす。
「今シュラインさんも一緒で、草間さんは犯人を追っています。一先ず……外に出ましょう」

    ■□■

「事件を…まとめるわよ」
 病院ロビーの一角、四人はソファーに座り顔を上げた。
「桂さんは大事に至らず軽傷。風邪のせいで熱はありますが、すぐ退院できるとの事ですね」
「あたしの方はメール資料を紙で貰ってきたよ。ついでに渡しておくから良ければ使って」
 言いながら緋赤は数枚の紙が束となった資料を配る。
「俺は通り魔と思われる奴と接触したよ。まぁ逃がしちゃったケド……代わりに相手の能力が断定できた。あんまいい事じゃないけどね」
 水晶の台詞に三人の目が集まった。
「推測だけど、吸血によって能力のコピーをするみたい。実際俺首噛まれて能力盗まれたから」
「えっ!?」
 なんでもないように言う水晶にシュラインが思わず声を上げた。
「あぁ大丈夫、俺の能力はそのままだし、吸血の際何か体内に入れられたけど排除したから。ただ抵抗できないとアレはどうにもなんないね」
「なんだか、吸血鬼と蚊を足して割ったような能力ですね」
 メモを取りながらシオンが苦笑いを浮かべる。
「で、桂を救出したは良いけど肝心の依頼主はどうなの?」
「それが……さっき麗香さんに連絡したら武彦さんに通り魔確保のお願いをしていたみたいでね」
 緋赤の疑問にはシュラインが答えを出す。それは穴に入る少し前に耳打ちしていたあの状況。
「桂くんを見つけても事件解決しなければどうのって言ったらしくて……」
 その言葉のお陰で武彦は今数十km先の町を走り回っているはずだった。
「……あたしは一回戻るよ。ただこの事件から身を引くつもりは無いから、何かあれば又会うかもね」
 言うと緋赤は立ち上がり皆に背を向けた。それに続き水晶も立ち上がる。やがてシオンにシュラインもロビーを離れていく。

 しかし桂の救出、それはまだこの事件の序章でしかなかった。
 この事件は次第に全国区へと拡大を見せていく。

 [続..]

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 [0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員]
 [3356/シオン・レ・ハイ/男性/42歳/びんぼーにん(食住)+α]
 [3620/ 神納・水晶  /男性/24歳/フリーター]
 [4047/ 古田・緋赤  /女性/19歳/古田グループ会長専属の何でも屋]

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、新人ライター李月です。このたびはご参加ありがとうございました。
 結果的に無事桂を救出となりました。調査の仕方によって得た情報や体験が全く違っています。
 お時間が許す限り、他のも見ていただければ各地で起こっていた出来事の全貌が見えてくるかと思います。
 しかしながらまとまり無く長くてすみませんでした。少しでもお気に召していただけてれば幸いです。
 また、調査資料は全員配布されておりまして…以下に重要事項抜き出しがありますのでよろしければどうぞ。
 加えまして何か不都合などありましたらレターにてお知らせください。
****************ここから****************
 昨日までにそれらしき事件は二十三件。被害者は三十一人。
 被害者は男性十五人、女性十六人。能力者以外の共通点なし。
 死亡者ゼロ、軽傷二十六人、重傷五人。重傷の内四人は重症患者扱い。
 現場状況も場所により様々で共通点は特になし。しかし重症の四人だけは現場が血に染まっていたと言う共通点有り。
 軽傷者に関しては擦り傷切り傷から軽い捻挫程度まで。時刻は昼夜問わず、一度襲われたきりで次は特にない。
 重傷者はその結果が酷いケースに当たる。一人しかいないが骨をほぼ粉砕。
 重症者は血が極端に失われ貧血状態。現場に残された血液量とは一致しない。
 加えて首に噛み付かれたような二つの傷跡が共通。
 重症を負った男女四人は現在も入院中なものの、謎の高熱にも侵され院内では検査が進められている。
 容体さえ安定していれば入院患者との面会は可能。
****************ここまで****************
【神納・水晶さま】
 初めまして、プレイングありがとうございました! この年代の男性書くのは大好きで、楽しく書かせていただきました。
 しかし突然こんなに長いものですみません…自らも自己記録を更新..。
 口調や行動など、大丈夫だったでしょうか? 能力をコピーした通り魔が呟いた一言は本性を意識しております。
 抜刀後神気を込める=本性で考えているのですが食い違いや古めかしさに問題があり、
もし次回後編のご参加がありましたら事前、若しくは一緒にご指摘ください。

 現在別グループも動いているため、後編は早ければ11月29日PM23:30以降、
遅くても12月2日同時刻には開く予定です。
 今回ご参加の方で、既に窓が閉まっていた場合ご連絡頂ければ開けますのでお申し付けください。
 それでは又のご縁がありましたら…‥
 李月蒼