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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


□■□■ 狭間の社 ■□■□



「……はぁぅ」

 昼休みのオフィス、溜息を吐いた三下忠雄は自分の手にある資料を眺める。

「なんで僕ばっかりこんな怖い目に遭わなきゃ、なんですかぁー……それこそ怪奇現象心霊現象じゃないですか……ウチに戻っても針のムシロ……うぅぅ」

 しくしくしく。

 彼の手の中の資料を覗き込むと、『狭間の社・調査命令』というタイトルが見えた。
 オフィスビル街、ビルとビルの間――文字通り、狭間にある神社の調査命令らしい。いくら辺鄙な所にあっても、ただそれだけではあの碇が調査を命令するはずは無いだろう。目線を落とし、更に続きを見れば――夜な夜な、その周辺で奇妙な体験談が続出しているらしい。

 曰く、ホームレスがビルの間に引き摺り込まれるのを見た。
 曰く、変な動物が一斉に散らばっていくのを見た。
 曰く、死体を食う音が聞こえる。

 都心、しかもオフィスビル街に無理矢理立てられている神社。それほどまでに需要のある封印、もしくは結界。つまりそういうものなのだろう。確かに目撃談からは穏やかな様子は感じ取れない、人一倍怪奇現象が苦手な三下の憔悴具合も判るというものだ。
 仕方ない、溜息を吐き、ぽん、っと三下の肩を叩く。えぐ、と鼻を鳴らしながら情けない顔の三下は振り向いた。
 そして捨て犬のような必死さで訊ねる。

「て、手伝ってくれるんですかっ!?」

 ま、仕方なく。

■□■□■

「今にも死にそうな顔をしているから、リストラ宣告でも受けたのかと思っちゃいましたよ?」
「それもそう遠くない日になるでしょうね。退職金無しで放り出すわ」
「ひ、ひどいでしゅよ、編集長ッ!!」

 涙と鼻水でべしょべしょの顔をタオルで拭く三下に、空木崎辰一は苦笑を向けた。まったく、どこまでもヘタレな男だ――とは思っても、口にしてやらないのが優しさである。ごろごろと定吉の顎を撫でながら、彼はデスクに向っている碇の手元を覗き込んだ。そこには三下に与えられた調査書類の控えがある。

「それにしても、狭間の社――ですか。また嫌な名前ですよ、それは」
「ん? どういう意味かしら」
「狭間とは言うのは境界のことですからね。あちらとこちら、そちらとどちら、どこかとどこかの間と言うことです。名前に引き寄せられるものも結構ありますからね――」
「ふむ。言霊信仰ね」
「そんな感じです」

 ぱさ、と碇は書類を落とす。その音に肩を震わせたのは三下だった。慌てて眼鏡を拭き、それで顔を隠すようにする。じろりと碇の視線が彼を貫いた――曰く、go away。
 さっさと調査に行け。
 あー、と辰一は軽く唸った。ここで放置すれば自分は殺人幇助罪、碇は殺人罪、三下は被害者のM氏になってしまう。こんな時に来たのが運の尽きだったのか、苦笑混じりに彼は三下を見る。僕の人生って一体なんだったんだおかーさん田舎でリンゴもいでた方が良かったです、ぶつぶつと聞こえる言葉は無視しておこう。何を突っ込んでも無駄なのだから。

「僕がお手伝いしますから、ね? 張り切っていきましょうよ三下さん」
「僕の人生はもう終わってりゅ……」
「まずは聞き込みに行ってみましょうか。OLさん達もそういう噂は好きそうですし、近辺のホームレスに尋ねてみるのも良いと思いますよ」
「先立つ不孝をお許し下しゃい……」
「……旦那、このにーちゃんえらいんとちゃう?」
「何も言うな、何も……それじゃあ行って来ます、碇さん」

 ドアが開き閉じる。ふぅ、と溜息を漏らした碇は、そっともう一枚の資料を机から取り出した。
 実際に社近くで見付かっている死体の数のグラフである。例年ならば冬場に浮浪者の凍死が数件確認される程度だが、今年は違う。秋口から数日に一人二人のケースで惨殺死体が見付かっているのだ。しかも決まって深夜である。周囲に緘口令は布かれているが――それに従うアトラスではない。

「ま、生きて帰ってくるでしょ、多分」

 さり気なく何より怖い編集長だった。

■□■□■

「え、社? い……いいえ、知らないです」
「そうなんですか? あの、些細なことでも構わないので――」
「すみません、急いでいるので」

 小走りに駆けて行ってしまったOLの背中に、辰一は首を傾げた。どうしたことか、先ほどから声を掛けるまでは上手く行っても話題を社にすると逃げられてしまう。この分では三下の方も成果は芳しくなさそうだ、ぽりぽりと彼は頭を掻いた。一帯の会社が、もしくはその上が何か口止めをしているのか――展望を立てるためにまずは聞き込みをしようと思ったのだが、これではそう期待は出来そうにない。小さく鳴きながら足元に摺り付いてくる定吉を抱き上げて、彼は溜息を漏らす。
 聞き込みを始めて二時間、収拾出来た情報はほぼゼロに等しい状態である。ここらでビル街は切り上げ、近くの駅にたむろしている浮浪者達に話を聞いた方が早いだろうか? 三下との待ち合わせまでは幸いまだ間があるのだし。

「なぁ旦那、聞き込みは期待出来んのとちゃうかー?」

 足元の甚五郎も同じ事を考えたのか、そう声を掛けてきた、うん、と生返事をして辰一はゆっくりと脚を進める。別にあてがあったわけでもなく、ただ道の真ん中に立ちほうけているのも怪しいと思ったまでのことだった。てこてこと脚を進めながら、甚五郎は続ける。

「アレや、ホームレス達に聞くか、社自体に行ってみた方がエエのちゃうか? 第一ホンマにその社に何か妙なものが憑いてるかどうかも分からんのやろ」
「いや――何かあるのは事実、だと思うかな。だから彼女達の口を閉ざしているんだと思うし。それが物の怪の類なのか、生身の人間なのかは分からないけれどね――ほら、昨今は変態性質の犯罪者も多いから」
「せやし、生身の人間やったら緘口令なんか布かんやろ」
「ん……やっぱ布かれてるのかな」
「明らかに不自然やしな。それに、そういう『対処できるもの』やったら、むしろ危ない言うことをしっかりアピールするもんとちゃうんか?」

 もっともな意見である。
 バス停のベンチに腰を下ろし、辰一は息を吐く。碇のことだ、きっと三下に知らせていない情報が何かあるのだろう。そしてそれは同時に、自分にも知らされていない。まったく狡猾な女性だが、好感は持てるタイプなのだから――不思議なものだ。
 仕方ない、三下と共に踊らされてやろう。
 膝の上によじ登る甚五郎を抱き上げ、辰一は苦笑した。

「ねぇ、そこ、危ないわよ」

 淡白に掛けられた声に、辰一は顔を上げる。
 そこには紺色のスーツに身を包んだ女性が立っていた。
 ビル街なのだからOLが居ても何も不思議なことはないが、ベンチに座っている相手に危ないとはなんだろう? まさかペンキ塗りたてだったか? 慌てて袖を見てみるが、その様子はない。見ると、女性は少しおかしそうに苦笑を浮かべて見せた。道化てしまっただろうか、はは、と乾いた笑いを浮かべて辰一は女性を見上げる。
 見たところ彼女は一人のようだった。時計を見れば、もう昼休みの時間は過ぎている。早引きか出先に行く最中なのだろうか? 女性はとん、と彼の隣に腰掛け、定吉の頭を撫でた。みゅ〜という気持ち良さそうな声が響く。

「こんな所に一人で居ると危ないんだからね。綺麗な子は狙われやすい」
「……断っておきますけれど僕は男なのでその辺りよろしくお願いします」
「あらら。スレンダーだと思ったら男だったのか、それは悪かったかな」

 くすくすと悪びれずに女性は笑う。
 どうやら自分を心配してくれたらしい。辰一は苦笑しながらも、それ以上のことは言わなかった。女性は膝の上で定吉をじゃれさせながら、彼を見る。

「見たところ会社勤めさんじゃないよね。どうしてこんな所に? 何にも無いよ、この辺りは」
「ちょっとした仕事で調査をしていまして」
「調査? ふぅん……もしかしてあの社のことかな」
「――『狭間の社』の事ですか?」
「うん、そう」

 ごろごろ。
 定吉が喉を鳴らす。

「……聞き込みをしていたんですが、皆さん口が堅いんですよ。やっぱり会社ぐるみで緘口令でも布いているんですか?」
「まあ企業イメージがあるからね。近くでそんな物騒な事件があったってのは言いたくないらしいって言うか。あほらしいけれど」
「貴女は?」
「ん? そこの会社のOLさんだよ。現在お使い帰り。バイク便が事故ッた所為でね」
「いえ、そうじゃなくて――どうしてそんなこと、教えてくださるんです?」

 女性は視線を伏せた。辰一はその横顔を見て気付く――薄い化粧の奥、彼女の眼の下に濃い隈が浮かんでいることに。
 彼女は、もしかしたら、あの社に――?

「この前、社の近くで変死体が発見されてね。まあこの所多かったんだけど。それ、私の父親だったんだ。リストラされてから家を出て行方不明だった。私の会社の近くに居たって事は、多分心配して私の様子見てたんだろうね。だからあんな所で殺された。いやあ、中々にズタボロだったよ。内臓が酷いことになってたらしくてね。腹が食い破られて、縫合できなかったって。葬式は臭かった」
「――そんな、」
「いや、別にそんな悲壮な顔しなくてもいいよ。だた私も自分の近くでそんなのがあると落ち着かないからね。もし解決してくれるなら、そうして欲しいな、と。それだけ」

 彼女は立ち上がる。ベンチに定吉を下ろし、軽く撫でた。
 そしてその指で、一つの路地を指差す。

「そこだよ。それじゃあね」

 コツコツとパンプスの音を響かせて、女性は去っていく。
 辰一は彼女がどの会社に入っていくのかを確認した後で、路地に向った。

 薄暗い、そこ。嫌な気配があるのか、ないのか――湿った空気が誤魔化してしまってそれを認識できない。足元で定吉が小さく鳴く声に、彼は頷いて見せた。小さな脚を進めて――式神は、止まる。

「旦那。居るで、これは」
「そうだね――」
「三下はん呼んだ方がエエのと違う? 一応スクープは取らせなかんねやろ?」
「どうせすぐ失神しちゃうだろうから、良いんじゃないのかな。しかし碇さんも人が悪いな――噂じゃなく、しっかり人死にが出てるんなら言ってもらわなくちゃ困るじゃないか」
「旦那の腕ぇ信用しとったんやろ」
「どうだかね」

 とん、と辰一の腕から甚五郎が飛び降りた。
 みゃあ、と定吉が知らせる。
 彼は。
 懐から出した符を、空に向けて撒いた。

 ひらひらと舞っていた符だが、辰一が指先で印を組むと一気に散らばる。四方――正しく東西南北に配されたそれは、僅かな雷光を発した。空間は隔離される、結界とは元々ある場所を現世から切り離すものなのだ。応用としてこういう使い方も出来る。ぶる、っと甚五郎の身体が震えた。毛が逆立ち、ゆっくりと斑の模様を失っていく――白銀の体毛を、取り戻していく。

「少し狭いから、本来の力は出せないかもですが――」

 目を眇めて辰一は足を一歩踏み出した。その手には別の符が握られている。常時複数の符を携帯しているが、滅多にそれを活用した事は無い――恐ろしいのは生身、生きたものだ。そう、この気配のように。

 路地の奥には、小さな鳥居が見えた。子供がやっと潜れるかどうかと言う程度の些細なものである。その奥には木造の、やはり小さな社があった。本来そこに満ちているべき清浄の空気はなく、穢れた気配ばかりが流れている。血のニオイと、腐った肉の香り。在るべきで無い物が、空間に満ちている。
 注連縄は、切れていた。
 垂れ下がる御幣は、黒く染められていた。

「狭間――か。言葉と土地に寄せられて、有り得ない世界と繋がりやすくなっていたんでしょうね。それを抑える為にこうやって社を奉っていた、けれど、それは――途切れてしまった」

 あるいは。
 人間が自らの手で断ち切ったか。
 こんな所に追い込んでいれば、手も回っていないだろうから。

「ただ、殺しは良くない。とても、それは、良くないですよ――顕現しなさい。ここは閉じられた、もう出られない。僕を打ち倒さない限りは」

 小さな社が揺らめく。
 ギシギシと木の軋む音が響いた。ぐるぐると渦巻く黒い瘴気、腐臭が鼻腔を擽る気配が気持悪い。少し顔を顰めると、甚五郎が身体を少し揺らせて見せた。辰一を庇うように、路地に立ち塞がる。辰一はそっと、甚五郎の――銀の獅子の毛並みに、符を打った。
 それとほぼ同時に、社が弾ける。木っ端が宙を舞い、中からは小さな黒い影がわらわらと出て来た。ネズミのような大きさのそれが、何十何百も溢れてくる。家庭内害虫を連想させる動きでそれは一面に散らばり、立ち塞がる彼らに向けて突進してきた。

 だが狭い路地の事、向ってくる方向は限られている。
 そしてそれが突進してくるということが分かっていれば。
 対処は、容易い。

「伏して願う、故に出でよ――司るは東の地、満ちたりしは日の力、煌き閃き永久にあれやと祝いの言葉に紡がれろ!」

 大きく跳ねた甚五郎を見上げて群れが止まる、それに向けて雷撃が放たれる。壁を走っていた者たちもぼたぼたと地に落ちた。さらに第二撃が襲い、その姿が溶け出す。とん、と地面を蹴り、辰一は跳躍した。ビクビクと痙攣する群れの真ん中に立ち、符をばら撒く。印を組めばそれは、彼を中心に円状に広がった。

「自分の世界に帰りなさい。そして裁かれろ――二度とこの狭間を伝うな」

 門が開く。
 辰一が眼を閉じると、彼の周りに浮かんでいた符が一斉に地面に向った。それは沈み、同時に地を這っていた妖物達も吸い込まれていく。地の底に帰って行ったのだろう。それは、あるべき場所への帰還だったのかもしれないし――地獄、と呼ばれる場所への葬送だったのかもしれない。
 辰一は、目を開けた。

 結界は閉じられ、甚五郎も猫の姿に戻り、残ったのは壊れた社だけである。何も無かったかのようになっているが――殺された人間は戻らない。
 仕方の無いことだが、少し気が滅入った。

「あぁっ、空木崎さんっ!?」
「ん? おや、三下さん――」
「ど、どうしたんですこれ、社壊れてるじゃないですかっ!?」
「編集部で立て直してください、僕も手伝いますから。もう終わりましたよ」
「……僕、今回は死なずに済んだんですか?」
「そうですね」
「……良かったぁ」

■□■□■

「ま、社の再建代は三下君の給料から引いておくけれど――随分スピード解決だったんじゃない? 行ったその場で、なんて」

 碇の言葉に辰一は苦笑して見せた。足元では猫達がじゃれ周っている。
 アトラス編集部のデスク。ちなみに三下は突撃取材に行っているらしい。また死にそうな顔をしていたが、着いて行く前に碇に呼び止められてしまったのでは仕方ない――彼は、窓を眺めた。ただ空が広がっているばかりで何も無い。

「少し、気が立っていたのかもしれません。僕はあまり人死には好きじゃありませんから」
「それは誰だってそうだけれどね」
「それより、被害実態を教えてくれなかったのは酷いですよ。お陰で無駄な手間もありましたし」
「三下君に教えたら絶対行かないと思ったんですもの。ま、とにかくご苦労様。少し休んでいってくれて構わないわよ」
「いえ、ちょっと行きたい場所があるので」
「ん?」

 あの時の彼女に、せめて報告をしよう。彼女には知る権利があるのだし。
 辰一は猫達と連れ立って、編集部を後にした。




■□■□■ 参加PC一覧 ■□■□■

2029 / 空木崎辰一 / 二十八歳 / 男性 / 溜息坂神社宮司

■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 初めましてこんにちは、ライターの哉色と申します。この度は発注頂きありがとうございました、早速納品させていただきます。猫連れという設定が激しく可愛かったので、猫達が若干多めとなっておりますが(笑) ちゃんと表現出来ているかこっそり心配です; ともあれ少しでもお楽しみ頂けていれば幸いです。それでは、失礼致しますっ。