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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


[ 弱者の強さ(前編) ]


 その日草間興信所のドアを叩いたのは、月刊アトラス編集部編集長である碇麗香。
 入ってくるなりソファーに腰を下ろすとその美脚を組み、出されたお茶に口を付け……一息吐くとここの主である草間武彦の話など聞かず話し始めた。
「社員のことは社内でどうにかすることだろ? うちに持ちかけられてきても困る」
 言いながら武彦は煙草に火を点ける。此処最近の金欠を示している、味は今一だが一番安価で買える煙草だ。
「確かにそれはあるわ。けれど今みんな出払っているし、あの子に少し危険な仕事を任せたのは確かだから…ここまで、判るかしら」
 言われて武彦はただ頷く。
「あの子、慌てると周りが見えなくなっちゃうから今何処にいるかなんて予想はつかない。それでも、探して欲しいの」
「ずっとコレの繰り返しをするつもりで?」
 言いながら煙草の煙を吐く武彦は、もうかれこれ同じやり取りを二時間続けていることに疲れを感じていた。
「えぇ勿論。あなたが首を縦に振るまで」
「よほど暇なのか……社員想いなのか」
 小さく呟いた武彦の声が麗香に届いたかは判らない。ただ彼女はもう一度武彦を見、組んでいた脚をようやく下ろす。
「探してくれないのならば、うちの雑誌に此処の記事載せるわよ?」
 ガタッ!!
 瞬間武彦は椅子から立ち上がり、顔色を変えた。
「そ、それは止めてくれ!! これ以上怪奇依頼を持ってこられてたまるかっ」
「ならば……桂の捜索、お願いできるかしら? あの子が開けた穴がまだ僅かに残っているわ。出来るだけ早くうちまでいらっしゃい」
 そう言う麗香を傍目に武彦は慌てて電話帳を探す。勿論早々にこの依頼を解決してくれる人物を探すため。
「それじゃあ先に帰るわね」
 ソファーから立ち上がった麗香に武彦が少し顔を上げた。
「ところで、桂に頼んだ仕事って? 一応知っておけば探しやすいし、それ次第ではお前たちの調査を半分肩代わりも当然だと思うんだが」
 言われてドアの前に立った麗香は、武彦には背を向けたまま少しばかり天井を仰ぐ。そしてため息を一つ。
「此処最近この辺りで通り魔が増えてるのは知ってるかしら?」
「あぁ、無差別に老若男女問わず襲われてるってアレだろ? 酷いので重症負う様な犯行だとか」
 武彦の言葉に麗香はそのまま首を横に振る。
「あれね、無差別でなく共通点があるのよ」
 そう言うと、麗香は僅かにヒール部分を武彦から逸らす。その横顔とはいえないが、僅かに見える顔が強張っていた。
「共通点?」
「全ての事件が重症程度で済んでいるのは、能力者が狙われてるからなの。一応……あなたたちも気をつけてね」
 それを最後にドアが閉まる。後に残ったのは武彦と、奥で何かガタガタ作業を続ける草間零のみ。
「結局……ある種怪奇事件の延長線なんだろうなぁ」
 そして武彦は小さく項垂れた。

    ■□■

「連れて来たぞ」
 武彦の声に机に向かっていた麗香が顔を上げる。編集部には珍しく麗香一人の姿しか見受けられなかった。昼休みということもあり人払いをしたのかもしれない。
「四人ね、来てくれて有難う」
 言うと麗香は作業の手を止め椅子から立ち上がり、武彦の後ろに立つ四人に目を向ける。
 右からジュジュ・ミュージー、幾島・壮司(いくしま・そうし)、我宝ヶ峰・沙霧(がほうがみね・さぎり)、葛城・ともえ(かつらぎ)――皆武彦から桂捜索と背後の事件を知らされ、数分前に編集部前で合流。
 麗香は小さく頷くと、編集部の隅に並ぶロッカーを指差した。
「早速だけど穴は桂のロッカーの中。もう大分小さくなってきてるから、早く頼むわよ」
 そして麗香は踵を返す。残された五人はそっとロッカーに目を向けた。開け放たれているロッカーの突き当たり、そこには確かに黒い穴がある。
「と、言う事だが。どうする? ……つうか凄い荷物だなお前は」
 その台詞と武彦の視線を始めとし、皆の視線がジュジュへと移動した。
「……ミーのことデスカァ?」
 きょとんした表情で自分自身を指差したジュジュは、足元の荷物と手持ちの荷物を見渡し「そんなコトないデスよ」と笑って見せた。大きなバスケットにぶら下げた拡声器に鼠の入ったかご。確かに両手は一杯になるが、普通に考え持ってきたものだった。
「まぁ、備えはあるに越したことないだろ。いいんじゃねぇの?」
 ジュジュの隣に立つ壮司が、そっと自分の足元にまで来ている荷物を見て言う。
「鼠まで居るんですか!? 凄いですね!」
 端から端の光景を身を乗り出し見ていたともえが声を上げた。その言葉にジュジュまで嬉しそうに身を乗り出し、やがて隅と隅で会話が始まりだす。
「あぁっ、もう良いから情報まとめましょ? このままだと穴も塞がるし、考え無しに行けばきっと二次遭難よ」
 その場を沙霧がまとめると、一同は接客用ソファーに座ることにした。武彦に関しては誰かの椅子に座り部屋の隅で明後日の方向を向いている。
「それじゃ一人一人、事前に準備してきたものもあるようだしその辺明かしておかない?」
 沙霧が切り出すとジュジュは右手を挙げ立ち上がる。
「ミーは銃に弾薬、閃光弾いっぱいありますヨ。他は食べ物と飲み物、桂の万が一に備えたお薬デス。因みに拡声器と鼠はミーの専用デスヨ?」
「攻防揃って、やっぱり凄いですね!」
 バスケットから取り出されたペットボトルや傷薬を見てともえが今度は関心の声を上げた。
「俺はもう桂のデータを貰ってるから、何事もなけりゃあの穴の中どう移動したかは判るな」
 そう言った壮司はそっと穴の方へ視線を向ける。神の左眼と呼ばれるそれを持つ彼は、武彦から今回の話を聞いた際一人早く編集部を訪れ麗香から写真と私物を入手、そこから桂のデータを入手していた。これで桂の足取りを辿れるはずであり、道に迷うことはよほどのことがない限りないということだ。
 そして沙霧の視線がともえへと移動する。
「あ、私ですか? 私の能力は……まだ制御が難しいけど、何より碇さんが困っていて、草間さんからの依頼だから、力になりたいと!」
「という事は、私と同じようなもんね」
 沙霧の言葉にともえはクエスチョンマークを頭に浮かべた。
「要するにこの四人は準備してるのと、何かあったらどうにかなるのが半々のわけよ。まぁ、桂の歩いた道を辿れるならば心配はなさそうね」
「話はまとまったのかー?」
 遠くから武彦の声が飛んでくる。
「いや、もうちょいだ」
 しかしそれを即座に壮司が否定し今目の前にした三人を見る。
「他に何かありマスか?」
 荷物を両手に立ち上がりかけたジュジュも壮司を見て不思議そうな表情を見せた。しかし同時にともえが人影に気づき顔を上げる。
「ぁ、碇さん」
 いつの間にそこに居たのか、麗香がソファーのすぐ横から四人を見下ろしていた。
「言い忘れていたのだけど、穴の向こう側はありとあらゆる場所が交差する場所らしいわ。しかも穴はああやってやがて閉じるものだから、進んだ先に必ずしも出口があるとは限らない……ただ桂の作った道自体は消えることなく残ってるはずよ。頑張って頂戴」
 言うと麗香は壮司に視線を落とし溜息を吐く。しかしその後に続く声は少し笑みを含んでいた。
「まぁ、あなたが居るならこんなの余計なお世話かしら?」
「そんなことは……ただ出来るだけ早く保護して帰ってこようとは思ってます」
 言いながら壮司はサングラスを少し押し上げる。
 それに頷いた麗香は、隅で眠っているようにも見える武彦の元へと歩み寄り、襟を掴むと耳元で何かを呟いた。瞬間武彦が椅子から勢い良く立ち上がる。何のやり取りがあったかは全く判らない。しかし、その後フラフラと四人の下へ来た彼の表情は非常に浮かないものだった。
「そろそろ……行かないか?」
 武彦の声に立ち上がる四人。そっとロッカーに目を向けると、僅かではあるが穴は先程より小さくなっている。
「あ、私最初に行きます!!」
 武彦の声にともえが挙手するが壮司に静止させられる。
「順番は能力を考慮して決めておいた。まずは我宝ヶ峰さん、俺、葛城、ミュージー、草間さんで……」
「ミーは草間サンの後ろがイイデェス」
 そうジュジュは武彦を横目で見た。
「……好きにしろ。そこが一つが入れ替わっても別に問題ない」
「私は異存無しね」
「ううっ、真ん中でも頑張ります!」
 沙霧とともえがそれぞれ納得すると、穴の前で整列する。
「じゃ、先行くわ」
 そう言い沙霧が穴と向かい合う。
「――――」
 ゆっくりと穴の中へと入る。何かぼやきながらもそれに続くように壮司が穴へ飛び込んだ。
「――――」
 そして何かに驚きながらもともえもその中へと入っていく。
「――――」
 そしてそれに続いて早々に武彦は中へと入っていった。その後姿を見送りジュジュは思わず呟く。
「皆サン……消えマシタ?」
 しかし荷物を持つ手に力を込めるとジュジュは大分小さくなってきた穴にまずは荷物を、そして自分の体を入れていく。穴の向こうは未だ真っ暗闇で、何が待ち受けているのかさっぱりわからない。
「デモ、行くしかないデスねッ」
 声に出すと同時、後ろで穴が縮小速度を上げる。穴に入るにつれ生暖かい空気が身に纏わりつく。かごの中の鼠達も声を上げている。
 闇が ゆっくりと体を包んでゆく――…‥

 荷物を守りながらも大分小さくなってきた穴を抜けるとそこは広い空間……とはいえないもの。高さは何処までもあるものの、横幅は荷物を持った状態でギリギリというところだった。おまけに薄闇に包まれたこの場所、一歩を踏み出した瞬間目の前に武彦の背を見、ジュジュは思わず悲鳴にも似た声を上げる。
「Wow! ドキドキデスね」
「揃ったみたいね、取りあえず一方通行みたいだから真っ直ぐ行けば良いの?」
 ジュジュの声を確認すると先頭の沙霧が壮司に確認を取る。
「ん、そうだ。ただ……どういうことか、所々痕跡が途絶えてるのが気になるな」
 しかし考える壮司を余所に沙霧は先を行く。
「あ、幾島さん前! 我宝ヶ峰さんどんどん先行っちゃいますよ?」
「ぁ……あ、わりぃ」
 ともえの声に上げた視線は既に沙霧の背中を捉えるか否かと言うところだった。壮司はポケットに手を突っ込むとその後を急いで追いかける。ともえに武彦、ジュジュが駆け足でそれに続いた。

 自分達が居た場所よりも生暖かく重苦しい空気が漂っているこの空間。
 行けど行けど景色は無く、時折見つけた穴も通りがてらに覗きはするものの壮司の案内のまま五人は進む。何事も無く、足音さえ響かず……他の気配や道すら今はまだ見つからない。この長い道を既に何十分、何時間歩いているのか……時間感覚が麻痺してきた。
「んっ、」
 しかし不意に立ち止まる沙霧。それに壮司も気づき足を止める。
「分かれ…道」
「どっちか判ってんだろ? さっさと進めよ」
「草間サン、急かしちゃダメじゃないデスか?」
 壮司の後ろが口々に言い、沙霧は僅かに苦笑する。しかし、振り向いた瞬間その表情は驚きの色を隠しきれない。
「どう、したの?」
 声を掛けると壮司はそっとサングラスを押し上げ目を隠す。そして沙霧に見せてしまったその表情を若干和らげ笑って声にした。
「どうしたもこうしたも、どっちの道も桂の痕跡があるな。一体どういうことやら……」
 お手上げといったところで壮司は顔を伏せるが、すぐさま後ろを見るとジュジュの名を呼び、頼む。その御指名にジュジュは言われる前に早速拡声器に手を付ける。
「悪いが、あんたの能力でこの先確認してくれないか?」
「OK! 皆サン、足元気をつけてクダサイ」
 ジュジュは返答と同時、しゃがむとかごの中から鼠を一匹取り出した。そして拡声器をその鼠へと向け……ジュジュの所有するデーモン『テレホン・セックス』を鼠へと憑依させる。同時、それまで鳴き声を上げていた鼠が途端にその声を沈め動きを止める。
「――――GO!!」
 ジュジュが短く命令すると鼠は前の四人の足元をすり抜け、先ずは右の道へと走っていく。
「あの鼠は……何ですか?」
 思わず振り向きともえが問う。反射的に武彦がその身を少しずらしてくれたため、ほぼ二人は向かい合う形となった。
「今あのネズミはミーの言い成りデス、その内……わかりますヨ」
 そして数分後、先頭の沙霧がジュジュへ向け言う。
「ねぇ、帰って来たみたいだけど?」
 そして沙霧の言うとおり鼠は何事も無く無事帰ってきたのだが……。皆から向かって左の通路から走り此方へ向かってくる。
「そういうことか」
 小さく呟き壮司が苦笑いを浮かべた。
 そっと皆の目が見守る中、ジュジュはデーモンの憑依を解除し鼠をかごへと返し立ち上がる。
「どちらの道から行っても、この先にある一本道に行けマス」
「なら一時的にでも別れるべき……なのかな。このままだともしかしたら行き違いになりますよね?」
 悩むともえに沙霧が同意見を口にする。
「しょうがない、ホンの少しの距離の筈だからな……グループを分断する。俺と、あんたとでだ」
 そう言い壮司は自分とともえとの間で彼女に手の甲を見せ横に振って見せた。それは此処でグループを切るということを意味している。
「じゃあ私達は左ね」
「それでは右ですね」
 そう、それぞれが分岐点で別れ顔を見合わせた。鼠が往復を数分で帰ってきた程度だ。さほど有るとは考えられず、何事もなくすぐ合流は出来ると……その時誰もが思っていた。そして、合流地点での待ち合わせを確認するとそれぞれは歩き出す。
 左通路は今まで通り沙霧を先頭に、その後は壮司のみ。そして左通路はともえを先頭に武彦、ジュジュと続く。
 まだ探索は始まったばかり。

    □■□

「うーん、なんかドキドキするっ!」
 道を別れて暫く、ともえが拳を握り一人呟く。先頭に立ってみたかったのと、武彦と一緒のグループに分けられたのが同時に叶い嬉しいらしい。
「ユーが楽しいとミーも楽しいデェス」
「はいはい、いいからとっとと先へ行こう。危ないのはごめんだからな」
 武彦の声にともえは「はぁい」と返事の後、歩くスピードを速めた。
 多少暗くとも一本道のこの通路は特に危険な場所もなくただ合流点を目指す。
「……草間さん、ミュージーさん…何かおかしくないですか?」
 しかし恐らく半分ほどの距離にきたところでともえは立ち止まる。ともえよりも背のある武彦はそのままじっとともえの見る方角を見た。
「一体何がだ?」
「何か、見えるっ」
 それは、今現在ともえにしか見えていないもの。ともえだから……見えるもの。
「Wow!! ミーとっても怖いデェス」
 言いながらジュジュは武彦の背に突如抱きついた。因みに声が大げさも言いところで、武彦もこの順番の理由にようやく察しがついたようだ。
「こ、ら!? それよりも今は緊急事態だろ!」
 そんな二人の会話を聞いているのかいないのか、ともえはただ前を見つめたまま立ち尽くしている。
「――ぁ……あそこに穴が?」
 あまりにも真剣な雰囲気なので、自分もと前を見ると不振な場所を見つけ、それでも武彦に抱きついたままジュジュは声に出す。それはつい今しがた開いたのか。前方右側の壁に大きな入り口を作り――
「何か……来ます!?」
 ともえの声にジュジュは武彦から素早く離れ身構える。バスケットは足元に、拡声器をいつでも使える状況にセット。
 緊張感溢れるこの空間、右の穴からゆっくりと現れるは――黒い姿の人らしき者。漆黒のマントで身を包んだその姿は異様なものだった。ただその僅かな間から赤い眼がそっとこちらを見つめている。
「あれが……通り魔って奴か!?」
「――ぶっ殺す」
「ぇっ、ミュージーさん!? まだ敵と決まったわけじゃないし、刺激しない方が……」
 何よりも此方を伺うかのような姿勢が先ほどから気になる。しかしジュジュは頭を振ると拡声器を口元に身構えた。
「先手必勝、デェス!!」
 ジュジュが叫ぶと同時、拡声器から電気信号に乗ったミクロ単位のデーモンが黒い姿へと向かう。しかし
「Why?」
 手に持った拡声器のマイクを思わず手放しジュジュは黒い姿を凝視した。
「ミーのデーモン憑依してくれませんネ」
 見たところ人間の筈なのに入り込めないのだ。
 ジュジュは思わず左手、親指の爪を噛むと、手から離してしまい下へとぶら下がっていた拡声器のマイクを元の場所へと治め、代わりに物騒な物を幾つも取り出して見せた。しかしそれと同時に黒い姿がじわじわと三人へと歩み寄る。
「ともえ……危ないからお前後ろ下がっていた方が」
「……草間さん、あたし大丈夫ですよ。きっと、大丈夫」
 言われ武彦は一瞬言葉に詰まりながらも「悪かった、お前だって立派な能力者だよな」、小さく呟きともえから離れる。
「で、お前は……これ使うのか?」
 そう武彦は、なぜか自分の肩の上で構えられているジュジュの拳銃を横目で見る。
「Yes! 弾や閃光弾が効かない奴なんていない筈デス」
 構えるはちょっとした知り合いから買ってきたもので、小型ながらも弾の殺傷力は保障つきだ。安全装置を解除、ジュジュは引き金に指を掛ける。
「……動かないでクダサイねッ」
 その言葉はともえと武彦へと向けられたのだろう。同時に響く銃声。漂う硝煙の臭い。
 黒い姿が一瞬ゆらぎ見える。しかし、ジュジュの拳銃はそのマントを貫いたに過ぎなかったようだ。確かに命中したはずだったが黒い姿は身動ぎせず立っている。
「アレは人デスカァ!?」
「俺に聞かれても――」
 二人が言い合っているとほぼ同時、赤い眼が大きく見開かれる。それは威嚇、若しくは殺しの合図にさえ見えた。
「こっちに……!!」
 先頭、ともえの叫びと同時黒い姿が地を蹴った。それは軽やかにすばやい動き。まるで飛んでいるかのような。そして、すぐ目の前まで迫る姿にともえは無意識に両掌を前へ……刹那、空間が揺らぐ。
 目の前に大きな穴が開く。皆と黒い姿の丁度間、道を分断するかのように。知る限りでは桂の時計でしか開くことの無いその穴が、今ともえの手により開けられた。突風が巻き起こり髪を揺らす。
「空間を……操った?」
「あ、れ?」
 しかし当のともえさえ今何が起こったか理解できないまま。目の前で黒い姿は今ゆっくりと穴の中へと、まるで飲み込まれていくかのように消えていく。そして穴は即座に縮小し始める。
「――ちっ、悪いが俺はあいつを捕まえなくちゃならない。それが……碇との約束だからな」
「えっ!?」
 武彦はともえを横の壁に背をつけるよう立たせると、先頭に立ち穴と対面する。
「草間サン?」
 ジュジュがそっと手を伸ばす。彼はいつの間にか煙草を銜え振り返る。
「……それじゃ、お前らは桂探しとけよ。それが仕事だ」
 そして穴へ飛び込んだ――…‥

 間も無く合流点が見えてきた。二人の姿はまだ見えない。すっかり押し黙り、お互い何かを考えているような二人だったが、そこに着くと同時、ジュジュは再び鼠をかごから出す。
「この先を、ちょっと見てきますネ」
 そして拡声器によりデーモンを憑依され放たれた鼠は、あっという間に帰ってくる。
「外へ続く穴があるようデス。とにかく幾島サン達が来てくれれば……」
「あ、ナイスタイミング」
 来た道を見ていたともえは向かって右側の道に沙霧の姿を見つけ手を振った。しかし、様子がおかしい。まるで、何かから逃げているような。そのすぐ後ろに居た壮司もそうだった。そしてその壮司の腕の中には桂が居る。無事救出したようだった。
「――――」
 二人何か言いあっている。遠いので聞こえないが、ふと立ち止まる壮司に近寄る黒い姿。先ほど三人が遭遇したあの姿だった。一足先に沙霧が二人の元へと辿り着き振り返る。
「幾島!」
「幾島さん!!」
「避けてクダサイ!」
 沙霧の声に続きともえ、ジュジュも叫ぶ。しかしそれよりも早く動く彼の体は、素早く三人の場所へとバックステップで辿り着くと同時、遠くでカランと……やや金属製の音が響く。しかし壮司に眼を向けると途中引っかかれでもしたのか、手の甲に切り傷を作っていた。幸い血はすぐに止まったようだが……。
「この先の道は?」
「外へ通じると思われる穴がありました、今はそこから抜け出すしか……」
 ともえの言葉に壮司は頷き、しかし同時に今来た道を見る。沙霧も異変に気づき、穴へ向かう足を止めた。
「……おかしいな」
「動きが止まった?」
「今がチャンスデス! 早く脱出しまショウッ、折角掴んだ情報も無には出来ないデスヨ」
 そう言うと今度はジュジュが先頭となり先を行く。目の前の穴は青空が広がって見える。しかしぬけた先が必ずしもそうだとは限らない。
「――行きますヨ」
 しかし覚悟を決めると、最初に来たときと同じよう荷物を先に穴を抜ける。自分の身長以上の穴は楽々と通り抜け、穴から正真正銘青空が広がる外へと出た。
 外はまだ午後の日差しの強い――正午過ぎだった。

    ■□■

「じゃ、事件をまとめるか」
 病院ロビーの一角、四人はソファーに座り顔を上げた。最初に切り出したのは壮司だが、最早集中力は続かず、その一言でソファーに背を預ける。それを見かねた沙霧が報告を開始した。
「……桂は大事に至らず軽傷。風邪のせいで熱もあるけど、すぐ退院できるって事ね」
「あの黒い姿にはミーのデーモンも拳銃も効きませんでした……」
「でもミュージーさんの薬のお陰で応急処置が出来たじゃないですか」
 俯き話すジュジュにともえがそっと相槌を打つ。
 結局四人が出た場所は月刊アトラス編集部から十kmほど離れた町だった。近くの病院に運ぶにしても、多少の出血を伴っている桂をそのままに放っておくのは良くなかっただろう。
 ともえの言葉に、ジュジュは僅かに救われたかのような表情を見せた。
「後は……あの黒い姿の人について」
 続けてともえが口を開く。
「アレは人だと思います。それも少年少女と言ってもおかしくないほどの……」
「おまけに――弱い能力者だ」
 ともえに続き天井を仰いでいた壮司が小さく呟いた。
「どういうこと?」
「Why?」
 沙霧とジュジュが状況を理解できず問う。あんな無茶苦茶なただの人間が居るわけはなく、能力者というのは一目瞭然だ。しかしあそこまで無茶苦茶で弱いというのが理解できない。
「あれは元々人に害を与えることは無かった能力者だな。ただ……何かしら悪い影響力のあるものを体に取り込んじまったらしい、俺と似たコピー能力を持っていやがった」
「という事は……ミー達の能力はコピーされたデスカ?」
 壮司は笑って首を横に振った。
「いいや、運悪くコピーされたのは俺のようだ。悪いが…今は少しだけ休ませてくれないか? 厄介なことに回復が幾分追いつかない…んだ」
 言うと壮司はそっと肩から力を抜く。
「ベッド、行きます?」
 ともえの声に壮司は首を横に振る。
「で、桂を救出したは良いけどさ? 肝心の依頼主はどうなのよ」
 壮司の様子を少しばかり気にしながらも沙霧はともえとジュジュを見る。途中で別れたということは聞いたが、このままではどうしようもない。
「それが……さっきは言えなかったけど碇さんとの約束らしいんです、犯人捕まえるの」
「ってことは、暫く戻ってきそうも無いわね」
 溜息混じりに沙霧は立ち上がると皆に背を向けた。
「悪いけど私もう帰るわ」
「……ミーもこのままずっと此処に居るわけにいかないデス」
 続いてジュジュも立ち上がる。第一に病院内のため、入り口で鼠のかごを預けてある。いい加減取りに行かないと不味いということもあり、手を振ると沙霧に続き入り口へと向かっていく。
「――大丈夫、ですか?」
「ん、あぁ。構わなくていい、もう少しすれば大丈夫だ」
 右目を開け壮司はともえに言う。
「では……」
 そしてともえも去っていく。
 ロビーには壮司ただ一人。勿論見舞い人や、外来患者は居るものの、辺りはただ静かで…‥

 数十分後、そっと目を開け壮司もソファーから立ち上がる。
 依頼の遂行、そして達成。戻らぬ武彦に四人は散った。
 しかし桂の救出、それはまだこの事件の序章でしかなかった。
 この事件は次第に全国区へと拡大を見せていく。

 [続..]

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 [0585/ジュジュ・ミュージー/女性/21歳/デーモン使いの何でも屋(特に暗殺)]
 [3950/  幾島・壮司   /男性/21歳/浪人生兼観定屋]
 [3994/  我宝ヶ峰・沙霧 /女性/22歳/“滅ぼす者”]
 [4170/  葛城・ともえ  /女性/16歳/高校生]

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、新人ライター李月です。このたびはご参加ありがとうございました。
 結果的に無事桂を救出となりました。既に納品済みの前グループとは勿論、調査の仕方によって得た情報や体験が違っています。
 また、全てにおいて若干書き方の違う部分があったりもします。お時間が許す限り、他のも見ていただければ、今回の出来事の全貌が見えてくるかと思います。
 しかしながらまとまり無く長くてすみませんでした。少しでもお気に召していただけてれば幸いです。
 加えまして何か不都合などありましたらレターにてお知らせください。
【ジュジュ・ミュージーさま】
 初めまして、詳しいプレイングありがとうございました!
 しかし初めて尽くしで色々不安の残るところでもあります。口調にデーモンの解釈、間違いありましたら御指摘ください。個人的に後半は喋らせるのがとても楽しかったのですが……。
 とても魅力的な能力ですが、敵も今の段階では一筋縄ではいかずです..。
 もし後編へのご参加がありましたら、連携体制の中で是非と思ってたりします。
 最後になりますが納品、遅くなりましてすみませんでした。

 後編は早ければ11月29日23:30以降、遅くても12月2日同時刻には開く予定です。
 今回ご参加の方で、既に窓が閉まっていた場合ご連絡頂ければ開けますのでお申し付けください。
 それでは又のご縁がありましたら…‥
 李月蒼