コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


■怪盗アルゼーヌ・ギャパン現る!?■


 どこと知れない場所にあり、誰と知れない客が来る、そんな店がある。その名も、アンティークショップ・レン。
 この店の主、碧摩・蓮はいつものようにキセルを吹かしながらランプの明かりでカードを見分していた。
 ぷかぁっと広がる紫煙に目を細め、面白くも面白そうでなくも見える様子でそれを眺め、満足するといつものように分厚いファイルにしま込む。そして、これまたいつものようにカウンターの下へと戻そうとしたときだった。
――タンッ……
 奇妙な音が店の中に響き、蓮は驚いて顔を上げる。音のしたカウンターの奥の方を見やると、綺麗にテーブルに刺さった一枚のカードが目に入ってきた。
 キセルを銜えながら面倒くさそうに立ち上がった蓮は、刺さった白いカードを乱暴に引き抜き面を向ける。


  アンティークショップ・レン様
    今夜、だいたい一時半頃の真夜中ぐらいに、
      たぶん奥の方にある古い銀時計らしきものを頂戴に行く予定です。
                       怪盗アルゼーヌ・ギャパン


 カードの表面には、ワープロ文字でそう記してあったのだ。
「馬鹿馬鹿しい」
 あまりに馬鹿な内容に、ふぅーっと紫煙を吐きながらそう言い捨てた蓮だったが、カウンターに座りカードをもう一度見直す。
 それにしても、ふざけた予告状だ。
 たぶん、ぐらい、予定と、いくら何でもアバウトすぎるだろうがっ。
 ぺいっと不機嫌そうにカウンターに叩きつけた蓮は、眉間にマリアナ海峡級の皺を寄せてイライラと煙草を忙しなく吹かし始める。
「人を虚仮にしよってからに」
 形の良い爪でカウンターをカツカツと鳴らしながら、足を上下させていると、タイミングがいいのか悪いのか涼やかな鐘の音が鳴り響いた。
 訪客の合図だ。
 その音にバンッとカウンターを叩いた蓮は、予告カードを指に挟み振り返る。
「タイミングがいいね……。今回の依頼はこのけったいなのだよ」
 そう言って訪客に、カードを飛ばしたのだった。





 ヒュンと鋭い音を立てて飛んだカードは真っ直ぐに中を滑り、入り口に立つ訪客めがけて店主の代わりとばかりに挨拶に向かった。
 それをヒラリと避けた青年が、ドアに当たるカードの音に苦笑いを零す。
「危ないなぁ、碧磨さん」
 危なげもない様子に嘆息をした蓮は、入り口に立つスラリとした青年に向き合った。
「何が危ないだ、向坂」
 不遜下に放たれた言葉に、向坂と呼ばれた青年はクスクスと笑い声を漏らす。そして一歩身体をずらすと、後ろにチラリと目をやって蓮に肩をすくめる。
「ほら、小さなお客様が危ないじゃないですか」
 そう戯けたように言った向坂の後ろには、小さな客人が憤慨した様子で立っていた。それに、蓮は思わずヒクリと口を引きつらせ、煙草を吹かす手を止める。
「危ないではないか、蓮殿! 源がケガをしたらどうしてくれる!」
「本郷……、アンタもいたのかい」
「何を言うのじゃ、相変わらずの無礼者め。ちなみにもう一人おるぞ」
 にょきっと顔を出したもう一人の青年に、蓮はガックリと頭を落とし項垂れた。
「今度は沙羅双樹……。千客万来か、今日は」
 辟易とした様子で言い放った蓮は、ため息を吐くと手をヒラヒラと振って、何に対してか分からぬ降参の合図を示しキセルを銜えなおす。
「まぁいい、三人ともちょうど良いトコに来たんだ、アレを何とかしておくれ。ケタクソ悪くてかなわないんだよ」
 そう言って一瞥した白いカードを拾い上げた向坂が、くるりと面を向けて紙面をのぞき見る。それを沙羅双樹が覗き、本郷が向坂の腕を引き下げる。
「おっと……」
 ふむふむと三人仲良く覗いていると、突然沙羅双樹が不適な笑いを浮かべ始めた。
「ふふふふふ……」
「?」
「これまた珍しい人間に狙われましたね! 宜しい、この沙羅双樹八識、よろこんでお請け致しますとも。お望みでしたら完膚なきまでに行動不能にもして差し上げますがね! 罠、やはり基本は罠ですよ!!」
 楽しげに拳を握りしめ言った沙羅双樹は、バッと手を大きく凪いで蓮を見返す。
 そしてその横で顎を撫でていた本郷が、ニヤリとほくそ笑んでいた。
「ギャパムとはのぅ……。宇宙戦士の風上にも置けぬ裏切り者め!この源が成敗してくれるわっ!!」

 ふははははは

 こだまする二つの不気味な笑い声に、向坂はおっとりとした笑みを浮かべながらも蓮を見た。
「僕はツッコミには向いてませんよ?」
「知っているよ……」
 疲れたようにその光景を見ていた蓮は、キセルの灰を落としながら頭を抱えていたのだった。
 ギャパムじゃなく、ギャパン。誰が訂正するのだろうか……。



   * * *



「で、俺ですか」
 沙羅双樹が罠のことで、本郷が昔あったらしい特撮番組のことで盛り上がっていると、いつの間にか人が一人増えていた。
 蓮が呼んだのだが。
「アンタぐらいしか、どうにか出来るのいないだろ? まぁ頼むよ」
 ふぅっと紫煙を吹き出しながら不遜そうに言った蓮に、言われた少年は諦めたようなため息を吐く。
「つっこめるのは、二人がせいぜいですよ……?」
 問題はそこか……。
 不安げに明後日の方を見やる少年を無視し、蓮は手を叩いて乾いた音を響かせた。
「アンタたちも初顔合わせだろ? ひとまず名前ぐらいは聞きな」
 それにようやく我に返った二人が、蓮の元へと寄ってくる。
「こっちの背が高いのが向坂愁、あの細いのが沙羅双樹八識、このお姫さんが本郷源だ。で今来たのが、高浜零」
 次々に簡単な紹介をすると、各々簡単な挨拶を交わし、紹介は滞りなく終わった。そしてそのまま蓮を前にして、この奇怪な怪盗について今後の相談に話が移っていった。
 これが、これこそが難題だった。
「やはり、罠を仕掛けるのなら、落とし穴、吊り天井、槍衾にどんでん返しやら飛び出す鉄格子やら。暫く家主殿でも歩けない程の罠を仕掛けねばなりませんね。もちろん、費用はこちらで出しますが」
「費用はともかく。蓮さんは帰って貰うにしても、俺たちまで歩けないんじゃ困りますよ。適度にしてくださいね」
「そんなことでは生ぬるいですぞ、高浜クン。碧磨サン、家の見取り図を!」
 そう嬉々として笑い声を上げる沙羅双樹の後ろで、本郷が一段高い段に足を掛け拳を握りしめ。
「ギャパムめ……このシャーロック・シャイダー・レッドが成敗してくれるのじゃ!」
「ギャパムじゃなくて、ギャパンですよ。ンです、パン」
「親友と言えど、容赦は無用なのじゃ!」
 逐一、訂正と言う名のツッコミを入れていく高浜の姿を見て、カウンターで向坂とくつろいでいた蓮がキセル片手に向坂に言う。
「ほれ、楽だろ?」
「あははは、面白いですね」
 このやろう……。
「そこ、和んでないでくださいよ」
 カウンターでまったりと、本郷と沙羅双樹と高浜の様子を見ていた蓮と向坂の二人の横に、高浜はもうはや疲労困憊と言った様子で腰掛けた。
 本郷と沙羅双樹の相手は戦線離脱をしたのだろう、好きにしてくれとばかりに向坂の横に座って大きなため息を吐く。
 すると向坂が、おもむろに予告状を取り出してカウンターの上に置いた。
「面白い予告状ですね。らしきものって書いてありますけど、本当に銀時計なんですか?」
「銀の懐中時計ならあるよ、確か。どっかのお偉いさんから買ったはずだけどねぇ」
「たぶん、って書いてあるけどしまい込んでんの? 蓮さん」
「まさか、何処かにあるだろう? 奥の部屋のガラス棚だった気がするけどね、なにがどこにあるやら」
 ふかぁと煙を吐き出した蓮は、肩をすくめて灰を落とす。と言うことは、相変わらず雑多に置かれていると言うことだろう。本人すらその場所を把握し切れてないのは、如何ともしがたいと思うが。
 それに、向坂がポンッと手を打った。
「と言うことは、ギャパンさんは場所を知らないのかな?」
「は?」
 目を丸くする蓮と高浜の横で、向坂はニコニコと微笑みながら続ける。
「だったら案内してあげるのが筋ですよね。碧磨さん、銀時計はどこですか?」
「ああ、右の奥の部屋のどこかだよ」
 すくっと立ち上がった向坂は、視察にとカウンターから離れていった。そして雑多に置かれたアンティークたちの合間を通り抜けていき、いつの間にか姿が消えた。
 何も声がしないので、たどり着いたのかと思ってぼんやり茶をすすっていると、向坂がおもむろに顔を出した。
「碧磨さぁん、どこですっけ?」
 現れたのは、何故か左からだった。銀時計は右じゃなかろうか。
 ちょっとした嫌な予感を抱えながら、高浜は蓮に顎で「行ってやれ」と無言の指令を受けイスから立ち上がったのだった。
 


 何とか高浜込みで銀時計を視察した二人は、埃にまみれながらカウンターに戻ってきた。この方向音痴っぷりは確かに、案内したら色々な意味で役に立ちそうかも知れない。
 迷ってたどり着けない、とか。あっはっはー、まさかな。
「あり得るね」
「え!?」
 読心術でも心得ているかのような言葉に、高浜は目をまん丸にする。
「顔に出てるよ」
 そうですか、顔にね。
 ぺちぺちと顔を押さえながら、不満げに腰を下ろした高浜は、ここに来てからずっと気になっている存在を指摘したくはないがあえて指摘する。
「ところで、…………いいんですか? 沙羅双樹さん、放っておいて」
 いつの間にかぞろぞろと入ってきた土木系の男達を指揮する沙羅双樹に、引きつった顔で振り返った高浜が呟いた。ハンマー、チェーンソー、ドリルに、木材……。何をする気なのだろうか。怖くて……、聞きたくない。
「いいですよね、楽しそうですし。ね、碧磨さん」
 イスに座って歌うように楽しげに言った向坂の、まさに他人事と言った口調に蓮もプカプカと煙を吐きながら頷く。
「ん? ああ、いいんじゃないかい? 周りのに呪われない程度で、元に戻れば」
「それが一番の難問ですけどね」
 はっはっはっはー。
 笑い事じゃないだろうが。諦めに近い物を感じた高浜は、肩を落として明後日の方を見やった。
 直ぐそこでは、予告通りにドンガラガッシャンと、あり得ない音が響いている。
 ふはははは、という高笑いに、乾いた笑みを浮かべていた高浜が、いつの間にか本郷の姿が消えていた事をは気付いた。
「本郷さん、見ませんでした?」
「さぁ知らないねぇ」
 そのころ本郷は、いつの間にかとんでもないモノを用意するために、家に戻っていたのは皆知るよしもなかった。
 


   * * *
 


 本郷が姿を消し、高浜と沙羅双樹がギャパンの来る一時に備えて準備をしているとき、向坂は思い立ったように座っていたカウンターから立ち上がった。
 実は、蓮は何かあるといけないからと高浜が帰してしまったので、やはりここは一番年長者の自分がとギャパンを迎えに行ったのである。
 何故か、店の奥の入り組んだ今は使われていない通路の方に。
「やはり、怪盗なら正面からは来そうにないしね」
 そう楽しげに自分に言い聞かせると、懐中電灯片手に古ぼけた煉瓦の通路を進んでいく。
 途中、色々な部屋から、アンティーク雑貨がはみ出しているのを、面白そうに眺めながら歩く。
 すると、遠くからゴォォォォという轟音が鳴り響いてきた。何事かと辺りを見回すと、それは直ぐそこで、また遠くなっていく。
 向坂は思わずといった感じで音のする方へと足を向け、暗い道を歩いていく。地図は苦手だが、音に関することは得意なのだ。
 難なく轟音の元へとたどり着いた向坂は、そこにシルクハットにマント姿の人物を見つけ首を傾げる。
「いらっしゃいませ。こんなところにお客様、なのかな?」
 途方に暮れている感じのギャパンにそう声を掛けると、男は驚きを隠しきれないながらも身体を折って一礼を見せた。
「これはこれはムッシュ、貴方こそこんな所にいかがなさったんですか?」
 そういかにも怪しげに微笑むギャパンに、向坂は微笑みながら答える。
「碧磨さんに変わって、怪しい人がいないか見回りをしてるのです」
 ニコニコと、いかにーも怪しい人間に向かってそう言うと、ギャパンは「そーですかぁ」と乾いた笑いを向ける。
「もしかして、迷われたのですか? ここは少々入り組んでますからね、ご案内しましょう」
「あ、いや……」
 戸惑った様子で思わずたじろぐ姿に、向坂は首を傾げながらよどむ言葉からの返答を待っっている。
「じゃあお願いしますか、ムッシュ。出来れば、カウンターの有る部屋まで」
 すると、ギャパンは再び一礼して向坂に優雅に微笑んでそう言ったのだった。
 遠すぎず近すぎない広間、そこまで行けば怪しまれずに銀時計の部屋に付けると踏んで。



 人生は、そんなに甘いはずがない。
 無いと思った罠に翻弄され、まよったと思った迷路から救いの手が伸ばされたと思ったギャパンだが。
「あれ?」
 微笑みながら小首を傾げる向坂の横で、ギャパンは頭を抑えていた。三回目、これでこの言葉は三回目だっ!
「ムッシュ、申し訳有りません。時間がないのですが」
「ああ、そうですよね。おかしいなぁ、この道で良かったはずなんだけど」
 もはや、向坂の方向音痴のお陰でここがどこやらさっぱり分からないギャパンは、ひたすら困った顔を向坂に向けていた。
 しかし向坂の方も素で困っていた。真剣に迷っていたのだ。
「困りましたね。じゃあ、こっちに行ってみましょうか」
 そうニコニコと指さした向坂に、ギャパンは下手なことは出来ずに大人しく着いていった。
 そしてそれから数回迷った二人は、なんとか銀時計のある部屋の近くにたどり着いた。
「ああ、やっと着きましたね。こっちを左でカウンターですよ」
 正解は右だが……。
「ありがとうございます、ムッシュ。これで帰れそうです」
「そうですか、それでは」
 あえて訂正を加えることはせずそう礼を告げると、向坂はもう少し見回りがあるからと元の道を戻っていった。
 その後ろ姿を完全に見送って、ギャパンは振り返る。なんだかんだと予定外の寄り道だが、何とか目的地に着いた。
「さてと、ショータイムだな」
 右奥の方の扉を開き、真っ暗な闇の部屋に目をやる。小さな窓から差し込む月明かりの下に、鈍く輝く銀時計を見つけほくそ笑む。
 まだ何か、有りそうな気はするが……。
 警戒した様子で部屋に踏み込むと、足下には堅い感触が伝わってくるだけだった。どうやら思い過ごしかと、銀時計がアンティーク雑貨に紛れ並ぶガラス棚に足を向ける。
 すると、足下から奇妙な感触が伝わってきた。
 あえて言葉に表すならば、ベチョ……だろうか。吸い付くようで粘るような、どくとくの感覚。
 粘り着く足を上げようとするが、すかさず引力以外の力に引き戻される。これじゃあまるで……。
「見たまえ、向坂サンのアイディアと私の素晴らしいデータから導き出した合作に、まんまと掛かりましたよ! やはり人間行動学による統計学的観点から導き出した結果、攻撃から一転し安堵したところで、視野を暗くすることにより外的から隠れたとの錯覚を及ぼし気を抜いた瞬間のトラップ。予想通りだ……!!」
「さすがですね、沙羅双樹さん。それにしても……ゴキブリ取りはやはり利くようですね」
「割と容赦ないですね、向坂さん」
「さぁ、最後のとどめですぞ」
 くぃっと沙羅双樹が楽しげに天上から延びる紐を引っ張ると、ギャパンの上の天上がポッカリと空き上から矢が降り注いでくる。

――ダダダダンッ

 訂正、容赦ないのは沙羅双樹かもしれない。
 強烈な音を立て刺さった矢の雨の残骸を、床に刺さる矢の合間から恐る恐る覗く。
 驚いたことに人影がないではないか。
「なにっ!?」
「甘いのだよ、明智くん。私は魔法使いなのさ!」
 ガラス棚の上でしゃがむギャパンが不適な笑みで言うが、ゴキブリ取り……もとい粘着質の床の上にはしっかりと靴が残されていた。いや、どうなんだ。それは!?
「魔法使いですかぁ」
「くっ……金田一と呼んで欲しいですね。なに、これも計算の上ですよ!」
 靴の存在はスルーなのかと、ボケ二人にボケきれない高浜が心の中でツッコミを入れる。靴が増えたんだから、マジックだろうが、と。
 というか、呼び名はどうでもいいだろう。
「この銀時計はいただいでいきますよ」
 そんな高浜の心の葛藤もむなしく、ばっさぁとマントを翻したギャパンは、器用にガラス戸を開けて銀時計を盗み出してしまった。
 ゴキブリ取りに阻まれた三人は、それを見ているしかなかった。
「くそぅ、これでは銀時計がっ……」
 歯がみをするような気持ちで唸るように呟くと、バンッとけたたましい音を立てて扉が開く。何事かと振り返ると、そこにはなんと。
「またせたのぅ」
 いなくなっていたはずの本郷が立っているではないか。逆光で不適に笑う六歳が、何故か異様に迫力を出していからあら不思議。
「宇宙戦士の風上にも置けぬ裏切り者は、このシャーロック・シャイナー・レッドが成敗するしかないようじゃっ。『銀射』!!」
 そして本郷が叫ぶ。
 すると、瞬く間に真っ赤なメタルスーツの装備を完了した本郷が、シャキーンと腕を上に上げた決めポーズで立っていた。
 いつの間に特撮使用になったのだろうか……。
 呆然と顔を引きつらせる高浜の横で、向坂は大喜びをし、沙羅双樹はメタルスーツを分析し始めていた。なるほど、コスモパワーがコマンダーに伝わりそれを動力源としてスーツが瞬時に…………とかなんとか。
 そんなことたぁどうでもいいだろうが!
「あの、本郷さ……」
「みなのもの、下がっておるのじゃ」
 下がれと言われても……。
 壁に張り付きながら勢い良くギャパンの前に立ちはだかる若干六歳に、立ちはだかれた方は余裕綽々と言った感じで微笑む。
「マドモアゼル、素敵なドレスですがそんなもので私は倒せませんよ?」
「やかましいのじゃ、ギャパム! 行くぞ」
「ギャパンですよ、マドモアゼル」
「問答無用じゃ、コスモバスタアァァ!!」
 ドカンといい音を立てて壁に風穴を開ける衝撃砲に、ギャパンならずとも目を丸くしてその行く末を見送る。
 そして怪盗は肩をすくめた。
「おぉ。過激なマドモアゼルだこと。いけませんねぇ、そんなものを人に向けては!」
 そう言ったギャパンがパチンと白い手袋の指を鳴らすと、八重の花が飛び出し本郷へとまとわりつく。
「何!?」
「お仕置きですよ。マドモアゼルにはこれがお似合いです」
 そしてもう一度、パチンと指を鳴らすと花が無数の花びらに代わり、細かな綿毛に変わった。
「おおー」
 ふわりふわりと雪のように舞う様子に、思わず拍手喝采。
「ぶえっくしゅんっ」
 舞う埃に盛大なくしゃみをする本郷を、ギャパンは楽しげに見下ろし笑っていたかと思うと、突然ギャパンが棚から舞い降りた。
 そして沙羅双樹、高浜、向坂の前に優雅に降り立ち、にこりと笑う。
「少し失礼しますよ、ムッシュ」
「え?」
 そう言って向坂を引き上げたギャパンは、彼を抱えたまま本郷から飛び退いた。
 抱えられた方の向坂は、目をパチクリさせながら抵抗をするのをすっかり忘れている。
「これでその危険な飛び攻撃は出来ませんよ、この方に当たったら一大事です」
 なるほど人質かと、妙に納得してしまった向坂と高浜の側で、本郷と沙羅双樹が地団駄を踏む。
「向坂殿を人質に取るとはっ……どこまでも卑怯なヤツじゃ」
「何とでも。無事に逃げることが出来たら解放しますよ」
 ふふふと不適に笑い窓辺に立つ仮面の男に、本郷が。
「姫ぇぇえ!!」
 と、思わず叫ぶ。いや、姫じゃないし。
「おや、プリンセスだったのですか、ムッシュ」
 素で訊ねるギャパンに、向坂は思わず苦笑いを返す。
「いや、僕には可愛い妻がいますから。せめてお父さんがいいなぁ」
 それもどうかと。
「おや、羨ましいですね」
「はい、とても優しい大切な妻なんですよ。今度は是非……」
「そんなことはどうでもいいのじゃ! 姫、今助けるのじゃ」
 のろけ話を始めようと向坂の話をぶった切り、本郷が叫び声を上げる。どうやらさらわれるのは姫と、彼女の中で相場が決まっているようだ。
 せめて王子にしてやってくださいと、ガックリ項垂れる高浜の横で、なにやらやっていた沙羅双樹がおもむろに手に持っていたものを掲げた。
「本郷サン、遅くなりましたっ。これをお使いなさい!」
 そう投げたのは何の変哲もない、棒。のようなもの。
 受け取った本郷はそれに、ニヤリと笑う。
「さすがじゃ沙羅双樹教授!」
 いつの間に教授の位置付けに!?
 驚いている高浜を余所に、いつの間にか以心伝心あじご……違った、意志疎通がなさっていた二人は頷き合うと、本郷は再びギャパンに向き直る。
 そして何の変哲もない棒だったものが、本郷が宙を切るとレーザーブレードに変わってしまった。
「本気ですね……」
「当たり前なのじゃ」
 睨み合った二人は、一触即発の様子で微動だにしない。
 そして本郷が先に動いた。
「シャイナァァァァァァ」
 そう叫ぶと、ギャパンは向坂を解放し、ドコに隠し持っていたのかステッキをかざして本郷めがけ飛び降りてくる。そして。
「クラァァァッシュッ!!」
 月明かりを背に、本郷がレーザーブレードを振り下ろしたそのときだった。
 キィィンと耳鳴りが響き、次の瞬間ギャパンが床にトンと足を下ろす。どちらが……。
 固唾を呑んでその行方を見守っていた三人の前で、本郷が片足を着いた。
「レッドォッ!!」
 絶叫をする沙羅双樹の姿に、思わず高浜が振り返る。
「え? 沙羅双樹さん、おいくつですか?」
「私は正真正銘の十八歳ですよ。それよりシャイナー・レッドが」
「いや、あれは本郷さんですって。シャイナーって昔の特撮ですよね……? あれって向坂さんがギリギリくらいの世代じゃ?」
 解放された向坂が、とてとてとてと高浜や沙羅双樹の元に戻ってき定位置に戻ると、高浜の言葉に首を傾げる。
「そうなんですか? 僕はイギリスで育っていますので、知らないのですよ」
「やはりシャイナーベースが無くては駄目か……」
「なんですか?シャイナーベースって」
「シャイナーの戦闘マシーンですよ、知らないのですか!?」
「いや、シャイナーって言う名前ぐらいしか存じ上げないのですが……」
「なんと不甲斐ない!シャイナーとは、地球を滅ぼそうと企む悪の組織デカンボンの魔の手から地球を救うために銀河の果てからやってきた宇宙戦士で、ギャパムは後で加わるレッドの親友……」
「外野、ちとうるさいのじゃ」
 いつの間にか盛り上がる外野が長々と説明を始めようとすると、血管を浮かせギャパンと睨み合っていた本郷が低く言う。
「も、申し訳ない」
 戦う本郷にペコリと頭を下げた三人は、仕方なく大人しく傍観することにした。
 ようやくスポットライトが戻ってきたところで、仕切直しとばかりにギャパンが不適に笑う。
「諦めたまえ、マドモアゼル」
 ハハンと鼻を鳴らして言ったギャパンに、本郷が歯ぎしりをしながらコンバットスーツの後ろに手を回す。
「仕方ない、こうなったらこれを使うしかないのじゃ!」
 出てきたのは四角い箱に、とってつけたような赤いぼたんの代物。
「不思議時空発生装置じゃ!」
 これが……?
「行くぞ。えいっ!」
 赤いボタンをポチッと本郷が威勢良く押すと、部屋中にけたたましい音が響き渡る。
――ブーゥッ、ブーゥッ、ブーゥッ
 ブザー音が鳴り響きなり響き、呆気にとられていると、まるでバキュームカーに吸い込まれるかのように赤いボタンに吸い込まれていく。

 うぎゃぁぁぁ



   * * *



 ドンと言う地響きで目を覚ました、高浜は辺りを見回す。そこには向坂、沙羅双樹の姿が地面に横たわっていた。
「大丈夫ですか? 二人とも」
 声を掛けると二人ともうめき声を上げながら体を起こした。ホッと胸をなで下ろすと、そこに本郷の姿もギャパンの姿もないことに気付く。
「本郷さんは……?」
 そう言ったときだった。
 二度目の地響きが地面を揺さぶり、思わず三人は顔を上げる。
 そこにみたものは…………、なんと。


 巨大化した本郷と、ギャパン。


 クラリとめまいを覚える高浜に対し、はしゃぐ向坂、喜ぶ沙羅双樹。
「わぁ本郷さん、大きいですねぇ」
 感心してる場合でも、
「素晴らしい! なんと素晴らしい出来事だ、ああ世界にはまだ私の知らないことが有るのですね」
 賛美している場合でもないだろーがっ!
「ひとまず、踏まれる前に高い所に移動しますよ!!」
 二人を引っ張って高台の上に向かっている間に、本郷ウルトラマンと宇宙怪獣ギャパンが熾烈な戦いを始めていた。
 手からレーザー光線、口から科学ビーム、極めつけには超キック。もはや何が何だか。
「ふふふ、これでどうかな!」
 そう言って髪をむしったギャパンは、ぱらりと地面にそれを巻く。
 わっしゃぁぁと沸いて出た小型ギャパンに、本郷が一瞬怯んだ。それもそのはず、無数のギャパンはかなり気持ち悪い。
「うぷっ、お主……なかなかやるのぅ。それでは、こっちはこうじゃ! にゃん丸、にゃん太夫、変身じゃ!」
 いつの間にか横にいた猫が、本郷の叫びでまばゆき輝く。
 そしてその光の中からは、耳としっぽの生えた長身の美青年と、グラマーな美少女が。なんでもありか。
「行くぞ、にゃン丸、にゃん太夫。ねこねこアタァァック!」
 もとい、トリプルパンチ。
「源がその気になれば、容易いのじゃ」
 見事ギャパンにKOを喰らわした本郷は、ガッツポーズで勝利を示す。ものの数秒の出来事だった。
「なかなかやりますね、今回はこれで引き下がって差し上げますよ。目的は果たしましたしね……」
 フラリと立ち上がったギャパンが、不適な笑いを残しながらそう言い放ち立ち去ろうとする。
「そうは問屋が下ろしませんよ!」
 そう叫んだ沙羅双樹は、いつの間に持っていたのか、何処かから線の繋がったレバーをガッシャンと引いた。
――ドカァ……ン
 すると、これまたいつの間に仕掛けたのか、ギャパンの足下でとんでもない爆発音が鳴り響いたのだった。
「人間行動学から推測した当然の進路に爆薬を仕掛けるのは当然ですよ」
 ニヤリ笑ってメガネをあげ本郷と満足げに頷き合っている姿に、薄ら寒いものを感じ高浜は空笑いを響かせる。容赦ねーぇ……っ。
 そんな事をやっている横でマイペースにニコニコと一部始終を見ていた向坂は、空の中にキラリと光る物を見つけ首を傾げる。
 弧を描いたそれは上手くすれば受け取れそうなコースを描いており、トトトと数歩下がったところでそれを手中に治めることに成功した。
「あれ、銀時計ですね」
 ぽすっと綺麗に向坂の手のひらに落ちた銀時計を見詰め、向坂は首を傾げながらそれを開く。
 鈍い輝きを放つそれは、まるで下界のことなど気にとめることがないように、アンティークショップで眠っていたときと変わらない様子で時を刻んでいた。
「これで一応、約束は守れたかな」
 太陽の光に銀時計をかざし、向坂はそう呟いて微笑んだ。
 爆発後、ギャパンの姿は見えなかったが、こうして銀時計は無事に四人の手に戻ったのだった。


    * * *


「はぁ、疲れた」
 ゲンナリと肩を落とし、不思議空間から戻った三人を待ちかまえていたのは、ひっそりとした月明かりではなく、眩いばかりの太陽だった。
 どうやら夜が明けてしまっていたらしい。
 ギィと遠くで聞こえる鈍い軋み音に、あくびをかみ殺していた四人が顔を向ける。
「なんだい、この有様は」
 そこにはこの店の店主、碧磨蓮がキセルを片手に呆然と立っていた。
 言われた店の中はと言うと、矢が刺さり、穴が空き、粘着床が仕込まれ、落とし穴が道をふさいでいた。
「今日は店、無理かねぇ」
 気のない様子で言った蓮は、天上に向かって紫煙を吹き出しながら肩を落とした。
   
「てっしゅーぅっ!!」

 沙羅双樹の叫びで始まった撤収作業は、土建屋さんの手伝いを得ても半日掛かったとか。
 意外なことに意気投合してしまった本郷と沙羅双樹、そして向坂は、片づけもそっちのけで前者二人に特撮ものの講義を受けていた。
 楽しそうに身振りそぶり、猫と共に熱く語る二人を見て、向坂は穏やかに微笑む。
「やっぱり子供は男の子と女の子どちらも欲しいなぁ」
 二人を見て言ったのか気になる発言に、ほうき片手に蓮と話をしていた高浜は思わず振り返ってしまった。沙羅双樹を子供枠に入れられる向坂は、すごいかも知れない。
「本郷さんみたいな元気な娘と、沙羅双樹さんみたいな知的な息子。良くないですか?」
 振り返って蓮と高浜に同意を求める姿に、二人は一様にしてコメントを控えた。
 変身して巨大化する娘と、やや手段を選ばないマッド感ある息子。ちょっと自分は……、と。
 苦笑いを浮かべる二人に、不思議そうな顔を向けた向坂が、微かなジャラリという音で思い出したように小さく叫ぶ。
「あ、碧磨さん。これ」
 そう言って思い出したように差し出された手には、ガラス棚に忘れられたようにしまわれていた、鈍く光る銀時計があった。
 細い指でそれをつまみ上げ、蓮はキセル片手に笑う。
「おや、ありがと」
「すまんのじゃ、ギャパムは取り逃がしてしまったようじゃ」
「申し訳有りません……次回はもっと罠のグレードを上げ、手段を選ばぬように」
 いや、充分手段を選んでなかったんじゃ……。
 無言のツッコミをする高浜に、蓮はそれを弧を描いて放り投げる。
「ほら、アンタの欲しがってた品さ」
 受け取った高浜も、そしてその他の三人もそれを目を丸くして聞いた。
「高浜さんが……?」
「これが……、例の」
「その話はまた後でだ。何はともあれ、ありがと、助かったよ」
「でも、僕たちは」
 言いよどむ向坂に、蓮は笑った。
「あんなコソドロ、別に捕まえたって捕まえなくたってどちいでもいいのさ。いっただろ?ケタクソ悪いから何とかしてくれって。被害が無くてもう来ないんだったらそれでいいんだよ、ありがと」
 キセル片手に微笑まれ、四人は拍子抜けしたような顔を付き合わせる。
 そしてくすぐったそうに笑ったのだった。


 これにて一件落着?



-------------------------------- キリトリ --------------------------------

〓登場人物〓
――――――――――――――――――――――――――――――
‖1108‖本郷・源   ‖女性‖06歳‖オーナー・小学生・獣人‖
――――――――――――――――――――――――――――――
‖2193‖向坂・愁   ‖男性‖24歳‖ヴァイオリニスト   ‖
――――――――――――――――――――――――――――――
‖4180‖沙羅双樹・八識‖男性‖18歳‖学生/偽造屋     ‖
――――――――――――――――――――――――――――――
※PNC=高浜零・男性・16歳・学生



〓ライター通信〓

≪向坂・愁様≫
初めてお目に掛かります、遠江悠(とおとうみ・はるか)と申します。
この度はこんな不可思議なストーリーに立候補していただきありがとうございます!

スミマセン!微妙な方向音痴のハズが、極度の方向音痴に変わってしまいました……。も、申し訳ないですっ!
ボケボケにもしてしまって、頭が下がりっぱなしです。
ああ、もうスミマセン!
どうなんでしょう……大丈夫ですか!?
プレイングは反映できておりますでしょうか!?
是非とも向坂さんには、奥さんの話をしていただきたく書き途中で急遽付け加えちゃったりしましたが。わはは。
あとは姫呼ばわりさせてしまって……申し訳ないです。
こちら側としましては、とても楽しく書かせていただきました!ありがとうございました。

また、一緒にプレイングしていただいたお二方と、多少異なる面もありますので(大筋は一緒ですが)、お暇がありましたらそちらもご覧頂ければと思います。

 それでは、この度は長々とお付き合いありがとうございました。
 もしこの様な感じでもお気に召すようでしたら、またよろしくご贔屓くださいませ。
 ドタバタ感が有るような無いような感じで申し訳ないですが(苦笑)、またギャパンは書きたいと思っておりますので、もしよければそちらなどでお会いできれば光栄です。


                                  遠江 拝


------------------------ アリガトウゴザイマシタ ------------------------