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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


もみじの決意

 朝目が覚めると、山の精から招待状が届いていた。
「何月何日最後の紅葉狩り。どうぞお出で下さいませ」
最後という言葉がひっかかった。そういえば彼女の守る山は昨今の行楽ブームで、マナー知らずの無粋者に踏み荒らされていると風の便りに聞いていた。静寂を好む彼女にとっては地獄のような日々に違いない。ひょっとすると耐え切れず、ついに自ら枯れる道を選ぶつもりだろうか。
 山の精が枯れればそこに生きる全ての生命も枯れる。植物も、昆虫も、動物も。自然界のバランスは崩れ、天変地異を引き起こすかもしれなかった。
 彼女を止めなければ。

 風が弱っている。いや、弱るというより怯えているようだった。我宝ヶ峰沙霧は山の精の住む場所へ急いだ。彼女はもう随分と前から住居を変えていない。山中を流れる細い小川をさかのぼった、滝のほとりだ。辿り着くためには川岸をさかのぼっていくしかないのだが、普段は両岸とも深い藪に覆われている。山の精に許されたものだけを見極め、藪は道を開ける。
 沙霧は滝の音を聞いた。そして間もなく、それを視界に入れた。本当に小さな滝で、その脇に自分を招いた山の精、もみじが幽玄に佇んでいた。ほっそりとした背中ははかなく、今にも消えてしまいそうで思わず大きな声をかけてしまった。
「あ・・・・・・」
もみじは沙霧を認めると、曖昧な表情を浮かべた。笑っているような、困っているようなその顔を意外だと感じている自分に、狭霧は気づいていた。もしかすると、自分はもみじの泣き顔を期待していたのかもしれない。
「あなたは来てくれない、と思っていました」
もみじは八の字に眉を寄せたまま顔をことんと傾け、自分の足元に視線を落とす。
「どうして」
「あなたは私と違って強いから。私の弱さを、疎むかと思ったから」
確かに他の誰かが同じことをすれば、沙霧は無視しただろう。「最後の紅葉狩り」なんて思わせぶりな招待状を送りつけてきて、心配させて。自ら枯れようと口では言っているくせに、実は助けてほしいと願っている、なんて他力本願。
 けれど山が枯れることは耐えられなかった。精霊が、人間の心無い行為に負けてしまうことが嫌だった。
「もみじ。あなたが呼んだのはきっと、あなたを止めてくれる人ではない。あなたを苦しめるものを、打ち負かす人たち」
断言するように言葉を吐くと、もみじは安心したようにやっと微笑んだ。泣いた顔ではなかったが、これでもいいかと沙霧は納得する。そして髪を撫でるくらいなら愛情というより友情の範疇だろうと手を伸ばしかけた。
「こんにちは!」
だが、そこへ邪魔が入った。振り返ると大きな目をした少年が立っていた。膝のところに擦りむいた跡がある。タイミングの悪い子ども、と思いつつ沙霧はおくびにも出さず
「こんにちは、私は我宝ヶ峰沙霧」
名乗ってやった。ただ、出歯亀の仕返しにほんの少し力を込めて、思い切り握手をしてやった。鈴森鎮というその少年は大げさに顔をしかめ手を振っていたけれど、多分骨には異常ないはずだ。
 今回、愛用の二丁拳銃を使う機会は訪れないだろう。それでも、滝のすぐ近くに生えているザクロの木の下でそれを磨いていると気が落ち着いた。磨いているうちに、もみじの招待客は揃った。遅れてきたのは梅海鷹という男と、シオン・レ・ハイという男。シオンはなんと一週間前から山の中で道に迷っていたらしい。
「あなたが呼んだのは、あなたを苦しめるものを打ち負かす人たち」
さっきもみじにかけた言葉を、ほんの少しだけ訂正したくなった。

 沙霧、鎮、海鷹、シオン。四対の目がもみじを見つめていた。まるで目を離したその瞬間に彼女が消えてしまうとでも言わんばかりだった。
「紅葉は、まだなんですねえ」
ふっと、緊張を断ち切るかのごとくシオンが空を仰ぎ見て呟いた。最後の紅葉狩りと言われて招待されたのに、肝心の紅葉はどこにも見当たらなかったのだ。
「ええ、それは」
「私たちだけを招待しておいて、一日だけ山を紅葉に変えてその後でいなくなるつもりだったんでしょう」
おっとりした口調のもみじに代わって沙霧がさばさばと説明する。
「もっとも、私たちがここにいる以上はそんなこと許さないけど」
「・・・・・・それでは、どうすればいいんですか?」
毎年好き勝手に振舞う観光客の大群に悩まされ、思いつめた挙句選んだ道は阻まれて。自分にできることはなにもないのかと、もみじは細い肩を震わせた。
 集まった顔ぶれの中にはもみじと同じように、本質が人でない者が多かった。だから、もみじの気持ちがわからなくもなかった。今の世界は人以外の者には住みにくくなっている。みんな、もみじと同じ境遇だ。ただ違っているのは皆もみじほどには心弱くなかったり、苦しみに気づく感覚を鈍くしていたりするだけなのだ。
「でも本当は俺たち、あの人くらい苦しくなかったのかもしれない」
鎮にはわからなかった。山がなくなってしまうのは嫌だけれど、もみじが本当に苦しいなら仕方ないのかもと思ってしまう。
「そうかもしれない。でも、それでも、彼女がいなくなることは許されない。どれだけ辛くとも、彼女はこの山を守るべきなのだよ」
海鷹には家族がいるから、なにかを守るという大切さをよく知っていた。柔和な表情で、しかし瞳に強い意志を込めて、もみじに語りかける。山の精がいなくなるということは、単に山一つが失われるということだけではない。同じくここで暮らす動物、植物、ひいては近隣の山にまで影響を及ぼす深刻な問題なのである。

「ですが、どうやって守るのですか?」
自分の手ではせいぜい木の一本程度しか抱きかかええられないと、シオンが両手の指を広げてみせた。
「ずうずうしい連中は、脅かしてやればいいんじゃないか?」
たとえば地すべりを起こしてみたりとかさ、と鎮が提案するがこれはもちろん却下される。そんなことをすればかえって山に重機が入り込み、人の入り込む場所はアスファルトで埋め立てられるだろう。
「しかし、まずはマナーの悪い観光客をなんとかすべきだな」
今現在山は国有地となっている。たとえば、国に頼んで侵入制限をかけてもらえるならばとりあえずのごみは減るはずだ。
「・・・・・・そうね」
海鷹の提案に、沙霧が頷いた。
「少し時間をちょうだい。私がなんとかするわ」
「なんとかできるのか?」
頬にキナコの粉をつけたまま鎮が沙霧を見上げる。甘く見ないでちょうだいと沙霧はその幼い額を指で弾く。
「だからあなたたちは、あなたたちにできることをやってなさい」
「俺たちにできること?」
鎮はやや中空を見上げ、少し考えた。すると、今日山を登ってくる途中に見た看板のことを思い出した。
「そうだ。俺、ごみをすてるなって看板を見たよ」
山を守ろうとしているのはなにも、自分たちだけではないのだ。人間たちの中にも、自然を荒らす者と守る者がいる。彼らだってもみじにいなくなってほしいとは、山を枯らしたいとは願っていないはずだ。
「そういう活動団体と協力して、地道な形で山の保護に努めることも大切だな」
「ゴミ拾いなら私にもできますよ」
腕組みをしながら頷く海鷹の横で、シオンがほっと胸を撫で下ろす。それから吹いてくる風に髪の毛を弄ばれながら
「ここはとても気持ちのいいところです。みんながここを大好きになれば、山はなくならなくてもいいと思います」
と、温かいほうじ茶をすすった。その通りかもしれない、ともみじは思った。シオンののんきな顔を見ていると、今までどれだけ悩んでも解決できなかったことが、なんでもないように思えてくるのだった。
「・・・・・・よろしく、お願いいたします」

「皆、自分が元々は山や自然を好きだったことに気づいていないだけなのです。それに気づけばもっと山を大切にしてくれるのだと、私は思っています」
「あいつら、やるじゃない」
豪華な応接室で待たされている間、退屈だったので沙霧はテレビのニュースを見ていた。すると、いきなり海鷹が登場し自然保護を訴え出した。どうやらメディアを味方につけるつもりらしい。
 もみじの滝のところで、沙霧は鎮・海鷹・シオンの三人と離れ別行動を取った。国の上層部に連絡をつけるためだったのだがそれが手間取り、会えるまでに十日以上食ってしまった。テレビで見た山はもうかなり色づいていた。
 急がなければならない。今日なんとしてでも、あの山へ入る人間に制限をかけることを約束させなければ。
「お待たせしました」
海鷹のニュースが終わるのと前後して、重厚な扉が開き白髪混じりの男性が姿を見せた。四十代後半、政治家としてはまだまだ赤ん坊である。勿論年齢は沙霧のほうが倍以上和解のだけれど、経験値から来る貫禄は決して負けていなかった。
 政治家は後ろ暗い世界にも顔が通じている。自然、沙霧の名も耳に入っているはずだった。今日面会の段取りをつけたのも、その裏の顔を多少利用しての強引さがなければ不可能だっただろう。沙霧はもう少しだけその強引さを利用して、さっさと約束を取り付けてしまいたかった。
 しかし肝心の話し合いは難航した。国有地の山に侵入制限をかけることは
「まず閣議にかけて皆で話し合わなければ決められない」
と、政治家側が一点張りで譲らないのである。まるで物事を一人で決めることが恐ろしいと言わんばかりの頑なさであった。ああなんて牛歩だと沙霧はいらいらしてきた。
「まどろっこしい」
一時間に及ぶ平行線の上で二十回以上そのセリフを聞かされて、とうとう沙霧の辛抱は切れた。二人の間にあるマホガニーのテーブルを思い切り殴りつけ、政治家の額あたりに鋭い視線で照準を合わせる。
「買うわ」
「は?」
「私があの山買うって言ってるの。一億だろうが十億だろうが払ってやるから、だからさっさと権利書よこしなさい」
微動だにしない視線は既に一人の女性ではなく、殺し屋のそれに変わっていた。どれだけ屈強な精神の持ち主であっても、今の沙霧に抵抗することは不可能だろう。

 鎮・海鷹・シオンの三人が自然保護活動を始めてから二週間経った日の朝、沙霧が帰ってきた。鄙びた駅前で茶色い封筒を小脇に抱えて歩いているのを鎮が見つけたのだった。
「ただいま。山、なんとかなったわよ」
「それは良かった。しかし国は迅速な対応を見せてくれたものだね。あれだけ観光名所になる山へ進入制限をかけるのは、随分非難の声が上がりそうなものだが」
「ううん、全然聞いてくれなかった。嫌になるほど頑固」
「それではどう、なんとかなったのですか?」
海鷹は腕を組みながら顎鬚を撫で、シオンは首を傾げる。鎮もよくわからないといった表情を浮かべていた。
「買った」
「・・・・・・は?」
一拍置いて、二人の声が重なった。海鷹と鎮のもので、そのときシオンは乗り遅れてしまった。
「向こうさんは私がなにか言うたびにまずは閣議に提案してから、ってそればっかりなのよ。うじうじ面倒くさくって、だから私が買ってやったの」
私有地になったんだからもう好き放題できるわよと沙霧。確かに手っ取り早い方法だが、大胆というか強引というか。海鷹と鎮のため息は再び重なり、そしてやっぱりシオンはまた乗り遅れたのだった。
 ともかく、ことの始末を報告するために四人は再度もみじの暮らす滝を訪れた。以前に揃って来たときと違っているのは、視界に入る葉っぱ全てが赤や黄色に躍っていることだった。そしてもみじの着ている紬も、以前よりは鮮やかな色彩に変わっていた。
「皆様、ありがとうございます」
沙霧が山の持ち主となり観光客の数を制限するということ、これからも四人が時折山を訪れては清掃活動に働いたり新しい苗木を植樹するつもりだということを報告すると、もみじはその細い首を折って深々と頭を下げた。
「皆様には随分と骨を折っていただき、また、励ましてもいただきました。これからは多少のことに挫けず、四季の彩りを以って皆様の目を楽しませられるよう、恩返ししてゆきたいと考えております」
「じゃあもう枯れるなんて思わないんだな」
鎮が嬉しそうに訊ねると、紅葉は微笑んで頷いた。
「では来年も、この美しい紅葉が見られるんですね」
今年の紅葉を見ながら来年の話をする気の早いシオンに、皆が笑い声を上げた。中でも一層朗らかだったのは、もみじの声であった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2320/ 鈴森鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手
3935/ 梅海鷹/男性/44歳/獣医
3356/ シオン・レ・ハイ/男性/42歳/びんぼーにん
3994/ 我宝ヶ峰沙霧/女性/22歳/"滅ぼす者"

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
今回は一・四段落目の展開がPCさまごとに異なっています。
他の方の作品も併読していただければストーリーが深まります。
その際時間の流れは
「(一段落)シオンさま→沙霧さま→鎮さま→海鷹さま」
「(四段落)鎮さま→シオンさま→海鷹さま→沙霧さま」
となっています。
沙霧さまは普段から多少強引、キレたら傍若無人に強引という
イメージで書かせていただきました。
女性を大切にする女性、大好きです。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。