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<東京怪談・PCゲームノベル>


【 助けてください! 】


 南天と雪うさぎ柄の赤い振袖、緑の帯。
 素晴らしい美術品が数多の人々に愛された故に命を得た。そんな突拍子もない言葉を囁かれたとしても、誰もが納得してしまいそうな雰囲気をもった少女が歩いています。惜しむらくは、彼女が物思いに耽っているために笑顔を失っていること。道すがら彼女の憂いに気づいた者は少なくありませんでしたが、彼女に声をかけた者はいませんでした。この洋館の前を通りかかるまでは……
「振袖のお嬢さん、悩み事があるのかい」
 呼びかけられて彼女が顔をあげると、執事服を着た銀髪の青年が立っています。
「困った時は一人より二人。もし、お嬢さんの憂いが他人に話せる類じゃなかったとしても店に寄ってくれる時間があるなら美味しい紅茶と可愛い子猫は提供できる」
 湯気がのぼるティーカップが描かれた看板を指差した手を差しだす青年。彼女は手を重ね合わせてお辞儀をしてから、彼の手を取りました。
「わたくしは榊船亜真知と申します」
 微笑む亜真知をエスコートして、青年は歯車の形をした把手を押してドアを開きます。そして洋館の中で二人を出迎えた螺旋階段が組み込まれた巨大な時計を見上げ、彼は誇らしげな笑みを浮かべます。
「俺はジャック・バートン。この店の店員で、こいつの製作者だ」
 その見上げた螺旋階段をゆっくりと下りていた金髪の青年が、二人に気づくと足を止めました。
「バートン。そちらはお客様ですか、それとも貴方の個人的な御友人ですか」
 あの方はと亜真知に尋ねれば、ジャックが彼を紹介します。
「あいつはオーナーのカイル・バートア・セレスト。見かけ以上に年寄りで呆れるほどお人よし、歯車オタクって欠点もあるが基本的にはイイ奴だぜ」


 カイルが入れた桜の香りがする紅茶を飲みながら、亜真知は二人に困っていることを話し始めました。それは少し長い話であり、なにより内容が少々特殊であったので、始めは相槌を打っていたジャックは途中で黙り込んでしまいました。
「それ以降、復調に以前よりも時間がかかるようになってしまったんです。仕方ないことなのですが」
 話を終えた彼女は、膝で丸くなっている白い子猫をそっと撫でます。
「回復期に力が不安定になることが困っていることなのですか」
 特に驚いくこともなく話を聞き終えたカイルの問いに亜真知は首を振り、着物の袖を少し上げて見事な振袖姿には少々不釣合いな腕輪をつけた手首を二人に見せました。
「いえ、それは仕方がないことですから。困っているのは、力を抑えるために作った封力器のことですの」
 そこまで話すと、可愛い子猫のお陰で和らいでいた亜真知の顔に再び憂いが浮かび上がりました。
「わたくしの不注意で破損してしまって、今は抑えが完全ではありませんの」
 今、目の前にある壊れた封力器。自分が関与できる分野に話題が動いたので、ジャックが閉じていた口を開きました。
「この封力器は修理できないのかい」
 と、ジャックに聞かれて亜真知が唇から悲しげな溜息を洩らします。
「わたくしが復調していれば問題ないのですけども」
「お嬢さんの力でなきゃ修理できないのか」
「いいえ。確かに品としては特殊なものですけども、機械ですから破損した回路の修復と部品の交換ができるなら誰にでも修理できますわ。ですが、封力器の代わりとなる力の暴走を抑える強力な結界の中で極小単位の作業をしなくてはいけませんので」
「亜真知様、一つお尋ねしたいのですが。結界を張る者と封力器を修理する者は別の人間でも構いませんか」
「もちろん、構いませんわ。けれど結界を張れる方はともかく、これほどの極小単位の作業をできる方は……」
「いるぜ、ここに。封力器の修理は俺に任せな」
「結界は私が。もちろん復調された貴方には及ばないとは思いますが」


「お嬢さんの御到着だぜ。まだかかるか?」
 修理に必要な品々を取りに戻った亜真知が案内されたのは、一人掛けのソファー以外は何もない部屋。黒い床は、白いチョークを持って床に跪いているカイルが書き上げたのでしょう、白い文字や模様で埋め尽くされています。
「たった今、仕上がったところですよ。亜真知様、この結界の強度では不十分ですか?」
 最後の模様を書き上げてカイルが立ち上がると、床の魔方陣が青白い光を放ち始めます。亜真知は部屋に入って、瞼を閉じます。もちろん、結界の力を感じるためです。
 巧みに本質を隠し言葉で他者を偽り騙すことが可能な者であっても、扱う力が持つ色では己の本質を偽ることはできません。カイルの結界は彼の住む洋館同様に暖かで濁りや澱みは感じられません。また幸いにして、封力器の暴走を防止するのに十分な強さを持っています。
「十分ですわ。ありがとう御座います」
 カイルに礼を述べて、亜真知がソファーに腰を下ろします。
「では、お嬢さん。お手をどうぞ」
「はい、お願いします」
 ジャックが亜真知の隣に跪いて、彼女の手を取ります。彼女が用意したマイナスのドライバーに似た工具を蓋の隙間に差し込めば、かちゃりと音がして極小にして精密な機械が現れます。その繊細さに怯むことはなかったけれども、初めて扱う品なので彼は亜真知にいくつかの質問を投げました。初めて触れたのだとは思えない的確で正確な幾つかの質問の後、彼は作業を始めました。違えることなく、黙々と。最後の部品を納め、再び蓋を閉じるまで。
 亜真知が理力を持ってすれば、彼の半分以下の時間で修理できたことでしょう。けれども、亜真知は人として最高位に属するだろう彼の技術に感心しました。作業中にみせた集中力を素晴らしいと思いました。
「ありがとう御座います。修理もですが、わたくしに声をかけて下さって本当にありがとう御座いました」
 ソファーから立ち上がり、亜真知はジャックに心からの笑顔を向けました。ジャックは彼女の日本人形のような長い髪を、さらりと撫でて妹を見守る兄のように楽しそうに笑いました。
「言っただろ、困った時は一人より二人だってな」


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 1593 / 榊船 亜真知 / 女性 / 999 / 超高位次元知的生命体・・・神さま!? 】


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■         ライター通信          ■
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 ライターの猫遊備です。ご依頼ありがとう御座いました。
 ですのに納品が遅れまして、本当に申し訳ございませんでした。

異界【歯車仕掛けの魔方陣】
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