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ファーストライン【前編】
いつもは静かな司法局中央監視室に、突然けたたましいサイレン音が鳴り響いた。目の前の大型ディスプレイに映し出されたTOKYO−CITYの地図を、右へ左へ行き交う無数の緑色の表示灯に混ざって、一つだけ赤く点滅している表示灯がある。
監視員の1人が慌てたように通信用のマイクを取った。
「大至急、特務にまわしてくれ」
数年前に導入された刑務システム――檻のない獄(おりのないはこ)は、受刑者に特殊なタグを埋め込む事によって機能する監視システムである。これにより受刑者の所在は5秒起きに司法局の監視システムに送信され24時間監視されるのだ。受刑者は夜8時以降の外出禁止や、3分以上の電波不通知など、いくつかの制約を除けば一般の生活を許されており、普通に就職する事も出来た。これは犯罪者の受刑後のいち早い社会復帰などを視野にいれた刑務システムで、主に軽犯罪者に適用されている。
そして脱獄――埋め込まれたタグを無断で摘出――した者を追い、刑の執行を強制的に行う特殊部隊があった。
司法局特務に脱獄の連絡が入ったのは17時16分の事である。
その日、高層ビルの最上階で不審人物の影が監視カメラに捉えられた。返り血を浴びぬようデスクに座る男の背後から、手にしたナイフで頚動脈を切り裂き、影は忽然とその場所から姿を消している。
自らが流した血溜まりの中で1人の男が息を引き取ったのは17時28分の事であった。
脱獄犯が脱獄した場所から、その殺人が行われた場所までの距離、及び、そこに残された指紋などから、それらが同一人物であると断定されたのは19時52分の事である。
その10分後、C4ISR導入により司法局と警視庁が合同捜査に踏み切った。
同じ頃、NATの自然保護団体に於ける最高責任者、柏原一亜氏が殺された事により、同団体が犯人に賞金をかけている。
その額800万円。
賞金首の情報をひたすら流し続けるCATVを見ていた1人の賞金稼ぎが、その額を見て、思わず手にしていたリモコンを落としそうになった。
800万円とは、国内では破格の賞金額である。
「キタキタキタキタ!」
奇しくも彼がガッツポーズを決めたのは、司法局と警視庁の合同捜査が開始されたのと同じ、20時16分のことであった。
【213011】
全ての天候をシステム管理されたドーム状の不夜城都市――23区TOKYO−CITYにも、勿論、雨は降り雷も落ちれば気温は日々変化し、日本ならではの四季も満喫する事が出来る。管理センターから配信される天気予報は90%以上の的中率を誇り、ごく稀に謎の台風などが発生する以外は、はずれる事などなかった。その天気予報によれば今夜の天気は快晴。空には下弦の月が煌々と照り、予想気温16℃の北寄りの風が風速5m/sで吹く。
ササキビ・クミノは風に靡く長い髪をうっとうしそうに片手で押さえ、そのビルの屋上からまるで作りものの夜空を見上げていた。
しかし実際に彼女が見上げているのは満天の星空などではない。彼女の両目を覆うゴーグルの内側に走るのは緑色の電光サインだった。
COMPARE。。。
という点滅が、やがてCOMPLETEに変わると、刹那、無数の文字列が流れ出す。
どれくらい、そうしていただろうクミノは疲れたように軽く目を閉じるとゴーグルをはずした。ゴーグルは実体を持たないデジタルホログラムで彼女の手を離れると闇に解ける。
彼女が見ていたのはNATの自然保護団体に於ける最高責任者、柏原一亜氏が殺された事件に関するデータだった。勿論そこには、警視庁や司法局しか持ち得ない情報も含まれている。どのようにして、それらの情報を引き出しえたのか。
彼女はきざはしへと歩き出した。
欄干の上に立ち、眼下に広がる星屑を散らしたような都市を見下ろす。
このビルで殺人事件が起こったからだろう、すぐ下の車の波に混じってパトカーの赤いランプがいくつも見てとれた。ともすれば、関係者以外立ち入り禁止のこのビルの、更に屋上なんて場所に彼女がいるのは、どういった具合なのか。
特に誰かの指示を受けて今、彼女はこの場にいるわけではなかった。金に不自由しているわけでもなく、故に賞金に興味があるわけでもなく、言ってしまえば、たまたま偶然この近くを通りかかったにすぎない。
通常の脱獄なら司法局が動く。けれどクミノには予感めいたものがあった。過去に培った勘とも言うべきか。案の定、脱獄犯は新たな犯罪を重ね現在も逃亡中なのだ。
お節介は百も承知でこのビルのセキュリティにアクセスした。
「ありえない・・・・・・」
彼女は夜景を見下ろして呟いた。
その言葉を風がさらっていく。
どこか面倒くさそうな顔をしていた彼女の顔が、ふと、口許を綻ばせ楽しげに嗤った。
クミノはゆっくりと摩天楼に向けて一歩足を踏み出した。
コンピュータ管理された電脳都市であっても地球上にある以上等しく訪れる万有引力の法則は、彼女の体を地面へと引き寄せる。
それを目撃していた者達は目を剥き、或いは顔を覆い、一種騒然となったが、彼女の体が地面に叩きつけるような事はなかった。
【220011】
午後10時をまわろうかというのに人の足は減る気配もなく、どころか増え続けているような街を、シュライン・エマは足早に歩いていた。つい先刻までパトカーのサイレン音がそこここで聞こえていたが、今の街は喧騒に埋もれている。
と、突然目の前で女の悲鳴があがった。何事かと周囲の者達が振り返る。シュラインもそちらを振り返り、人々の視線の先を追いかけるように空を見上げた。
1人の少女がビルの屋上の欄干に立っているのが遠目に見える。まだ小学生か中学生くらいだろうか。
瞬間、その女の子は何もない空間へと一歩を踏み出した。
「なっ・・・・・・」
自殺かと慌ててそちらへ向かいかけた足が止まる。
大きく見開かれた彼女の瞳に映る少女が、ふと右手を振った。何をしたのかはわからなかったが、それで少女の体は振り子が弧を描くような軌道を描いて夜の闇へ解けてしまった。
「今のは確か、ササキビ・クミノ・・・・・・」
シュラインは半ば呆然と呟いた。
何度か顔を合わせたことがある。いつも何かの事件で。
それだけに彼女が関わってるとすれば何かあってしかるべきだろう、恐らくは、あのビルで。先ほど聞こえていたパトカーのサイレン音も気にかかる。
シュラインはクミノが飛び降りたビルを目指した。
オフィスビルが立ち並ぶこの界隈でも一際高くそびえる高層ビル。そのビルの周囲にはいくつものパトカーが止められ、何人もの警官が立ち並び、関係者以外立ち入り禁止の黄色いテープが張り巡らされていた。そこに屯する野次馬の群れ。皆一様に屋上の方を見上げているのは、子供の飛び降り騒ぎゆえか。
人だかりをかき分けようとシュラインが意気込んで両手を伸ばすと、傍らに一台の車が停まった。
「シュラインさん!」
声をかけられ振り返ると、車の中から警視庁一課の道頓堀・一が顔を出した。助手席の方から派手な黄色のジャケットを着た外人も顔を出す。確か、探偵は副業で本職はロス市警の、名前はウェバー・ゲイルといっただろうか。
どうしてこの2人が同じ車に乗っているのだろう、訝しく思いつつも見知った顔にシュラインは安堵した。
これで事件の詳しい話しが聞けそうだ。
「大阪くん」
とは、一のあだ名である。これは彼の名字に由来するものだったが、残念ながら彼の出身は福井県であった。
車の方へ駆け寄ったシュラインの前に、車から降りたウェバーが立つ。
「おはようございます、ミス・シュライン」
「こんばんは、ゲイルさん」
シュラインが愛想よく応えると、ウェバーは大仰に胸を押さえて言った。
「あぁ、貴女のような美しい方には、是非、ファーストネームで呼んで頂きたい」
「はぁ・・・・・・?」
呆気にとられたような顔をしているシュラインに、車から降りた一が横から割って入る。
「どうしてこんなところにいるんですか?」
「ちょっとこの辺に用事があって。それより何があったの?」
シュラインが尋ねた。一は人ごみを避けるようにビルの裏口の方へ足を進めながら声を潜める。
「柏原一亜ってご存知ですか?」
「NATの?」
「はい」
「名前ぐらいなら」
知っている。NATの自然保護団体の重鎮、という肩書き程度だが。
「彼が殺されたんです。この、本社ビルで」
「何ですって!?」
一は事件について、掻い摘んでシュラインに話した。
【220012】
定時での帰り道、街はクリスマスを前に派手な電飾で着飾って、夜だというのにそれを忘れさせる明るさだった。そんな街の雑踏を、今年のクリスマスの過ごし方などあれこれ考えながら歩いていると突然不吉な音が鳴った。
この着メロは、職場からの呼び出し音に他ならない。
神宮寺夕日は一瞬嫌な顔をして携帯電話を取り上げた。案の定、お呼び出しだ。
せっかくのアフターファイブを邪魔されて憂鬱な気分で本庁に顔を出すと、C4ISRが始動中だった。
C4ISRと呼ばれる警備捜査システムは、テロが多発した2000年代各国で急速に取り入れられたシステムで、command(指揮)・control(統制)・communication(通信)・computers(電子計算機)・intelligence(知能)・surveillance(監視)・reconnaissance(偵察)の頭文字をそれぞれ取ったものだ。情報ステーションを設け、カメラ映像を用い、より正確な状況伝達をリアルタイムで行う事によって各捜査員が同じデータベースを共有するだけでなく、ステーションにて素早く情報を収集・分析し的確な指揮・統制を行えるようにした、最新式の警備・捜査システムである。
各捜査員には特殊な通信機が手渡されるのだが、既にそれらのレクチャーを受けている者が選出された為、この度、勤務時間外の夕日が呼び出される羽目に陥ったのだった。
今回は司法局との合同捜査となるらしい。
彼女が本庁に駆けつけた時には、既に他の捜査員は散った後だった。
同様に遅れて来た者と組む事になるらしい、相手は司法局員だという。
上司から事件のあらましを説明された。
NATの自然保護団体に於ける最高責任者、柏原一亜氏が殺されたという。犯人は檻のない獄(おりのないはこ)の受刑者、飯野正志。犯人には賞金がかけられたという話だ。警視庁の面子にかけ、なんとしても捕まえる事。そんな言葉で締めくくられた上司の言葉を、しかし夕日は半分も聞いてはいなかった。
賞金がかかっている。それはつまり『あの賞金稼ぎ』が動いてるかもしれないという事だ。
それだけで彼女のやる気は普段の3割増しくらいになる。
既に私情をはさみまくりで彼女は考えた。C4ISRのデータバンクはDLし放題。場合によっては、その情報をリークする事も出来なくもなく、さすれば、あの超が付いただけでは物足りないくらいスペシャル級鈍感男も、何かしら自分の気持ちに気付いてくれるのではないか。
とにかく犯人が捕まればいいのである。捕まえるのは誰でもいいのだ。自分はその誰かが捕まえるのに協力すればいい。この場合、捕まえる誰か、は『あの賞金稼ぎ』に他ならないのだが。
そこにもし、何かしら問題があるとすれば、一緒に組む事になった司法局員ぐらいなものだろう。司法局という名前が堅物を思わせる。情報リークなんてバレたら免職ものだ。いかにそこを上手く誤魔化せるかが問題であったから、第一印象を大切に夕日は気合を入れて顔合わせに臨んだ。
司法局員の男が現れる。
最初、夕日は司法局とは名前からしてお堅いイメージがあったから、スーツにネクタイ、或いは法廷服なんてものを想像していた。
警視庁でも、ノーネクタイで上着は肩に背負うだけ、シャツはよれよれでなんてのはよく見かけるが、これはちょっと今までにない。
カーキ色のシャツの上に着ているのは迷彩色のアサルトベスト。しかも6つもマガジンラックが付いているやつだ。膨らんだポケットには何が入ってるのやら、ベルトにもポーチが5つも付いていた。同じく迷彩色のズボンの裾をトレッキングシューズの中に入れている。背は高いが細身で、これといって逞しい感じでもないのに、これでライフルでも持たせたら、今にもゲリラ戦を始めそうな雰囲気だ。いや、彼が手にしているバッグの中にはしっかりライフルが入ってるような予感がする。
どう考えたって、これから市街へ出る出で立ちではない。
それについて夕日が忌憚なく意見を述べてみたところ、司法局特務執行部、仁枝冬也は答えた。
「いつもはNATでの任務が主なので・・・・・・」
――――なので何!?
と、夕日は内心でチラと思ったが、それ以上は口には出さなかった。出しておけば良かったかも、と思うのは2人で市街に出た後の事である。
犯行現場から逃走経路を割り出し、犯人の行動半径と照合して追跡。その過程で通行人の視線が気のせいか痛かった。
勿論視線は好奇心を伴って迷彩男に注がれているのだが。こんな街中では緑の迷彩色はカモフラージュどころか悪目立ちしてしょうがない。しかもファッションではないのだ。ところどころ薄汚れ、やぶけ、焦げたような跡まである。野戦帰りみたいだ。
NATと言えば自然保護区域だし、行った事はないがブッシュや荒野を想像すると、サバイバルなのかもしれないが、それでもここは都会だと言いたい。樹木が繁るジャングルではなく、コンクリートジャングルの方なのだ。
「顔は悪くないのに・・・・・・」
夕日は頭を抱えるようにして溜息を吐いた。
しかし本人は全く気にした風もなく、先ほどから膝下のタイトスカートから覗く夕日の足元をチラチラと見やっていた。
それに気付いて夕日が冷たい視線を冬也に向ける。
「何ですか?」
どこ見てんのよ! と内心で毒吐きつつ。
「いや、足、大丈夫なのか?」
と、冬也が尋ねた。
返って来た言葉があまりにも心配そうだったので、夕日は咄嗟に面食らう。
「え? 足?」
と、自分の足元を見やるが特に異変はない。
「別に大丈夫だけど?」
夕日は答えた。
よもや彼が彼女のハイヒールを気にしていたとは気付かない彼女である。
「・・・・・・なら、いい」
勿論、彼の方も、足に異常はないという意味の彼女の大丈夫、を、ハイヒールでも大丈夫、という意味に解釈しているのだ、が。
双方、細かい部分での意思の疎通はみられなかったが、大雑把なところで合致しているので、特に問題はないだろう。
夕日はハイヒールでも全力疾走が出来るのだ。
【223011】
犯人の名前は飯野正志。檻のない獄(おりのないはこ)の受刑者であり脱獄者である。檻のない獄は一般的に軽犯罪者に適用される刑務システムで、彼は2年前横領の罪で捕まり、昨年実刑判決が出ていた。
彼と被害者の関係は、飯野が勤めるNAT開発事業部での最重要取引先と一社員であったか。NATの管理システムを巡って2人が揉めていた事が、今回の事件の直接的原因とみられている。しかしこの2人の関係はもっと根が深い。飯野が横領の罪で捕まったのは、彼が被害者である柏原の第一秘書を務めている時だった。主の罪を部下がかぶる、という図式は何も今に始まった事ではない。可能性として復讐の線も考えられるため、同時に2年前の横領事件についても再捜査が進められていた。
「NATの管理システムねぇ・・・・・・」
ウェバーはC4ISR端末の録画機能で殺人現場から侵入経路・逃走経路の再入力を行いながら呟いた。C4ISR導入に伴い、ロス市警での経験を買われて警視庁から協力要請があったのだ。
道頓堀・一、こと、大阪くんの話しによれば、今でこそNATは自然保護区域などと呼ばれているが、かつてはバイオテクノロジーの廃棄物処理場のような場所だったという。廃棄されたバイオ汚染により異形の生物が蠢く無法地帯となっているのだそうだ。噂では食人花(マンイーター)なんてものも生息しているらしい。その為の管理システムなのだろう、自然を保護するためにそれらを駆逐しようというのか。自然の淘汰を待つという選択肢を捨てコンピュータの介在しない場所に、それらを持ち込もうというのだから人間も勝手なものだ。
大阪くんがそれらをシュラインに説明しているのを背に、インプットを終えたウェバーはデータの照合を開始した。C4ISRの醍醐味は、何より現場にいない相手にも現場の状況を視覚的に伝えられるという点だ。その上、こうやって現場を画像データとしてインプットしておけば後で別の場所にいても簡単に再確認が出来るし、こうやって建物の見取り図との照合も出来るから、通気口や隠し部屋のチェックなんてのもスムーズに出来る。
と、突然照合の途中で通信が中断された。
『Access Error』の文字。
「ん?」
首を傾げつつウェバーは「再試行」するがエラーメッセージは消えなかった。
「ステーションにアクセス出来なくなっちまった」
呟いたウェバーに一が振り返る。
「え?」
「ステーション?」
シュラインが尋ねた。
「今回の捜査システムなんですけど・・・・・・」
一は答えながら、ウェバーの元に駆け寄りC4ISR端末の画面を覗き込んだ。
「本部で何かあったんでしょうか?」
「敵襲ってか?」
何故かニヤリとウェバーが笑う。気のせいか楽しそうに見えた。トラブル結構。
それとは正反対に一が沈うつな顔をした。
「・・・・・・何となく、嫌な予感がします」
【223012】
「司法局は単独任務が基本なんだ」
街を歩いていると、突然、何の脈絡もなく冬也が話し始めた。
「え?」
夕日が何事かと振り返る。
「だから共同任務は苦手だ」
と、彼は言った。
「はぁ・・・・・・」
夕日は呆気に取られたように相槌をうつ。
「何かあったら、たぶん、あなたの事は忘れてしまう」
「・・・・・・・・・・・・」
忘れるってなんだ? と夕日は冬也をマジマジと見返した。普通、あまりこんな風にしては聞かない言葉である。時に忘れられるような事があったとしても、先に宣言するものだろうか。
しかしそこでふと、夕日は彼の言葉を拡大解釈してみる事にした。
自分は出来れば『あの賞金稼ぎ』と一緒に犯人を追いかけたい。それには彼に自分の事を忘れてもらうのは、願ってもない事ではないのか。
「要するに、お互い勝手にやりましょう、という事ね」
彼女が言った。
彼は一瞬考える風に視線をさ迷わせたが、こくり、と首を縦に振った。
相変わらず細かいところで意思の疎通はみられなかったが、大雑把なところで意見は合致していたようである。
2人はそこで二手に別れた。
表向きは、手分けして、といったところだろうか。
冬也と別れて夕日はさっそくC4ISR専用の端末を取り出した。『あの賞金稼ぎ』と連絡を取る前に、ある程度情報を引き出しておこうと思ったのである。
データ参照のコマンドを入力して、パスワードを入れた。
画面には『Access Error』の文字。
「え?」
何か操作を間違えたのかと慌てて最初からやり直すが、何度やってもエラーになった。電波が繋がらないのかと、いろいろ向きを変えてみたりするが一向に繋がる気配はない。
夕日は踵を返した。
まだ別れてからそう時間は経っていない筈だ。
通りの向こうに目立つ迷彩色の男を見つけて走り出した。自慢じゃないがハイヒールでも2秒フラット。
突然自分の隣に現れた夕日に、一瞬目を見開いた冬也だったが先に口を開いた。
「どうした?」
「通信機がステーションにアクセス出来なくて」
夕日が言うと冬也は呆れたような顔をして、彼自身の端末機を取りだした。端末機は個別にパスワードが違うため、他人のものは扱えないのだ。
「レクチャーは受けてる筈だろ?」
どうやら使い方を間違えてると思われたらしい、夕日は一瞬ムッとしたが大人しく待つ。
冬也が端末機を操作した。
「どう?」
夕日が顔を覗かせる。
「ダメだ。アクセス出来ない」
「それって?」
冬也が携帯電話を取り出しどこかへ連絡を取り始めた。しかしそちらも繋がらなかったらしい。
「本部に何かあったようだな」
「えぇぇぇぇぇぇ!?」
この夕日の悲鳴にも似た声は、驚愕よりも非難のそれに近かっただろうか。本部に何かあった事に驚いているというよりは、情報が引き出せなくなった事がショックなのだろう。
しかし微妙に意思の疎通はみられなくても、大雑把な部分で合致している2人である。
「一度本部に戻った方が良さそうだな」
「そうね」
2人はそうして警視庁に置かれた捜査本部へと踵を返したのだった。
【224511】
そこはまるで襲撃を受けた後のような悲惨さだった。
C4ISRの要ともいえるステーションは、殆ど壊滅状態だったのだ。停電は予備の発電機で何とか凌いでいるが、復旧の目途は全く立っていないと言ってもいい。
「これは・・・・・・」
一に通され、本部に足を運んだシュラインはその凄まじい光景を目の当たりにして絶句した。
PC端末はデスクから落ち、液晶画面は歪んだ何かを映し出すばかり。心なしか焦げたような匂いもする。
レッドランプの点滅する大型スクリーンの前で見知った1人の女性が壊れた機械人形のように何度も頭を下げていた。
「すみません。自分、不器用ですから」
いや、既にこれは不器用というレベルのものではないだろう。呆れたように一が彼女元へ向かう。
警視庁捜査一課の葛城・理がC4ISRのオペレータを担当していると話しに聞いてはいたが、これは明らかに人選ミスだろう。シュラインも床を這うコードやら、落ちたPCやらを避けながら、理の元へ向かった。
「どうしたんだ一体?」
「どうしたも、こうしたも・・・・・・」
理への問いかけに横から口を挟んだのは、パンツルックの女だった。どこか疲労感を漂わせ壊れたように笑っているが、頬はピクピクと引きつっていた。
理と一緒にオペレータを担当していた藤堂・愛梨である。彼女はがしっと一の胸倉を掴むと涙を浮かべて訴えた。
「データロード中に回線コードを断ち切ってくれのよ」
「でも、その程度じゃデータ破損は・・・・・・」
横から口を挟んだシュラインに、愛梨はキッと睨み付けて言った。
「バックアップ起動中にお茶をこぼしたのよ」
「・・・・・・・・・・・・」
もう、言葉を挟む余地すらない。
「勿論、分散化システムだから、メインが破損したくらいじゃ大した事はなかった筈なんだけどね」
「すみません。自分、不器用ですから・・・・・・」
そう言って理が掲げて見せたのは何かのケーブルだった。勿論、その先端は既にどこにも接続されていないようだったが。
「それで申し訳ないと思ってなおそうとしてくれたのよね」
愛梨は疲れたように一から手を離した。
「どうやら違うところに繋いでしまったようです」
元気いっぱい答える理に、悪気はない。
「・・・・・・・・・・・・」
まだ、先は長く続きそうな気配だった。そりゃそうだ。ここまで酷い状態になるには、まだまだいろいろ何かあっただろう事は想像に難くない。
しかし、それらを事細かに聞いてやる理由は、一にもシュラインにも勿論ウェバーにもないのだ。
彼女らの説明を遮るようにしてシュラインが尋ねた。
「で、いつ頃復旧するのかしら?」
「今、リロード中ですが、後2時間くらいはかかると思います」
愛梨が答えた。
「2時間か・・・・・・」
誰もが遠い目をした。
「まぁ、まぁ、気を落とすなって」
意気消沈している面々を見兼ねたのかウェバーが口を開く。
「そうだ、こんな話を知ってるかい?」
陽気なアメリカ人はその場に不似合いなほど豪快な笑顔で場を和ませようと、よく通るだみ声で言った。この時彼は、今こそ自分の出番だ、と確信していたに違いない。
惨状に紛糾していた他の面々も彼の声に顔をあげて注目した。
ウェバーは言った。
「娘がファッション雑誌ばっかりを眺めていたから俺は言ったんだ。『リンカーンはお前と同い年のころ暖炉の脇で本を読んでたんだ』ってな。そしたら娘はなんて言ったと思う?」
そこで言葉を切って、ウェバーは妙な間を溜める。
「『リンカーンはパパと同い年で大統領だったよね』だってよ! ぶっはっはっはっはっ」
シーーーーーーーーーーーーーン。
沈黙は意外と短かった。
とはいえ、ウェバーが思い描いていたような爆笑の渦が巻き起こったわけではない。
ただ、皆、何事もなかったかのように作業に戻ったり、今後について意見を交換し始めただけだった。時に人はそれを、こう呼ぶ――無視、と。
「・・・・・・ジョークの通じない連中だなぁ」
ぶつぶつと呟きつつ、所在なげにウェバーは後退った。
どこの世界にもその道のエリートがいてアウトサイダーがいるものだ。こういう反応には慣れている。ちょっと寂しいけど。くすん。
「しかし、日本の警察機構もやわいなぁ・・・・・・。この程度でコントロール(統制)が失われるとは」
ぼそりと呟いたら、そこで作業をしていた男に睨まれた。
ウェバーはそそくさと1人本部を出る。
「えぇっと・・・・・・トイレ、トイレ・・・・・・」
と呟きながら。
【235511】
本部の惨状を目の当たりにして、今後の方針について上司から指示を受けている時、その男は忽然と姿を消していた。夕日も上司も、暫く気付かなかったほど鮮やかに。一体いついなくなったのやら。
C4ISRが機能しなくなった以上、通常の捜査に移行する。つまりは人海戦術というやつだ。夕日はがっかりしたが仕方がない。
これも警視庁のデータを賞金稼ぎに横流ししようとした罰が当たったのだろうと、そんな事を考えながら街を歩いていると、突然肩を叩かれ、夕日は咄嗟に身構えるほど驚いた。何かの街頭アンケートとか、ティッシュ配りではない。気配が全くなかったからだ。
振り返ると迷彩男が立っていた。
「・・・・・・・・・・・・」
どこ行ってたのよ、とは聞かなかった。何かあった時は忘れると宣言してたほどの男だ。本当に忘れていたのかもしれない。こうなるとむしろ、何故思い出したのか、という事の方が気になるというものだ。
「こっちだ」
と、冬也は夕日を促した。別行動で捜査じゃなかったのか、と内心で思ったが、別段強い語調ではないのに有無を言わせぬ雰囲気の彼の言葉に、つい従ってしまう。夕日がついて来ない可能性など微塵も考えていないのだろう、確認もせずにずんずん歩いて行ってしまうところが、多少気に食わなかったが。
しかし、この男はどうやって街を歩く夕日を見つけられたのだろう。
冬也は小さな廃ビルに入って行った。
「え? ちょっ・・・・・どこに行くの?」
夕日が尋ねたが返ってくるのは無言。
もしかしたら、また忘れられたのか、と夕日が不安に思い始めた頃、そのビルの屋上に着いた。
「・・・・・・ここは?」
尋ねる夕日に冬也がポーチから何やら取り出して夕日に投げた。
双眼鏡のようである。
冬也が街の一点を指したのでそちらの方を向いて双眼鏡を覗き込んだ。こんな夜中に見えるのかと思ったが、それは高性能の熱感知型暗視スコープだった。街の雑踏が詳細に見える。
「竹下ストリートの通りに面したオープンカフェだ」
と言われて夕日はその場所を探した。
「あっ・・・・・・」
自然漏れる。そこに、超がつく鈍感男が机の影に隠れているのを発見したからだ。
「飯野正志はいたか?」
ライフルを組み立てながら冬也が聞くのに、慌てて夕日はその周辺を捜す。――――いた。
そうか、『あの賞金稼ぎ』はちゃんと犯人を追い詰めていたのね、なんて嬉しく思っていると、今度は耳栓を渡された。
「え? 何これ?」
しかし彼は答えずにライフルの照準器を覗いている。
「ちょっ・・・・・・!? まさか、撃つ気?」
夕日の問いに、だが彼は答える気はないらしい。それとも、また忘れられたか。
彼はそこでふと照準器から顔をあげ、驚いたように呟いた。
「賞金首?」
「え? 賞金首?」
考えてみれば飯野正志も賞金首だったのだが。
夕日は双眼鏡を再び覗いた。『あの賞金稼ぎ』こと深町・加門の傍らに、CASLL・TOを見つけて合点がいったように双眼鏡から顔をあげる。
「あ、彼はあんな顔だけど賞金稼ぎよ」
思えば、あんな顔だけど、も、酷い言い草だ。CASLLだって望んで強面なわけではない。
「賞金稼ぎ?」
冬也が怪訝に首を傾げた。
「えぇ」
「そうか」
実は冬也は加門の方を指して賞金首、と呟いていたのだが、そうとは気付かない夕日である。
相変わらず細かい部分での意思の疎通のない2人であったが、大雑把なところで合致しているので問題はないだろう。
深町加門もれっきとしたライセンスを持つプロの賞金稼ぎ屋だったのだから。
【240000】
23区TOKYO−CITYのちょっと西より。エリア渋谷・原宿の竹下ストリートで今時珍しい銃声が轟いた。
普通はサイレンサーくらい付けてんだろ、と机の影に隠れながら加門は舌打ちしたが、今は決してそんな事を問題にしている場合ではない。
悲鳴と共に、そのオープンカフェから人がさっと引いたのだから、それはある意味良かったのではないかとCASLLなどは思っていたが、それもこの場合、微妙に今の状況に即した話ではない。
突然、街中で始まってしまった銃撃戦。
お茶の使者がくれた情報に犯人が潜伏していると思しき場所へ駆けつけたら、突然犯人が驚いたように発砲してきたのだ。
「お前、目立ちすぎだ」
と加門は悪態を吐いたが、CASLLとしては加門のせいだと言いたかった。自分は自慢じゃないがこの顔だから、同業者に見えこそすれ、敵対視されるような事はない筈である。
結論からすれば、そんな話しはどうでも良くて、また、どちらでもなかった。
そもそも犯人が発砲した相手はこの2人にではない。彼らの後ろにいるロス市警、ウェバーゲイルに向けられていたのだから。
彼らが駆けつける前から銃撃戦は始まっていた。
ただ彼らがその音を聞いてなかったのは、彼らが地下鉄で現場に駆けつけたせいである。逆方向に駆けて行く人の波をかき分け地上に上がった2人は、まんまと銃撃戦の間に割って入る形となったのだ。慌てて近くの机の影に飛び込む。
勿論、ウェバーの存在に気付いてない二人だ。
「こっちも応戦するぞ」
そう言って加門はトレンチコートの内ポケットに手を突っ込んでそれを掴むと構えた。はっきり言って銃火器の類は得意ではなかったがやむ終えない。牽制ぐらいにゃなるだろう。これだけ周りに人がいなけりゃ、うっかり他人に当たる事も滅多にあるめぇ。
「・・・・・・・・・・・・」
しかしそれには引鉄がなかった。
CASLLが一瞬固まる。
恐らくは犯人も面食らったに違いない。
加門が構えたのは銃ではなかった。エリア千代田の生活環境条例とやらのおかげで最近、タバコ代わりに持ち歩くようになったのだ。
「そんな・・・バナナ・・・・・・」
加門がボソリと呟いた。
「ぶっはっはっはっはっはっはっ!!」
背後で大爆笑する声にCASLLも加門も振り返る。
そこには黄色いジャケットを着た目立つ男と童顔少年のでこぼこコンビが机から顔だけ覗かせていた。言わずと知れたウェバーと雪森・雛太である。何ゆえ2人が行動を共にしているのかと問えば、所謂トイレのくさい仲というやつだった。
「なんで、おめぇらがここにいるんだ」
尋ねた加門に雛太は困惑げに頬を掻いた。
「まぁいろいろ」
話せば長い話しになってしまうので、これ以上は割愛する。ついでに銃撃戦が始まってしまった理由も、トイレでうっかりウェバーが刑事である事をくっちゃべってしまって、それが犯人に漏れてしまい、慌てた犯人が発砲したというような長い経緯があるわけだが、同様に割愛するとしよう。
「笑うとこじゃありませんけど」
冷静に雛太がウェバーに突っ込んだが、どうやら今のはウェバーの笑いのツボに嵌ってしまったらしい。
「だって、そんなバナナって、バナナって・・・・・・」
目尻に涙まで溜めて腹を抱えている。
緊迫感の欠片もない。
呆気に取られている3人をよそに、犯人がこれ幸いと走り出した。
それに気付いて加門が机を飛び越える。
「逃がすか!」
「あ、バナナ、貸して下さい!」
そう言ってCASLLが加門からバナナを取り上げた。
「アクションです。アクション」
なにやらCASLLが小声で囁く。つられるように加門が言った。
「アクション?」
その瞬間CASLLの顔付きが突然別人に変わった。
ただの強面が迫力のある強面になった、とでも評するべきか。妙な気迫がこめられている。
「止まらないと撃つぞ!」
仁王立ちにCASLLが大音響で犯人に威嚇した。
まるで銃を両手で構えるように。
だが彼が手にしているのは、やっぱりバナナだった。
どっからどう見たって、バナナなのだ。
そもそも加門が持っていたときからそれはバナナだったのだから。
にも拘らずどんなマジックを使ったのか、今、CASLLの持っているそれが拳銃に見えてしまうのだから、世の中なかなかに侮れない。たとえそれが黄色くても夜の闇に黒っぽく見えるならノープロブレム。
犯人はCASLLの迫真の演技に飲まれて立ち止まった。
落ち着いて考えてみれば、あれがバナナだったという事を思い出せたかもしれない。しかし残念ながら犯人には思い出す事が出来なかったようである。
「さぁ、こっちに拳銃を渡してもおう」
いつの間にやら、何かの役になりきったらしいCASLLがゆっくりと犯人との間合いを詰めていく。
犯人は、じりじりと後退った。
加門も雛太も呆気に取られてそれを見ていた。
ウェバーは笑いを堪えるのに必死らしい。
サスペンス映画3本立てをまとめて見ているような錯覚に誰もが陥った頃、事態は急展開を迎えた。
どうやら犯人も、この緊迫した状態に耐え切れなくなったらしい。殆ど錯乱状態で持っていた銃の引き金を引いたのである。
闇雲に撃ち始めたそれには照準も何もあったものではない。
弾の1つが傍の店のショーウィンドウを割って、吹き抜けに10mはあろうかというクリスマスツリーに当たった。
ツリーが倒れ始める。殆ど人がいなくなった筈なのに、よりにもよってその店内には、逃げ遅れたのか迷子らしい小さな子供が泣いていた。
その子めがけてツリーが倒れていく。
CASLLが走り出した。
子供に覆いかぶさるように滑り込んで。
クリスマスツリーはだが、突然倒れる方向を変えて誰もいない方へと転がった。
「全く、何を考えてるのかしら」
クミノは呆れたように呟いて構えていた銃を下ろした。クリスマスツリーの軌道を変えようとして咄嗟に構えたが、それよりわずか早く彼女の傍らを抜けていく弾丸があったので、撃つまでには至っていない。
弾が風を切って飛ぶ音と、後に続いた銃声から距離を測って、射角からスナイパーの位置を瞬時に計算するとゆっくりそちらを振り返った。
廃ビルの屋上にそれを見つけて軽やかな足取りで彼らの元へ訪れる。
クミノが彼に近づくと、彼は持っていたライフルを取り落として突然膝を付いた。
それにクミノは一瞬眉を顰め溜息を吐く。
「・・・・・・Sランクの感応力者がいるとは聞いていたけど、ここまであからさまなのは初めてね」
彼女の周囲には半径20mにわたり認識不能致死性の障壁が張り巡らされている。致死と言ってもその効果が現れるのは24時間後だ。認識不能であるから普通は誰も気付かない。ただ、ちょっと体が重くなったかなくらいに思う者はいるかもしれないが、それも滅多にない事だった。
だから、こういうのは珍しい。
クミノは思い当たる名前を口にした。
「司法局特務執行部、仁枝冬也」
クミノの言葉に、彼は膝を付いたまま顔を上げた。
「俺を・・・知っているのか?」
「さぁ?」
クミノは小さく首を傾げてみせる。情報としては勿論知っていた。彼女のもつ第6世代電脳機、そこに存在する膨大な情報の中に。
けれど実物を見るのは初めてだった。
突然現れた女の子と冬也を交互に見やりながら、夕日は困惑している。
「どうして? もう気付いているのでしょう?」
クミノが冬也に尋ねた。
「・・・・・・・・・・・・」
冬也は答えない。まるで重力に必死で抗うように、ただ両手で倒れそうになる体を支えているだけだ。
「ありえないわ。彼が犯人であるなど」
クミノが続けた。
「え?」
夕日が驚いたようにクミノを見る。
しかし、クミノは夕日には目もくれず冬也を見下ろしていた。
「なるほど。トラッカードッグとはそういう意味か」
彼を知る者は、彼の事をトラッカードッグ(追跡犬)と呼んだ。しかしそれは決して誉め言葉などではなかった。追跡の腕は買うが、所詮狗といったところか。ハンドラー(犬使い)の指示でのみ動く忠実な狗。言われた事を言われた通りにやってみせるが、それ以上は決して動かない。たとえ上の判断が間違っていようとも命令を完遂する。それ故に揶揄をこめて呼ばれているのだ。
「・・・・・・・・・・・・」
冬也は口を開かず。
「どういう・・・・・・事?」
夕日が尋ねた。
――――彼は、飯野正志は犯人ではないというの?
「やっぱり、おかしいわ」
パソコンを叩く手を休め、シュライン・エマが呟いた。
情報収集の為に立ち寄った警視庁傍のネットカフェである。
警視庁一課の道頓堀・一が怪訝に首を傾げた。
「どうしたんですか?
「考えてもみて。飯野正志は何の為に脱獄したの?」
「え? それは、殺人を犯すため・・・・・・」
一が面食らったように答える。
「そうよ。つまりこれはれっきとした計画的犯行よ」
「はい」
檻のない獄なら受刑中でも犯行に及ぶ事ができる。発作的な殺人なら脱獄するのは犯行後だ。言い換えれば先に脱獄したのは最初から殺す事を考えていたという事ではないのか。
「それにしてはお粗末過ぎるわ」
「・・・・・・・・・・・・」
考える風に指で口許をなぞってシュラインは続けた。
「あまりにも足跡が残っている。そしてどれも彼の犯行を裏付けるものばかり」
「・・・・・・・・・・・・」
確かに言われてみれば指摘の通りだった。凶器は無造作に投げ捨てられ、そこにははっきりと指紋が残っているような有様だったのだから。
「まるで、お膳立てされたように」
「まさか・・・・・・」
一は愕然と呟いた。
「殺されたのはNATの保護団体の最高責任者。彼を煙たがってる人間は意外に多いんじゃない?」
「・・・・・・・・・・・・」
それでなくとも妬みや嫉妬は普通にある感情だ。誰からも慕われているトップというのは考え難い。揉めていた相手は飯野以外に居てもおかしくないのではないか。
「あれだけの足跡を残し、セキュリティーのことごとくに引っかかりながら、未然に犯行を防げなかったのは何故?」
「・・・・・・・・・・・・」
一には最早答えられなかった。シュラインは更に続ける。
「その上、見事に逃げ果せている。つまり黒幕がいてもおかしくない。にも拘らず単独犯なんて変だわ」
「・・・・・・・・・・・・」
確かに、おかしい・・・・・・だろうか。
「2人はNATの監視システムを巡って揉めていたのよね? 2人が消えて得をするのは誰?」
「・・・・・・・・・・・・」
そう、柏原だけでなく、2人が消えて得をする者。
「ネットでは少し前から噂があった。NATには重犯罪者による地下組織があると。けれどこの噂は殆ど大きく取り上げられた事はない」
「・・・・・・・・・・・・」
噂は噂のまま小さくくすぶっている。ネットという特異な場所では、これは珍しい部類に入るのではないか。アングラサイトですら殆ど囁かれていない噂。例えば誰かがネットに流れ出るそれらの膨大な情報を操作しているのだとしたら? そんな事が出来る組織があったとしたら、もしかしたら今回の事件は?
「司法局の特務執行部は、そもそもNATに逃亡した重犯罪者を捕縛する為の特殊部隊の筈でしょ。どうして彼らが今回の事件の捜査にあたっているの?」
「・・・・・・・・・・・・」
脱獄犯を追う特務の中でもNATでの捕縛を専門に行うチームが、この事件に参加している理由。
「司法局は何かを隠してるんじゃないの? いいえ、C4ISRのデータバンクにその詳細な情報があって・・・・・・」
少なくともNATで動く彼らなら、ネット以上の地下組織に関する情報を持っている筈ではないのか。たとえそれが、今回の事件と関係なくとも。
と、突然、一が持つC4ISR端末が鳴りだした。
一がシュラインの言葉を片手で制して通信を開く。
それから暫く本部と何かやりとりをしていた彼は握り拳に親指だけ立てて彼女に言った。
「ビンゴです」
CASLLと加門が犯人を追いかけて通りを曲がっていく。ウェバーと雛太もそれに続こうとした。
そこへ突然、1人の男が立ちふさがった。
迷彩色の上下にカーキ色のブルゾンを羽織っている。
「ウェバー・ゲイルさんですね」
と、男が言った。
「んぁ? 貴様、誰だ?」
ウェバーが不機嫌そうに聞く。
男は手首にはめられている腕時計のようなものを開いて、IDタグをウェバーに向けた。
「僕は司法局特務執行部所属の高野・千尋と言います。捜しましたよ。通信機はちゃんと携帯しといてくださいよ」
非難がましくそう言って千尋がウェバーにC4ISRの端末機を差し出した。
「警視庁の15Fのトイレの窓の傍に落ちていましたよ」
何とも説明的なセリフだ。
「いやぁ、すまんすまん。で、何の用だ? まさか通信機を届けにきただけ、ってわけじゃないんだろ?」
「すぐに本部に戻ってください」
「何!? 犯人を目の前にしてか?」
「あんな小者は賞金稼ぎの皆さんに任せてしまって構いません」
「あんな小者?」
尋ねたのは雛太だった。
そう言えば先ほど、クミノもそんな風に呼んでなかったか?
「こんばんわ」
冠城・琉人は相変わらず小春日和を思わせるようなのほほんとした口調で声をかけた。
追っ手から逃げる為に咄嗟に飛び込んだ路地裏で待ち伏せされ、犯人はその場に立ち竦んでいる。
「追いかけっこも、そろそろ終わりにしましょう」
にっこり笑って琉人が男の前に右手を掲げた。
いい感じに犯人は疲労している。警視庁や司法局が突然彼を追うのをやめたのが多少気になるが、うまく他の賞金稼ぎ共をまいてきてくれた。全ては自分に捕まえられるために。これも神の思し召しか。
琉人は手の平に意識を集中した。犯人が殺した男の霊の怨嗟の声を、直接彼の精神に叩き込もうというのだ。そうして彼を昏倒させ捕縛する。
しかしそれは完遂されたなかった。
ただ、驚いたような顔をして、琉人は目の前の男を見つめていただけである。
「・・・・・・誰なんですか、あなたは?」
そこへ加門とCASLLが駆け込んできた。
「わっ! またてめぇ、横取りする気か!?」
そう言って走ってくる加門に琉人は肩を竦める。
「今回は2人にお譲りしますよ」
琉人が言った。
「おっしゃぁ!!」
加門が掛け声宜しく犯人に被り付く。
CASLLも犯人の足めがけてタックルした。
「800万は俺のものだ!」
倒れた犯人の背中に足を乗せ、ガッツポーズを決める加門らを背に琉人は溜息を吐いた。
「だからだったんですね・・・・・・」
警視庁や司法局が彼を追うのをやめたのは。
「30分ほど前、ウェストゲートの出門ログに真犯人の出門が確認されました」
と、千尋が言った。
「え?」
雛太が目を見開く。真犯人とはどういうことだ?
「つまり?」
ウェバーが千尋を促した。
「柏原一亜を殺害した犯人はNATに逃げ込んだ、という事です」
彼はサラリと言ってのけた。
「・・・・・・だって犯人は」
飯野正志ではなかったのか。
「賞金首の情報も20分ほど前に更新されている筈ですよ」
「・・・・・・じゃぁ、あれは?」
雛太が、飯野正志の逃げて行った先を指す。
「たぶん捕まえても何の情報も持ってないでしょうね。お情けで賞金の方は5万円ほど残すように手配してあります」
「・・・・・・・・・・・・」
呆然としている雛太を気の毒そうに見やって千尋が言った。
「まぁ、気を落とさず。800万の賞金は、まだ有効なんですから」
ポンポンと元気付けるように雛太の肩を叩く。
「あ、そういえば、こんな話を知っていますか?」
千尋が尋ねた。
「はい?」
この語り出しは、どこかで聞いた覚えがある。あまりろくでもない記憶だったので雛太は咄嗟に身構えた。
「ある犬が、警察犬募集の広告を見て面接を受けに行ったんです。面接官はそこで『警察犬と言えどもバイリンガルでなくちゃねぇ』と言いました。そうしたら、その犬はなんて答えたと思います?」
そこで彼は微妙な間を溜めて、顔を寄せると耳打ちするように声を潜めて言った。
「『にゃーお』」
「・・・・・・・・・・・・」
「ぶっはっはっはっはっは」
絶句している雛太の横で、大爆笑している男が1人。
きっと感性がどこかで一致してしまったに違いない。
ウェバーは千尋の肩をバンバン叩いて。
「グッ、ジョブ、ブラザー」
拳に親指を立てて、ウィンクしてみせた。
千尋も拳に親指を立てて返したりなんかしている。
肩なんか組んじゃったりして、2人は意気投合したようだ。
「本部に戻りましょう」
「おう」
「あ、すみません。ちょっとダウンしちゃった奴がいるんで回収に行かなきゃいけないんですけど、手伝ってもらえます?」
「あぁ、任せろ」
ってな具合で、2人仲良く歩き出した。
「・・・・・・・・・・・・」
どうやら完全に忘れ去られてしまったらしい雛太は、去っていく2人の背に手を振って彼らを見送った後、辺りをキョロキョロ見渡した。
麗子に連絡が取りたい。
携帯電話がないので公衆電話を捜す。10円玉を投入して電話をしたら「うっさいわね!」と言われて速攻電話を切られた。
どうやら誰かと間違われたらしい・・・・・・。
「つまり、彼は囮なのね」
夕日が尋ねた。
「そう。真犯人がNATに逃れる為の」
クミノが答えた。
「・・・・・・・・・・・・」
「気付かなかったのならともかく、気付いていて囮を追い続けるなんて、私には理解出来なかったけど、トラッカードッグなら仕方がないか」
「・・・・・・・・・・・・」
クミノの言葉に夕日は冬也を見やる。
自分は気付いていなかった。はっきり言って『あの賞金稼ぎ』の事で頭がいっぱいで、それどころではなかったからだが、このクミノの口ぶりから察するに冬也は気付いていたという事だろうか。気付いていて、それでも尚、彼は飯野正志を追っていた。何故?
「それともまだ、司法局は警視庁に隠し事をしているのしら?」
「!?」
夕日が咄嗟にクミノを振り返る。
クミノは相変わらず感情の見えない顔で冬也を見下ろしていた。
「・・・・・・・・・・・・」
冬也は何も答えなかった。先ほどから彼は辛そうにしていたから、返す言葉がないだけなのか、返す気力がないからなのか、判然としない。
「犯人がNATに逃げ込んでくれた方が都合が良かった・・・・・・」
冬也の言葉をまるで肩代わりでもするかのようにクミノは呟くと、踵を返した。
「って、とこかしらね。普通は24時間なんだけど貴方は1時間ももちそうにないから、そろそろ失礼するわ」
「・・・・・・・・・・・・」
それから思い出したように顔だけ振り返る。
「邪魔・・・・・・だったかしら?」
そう言って彼女は屋上から飛び降りた。
その瞬間、張り詰めていた糸が途切れたように冬也がくずおれる。
「ちょっ・・・・・・ちょっと!?」
慌てて夕日が駆け寄ると、それより早く別の手が彼の体を支えていた。
「貴方は・・・・・・」
冬也の体を持ち上げたのはウェバーだった。
「こんばんは」
と、彼は微笑んだ。
「これは、俺が回収していきます」
その隣で浅黒く日焼けした顔を破顔させてカーキ色のブルゾンを着た男が言った。
「えぇっと・・・・・・?」
状況が掴めずに夕日は困惑する。ウェバーは確かロス市警に務めている人で、このカーキ色のブルゾンは・・・・・・何の根拠もないけど、司法局の人間のような気がした。迷彩服の上下というところが、妙な確信をさせる。という事はC4ISRの捜査員か。
「神宮寺夕日さんだね。本部に召集命令がかかってる筈だけど」
言われて夕日は初めて、自分のC4ISR端末が鳴っている事に気付いた。
犯人を前に本部に召集。犯人を追う必要はない。
つまりは飯野正志は犯人ではないという事だ。
夕日は溜息を一つ吐いて千尋に声をかけた。
「あの・・・・・・犯人はNATに逃げ込んでくれた方が都合がいいんですか?」
自分よりも背が高い冬也の体をウェバーから受け取って、軽々と肩に担ぎあげた男が夕日を振り返る。
夕日にはクミノが残した言葉が気になって仕方がなかった。
『司法局は警視庁に隠し事をしているのしら?』
「悪いとは言わない。さっきのような銃撃戦があった場合NATなら巻き込まれるのは、せいぜい自然だから。でも最初からそれを見越して犯人を野放しにした、という事はない」
「・・・・・・・・・・・・」
彼はまっすぐな目でそう言った。それからふと、表情を緩める。
「と、俺は信じたい。残念ながら俺は組織の人間で、しかも下っ端だからね、上が何を考えてるかまではわからない。上からの命令を完全に無視する事も出来ないし、それをやったら組織は組織として成り立たなくなってしまう。それは警察機構も同じだと思うけど?」
それが彼の本音なのだろう。
「そうね・・・・・・」
夕日は溜息を1つ吐いた。司法局がたとえば本当に情報を隠していたとしても、それで彼らを疑ったり信用しないのはちょっと違うような気がした。警察機構も同じだから。
「さっきクリスマスツリーを撃ったのは、このあんちゃんか?」
ウェバーが冬也のライフルを拾いながら尋ねた。
「え? あ、はい」
咄嗟に夕日が答える。
「すげぇな」
ウェバーがヒューと口笛を吹いて感嘆の声をあげた。
「そんなに凄いんですか?」
夕日が尋ねる。無造作にやってのけていたので、そんな凄い事のようには見えなかったのだ。
「当たり前だ。普通の銃は、構えて・狙って・撃つ、で済むが、狙撃はまた別もんだぜ。構えるまでにもいくつものプロセスをふむ。その上狙うにゃ更に技術がいるんだ。それをツリーが倒れ始めてから倒れてしまうまでの間に全部やってのけちまったんだぞ。着弾から銃声まで1秒弱のタイムラグがあったって事は、ここからあそこまでは直線距離で4〜500mってとこだ。その距離で動く標的にピンポイントで当てたんだ。これ凄いって」
ウェバーは熱く語り始めた。
一般にライフルの弾は音より速く飛ぶ。花火と同じ理屈だが、着弾から銃声のタイムラグは1秒で630mと言われている。そこから直線距離を算出したのだろう。
狙撃では、風速や風向きによる照準調整もさることながら弾丸1つ取ってもどれを使うかに細心の注意が払われる。弾が貫通したり、それた後の事まで考えて選ばれるのだ。万一一般人などに届かないように、貫通する弾、しない弾、致命傷を与えられる弾、など、場所や場面によって変えられるのである。多くのスナイパーが高い位置から狙撃をするのは、撃って貫通した弾が他の人間にあたらないように地面に埋め込む為であった。
つまり狙撃は一発必中。故に一般の射撃とは全く違うスキルを必要とする。多くの時間を費やして確実に標的を撃ち抜くのだ。
早撃ちガンマンとはわけが違う。
それだけに、それと同等に近い事をライフルでやってのけたのだから感嘆に値するだろう。
「もしかして、ウェバーさんって銃オタク?」
千尋が胡散臭げに尋ねた。
「SPの基礎知識ってやつだ」
ウェバーが答える。なるほど、そうでなければ要人をスナイパーから守れないのだろう。
「もしかして、ロス市警ってSWAT(ロサンゼルス特殊機動隊)にいたんですか?」
千尋の目の色が突然変わった。どうやら憧れているらしい目の色だ。
「おう!」
ウェバーは笑顔で応じた。それから続けようとした言葉は、千尋の喚声にかき消される。
「凄い。かっこいい! 今度是非、その時の話を聞かせてください」
目を輝かせて訴える千尋に、今更ウェバーは言えなくなった。研修で3日ほど、とは。
「でも、俺がいたのは狙撃班じゃないから・・・・・・」
と、言葉を濁す。
「別に構いません」
「うっ・・・・・・そ、それよりこいつ大丈夫なのか?」
これ以上突っ込まれては困るので、話題を変えるようにウェバーが冬也を指して言った。
「あぁ、こいつちょっと敏感肌なんですよ」
千尋は冬也を担いでいない方の肩だけを竦めて答えた。
「敏感肌?」
ウェバーも夕日も不可解そうに眉を顰める。
「そう。普通じゃ感じないようなものまで感じちゃって、たまにダウンしちゃうんですよ。すぐに元に戻りますけどね」
「なら、いいか」
「じゃ、俺は先に本部に戻ってますんで。後で話聞かせてくださいね」
千尋はウェバーから冬也の荷物を奪うと、階段を使うのも面倒くさげにクミノと同じく屋上から飛び降りた。
「・・・・・・・・・・・・」
「とんでもねぇ、連中ばっかなのな」
ウェバーが屋上から落ちていく千尋を覗き込みながら肩を竦める。
夕日はそれを疲れたように見送って、それから思い出したように携帯電話にメールを出した。
「参りましたねぇ」
何とも長閑に呟いて、お茶の使者、こと冠城琉人は携帯電話をコートのポケットに仕舞った。
飯野正志は柏原一亜を殺した犯人ではなかった。霊的情報まで書きかえられていたらしい、まんまと嵌められた。恐らくはあの司法局の男を牽制する為のものだったのだろうが、それに自分まで嵌ってしまったのである。
「・・・・・・・・・・・・」
しかし、彼ならこの程度の書き換えは見抜けそうなものだが。
そこで初めて琉人はトラッカードッグの意味に気付いた。通りで取引を申し出たら、その内容を提示する前から即答で断られたわけだ。
「ハンドラー(主人)の命令でしか動かない、か」
だが、これで実行犯にはバックがいる事が判明した。それは霊的情報まで書き換えちまうようなとんでもない連中だが。
バックの連中には現時点で賞金はかかっていないし、別にそこはどうでもいいような気もしたが、とりあえず今後の為に調べておいても損はないだろう。次こそ800万は自分のものだ。
飯野正志を引き連れて、加門とCASLLは警察が運営する捕縛部の換金センター出張所に来ていた。
暫く、役から抜け切れなかったCASLLだったが、助けた女の子に怖がられた事で我に返ったらしい。カットの言葉もなく、普段のCASLLに戻っていた。
待合室で名前を呼ばれ、加門が窓口に顔を出す。
「はい、こちらが賞金になります」
窓口のお姉さんはにこやかに笑って賞金を彼の前に差し出した。
その受け皿にのってる金は、数えなくてもすぐにわかるほど、明らかに自分が想定していた厚さとは違う。
「あ? これ、間違ってるぜ」
加門が言うと、お姉さんは首を傾げて答えた。
「いいえ、間違いありません。飯野正志。5万円になります」
「ちょっと、待て! 800万だろ!?」
「はい。確かに30分ほど前までは800万でしたが、柏原一亜を殺した犯人は別の方だと判明した為、先ほどデータが更新されたんです。現在の彼の賞金額は5万です」
「なっ・・・ちょっ・・・・・・」
――――犯人が変わった?
加門は愕然としながら5万円を手に窓口を離れた。賞金を手に戻ってくる加門を手薬煉引いて待っていたCASLLは彼の手元を見て怪訝な顔する。
加門は一気にやつれたような顔をして、先ほどから煩く鳴っている携帯電話を取り出した。
携帯電話にはメールが3件入っていた。
一件目は、神宮寺夕日からだった。
『犯人は飯野正志じゃないわ』
二件目は、如月麗子だからだった。
『5万円の犯人なんか追ってないで、さっさと連絡寄越しなさい!』
三件目は、お茶の使者からだった。
『今回は謀られましたね』
全ての天候までもがコンピュータ管理された不夜城都市――23区TOKYO−CITYの今夜の天気は晴れ。ところにより、身も心も冷たくさせる木枯らしが吹き荒れている。
その日、C4ISRの本部が警視庁から司法局に移され、プロトタイプで何とか体裁を取り繕われた部屋の前の廊下で、1人の司法局員が同僚に「その敏感肌さっさと治さないと死ぬぞ」という指摘を受け、日本海溝より深く落ち込んだのは25時16分の事であった。
それは、1人の賞金稼ぎが哀愁を漂わせ、傍らにいたもう1人の賞金稼ぎにこう呟いたのと、奇しくも同じ時間である。
「バナナ喰う?」
「いただきます」
−to be contenued−
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1166/ササキビ・クミノ(ささきび・くみの)/女性/13/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。】
【2209/冠城・琉人(かぶらぎ・りゅうと)/男性/84/神父(悪魔狩り)】
【2254/雪森・雛太(ゆきもり・ひなた)/男性/23/大学生】
【3453/CASLL・TO(キャスル・テイオウ)/男性/36/悪役俳優】
【3586/神宮寺・夕日(じんぐうじ・ゆうひ)/女性/23/警視庁所属・警部補】
【4320/ウェバー・ゲイル(うぇばー・げいる)/男性/46/ロサンゼルス市警刑事】
異界−境界線
【NPC/仁枝・冬也(きみえだ・ふゆや)/男性/28/TOKYO−CITY司法局特務執行部】
【NPC/高野・千尋(たかの・ゆきひろ)/男性/28/TOKYO−CITY司法局特務執行部】
【NPC/藤堂・愛梨(とうどう・あいり)/女性/22/司法局特務執行部オペレータ】
文ふやかWR異界−ビタミンレス
【NPC/深町・加門(ふかまち・かもん)/男性/29/賞金稼ぎ】
【NPC/如月・麗子(きさらぎ・れいこ)/男性/26/賞金稼ぎ】
文ふやかWR異界−1DK
【NPC/葛城・理(かつらぎ・まこと)/女性/23/警視庁一課特務係】
【NPC/道頓堀・一(どうとんぼり・はじめ)/男性/26/警視庁一課特務係】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして、斎藤晃です。
ファーストライン【前編】にご参加いただきありがとうございました。
そして、お疲れ様でした。
楽しんでいただけていれば幸いです。
物語は大きく、警視庁+司法局と賞金稼ぎの、2本立てになっています。
章番号を参考に、機会があれば他の章を読まれると、その時、他の陣営がどんな状態だったかがわかって、いいかもしれません。>現時点では相手陣営の動きが見えないような構成にしてあります。
尚、章番号の上4桁は時間です。
また、5桁目は0が共通、1が警視庁+司法局、2が賞金稼ぎになっています。
6桁目はシリアルナンバになっています。
【後編】は文ふやかWRの担当となります。
舞台は一転してNATとなり、更にサバイバル色が濃くなりそうな予感?
乞うご期待。是非、ご参加下さい。
PCゲームノベル :: ファーストライン【後編】
12月15日 22:00 OPEN 予定
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