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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


[ 弱者の強さ(前編) ]


 その日草間興信所のドアを叩いたのは、月刊アトラス編集部編集長である碇麗香。
 入ってくるなりソファーに腰を下ろすとその美脚を組み、出されたお茶に口を付け……一息吐くとここの主である草間武彦の話など聞かず話し始めた。
「社員のことは社内でどうにかすることだろ? うちに持ちかけられてきても困る」
 言いながら武彦は煙草に火を点ける。此処最近の金欠を示している、味は今一だが一番安価で買える煙草だ。
「確かにそれはあるわ。けれど今みんな出払っているし、あの子に少し危険な仕事を任せたのは確かだから…ここまで、判るかしら」
 言われて武彦はただ頷く。
「あの子、慌てると周りが見えなくなっちゃうから今何処にいるかなんて予想はつかない。それでも、探して欲しいの」
「ずっとコレの繰り返しをするつもりで?」
 言いながら煙草の煙を吐く武彦は、もうかれこれ同じやり取りを二時間続けていることに疲れを感じていた。
「えぇ勿論。あなたが首を縦に振るまで」
「よほど暇なのか……社員想いなのか」
 小さく呟いた武彦の声が麗香に届いたかは判らない。ただ彼女はもう一度武彦を見、組んでいた脚をようやく下ろす。
「探してくれないのならば、うちの雑誌に此処の記事載せるわよ?」
 ガタッ!!
 瞬間武彦は椅子から立ち上がり、顔色を変えた。
「そ、それは止めてくれ!! これ以上怪奇依頼を持ってこられてたまるかっ」
「ならば……桂の捜索、お願いできるかしら? あの子が開けた穴がまだ僅かに残っているわ。出来るだけ早くうちまでいらっしゃい」
 そう言う麗香を傍目に武彦は慌てて電話帳を探す。勿論早々にこの依頼を解決してくれる人物を探すため。
「それじゃあ先に帰るわね」
 ソファーから立ち上がった麗香に武彦が少し顔を上げた。
「ところで、桂に頼んだ仕事って? 一応知っておけば探しやすいし、それ次第ではお前たちの調査を半分肩代わりも当然だと思うんだが」
 言われてドアの前に立った麗香は、武彦には背を向けたまま少しばかり天井を仰ぐ。そしてため息を一つ。
「此処最近この辺りで通り魔が増えてるのは知ってるかしら?」
「あぁ、無差別に老若男女問わず襲われてるってアレだろ? 酷いので重症負う様な犯行だとか」
 武彦の言葉に麗香はそのまま首を横に振る。
「あれね、無差別でなく共通点があるのよ」
 そう言うと、麗香は僅かにヒール部分を武彦から逸らす。その横顔とはいえないが、僅かに見える顔が強張っていた。
「共通点?」
「全ての事件が重症程度で済んでいるのは、能力者が狙われてるからなの。一応……あなたたちも気をつけてね」
 それを最後にドアが閉まる。後に残ったのは武彦と、奥で何かガタガタ作業を続ける草間零のみ。
「結局……ある種怪奇事件の延長線なんだろうなぁ」
 そして武彦は小さく項垂れた。

    ■□■

 武彦の声に机に向かっていた麗香が顔を上げる。編集部には珍しく麗香一人の姿しか見受けられなかった。昼休みということもあり人払いをしたのかもしれない。
「四人ね、来てくれて有難う」
 言うと麗香は作業の手を止め椅子から立ち上がり、武彦の後ろに立つ四人に目を向ける。
 右からジュジュ・ミュージー、幾島・壮司(いくしま・そうし)、我宝ヶ峰・沙霧(がほうがみね・さぎり)、葛城・ともえ(かつらぎ)――皆武彦から桂捜索と背後の事件を知らされ、数分前に編集部前で合流。
 麗香は小さく頷くと、編集部の隅に並ぶロッカーを指差した。
「早速だけど穴は桂のロッカーの中。もう大分小さくなってきてるから、早く頼むわよ」
 そして麗香は踵を返す。残された五人はそっとロッカーに目を向けた。開け放たれているロッカーの突き当たり、そこには確かに黒い穴がある。
「と、言う事だが。どうする? ……つうか凄い荷物だなお前は」
 その台詞と武彦の視線を始めとし、皆の視線がジュジュへと移動した。
「……ミーのことデスカァ?」
 きょとんした表情で自分自身を指差したジュジュは、足元の荷物と手持ちの荷物を見渡し「そんなコトないデスよ」と笑って見せた。
「まぁ、備えはあるに越したことないだろ。いいんじゃねぇの?」
 ジュジュの隣に立つ壮司が、そっと自分の足元にまで来ている荷物を見て言う。
「鼠まで居るんですか!? 凄いですね!」
 端から端の光景を身を乗り出し見ていたともえが声を上げた。その言葉にジュジュまで嬉しそうに身を乗り出し、やがて隅と隅で会話が始まりだす。
「あぁっ、もう良いから情報まとめましょ? このままだと穴も塞がるし、考え無しに行けばきっと二次遭難よ」
 その場を沙霧がまとめると、一同は接客用ソファーに座ることにした。武彦に関しては誰かの椅子に座り部屋の隅で明後日の方向を向いている。
「それじゃ一人一人、事前に準備してきたものもあるようだしその辺明かしておかない?」
 沙霧が切り出すとジュジュが右手を挙げ立ち上がる。
「ミーは銃に弾薬、閃光弾いっぱいありますヨ。他は食べ物と飲み物、桂の万が一に備えたお薬デス。因みに拡声器と鼠はミーの専用デスヨ?」
「攻防揃って、やっぱり凄いですね!」
 バスケットから取り出されたペットボトルや傷薬を見てともえが今度は関心の声を上げた。
「俺はもう桂のデータを貰ってるから、何事もなけりゃあの穴の中どう移動したかは判るな」
 そう言った壮司はそっと穴の方へ視線を向ける。神の左眼と呼ばれるそれを持つ彼は、武彦から今回の話を聞いた際一人早く編集部を訪れ麗香から写真と私物――と言っても筆記用具程度しか見つからなかったが――を入手、そこから桂のデータを入手していた。これで桂の足取りを辿れるはずであり、道に迷うことはよほどのことがない限りないということだ。
 そして沙霧の視線がともえへと移動する。
「あ、私ですか? 私の能力は……まだ制御が難しいけど、何より碇さんが困っていて、草間さんからの依頼だから、力になりたいと!」
「という事は、私と同じようなもんね」
 沙霧の言葉にともえはクエスチョンマークを頭に浮かべた。
「要するにこの四人は準備してるのと、何かあったらどうにかなるのが半々のわけよ。まぁ、桂の歩いた道を辿れるならば心配はなさそうね」
「話はまとまったのかー?」
 遠くから武彦の声が飛んでくる。
「いや、もうちょいだ」
 しかしそれを即座に壮司が否定し今目の前にした三人を見る。壮司はこうして話している間にも万が一はぐれたときを考え全員の身体構造・霊子体構造の特徴を解析し記録していた。その解析がまだ十分ではない。
「他に何かありマスか?」
 荷物を両手に立ち上がりかけたジュジュも壮司を見て不思議そうな表情を見せた。しかし同時にともえが人影に気づき顔を上げる。
「ぁ、碇さん」
 いつの間にそこに居たのか、麗香がソファーのすぐ横から四人を見下ろしていた。
「言い忘れていたのだけど、穴の向こう側はありとあらゆる場所が交差する場所らしいわ。しかも穴はああやってやがて閉じるものだから、進んだ先に必ずしも出口があるとは限らない……ただ桂の作った道自体は消えることなく残ってるはずよ。頑張って頂戴」
 言うと麗香は壮司に視線を落とし溜息を吐く。しかしその後に続く声は少し笑みを含んでいた。
「まぁ、あなたが居るならこんなの余計なお世話かしら?」
「そんなことは……ただ出来るだけ早く保護して帰ってこようとは思ってます」
 言いながらサングラスを少し押し上げる。
 それに頷いた麗香は、隅で眠っているようにも見える武彦の元へと歩み寄り、襟を掴むと耳元で何かを呟いた。瞬間武彦が椅子から勢い良く立ち上がる。何のやり取りがあったかは全く判らない。しかし、その後フラフラと四人の下へ来た彼の表情は非常に浮かないものだった。
「そろそろ……行かないか?」
 武彦の声に立ち上がる四人。そっとロッカーに目を向けると、僅かではあるが穴は先程より小さくなっている。
「あ、私最初に行きます!!」
 武彦の声にともえが挙手するが壮司が静止した。
「順番は能力を考慮して決めておいた。まずは我宝ヶ峰さん、俺、葛城、ミュージー、草間さんで……」
「ミーは草間サンの後ろがイイデェス」
 そうジュジュは武彦を横目で見た。
「……好きにしろ。そこが一つが入れ替わっても別に問題ない」
「私は異存無しね」
「ううっ、真ん中でも頑張ります!」
 沙霧とともえがそれぞれ納得すると、穴の前で整列する。
「じゃ、先行くわ」
 そう言い沙霧が穴と向かい合う。
「――――」
 そして沙霧が穴に飛び込むと同時、その姿が完全に消え去った。目に……見えないものとなったのだ。
「こっちとそっち……厄介な差だな、おい」
 すぐ後ろに立つ壮司は沙霧に聞こえるかも判らない悪態を吐くと一歩前へ。空間に開けられてしまったその穴は今や子供の身長程度まで縮小している。
「ちっ、これが通用する場所だといいんだけどな……」
 普段は確かな左眼がこれから先の空間でも今迄どおり使用できるのか、僅かな疑問を抱きながら壮司も穴に飛び込んだ。
 体を生暖かい空気がねっとりと包み込むような感触。
 そして 闇がゆっくりと体を包んでゆく――…‥

 穴を抜けた途端広がる薄闇に、壮司はまだ慣れない目をそっと開く。抜けた先はなんとも狭い通路だった。しかし見上げた天井には限界が無いようにさえ見える。そして一歩を踏み出した瞬間突如目の前に現れる沙霧の背中。
「おっと、危ねぇ。悪いけどもう少し前に行ってくれないか? もう三人も来るんだ、後が詰まってしょうがない」
 言う否や壮司の後ろ、真っ暗闇の場所からともえがひょっこりと顔を覗かせる。どうやらこの空間は見通しが悪いという訳ではなく何かある。
「わぁ……凄い場所」
 辺りを見渡しながら地に足を着けたともえの後ろに続いて無言の武彦が、そして最後尾のジュジュが降り立った。
「Wow! ドキドキデスね」
「揃ったみたいね、取りあえず一方通行みたいだから真っ直ぐ行けば良いの?」
 ジュジュの声を確認すると先頭の沙霧が壮司に確認を取る。
「ん、そうだ。ただ……どういうことか、所々痕跡が途絶えてるのが気になるな」
 しかし考える壮司を余所に沙霧は先を行く。
「あ、幾島さん前! 我宝ヶ峰さんどんどん先行っちゃいますよ?」
「ぁ……あ、わりぃ」
 ともえの声に上げた視線は既に沙霧の背中を捉えるか否かと言うところだった。壮司はポケットに手を突っ込むとその後を急いで追いかける。ともえに武彦、ジュジュが駆け足でそれに続いた。

 自分達が居た場所よりも生暖かく重苦しい空気が漂っているこの空間。
 行けど行けど景色は無く、時折見つけた穴も通りがてらに覗きはするものの壮司の案内のまま五人は進む。何事も無く、足音さえ響かず……他の気配や道すら今はまだ見つからない。この長い道を既に何十分、何時間歩いているのか……時間感覚が麻痺してきた。
「んっ、」
 しかし不意に立ち止まる沙霧。それに壮司も気づき足を止める。
「分かれ…道」
「どっちか判ってんだろ? さっさと進めよ」
「草間サン、急かしちゃダメじゃないデスか?」
 壮司の後ろが口々に言い、沙霧は僅かに苦笑する。しかし、彼女は振り向いた瞬間その表情から驚きの色を隠しきれない。
「どう、したの?」
 声を掛けられ壮司はそっとサングラスを押し上げ目を隠す。そして沙霧に見せてしまったその表情を若干和らげ笑って声にした。
「どうしたもこうしたも、どっちの道も桂の痕跡があるな。一体どういうことやら……」
 お手上げといったところで壮司は顔を伏せる。正直この空間自体が不安定要素を持ちすぎているため、いつも通りに左目が作動しない。一体何がそこまで影響しているのかは判らないが、壮司は後ろを見るとジュジュの名を呼び、頼む。
「悪いが、あんたの能力でこの先確認してくれないか?」
「OK! 皆サン、足元気をつけてクダサイ」
 ジュジュは返答と同時、しゃがむとかごの中から鼠を一匹取り出した。そして拡声器をその鼠へと向け……ジュジュの所有するデーモン『テレホン・セックス』を鼠へと憑依させる。同時、それまで鳴き声を上げていた鼠が途端にその声を沈め動きを止める。
「――――GO!!」
 短く何かを告げると鼠は前の四人の足元をすり抜け、先ずは右の道へと走っていく。
「あの鼠は……何ですか?」
 思わず振り向きともえが問う。
「今あのネズミはミーの言い成りデス、その内……わかりますヨ」
 そして数分後、先頭の沙霧がジュジュへ向け言う。
「ねぇ、帰って来たみたいだけど?」
 そして沙霧の言うとおり鼠は何事も無く無事帰ってきたのだが……。皆から向かって左の通路から走り此方へ向かってくる。
「そういうことか」
 小さく呟き壮司が苦笑いを浮かべた。要するにこの二本の道は恐らく平行した道であり、どこかで交じり合っているということ。そこを何らかの理由で回り続けていたのならば理由が付くかもしれない。しかしそれ以外のことは今戻ってきた鼠が掴んでいることだろう。
 そっと皆の目が見守る中、ジュジュはデーモンの憑依を解除し鼠をかごへと返し立ち上がる。
「どちらの道から行っても、この先にある一本道に行けマス」
「なら一時的にでも別れるべき……なのかな。このままだともしかしたら行き違いになりますよね?」
 悩むともえに沙霧が同意見を口にする。
「しょうがない、ホンの少しの距離の筈だからな……グループを分断する。俺と、あんたとでだ」
 そう言い壮司は自分とともえとの間で彼女に手の甲を見せ横に振って見せた。それは此処でグループを切るということを意味している。
「じゃあ私達は左ね」
「それでは右ですね」
 そう、それぞれが分岐点で別れ顔を見合わせた。鼠が往復を数分で帰ってきた程度だ。さほど有るとは考えられず、何事もなくすぐ合流は出来ると……その時誰もが思っていた。そして、合流地点での待ち合わせを確認するとそれぞれは歩き出す。
 左通路は今まで通り沙霧を先頭に、その後は壮司のみ。そして左通路はともえを先頭に武彦、ジュジュと続く。
 まだ探索は始まったばかり。

    □■□

「それにしても、痕跡を辿るのも良いけど桂が残した何かがあっても良いと思わない?」
 二人きりの道のり、間も無くして沙霧が声に出す。
「あん? まぁ、確かに。手がかりが少ないんだよな……場所が場所だけに事前の手がかりは無いも当然だろうが」
 確かに今まで辿ってきた道一本にしても何かしら形に残るような足跡、私物は一つもない。仮に通り魔に襲われていたとしたのならば、この狭い道に争った跡くらいあってもおかしくないというのに。
「しかしあいつら本当に平行して歩いてるな……」
 そっと右側を見て壮司は呟く。透視は完全に実行できていないものの、ぼんやりと三人の姿は見え身体・霊子構造も一致する。このまま行けば同時に合流点に着けると思った。
「ちょっ、誰か居る!?」
 言いながら、沙霧は思わず立ち止まる。目の前に浮かぶ白い影のような物。まだ距離があるせいかはっきりとは見えないそれに沙霧は一歩ずつじりじりと近寄っていく。
 しかしそれを後ろから覗き込んだ壮司が思わず沙霧の肩を掴む。何をするのかと沙霧が振り向くと、壮司は半分口を空けその白い物体を見つめやがて言う。
「あれは……桂だ」
「ぇっ!?」
 台詞と同時に壮司は沙霧の背を押し、走るよう促した。
 縮まる距離。そしてその白い物体が桂のコートだと気づいたのは目と鼻の先程に来た頃だった。
 薄闇の中ぼんやりと浮かび上がる桂のコート。普段は白く綺麗なそれが、今では薄汚れ破れ……所々が赤く染まっている。
 沙霧が桂を飛び越えると壮司が一歩前に出、桂を挟み同時にしゃがむ。
「息は…あるわね」
 小さくも荒い呼吸。出血量は見た目ほどではなく、何者かに襲われていたのは確かなようだがこれならば無事救出、帰還出来ると二人胸を撫で下ろす。
 しかし――
「とっとと桂を連れ……どう、したの?」
 唐突に顔を上げ右の壁を見た壮司に沙霧の表情も強張った。沙霧は何かあったのかと、もう一度そっと問う。壮司はそっと、壁の向こうの状況を確認すると、まだ半分不確かな出来事を口にした。
「向こうがいつの間にか何かと接触してたようだ――……こっちにも、ヤバイ奴のお出ましか?」
 壮司は素早く桂を抱え立ち上がる。来るかは判らない、しかし次の瞬間得体の知れない何かが此方に気づいたようだった。
「走れ!! 団体さんの……お出ましだっ」
「判ってるわよ!!」
 どうやら相手は今桂が倒れていた真横に有ったらしい穴から出てくるようだった。言われると同時走り出すものの視界が僅かに歪む。それは空間自体が今どうにかなっているということ……そして――
「……試しに撃っても良いかしら?」
 合流地点を目指しつつ、振り向き様に沙霧が僅かに笑みを浮かべ言う。
「下手に刺激しない方が良い。出来ればこのまま諦めてくれることを俺は願ってるからな」
 そう、壮司も振り返り笑って見せる。
 今しがた穴から出てきたのは、全身黒い姿の人らしきもの。しかしそれが一人だ。
「(……確かに五人は感じたんだけどな――)」
 考えながらも僅かにずらしたサングラスから相手の身体的特徴や特異能力、その他判る限りの情報の解析を開始。本当ならば相手に見つからぬよう透視と併用するはずが、こんな背を向け走りながらになるなんて……
「ブレてしょうがねぇな」
 今日何度目かの苦笑を浮かべながらも、走る振動で揺れ動く桂を抱える手に力を込め、走る速度も落としはしない。相手の速度は遅いものの、確実にこちらに向かってきている。
「見えた、合流地点よ!」
「他の連中は?」
「……二人しか、居ない!?」
 沙霧の目にはともえとジュジュの二人しか見えない。もしかしたら闇に紛れ武彦の姿が見えないのかとも思った。しかし徐々に距離が縮まろうが彼の姿は見えてこない。
 そしてその言葉に壮司が顔を前へと戻しサングラスを押し上げた。
「草間さんは……――まさかっ!?」
 合流地点に武彦の姿を捉えることはなく思わず足を止め振り返る。刹那、上着がハラリと音を立てた。
 目の前が闇だった。否、漆黒のマントに身を包んだ者が居た。
「幾島!」
「幾島さん!!」
「避けてクダサイ!」
 沙霧の声に続きともえ、ジュジュの声が壮司の耳に届く。
 考えるよりも早く動く体は、素早く三人の下へとバックステップで辿り着く。しかし桂を抱えていた手の甲を鋭い爪にでも引っかかれたのか、僅かに血が流れては増幅した自己治癒力により表面上流血は止まる。途中何か金属の音も響いたが構っていられない。
「この先の道は?」
「外へ通じると思われる穴がありました、今はそこから抜け出すしか……」
 ともえの言葉に壮司は頷き、しかし同時に今来た道を見る。沙霧も異変に気づき、穴へ向かう足を止めた。
「……おかしいな」
「動きが止まった?」
「今がチャンスデス! 早く脱出しまショウッ、折角掴んだ情報も無には出来ないデスヨ」
 そう言いジュジュが先頭となり先を行く。沙霧と壮司が武彦について問うと、ともえが困惑の表情で答えてくれた。
「実はあっちの道でもアレに遭遇して……草間さん後を追うって」
 一体どういうつもりなのか、それはともえにも判らなかったらしい。ただ、自らそれを選んだのならば無理に連れ戻すのもどうかと思う。
「私はもう行くわ、早く桂を安全な場所へ連れて行かなくちゃでしょ」
 そう言い沙霧は既にジュジュ、ともえが抜けた穴から青空が広がる外へと出る。
「あぁ、そうだな。ったく……しかし厄介な奴だな」
 壮司も舌打ちと同時、既に三人が通った穴を桂を抱え抜ける。
 外はまだ午後の日差しの強い――正午過ぎだった。

    ■□■

「じゃ、事件をまとめるか」
 病院ロビーの一角、四人はソファーに座り顔を上げた。最初に切り出したのは壮司だが、最早集中力は続かず、その一言でソファーに背を預ける。先ほど受けた傷が予想以上に治らない。それを見かねた沙霧が報告を開始した。
「……桂は大事に至らず軽傷。風邪のせいで熱もあるけど、すぐ退院できるって事ね」
「あの黒い姿にはミーのデーモンも拳銃も効きませんでした……」
「でもミュージーさんの薬のお陰で応急処置が出来たじゃないですか」
 俯き話すジュジュにともえがそっと相槌を打つ。
 結局四人が出た場所は月刊アトラス編集部から十kmほど離れた町だった。近くの病院に運ぶにしても、多少の出血を伴っている桂をそのままに放っておくのは良くなかっただろう。
 ともえの言葉に、ジュジュは僅かに救われたかのような表情を見せた。
「後は……あの黒い姿の人について」
 続けてともえが口を開く。
「アレは人だと思います。それも少年少女と言ってもおかしくないほどの……」
「おまけに――弱い能力者だ」
 ともえに続き天井を仰いでいた壮司が小さく呟いた。
「どういうこと?」
「Why?」
 沙霧とジュジュが状況を理解できず問う。普通に考えればあんな無茶苦茶なただの人間が居るわけはなく、能力者というのは一目瞭然だ。しかしあそこまで無茶苦茶で弱いというのが理解できないらしい。
「あれは元々人に害を与えることは無かった能力者だな。ただ……何かしら悪い影響力のあるものを体に取り込んじまったらしい、俺と似たコピー能力を持っていやがった」
「という事は……ミー達の能力はコピーされたデスカ?」
 壮司は笑って首を横に振った。
「いいや、運悪くコピーされたのは俺のようだ。悪いが…今は少しだけ休ませてくれないか? 厄介なことに回復が幾分追いつかない…んだ」
 言うと壮司はそっと肩から力を抜く。
「ベッド、行きます?」
 ともえの声に首を横に振る。暫くすれば何とかなるとは思った。
「で、桂を救出したは良いけどさ? 肝心の依頼主はどうなのよ」
 壮司の様子を少しばかり気にしながらも沙霧はともえとジュジュを見る。途中で別れたということは聞いたが、このままではどうしようもない。
「それが……さっきは言えなかったけど碇さんとの約束らしいんです、犯人捕まえるの」
「ってことは、暫く戻ってきそうも無いわね」
 溜息混じりに沙霧は立ち上がると皆に背を向けた。
「悪いけど私もう帰るわ」
「……ミーもこのままずっと此処に居るわけにいかないデス」
 続いてジュジュも立ち上がり手を振ると、沙霧に続き入り口へと向かっていく。
「――大丈夫、ですか?」
「ん、あぁ。構わなくていい、もう少しすれば大丈夫だ」
 右目を開け壮司はともえに言う。
「では……」
 そしてともえも去っていく。
 ロビーには壮司ただ一人。勿論見舞い人や、外来患者は居るものの、辺りはただ静かで…‥

 数十分後、そっと目を開け壮司もソファーから立ち上がる。
 依頼の遂行、そして達成。戻らぬ武彦に四人は散った。
 しかし桂の救出、それはまだこの事件の序章でしかなかった。
 この事件は次第に全国区へと拡大を見せていく。

 [続..]

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 [0585/ジュジュ・ミュージー/女性/21歳/デーモン使いの何でも屋(特に暗殺)]
 [3950/  幾島・壮司   /男性/21歳/浪人生兼観定屋]
 [3994/  我宝ヶ峰・沙霧 /女性/22歳/“滅ぼす者”]
 [4170/  葛城・ともえ  /女性/16歳/高校生]

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、新人ライター李月です。このたびはご参加ありがとうございました。
 結果的に無事桂を救出となりました。既に納品済みの前グループとは勿論、調査の仕方によって得た情報や体験が違っています。
 また、全てにおいて若干書き方の違う部分があったりもします。お時間が許す限り、他のも見ていただければ、今回の出来事の全貌が見えてくるかと思います。
 しかしながらまとまり無く長くてすみませんでした。少しでもお気に召していただけてれば幸いです。
 加えまして何か不都合などありましたらレターにてお知らせください。
*************《追記》以下左眼の記録情報。*************
 年齢15〜18歳、犬歯の異様発達、長い爪を持つ。本来持つべく能力は吸血による自己の貧血回避。いわゆる吸血鬼に似たもの。しかしその際何かしらを体に取り込んでしまったことにより能力の変化。
 現在の能力は僅かな血の匂いからその能力者の能力を判別、吸血によりその能力者の能力をコピー。吸血と同時、血液中に毒(自己による治癒能力を持ち合わせていない場合高熱を発症する場合有り、数日後やがて昏睡状態にまで陥る)を混入(蚊の性質に似る)毒は口内と爪に有り。
 血液中より能力のコピーを行うため、掠り傷程度の血からもコピー可能。コピーはどんなものも可能だが、多くのコピーは本来の力を発揮しない(はったり)
 現在幾島を含め五人の能力者の能力を持つが、どれも不安定の模様。
*************《追記》ここまで*************
【幾島・壮司さま】
 初めまして、詳しいプレイングありがとうございました!
 一番好きで書きやすい年代の男性でもあり、楽しく書かせていただきました。
 しかし幸か不幸か、似た能力を持つ敵でして……。爪による毒混入は、噛まれ注入されるより毒性は弱く、自己治癒能力で全快しております。
 色々バタバタしてしまい、プレイング反映が微妙な形となってしまいまして申し訳ないですが、もし次回ご参加がありましたら今回の情報活用ください。敵から直接情報を得ているため、唯一ほぼ全ての特徴を知る者です。
 最後になりますが納品、遅くなりましてすみませんでした。

 後編は早ければ11月29日23:30以降、遅くても12月2日同時刻には開く予定です。
 今回ご参加の方で、既に窓が閉まっていた場合ご連絡頂ければ開けますのでお申し付けください。
 それでは又のご縁がありましたら…‥
 李月蒼