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<東京怪談・PCゲームノベル>


消えた図書委員 〜空箱より〜





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神聖都学園内でまた生徒失踪事件、以前の事件と関連か(毎朝新聞)


 神聖都学園高等科2年生、並木ひろみさん(17)が昨晩未明から行方不明となり、本日朝、両親が警察に失踪届けを提出した。
これで今月に入ってからの当学園生徒の失踪は初等科・中等科・高等科合わせて5人となり、警察は事件の関連性を調べている。

 調べでは、並木さんは昨日夕方、友人と登下校中に突然行方が分からなくなったという(友人証言)
学園校長は「大変遺憾なことであり、行方不明になった生徒や関係者たちが心配だ。また、引き続き生徒たちには登下校の際気をつけるよう指導していく」と話している。

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 ――これは、高望みなのだろうか。
 


「武彦さん」
 場所は草間興信所。時折砂嵐を中継する古いテレビは、代わりばえのしないワイドショーを映している。
 その横で仁王立ちするはシュライン・エマ。
 彼女がせいぜい険悪そうな声色を作ってやると、ソファに寝転んだ草間武彦が、ようやく視線をこちらに向けた。
だが体はだらしなく弛緩したままだ。
中途半端にくわえたタバコからは、今ものん気に煙が昇っている。
「朝からそんな格好じゃだめでしょう。それに、寝タバコは危ないから止めて頂戴、って何度言ったかしら?」
「そう言うなよシュライン。朝だからこそだって。もうちょっとしたら起きるから……」
「昨日だってずっと寝てばかりでしたでしょう?! いくら質問が退屈だからって限度があります。
今度こそは、しゃっきりしてもらいますからね!」


 つかつか、と武彦の横に歩み寄ったシュラインが、彼の下に引かれていた敷き布を勢いよくひっぱり上げる。
突然の攻撃に、身構える間もなく床に転がり落ちる武彦。
くわえていたタバコの火が彼の前髪を焦がし、武彦は『あちあち!』と小さく悲鳴を上げた。
「あらあらお兄さん、ハードボイルドが形無しですね」
「零〜、シュラインに何か言ってやってくれよ〜」
「シュラインさんが正しいです」
 台所から出てきた草間零は、泣きつく武彦を慣れた様子で冷たくあしらう。
「いつもお世話になってるんですから、たまにはお兄さん『が』シュラインさん『の』お手伝いをしてあげるべきです!」

 ――本業でもあるライター仕事の一貫として、『探偵業ルポ』をかきあげる約束をしたシュライン。
が、シュラインがいくら質問を重ねても、武彦の口からはいっかな記事に出来そうな体験談が出てこない。
列挙されるのは奇妙な事象や信じがたい記憶ばかりで、しまいにはこうして武彦がいじけてしまう始末。
 一般の読者に『怪奇探偵』の仕事を理解してもらうのは、なかなかに難しいことのようだった。

 
「零。言っておくが、俺はちゃんと協力してるぞ」
「どこがですか。さっきから全然答えてませんけど、お兄さん?」
「言っておくがな。ウチみたいなヒマな興信所に『多忙な時の対処方法』なんて聞いてどうする?!
だいたい、ウチにそんなノウハウあるか! ……ちっ、どうせ、俺のとこは万年ヒマだよ、仕事なんてないよ、あるのは怪奇の類ばかりさ!」
 やけっぱちのようにそう叫ぶと、内心は悔しいのかくるりと壁へと向いてしまう武彦。
背中を丸め床に胡坐をかいている姿が、なんだかかわいい……などと思ってしまうシュラインだった。
「ねぇ武彦さんお願い。この記事が一面に載れば、いい宣伝になるでしょう?
そうしたら、この事務所にももっと依頼人が来ると思うから」
 励ましのつもりでかけた言葉だったが、武彦はこちらを振り向く気配すら見せない。
「武彦さん?」
「……あのなあシュライン。
お前には助けられてる。そりゃあもう充分以上なほどにな。
だからもう、それ以上頑張るな。お前は今のままで、俺の助けをしてくれればそれで充分だ。
俺はのんびりこの稼業をやっていきたいんだよ」
「お兄さん、『怪奇の類』を引き受けたくない言い訳にしか聞こえません」


 ――今のままで充分、か。

 半ば冗談が混じっていることはちゃんと気づいていたが、ふと、武彦の言葉を反芻していた自分がいた。
――仕事も充実してて、環境にも恵まれていて。
「私、今の現状に満足すべきなのかしら……?」


 と。
 けたたましい音を部屋中に鳴り響かせ、隅の黒電話が鳴り響いた。
 よたよたと起き上がった武彦が、顔をしかめて受話器を取り上げる。
「……ぁい、草間興信所」
 無愛想にもほどがある声で応対した武彦だったが、受話器の向こうの声に反応してか、ふと表情を変える。
 何度かの相槌の後、武彦は推移を見つめていたシュラインを振り返る。
「おいシュライン、高校生ぐらいの……そうだな、羽角と初瀬の二人に今連絡付くか」
「え? 今?」
 突然舞い込んだ調査依頼(らしきもの)に、シュラインと零は顔を見合わせた……。






消えた図書委員 〜空箱より〜
 ●シュライン・エマ
 
 
◆ 

「……という訳なんだ」
 草間興信所に新たにやってきたのは4人。初瀬日和、羽角悠宇、布施啓太に鷲見条都由。
これにもともと興信所にいた草間武彦とシュライン・エマを合わせ6人になる。
(ちなみに零は別件のクライアントに話をつけに行った。
草間本人が出向くと無報酬になるか怪奇の類を引き受けてくるか、どちらにしろろくな結果にならない)

 今回の事件を持ち込んだのは布施啓太である。
 事のあらましを話し終えるのにたっぷり30分はかかっただろうか。資料も交えつつ彼が一同の前でようやく話し終えた時、草間はまず顔を手で覆って天井を向いた。
「お前の話は大げさすぎる。客観的事実のみを述べてくれ」
「なんだよー、草間のおっさん。こんな奇妙な事件なんだ、言い足りないことはまだまだいっぱいあるんだぜ?」
「……とりあえず、草間の『おっさん』は止めてくれ、啓太……」
反論に疲れたのか、武彦はただがっくりとうなだれた。
「とりあえず、要旨をまとめましょう」
 彼に代わって声を上げたのはシュラインだ。
「神聖都学園内で行方不明の生徒が多数出てるのね? それで、その案件に対する調査の協力を私たちに仰ぎたい、と」
 ああ、と真面目な顔で啓太がうなずく。
「今回の事件で、行方不明になったのと親しかった奴らを大体調べ上げてみたんだ。あ、これが調査書ね。
んで、オレのカンだと、なんとなくみんな怪しいんだけどさ……」
「そうね……話を聞いてると、失踪者に対しみんな腹に何かを持ってるような感じがするわね」
 恨んでたり恨まれてたり、とまではいかないみたいだけど。シュラインはそう言って資料を軽く指で弾いた。
「どう思う、日和ちゃん? 悠宇君も何か意見ない?」
「……え? ええ、そうですね」
 シュラインが日和に話を振ると、半分上の空だったのか、一瞬の間の後に日和はうなずく。
 そしてその横にどっかり座った悠宇は、シュラインの質問に答えることもなくむっつりと黙り込んだままだ。

 ――あら、どうしたのかしらこの二人。いつもは羨ましいくらい仲がいいのに。
 首をかしげつつも、今度は武彦の方を仰ぐシュライン。 
「それで、これは『怪奇の類』なのかしら、武彦さん?」
「……なぜ俺に聞く」
「あら、そういった事件はお手の物でしょう?」
「シュライン……さっきのことは謝るから」
「あら、何をかしら?」
 武彦を渋ーい顔で黙らせてから、ふとシュラインは何かをひらめいたような表情を見せた。
「ねぇ、啓太君。この資料の下の方に書いてある、この噂話」
「ん? ああ、『消えた図書委員』のこと? 気になんの?」
「そうね、気になるというか……心当たりがあるっていうのかしら、これって」
「シュラインさんもですか? あの、実は私も……その、何かが引っかかるんです。何かを忘れているような。
でも、はっきりとは思い出せないんですけど」
 続いて日和も声を上げたが、後は共に無言で顔を見合わせるばかり。
 二人を見て、啓太は首を傾げた。
「一応さ、これってウチの学園に伝わる、七不思議のひとつなんだよね。
一応今回の事件に似てるから載せておいたんだけど、関係あるのかなあ、コレ」

 こういうのは都由ちゃんの方が詳しいんじゃないかな、と都由を振り向いたが、彼女も思案にくれている。
「そうですね〜。この噂自体は随分昔からありますけど〜。
今回の事件とは関係があるかどうかは〜、さてどうでしょ〜……?」
「つ、都由ちゃん! もっとハッキリしゃべってくれよ!」
 短気な啓太に、都由はマイペースなまま、ごめんなさいね〜、と笑った。


「まあいいわ。とりあえず打ち合わせはこのぐらいにして、調査に入りましょう。
……私はこの吉岡さんのところに行ってきます。娘さんがいなくなったっていう」
 まず初めに、シュラインが調査書の名前の一つを指差した。
次に、ずっと不安げな表情でいた日和が別の名前を指す。
「私は、この佐久間さんのところに行ってきます。歳も近いですから」
「そうね、それがいいかも。……悠宇君も、日和ちゃんと一緒に行く?」
「行かねぇ」
何気なく振った会話を、悠宇は愛想もなくたちどころにぶち切った。
「俺はこいつんとこに一人で行く」
 彼の指はまた別の男子生徒を指している。
「……日和ちゃん? どうかしたの、あなたたち?」
「あの……」
「どうもしませんよ、シュラインさん」
 曇らせた表情のまま何かを言おうとした日和を、強い語調で悠宇が遮った。
「どうもしませんから、ほっといて下さい」
「……ごめんなさい、シュラインさん」
 彼と視線を合わせる事もなく、ただそう言って力なく笑う日和に、シュラインはただ無言のままでいるしかない。

「んじゃあ、オレたちはどうしようか。都由ちゃん、一緒にやろうぜ」
「そうですね〜、布施君と一緒なら心強いです〜」
調査書を前にして思案しだした二人に、つと武彦が口を開いた。
「おい啓太。お前らはこの『消えた図書委員』のことについて調べて来い」
「ええ? 何で? おっさん、これって今回の事件に関係あるの?」
「俺に聞くな俺に。それから俺はおっさんじゃない! ……いいから。あくまでも俺の勘だが」
 何かを言いかけて一旦口を閉ざした武彦。
 胸のポケットからタバコを一本取り出し、それに火をつけ……焦れるほど悠々とした仕草で煙を吐き出してから、ぽつりと言った。
「事件には関係ないかもしれんが、もしかしたら別のところで関係してくるかもしれない。
例えば、お前や俺ら……とか、な」





 シュラインが出向いた先は某広告代理店。
名を聞けば誰でも知ってる一流会社だ。総大理石のロビーの床は、姿が映りこむほど磨かれている。
 シュラインはロビーの一番奥の席に腰を下ろした。
ここなら行き交う人を全員観察出来る、そう思ったからだが、あいにく人通りはほとんどなかった。
仕事が忙しい時間帯なのかもしれない。
 元々翻訳やライターとしての顔があったシュラインは、名刺1枚で受付を突破出来たことに内心胸をなでおろしていた。
門前払いをくった学生の啓太に引き続き、自分まで潜入に失敗したなどとは言いにくい。
 ……安心してる場合じゃないか、そういえばここ関係の仕事で〆切近いのがあったわね……。

「お待たせしました、吉岡です」
いきなり声がかかって、シュラインは慌てて立ち上がった。
 現れたのは30代半ばの、いかにもキャリアウーマンといった女性だった。カーキ色のスーツが彼女を派手でもなく地味でもなく、ちょうどいい具合に彼女を引き立てている。
ただ仕立ての良さとは裏腹に、スーツにはしわがわずかに寄っている。また肌も若干やつれているようだ。
 ……あまりよく眠れてないようね。
「初めまして、シュライン・エマと申します」
「失礼ですが、この名刺に覚えがないのですが……どちら様でしょう。以前お会いしましたでしょうか?」
テーブルを挟み、シュラインと向かい合うようにして彼女は座った。続いてシュラインも腰掛ける。
「申し遅れました。私は確かにこの名刺の通り翻訳者もやっているのですが……本日は興信所より参りました」
「……興信所?」
「単刀直入に申しますが、今、娘さんが行方不明でいらっしゃいますよね?」


 ずばり切りこむと、吉岡という女性は一瞬黙り込んだ。
が、いくばくかの間の後、淡々と乾いた口調で続ける。
「ええ、そうです。でももういいんです」
「……いい? それはどういう意味ですか」
「もう疲れたんです。だから、求めに応じることにしましたから」

 口調に危ういものを感じて、シュラインはテーブルから身を乗り出すようにした。ぐっと体を前に倒し、だんだんか細くなっていく吉岡の声を聞き逃すまいとする。
 二人の女性が顔を突き合わす姿は、傍からは一見密談風にも見えたかもしれない。
「どういうことですか?」
「……あなたも、お仕事をお持ちなんですよね。それならお分かりだと思うんですが」
 突然、吉岡が話題を変えた。面食らっているシュラインに構わず、彼女は続ける。
「私もそうです。そしてこの仕事に誇りを持っています。この度課長に昇進しました。
女性だから、シングルマザーだから、そう後ろ指さされることもありました、ですが、その度に仕事で見返してきたつもりです」
 と、彼女はシュラインを正面から見つめた。
「だから、ある日思ってしまったんです。『娘がいなかったら、もっと私は昇進できるのに』って」
「吉岡さん……」
 吉岡は、熱にうかされたようなぼんやりした目をしている。
「私はこの仕事に誇りを持ってきた、誰にも負けない、誰よりも働ける、そう思ってきた。だから、だからふと思ってしまった、『娘がいなければ』って……!」



 と。
 がくん、と糸が切れたあやつり人形のように、突然吉岡が脱力した。
そのまま倒れこみそうで、シュラインは咄嗟に身を乗り出して彼女を支える。
「……そう思い込もうとした。でも無理でした。
私は娘がいたからこそ、ここまでやってこれたんです。一人じゃ課長どころか、仕事を続けることすら無理だったわ。
あの子のためじゃなきゃここまで頑張れなかった」
ごめんなさいごめんなさい、とシュラインの胸のなかで彼女は呟き続ける。
 ……泣いているのかしら。
そう思いつつも、シュラインは何も言うことが出来ない。
「お母さんが悪かったの。たとえ一瞬でも、そう思ったお母さんが悪かったわ。ごめんなさい、お母さんを許して。あの子を返して……!」


 そして、彼女はシュラインの腕の中から消えた。





「え……?」
突然軽くなった腕の中に戸惑うシュライン。
と。
「こんにちは」
 固まっていたシュラインに、突然声がかけられた。慌てて振り返ると、そこに一人の少年が立っている。
いつの間に近づかれたのか。ソファのすぐ横に立っていたのに全く気づかなかった。
 場違いな少年だった。スーツ姿の男女が行き交うこのフロアで、黒い詰襟の学生服姿である。だが、誰一人見咎めているような人はいない。
 ――まるで、誰にも見えていないみたい……?
「吉岡さんは、あなたが?」
「ええ。彼女には娘さんと一緒の場所へ行っていただきました。
やっと承諾してくれましたね。ずっと強情を張って、自分の気持ちを認めようとしないから」
「吉岡さんをどこへやったの?」
 睨み付けるシュライン。その視線に臆する様子はなく、ただ静かに少年は立っている。
「僕は彼女たちの望みをかなえただけです。最初は『娘さんがいなければいいのに』というもの、次は『娘さんと一緒にいたい』というもの」
「詭弁をひけらかさないで」
ぴしゃり、とシュラインは少年の言葉を遮る。
「人は弱いわ、誰だって迷うことはある。確かに一時そう思ったとしても、それが本音とは限らない。……あなたは人の弱みに付け込んでるだけよ」

「そこまで言うなら、ご一緒にいらっしゃいますか? 僕の世界へ」
 論争を重ねる気は最初からなかったのだろう。シュラインの言葉を途中で遮ると、少年は微笑んだ。
「早く案内しなさい。彼女たちに何かあったら承知しないから」
「何もしませんよ……彼女たちには」

 と、少年は何かを思い出したように一つ頷く。
「そういえば、これでお会いするのは2度めですね、シュライン・エマさん。
あの時から、またお会いしたいと思っていたんですよ」
「……そうね、会話を交わすのは初めてですけどね」
 迂闊だった、と思ったがもう遅い。
名を呼ばれてようやく思い出した。――確かにこの少年には、以前街角で出会ったことがある。
 だがせめてもの反抗で内心の動揺を覆い隠し、シュラインはにこりと笑い返した。
「私の名前を知ってるんだったら、せめてあなたも名乗ったらどう?」
「そうですね。……僕の名前は早乙女美です。あなたにはまた会える気がしますよ」

 



 ――そこは真っ白な空間だった。
 上もなく下もなく、また前方も後方も区別がつかない。
 確かに立っているから足元は固いはずだが、地を蹴っている感触はない。光源が見当たらないのに、辺りは明るい。
 気分は不快ではない。特に変わらず、まずまずだ。
 
 と。
「シュラインさん!」
 声に振り向くと、走り寄ってきたのは初瀬日和だった。
「日和ちゃん、あなたも」
「ええ。佐久間アヤさんにお話を伺ってたんですが……その時、見知らぬ方がやって来て」
「早乙女美とかいう、詰襟の?」
「……ええ、そうです」

 ここは、あの人のテリトリーの中なんでしょうか。
そう問う日和の言葉に、シュラインはただあいまいな頷きしか返せない。
「そうだと思う、としか言えないけれど。……とりあえず、ここに捕まってる人たちを探しましょうか?」
「それならさっきあちらで見つけました。行方不明になってた皆さん、全員いらっしゃるみたいです」
 日和が力強く頷いてみせる。
「そう。なら次は、ここの脱出方法を考えましょうか」
 何か名案ある? 当てもなく、そう問うただけのシュラインだったが、意外に思うほど日和は力強い頷きを返してきた。
「待ちましょう。きっと今、悠宇くんが私たちを探してくれてます」
「……信じてるのね、彼を」
思わずシュラインが笑みをこぼすと、日和もまた、はにかむように笑った。
 ――だがそれは、確信にも似た笑み。



 日和は、小さく歌を口ずさんだ。
どこか懐かしい、だがシュラインには名前を思い出せないメロディ。
 その旋律は真っ白な空間を満たしていき、やがてそれは静かに漂いだして――

 かすかに聞こえたのは、日和の名を呼ぶ誰かの声。
それと同時に、白い空間の前方から一筋の光が漏れ出した。顔を見合わせ、頷き合ってから歩き出す二人。

 進めていた歩みは、いつの間にか駆け足になっていた。
彼女たちに従い、後ろから囚われていた人たちも付いてくる。


 光に向かってまっしぐらに、二人はいつの間にか駆け出していた。




 ◆
 
「捕まってた奴ら、みんなおっさんたちに感謝してたぜ。ああそれから、今回の事件のこと、報道部でちゃーんと記事にするから、待っててくれよ、草間のおっさん!」
「……あのな啓太、何度も言うが、おっさんは止めてくれ……」

 後日の草間興信所。
 いつもながらの光景がシュラインの前で繰り広げられている。暇でしょうがない、といった風情の武彦にからんでいるのは、事件の報告にきた啓太だ。

 また彼によると、囚われていた生徒たちはその周囲の人々も含めみな平穏な生活をそれぞれ取り戻しているらしく、シュラインはほっと胸をなでおろしている所である。
「なあなあ、そんでさ、おっさん!」
「あーもう、うるさい!」
 啓太の言葉にキレたのか、武彦が立ち上がった。
「武彦さん?」
「タバコ買ってくる! シュライン、そいつの相手してやっててくれ」
 ぎぃ、と蝶つがいの音もかしましく、逃げ出すようにして出て行く武彦。
 思わずシュラインは啓太と顔を見合わせ、ぷっ、と共にふき出した。

 
「……そういえば。シュラインさんってなんでこんなところにいるんだ? ここ、ぱっとしないし給料安いだろ?」
「給料なんて悪くてもらえないわ」
「ひえー、そんなに稼ぎ悪いのか、ここ! シュラインさんならもっと稼げるとこいっぱいあるだろ?」
思わず出てしまったらしい啓太の言葉に、シュラインは苦笑を返すが。
「そうじゃなくて。……私ね、ここの仕事が大好きみたいなの」

 ――好きだからこそ、仕事の手を抜きたくはない。全力で頑張りたい。例え、もう充分だと他人に言われても、自分の満足行くまで頑張りぬきたい。
 ……それがきっと、私自身のプライドや、私の大好きな人へ想いにつながると思うから。
今回の事件で出会ったあの親娘の姿のように。



「さーて、そう決心したからには『探偵業ルポ』、完成させなくちゃ!」
帰ってきたら武彦さんをみーっちり問い詰めなきゃね、と笑いながら腕まくりしてみせるシュライン。
 そんな彼女に、啓太は笑いながら肩をすくめた。
「おっさんさ、大分変わったよ。きっとシュラインさんのおかげなんだろうな。……おっさん、昔はあんなじゃなかった。
もっと殺伐としててさー、なんか、『殺るか殺られるか』って感じだった」
「……啓太君、一つ聞いていい? 武彦さんとはいつからの付き合いなの」
 確信に満ちた口調にシュラインが思わず問い返すと、啓太はニヤリと笑った。

「いつからだと思う? ……へへ、ナイショ!」





 ――仕事も他も、望みはいつだって高く持ちたい。現状なんかに満足してたらもったいないもの。
 
 それが、私のアイデンティティ。




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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【0086 / シュライン・エマ / しゅらいん・えま / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3524 / 初瀬日和 / はつせ・ひより / 女 / 16歳 / 高校生】
【3525 / 羽角悠宇 / はすみ・ゆう / 男 / 16歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3107 / 鷲見条都由 / すみじょう・つゆ / 女 / 32歳 / 購買のおばちゃん】


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          ライター通信          
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こんにちは、つなみです。この度はご参加いただき、誠にありがとうございました。

なにより、今回の納品が遅れましたこと、大変申し訳ありませんでした。
次回以降、このようなことになりませんよう努めさせていただきますので、平にご容赦いただけますようお願い申し上げます。
すいませんでした……!


シュラインさん、お久しぶりです。またお会いできて嬉しいです。
今回もあいも変わらず草間さんとのやりとりを書きこんでみましたがいかがでしたでしょうか。
あと、シュラインさんのお仕事面での苦労や悩み……などを今回は表現してみたいなあ、と思いその様な描写を細かく書き込んでみたつもりです。

それと、『図書委員へのツッコミ』ありがとうございました。(次回以降の伏線になってしまってスイマセン)
でも、こっそり「そうこなくっちゃ!」と思ったのは秘密です(笑)嬉しかったです……



……上にも書きましたが、次回以降はもっと納品を早くするよう心がけます。本当にごめんなさい。
そして、こんな状態でこんなことをいうのも図々しいですが……次回以降の異界や、他の窓を開いた際、またご参加いただけたらとても嬉しく思います。
その際は今回同様かそれ以上に精一杯、努めさせていただきますので。どうぞよろしくお願いいたします。


それでは、つなみりょうでした。