＜東京怪談ウェブゲーム　アンティークショップ・レン＞ □■□■　時を刻む音　■□■□ 　それは、壁掛け時計だった。 　大きさは縦に三十センチほどで、横には二十センチほど。それほど大きくも無い長方形で、上部には時計、下部には小さな扉が設えてある。木製の表面と金色の取っ手。 「一時間ごとにオルゴールが鳴る仕掛けでね、その扉から人形が出てきて踊るのさ。昔ッからよくあるカラクリ時計なんだけどね」 　指先のマニキュアを乾かすように蓮が呟く。エナメルのツンとしたニオイが店に漂っていた。カウンターに腰掛けている彼女はそんな事を気にせず、キセルに指を掛ける――ヘビースモーカーならキセルよりパイプを咥えれば良いのに。戯言を思考しながら、時計を見上げた。 　かち、かち、かち、かち。 　それは鳴っている。 　しかし、針は動かない。 　時針の分針も秒針も、何もかもが一切動かない。 　音は、するのに。 「時刻ってのはね、時を刻むって書く。時計ってのはね、時を計るって書く。馬鹿らしいじゃないか、そんなものは区切ることなんて出来やしないってのに――時間なんて過ぎていくもんさ。不変ではないし可逆でもない。計っても刻んでも、どーにもならない」 　くくく、っ蓮は人の悪い笑みを浮かべる。 「なのに止まってるってのさ。一体どんな時間に止まっていて欲しいんだかね。ま、そんなんじゃ売り物にならないんでね、どうにかしておくれよ？」 　有無を言わせない彼女の言葉に、ただ、溜息が出た。 ■□■□■ 「ふぅん？　中々興味深い感じの時計ねぇ……」 　ぺしぺし、時計の表面を軽く叩くシリューナ・リュクテイアを眺めながら、受け取った薬の瓶を光を透かして揺らしていた屍枕胡蝶は軽く肩を竦めて見せた。 「興味深いといえばそうなのかもしれないけれど、蓮ちゃんも人が悪いわぁ……ちょっと覗きに行ったらお願いね、ですもの。音はするけど動かないって、どうなってるのかしらね？」 「音がするっていう事は、イクォール稼動している、って事ですものね。でも針は動かない。だから興味深いんじゃない」 　くすくすくす、シリューナは笑って時計を眺めた。 　シリューナの魔法薬屋のカウンター。客に提示された薬を買いに来た胡蝶は、途中で寄ったレンで押し付けられた時計を抱えていた。それほどの重さはなく、荷物と言えばそうなのだが大した苦ではない。だがそれはあくまで物理的な負担に関することであって、精神的な負担はそれ以上の重力を持って彼女に圧し掛かっていた。 　人間の性癖や願望ならば判りやすいものだが、こと器物となれば範疇外に属する。第一、無機物の感情まで読み取っていては日常生活において支障がありすぎるのだ。どうしたものか、小さな溜息を悩ましげに漏らせば、シリューナが軽く指先で口唇に触れた。 「溜息は幸せのエンジェルを一人殺してしまうらしいわよ、胡蝶さん？」 「そうは言っても、ねぇ……どうしよっかなぁ本当に。蓮ちゃんたら有無を言わせないのよ？　私、ただ見てただけだったのに」 「極端な適材適所方針だからね、あの人は。この人に任せれば良いや、と思ったら速攻で任せてくるわ……ふふ、間が悪かったと思って諦めるしかないわね。私も手伝うわよ、中々面白そうですもの」 「そうしてくれると、とっても助かるわ」 　シリューナは微笑のままに時計を撫でた。相変わらずに音だけが鳴っている。 　何か視覚的な問題なのか。針の部分に触れるが、それはそこにしっかりと存在していた。では単純に内部の構造の問題か？　彼女が軽く指先を回すと、その仕種に連動するかのように螺子が回った。くるくるとゆっくり弛むそれがやがて完全に抜け落ち、カウンターの天板に落ちる。硬質的な音がカタン、と響くのに、胡蝶は首を傾げて見せた。 　時計を裏返し、裏板を外すと内部の構造が露になる。複雑な構造のからくりと、オルゴール部分。内蔵されている人形は見えなかったが、充分だった。 「歯車が引っ掛かってる様子も無い、わね……」 「磨耗して空回りしているわけでもなさそうだし――やっぱり物理的な問題じゃないかぁ……もう、嫌だなぁ」 「まあ、予測済みではあったのだけれどね」 「え？」 　胡蝶はシリューナの顔を覗き込む。彼女は小さな微笑を浮かべて、時計を指差した。整えられた爪の先からふわりと霞のようなものが立ち上り、時計の全体を包む――と、時計の針の部分が薄紫色の靄に包まれた。 「……これは？」 「魔力を視覚化させたの。魔法が掛かっている様子はないのよね。つまり、この時計、魔力を持っちゃってるってこと――大量生産品なんでしょう？　丹精込められて作られた呪術具でもないのに、力を持つ。時降りし物にはよくあるのよ、自分に体積した時間を力に変換する」 「つまり、この時計は魔法で自分の針を無理矢理にせき止めているということ……？」 「そうね。だけど私に判るのはここまでかしら……魔法や魔力の有無まで。でも、こんな力を使えるってことは、ある程度の意思を持っているってことなのよ」 　ぱちん、とシリューナは胡蝶にウィンクをしてみせる。くるくると時計の螺子を締め、元の形状に戻したそれを胡蝶に手渡した。受け取った胡蝶はキョトンと目を丸くする――が、一瞬後で合点が行ったようにああと頷いた。 　無機物だとしても、感情が――精神があるのならば、説得も可能である。複雑な感情の元に動いているもの、否、この場合は『動いていないもの』ならばそれは尚更だった。複雑なものほど扱いは簡単なものである。良い例が、人間だった。 　何かの意識や意思の元に立ち止まっているのならば。 「蓮さんに連絡してみて、元の持ち主についてのことを探ってみるのも良いと思うわよ。その方が説得もしやすいでしょう？　彼女の事だから、きちんと調べてあると思うしね」 「そうさせてもらいます。と、お電話貸していただけません？」 「連絡手段は蝙蝠だけなのよね、うちって……」 「………………」 「冗談よ？」 「そうよね」 「多分」 ■□■□■ 　時計の持ち主は死んでいた。 　病気でも事故でも寿命でもなく、他殺だった。 　時計の掛けてあった部屋で、強盗に。 　ある意味それはそれだけで――充分な、情報だった。 ■□■□■ 「範疇外だから、上手く行かなくても許して欲しいわね」 「変なことが起こらなければ文句は言わないわ、デーモン召喚とか突然巨大化とか」 「ちょっと楽しそう……」 「待ってよシリューナちゃぁん……」 「冗談よ……はい、出来上がり」 　特殊な草を磨り潰して作った顔料で胡蝶の掌に魔法陣を書き込んだシリューナは、にっこりと笑みを浮かべた。どこか得体の知れない、かつ油断の出来ない笑みである。何か企んでいるのではないのだろうか、胡蝶は少し疑惑の眼差しで自分の掌を眺めた。複雑な文様、絡み合う文字。解読など出来ない――異世界の、それ。もっともこの世界の物だって勉強をしたことはないけれど。 　同じ顔料で時計にも魔法陣を書き込みながら、シリューナはそんな胡蝶の様子を楽しむように眺めていた。人の悪い笑みだが、多分あまり怖い事はしないだろう。そう思いたい。出来れば。頼むから。 「一定時間で効力が消えて、同時にその魔法陣も消える仕組みにしておいたわ。そうそう、あまり眺めていると危ないかもしれなくてよ……視覚から犯す能力も、魔法陣にはあるから。常人には少し危ないわ」 「そ、そういうことはもう少し早く言って欲しかったりするんだけれどぉ？」 「だって後から教えた方が楽しさ倍増じゃなくて……？　はい、こっちも出来上がり」 　時計の裏板に書かれた魔法陣に軽く息を吹き掛けて乾かし、シリューナはそれを胡蝶に手渡す。意識を集中させるように小さく深呼吸をし、胡蝶は――手の魔法陣と時計のそれとを、重ね合わせた。 　ふわりと、光が生まれる。 　薬と魔法陣による触媒効果で、意識が繋がる。触れたものの感情を汲み取る胡蝶の能力をシリューナの薬によって特化・強化したのだ。眼を閉じれば瞼の裏に、映像がちらつく――猟銃、二人の男、轟音、血が飛び散る。 「時間を止めたい、その時間を無かったことにしたい……の、かしら」 　かち、かち、かち。 　時計の振動が掌から伝わる。 　針は動かない。 「貴方は、立ち止まって思いにふけっていれば満足だ……と思っているかもしれないけれど、それでは元の持ち主を拘束し続けるだけだわ」 　かち、かち、かち。 　動く気配は無い、針も、感情も。 　それでも彼女は言葉を紡ぎ続ける。 「この思い出だけを胸に抱いているのでは、この人が可哀想よ」 　かち。 　音が、止まる。 「だって、こんなにこの人を思っているのなら、貴方はもっとたくさん嬉しい思い出を貰ったはずでしょう？　そのすべてを忘れて、この時間を止めることだけを思って、閉じ篭る。それじゃ、可哀想だわ。判るでしょう？」 　瞼の裏に散るのは思い出の欠片。細かな手入れ、招いた友人への自慢。踊りだす人形を満足げに眺める人影、笑顔。それはきっと思い出――懐かしくて大切で、大好きな。 　忘れてはいけない、思い出。 「貴方なら、次の持ち主の元で過去の記憶を引き継ぐことが出来るから……だから、新しい時を刻んで下さいな」 　かち。 　かち、かち。 　かち、かち、かち。 　針が動き、時を、動かしだした。 　ふぅ、と胡蝶が溜息を吐くと、煙と共に二つの魔法陣が消えて行った。彼女の手からシリューナは時計を受け取り、その裏板に新たな魔法陣を書き込む。口の中で小さな呪文を早口に唱えれば、それは沈み込むように消えた。視覚されなくなったが、確実に存在している――それ。 「取り敢えず魔力は封じたわ、悪さは出来ないようにね。意識も暫くは沈んで、新しい持ち主が出来たらそれを刷り込めるでしょうね……これで、依頼はおしまいかしら」 「そうね。……ところであの魔法陣、ちゃんと消えたのよね？　今のみたいに刻み付けられたとかは、ないのよね……？」 「…………」 　にっこり。 　シリューナの笑みに、胡蝶はがくりと頭を項垂れさせた。 ■□■□■　参加ＰＣ一覧　■□■□■ ３７８５　／　シリューナ・リュクテイア　／　二百十二歳　／　女性　／　魔法薬屋 ４３８４　／　屍枕胡蝶　　　　　　　　　／　　　二十歳　／　女性　／　ＳＭクラブの女王様 ■□■□■　ライター戯言　■□■□■ 　初めましてこんにちは、ライターの哉色と申します。この度はご依頼頂きありがとうございました、早速納品させていただきます。今回は大人な女性二人なのであまりアクティブにはならないかなー……と、こんなお話になりました。能力やら魔法やらは割と好き勝手に解釈してしまっておりますが、ダメ出しなどありましたらマッハで訂正致します……。キャラクターの認識が至らない所などあるかと思いますが、少しでもお楽しみ頂けていれば幸いです。それでは失礼致しますっ。