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<東京怪談ノベル(シングル)>


夢の守り人

この世に生まれたものには全て意味がある。
そう言ったのは、誰だったろうか?
もし、それが本当ならば‥私に与えられた役目は、何なのだろうか‥
私はここにいても、いいのだろうか‥

「気にしなくていいのに。貴女も同じ『みあお』なんだから‥」
「そうそう、遠慮しっこなし! あ、このケーキ美味しいんだよ」
言いながら青い小鳥は、銀の髪の少女の肩で二人、ニッコリ微笑んだ。
薄暗がりの中の不思議なお茶会。
テーブルには4‥いや5つの影が見える。 
「ありがとう」
声をかけられた娘も微笑むが‥ティーカップに映る表情はどこかうかない‥
「学校が消えてから、落ち着かないのは解るけど‥暫く出ずっぱりだったんだから、少し休んで気分変えるといいと思うよ」
羽の手を器用に使いながらケーキを口に運ぶ鳥人の少女も娘にそう言って笑いかけた。
(「皆さん、優しいなあ」)
一生懸命笑顔を返す娘は、心配してくれる者達に心からの感謝を感じている。その気持ちに偽りは無い。
だからこそ‥
「ねえ、みあおさん、皆さんもご存知ですか?」
「なあに?」
一際大人びた天使のような女性の問いに代表して少女が首をかしげた。何をだろうか?
「解離性同一障害‥いわゆる私達のような多重人格を人々はそう呼ぶのですが、一人の中に人格が生まれる、その多くは自分自身を守るため、とか何か意味と役割りがあるのだそうですわ」
ご存知? と繋げた天使の問いに少女達からは
「聞いたことはあるけど‥」
「知らな〜い」
積極的な肯定の言葉は出ない。
「私達のようなものに限らず、この世に生まれてくるもの全てに意味があると言った方もおりますわ。だからきっと、貴女にも何か役割があるのだと思います。それを捜されるのがいいでしょう。ゆっくり、焦らず‥」
それは、彼女にとっては単なるお茶の場での世間話に過ぎなかったのかもしれない。
娘を心配してかけてくれた‥
だが
「はい‥」
そう答えながらも最後まで、娘の顔が晴れやかに笑うことは無かった。

夜‥
皆が眠りについている中、娘は目を覚ました。
この世界の中では昼も夜も大した差は無い。
ただ『みあお』が誰も起きていない時間、静寂の時。
眠る『みあお』達の顔を見つめ‥娘はどこか、寂しげに微笑んだ。
「静かですね‥。あの賑やかだった学園から思うと‥夢のよう‥いいえ、あの学園での時間こそが‥夢だったのかしら?」
娘‥みあおは目を閉じて、記憶を辿った。
いつ、自分が生まれたのか、はっきりとは思い出せない。
不思議な学園に自分が立っていた。確かな記憶はそこからだ。
今、思えばあの“学園”に入るため、あの“学園”での出来事を見届けるために自分は生まれたのかもしれないと解る。
でもあの時はそんな事は気づかなかった。ただ、学園生活が‥楽しかった。
“学園”が消えて、今はその記憶を残している者も殆どいないだろう。
出会い、同じ時間を過ごした人達も。
自分以外の『みあお』達にすらも夢の‥記憶の奥底に埋もれてしまっているのだから。
今の自分は何も、することが無い。
新しい人格として表に出ることも試してみたができなかった。
ならば役目が終わった、と学園の記憶を抱いて眠ろうとしても‥。眠れなかった。
かくして自分はここにいる。薄暗闇のモラトリウム‥
足元の遠い下。眠る少女がいる。彼女は眠りに付いたオリジナルの『みあお』だと‥前に聞いた。
「この世に生まれてくるもの全てに‥意味がある‥か。あたしにも意味があるの? そもそも、あたしは生まれているの? ここにいていいの?」
誰も聞くことのない独り言。他の『みあお』には言えない泣き言だ。
別に答えを期待していた訳ではない。
ただ‥何も知らず眠り続けるオリジナルの『みあお』が、ほんの少し妬ましく、ほんの少し‥恨めしかった。
彼女は眠り続ける。答えは帰らない。
「何を‥あたしは言っているんでしょう‥さあ‥」
寝ましょう‥くるり、身体を返したその時だった。
「な、何? これは」
小さなシャボン玉が、ふわり、いくつも浮かんでいるのが見える。
「これは‥? えっ?」
伸ばした指先に触れた虹色の光が集まった。みあおには『見える』そのシャボン玉が見せる風景が‥
「お母さんと、一緒に運動会‥これは少女のみあおさんの夢? 夜空を自由に飛んで‥こっちは鳥娘‥さんですね。こっちは‥写真に頬ずり‥お姉さま?」
その時、みあおは始めて気が付いた。
このシャボン玉は夢のかたまり。
自分が『夢』を見ることができることを‥
色が違うシャボン玉もある。さっき覗いた、それはお姉さまのだった。
ならば‥ひょっとしたら自分達だけではなく、同じ家の中にいる家族や知り合いの夢も‥?
あっちの夢、こっちの夢。好奇心と言ったら聞こえは悪いが少し楽しくなって覗いていると、みあおは中に一際暗い色合いのシャボン玉を見つけた。
「これは‥わっ!」
指で突付いた時、みあおは夢のシャボン玉の中に吸い込まれるように入っていった。

「一体何が?」
みあおが周囲を見回すと、そこには楽しそうに歩く中学生くらいの少女がいた。友達と別れ‥歩く彼女を追う黒い影‥
「危ない!」
ガツン!
少女を誘拐しようとした眼鏡の男達を、みあおは思いっきり殴りつけた。手には‥何故か釘バット?
「‥えっ?」
気が付くとそこはいつもの場所だった。バットも無い。
「さっきまでと同じ‥いいえ、違うわ‥」
ほんの少しだけ違っていた。シャボン玉が虹色になり‥眠るオリジナルの『みあお』が微笑んだのだ。
そう、感じただけかもしれないけれど‥
(「あれは‥夢? いいえ、違う。夢こそ私の現実。私の‥生きる意味‥」)
みあおは微笑んだ。シャボン玉達を抱きしめるように。輝いた笑顔で‥。

「何か、みあおさん、いい顔するようになったね」
「吹っ切れたんでしょ。よきかな、よきかな」

みあおは、『みあお』達を見送る。
外に出ることは無い。
永遠の薄闇の中が、きっと彼女の居場所。ずっと。
(「でも、それでいい。それが私の役割だから。私の役目を‥見つけたから‥」)
『夢守』
眠りと言う安らぎ、夢と言う幸せを見つめ心を‥守る。
足元に眠る『みあお』にみあおは呼びかけた。
「貴女の為に、何ができるかは、解らないけど‥一生懸命頑張りますから」

モラトリアムは終わり現実が始まる。
良き未来に続くのかどうかはまだ解らない。
でも、何かは変わるだろう。きっと。
これから何が起きるのか、どんな夢を見られるのか‥

新しいみあおは、それが‥とても楽しみだった。