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<東京怪談・PCゲームノベル>


過去を見る花


■ 庭園の魔女の部屋にて ■

 秋風が窓を鳴らす音がする。
庭園の魔女エカテリーナの部屋は日中であっても薄暗く、ぼんやりと照らされたランプの灯がゆらゆらと揺れている。
飾り気のない部屋の中に置かれた数少ない家具の一つである椅子に座り、ウラ・フレンツヒェンはエカテリーナが手にしている一輪の花に目をやっていた。
「それが新しく出来たっていう花なの?」
 ウラはくるくるとよく動く瞳に興味心をあからさまに浮かべ、返されるエカテリーナの言葉を心待ちにしていた。
エカテリーナはウラの顔をちらと見やり、肩をすくませて花をゆらゆらと振る。
「ええ、そうよ。これが今回あなたに見せたかった花」
 エカテリーナはウラの言葉にふわりと笑んで首を傾げた。
「どういう花なの? 何か出てきたりとかするのかしら?」
 ウラの表情は、何かを期待しているようなものへと変わっていく。
「出てくるって……あなたが期待しているような冒険は起こらないと思うけど?」
 苦笑いを浮かべて返す。
そこへ姿を見せたのは、エカテリーナが抱えている庭師のラビ。
ラビは静かに部屋のドアを開けて一礼すると、銀のトレイに乗せたカップをウラとエカテリーナの前に差し出した。
庭から採れたハーブを用いた特製ハーブティー。
ラビはエカテリーナの後ろに控えてウラを眺め、穏やかな微笑みを浮かべて目を細めている。
「……エカテリーナ、ツバメでも囲ったのかしら」
 ウラは自分を見据えるラビの顔を見上げて、クヒッと全身を揺らした。
「ツバメぇ?」
 驚きに声を張り上げたのはラビだ。
「う、ウラ様。以前お会いして名乗らせていただいたじゃないですか」
「……ハァ? おまえと会った事なんて一度もないわ」
 ウラはラビの言葉に怪訝そうに眉をしかめる。
「ウ」
 反論しようとするラビを制し、エカテリーナが笑んだ。
「どうだっていいわ。それで、どう? 試してみる?」
 エカテリーナがウラを見やってそう問うと、ウラは迷うことなく頷いた。
「当然。それでその花はどんな役割を果たすのかしら?」
「そう。これはね、あなたが歩んできた過去の記憶を映像化して見せてくれるのよ。過去を見る花、といったところかしら。ただし、」
 説明を始めたエカテリーナの言葉は、ウラの笑い声によって遮断された。
「そんなの実際試してみたら分かるんでしょ? さっさと始めましょうよ。クヒッ……ヒヒッ」


■ 赤鼻の魔女 ■

「婆ぁ! 婆ぁはどこッ!?」
 青白い電流は大きな音を立てて弾け、同時に開け放たれたドアの向こう、眉根をしかめたウラがいた。
ウラはぐるぐると周りを確かめながら歩みを進め、それほどには大きくない家の中に入りこんで足を止める。

 深い森の外れにある一軒の家。
そこはまるでおとぎばなしのそれに出てくる魔女の家そのもの。
とある魔術師に引き取られる以前、ウラはそこで生活していた。

(……よりによって婆ぁの事を見るハメになるなんて。ツイてないわ)
家の中をウロつく自分を眺め、ウラは深いため息を洩らした。
(どの記憶を覗けるかっていうのは、選択できないの? エカテリーナ)
横にいるエカテリーナに訊ねると、あっさりとした返事が戻ってきた。
(いいえ、選べるわ。これはあなたが懐かしく思い、望んで見た記憶のはずよ)
そう答えて小さく微笑むエカテリーナを見やり、ウラは改めてため息をつく。
(イヤな婆ぁだったのよ。忌々しい)
吐き捨てるように呟く。エカテリーナはそれを言葉なく見守り、小首を傾げた。

「婆ぁ!」
 まだ子供だった頃のウラが声を荒げると、ドアをかたりと鳴らして一人の老婆が姿を見せた。
「叫ばんでも聞こえるわい。この小娘が」
 老婆は薬草の入ったカゴを抱えて歩み寄ると、よっこらせと言いながらテーブルに置いた。
そしてゆっくりと振り向いてウラの顔を見やり、ニヤついた笑みをシワくちゃの顔に浮かべて目を細める。
「まじないが解けたようだねぇ」
 ひやひやと笑いながらそう口にする老婆に、ウラは顔を赤く染めて叫んだ。
「このあたしにまじないをかけるなんて、忌々しい婆ぁだこと! しかも動きを縛り付けて止めるまじない! おかげであちこち痛くなっちゃったじゃないのよ!」
 ウラはそう声を荒げるが、当の老婆はどこ吹く風かといった顔をして笑う。

(ああ、思い出すわ、あの婆ぁ! あのまじないをかけられた日には、婆ぁの体をおろしがねですりおろしてやろうかと思ったほどよ!)
子供時代の自分と老婆のやり取りを眺めていたウラが、頭を抱えて金切り声を張り上げる。
(おろしがねって)
エカテリーナが苦笑いを浮かべた。
しかしウラはエカテリーナの声など聞こえていないかのように、めずらしくヒステリックな声をあげている。

「婆ぁ、おまえの干物みたいな体、すりおろして畑に蒔いてやるわ! ああでも、おまえを蒔いたらせっかくの畑が枯れちゃうわよねぇ!」
 子供時代のウラが声を張り上げた。
老婆はニョッキリと伸びた赤鼻の先端を指で掻き、シワだらけの顔に怒りを見せて言葉を返す。
「なんだって、この小悪魔ごときが! アタシに生意気な口きこうだなんて、百年早いよ!」
 テーブルの上のカゴから薬草をひとつまみ手に取って、老婆はウラをギンと睨みつける。
ウラはますます顔を赤く染めてヒステリックな叫び声をあげた。
「なんですって婆ぁ! あたしを”小”悪魔呼ばわりとはいい度胸ね! 雷で焼いてローストにしてやるから!」
 言うが早いか、ウラは指先をぱちりと鳴らして小さな雷を起こす。
しかし老婆は少しもうろたえることなく、むしろ余裕の笑みを見せて胸をはった。
「千年早いわ、おとといおいで! アタシを誰だと思ってんだい」
 老婆がそう言葉を返すのと同時に、ウラの周りを囲んでいた雷がぴしゃりと霧散する。
驚愕したのはウラの方だ。
ウラは一瞬驚いて目を見開いたが、すぐに持ち直して老婆を強く睨みつけた。
老婆は勝ち誇ったような顔でウラを見据え、再びニヤついた笑みを浮かべて口を開ける。
「ホラ、そんなとこでぼさっとしてんじゃないよ。今日はハーブの調合について教えてやるから、一回で頭に叩き込むんだよ」
 言い、深い知識に溢れた瞳をふと緩ませる。
その瞳にはかすかな慈愛が見え隠れしているのだが、ウラはそれに気付くことなく、頬を膨らませてぷいとそっぽを向いてしまった。

(……いい人に育ててもらってたのね、ウラ)
エカテリーナが小さく笑う。
しかしウラは無言で頬を膨らませ、悔しそうな表情でエカテリーナの顔を見やる。
(人じゃないわ、あんなゲテモノ。干物よ。枯れ葉よ。しかも虫食いのすごい枯れ葉!)
クヒヒと笑うウラに、エカテリーナは笑みをもって返した。
(ウラはあの人が嫌いなの?)
静かな声音で訊ねると、ウラは再び横を向いて口を閉ざした。
返事が戻ってくることはなかったが、エカテリーナは微笑ましい関係に、クスリと小さな笑みをこぼした。
そっぽを向いてしまったウラの代わりに老婆の顔を確かめる。
(――――!)
驚き、息を飲みこんだエカテリーナに気付いたウラが何事かと問いながら、自分も老婆に目を向ける。
そしてウラ自身も驚きの色を見せ、それから(婆ぁ!)とヒステリックな声を張り上げた。

こちらには気付くはずもない赤鼻の魔女が、確かに二人を見やって笑っていたのだった。
   


■ 追憶 ■

「あの婆ぁが一番厄介だったのはね」
 ラビが淹れなおしてきたハーブティーを飲みこむと、ウラはテーブルをだんと叩いて体をのめらせた。
「あの婆ぁは異界の存在をいなす術を心得ていたのよ。あたしの事をこれっぽっちも恐れずに応対してくれたのは、あの婆ぁくらいなもんだったわ」
 息巻いてそう告げるウラに、エカテリーナは小さく頷いて微笑んだ。
なんの返事もない事を知ると、ウラは小さなため息を一つついて声のトーンを下げて続ける。
「……あたしは魔術より先に魔女術を覚えたものよ。ハーブやオイルの調合法から魔女の呪唱歌まで。魔女や悪魔の伝承もお昼寝の時に聞かされたり……」
「森の奥の赤鼻の魔女。かなり高名な方よね、確か」
 相槌を打ちながらそう問うと、ウラはどこか誇らしげな表情を見せて頷いた。
「あの婆ぁ、淑女になりなさいって、本当にやかましくてうるさいのよ! 自分は淑女でもなんでもないくせに!」
「淑女としてのマナーも教えてくださったのね」
 エカテリーナが頷くと、ウラはふと微笑んで首を傾げる。
「あたしは生まれつきの淑女だから、あんな婆ぁの教義なんか必要なかったんだけれどね」
 肩をすくめてクヒヒと笑う。
エカテリーナはふわりと笑い、小首を傾げた。
「なんだかんだ言って、あの人が好きだったのね、ウラ。――あなたが楽しそうに笑うのって、初めて見たような気がするわ」
 その言葉にウラは「ハァ?」と声を張り上げ、言葉を返す。
「楽しそうですって? あたしが?」
 ウラは素っ頓狂な声でそう言い、それからふと視線を窓の向こうへと投げやった。
浮かぶ表情はひどく不機嫌そうで、むすっと頬を膨らませている。
その顔を見てラビが小さく笑ったので、ウラはラビをひどく睨みつけて指を鳴らした。
少し強い静電気のような電流がラビの背中を走り抜け、ラビは小さく驚きの声をあげた。
それで満足したのか、ウラは鼻先でフフンと笑って目を細め、
「あんな婆ぁのことなんか気にしてなんかいないけど」
 テーブルの向こうのエカテリーナに視線をあてる。
エカテリーナは頬づえをついてウラを見つめている。
その視線に、ウラはわずかに頬を紅潮させて、再び窓の外に目をやった。

 窓の向こうは深い森。
秋もやがて終わり、冬が近付きつつある季節。
「……婆ぁ、今頃どうしているのかしらね」
 
 知らずに口をついて出た言葉が、どこか懐かしいハーブティーの香りと共に空気に溶けこんでいった。
 



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3427/ウラ・フレンツヒェン/女性/14/魔術師見習にして助手】


NPC/エカテリーナ
NPC/ラビ

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■         ライター通信          ■
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この度はゲームノベルに参加していただきまして、まことにありがとうございました。

いただいたプレイングが楽しいものであったので、ウラさんとお婆さんの会話はなるべくテンポ良くと
意識しながら書いてみました。
ウラさんは日頃わりと沈着でいるようなイメージなのですが、今回はそれを打破してみようか(笑)。
お婆さん相手に取っ組み合いをやっていそうな感じにしてみましたが、いかがでしたでしょうか。
それでもどこか懐古的になるようにとも思ってみたのですが。

このノベルが少しでもお気に召していただければ幸いです。
問題点などありましたら、遠慮なくお申しつけくださいませ。

それではまた機会がありましたら、お声などいただければと願いつつ。