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<東京怪談・PCゲームノベル>


過去を見る花


■ 花 ■

「呼び出してしまってごめんなさいね、総帥。お忙しくはなかったかしら」
 エカテリーナはそう言って小さく微笑み。細く白い首を傾げた。
セレスティ・カーニンガムは丸テーブルの椅子に座ってふわりと笑うと、ゆったりとした動きで首を横に振る。
「ちょうど一仕事終えたところでしたから、良いタイミングでしたよ」
 応えると、エカテリーナはふうと小さな嘆息を一つ洩らし、安堵の表情を浮かべた。
「良かった。ちょっと面白い花が出来たから、総帥にも見てもらおうかと思って」
 言いながら、テーブルに飾られた数本の白い花を指で示す。
椿によく似たその花に目を落とし、セレスティはふむと頷いた。
「花弁や葉のあり様は椿に似ていますね。……しかしこの花の方が、香り高い」
 漂う香りに表情を緩めるセレスティに、エカテリーナは頬づえをついた姿勢で口を開ける。
「総帥は長い歳月を過ごしていらしたのでしょうから、抱える思い出もたくさんあるのでしょうね」
「ええ、そうですね……まるで澱みのように積み重なった美しくない思い出もありますけれど」
 問いかけに対して笑顔で応える。
ちょうど部屋に入ってきたラビが、銀色のトレイからカップをセレスティの前に差し伸べた。
「ハーブを摘んできまして、ハーブティーを淹れてみました」
 ラビはそう告げて恭しく頭を下げ、そのままエカテリーナの後ろへと足を進める。
セレスティはラビに笑みを見せてからカップを口に運び、黙したままのエカテリーナに視線を向けた。
「それでもやはり面白い事もたくさんありましたし、代え難い思い出はそれ以上にありますよ」
 エカテリーナはセレスティの応えに満足そうに頷くと、花瓶にさしてあった花を一輪手に取った。
「この花は、その人が望む思い出を見せてくれるの。その時代の場所に立つわけではないけれど、……例えるなら映画をスクリーンで見ているような感じかしら」
「過去を見せてくれるのですか。それは面白そうですね」
 カップを受け皿に戻して静かに瞳を細める。
「……そうですね。それでは私は過去にあったちょっとした事件を望みましょう。最近時折思い出すのですよ」
 告げて、エカテリーナの後ろにいるラビの顔を見やる。
「ところでそれは、例えばラビ君をお供にしていく事などは可能なのでしょうか?」
 ラビを見据えながらそう訊ねると、ラビは驚いたような表情でセレスティを見つめ返した。
エカテリーナはラビをちらと見やってから頷き、自分のカップを口に運ぶ。
「それはもちろん、お好きなように」


■ トリックと俄か探偵 ■

 過去、降霊術といったものが流行った事がある。

(降霊術といいますと、ウィジャ版を使ったものでしたか)
 館の中を歩きながら、ラビはそう言って振り向いた。
セレスティはやんわりと頷いてみせると、(そういったやり方もありますね)と応える。
(いくつかのやり方がありますが、馴染み深いといえばウィジャ版などが有名でしょうね)
 セレスティが続けた言葉に、ラビはあまり関心なさげに小さく頷いて、再び足を進めた。
(あまり興味ありませんか?)
 セレスティはラビの後ろを、カツリと杖を鳴らしてゆっくり歩く。
(オカルトはあまり……。エカテリーナ様の影響もあって、少しばかり知識を読みかじった程度です……ああ、この部屋でよろしいのでしょうか)
 問いかけに対してそう応えると、ラビは不意に足を止めてこざっぱりとした扉を示した。
(ええ、そう、この部屋です。……懐かしいですねえ)
 扉を前に歩みを止めて、セレスティはそう笑って目を細める。
(この館のこの部屋で、当時それなりに名を知らしめた霊媒師が、降霊術を行っていたのですよ)
(セレスティ様はここによく出入りなさってたんですか?)
 懐かしそうに目を細めるセレスティの横顔を確かめて、ラビはそう問いかけた。
セレスティは穏やかな笑みでラビを見やると、言葉を返すことなくドアノブに手をかけた。

 ドアの向こうに広がったその部屋は、どちらかというと手狭なくらいのもので、簡素な調度品がぽつぽつと置かれている程度のものだった。
中央には丸いテーブルが置かれ、椅子が五脚置かれてある。
その椅子には五人の男女が座っていて、その内の一人は今と変わらぬ姿のセレスティ・カーニンガム本人だ。
他には恰幅の良い中年女性と中年男性が一人づつ。それと痩せぎすの若い女性が一人と、神経質そうな顔立ちの男性が一人。
部屋に置かれたいくつかの燭台で揺れる小さな灯が照らしている他は、灯かり一つない薄闇の世界。
ぼんやりと影を揺らしながら、神経質そうな顔立ちの男が仰々しく口を開けた。
「それではこれより降霊術を行います。いつも申しています通り、どのような霊が呼び出されるかは分かりません。互いの手を固く握り、決してそれを離すことのないよう、ご注意めされよ」
 男はそう告げると部屋の隅々をゆっくりと歩き回り、燭台を一つ、また一つと消していく。
そうして男がテーブルに戻った頃には、部屋を照らす灯かりはテーブルの上の燭台一つだけだった。
男は自分の椅子に座ると隣同志の手を握り締め、最後の灯かりをふいと吹き消す。
――――訪れた闇。
きゃあ、と、小さな悲鳴をあげたのは、若い女であろうか。

(……降霊術ってこうやるんですね。初めて見ました)
 部屋の片隅で壁にもたれかかるような姿勢で立ち、ラビが口を開ける。
セレスティはラビ同様に壁にもたれかかり、腕組みをしてゆったりとした笑みを浮かべていた。
(ウィジャ版を用いたものにも顔を出していました。当時は高名な霊媒師が何人もいましたが、中には手品や奇術まがいな事をして客人を騙していた者もいたんですよ)
 静かな声音でそう告げる。
ラビは小さく頷き、ようやく目を輝かせてテーブル席に目を配った。
(それで、この会はどうなのですか? 本物なのでしょうか。あるいは)
 インチキもあったと聞かされて関心を持ったのだろう。ラビはそう言いつつそわそわと言葉を続けようとしたが、
(まあ、見ていてください)
 セレスティの指がラビの口を軽く押さえ、その言葉はさえぎられた。

 降霊術は滞りなく行われ、何やら怪しげな口上が告げられた後、部屋の中はしんと静まりかえっている。
ラビは今自分の隣にいるセレスティと、テーブルに座っているセレスティとを見比べて小さなため息を一つ洩らし、軽く頭を掻いてから腕を組んだ。
セレスティは小さな笑みを歪めることなく、過去の自分を眺めている。
――――その時、テーブルから離れた場所にあった暖炉の上の燭台が、かたかたと小さな音を立て始めた。
さきほどの女が再び小さな悲鳴をあげる。と、同時に、かたかたと揺れていた燭台が派手な音を立てて床に転げ落ちる。
続いて男の悲鳴や驚愕の声があがり、それを諌める男の声が低く響いた。
「落ち着いてください。――手を離さずに座っている限り、霊達は皆さんに害を及ぼすことはないでしょう」
 神経質な顔立ちの男――霊媒師の声だ。
どうやら燭台が落ちた後、テーブルに座る客人達の肩や頭を誰かが触れたり、壁を殴る音が響いたりしているようだ。
騒ぎ立てる客人達の中、椅子の上のセレスティだけが静寂を守っている。

(……でもこれって、あからさまなインチキですよね)
 離れた場所で事の始終を見ているラビが、呆れたような声を発する。
横にいるセレスティを見やるが、セレスティは過去の自分同様に静寂を保ったままだ。
ラビは再び口を閉ざしてテーブルに視線を向けると、薄れ始めた関心に小さな欠伸を一つ浮かべる。

 と、ようやく椅子の上のセレスティが口を開けた。
「滑稽にもほどがありますね」
 穏やかな声ではあるが、霊媒師の栄光をぴしゃりと断じるような冷ややかさを持っている。
「こんな幼稚なトリックでは、私でなくとも、いずれ判明してしまうでしょうに」
 セレスティはそう続けておもむろに立ちあがると、ゆっくりとした挙動で腰を持ち上げた。
闇の中で驚愕しているのは霊媒師だ。客人達はセレスティの言葉で我を取り戻し、まさに水を打ったような静寂を取り戻している。
「な、何を。言い掛かりをいうなら出ていきなさい。ただし今ここを出ていけば、たちどころに霊達の害を受けるだろうがね」
 くつくつと笑う男に、セレスティは不自由な足を引きながら歩みを進める。
「手を握っていなければ霊に見つかり、呪われる。それがあなたの言い分でしたが」
 ゆっくりと歩きながら男に近付く。
男はセレスティが近付くにつれて表情を歪め、床にぺたりと尻をつけた。
「私もあなたと同じように、皆さんと手を繋いでいなかったのです。繋いでいるように見せかけていただけですよ」
 穏やかな陽光のような笑みを浮かべる。
男は事態を理解すると、ようやく頭を抱えて俯いた。

 幼稚なトリック。
客人は男と――あるいはセレスティと――手を繋いでいると思いこんでいたが、その実、さらに隣の人間と手を繋いでいたのだった。
つまり五人いる内、実際にちゃんと手を繋いでいたのは三人だけであったという事だ。

「あなたは他の皆さんの目をあざむいて部屋の中を歩き回り、自在に現象を起こしていただけの事。……そうですね?」
 冷ややかな口調でそう告げると、男は観念したように小さな嗚咽を立て出した。


■ それは奇跡かペテンか ■

「当時はああいったインチキな降霊術もよくあったのですか?」
 過去の映像から現代に戻ってくると、ラビはセレスティのカップに新しいハーブティーを注ぎ入れた。
セレスティはそう問われて小首を傾げると、頬づえのままのエカテリーナに視線を向けて微笑んだ。
「そうですね……手法は違えど、やはりいくつかああいった事例はありました」
 応えると、ラビはふうんと頷いてからエカテリーナの後ろに控える。  
「降霊術のいかさまね。当時はままあったと聞き及ぶけれど、逆にそれを解決する俄か探偵もまま現れていたというわね」
 そう告げてニヤリと笑うエカテリーナに、セレスティは肩をすくめてみせた。
「何も、私ばかりが俄か探偵を気取っていたわけではありませんよ。私の場合は暇潰しが目的でしたし、逆に私の元にもそういった俄か探偵はやっていらしたりしていましたしね」
 困ったような笑みを見せると、ラビが意外だとでも言いたげに目を見開いた。
「セレスティ様の元にも? まさかセレスティ様の占術がインチキだと?」
「ええ、そう言って。――――でもどなたも私のトリックは暴けなかったようですけれども」
 そう応えて笑むと、ラビは再び驚いて訊ねた。
「セレスティ様のトリック――――? まさか、そんなものが」
 
 エカテリーナがくすくすと笑う。
セレスティはいつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべたままで、透き通るほどに真白な首をかすかに傾げてみせた。
「私が起こす事象がイカサマかどうかは、それを目の当たりにする方が決めればよろしいだけの事ですよ」

 テーブルの上の白い花が、ふわりと芳香を漂わせて揺れた。
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725/財閥総帥・占い師・水霊使い】


NPC/エカテリーナ
NPC/ラビ

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■         ライター通信          ■
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いつもお世話様でございます。
今回はゲームノベルにご参加くださいまして、まことにありがとうございます。

さて、まずはお詫びを。
いつものように、納品がぎりぎりになってしまいました。
毎回、今回は余裕のある納品をと誓うのですが……がっくり。
今後さらに精進いたします。

降霊術といったものは取り上げたことがない題材でしたので、個人的にも興味深く書かせていただきました。
ノベル中で使用した例は、多分もっともありがちなイカサマの一つだったのではないかと思います。
ウィジャ版なども考えたのですが、今回はそちらは取り上げずに書かせていただきました。

少しでもお気に召していただければ幸いです。