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<東京怪談・PCゲームノベル>


消えた図書委員 〜空箱より〜



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神聖都学園内でまた生徒失踪事件、以前の事件と関連か(毎朝新聞)


 神聖都学園高等科2年生、並木ひろみさん(17)が昨晩未明から行方不明となり、本日朝、両親が警察に失踪届けを提出した。
これで今月に入ってからの当学園生徒の失踪は初等科・中等科・高等科合わせて5人となり、警察は事件の関連性を調べている。

 調べでは、並木さんは昨日夕方、友人と登下校中に突然行方が分からなくなったという(友人証言)
学園校長は「大変遺憾なことであり、行方不明になった生徒や関係者たちが心配だ。また、引き続き生徒たちには登下校の際気をつけるよう指導していく」と話している。

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 ――確かに、何気ない存在かもしれないけれど。
 
 

「都由ちゃ〜ん」
 情けない声を上げてカウンターにへばりついてきた生徒に、鷲見条都由はいつもと同じくにっこりと微笑んで見せる。
「布施君、今日はアンパンですか〜?」
「うう、都由ちゃんはオレの気持ちを分かってくれるッ! ついでにクリームパンもちょうだい!!」


 ここは神聖都学園、購買部。
授業の始まる前、早朝の時間帯とあって、生徒たちの影はまばらだ。
 朝食を取るよりも睡眠時間を優先したい生徒たちの方が圧倒的多数なのだろう。それでも中には『変わり者』がいて、報道部部長・布施啓太もその一人だった。
 あたかも最初から注文を知っていたかのように、啓太の目前に出てくるアンパンとクリームパン。
啓太はわお! と声を上げる。
「さっすが都由ちゃん、分かってるねー! はい、これ代金」
「30円のおつりです〜、布施君、いつもありがと〜ね〜」

 都由は一部の生徒たちに『都由ちゃん』と呼ばれている。
もちろんそれは親愛の表れであって、そう呼ぶ者に都由を嫌っている者などいやしない。
 のほほんと笑みをたたえているばかりに見られがちの都由だったが、彼女自身、そう呼ばれていることを嬉しく思っていた。
 ――自分に子供がいたら、きっとこんな気持ちになるのかもしれない。
 もちろん、高校生の子供がいるような歳に至ったつもりはまだないけれど。

  
 都由がこっそりと取り置きしていた『極上あんぱん』に、それはそれは美味しそうにかぶりつきながら、啓太はなおもカウンターにかじりついて話しかけてくる。
「なあなあ、聞いてくれよ! ウチの顧問、ほんっとわからずやなんだ!
 ッたく、こんな確実な大スクープ、どうして分かってくんないのかなあ。センセーってのはマジ頭固いよ」
「あらあら、一体何があったんですか〜?」
 啓太の言葉に、都由が興味を示しかけた時。

「布施クン」
「……げっ! カスミ先生!」
 いつの間にか啓太の背後に立っていた響カスミと目が合い、啓太は肩をすくめる。
「なんですか、『げっ』って。先生がそんなにイヤなの?」
「そ、そうじゃないけどさぁ!」
 その言葉に、もう、とひとつため息をつくと、カスミは軽くかがんで啓太の顔をのぞきこんだ。
「いい? いくら報道部でも、根拠のない噂をばらまいちゃいけません」
「ええ〜? 先生! オレのつかんだ情報が、根拠がない『たかが噂』だって言うのかよ!」
「布施クン? 先生はそう言うことを言ってるんじゃないの。分かるでしょ?
くれぐれも、みんなをイタズラにあおったりしちゃダメよ?」
「だ、だから!」
「布施クン、返事は?」

 うぅ、と啓太をうめくばかりにさせてから、ふとカスミは都由を見た。
「都由さんも。生徒たちの冗談に、あまり付き合わないで下さいな」
「……ええ。はい〜」
「生徒たちの指導は私たちにお任せ下さい。それに都由さんは購買部の店員さんなんですし」


 そう言ってカスミが身をひるがえしたのは、もう話は終わったと思ったからだろう。
その後姿へ向かって咄嗟に呼びかけてしまい、都由は自分で自身の行動に驚いた。
「はい?」
 カスミが不思議そうに振り返る。
「……あの〜、カスミ先生〜? 私は確かに購買部ですけれども、あの〜」
「え?」
「生徒たちに対して、教師とか、そうでないとかは、関係ないんじゃないでしょうか〜?」



 とその時。
 チャイムの音が鳴り響き、慌てた様子でカスミが腕時計を見る。
「ヤダぁ、こんな時間! 布施クン、ちゃんとHR出なさいネ! あ、都由さん、お話は後で!」
 ――現れた時と同様、瞬時にいなくなるカスミに向かって、啓太はちぇ、と小さく舌打ちした。
「都由ちゃんにちゃんと謝れってんだ」
「……いいんですよ、布施君〜」

 と、突然振り向き、がばっと都由の手を握る啓太。
「都由ちゃん、一緒にサボらない?」
「はい〜?」
 首をかしげつつ笑う都由に対し、啓太はあくまで真剣だ。
「オレ、今回の事件ちゃんと調べてみたいんだ。だから今日は学校サボる。サボって、助けを借りにいってくる。
そんでさ、都由ちゃんも一緒に行こうよ。カスミ先生たちをギャフンと言わせてやろうぜ!」






消えた図書委員 〜空箱より〜
 ●鷲見条都由
 
 
◆ 

「……という訳なんだ」
 草間興信所に新たにやってきたのは4人。初瀬日和、羽角悠宇、布施啓太に鷲見条都由。
これにもともと興信所にいた草間武彦とシュライン・エマを合わせ6人になる。
(ちなみに零は別件のクライアントに話をつけに行った。
草間本人が出向くと無報酬になるか怪奇の類を引き受けてくるか、どちらにしろろくな結果にならない)

 今回の事件を持ち込んだのは布施啓太である。
 事のあらましを話し終えるのにたっぷり30分はかかっただろうか。資料も交えつつ彼が一同の前でようやく話し終えた時、草間はまず顔を手で覆って天井を向いた。
「お前の話は大げさすぎる。客観的事実のみを述べてくれ」
「なんだよー、草間のおっさん。こんな奇妙な事件なんだ、言い足りないことはまだまだいっぱいあるんだぜ?」
「……とりあえず、草間の『おっさん』は止めてくれ、啓太……」
反論に疲れたのか、武彦はただがっくりとうなだれた。
「とりあえず、要旨をまとめましょう」
 彼に代わって声を上げたのはシュラインだ。
「神聖都学園内で行方不明の生徒が多数出てるのね? それで、その案件に対する調査の協力を私たちに仰ぎたい、と」
 ああ、と真面目な顔で啓太がうなずく。
「今回の事件で、行方不明になったのと親しかった奴らを大体調べ上げてみたんだ。あ、これが調査書ね。
んで、オレのカンだと、なんとなくみんな怪しいんだけどさ……」
「そうね……話を聞いてると、失踪者に対しみんな腹に何かを持ってるような感じがするわね」
 恨んでたり恨まれてたり、とまではいかないみたいだけど。シュラインはそう言って資料を軽く指で弾いた。
「どう思う、日和ちゃん? 悠宇君も何か意見ない?」
「……え? ええ、そうですね」
 シュラインが日和に話を振ると、半分上の空だったのか、一瞬の間の後に日和はうなずく。
 そしてその横にどっかり座った悠宇は、シュラインの質問に答えることもなくむっつりと黙り込んだままだ。

 ――あら、どうしたのかしらこの二人。いつもは羨ましいくらい仲がいいのに。
 首をかしげつつも、今度は武彦の方を仰ぐシュライン。 
「それで、これは『怪奇の類』なのかしら、武彦さん?」
「……なぜ俺に聞く」
「あら、そういった事件はお手の物でしょう?」
「シュライン……さっきのことは謝るから」
「あら、何をかしら?」
 武彦を渋ーい顔で黙らせてから、ふとシュラインは何かをひらめいたような表情を見せた。
「ねぇ、啓太君。この資料の下の方に書いてある、この噂話」
「ん? ああ、『消えた図書委員』のこと? 気になんの?」
「そうね、気になるというか……心当たりがあるっていうのかしら、これって」
「シュラインさんもですか? あの、実は私も……その、何かが引っかかるんです。何かを忘れているような。
でも、はっきりとは思い出せないんですけど」
 続いて日和も声を上げたが、後は共に無言で顔を見合わせるばかり。
 二人を見て、啓太は首を傾げた。
「一応さ、これってウチの学園に伝わる、七不思議のひとつなんだよね。
一応今回の事件に似てるから載せておいたんだけど、関係あるのかなあ、コレ」

 こういうのは都由ちゃんの方が詳しいんじゃないかな、と都由を振り向いたが、彼女も思案にくれている。
「そうですね〜。この噂自体は随分昔からありますけど〜。
今回の事件とは関係があるかどうかは〜、さてどうでしょ〜……?」
「つ、都由ちゃん! もっとハッキリしゃべってくれよ!」
 短気な啓太に、都由はマイペースなまま、ごめんなさいね〜、と笑った。


「まあいいわ。とりあえず打ち合わせはこのぐらいにして、調査に入りましょう。
……私はこの吉岡さんのところに行ってきます。娘さんがいなくなったっていう」
 まず初めに、シュラインが調査書の名前の一つを指差した。
次に、ずっと不安げな表情でいた日和が別の名前を指す。
「私は、この佐久間さんのところに行ってきます。歳も近いですから」
「そうね、それがいいかも。……悠宇君も、日和ちゃんと一緒に行く?」
「行かねぇ」
何気なく振った会話を、悠宇は愛想もなくたちどころにぶち切った。
「俺はこいつんとこに一人で行く」
 彼の指はまた別の男子生徒を指している。
「……日和ちゃん? どうかしたの、あなたたち?」
「あの……」
「どうもしませんよ、シュラインさん」
 曇らせた表情のまま何かを言おうとした日和を、強い語調で悠宇が遮った。
「どうもしませんから、ほっといて下さい」
「……ごめんなさい、シュラインさん」
 彼と視線を合わせる事もなく、ただそう言って力なく笑う日和に、シュラインはただ無言のままでいるしかない。

「んじゃあ、オレたちはどうしようか。都由ちゃん、一緒にやろうぜ」
「そうですね〜、布施君と一緒なら心強いです〜」
調査書を前にして思案しだした二人に、つと武彦が口を開いた。
「おい啓太。お前らはこの『消えた図書委員』のことについて調べて来い」
「ええ? 何で? おっさん、これって今回の事件に関係あるの?」
「俺に聞くな俺に。それから俺はおっさんじゃない! ……いいから。あくまでも俺の勘だが」
 何かを言いかけて一旦口を閉ざした武彦。
 胸のポケットからタバコを一本取り出し、それに火をつけ……焦れるほど悠々とした仕草で煙を吐き出してから、ぽつりと言った。
「事件には関係ないかもしれんが、もしかしたら別のところで関係してくるかもしれない。
例えば、お前や俺ら……とか、な」



 ◆
 
「『消えた図書委員』のことについて調べて来いって言ってもなあ……」
「どうしましょうかね〜。まずは〜、共通の〜部分があるか〜、探してみますか〜?」
「あ、ああ、そうしよっぜ。……てか、都由ちゃん相変わらずだなあ」
 再び学園に戻ってきた都由と啓太の二人。時はちょうど昼休みだ。
 とりあえず常駐場所の購買部に戻ったが、ショーケースの中はすでにがらんどう。
そして購買部に隣り合わせたカフェテラスでは、生徒たちがにぎやかに思い思いのランチタイムを過ごしていた。
大きなガラス窓と採光に工夫が凝らされたこの一角は、季節を問わず生徒たちに人気のスポットでもある。
「あ、都由ちゃん!」
「どこ行ってたの? ねえねえ、カツサンドまだ残ってる?」
「お願い都由ちゃん、タマゴドーナツ出して!」
 都由の姿を見かけて、わらわらと寄ってくる生徒たち。しょうがないですね〜、そんな声と共に都由はどこからともなく注文の品を取り出して行く。
「よっ! 動く購買部!」
「さっすが都由ちゃん、頼りになる〜!」
昼食にありつけた生徒たちの調子いい掛け声にも、都由はにこにこと応対する。

「ところでみなさ〜ん、聞きたいことがあるんですけど〜?」
 と、都由は周囲に向かって、まずは行方不明になった生徒たちのことについて尋ねてみた。
「ああ、あの事件だろ?」
「学園長の新聞のコメント、笑えるよねー」
「そうそう、お前生徒たちそれぞれのこと知ってるのかよ! ってツッコみたくなるよな」
途端に、それぞれ勝手なことを騒ぎ出す生徒たち。
耳を傾けるのも一苦労……だが、これと言った新情報はないようだ。
 都由の背後で、がっくりと肩を落とす啓太。
「じゃ、じゃあみなさん〜? 七不思議の〜、『消えた図書委員』について〜、詳しく知りませんか〜?」
続いて都由が質問を重ねると、再び「ガヤガヤ」が始まったが……そのうちの一人が都由を見つめる。
「ねぇ、そういえば都由ちゃん? その噂ってさ、私前から不思議に思ってたんだけどー。
ウチの学園ってさ、一回も火事があったことないよね?」
「ああ、そういえばそうだよねー」
と横の生徒が相槌をうつと、背後の生徒がその間に割り込む。
「火事って言えばさあ、俺中等部からの持ち上がりなんだけど、そっちではあったんだぜ、火事」
「え? 高等部じゃなくて、中等部でってこと?」
「そうそう。だからさ、中等部で火事を体験した俺たちの誰かが、高等部に上がって噂を広めたんじゃねーのかな?」
 
 
 


「……とりあえず、分かったことは『中等部の火事』だけかぁ」
 昼休みが終わり、生徒たちはそれぞれの教室へと戻っていった。
だが啓太は今日一日自主休講にすることにしたようだ。都由の横にくっついて、盛んに独り言ばかり繰り返している。
「ま、これでオレの事前調査がカンペキだってことがますます証明されたわけだけどさ」
「でも〜、事件の解決には〜なりませんでしたね〜」
「そうなんだよなあ、どうしよっか都由ちゃん」
「どうしましょうかね〜?」

 ふたりは人影少ない校舎を進んでいた。やがて体育館裏の渡り廊下、特に人影が少ない一角に差し掛かった時。
「あっ!」
 第3者の声に二人が振り向くと、先ほどまで草間の所で一緒にいた羽角悠宇が、息を切らしてこちらに駆け寄ってくるところだった。
「どうしたんだ?」
 啓太の問いかけに、だがそれにすら答える余裕がないのだろう。
顔面蒼白の悠宇は啓太の肩を強く揺すり、ただただ繰り返すばかりだった。
「頼む、探すのを手伝ってくれ。早く、早くしないと……!」
「落ち着いてください〜。どうしたんですか〜?」
「日和が……日和がさらわれたんだ、頼む、一緒に探してくれ啓太!」
「おい、悠宇!」
啓太が肩の手を引き剥がし、そのまま強く握る。
「しっかりしろよ! いいから、まずお前が落ち着け」
 握られた手とまっすぐ向けられた視線とに、悠宇は我に返ったらしい。
視線は未だ落ち着かなく戸惑ったままだが、弾んでいた息が深呼吸の後にゆっくりと落ち着いていく。
「……よろしいですか〜? では、詳しく話を聞かせてください〜」


 ――悠宇は端的に語った。
 啓太の調査書に名前を連ねていた、事件の関係者。
行方不明の者たちに関係が深い者たちだと思われていたが、彼らこそが、『犯人』に狙われていたのだということ。
「じゃあ〜、今までさらわれてきた人たちは〜、おとりってことですか〜?」
「多分、そう言うことなんだと思う。
よく分からねぇけど、残された奴らの不安を煽ることこそが、真犯人の目的だったらしいんだ。
それで、そいつらと関係の深いのをさらって、心配や不安をどんどん募らせて。不安を煽りに煽った今こそ、あいつらが狙われてる。
 いや、もうヤバいんだ」
 悠宇の言葉に、啓太と都由は顔を見合わせる。 
「日和と連絡が取れなくなったんだ。もしかしたら、日和が話を聞きに行った奴が真っ先に狙われたのかもしれない。
頼む、一緒に日和を探してくれ!」





 3人は一斉に走り出した。
手がかりを求め、日和が聞きに行ったという生徒のクラスへ向けて。
 闇雲に走り出してもまず見つかるとは思えなかった。そして今こうして心当たりのある場所へ走り出しているのもまた闇雲に近かった。
どんな犯人であれ、未だ事件現場に残っているはずがない。
 ――そう、思われたのだが。
 
「……声がする」
そう言っていきなり立ち止まったのは、先頭を走っていた悠宇だった。
その背中にぶつかりそうになって、啓太は思わず声を上げる。
「おい、いきなり立ち止まんなよ!」
「歌だ。日和が歌ってる。……日和! どこだ、日和!!」
 叫ぶ悠宇。その視線を追うように、啓太と都由は周囲に視線を巡らせた。
そして。
「おい、あれなんだ?」

 ――3人がいたのは校舎棟への入り口。
サークル棟と校舎との間、壁に挟まれて四十六時中薄暗い一角だった。
 啓太は、その特に一際影が濃くなった一部分を指差し険しい表情をしている。
 悠宇と都由は彼の視線を追った……が、何も見えない。
「布施君〜、何もありませんよ〜」
「おい啓太、適当なこと言うんじゃ……!」
 遮ろうとする二人に、啓太は怒鳴った。
「何言ってんだ、あそこに誰かいるだろう!!」


 ――その声に反応したかのようだった。
確かに誰もいなかったはずの影の一角、再び二人が振り向いた先に、一人の少年が立っていた。
 歳は悠宇や啓太と同じぐらいだろうか。神聖都学園のものではない、黒の詰襟の学ラン。
それをすらりとした体躯にまとい、静かにこちらを見つめている。
「……啓太」
 そして彼はそう呟き、微笑んだ。

 ただそれだけのことなのに、なぜか都由はゾッとする。
「そんな顔、しないでください」
と、そんな都由の内心を悟ったのか、笑顔のまま視線を都由に移す。
「……あの〜、もしかして〜あなた〜……」
「何も言わなくていいですよ」
 と、都由の言葉を遮り、少年はズボンのポケットから何かを取り出した。
――目を凝らして見れば、それは小さな箱。

 彼は箱の蓋をわずかに開けた。生まれたその隙間から滲み出していく、紫色の煙。
「見つかったからにはしょうがありません。
皆さんはお返しします。狙っていた全員分とはいきませんでしたが、『望み』はこの箱の中に吸収させていただきましたし……それにまだ、僕は捕まるわけにはいきませんから」
 煙はどんどん湧き出していき、周囲をもかすませていく。――いや、かすんでいるのは自らの視界なのか。
「またお会いすることがあるかもしれません。その時まで、あなたの『望み』は大切に育んでおいてください。
それが失いたくない、何よりもかけがえのないものになった時……僕はまた、あなたに会いに来ます」


 紫の煙が一面に立ち込め、少年の姿を完全に隠した時。
「僕の名は早乙女美です。またお会いしましょう」
 消え行く意識の片隅で、そう聞いた気がした。


 
 


「都由ちゃ〜ん! ジャムパンないー?」
「あ、こっちにクラブサンドー!!」
 ――続くかと思われた怪奇の類はあっけなく幕を閉じ、日常が戻ってきた。
行方不明になっていた生徒たちも皆無傷で生還し、関係者たちは一様に胸をなでおろしている。
 そしてここはお昼休みの購買部。
 今日もまたひっきりなしにかかる注文に、都由は次々応えている。それはありふれた風景でもあり……都由にとってはかけがえのない風景でもあった。


 ――あいつに会ったのか。
 あの後、会いに行った草間武彦に事件の幕切れを話すと、彼は一言そう言った。
 ――あいつの力は幻を見せることなんだよ。んでその力は、会話を交わしたことのある奴に限られる。その証拠に、初めは何も見えなかっただろ? ……ふうんそうか、やっぱり啓太だけにはあいつが見えたのか……。
 そして、紫煙をくゆらせ続ける武彦に、彼のことを知っているのか? と問うと、彼は静かに目を閉じたのだった。
 ――ま、知ってるようで知らないようで。そのうち話すよ……。



 ショーケースが空になり、ふぅ、と都由は一息ついた。
さあて、私も休憩にしましょうか〜、そう思いつつ、ふとあることに思い至る。
 ――あの早乙女美と名乗った少年が言っていたこと。
「私の望み……って、なんでしょうか〜?」

 と。
「あら〜ん、どうしましょう、今日は売り切れちゃったのね」
我に返って顔を上げると、響カスミがショーケースの向こうで途方に暮れていた。
「これじゃ、お昼何も食べられないわ。こんな日に限って放課後会議だし、どうしましょう」
「……先生〜?」
 ふふ、と笑って都由がどこからともなくチョココロネを取り出すと、カスミは嬉しそうに顔をほころばせた。
「やっぱり、こればかりは鷲見条さんには敵わないわね」 


 
 ――私の望みは、生徒たちのみなさんや、教師のみなさんに、幸せを味わっていただくことではないでしょうかね〜。
「だって〜、おなかが一杯になったら〜、みんな幸せですものね〜?」








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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【0086 / シュライン・エマ / しゅらいん・えま / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3524 / 初瀬日和 / はつせ・ひより / 女 / 16歳 / 高校生】
【3525 / 羽角悠宇 / はすみ・ゆう / 男 / 16歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3107 / 鷲見条都由 / すみじょう・つゆ / 女 / 32歳 / 購買のおばちゃん】


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          ライター通信          
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こんにちは、つなみです。この度はご参加いただき、誠にありがとうございました。

なにより、今回の納品が遅れましたこと、大変申し訳ありませんでした。
次回以降、このようなことになりませんよう努めさせていただきますので、平にご容赦いただけますようお願い申し上げます。
すいませんでした……!


鷲見条さん、初めまして。この度はご参加いただいて本当に嬉しいです。
(お初なのにご挨拶を『お詫び』で始めるハメになってしまって本当に情けない)
生徒たちみんなに好かれている姿をなにより描写したいなあ、と思ったのですが、さていかがでしたでしょうか。

余談ですが、職業欄の『購買のおばちゃん』という説明に愛を感じました。素敵な表現ですね。



……上にも書きましたが、次回以降はもっと納品を早くするよう心がけます。本当にごめんなさい。
そして、こんな状態でこんなことをいうのも図々しいですが……次回以降にもまたご参加いただけたら、とても嬉しく思います。
その際は今回同様かそれ以上に精一杯、努めさせていただきますので。
『空箱』シリーズ、まだまだ続きます。よろしければまた啓太に会いに来てやって下さいね。
きっと彼はお腹すかせて購買が開くのを待ってますので(笑)



それでは、つなみりょうでした。