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祈りは終焉を望む
【T】
第一印象で相手のおおよその印象が決まってしまうのだとしたら、セレスティ・カーニンガムが見たその少女はあまりに哀しすぎると思った。雑然とした草間興信所内に埋もれるように設えられた応接セット。簡素なソファーに腰を落ち着けて、何をするでもなく俯いたまま沈黙している少女は今にも消えてしまいそうな果敢無さと、総てを諦めてしまったような絶望とをまとってそこに存在していた。外見には特別これといった印象的なものはない。年の頃は十代も半ばだろうか。透き通るほどに白い肌とそれに映える艶やかな黒髪が、彼女の人生が陽光の下にあったものではないことを暗に伝えているかのようだった。伏せられた睫毛が描き出す濃い影が痛々しい。
「こんにちは」
何気なく訪れた所内で見つけた少女の姿に言葉を失い、立ち尽くしていたセレスティに零が微笑みかける。そしていつものように書類が堆く積み上げられたデスクに突っ伏していた所長の草間武彦もその声を合図にゆっくりと顔をあげてセレスティを見た。そしてソファーに腰を落ち着けた少女とセレスティを交互に見て、言葉を綴る。
「見えるのか？」
「えっ？」
反射的に声が漏れた。
「そこにいる女の子がおまえに見えるのかって訊いてるんだよ」
見えるも何も確かにそこにいるではないかと思いながらセレスティが頷くと、武彦はヘビースモーカーらしい慣れた手つきで煙草を咥えて、火を点けるとぶっきらぼうに云った。
「話を聞いてやってもらいたい。依頼人なんだ」
「依頼人ですか……」
呟いて少女に視線を移すと世界の終わりを見てしまったのだとでもいうような淋しげな双眸がセレスティに向けられていた。放って置けないような気持ちにさせる双眸だ。死を見つめる双眸。簡単に云えばそんな双眸である。生きていても死を願う人間は少なからずいる。そうした人間は決まってこんな双眸をして、世界の涯を見つめているのをセレスティは長き年月のなかで知りたくなくとも知ってしまっていた。
目の前の少女に何があったのかはわからない。けれどまるで総てがもう終わってしまっているのだとでも云いたげな、淋しげな双眸をしていることだけは確かだった。
「私が見えるの？」
か細い、些細なものにかき消されてしまいそうな声で少女がセレスティに問う。頷くセレスティに少女は笑う。けれどその笑顔はあまりに脆く、果敢無げでここで確かに生きているのかどうか疑いたくなるほど弱々しいものだった。
「お話だけでも聞いてあげてもらえませんか？」
躊躇うでもなくただ立ち尽くすセレスティに零が云う。セレスティはそんな零の声に背中を後押しされるようにして、ゆっくりと歩を進め、少女の正面に腰を落ち着けた。傍らに愛用のステッキを立てかけると同時にスプリングが軋み、それがまるで少女の脆い心の軋みのように感じられた。
「私を殺してほしいの」
そう云った刹那にだけ、少女の本当が見えた気がした。
死を望むその声だけが生彩をまとうなんて残酷すぎる。
「一部の人にしか私の姿は見えないみたいなの。ここにいる人の他の誰も見えなかった……ううん、見ようとしてくれなかった。ほんの少しだけだけど見える人もいたわ。でも、知らないふりをして通り過ぎていくだけ。何もしてくれないの。だから、殺してほしいの。生きているのかも死んでいるのかもわからないのに……こんな曖昧なままで、誰にも相手にされることなく彷徨っているなんてもう厭なの」
真っ直ぐに望むことが死。それは存在の曖昧さがもたらした最終的な答えなのかもしれない。
しかしセレスティは少女の言葉が、多くのことを踏み越えて最終的な答えに着地してしまったような時期尚早な言葉に感じられた。死を望む前に、縋ることができるものは多く存在しているだろう。たとえ極僅かの人間にしかその姿を捉えてもらうことができなくとも、そのなかのまた極僅かな一部が少女の存在を認めてくれるかもしれないのだ。少なくとも自分は少女を放っておくことができないとセレスティは思う。
「折角こうして出逢えたというのに、最初の一言が殺してほしいなんて淋しいことはおっしゃらないで下さい」
笑顔と共に云ったセレスティの言葉を振り切ろうとするかのように少女が俯く。
その仕草にセレスティは自分がなすべき仕事を見出した。少女を殺すようなことはすまい。たとえ情報が僅かしかなくても、出来る限り生かしてやりたい。そして笑ってもらいたいと思った。
「……でも、自分が誰なのかもわからないのよ。どうしてこんなことになってしまったのかも、何もかも。断片的な記憶だけで、本当なのかどうかもわからない。今こうしてあなたと話していることだって、もしかしたら嘘かもしれない。幻かもしれないの」
「それは違います」
はっきりと云い切るセレスティの言葉に弾かれたようにして少女が顔をあげる。
「私はきちんとここにいて君のお話しを聞いていますし、君がきちんとと見えています。それは決して嘘ではありません」
「どうしてそんな風にはっきりと断言できるの？」
「きちんと生きているということがわかるからです。私は確かにここで生きている。その私に君が見えるということは、それは確かに君がそこにいるということでしょう？」
「不思議な人ね……」
「不思議……確かにそうかもしれませんね。しかし、君が確かにそこにいるということだけは不思議であると同時に確かなことだと思います。肉体があったとしても君が云うようにないものだとしても、私に君が見えていることは確かな現実です。少なくとも私の目に見える君の存在も、言葉も嘘ではありません。だから、少しだけ私と一緒に調査してみませんか？」
「……調査？」
「君には死ぬよりも先にもっと知ることがあると思います。だから調べに行きませんか？折角こうして出逢えたんですから、何か目には見えない、それこそ不思議なご縁があったのでしょう。どうですか？」
「死ぬよりも先にもっと知ること……それを知ってどうするの？」
「それを知ってから総てを決めたらいいでしょう。これからどうするのか、本当に死ぬのか、それとも生きていくのか。きっと今君がここにいるということはまだ死ぬことを選ぶのがすぎるからなのではないでしょうか？」
セレスティの真っ直ぐな言葉に少女が笑った。
「あなたみたいな人で良かった」
けれどその笑顔からはまだ淋しさが色濃く香った。
【U】
草間興信所内で少女が記憶する事実をいくつか聞き出すことから始めた。メモを取るべきかと思って、零に声をかけたが少女の声がそれを遮った。
「メモを取るほど多くのことを覚えているわけじゃないの」
まるで謝罪の言葉を継げるような申し訳なさが感じられる言葉だった。
少女は小さな声でぽつりぽつりと言葉を綴った。覚えていることは白い天井と静かな部屋だけ。とても清潔な所にいたのが最後の記憶だという。何を発端に肉体を離れたのかどうかもわからない。気付けば放り出されるような格好で、肉体を失ってしまっていたのだという。真っ先に家族のもとに助けを求めるように行ったけれど、姿は見えなかったのだという。
「家族なんて、最初から私のことを見ていなかったけれどね」
少女は家族に姿が見えなかったことを話した後に、少しの間を置いてそう付け加えた。
「ご家族について、訊いてもよろしいですか？」
「ありふれた家族よ。どこにでもある家だし、どこにでもいる両親。あたしは一人娘だった。三人家族で、特別なことなんて何もない。今は両親が何をしていたのかもはっきりとは思い出せないけど、関係が希薄だったような気がする」
現代の家族ならどこにでもある家族なのかもしれない。仕事に追われる両親を持てば、自ずと娘との関係も希薄になってしまうだろう。しかしそれではいけないのだとセレスティは思う。たとえどんなことがあろうとも、家族であるという事実が覆ることはない。どんなに関係を希薄だと感じても、強く繋がり感じられる唯一つがあれば繋がっていられる。少女はそれを忘れてしまったか、肉体があったその時に疑いを抱いてしまったのかもしれないと思った。そして同時に、少女の思い込みがそう思わせているだけなのかもしれないとも。些細なことで人は擦れ違っていく。ほんの擦れ違いで重大な別離に繋がることもないわけではないのだ。それが人の弱さと淋しさの根底に根付くものではないかとセレスティは思う。
「私は君の肉体がまだ存在していることを信じています。君の記憶から連想できる場所があるとしたら、それは病院だと考えることが妥当かと思います。ここでじっとしているのもなんですから、とりあえず病院に行ってみませんか？もしも事故か何かに巻き込まれて入院しているようなことがあれば、そういう所に肉体だけがあるということもないわけじゃないでしょう？」
少女はセレスティの言葉に小さく頷いた。よく見ていなければわからないような本当に些細な仕草だったが、少女と向き合い続けていたセレスティは些細な仕草さえも見落としてはいけないのだと強く思っていたせいで見落とすことはなかった。セレスティに促されるような格好でソファーから立ち上がった、少女は重力を感じさせない軽やかさでセレスティの後ろをついてくる。
「それでは、失礼致します」
云って所内を出て行くセレスティの後ろをついて行く少女の背中を見送りながら、武彦はぼんやりと煙を吐き出して独語のように呟いた。
「みんな幸せになれたらいいのにな……」
零は武彦らしくない呟きを確かにその耳に捉えながらも敢えて聞こえないふりをして、所内を後にする二人を見送った。
【V】
病院に行く前に、少し調べ物をしたいと云ったセレスティは手短には家族構成など基本的な事を確認して、覚えている限りの行動範囲を教えてほしいと云った。少女はそれまで乗ったこともないような高級車の後部座席で思い出せるものは総て思い出そうと必死になって思考を巡らす。そしてふと脳裏に巡った断片的な言葉をかいつまんでセレスティに伝えた。
「ありがとうございます」
まるで少女の労をねぎらうようにそう云うとセレスティは携帯電話を片手にどこかへ問い合わせをしたようだった。事故や身元不明者について訊ねているのが言葉から漠然と感じられる。
しばらくいくつかの場所に電話をかけていたセレスティは不意に携帯電話をしまうとハンドルを握る運転手に向かって、一つの病院の名前を告げ、そこへ向かうように指示する。
「何も心配することはありません」
穏やかな微笑をたたえた青色の瞳がまっすぐに少女を見て、安心させるようなやさしい声で云う。そして決して強引にではなく、滑らかな会話のリズムに乗せるようにして何かしらに思い出せる事が無いか訊ねた。そんなセレスティの姿を見つめているうちに、少女はいつしか頼もしく思うようになっている自分に気付く。こんな風に誰かを頼りにするのはいつ以来のことだろうか。いつも一人で生きてきたような気がする。誰にも頼ることができず、一人で生きていかなければならないのだと思い込んでいた。だから簡単に死のうと思えたのかもしれないとさえ思う今は簡単に死のうとは思わない。セレスティに知り合う以前はあれほどまでに消えてしまいたいと思っていたのが嘘のようについ先ほど知り合ったばかりの年上の男性に期待し、甘えようとしている自分がいる。
―――あなたみたいな人で良かった。
そう呟いた言葉に嘘はない。もし自分が見えて、きちんと話しを聞いてもらえたとしてもこんな風に真っ直ぐに受け止めてもらえるとは思ってはいなかった。つまらないことだと一蹴されるか、面倒なことに巻き込まれたくないと拒まれるのではないかと確証など何もないというのに決め付けていたところがあったのだ。
それが今は違う。
差し伸べられた手にすがり付こうとしている自分は、紛れもなく生きてみてもいいのかもしれないと思い始めている。
程無くして車は一つの病院の玄関前に停車した。セレスティが先に降りて、少女に手を差し伸べてくれる。少女は触れられるわけもないのに、思いながら手を乗せるとほんのりと温かさを感じて驚いた。
それから二人は自動ドアを潜り、ずらりと等間隔に並んだ病院の窓口の一つ、入院手続きなどをする窓口に向かった。セレスティは滑らかな口調で、それでいて要点を押さえた言葉を選んで少女の外見的特長などを話し、該当する入院患者は居ないかどうかを訊ねる。窓口の女性は的確なセレスティの言葉に該当する人物を思い当たったのか、傍らに設えられたパソコンのキイを叩き始めた。
そんな光景を眺めながら、少女は真剣に自分について訊ねてくれる人がいのだと実感した。それが嬉しい。思いながらセレスティの傍らに立っていた少女が不意に背後に視線を向けると見知った人影が過ぎるのがわかった。
「……お母さん」
少女の呟きにセレスティが降り返る。
「お母さんがいたの」
少女の言葉にセレスティはついてこいとでもいうように視線で合図を送り、窓口を離れる。
「どのような方ですか？」
セレスティの問いに、少女は視界の中心を行く中年の女性を指差し、特徴を告げる。黒のシックなパンツスーツ。リノリウムの床を叩く細いヒールの音が雑音のなかを縫うように響いている。決して派手ではないけれど、明るく染めた焦げ茶色の髪は後ろで一つに束ねられて、その手には小さな花のアレンジメントがあった。
「ついて行ってみましょう。君の肉体がここにあるのかもしれません」
周囲に少女の姿が見えなければ、セレスティが独り言を呟いているようにしか見えないだろうに、セレスティはまるで少女に云い聞かせるようなはっきりとした口調で云って、窓口の女性の答えを待つこともなく少女が云った女性の後姿を追う。少女は自分の母親の後姿を見失わないよう、必死にセレスティの足取りにあわせて歩く。
こんな人だったろうか。
そんなことばかり考えてしまう。記憶の中に母親の姿を探しても、茫漠としてとりとめがない。外見的な特徴で認識できる母親という存在があっても、その内側に何があったのかが思い出せない。父親に関してはその姿さえも曖昧だ。
同じエレベーターに乗り込んで、母親の姿を眺める。こんなに老いた人だったろうかと思った。けれど判然としない。いつもきちんとした人だと思っていたような気がする。まるで型に嵌まったかのように、しっかりとした人だったという曖昧な記憶しかない。
セレスティが心配そうな視線を向けるので、気丈に笑って見せたつもりだったけれどそれが成功していたかどうかはわからない。心が重く塞いで、見えないものを見てしまうことになるかもしれないという不安が押し寄せてくる。そして同時に見ようとしていなかったのは自分だったのではないかと思ってしまう。
「大丈夫です」
不意に少女以外の誰にも聞こえないほどの小さな声でセレスティが云った。視線を向けると背中を押すように笑ってくれる。やさしい笑顔だった。流れるような銀色の髪に青色の瞳の整った容貌がそう見せているわけではないだろう。胸の奥に染み込むような、これまでこんな笑顔を見たことはないと少女は思う。
エレベーターが停まる。少女の母親が降りていく。セレスティは少女を伴ってエレベーターを降りて、その後ろをついていった。振り向きもしない女性は、二人の存在になどまるで気付いていないかのような颯爽とした足取りで廊下を行く。規則正しい足音だけが廊下に響いて、目的の部屋が唯一つなのだということを伝えているかのようだった。
女性が足を止めたのは廊下の一番外れ、ネームプレートにたった一つの名前が収められた部屋の前だった。ネームプレートが収めるところが一つしかないところを見ると個室なのだろう。そのなかに消えていく女性の姿を見送って、セレスティは足を止めて人目のつかない場所に少女を伴った。
「……私の名前だった」
少女の呟きに、
「どうしますか？」
とセレスティが訊ねる。少女は刹那逡巡し、覚悟を決めたように笑った。
「自分に会う。それから考えてみる。私、あんなに近くでお母さんを見たの初めてかもしれない」
【W】
少女の母親が病室から出て行くのと擦れ違い様に、セレスティは病室のドアをノックした。返事はない。ドアを開くと、真っ白なベッドの上に一人の少女の肉体が横たわっていた。姿形は今セレスティの傍らに立つ少女と同じだ。違うことがあるとしたら右足を拘束するギブスと白い腕と小さな頭に巻きつけられた繃帯だけである。
「……私、事故に遭ったの。……死のうとして、覚悟が決められなくてくずくずしてて車に轢かれたのよ」
ぽつりと少女が云った。
セレスティが視線を向ける。
「思い出した。……ううん、忘れようとしてたの。現実は事故として扱われてるのかもしれないけど、死のうとしたんだ。あの家に居場所がなくて、どこにも行く場所がなくて、死のうと思ったんだ。他にどうしたらいいかわからなかった。死んじゃえば楽だと思った。そうすればもう何も考えなくていいんだって思った」
ベッドの向こう側、窓際に設えられた簡素な応接セットの上には先ほど母親が手にしていた花のアレンジメントが陽光を浴びて置かれている。その傍に一冊のメモ帳が置かれていて、少女はそれに吸い寄せられるように近づいていく。セレスティはその後に続いて、覗き込むように少女が見たメモ帳にさりげなく視線を向けた。
「お父さんの字……」
少女は呟き、小さく溜息を漏らした。
「私、擦れ違ってることばかり見てて、他の何も見ようとしてなかったんだね」
メモ帳には少女の一時間ごとの変化が記されている。特別な変化などは書かれていない。目立つ言葉は事故に遭ってから意識不明が何日続いているといった哀しみが文字になったものや、目を覚ます様子はない、早く目を覚ましてくれたらいい。そんな願うような言葉ばかりだ。
「捜してくれているのかな、私のこと」
呟き少女の声は今にも泣き出しそうに震えていた。
「断言することはできませんが、もしかするとそうかもしれませんね。君の姿が見えなかったのも、君が生きていることを信じるあまりに周囲に目を向ける余裕がなくなっていたからかもしれません。君が生きていることをご両親はきっと心から信じているのだと思いますよ」
笑顔でセレスティが言うと、少女は泣き出しそうな顔をやめて笑った。その笑顔はそれまでの果敢無さはなく鮮やかな色彩をまとってセレスティの目の前にあった。
「私、まだ生きているの？」
「ここに肉体の君があるということはそうだと思います。―――君はご存知ではないかもしれませんが、生き霊として彷徨う魂は生きていると身体と繋がっていると聞きます」
「私は戻れるの？」
セレスティの言葉に少女が飛びつくように問う。
「それは君自身が決めることです」
個人の人生に介入してはいけない。そうする資格など誰にも与えられてはいない。生きていく限りは、最低限自分の生死だけには責任を持たなくてはならないのが生物の宿命だとセレスティは思う。だから敢えて少女が自ら判断できるような答えを返した。
「……もう少し生きてみたい。一度死のうと思ったくせに、我儘かもしれないけど、もう少し生きてみたい」
セレスティは少女の言葉を我儘だとは思わなかった。当然のことだと思った。たとえ擦れ違い続けていたと思っていた相手でも、生きていることを信じて居てくれる者を見捨てることはできないだろう。それが肉親だというのなら尚更だ。
「ありがとう。あなたに会えて良かった。これからはちゃんと生きていくよ。死のうと思うこともあるかもしれないけど、あなたがと出逢えたことを思い出して死ぬような真似はしない」
窓から差し込む光に溶けていくように少女の輪郭がぼやけていく。
けれど笑顔は確かにそこにあって、セレスティはそれに笑顔で答えて病室を後にした。
きっと次にここを訪れる父母のどちらか、もしくは両方は笑顔で少女を迎えてくれることだろう。これから何度も擦れ違いを繰り返していくかもしれない。けれど少女が自ら命を絶とうとするようなことはない。そう確信できる。少女の笑顔はそんな晴れやかな笑顔だった。
生きていることの意味なんて誰にもわからない。
ただ一人では生きていかれないから、自分の弱さを確かめながら、それでも生きていこうって思うようになろうとしなければならない。痛みを引きずりながら、それを許容し、誰かを許し、自分を許しながら死ぬ刹那に生きている意味を掴めるかどうかの賭けをする。それが生きているということの意味なのかもしれないとセレスティはぼんやりと思った。
死んでしまったら何も残らない。時の流れと共に風化していく記憶は、人知れず改竄されてその本質を失っていく曖昧なものだ。確たる真実はいつだって生きている者の傍にあり、その者自身が生み出していくものだ。
生きてほしい。
静かに祈る。
それは、これから生きていくと笑った少女のための祈りだ。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【1883／セレスティ・カーニンガム／男性／725／財閥総帥・占い師・水霊使い】
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■ ライター通信 ■
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いつもお世話になっております。沓澤佳純です。
少しでもこの作品がお気に召して頂ければ幸いです。
それでは、この度のご参加本当にありがとうございました。
今後また機会がございましたらどうぞよろしくお願い致します。
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