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<東京怪談・PCゲームノベル>


過去を見る花


■ 花 ■

「あなた方は『魔』ですか?」
 葛城 夜都は、ぼんやりとした声音で、目の前の二人にそう訊ねた。
少女はくすりと笑った後にゆっくりと夜都に近付き、手にしていた一輪の花を差し伸べる。
「なにをもって魔と判断くだすのか、その基準があれば、ちゃんと応えられるのだけれども」
 そう応えた少女に一瞥をくわえ、夜都はふと目線を花に向ける。
「それは、椿ですか?」
 問いかける。少女が手にしているその花は、確かに椿に似ているようだ。
すると少女はかすかに首を横に振り、言葉なく花を差し出した。


 その夜はめずらしく外を散策するだけで過ごしていた。
常ならば忙しなく”贄”を求めてくる父親も、両目を閉じて静寂を守っているためかもしれない。あるいは、常ならば間を置くことなく現れる”魔”の存在が、その夜に限って息を潜めていたからかもしれない。
どちらにしろ、夜都にとっては滅多に味わうことのない、夜の静けさ。
 冷えた夜風を頬に感じつつ、都心の大きな公園の中を歩く。
鬱陶しい男女の連れ合いの姿もなくなった深夜。響いていたのは、夜都の足がわずかに土を踏みしめる音くらいのものだった。
 空に浮かぶ満月を眺めて足を止め、木立ちが揺れる音に耳を傾ける。
月光の眩しさに目を細めたのは、やはり夜都が父の息子であるという確固たる証であろうか。
――――目を細め、一瞬の後に睫毛を持ち上げる。
その時にはもう、周りは公園とは異なる場所に変貌していた。
 深い森。空にはやはり満ちた月が浮かんでいるが、辺りは見渡す限りの樹海。
「……妖だろうか」
 呟いて歩き出す。一振りの刀を握り締り直し、周囲に気を配りながら。
しかし森の中には、魔どころか獣一匹の姿さえも見えない。
張り詰めていた緊張が緩み出した頃、何の前触れもなく姿を見せたのが、今目の前にいる少女であったのだ。


 差し出した花を警戒して受け取ろうとしない夜都に、少女は小さな笑みを見せて首を傾げる。
「この花は、あなたが歩んできた過去を見せてくれるわ」 
 言って目を細める少女を見やり、夜都もついと目を細める。
「私が歩んできた過去……」
 独り言のように呟くと、少女はゆっくりと足を進めて夜都のすぐ目の前に立ち、花をそっと手渡した。

 闇の中に浮かぶ真白な花。花弁や葉の状態は、やはり椿に酷似している。
しかし手渡されたその花は、椿よりははるかに強い香りを放っていた。
夜都は花に視線を落として口を閉じ、しばしその色に目を奪われていた。
それから再び空を見上げ、静々と光を放っている月を眺めて目を閉じた。

 降り注ぐ月光が雪のようだと感じたのは、心の奥底に眠る何かが見せた幻覚であるのだろうか――――
 

■ 夜気を染め上げるもの ■

 広大な平原を、一つの曇りもなく染め上げている真白な雪が母ならば、それをいとも容易く踏みにじった父は、文字通り真黒な獣であったのだろう。
 
 それは今から500余年ほど前の事。闇が闇として確と在った時代の事になる。
強力な異能を持っていた母は、最も嫌悪していた存在である父に陵辱されて夜都を身篭った。
闇の獣たる父の血を継いだ彼は、種子として胎に宿った時にはすでにヒトの形を成していて、その晩の内に寝床を食い破って胎の外に這いずり出たのだった。
必然的に、初めて見た母の顔は、恐怖と嫌悪と困惑と――――あるいはそれらを全て内包した、狂気そのものといった表情を浮かべていた。
生まれ出でる前から耳も目も機能していた。
そのために、母の呪いを正しく理解出来てもいた。
ひっきりなしに父を呪い、夜都を呪い、そして無力な自分自身を呪いながら汚されていった女。

 胎から外に出た夜都を取り囲んでいたのは、血族とも言える夜の闇だった。
湿り気を帯びて、心の底まで凍えさせようとしているような、真暗な夜気。
息子の誕生を、父は歓喜をもって迎え入れた。
誰よりも美しく、棘のような気を備え、夜の闇を産湯として浸った狂気の子を。
父が歓喜の哄笑を響かせる中、死に瀕した母は、腹を裂かれながらも言葉を告げた。

「                     」

 血と憎悪と汚泥と。そういった様々なものに囲まれ、女は息を引き取った。
その真白な細腕が床に落ちるやいなや、父は大きな口を開け、その遺体を貪り出した。
――――生まれ出でた時に見た光景は、父が母を屠る場面だったのだ。
心を痛めて狂い出してもおかしくはないその場面に、しかし夜都は眉一つ動かすことなく立ち会った。
肉を食らい、骨をしゃぶり、腱を噛み千切り、一滴の血液さえも残すことなく。
骨を噛み砕き、飲みこみ、飛び散った腸をすする獣に、夜都はなんの感情を見せることなく、ただ見入っていたのだった。
それは目の前の惨劇よりも、今際に瀕した女が遺した言葉が彼の脳裏を支配していたからだ。
女は、夜都に手を伸ばし、そして

 なんと言って泣いていただろうか



■ 闇がそこに在る理由 ■

 真白な花の花弁が一つ、はらりと舞い落ちた。
その微かな音に我を取り戻した夜都は、ゆっくりと睫毛を持ち上げて、目の前の少女に視線を向ける。
少女は勝気そうな揺るぎない視線を夜都にぶつけ、ふわりと笑って小首を傾げた。
「過去の思い出はどうだったかしら」
 微笑む少女に、夜都は片手を持ち上げて前髪をかきあげながら応える。
「楽しいものでは……ないと思います」
 髪がはらはらと指の隙間からこぼれていく。
ちらと覗く青銀の双眸は、夜気をはらみつつも、どこか物憂げでさえあるように思える。
少女はその応えに頷き、天を仰ぎ見るように視線を上空へと向けた。
その挙動につられて夜都を空を見上げる。
生い茂った木々の隙間から、漆黒の夜空がさわさわと姿を見せる。
星一つ見えないその中に、やはり少しも欠けていない月ばかりが揺れていた。
銀色の月光がひらひらと夜都と少女を照らし出す。

「……この世の全ての事象には、森羅万象あますことなく意味があるのだと聞き及んでいます」
 不意に口をついて出た言葉に、少女は小さな驚きの表情を見せた。
少女の視線を横に感じつつも、夜都は続けて口を開く。
「…………ならば、ならば私がこの世に生を受けた事にも、意味はあるのでしょうか」
 独り言のように呟く。
少女に問いたわけではない。
誰に訊ねたわけでもないが、口をついて出て来たその言葉は、あの忌まわしい夜に生命を受けた瞬間から、心の淵に抱え持ち続けてきた疑問であった。
 月光に似た色を揺らしている夜都の目を見つめ、少女は、やはり独り言を呟くように口を開けた。
「意味なく生まれ来る命など、一つもないわ。一生誰の目に触れることもなく朽ちていく草であっても、眠りのさなかで他の生命に寄生されてしまう虫であっても」
 そう告げて、少女は踵をかえして歩き出す。
乾いた葉の擦れる音を聞き、夜都はようやく少女に目を向けて、もう一度訊ねた。
「あなたは魔ですか?」
 訊ねると、少女は歩み出した足を止めてゆっくりと振り向き、小さな笑顔を浮かべてみせた。
「魔女と呼ばれてはいるけれど、あなたが言う魔であるかどうかは、私ではなく、私以外の人が決めることだわ」
「あなたが……あなた方が魔であるなら、私はあなた方を狩らねばならない」
 少女の真横――樹海の中の巨木の影に視線を向けてそう告げる。
少女はふと笑んだが、巨木の影から姿を現した青年は、気を張り巡らせた状態で夜都を見やっている。
いつもであれば、即座に白眉を構えていただろう。
だがその日の夜都は、いつもより少しだけ憂いた目をしていた。
 青年は夜都が攻撃体勢に入りそうにないのを確認すると、少女の後ろをゆっくりと歩き進めていく。

 間もなく二人の気配は霧のように消え去り、同時に、広がっていた樹海の姿も霧散した。
夜都は散歩していた公園の一画で佇み、ぼんやりと月を見上げ、目を細めた。
――――ざわざわと吹きすぎていく夜風の声が、不意に女の声に似た音で夜都の耳をくすぐる。
月を見上げていた夜都は、その風の声に目を見開き、つい先ほどまで見ていた過去の残影を思い出した。

「吾子――――吾子……母の元へ……」

 女はそう言いながら、白く細い腕を夜都に向けて伸ばしていた。
わずかな母性を滲ませた笑みを浮かべ、愛しい者を見るかのような目で、夜都を見つめていた。
言葉を一つ口にするごとに、多量の血が床に流れおちていった。
 あの時もう女は狂っていたのかもしれない。だが、もしも正常であったとするならば。
あれは。あれはもしかしたら、確とした母の笑顔であったのかもしれない。

「……今宵は満月。……眩しすぎる光が、父の眼を閉じさせる夜。……そう、だから今日はあなた方を追いません」
 次に出会う時があるとすれば、それはもしかしたら敵対する時かもしれないけれど。

 夜都は握ったままでいた花に視線を注ぎ、睫毛を伏せて口を閉じた。
500年前と同じ夜気が、真白な花を汚すことのないようにと、心のどこかで願いながら。
 


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3183/葛城・夜都/男性/23/闇狩師】


NPC/エカテリーナ
NPC/ラビ

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■         ライター通信          ■
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いつもお世話様です。
今回はゲームノベルに参加いただきまして、まことにありがとうございます。
い、いつものように納期ぎりぎりのお届けとなってしまいました。
……申し訳ありません。今後さらに精進いたします。
このノベルを、少しでもお気に召していただければ良いのですけれども。

プレイングとPC様の設定とを照らし合わせ、めくるめく妄想で書かせていただきました。
なにぶん身勝手な妄想ですので、「ここは違う」といったような部分があるかもしれません。
その時はどうぞ遠慮なく申しつけくださいませ。

それでは、また機会がありましたら、お声などいただければと願いつつ。