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<PCシナリオノベル(シングル)>


遠い日向と雪語り 〜それはこれからのキミ〜


■守護する者と守護される者 ――九条真夜

 …深々と降る雪…雪…雪。
 白くて…綺麗で…あたたかい…。それが囚われたあたしの、唯一の世界。
 …窓越しに見る太陽はきらいだったけど…でも、雪は好きだった。
 とってもとっても好きだった……。
 それは、大切な彼に繋がっていたから――。

                        +

 その依頼は唐突だった。草間が困惑して、持参した人物に視線を合わせたまま手紙をピラピラと振った。
「なぁ九条…、これお前やらないか?」
 たまたま、先日受けた依頼の報告をしにきていた真夜は、零との談笑を止めて振り向いた。すらりと高い身長。髪は銀、瞳は金という目立つ容貌をしているが、本人は街中で投げかけられる羨望の眼差しに気づくことはない。それはもっと大切なモノを知っている証であり、そういうモノを大事にしていきたいという真摯な心の現われでもあった。
「はい? 依頼ですか?」
「ああ、どこだかの家主を守ってくれってさ」
 これだけではすぐに返事はできない。詳細を教えてくれるよう促すと、草間は首を横に振った。
「まだ依頼主から聞いてない。俺はもう2つ事件に首突っ込んでて動けそうにねぇんだ。それに、九条は護衛ならお手の物だろ?」
「相変わらずなんですね……分かりました。受ける、受けないに関わらず依頼内容を聞いてみます」
 
 守護は性分。それが仕事。一時期はとある騎士部隊の隊長の任にあったこともあるのだが、諸処の理由で現在は家出している身の真夜。今は、基本的な護衛の仕事を臨時的に受けている。
 生きていくためには仕事は必要。けれど、仕事は選びたい。守護を命じられた人を自分自身が本当に守りたいと思わない限り、仕事はしない。疎かになった感情は時に、失敗と混乱をもたらすからだ。
 真夜はソファに座った人物の方を向き、手渡された依頼文書に軽く目を通して尋ねた。
「貴方が守護してもらいたいというのは、穂村家の重要人物ということですか? …あーええと……」
「そうです。とても重要な方です」
 はっきりとした声で答えたのは、少女のような容貌の少年。名前も男らしいとは言えない若森水葉と言った。依頼人にしては幼すぎる印象を受けるが、物言いはきちんとしていた。
「僕は退魔宗家『穂村』の当主である穂村正道様の直属の護衛をしています」
「では、警護を必要としているのはご当主である正道さん…ということですか?」
 真夜が言うと、彼は笑って首を横に振った。
「いいえ、違いますよ」
「…じゃあ――」
「護衛をお願いしたいのは彼の娘…中学生の弥生ちゃんです」
 真夜は名を聞いて、依頼文にあった家系図が浮かんだ。確かに、当主である正道氏の下に点線で繋がった「弥生」という名前があったはずだ。水葉の言葉を開いて再確認すると、まるで補足されたような違和感を放ってその名は家系図の隅に書かれていた。
「弥生ちゃんはつい最近まで、単なる一般人だったんです。でも、相続絡みのいざこざで家に連れられ幽閉されてしまって……」
「幽閉!? それは穏やかではありませんね」
「ええ……このまま彼女が夜とも昼とも分からない部屋に埋没したままじゃ、あんまりです。いくら弥生ちゃんの相続を邪魔しようとする者を阻むためとはいえ、僕は心苦しい」
 水葉は長い前髪をかき上げて、整った眉をひそめた。
「相続まではあと2日です。妨害者にとって、明日の夜が最後のチャンス。この時に賊が侵入する可能性が高いのです。どうか、今から相続の手続きが滞りなく終了するまでの間――夜だけでも構いません。誰も彼女に近寄れないよう守ってあげてほしい…お願い…できませんか?」
 水葉は自分のことのように苦悩した表情で見詰められた。真夜はずっと立ったままだったが、小さく息をつきストンとソファに座った。隣の草間に視線を送る。
「な、お前にぴったりの仕事だろ?」
「……私が受けると踏んでたんですね。もう、草間さんって本当に悪い大人の典型ですよ。…しょうがありません。乗せられた気もしますが、その仕事お受けします」
 真夜は肩をすくめ、水葉に向かってはっきりと依頼を受理する意向を伝えた。彼は心から嬉しそうに笑み、真夜を外へと促した。

                        +

「あたしなんかに、警護なんて必要ないわ!」
 和風建築の粋を集めた豪邸の奥、厳重に施錠された引き戸を開いた途端の罵声。真夜は思わず身を引いた。
「弥生ちゃん! 僕だ、水葉だ」
「…………水…葉」
 少女は道中見せてもらった写真の通りの面差し。凛とした瞳、水葉とはまた違う整った顔。不遇な環境に身を置いていることが、冷たい表情とひそめられた眉から分かる。

 ――きっと、この家に居場所がないんですね…。

 真夜は過去の自分を彼女に重ね合わせた。誰も信じられなかった。傷つけられることに怯え、関わり合うことを拒絶していた――そんな自分に。
「ね、キミが弥生ちゃんでしょ?」
「…なによ。あたしが誰でもいいでしょ。もう、誰も必要じゃないわ! 放っておいて!!」
 長い黒髪。それを翻して、弥生が部屋の奥へと逃げた。真夜は自分を否定する言葉にも構わず追いかけた。鉄格子の仕込まれた窓に張り付く背中。
 確かに籠の鳥。こんな擦りガラス越しの光では彼女の心までは届きはしないだろう。黒く窓を覆う鉄格子に目をやって、真夜は切ない気持ちになった。
「弥生ちゃん! この人は僕が…僕自身が探してきた人なんだ。だから、きっと弥生ちゃんを守ってくれる……」
「…ほんと? 本当なの?」
 水葉を見た後、怯えた目で弥生は真夜を見た。先ほどまでの冷たさは感じられない。安堵に胸を撫で下ろす、ただの幼い少女の表情。
「九条真夜です。真夜と呼んで下さい。よろしくね。時間までキミを守ってみせます」
「僕からもよろしくお願いします……僕は、ここでは力を持たないから――」
「そんなことない! あたしは…水葉がいてくれなかったらきっと……」
 弥生は突然連れて来られたというが、彼女にとって水葉だけがここでの味方なのだろう。互いに寄せる信頼の心を真夜は感じた。
 と、閉めたはずの戸が勢いよく開いた。
「弥生。食事だ……時間がきたら、必ず署名してもらわねばならんからな。拒絶はできんぞ…それがお前の母との取り決めだ」
 入ってきたのは当主であり、弥生の祖父に当る正道だった。風貌からも当主と分かるほど、強欲で厳しい独特のオーラを持っている印象。
「あんたなんか知らないわ! お母さんが可愛そうよ……ずっと1人であたしを育ててくれた。こんな突然つれて来られた場所、あたしは守りたくなんかない。お金なんかいらない……だから帰して」
「負けん気の強い娘だ。ま、いい。私が欲しいのはお前に流れている血だ。早く子供を生み、この家の血脈を絶やさないでもらいたいものだ」
「なっ…何よ! あたしはまだ中学生なのよ…そんな…そんな話し」
 真夜はこの穂村家にとって雇われているだけ。けれど、正道の言葉には思わず憤怒する。
「もう、止めてはどうですか? そろそろ夜になります」
 体を2人の間に差し入れて、会話を止めた。これ以上、自分が守護を任された人間を愚弄されるのを見ていられなかったのだ。庇った背中に弥生の手が伸びて、服を掴んだ。彼女の言葉通りまだ中学生。こんな非現実的な状況が恐いに違いない。
「………なるほど、確かに刻限が迫っているようだな。では、九条さんと言ったかな? 警護のほどよろしくお願いする」
「分かりました。約束は守るほうですから。それに、水葉くんが一生懸命お願いに来られたんです…守らなければ、彼の誠意に反します」
「水葉ですと? ……フッ、ハハハ!!」 
 突如、正道が高笑いした。その理由が分からず、真夜は弥生の横に寄りそっている水葉を見た。水葉はこれから言われる言葉を知っているのだろう。下を向き唇を噛んでいる。
「お笑いですね! 人形が名前を名乗るとは!」
 その言葉に弥生が激昂した。真夜の背中にしがみつき、声を張り上げた。
「!! この子は水葉よ! 人形なんて呼ぶな!」
「ワハハハ…異なことを。では、九条さんよろしく頼みましたよ…」
 弥生の叫びも、正道は意に介さない様子で長い廊下へと出ていった。真夜はそっと震えている弥生の手を握り締めた。
「私が守ると決めたのですから、どうか安心して……もちろん、怖い想いはするかもしれないけど、大丈夫」
 気が緩んだのだろう。真夜と水葉の顔を交互に見つめて、弥生は涙を流した。
「お願い…あたし、生きていたいの…まだまだ知りたいこと、たくさんあるから」
「九条さん、僕からももう一度お願いします。ここには、弥生ちゃんを苦しめるモノばかりなんです…でも、相続の権利をヤツらに渡してしまう方がきっともっと弥生ちゃんが苦しむことになる…」
「水葉…ありがと――」
 真夜はポンと手を叩いて、にっこり笑うと黙って弥生を抱き締めた。
「もちろん! 幸せにならなきゃ、守った意味がないですもの♪」

                         +

 真夜と弥生は並んで、冷たい外気の中を歩いている。季節外れの雪が積って、月明かりに幻想的な光を放っている。断わられれば、実力行使してでも実行する覚悟で当主に頼んだ結果だった。
「部屋から出ても、大丈夫…なの?」
 最初にあった時の凍った態度ではなく、打ち解けた表情の弥生が真夜に問った。
「ええ。ちゃんと、関係者は説得したし、この方が私も守りやすいから」
「……そう。でも、真夜さんが狼に変身できるだなんて、知らなかった」
 本来、人が狼の姿になれば驚愕するものだ。けれど、弥生は勤めて冷静に話してくれている。おそらくは穂村家につれて来られた時に、嫌というほど異様な力の発現を目にしてきたのだろう。感覚か麻痺しているのかもしれないが、恐がらないでくれたことが真夜には嬉しかった。
「あんな密室にいたのでは、爆破や火炙りなんかに対応できないですからね」
「うふふ、そうだね。あたし、真夜さんの傍にいることが一番安全な気がしてきたわ」
 真夜は氷の聖獣と言われた銀狼の末裔。銀の毛並みの美しい狼の姿で、整えられた庭を行く。庭とて決して安全ではないのだが、自由に動ける分守りやすい。それ以上に、真夜には獣化してでも弥生に見せたいものがあった。

 ――似て…ますね、昔の私に……。

 雲間から月が覗く。光に照らされた少女は確かに自分に似ていると思った。誰もいないと心を閉ざしていた頃の自分。目を開いて、両腕を開いて誰かを抱き締めたり、抱き締められたり、包まれる体温の暖かさに気づかないでいた。真夜は誓う。

 ――ならば。
    私が昔、いただいたように今度は私が贈り物をする番ということですね♪

「ほら、弥生さん月を見て下さい。綺麗ですよ」
「…? あ、ほんとだわ。――あたし、空なんて見上げることすら忘れていた気がする…。お母さんが死んで、誰もいなくて。やっと差し伸べられたと思った手は欲に汚れていたの」
「そうですね……」
 今、弥生に必要なものは肯定でも否定でもない。ゆっくりと頷いて聞いてくれる存在。真夜が穂村家と別次元の人間だからこそ、安心して話せるのだ。
「あたしの傍にいてくれたのは、水葉だけだった。水葉は初めて逢った時、感情の動きがなくて恐いと思ったわ…。でも、少しづつ話してくれるようになって……笑顔を見せてくれた時、本当に嬉しかった」
 弥生が出会って一番素直で優しい顔で笑った。正道に出会って、彼女の置かれていた状況がよく分かる。当主である正道ですら、弥生の中に流れる血のみを必要としているのだ。相続の権利を持たない親族が、優しい態度であるはずがない。だからこそ、笑顔をくれた少年のことを、弥生は本当に大切に思っているに違いなかった。
「水葉くんの想いも同じかもしれないですよ。……それに歩き出そうと心に決めて、一歩を踏み出すのは自分なんです。水葉くんも弥生さんに前を見つめて歩いて欲しい――って思っているはずです」
 一瞬、目を見開いた後、弥生はコクンと頷いた。再び視線を上げ、月を見上げている。

 ――そう…選ぶのは自分自身です……。
    自分で感じ、想い、決める。
    あなた自身の意志で光り輝く真っ白な雪原に一歩足を踏み入れるように……。
    あなたもきっと…一人ではないから。

「だと…いいな」
「きっとそうですよ」
「でもね……ふたりで、窓のところに降った雪でウサギを作ったの。水葉にあげるって言ったら、すごく困った顔してたから」
 真夜はあまりの可愛らしさに、弥生を抱き締めた。このクセを禁止されたことが家出の原因ともなっている。ずっと触れ合いを拒絶していた分、暖かさを知ってからはすぐに抱きついてしまいたくなるのだ。
「弥生さん。それって、水葉くんは照れていたんですよ」
「そ、…そうかなぁ。あたし、水葉が笑ってくれるなら、なんでもしたいの……えへへ」
 頬を赤く染めて微笑む弥生。真夜は抱き寄せた腕を放して、頭を撫でた。これが彼女の本当の笑顔なのだ。この穂村家にいる間、こんな笑顔をすることは少ないのかもしれない。だとしたら、感情を抑圧するこの家に居続けることが、弥生のためになるのか――真夜は疑問に感じてしまう。

 刻限は深夜2時。手続き自体は日付が変わった時点から作業が開始されることになっていた。その書類が公的な記録として保存されるまで、死守する必要がある。虎視眈々と財産や地位を狙う親族に隙を見せて良いはずがなかった。
 答えはひとつじゃない。このまま穂村家を継ぐことだけが弥生の幸せではないはずだ。けれど、今すべきことは正当な相続人である弥生に、すべて譲渡されることなのだ。別の道を歩くためにも、確かに今必要なことだったのだ。


■真意の先に

 ――――約束の時間は過ぎた。

「これでもう…命を狙われたりしない……んだよね?」
「そう…言われたはずです。弥生さん、部屋に戻ってみますか?」
 少女が頷くのを確認して、真夜は獣化を解いて人型に戻った。

 守っている間中、様々な場所を迅速に移動したおかげか、3度ほど異形の輩に追われただけだった。案外肩透かしな攻撃に、真夜の聖獣奥儀【神威】を放つまでもなく、叩き伏せることができた。
 真夜は安堵すると同時に、違和感を感じずにはいられなかった。

 ――退魔宗家『穂村』。その当主自ら、警護を願うほどの事態……。
    それなのに、これだけの手合い。逃げ回れた――とも取れますけど、
    本当にこれだけだったのでしょうか?

 胸に込み上げる不安感を拭うことができないまま、真夜は弥生を元の部屋へとつれて行った。依頼の責務は果たせた。報告する義務が残っている。
 部屋の周辺まできた時、真夜は異様な空気を感じた。室内に吹く澱んだ風に、よく知った匂いが混じっている。
「こっ…これは血!? どうして、弥生さんはここにいるのに」
 いったい何が起こったというのか。彼女を連れて逃げ廻っていることは、親戚すべてが知っているはずだ。だから、あの部屋に誰も襲い込むはずがない。その証拠に弥生さんを狙った輩は、的確に居場所を発見していた。
 あの部屋には狙われるような、血を流すような人物がいるはずがない。

 ――待って…いる。います!

「そうです! あの部屋には約束の時間に、親戚がすべて集結することになっていたはず!!」
「…ど、どうしたの? 血…って誰か怪我してるの?」
 近づくごとに血の匂いが増す。このまま弥生を連れていくわけには行かない。用具入れに隠れるよう指示し、真夜は単身で長い廊下の角を曲がった。この先に弥生の幽閉されていた部屋がある。

 息を飲む光景がそこにはあった。

 血溜まり。
 肉塊と化した人の体。

 それは数え切れないほど横たわっている。集まっていたはずの親戚と、護衛の任についていた者達の変わり果てた姿だった。
「……ま、まさか、どうしてこんなことが――――?」
 呟きに答える者はいない。
「!! 水葉くん!」
 弥生の部屋にいたはずの彼。水葉に何かあれば、弥生が悲しむ。真夜は転がる遺体の中へ踏み入った。血の臭気に眩暈を起こしそうになる。懸命に堪えながら辿りついた部屋の一番奥で、ヨロリと立ち上がる人物を視界に捕らえた。
「水葉くん! 大丈夫だったんですね…よかった。血が手でますよ」
 彼の額から肩にかけて、大量の血糊がへばり付いている。その血を拭おうと近づいた時、水葉が不敵な笑みを浮かべた。
「…ええ。大丈夫ですよ。だって、これは返り血ですから」
「え? ……今、なんて」
 言葉の意味が理解できない。頭の中が真っ白になっていく気がする。反芻しても、彼の言葉は意味を成さない。
「これは僕がしたことですよ。まだすべきことが残っています……もし、貴方が妨害するというのなら、相手になりましょう。やり残すことはできないんですよ」
 水葉の周囲に異質な力の発現を感じた。高まっていくオーラ。闘気。
「……どうして? 水葉くん、弥生さんを守って欲しいって言ってたじゃないですかっ!?」
 一瞬、水葉の瞳が揺らいだ。けれど、それはすぐに色を変える。視線を真夜から外し、足元に転がった男を踏みつけた。それは穂村の当主である正道の体だった。
「ほ、穂村さん!」
「この男を天に戻さねばならない……いや、地獄かな?」
「ま、待って! 何のためにキミはこんなことをしたんですか!? 教えて下さい。理由があるんですよね? 弥生さんがこれを知ったら悲しみます」
 水葉は問いに答えず、目を閉じて手の平を一閃した。彼の足元にあった正道の体が、衝撃で跳ね上がる。息がないことはその一瞬で分かった。
「……キミはなにを――」
「僕は鬼子だ。穂村の血を守るためだけに造られた、純血の人形。名も、存在する場所も意味も…何も持っていない僕にできることは、これしかなかったんですよ」
 彼は全てを成し終えたのだろう。初めて逢った時と同じ、真摯な瞳で真夜を見つめた。
「貴方が弥生ちゃんに危害を加えることがないことくらい知っています…だから、襲ったりしません」
「どうして、こんなことを? もっと…他に方法があったのではないですか?」
 水葉の剣のように尖っていた表情が緩んでいく。
「弥生ちゃんは…僕に名前をくれた。だから、僕が彼女に返してあげられるのは、自由だけ――この家、血脈からの」
「だからってこんな方法……」
「穂村を甘くみちゃいけない。僕が微笑んでいる――ただそれだけで、酷い拷問をするような家だ。弥生ちゃんがこんなヤツらの手に汚されていくのを見ていたくなかった」
 顔を滴る返り血を腕で拭って、水葉が出口へと向かって歩き始めた。
「どこに行くんですか!?」
「もう、僕にはここにいる必要はないんですよ。弥生ちゃんがちゃんとした生活ができるように手配しておきました。僕のことは、忘れるよう言って下さい」
「そ…そんな……」

 ――哀し過ぎる。こんなこと……。
    水葉くんのしたことは間違ってる――けど、弥生ちゃんの気持ちはどうなるの?

「火を点けておきました。ここももうすぐ焼け落ちます。どうか、彼女を連れて逃げて下さい」
「水葉くんは!? どうするんですか」
 遠く鉄格子のはまった窓を見つめて、水葉は言った。
「僕のような人間…いや、人形が弥生ちゃんの人生に横槍をいれるようなことがあってはならない。僕に名前と笑顔をくれた人の傍に、僕はいるべきじゃないんだ」
「違います!!」
 真夜は思わず、水葉の腕を取った。握り締めた手は暖かで、確かに血が通っている。
「人形じゃないです。だって、弥生さんはキミが笑ってくれるなら、なんでもしたいって――それは人だから、大切な人だからでしょう?」
「………でも、僕は」
 もっと強く握り締める。
 逃げだそうとする手を離さない。
「雪ウサギ…あの窓のところで作ったって、弥生さん言ってました。これから水葉くんがあげられるものは、もっとたくさんあります!! 傍にいられなければ、それは叶わない。守りたいって言ったのは嘘だったんですか!?」
「そんな! ……そんなことない。僕は弥生ちゃんを守りたい。でも、僕は彼女の傍にいるわけには――」

「ばかっ!! 水葉のばかぁ!!」

 叫んで、走り込んできたのは弥生だった。真夜の体ごと、水葉に抱き付く。
「あたし、水葉がいなかったら嫌だよ! ずっと傍にいて、ずっとずっと傍で笑ってて欲しいの」
「弥生…ちゃん……。聞いてたのか、知らないで欲しかった……ごめん、その願いは叶えられない」
「どうして!? どうしてなの?」
 水葉は真夜と弥生の腕を振り払って、部屋の外へと姿を消した。
「待って! 行かないで! 水葉! 水葉ぁーーーーー!!」

 煙が上がってくる。真夜は窓の鉄格子を破壊すると、弥生を抱き上げて地上へ脱出した。


□雪ウサギとキミ

 雪が白く舞い散る。焼け跡には何もない。
 あれから、すでに1年が経とうとしていた。水葉の行方は分からない。1人残った弥生は、穂村家のすべてを相続した。警察から事情を聞かれたが、真夜の証言によって事件とは無関係だと証明された。
 結局、相続に絡んで親族同志が傷つけあったとの見解がなされ、事件は終息し、人の記憶から失われていた。

「あたし、水葉はすぐそこで見守っていてくれている気がするの」
 弥生は高校生になった。全寮制の学校の手続きも、すべて水葉がしていたらしい。
「そう……水葉くんはきっと見守ってくれていますよ」
「えへへ。学校でね、普通に友達としゃべったり笑ったり、クラブ活動したりするのが嬉しいんだ。今はね、吹奏楽部でチェロを吹いてるんだよ」
「わぁ〜素敵ですね。ぜひ今度聞かせて下さいね」
 頷く少女。
 真夜は風が運ぶ匂いに気づいた。

 ――ああ、やっぱりそこにいるんですね。

 それは水葉の匂いだった。傍にはいられないけれど、ずっと見詰めているのだろう。
 でも、真夜には予感があった。近い未来、彼はきっと弥生ちゃんの前に姿を現すという予感。
「雪ウサギ…」
「え? 真夜さん、何か言った?」
「雪ウサギを作りましょう」
 2つ並べて作ったウサギ。弥生ちゃんの中から、水葉くんが失われることなどない。だって、それは一緒に過ごした記憶。これから、作って行きたい未来だから。どれだけ時間が過ぎても、どんなに離れていても変わるとこなく、続いていくモノ。

 風が遠く日向の匂いを届けた。


□END□
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 大変大変、お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。ライターの杜野天音です。根気よく、私の作品を待って下さって本当に嬉しいです。ありがとうございました。
 「遠い日向と雪語り〜それはこれからのキミ〜」は如何でしたでしょうか?
 体調不良で文章から遠ざかっていた私には、結構難しいノベルでした。シナリオノベルは自分ではない、他の方が考えた物語を書かねばならないので、依頼を受けてびっくり――という内容もあります。今回もそれで、ラスト辺りかなり苦しかったです。自分では書かないタイプのストーリー設定になってましたから。
 真夜さんがかなりがんばってくれたので、設定にあった水葉の自殺を誘発せずに済みました。弥生ちゃん共々ありがとうございます♪
 警護の方はあまり活躍する場面がなくて残念でした。もっと獣化して凛々しい真夜さんを書きたかったです(*^-^*)
 では、気に行ってもらえれば幸いです。本当に長い間待って下さり、ありがとうございました。