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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


約束の果てに待つ



■ 分析

 気づいたらマンションの自室の前に立っていた。
 中に入りバタンと扉を閉めると途端に部屋を闇が支配した。暗闇の中で神崎・こずえ(かんざき・こずえ)は放心していた。あまりに突然すぎる出来事に頭がついていかない。
「――あ」
 こずえは我に返り部屋の明かりを点けた。靴を脱いで部屋に上がる。
 無気力にしゅるしゅるとセーラー服を脱ぎ捨て、普段着に着替えようとして――やっぱりやめた。代わりに溜息を吐き捨てながら下着姿のままベッドに転がった。シーツが冷たくて鳥肌が立った。裸同然の格好なのだから当然といえば当然だ。
 こずえは毛布に包まってごろごろとベッドの上を転がった。
「うう、体が重い……」
 その日の夜――というよりつい先ほどのことだった。こずえは変わり果てた姿の明智・竜平(あけち・りゅうへい)と出会った。いや、変わり果てたという表現は不適切だ。まだ人の形をしていたし、完全には自我を失っていないようだったから。
 こずえは寝返りを打ち、改めて竜平の姿を思い返してみた。見た目は人間、虚空を睨む目が奇異、そして人外的な特殊能力を備えていた。暴力的、そして好戦的な性質は正義感の強かった竜平とはややズレがある。あれは竜平であって竜平でない、つまり彼は何かに憑かれている――そう考えるのが妥当な気がした。
「あたしの所為なのかな……」
 枕にしがみつきながら自己嫌悪に陥る。
 もしかしたら、竜平の強さへの異常な執着は自分に原因があるのではないだろうか?
 退魔師としての仕事をするようになってからすれ違ってばかりだった。それが原因で離別することになった竜平。そのことが尾を引いたのかもしれない。
 だとしたら心苦しい。だけど、それよりも先に退魔師としての心得が先行する自分が、冷静に分析している自分が、涙一つ流れない自分が嫌になってくる。
「はぁ……」
 その日は自己嫌悪の極みに達したまま眠りについた。



■ 調査

 翌日、生気を取り戻したこずえは退魔師専用のデータベースから竜平と関係のありそうな情報を洗い出していた。データベースには『魔』や『霊』に関するあらゆるデータが載っており、また分刻みで更新されているため必ず最新の情報が手に入る。
「これでもないし、これでも――」
 ふと目についた単語――『寄生』『乗っ取り』『同居』『自我の崩壊』。
 実体のない霊、人間に寄生することで力を発揮する霊。
 寄生霊――
「まさか……でも、症状は似てるかも……?」
 こずえはさらに詳しい情報を得ようと寄生霊に関するデータを検索することにした。
 ――そして得られた情報をメモして頭に叩き込んだ。


 同日、都内の某喫茶店にて――
「いくつか仕事を持ってきました」
「ほんと、いつもすみません」
 こずえは向かいの席に座る男に頭を下げた。男は政府の退魔関連の部署に勤める係官で、よくこずえに仕事を提供してくれる信用のおける人物だ。ただ表情は固く、口調も固い――いわゆる堅物君である。
「あの……お聞きしたいことがあるんですけど、いいでしょうか?」
 仕事の話が終わったのを見計らってこずえは切り出した。
「なんでしょうか?」
 男が書類をトントンと揃えながらメガネをキラリと光らせた。
「実は――」
 こずえは竜平のことを伏せて昨今の事件に寄生霊が絡んでいるものがないかどうか訊いてみた。すると男は険しい表情を浮べて、
「一つあります。手配中の寄生霊なんですが、現在、行方不明のようです。どうやら人間と同居中のようでして、捜査は難航しているようですね。寄生霊は人間に憑依することでカモフラージュしますから。……ところで、寄生霊がどうかしたんですか?」
「――え? あはは、なんでもありません。なんでも……」
 笑って誤魔化すと、こずえのその引きつった表情から込み合った事情を悟ったのか何なのかは分からないが彼はそれ以上特に追及してこなかった。


 同日、こずえは情報通の高峰沙耶の自宅へ――
 やはり寄生霊についての情報を得るためである。
 話をすると沙耶は神妙な顔つきで手配中の寄生霊についての詳細を語ってくれた。
「寄生霊は男性に寄生しているらしいわ。制服姿のところを何度か目撃されているようだから貴方と同じ年頃の人間でしょうね」
「あの……その人、どんな外見をしていたのか分かりますか?」
「そうね。わりと体格は良かったらしいわ。長身で髪の色は黒……口調はちょっと乱暴で、まあ事件になっているぐらいだからよほど好戦的なんでしょうね」
「そうですか」
 沙耶の言葉でこずえは半ば確信をもった――竜平が寄生霊に取り憑かれているのだということを。外見的な特徴が竜平によく当てはまっているし、その後の沙耶の話によると出現場所も昨日、こずえが竜平とでくわした場所と比較的近い。


 その日の夜――
『もしもし、久しぶりだね、こずえ。――え? 明智君? うん、同じ学校だけど』
 中学時代、同じ学校で今は竜平と同じ学校に通っている友人にこずえは電話をかけていた。普段の竜平の様子を知りたかったからだ――竜平の現状がある程度把握できていなければ接触は難しい。そもそも、このまま黙っているわけにはいかないのだから。
『ちょっと、周りから浮いてるかなぁ……うん、話しかけづらい雰囲気っていうか。たしか一人暮らしなんだよね、明智君って。んーと、最近は以前にも増して攻撃的な感じだね、欠席も多いみたいだし。でも、登校拒否してるわけじゃないみたい。学校にはちゃんと来てるみたいだよ』
 変化――それは心境の変化ではなく、寄生霊が憑いたことによって人格が変容してしまったことを意味する。少なくともこれだけ急激に人格が変貌する例は見たことがない。自分とのいざこざが原因だったとも考えられなくもないが――あの特殊な能力は人間が有する力とは明らかに異質なものだった。やはり間違いない。
『ねえ、こずえ。聞いてる?』
 友人の声で現実に引き戻されたこずえは、「ううん、大丈夫だよ」と答えた。
『会話かみ合ってないし。あのさ……明智君と何かあった?』
 言われて少し動揺してしまったが声には出さずただ友人に礼を述べ電話を切った。
「よし」
 情報を揃った。あとは行動に移すのみだ――



■ 約束

 翌日、こずえは竜平のアパートに向かった。アパートはちょっと古ぼけた感じのする木造二階建てで、陰気な雰囲気をかもし出していた。
 玄関のチャイムを鳴らそうとして、一瞬だけ躊躇してしまったこずえは、迷いを捨てようと深呼吸を二回ほどしてから再度チャイムに手を伸ばし、
「おい」
 突然、背中に呼びかけられて、こずえは仰天した。振り返るまでもなく相手が竜平であることが声で分かった。忘れるはずもない。
「竜平……」
「なんだ、その目は?」
 竜平は明らかに苛立った様子だった。自分の存在そのものが気に食わないのだろうか、それとも寄生霊に操られているだけなのか、それとも――
「……そういえば、この前は邪魔が入ったんだったな。フフフ……どうだ、今からやるか?」
 奇妙な微笑を浮べたまま竜平がこちらに歩み寄ってきた。拳を固め、今にも襲い掛かってきそうな様相だ。
「慌てないで。そうね、三日待って。うん、あたし三日後に戦うから、竜平と」
「ふん……まあそれでいいぜ。精々、逃げ出さないことだ」
 そう言うと竜平はこずえを手で払いのけ、自室に姿を消した。
 取り残されたこずえは、安堵しつつ、密やかな決意を胸に抱いた。
 三日後――それまでに寄生霊と竜平を引き離す策を練らなければならない。自ら接触しタイムリミットを強いたのは竜平が今以上に暴走することを防ぐためだ。今ならまだ間に合う。寄生霊だってまだ竜平とは完全に同化できていないはずで、逆に言えば今後シンクロ率が高まる可能性だってある。
 そうならないためにも、三日間で作戦を完璧なものにしなければならない。
 こずえはアパートに背を向け静かに歩き出した――



 −終−