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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


小判先生 ニ

 ある日草間興信所を訪ねたら、「小判先生の頼みごとを聞いてもらいたい」と、草間武彦から頼まれた。
 「小判先生って誰?」
と問い返してみても、行けばわかるの一点張りで仕方なくその「小判先生」の家を訪ねてみることにした。
 誰でも初めて小判先生と会ったときは驚きを隠せない。シュライン・エマとシオン・レ・ハイの二人は既に正体を知っていたのだが、実は、小判先生というのは人でなく猫だった。全身真っ黒で、足の先だけが白く、目は金色に輝いている。そんな、小学生である鈴森鎮の膝までもない猫が、焦茶色の着物を羽織って人の言葉を操っているのだった。
「猫が成長するためにゃ九つの命が必要なんだがね、昨日拾った仔猫は誰からもまだ命を与えられてはおらんのだ。このままじゃこの仔は死んじまう。あんたら、他の猫に頼んで命をもらってきてはくれんかい」
「・・・・・・その前に聞きたいんだが、あんた、妖怪か?」
幾島壮司はサングラスの奥で右目をつぶり、左眼で小判先生を透かし見る。だが、どこからどうみても小判先生の中身は普通の猫と変わらなかった。
「儂ゃなんでもない猫じゃ。ただ、そこのと同じくちょっとばかり長生きしすぎたがのう」
と、小判先生は日本家屋の天井の低さに背をすくめている泰山府君にきらりとした視線を投げる。厳密に言えば泰山府君は人とは違うのだが、真っ直ぐに結んだ唇を動かして正そうとはしなかった。
 小判先生の家は古びた商家造りで、入口をくぐると広い土間があって奥に上がり口、板の間がある。訪れた面々は土間に固まって、小判先生は板の間で丸くなって話していた。と、いつの間にか鎮・羽角悠宇・そして初瀬日和の三人が板の間へ上がりこんで頭を寄せ合い、仔猫の入った籠の中を覗きこんでいた。
「この子ですね・・・・・・。本当にまだ、生まれたばかり」
日和が悲しげに眉を寄せると、悠宇も頷いてみせる。鎮が恐る恐る指先で触れてみたら、鈍く反応は返すのだがそれ以上は動かない。本当に、このまま放っておいたら取り返しのつかないことになるだろう。

「それじゃ、早急に他の猫に頼むとしましょう。で、小判先生?命を貰ってくるにはどうすればいいのかしら」
命をくれると約束した猫をここへ連れてくればいいの、とシュライン。それからシオンも
「私は小判先生以外の猫が、なにを言っているのかわからないんですが」
とつけ加えた。猫の言葉がわからないのでは、交渉もできない。
「言葉は、これを持ってくがええ」
小判先生が体を震わせると、着物の袖口から丸い実がいくつか転がり落ちた。好奇心から悠宇が一つつまみあげ、嗅いでみる。妙な匂いにうわ、と顔をしかめてしまう。
「特別製のマタタビじゃ。こいつを嗅いだ猫はみんな、人間の言葉を喋っちまう」
これがあれば大丈夫ですねとシオンはマタタビをポケットへ入れた。シュライン・壮司・悠宇・日和もそれぞれ一つずつ取った。
「それから、命は約束さえ取りつけてくれりゃそれでいい。猫にゃ不思議な力があるから、ヒゲをちょっと動かすだけで命の一つや二つ、どこまでだって飛ばせるのさ」
「・・・・・・承知した」
測ったような角度で泰山府君が頷き、真っ先に出て行った。続いて
「今回は仕事の後にうまいコーヒー、てわけにゃいきそうにないな」
と呟きながら壮司。小判先生の家ではコーヒーより抹茶でも出てきそうだった。
 途中で道に迷う不安のあるシオンはシュラインに途中までの同行を頼み、その二人に前後するようにして鎮も小判先生の家を飛び出していく。最後まで仔猫を心配していた日和も、悠宇に促されて猫を探しに出て行った。
「やれやれ・・・・・・。しかし今のままでは命が足らぬのう」
今回、草間興信所から来たのはシュライン・シオン・鎮・壮司・泰山府君・悠宇・日和と七人。しかし仔猫に必要な命は仔猫自身のものを除いてあと八つ。一つ足りなかった。
「それじゃ、あたしが貰ってきたげるわ」
突然背後で声がした。
「だ、誰じゃお主!」
一体、いつからそこにいたのかさえわからない。声が聞こえるまで全く気配も感じなかった。驚いた小判先生は思わず尻尾を膨らませ、手近な箪笥の上に飛び上がってしまう。
 そこにいたのは真っ黒い髪の毛を腰まで伸ばし、唇の端に笑みを浮かべた奇妙な少女だった。板の間に細い足を投げ出して座っていた。
「あたしはウラ・フレンツヒェン。あんたたち、面白そうなことやってるじゃない。手伝ったげるわよ」
クヒッ、と右肩を釣り上げるようにして笑うと、ウラは立ち上がり音もなく出て行ってしまった。このときも、足音さえ感じさせなかった。

 泰山府君は人間ではない。ある物質から漂う気配のようなものを凝縮して形作られた、魂だけのような存在である。だから、生きているもののことを目に映るままに捉えるというよりは自分と同じように立ち上る気配で感じている。それは空気を伝わるものだから、目に見えない壁の向こうに立っていても誰がどこにいるかなどかなり的確に察知できるのだった。
 目を閉じて、猫の気配を探した。既に幾匹かの猫が、他の連中と接触しているようだ。険悪な雰囲気になっているものもあれば、穏やかに交渉しているものもある。泰山府君は、誰とも出会っていない猫を探した。
「・・・・・・見つけた」
感じた気配は、直線距離にして百メートル。ただし、真っすぐに道が続いているわけではない。小判先生の住む家の周辺は住宅街で、細い路地が入り組んでいるので右へ左へ曲がりくねって歩かなければならなかった。
「煩わしい」
歩き慣れない人には迷路のようなその道筋を嫌って、泰山府君はふわりと電柱の上に飛び上がった。そして人家の屋根と屋根とを軽々と渡り、間もなく小さな空き地の隅にうずくまっている年老いた猫を発見した。驚かせないよう、少し離れたところから地上に降りてそっと近づいたのだが、動く様子がない。気配を詳しく探ってみると、生命力がもうかなり衰えていた。死期が近いのだろう。
「・・・・・・そなた、我の声が聞こえておるか?」
泰山府君がそっと額を撫でると、猫はゆっくり目を開けた。
「誰だい?」
「我が名は泰山府君。そなたに頼みがあるのだ」
老いて大分耳も遠くなっているらしい猫のそばで、泰山府君は仔猫について訥々と語った。生まれたばかりの仔猫がいること。命が足りないのを、なんとか助けようとしていること。
「仔猫のためにそなたの命、分けてはもらえぬか」
その猫は年齢のせいだけではなく、非常に穏やかな気質の持ち主のようだった。薄い茶色の毛皮は丹念に毛づくろいされており、尻尾は短く愛嬌がある。体に傷跡のないのは、喧嘩をしたことがない証拠だった。
「命を、ねえ」
猫は眠そうに目を閉じて、欠伸を一つした。そして、
「悪いが、できないね」
と、断られてしまった。

 なぜだ、という言葉が即座に出なかった。泰山府君は打てば響くように会話を切り返せるような性格ではなかったから、言葉を捜すのに時間がかかった。だが、どんなに探してみても結局出るのは
「なぜだ」
同じ一言だった。猫は、泰山府君より随分と生きてきたような目つきの猫は、実際は泰山府君のほうが何倍も生きているのだが、おっとりと答えた。
「私の命はもう一つしか残ってないのだよ。これを仔猫に渡すと、私の魂は命をなくす。命をなくした魂は死にかたを忘れて、半端にさまようしかなくなる」
「・・・・・・そうなのか」
それでは仕方ない、と泰山府君が諦めようとしたとき、空き地を囲んでいる塀の上から老いた猫によく似た、やはり尻尾の短い猫が飛び降りてきた。
「お婆さん!」
どうやら、その若い猫は老いた猫の孫らしかった。
「今日こそ、考え直してくれたでしょう?お願いだから死なないで。私の命を分けてあげるから、死なないで」
「まだそんなことを言っているのかい。駄目だよ、私は死ぬんだ」
猫は、自分の命を他の猫に分け与えることができる。ならば、ひたすら与えられつづければそれこそ化け猫と呼ばれるように何百年でも生きられるはずだ。しかしその老いた猫は、生に執着することをきっぱりと捨てて、自ら死を選んだのだった。
「お前、そんなに命を与えたいのならそこの人を助けてやりなさい。今、私よりずっと小さな命が、私と同じように死にかけている。そっちの命を助けてやりなさい」
振り返った若い猫と、泰山府君の視線がぶつかった。若い猫は健気な瞳をしていた。瞳の中で葛藤があった。自分の祖母を助けたいという気持ちと、祖母の言葉に従わなければという気持ちと。そして、結局選んだのは。
「・・・・・・わかったわ。お婆さんの言う通りにする」
いい子だね、と老いた猫は呟いた。それが最後の言葉だった。
「・・・・・・」
泰山府君は、目を閉じる猫になんと声をかけていいのかわからなかった。その猫より何倍も時を過ごしているのに、わからないのである。
「感謝、する」
俯いて、それしか呟くことができないのだった。

 全員が小判先生の家に戻ると、仔猫の眠るカゴの周りが不思議な光に包まれていた。赤いような、青いような、全ての色が滲んで混ざり合ったかのような色である。それは、命の色なのかもしれなかった。
「ご苦労だったな。あんたらのおかげで、どうにか助かりそうじゃ」
壮司は仔猫の姿を左眼で透かし見た。確かに、以前とは比べ物にならない無邪気な生命力に溢れていた。カゴの中で動かないのも、力がないからではなくただひたすらに眠っているだけのようである。
「一つ、訊ねたいのだが」
仔猫が目覚める前に、泰山府君がポツリと小判先生に質問した。
「御仁は、どれくらい生きておられるのだ?お見受けしたところ、随分と時を経ているようであるが」
「儂かい?・・・・・・そうさねえ」
小判先生は口の中でなにごとか呟いたようだったが、泰山府君には聞き取れなかった。ひょっとすると、本人さえも忘れてしまっているのかもしれない。
「ねえ、それでこの猫は助かったあとどうなるの?誰かが飼うの?」
クヒヒッ、と笑いながらウラが猫を覗き込んでいる。いつの間に現れたのか、また誰にもわからなかった。気配なく真後ろに立たれた鎮は、心臓が止まりそうな声を上げてしまった。
「貰い手があったらの話じゃのう。とりあえずは、儂が面倒を見るがね」
「うちの興信所で張り紙を出しましょうか?」
シュラインの提案に、俺も手伝いますと悠宇が賛同する。他の面々も、そのつもりである。
「なんにせよ、こいつの気持ち次第さね・・・・・・と」
小判先生が不意に唇をつぐんだ。静かな家の中に、か細い鳴き声が響いた。にゃあ、にゃあというかすかな声は、ミルクをねだっていた。
「・・・・・・よかった・・・・・・」
涙もろい日和と、さらに涙もろいシオンが思わず目を赤くしてしまった。そんな二人をきょとんと見上げる仔猫の瞳は青く、あどけなく澄んでいた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2320/ 鈴森鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手
3356/ シオン・レ・ハイ/男性/42歳/びんぼーにん
3415/ 泰山府君/女性/999歳/退魔宝刀守護神
3427/ ウラ・フレンツヒェン/女性/14歳/魔術師見習にして助手
3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生
3525/ 羽角悠宇/男性/16歳/高校生
3950/ 幾島壮司/男性/21歳/浪人生兼鑑定屋

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
今回は猫の命を助けるというテーマの中に、
人間と猫の意識の相違というものを踏まえて書いてみました。
口数の少なそうな泰山府君さまの話は、どちらかというと
受動型の小説になってしまった感があります。
猫の死に際に、具体的な死を持たない泰山府君さまは
なにを思うのだろうと想像しながら書かせていただきました。
小判先生の依頼は、今度も追加していきたいと考えています。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。