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<東京怪談・PCゲームノベル>


魔女の条件MISSION:01

「そうよ…毎年この時期だったのよねぇ〜…ああもうすっかり忘れてたっ!
こんなことなら、事前に村に戻って参考書なりなんなり準備しておいたのに!」
 店主であるルーリィは、長い金髪をかきむしって首を振った。
普段は物静か―…とは言えないものの、どちらかといえば穏やかな少女なのだが。
「まあ…どうやら大変なときにお邪魔してしまったようね」
「いえ、お見苦しいところをお見せしてしまって、大変申し訳ありません。
ただ、主は現在あのような状態なので…私が代わりに謝罪を。
私は彼女の使い魔で、銀埜と申します」
 銀埜は、取り乱している主人を目を丸くして見つめている、三人の女性に頭を下げた。
主人は己の問題で精一杯のようであるし、ここは下僕である自分の役目だと、内心張り切りながら。
「ところで貴女方は、主のお友達か何かでしょうか?それともお客様?」
「ええ…以前ルーリィにお世話になった、アレシア・カーツウェルと申します。
今日は私、彼女とお茶をご一緒しようと思ってスコーンを焼いてきたのだけれど…」
 そういう場合じゃなさそうね、とアレシアは頭を抱えてしゃがみこんでいるルーリィを見て、ため息をついた。
「さいですか、申し訳ありません。この問題が落ち着けば、主も喜んでお相手なさるでしょう。
アレシアさんですね、初めまして。貴女のことは主からよく聞いております。
うちの小さいの―…リックもお世話になったようで」
 といって銀埜は軽く頭を下げた。
彼自身は初対面の彼女だが、ルーリィからの話を聞いてその名前だけは知っていた。
主の話通り、穏やかで包容力のある女性だ、と思った。
主と同じ、金色の豊かな髪といい、青く輝く瞳といい、何処となく己の主人を連想させる。
…最も当の主人は、今は床に転がらんばかりの勢いだったが。
「ええ、とても楽しませて頂いたわ。それに、うちの娘もお世話になったようで―…その節はどうも」
「ああ、そういえば。リックが仲良くなったというあの金髪の少女―…そうですか、アレシアさんの娘さんだったのですね。
道理で雰囲気が似てらっしゃる」
「そうかしら?私とは違って、活発な娘なのだけれど。そう言って頂くのは珍しいわ」
「そうですね、そういう意味では似てらっしゃらないのでしょう。ですがやはり分かってしまうものですよ、親子というものは」
 そういうものなのです、と銀埜は笑みを浮かべて言い、アレシアの隣に立っている女性に目を移した。
漆黒の長髪を背中にたゆたせ、珍しい朱色の瞳は、今は心配そうに曇っている。
まるで中世の絵画から抜け出してきたような雰囲気を纏うその女性は、己に目を向けた銀埜に気づき、
「…わたくし、鹿沼・デルフェスと申します。アレシア様と同じように、以前ルーリィ様にお世話になったので、
今日は買い物がてら伺ってみたのですが―…どうやら大変なことになっておられるようですね」
「はあ…申し訳ありません。そういえば貴女は、以前学園のほうで?」
 銀埜はそう言って首を傾げた。以前主人が気まぐれで出張に向かったある学園で、彼女を見かけた覚えがあったのだ。
最も銀埜自身は、主人の『出張』が終った後で顔を出したので、デルフェスと直接顔をあわせたわけではないのだが。
後姿を見かけただけでも、学園内では珍しいこの優雅な物腰は、強く印象に残っている。
「ええ、そうですわ。マフラーを編ませて頂いたのです。
わたくしの大切な方に差し上げたのですが、大変気に入って頂けて―…
と、このような話をしている場合では御座いませんね。何はなくとも、ルーリィ様を試験に合格させるほうが先ですわ」
 銀埜は、デルフェスの穏やかでありながらも意志の篭った言葉を聞き、思わず表情を明るくさせた。
「それはどうも―…感謝致します。主人も助かるでしょう」
「ならばわたくしもお手伝い致しましょうか。こういったことは手数が多いほうが宜しいでしょう」
 デルフェスの斜め後ろから聞こえた声に気がつき、銀埜はそちらのほうを向いた。
そこに立っていたのは、デルフェスとは正反対の、まるで日本人形のような少女だった。
現代には珍しい和服を着こなし、10代半ばの外見には似合わないまっすぐな視線を銀埜に向けていた。
「申し遅れました、わたくし榊船亜真知(さかきぶね・あまち)と申します。
こちらの方とは初めてのお顔合わせになりますが、
事情をお聞きしたからにはお手伝いしないわけにはいきませんでしょう?」
 わたくしで良ければ、と言葉を添えて亜真知は微笑んだ。
銀埜は一見幼そうに見える少女の、しっかりした言葉を聞いて多少面食らいながら、
「それはそれは―…有り難う御座います。私自身は魔女試験には手伝えないわけでして、
今年ももしや、また―…と案じていたのですが。今回は安心ですね」
 そう言って、安堵する表情を浮かべる。
いまだに主人は来訪者にも気がつかず、ブツブツと何かを呟いて虚空を見つめているが、
これは試験の頃になると毎年この状態になるので、銀埜はもう慣れたものだった。
どうせそのうち我に返るのだから、とあっさり放っている。それよりも、と3人を見渡した。
(これだけ精神力の強そうな方々がおられるのですから―…今年は期待しても良いのかも知れない)
「あの…銀埜さん?」
「はい?」
 もう内心合格したものと思い込んでいた銀埜は、晴れやかな笑顔を向けた。
その彼に声をかけたのは、不審そうに眉を潜めているアレシア。
「先程、使い魔―…と仰られましたね?それに、魔女、と」
「ああ」
 銀埜は、そういえば、と思い頷いた。
「まだ申しておりませんでしたね、当主人は魔女なのです。勿論まだ見習いの身分ですが。―…それが何か?」
「いえ―…そうだったのですね」
 そう言って、アレシアは何か考え込むように顔を伏せた。その彼女を気遣うように、隣にいたデルフェスが顔を覗き込む。
「アレシア様、どうかなさったのですか?」
「いいえ、何でもありません。…すいません、気になさらないで」
 アレシアは口元に笑みを浮かべて首を振り、銀埜を仰ぎ見た。
「私の事情で―…少し思うところがあったものですから。
でもルーリィが困っているなら、私も微力ながらお手伝いします。…友人として」
 その言葉を聞いて、銀埜はふ、と笑みを浮かべた。そして軽く頭を下げる。
「…有り難う御座います。主人に代わり、感謝を」
 では暫しお待ちを、と彼女らに言い残し、店の奥を見て床にしゃがみこんでいるルーリィを見下ろした。
そして彼女のほうにツカツカと歩み寄り、ぽんぽんと肩を叩く。
「ルーリィ、ルーリィ。そろそろ正気に戻ってください。今年は大丈夫ですよ、きっと」
「……………はえ?」
 ルーリィは呆けたような目で銀埜を見上げた。まだその瞳は衝天があっていない。
銀埜は呆れたように苦笑しながら、
「いい加減しっかりなさい。これからが思いやられますよ―…っと」
 そう言って、ルーリィの顔のすぐ近くで、ぱちんと指を鳴らす。
途端にルーリィの体が軽く震え、あらぬ方向を見つめていた視線が銀埜に向かった。
それを確認し、銀埜は己の主人を元気付けるよう、にっこりと笑みを浮かべて言った。
「お早う御座います、ルーリィ。ご機嫌は如何ですか?」
「え、あっ…ご、ごめんなさい!うん、もう大丈夫よ多分!」
 ルーリィは己の状況に気がつき、パッと赤くなった頬を押さえて立ち上がった。
そして玄関の方に顔を向けると、三人の女性たちに気がつく。
「あ、あ!ええーっと、アレシアに、デルフェスさんに…えーと、初めましてさん!
ようこそいらっしゃいませ、お構いできなくてすいませんでした!」
 お茶はいります?それよりもまず椅子かしら、ちょっとまってね。
そう錯乱しながら言うルーリィを銀埜は宥めるように、
「…とりあえず落ち着いてください。あの方々は、試験を手伝ってくださるそうですよ。
あなたがご存知のお二人と、和服の似合う清楚な大和撫子は榊船亜真知さんだそうです」
「ええっ!ほ、本当に!?」
 ルーリィは銀埜の言葉を聞いて、目を丸くして三人を見た。
穏やかな笑みを浮かべて頷く彼女らを見つめ、ルーリィは感嘆のため息を漏らす。
「ああ〜…あ、ありがとう、アレシア、デルフェスさん、亜真知さん!
これなら私、今回こそは合格できそう!婆様にも一泡吹かせてやるわ!」
 何故か闘志の炎を燃やすルーリィ。少し不安になってきた銀埜をよそに、ちょいちょい、と三人を手招きする。
「というわけだから、早速試験受けちゃいましょう。ちょっとこっちに来てもらえる?」
 そう言って今まで開封されていなかった封筒を見せた。
近寄ってきた彼女らは不思議そうに顔を見合わせて、封筒を見下ろした。
「ルーリィ…開封しなくて、試験だっていうことが分かるの?」
「あはは、それは大丈夫…ほら」
 問いかけたアレシアに笑いかけ、封筒の表を見せる。
そこにはミミズがのたくったような文字で何やら書いてあるのみ。
「…読めませんわね…」
「何て書いてあるのです?」
 デルフェスと亜真知の問いに、ルーリィは頷いて言う。
「魔女の村だけで使う言葉なんだけど、“魔女昇格検定試験、第一試験”って書いてあるの。
最も古い言葉だから、こういうことにしか使わないんだけど…。
それに開封してすぐ試験が開始されるから、むやみに開けるわけにはいかないのよね」
 苦笑しながら、準備は良い?と三人に問いかける。
彼女らが頷いたのを確認し、ルーリィは息を呑んで封筒を破った。
途端に白い光が辺りを包み、それが消えた頃にはもう、四人の姿はなかった。
ただ、中身が消えた空の封筒が床に落ちているだけ。
一人残された銀埜は、その封筒をつまんで拾い、虚空に視線を向ける。
「…御武運をお祈りします。良い結果が出ますように」
 そう一人呟き、封筒を挟むように軽く手を合わせた。







          ★







「…まあ、不思議な場所だこと。ねえ、亜真知さん」
「そうですね。何か得体の知れない力を感じます。
そういえばわたくし、魔女の試験とやらを見たことがないのですが?」
「そうですわね、わたくしも同じですわ」
 そう、どこかのんびりとした会話を交わしながら、亜真知とデルフェスは辺りを見渡していた。
そこは何もない空間だった。永遠と続くように思われる地平線には360度何も見えず。
ただ白い大地のような床が延々と広がっているのみ。
「ふふ…こう真っ白だと少し目が痛くなるわね」
 そう言ってルーリィを見るアレシア。ルーリィは苦笑して、
「ごめんなさい、そのうち慣れるわ。
それにうちの村の試験を見たことがないのは或る意味当たり前なのよね。
基本的に、こういう『無垢の空間』でやるから―…」
 ここならある程度暴れても支障はないでしょ?
と彼女は肩をすくめて見せる。
「ここは試験官、つまり試験を受ける見習いの師匠が作った空間なの。私で言えば婆様ね。
私が受ける試験は『作成術』だから、大して暴れるようなことはないけど―…そうそう、手紙」
 ルーリィは思い出したように、手に持っていた手紙を三人に見せる。
「それが試験内容ですか?」
 そう言って不思議そうに開かれた手紙を覗き込む亜真知。
手紙の文面は、封筒に書かれていた文字と同じものだった。
「ええそう。読むわよ。ええーと…『第一試験課題、誕生』……誕生…」
 ルーリィは顔を上げて、さぁっと青ざめる。何か嫌な予感がする。
「……まさか」
「どうかなさったんですの?それに誕生って…」
「…まだ続きがありそうだわ。ルーリィ、読んでみてもらえる?」
 アレシアに促され、ルーリィは震える声で読み上げた。
「『試験用の人形に魂が宿らせること。尚、術の種類等は問いません。判定基準、人形が鳴くこと。
だが鳴くようにプログラムさせることは失格。付添い人の有無は問いません』…ですって」
「魂―……!」
「中々難しそうですわね。…アレシア様、如何なさいました?」
「いえ…何でも…」
 少し青くなった頬を押さえ、アレシアは俯いた。
彼女の脳裏には、幼い日の思い出が蘇っていた。
精神も己の力を制御することも未熟だったあの頃、犯してしまった罪を。
「…ルーリィ」
 アレシアは青白くなった顔を隠すように、口元に笑みを浮かべてルーリィを見た。
「……頑張りましょう、ね」
「………………うん」
 ルーリィはアレシアを見つめて、こくん、と頷いた。
彼女の様子がおかしいことには気がついていたが、
彼女が言わないのならば、それは聞くべきではないことなのだ。
きっとアレシアの中にも事情があって、それが陰を作っているのだろう。
だがこうして己を手伝ってくれるのだから―…自分がそれに応えなければいけない。
彼女を詮索するのではなく、自分のやるべきことをやることが今は大事なのだと、ルーリィは思った。
「魂―…か。これがきちゃったか…」
 今は目先の問題をどうにかしよう、と思ったものの、その問題は大きすぎた。
「ルーリィ様、やり方はご存知なのですか?」
「それが…あいまいなのよねえ。それにこれ、すンごく難しいのよ…あはは、どうしよう」
「そうですか。わたくし、少しぐらいならサポートもできるかもしれません。まずはー…あら?」
 言いかけた亜真知が、足元を覗き見る。
いつの間にか現れたのか、そこには一体の木の人形が横たわっていた。
「これでしょうか?課題用のって」
 そう言って亜真知はよいしょ、と人形を抱え挙げた。
それはまだ装飾もなにもされていない、大きな操り人形だった。
木から削りだし、表面を整えただけののっぺらぼうの人形。大きさは5,6歳の子供程度だろうか。
「あらこれ、マリオネットのように見えますわね。肝心の糸がありませんけども」
 デルフェスは亜真知の抱えている人形をきょろきょろと覗き込み、調べるようにじっくりと見つめる。
そしてルーリィのほうを向き、
「この人形自体には、魔力はないようですわね。さすが課題用ですわ」
「デルフェスさん、そういうこと分かるの?」
 ルーリィは少し目を丸くして言う。
デルフェスは、ふふふ、と笑って、
「ええ、これでもミスリルゴーレムですから。魔力の流れを伺うこと程度は可能ですわ」
「へぇ、そうだったの。私全然分からなかったわ」
 普通の人間のように見えるものね、と何処か関心したようにため息をつく。
その様子を黙ってみていた亜真知は、抱えていた人形を白い地面に置き、アレシアを見た。
「アレシア様は何かお力を?拝見したところ―…」
「いえ、私は普通の主婦ですから」
 アレシアは亜真知の言葉を牽制するように、微笑んで言った。
「…亜真知さんも何処か不思議なお力をお持ちのようですね。
私は―…そうですね、魂を宿らせるということは、元になる魂も必要でしょう。
そういったサポートを致しますわ」
「そうですか。ではルーリィ様」
「あ、はい?」
 しゃがみこんで人形の腕を動かして遊んでいたルーリィは、ふいに言葉を振られて慌てて亜真知を見上げた。
亜真知はそのルーリィをにっこりと微笑んで見下ろし、
「では、始めましょうか?」
 と念を押すように言った。












「まずは、そうですね…ルーリィ様の腕を拝見させて頂いてもよろしいでしょうか?」
 人形を中心に据え、それを円を描くように囲んで並んだ四人。
その中の亜真知がルーリィに視線を向けた。
「う、腕?うん、そうね…試してみるわ」
 ルーリィは軽く頷き、意気込んで拳を握り締めた。
そしてその手を開き、ゆっくりと手を伸ばして人形の上にかざす。
「………………!」
 眉間に皺が寄り、見るからに体が硬くなった。
彼女らが見守る中、ルーリィの手のひらがぼうっと青く光り、その光が人形に降り注いでいく。
「…動きましたわ」
 デルフェスが思わず声を出した。
彼女の言葉の通り、物言わず座っていた人形の腕がぴくりと上がり、続いてガチャンと音を立てて足があがった。
青い光の中、人形はたどたどしい動きで起き上がり、ふらつきながらもその場に立っている。
「……うまくいっている…のかしら?」
 アレシアは不安そうに、隣に居るデルフェスの顔を覗き見た。
「さあ…でも、これは―…」
 デルフェスの言葉が終らないうちに、ガッチャンと大きな音を立てて、人形がその場に崩れ落ちた。
 ―――失敗、だ。
「………っ」
 ルーリィが手をきゅっと握ると途端に光が止んだ。
そして彼女は腕をだらんとおろし、力が抜けたようにその場にぺたんと座り込む。
「やっぱり―…む、難しいわね…」
 はぁ、と力が抜けたため息をつき、ルーリィはうな垂れた。
そんなルーリィを見下ろし、彼女らは顔を見合わせた。
「亜真知様、どう見ます?」
「そうですね、わたくしが見たところ―…ルーリィさまは魔力は十分足りておられますわ。
ですが魂を定着させるほうが上手くいっておられない様子。あと魂が足りないようですわ。
先程アレシア様が仰ったように、魂の原材料が必要ですわね。これは―…」
 そう言って、亜真知は二人を見る。
「では、わたくしが提供致しましょう。わたくしはゴーレムですから、人形と大して相違御座いません。
わたくしの魔力の流れを参考にしていただけたら、と思いますわ」
 デルフェスはそう言って、ちらりとアレシアを覗き見る。アレシアは微笑んで頷き、
「…そうですね。私も同じく提供します。あとは、友人として助言する程度でしょうか。
…亜真知さんは如何なされます?」
「了解致しました。わたくしは、こういったことに関しては少々見知った知識がありますので…
術のサポートとフォローを担当致します」
「知識…ですか?」
 不思議そうに首を傾げる二人を見て、亜真知はふふ、と笑った。
「ええ。わたくし、こう見えても『神さま』なんです」
 そう言って、目を丸くしている二人を見つめた。そしていまだ座り込んでいるルーリィに目を移し、
「さあルーリィ様、頑張りましょう。あともう一息ですわよ」
 といって、彼女の肩を、パァンと叩いた。





          ★






「…そう。そうして人形に手を添えてください。抱えるのではなく、優しく支えるように、ですわよ」
「は、はい」
 亜真知はルーリィの手を持って、人形の背中の辺りに添えさせた。
ルーリィは硬くなった身体をぎこちなく動かしながら、床に座った人形を支える。
「…ルーリィ、体が硬いわ。…もう少しリラックスしたほうがいいわよ」
 そう言って彼女の隣でアレシアが微笑む。
アレシアの手は、片方が同じように人形に、もう片方はルーリィの背中に回っていた。
アレシアと同じ体勢のデルフェスが、彼女の反対側から微笑みかける。
 亜真知はそれを確認し、頷いて立ち上がった。
「では皆様、いきましょう。…ルーリィ様、念を込めてください」
「は、はい―…」
 ルーリィは大きく息を吸い込み、目を閉じた。
程なく青白い光が手のひらに集まってくる。だが、まだまだ弱い。
同じようにして人形に置いたデルフェスとアレシアの手から、淡い光が漏れる。
「ルーリィ様、お二人に負けていますわ。試験に挑むのは貴女でしょう?頑張ってくださいまし」
「―――………!」
 亜真知の柔らかく、だが厳しい叱咤に応えるように、ルーリィは瞑った目に力を込めた。
光の青色がほんの少し力強く輝くが、まだ両隣の二人には程遠い。
「ルーリィ、そのぐらいじゃまだまだ人形の内部には浸透していないわ。…もっと念を、祈りを込めて。
真に願わないと、魂は宿らないわよ」
 アレシアは普段の彼女からは想像できない鋭い視線でルーリィを見つめる。
目をつぶっているルーリィには直接受けることはないが、その視線が己に降り注いでいることは十分感じていた。
アレシアの、それこそ祈りに似た期待を。
「――……っ」
 その様子をじっと見詰めていた亜真知は、ふいに後方を振り返った。
デルフェスはそれに気づき、不審そうに眉を潜める。
「亜真知様―…如何されました?」
「いえ―…少し」
 そう言いかけて、亜真知は背中を見せた。まるで後方から来るものから、三人と一つを守るように。
「デルフェス様、アレシア様。それにルーリィ様」
「はい?」
 デルフェスは、どこか緊張した面持ちの亜真知の言葉に顔を上げる。
「何がきても、術はやめないで下さいまし」
 それは如何いうこと、とデルフェスが口を開いた瞬間、何もなかったはずの虚空から冷たい風が吹き付けた。
驚いて亜真知の前のほうを覗き見ると、白い大地には不釣合いな、漆黒の塊がそこに在った。
「亜真知様―…!」
 デルフェスは驚いて腰をあげかける。亜真知はそれを察してか、前方を見つめたまま叫ぶように言った。
「申したでしょう、デルフェス様。術を止めてはいけません」
「――……!」
 デルフェスは厳しいその言葉に、はっと隣のルーリィを見た。
彼女の手からは先程よりも強い光が漏れている。その隣にいるアレシアのそれよりも、強く、大きく。
―…確かに、此処でやめてはいけない。
デルフェスは強く頷いて、ルーリィの背中に添えた手に力を込めた。
「ルーリィ様、わたくしの魔力を感じてください。
心の臓から注ぎ込まれる血をイメージして、己の魔力を感じてください。
己と人形が同化するような魔力の流れを。人形を己の一部と思うのです」
「…そうね、胎児のようなものよ。ルーリィ、この子を受け入れて。
魂…命の一部を分け与えるのだから、これはあなたの子よ。
己の子を招き入れて。呼ぶのよ」
「私―……私の子―…!」
 亜真知は自分の背後で輝いている青く強い光を感じながら、キッと前方を向いた。
漆黒の塊は、亜真知の身長ほどもあった。
それが彼女の目の前に在り、彼女を覆いつく尽くさんばかりに接近している。
「…醜いですわ。これはどなたの念かしら?負の感情がつまってるようね」
 亜真知はそう言って、口元に仄かな笑みを浮かべた。
そして両の手のひらを開き、塊を包むように腕を挙げる。
「あの方を邪魔しないでくださいまし。もう少しで生まれるのですよ…命が」
 そう呟きながら、亜真知は腕の間隔をゆっくり狭めた。
それにあわせるように、漆黒の塊がきゅっと凝縮されるように小さく丸くなっていく。
「…もう彼女は失敗しませんわ。どこのどなたの差し金かは知りませんが―…。
暖かく見守るのも、時には良いことですわよ?」
 ふっ、と笑い、亜真知は両の手のひらを合わせた。それと同時に、塊が一気に縮まり、ぱっと消え失せた。
「申し訳ありませんが、大人しくしておいてくださいましね」
「亜真知様!見てください―…!」
 晴れ晴れとした笑みを浮かべたのも尽かぬ間、
背後からかかったデルフェスの声に、慌てて亜真知は振り向いた。
 そこに在った…いや、居たのは、月の光のような輝きを放つ、人形…だったもの。
先程まで生気のない、ただの木偶の坊だったそれは、ルーリィの体から伝わる光を受けて、
彼女と同じ光を放っていた。まるで、腕を通じて繋がる胎児のように。
「…亜真知様、御疲れ様です」
 その声がかかり、亜真知は横を向いた。
いつの間に立っていたのか、デルフェスが穏やかな笑みを浮かべてそこにいた。その隣にはアレシア。
「…もう大丈夫よ。今まさに生まれたんだわ、彼女の子が」
「…そのようですわね」
 アレシアの笑みを受けて、亜真知は軽く微笑む。
そしてあの手紙の文面を思い出していた。
「…誕生、とは…よく言ったものですわね」
「…え?」
 ぽつりと呟いたその言葉を、二人が聞き返そうとしたそのとき―……。

 ―――……人形が、鳴いた。







          ★









「ルーリィ!よく戻られました」
 消えたときと同じように、突然姿を四人を見て、銀埜は顔を輝かせた。
その頭には三角巾が巻かれ、エプロン姿の彼の手にはハタキが握られていた。
どうやら暇だったので、掃除でもしていたようだ。
「あはは、ただいまっ!」
 いまだ興奮しているルーリィが、ばっと銀埜に駆け寄る。
「如何でした?その表情を見ると上手くいったようで……それは?」
 銀埜は満面の笑みを浮かべているルーリィを見て、ゆっくりと彼女の腕の中に視線を移した。
それに支えられているのは、5歳ほどの男か女か分からない幼子。
ルーリィと同じ金色の髪は短く、大陸風のゆったりした服を着ていた。
目は堅く閉じられていて、眠っているのか首をだらんとうな垂れている。
「…まさか、隠し子?」
「馬鹿!そんなわけないじゃない」
 ルーリィは思わず後ずさりしている銀埜を軽く叱咤した。
それをくすくす笑いあいながら見つめていた彼女たちの中から、亜真知が口を開く。
「銀埜様。その子が証拠ですわよ?」
「…証拠、とは?」
 銀埜は目を点にして尋ねた。
「…ルーリィが試験を合格したという証拠です。彼女は立派にこなされました」
「ええ。元は木の糸なしマリオネットだったのですが…、
『鳴いた』と同時に、あっという間に人間の姿になられて。まだ名残はありますけどね」
 そう交互にアレシアとデルフェスが言って、ふふふ、と顔を見合わせて微笑んだ。
銀埜はその彼女たちを見て、はぁ、とまだよく分かっていないような返事を返した。
「これが…人形、ですか?へぇ…よくできているものですね」
 そう感心したように言い、しゃがんでその幼子をじっとのぞき見る。
確かにデルフェスの言葉通り、関節部分はまだ木のように組み合わせている部分が見られるし、まるっきり人間にも思えない。
そっと頬を撫でてみると、硬く冷たい木の感触がした。
「ははあ…成る程。でも遠目から見れば人間そのものですね」
「ええ。でもまだ『鳴いた』だけだから…この次の試験も、この子に関するものが出されるんじゃないかしら…」
 銀埜はアレシアの言葉に、ふと顔を上げる。
「…鳴いた?」
「うん、そう。といっても、木が震えるような声だったけど」
 銀埜の問いに答えたのはルーリィ。先程の『声』を思い出すように苦笑した。
「キィィィ、って。何だか不思議な声だったわよ」
「ふぅん、やはりそういうところは木なのですね」
 成る程、と頷き、銀埜は立ち上がってすそをはたいた。
そして己の主人を含める四人に、心からの笑顔を向ける。
「何はともあれ。ルーリィ、第一試験合格、おめでとう御座います。
そして皆様、ご協力大変感謝致します。心よりのお祝いとお礼を兼ねて、お茶でも如何でしょう?」
 そう言って一礼し、カウンターの奥のカーテンを手で指した。
「うわあ、さすが銀埜、気が利くわね!ありがとう。
皆さんも如何?銀埜の入れる紅茶、中々美味しいのよ」
「そうね…ではお招き頂こうかしら。そうそう、スコーンもあるのよ?
家で焼いたのを持ってきたの。デルフェスさんと亜真知さんも如何?」
「そうですわね、では遠慮なく。三時のお茶の時間は良いものですわ」
「スコーンですか。では頂きましょう、丁度お腹も空いてきましたし」
 笑いながらカウンターの裏に消えていく四人を見て、銀埜は満足そうな笑みで頷いた。
そしていつの間にか、まだ名もない『子』が腕の中にいることに気がつく。
「……いつの間に、ルーリィ…」
 …暫くうちの店は、託児所のようになるのだろうか。

 銀埜は近い将来のことを思い、嬉しいため息を漏らした。






    続く。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1593 / 榊船・亜真知 / 女性 / 999歳 / 超高位次元知的生命体・・・神さま!?】
【2181 / 鹿沼・デルフェス / 女性 / 463歳 / アンティークショップ・レンの店員】
【3885 / アレシア・カーツウェル / 女性 / 35歳 / 主婦】



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■         ライター通信          ■
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 締め切りギリギリとなってしまい、申し訳ありません。
当依頼をお受けいただき、有り難う御座いました。WRの瀬戸太一です。

今回は当異界初の連作第一話ということで、気合を入れて書かせて頂きました。
当初の予定をオーバーした分、納得のいく作品に仕上がったと思います。
各PC、PLさまに楽しんで頂けると幸いです。

■亜真知さん
初めまして、今回は参加のほうありがとうございました。
非常に強い力を持つお方だったので、護衛(?)のほうに回って頂きました。
亜真知さんのおかげで、ルーリィも安心して術のほうが行えたと思います。
有り難う御座いました^^

■デルフェスさん
またの出会いを有り難う御座います。
女性のお気持ちを察するのがお得意の方と拝見したので、
色々と察して頂きました。(?)
悩みがおありとのことだったのですが、
慌しいところに巻き込んでしまって申し訳ありません。(笑)
また宜しければ相談にでもお越しくださいな^^

■アレシアさん
またの出会いを有り難う御座います。
相関を生かして、「友人」として描かせて頂きました。
今回もアレシアさんの癒し力にほんわかさせて頂きました^^
今回はアレシアさんの母としての強さを少しばかり魅せて頂いたつもりです。


では、皆さんに気に入って頂けるととても嬉しいです。
ほぼ間髪いれずに第二話の受注を開始しますが、また宜しければご参加下さい。
ご意見、ご感想などありましたら、お手紙のほうお気軽にお送り下さいませ^^

それでは、またお会いできることを祈って。