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<東京怪談ノベル(シングル)>


【聖夜のひととき】
 クリスマスシーズンが近い。彼らの冬が熱くなる。――音楽業界の話である。
 彼らはこの頃になると、こぞってクリスマスソングを発表してファンたちの心を暖かく優しくさせる。舞い散る雪に乗せて流れる情緒豊かな言葉とメロディーは、リスナーにとってもクリエイターにとっても、最高のプレゼントに違いないのだ。
 6人組ロックバンド、スティルインラヴも例外ではなかった。スティルインラヴがこのたびリリースするアルバム『STILL IN LUV 1st』のメインとなる楽曲が、つまりクリスマスソングなのである。メンバー6人全員がアカペラで紡ぐ正統派。飾らず騒がずのこの歌は、ロックバンドとしては異色であろう。
 メンバーのひとり、宮本まさおがラジオに生出演した。この日は『STILL IN LUV 1st』の楽曲が初オンエアされる。司会者が一曲一曲について質問していき、視聴者からのファックスやメールも交え――メインであるクリスマスソング『聖夜のひととき』の話になった。
「決して特別じゃない恋人たちが迎えた、特別な一日を描いた歌なんだ。まあ特別と言ったって、手を繋いで街を歩いてレストラン行ってワインを飲んでケーキを食べてキスをしてって、それくらいなんだけど。聖夜のひとときっていうタイトルだって、そんなに派手じゃなくてむしろ地味で質素だよ。でも世の中はどこもかしこも特別じゃない普通の人で溢れている。だからこそ、この歌は何よりも一番伝わるんだ。メンバーもレコード会社のみんなも、そして自分自身も、そう信じているよ」
 常に寡黙な彼女が、一気にそう説明した。漆黒の瞳の奥底は、確固たる意思に満ちている。
「普通だからいい。ううーん、なるほどいい言葉、いい言葉だ。いやきっとラジオの前のリスナーもそう思っているでしょう」
「自分たちもロックしてるとは言っても、やっぱり普通の人間なんで。誰からともなく発案されたこの歌は、だから詞も曲もわりとすんなり決まったんです」
「うん、普通万歳。街中にスティルインラブの歌が流れる日も、そう遠くないですねぇ」
「もちろん、そう願っている――祈っている、かな。多くの人――日本中の人に聞いてほしいし」
 そして全国のカップルに発信される。
「それでは! 宇宙初・オンエアです。ご紹介お願いします!」
「これを聞く君たちすべてに、素敵なクリスマスが訪れますように。――スティルインラブで『聖夜のひととき』」



   特別じゃない僕たちが 特別な今夜を迎えた
   愛したい 心溶けるほど熱く
   雪の降る街 目をやれば寄り添う恋人見えるよ
   ああみんな 幸せの中にいるね
   
   握った手はぬくもりを伝えて
   胸が満たされる……溢れる……
   
      ウィンターソングが流れている
      ふたりを優しく祝福する歌
      出会えたことに最高の感謝を
      Merry X'mas 聖夜のひととき
   
   
   ささやかな銀のネックレス 一途な気持ちを届けて
   ありがとう 素敵な笑顔をくれた
   イルミネーション 体中綺麗な光を受けたら
   ああみんな 幸せを知っているね
   
   キスをしたら微笑みを返した
   距離がゼロになる……繋がる……
   
      ウィンターソングが終わりを告げ
      甘くて切ない余韻を残すよ
      神様よりも君のこと信じる
      Merry X'mas 聖夜のひととき


      もうすぐ日付が変わろうとして
      僕たちはまた抱きしめあった
      離しはしないその誓い交わした
      Merry X'mas 聖夜のひととき



 ラジオに耳を傾けていた誰もが想う。
 恋人たちのクリスマスは、すぐそこまで来ていた。

【了】