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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


仲良き事は…?
 姉弟喧嘩にも程がある、と草間武彦は思う。
 例えば。
 ソファが身体の上にある天地が逆さまになっている今の状況とか。
 少しでも事務所の雰囲気が良くなるようにと知り合いが差し入れてくれた観葉植物、その名も『金の成る木』がところどころ燃え、見るも無残にばっさり切り落とされていたりとか。
 現在も進行系でどたばたと埃が立ちまくっている現状とか――。

*****

「っと」
 かしゃん、と思っていたよりも繊細な音を立てて転がった鉢を見て、梅成功があちゃー、と声を上げた。輸入ものの繊細なデザインの鉢を、ついこの間手に入れたばかりだったのだ。
 それが、今は端が欠け、中央から6つに割れて土もぼろぼろ零れ落ちている。
 幸いな事に、その小さな音は周囲に響く事が無く、ほぅと胸を撫で下ろした成功が、きょときょとと花と緑で埋め尽くされているベランダを眺めた。
「よっと」
 土は大き目のプランターの中へ。
 しんなりと首を垂れたなんだか高そうな花の茎は、別の鉢の中へぎゅぅと詰め込み、割れた欠片は緑生い茂る裏側へこっそりと隠し、これで証拠隠滅完了、と楽しそうな笑みを浮かべる。
「これで姉貴も暫くは気付かないだろ。…おっと、そろそろ興信所に行かないと」
 ぱたぱたと手についた土をズボンに叩き付けて落とし、ふんふんと機嫌よく外へ出て行く成功。
 今日も、良い天気になりそうだった。
「来たぞー。今日はどんなのがあるんだ?」
 興信所の中には、いつ見てもどこか不機嫌そうな顔の所長、武彦がしけた煙草を咥えてソファに座っている。テーブルの上に2つ湯のみが置いてあるところをみると、今しがた客が去って行ったところらしい。
「へー、ちゃんと客が来てるんだな」
「…何が言いたい?」
「べーつに。払いが遅いとか渋いとか、偉い人はふんぞりかえったまま遊びに来た客にお茶も出さないなんて言わないよ」
「…………」
 じろおり。
「なあ、もうクリスマス近いんだしさ、ボーナス付けてよボーナス」
「あのな、この事務所がどういう状況か分かってるのか」
「うん。いつも暇そうだよね」
「分かってるなら…ふう。まあ、いい。それより今日の仕事だがな」
「お、早速だな。どんな仕事なんだ?」
 先程来ていた客の依頼だろうか、そう思いつつ武彦の出した資料に手を伸ばそうとして――

「成功っ!!」

 どばん、と力任せに叩き開けた扉と共に、一陣の黒い風が飛び込んで来た。

*****

「わ、わわわわっ、な、なんで姉貴がこんなトコに!?呼ばれてねえだろ!?」
 風が収まった後には、ふわりと漂う柔らかなシャンプーの香り。
 黒々とした髪と、同じ色の瞳…どこか吸い込まれそうな程の、しなやかな美しさを見せる梅蝶蘭――成功の姉がそこにいた。
 だが、
「あんたまたやったでしょ!私の大事な一輪ものの鉢植えを――しかもあの鉢幾らしたと思ってるの!?」
 当人の、普段ならつやつやとした黒髪は今は怒りのためかふわりと持ち上がり、うねうねとうねりを見せている。
「俺がしたって証拠はどこにあるんだよ。そんな言いがかりを付けると――」
「…ズボンの土の汚れ」
 証拠隠滅は完璧だったと思いつつ食って掛かろうとする成功に、さらりと目を釣り上げつつ言い放つ蝶蘭。
「爪に挟まった土」
 じろっ、と強い視線が成功を射、
「成功のサンダル跡――それにね、成功くらいよ。育て方がまるで違う植物を同じ鉢に詰め込むなんて事をしそうなのはね!」
「ううっ。って言うと思ったのかよ。だいたいだな、そう言う事を言うんだったら俺だって言わせてもらうぞ。ほら、この間俺が大事にしてたコレクション、勝手に捨てたじゃないか」
 むぅ、と顔を赤くした成功が反撃に転ずれば、最初から臨戦態勢だった蝶蘭も負けてはいない。
「大事なものなら部屋に仕舞っておけば良い事でしょう。あんな場所に置いておく方が悪いのよ」
「だったら姉貴のあの鉢だってそうだろ。あんな割れやすいの、風に吹かれたって割れたに決まってる」
「あ、あんたね…自分の非を認めないからいつまでたっても子供っぽいって言われるのよ!」
「何だって!?そ、そっちこそ年に似合わずばばくせえ事ばっかり言いやがって!」
「きぃぃっ、何て事!私はね、あんたたちの姉なんだから年長らしくしてるだけよ!!」
「口うるさいだけだろ!?あーやだやだオバンのヒスってさー」
「――!!!!」
 挑発するようにそっぽを向いた成功の鼻先を、

 ひゅうッ

 金属色の風が、目にも止まらぬ速度で通り抜けて行った。
「っ、な、何しやがるっ」
 それが鋭利な刃物と知った成功が蝶蘭へ向き直り、そしてぴたりと動きを止める。
 すっかり目が座った蝶蘭が、殺気も露に成功へと作りたての剣を突きつけていたのだから。
「おい、お前ら」
「ば…馬鹿じゃねえの!?家族に剣を突きつける姉がどこにいるよ!」
「年長者を敬わない者にはね、力で思い知らせるしかないのよ!」
「おーい。いい加減に…」
 ぶぅんと大振りしたその刃は成功を捉えたかと見えた、が。

 ぱりぃぃん…ッ

「ちッ!姿鏡なんて味な事をするわね」
 刃が当たったのは、成功が咄嗟に作り上げた鏡の中の成功で。
 当然ひび割れた鏡は床の上にきらきらと光りながら散らばって行き、
「おいこらっ、喧嘩するなら外でやれ外で!」
 誰かがそんな事を言っているのが聞こえた気がしたが、2人共対峙する相手の事で精一杯で、注意を払う暇も無く。
「私の剣を大人しく受けなさいッ!」
「じょ、冗談…!誰が、受けてやるもんかあっ」

 そして。
 ほうほうの態で中心部から逃げ出した武彦の頭上には、剣圧で巻き上げられ宙を舞ったソファがあった。

*****

「きょ、今日はこのくらいで勘弁してあげるわ」
「そ、そうだな…俺はまだまだやれるが、姉貴に免じてこれで止めといてやるよ」
 互いにぼさぼさの髪と、ずたぼろになった服、そしてもうもうと舞う埃の中で、肩で息をする2人が互いに負け惜しみを言い合いながら身体を起こす。
「――はー疲れた。って、あれ…」
「……草間さん?どちらにおられるのですか?」
 超局地型台風でも通り抜けたのか、という惨状の中、見当たらない所長の姿を求めてきょろきょろと辺りを見回す2人。その足元から、
「…ここだ」
 ぼそり、と、不機嫌極まりないといった声が響き。
 声の方向に目をやると、仰向けになった身体の上にソファを敷いた状態の武彦が、しけた煙草を口に咥えたまま、天井を睨み付けていた。
「あ、あら…そこにいらしたんですか。…成功、手伝って頂戴」
「おう」
 急ぎソファを持ち上げ、埃まみれの武彦の服をぱたぱたと叩きながらほほ、と蝶蘭が取り繕うように笑い声を上げる。
「申し訳ありません、年甲斐も無くかぁっとなってしまって」
「…だからそう言うところがばばくさいって…痛ッッ!」
「ああ、いいからいいから。また喧嘩になるから、とにかく落ち着け」
 髪のあちこちがぴんぴん跳ねている状態で、憮然とした武彦がそれだけ言い、煙草へ火を付けた。
 ふー…。
 紫煙を吐き出し、それで少し落ち着いたのか、
「成功、お前は依頼はいいから事務所の掃除な」
「ええッ」
 有無を言わさぬ様子でそう言うと、流石に申し訳なさそうな顔をする蝶蘭へ、
「――ガーデニングが趣味か?」
 不意にそんな事を訊ねられて目をぱちくりとさせた後で、こくりと頷く。
「なら、あれの治療を頼む。まあこの事務所には元々縁遠いモノだったが」
 その視線の先には、無残にも切られ焼かれささくれた『金の成る木』の残骸があり。
「文句は?」
 じろりと眺め回された2人が異口同音に「無いです」と言い切ってふるふると首を振り、

 互いに視線を交し合って、ばつが悪そうに小さく笑みを浮かべたのだった。


- 終 -