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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


 応仁治世




 ドアがノックされてから後の話は、唐突な事で、実はよく覚えていない。
 それでも、彼が信用できる人間だという事は、十分に解った。私には”力”が有ったから。
 だから、私は彼に協力する事に決めた。それは、紛れも無く私の意思……。


 朝、今川恵那は学校に行く支度を済ませ、ぼんやりと朝のニュースを見ていた。
 特にニュースの内容に興味が有った訳ではない。彼女は小学四年生だ。それ程社会的な事に関心がある年齢ではない。ただ、学校に行くまではまだ暫く時間があったから、何となくテレビを見て時間を潰していた。
『応仁重工の発表する新型のこの……』
 テレビでは此処、駿河の近くに拠点を構える応仁重工が発表した、最新の機械の発表会の様子がニュースに流れていた。今まで極秘にテストが続けられてきたが、各種確認が終了し、今回の正式発表に繋がったという。
 聞き流しているだけでは良く解らないが、どうも妖魔に一定の対抗能力を持ち、妖魔駆逐や治安維持に期待が注がれている。
「はーい、何方ですか?」
 母親の声が後ろで聞こえた。
 続いて、玄関へ移動するスリッパの足音と、玄関を開く音が聞こえる。
「恵那、御客様よ」
「誰?」
 座っていたソファから腰を上げ、恵那は玄関の方へと顔を出した。
「応仁守幸四郎って……御霊として、恵那に用事が有るそうだけど……」
 母親がやや困ったような顔をむける。
「御霊として?」
「始めまして、応仁守幸四郎と申します」
 自衛隊の軍服を着た若者が、背筋を伸ばし、立っていた。
『応仁グループの広報に拠れば、この新型重工機械のテストを担当したのは、応仁守幸四ろ……』
 付けっぱなしだったテレビの電源を、父親が消した。


「全面支援?」
 恵那は良く解らず、聞き返した。
 少し難しい言い方だったかもしれない、そう思って、幸四郎は再び口を開いた。
「つまり、恵那さんが今行っている活動を、お手伝いさせて頂くという事です」
 彼女は今、御霊として市内で無償で霊的な仕事をこなしていた。彼女自身の力、触れた相手の感情や心を読む能力。そして、自らの感情や意志を相手に伝達する力を用い、妖魔を沈静化する他、時には無理矢理撃退してきた。
 それを、今目の前に居る青年は、応仁グループの意向によって全面バックアップすると言うのである。
「でも、私は……」
 争い事は嫌いなんです……その言葉までは口からは出て来なかった。
 応仁グループに対しては、一般的に余り良いイメージは無い。武器の訓練施設を提供したり、或は武器そのものを設計していたり……要するに、恵那にとって嫌いな、争いごとの一種であった。
 クラスの男子などは、武器と聞けば強そうなイメージから格好良いと言っているが、恵那は基本的に武器が嫌いなのだ。
 その応仁グループが支援すると言った所で、抵抗を感じるのは当然の事だ。
「あくまで、応仁グループが行う事は支援です。メインが恵那さんである事には違い有りません」
 幸四郎はやや迷いながら言葉を口にした。
 あくまで彼女は小学生なのである。さん付けが変ではないかという気がするのだ。だからと言って、ちゃん付け、という訳にもいかない。
「あの……」
「……返事は直ぐでなくても構いません、御両親とも良く相談して御決めになって下さい」
 返答に困る恵那を見て、幸四郎は早々に言葉を切った。忘れてはいけない、彼女はまだ子供なのだ。返事を幾ら急いだ所で、難しい事に直ぐ返事が得られると思わない方が良い。
 幸四郎は最後に右手を差し出した。
 恵那が、やや躊躇いがちに手を握り返す。

 僕は自分の家の事なんて、応仁家の事なんて、信用していない……!

 ゆっくりと手を離す。
 恵那は、手を離してから幸四郎を見上げた。
 幸四郎は既に、恵那ではなく、恵那の両親と挨拶を交わしている。一度だけ恵那を振り向いて確かに微笑んだ。心の中の憤りとは、違った表情だった。
 直ぐにも日は暮れた。
 肌寒い時間を感じながらも、恵那と、彼女の両親は頭をつき合わせて居た。
「どうしたものかな……」
 父親が新しい煙草に火を付ける。
「何で恵那に、こういった力が芽生えたんでしょうね……」
 母親が溜息をつきながら、湯飲みに新しいお茶を注いでいる。
 今までに同様の悩みをしなかったわけではない。ただ、ここまで深刻に悩んだ事は無かったのだ。悩みと言えば、恵那がその力で関知したくも無いものまで、見たり聞いたりしてしまう事くらいだ。それも、最初こそ悩んでいても、恵那も徐々に慣れつつあって、それほど深刻な問題では無くなっていたのだ。
「はァ、俺が代わってやりたいよ」
 父親が煙草の煙を吹かしながら恵那を見た。
 恵那は、自分の膝をじっと見ている。
「大丈夫だと……思う」
 ぽつりと呟き、机の上に掌を広げた。
「私、その財閥とかの事は良く解らない。けど、あの人は信じられる人だと思う……」
 彼の中で押さえ付けられていた、家の方針への疑いや、迷い。その意識は、握られた掌を通じて伝わってきている。
 そして、それらの意識を貫いたその奥には、前を向いた眼が有った。決して、後ろを向いた憤りでも、眼を瞑った憤りでも無い。前を向いていた。
 人によっては、それがただの一面と感じるのみで終わったかもしれない。
 だが、彼女は力を持ち、その力には子供ゆえの一種の信頼を持っていた。それは不安を一回りだけ上回っていて、彼女は判断に迷うときは、そのちからによって見える心の景色によって、相手を信頼するか否か、判断してきた。
 それが、彼女にとっては、彼は偽りを言わない人だという証となる。
「そう……」
 彼女の力と、その言葉の意味が解らない両親では無かった。


 暗い一室、所々廊下を照らす光の漏れる格納庫では、幸四郎が重防護服の重厚な正面を眺めていた。
『この度、応仁グループは駿河近辺で多発する事件に対処する為……』
 応仁グループのスポークスマンが、記者会見で身長に言葉を並べている。御霊である今川恵那の全面支援を中心として、駿河の治安を回復させる。御霊で個別に活動している者が居れば、参集し、この計画に協力して欲しい、と。
 丁寧な言葉や、恵那という小さな子供を全面に出す事で、それは、巧妙にカモフラージュされていた。
 治安を乱す存在を排除する。つまり、対象を限定した訳ではない。彼女を偶像として持ち上げる事で、この宣伝には一種一方的な言葉が込められていた。

 協力せよ、さもなくば敵だ……と。

 彼女はそんな荒事を承知しないだろうが、所詮は子供、裏で事を済ませ、報告だけは何とでも出来るだろう。触れられさえしなければ、心さえ読まれなければ。上層部はそう考えているに違いなかった。
 巧妙な宣伝だ。彼はそう思わざるを得なかった。
 その彼とて、上層部から少なからず言葉を聞き、最初から疑っているからこそ、それに気が付いたのだ。
 一種のニュースとして世間に流布され、それをニュースとして聞いている限り、一般社会のどれだけの人が気付くだろうか。
 彼は、小さく溜息を付きながら、重防護服の胸部に触れた。
 胸部の曲線を、ゆったりとなぞる。
 曲線が多用されつつも兵器らしい無骨さを備えたそれは、所々の外壁を整備の為に開いたまま、何ら語ることなく、静かに鎮座する。やはり……幾ら霊的な要素を備えるといったところで、兵器であった。
 何ら飾り気の無い外見からは、良く言えば機能美、悪く言えば純粋に戦う為の”武具”である事しか伝わらない。
 やはりこれは兵器であって、兵器である以上は、争う以上のことを追求しないのか。
 この先この機体の能力に一定の信頼が置けるようになれば、一般人向けに量産を開始すると言う。
 しかし、人より一回り大きなサイズの重防護服は、量産するとしても決して安くならない。
 確かに一般人が、僅かながらでも階や妖魔に対抗出来たとすれば、それは非常に有用になるだろう。だが、それは御霊にも危害を加える事が出来ると言う意味だ。
 しかも上層部は、決して一般販売する予定は無さそうだ……本来販売相手であった筈の政府は沈黙状態。
 一体何処とこれを取引すると言うのだ。まさか、デモンストレーションの為では有るまい。今回のように治安回復に使用するとしても、そうしてテストを重ねて、結果、何処に売るというのか。
(まさか、自分達で?)
 今心の中で口にしたように、まさか、とは思う。
 だが実際に疑惑が頭に浮かべば、留まる所を知らなかった。有り得ない話ではない。だとすれば、本来貴重である御霊の戦闘能力が、極めて限定的とは言え、資金の力によって得る事が出来ると言う意味だ。
 決して愉しい気分にはなれない。
 この目の前に座する重防護服は、新たな争いの火種なのではないか?
「……こんな事、聞かせられないな」
 腕を組み、眼を閉じる。
 疑惑は疑惑でしかないが、彼は、決して応仁と言う名の自らの家を信用していない。となれば、彼にとっては疑惑以上の存在と成り得る。
(今は悩んでも仕方ない、か……)
 開かれる彼自身の手から、紙が滑り落ちた。つつじの花が描かれた小さな紙だ。
 それこそが彼女、今川恵那との約束の証。決して争う為の支援では無い、その事の証だった。
 彼女自身がデザインし、差し出したその小さな絵は、丁寧に一生懸命に描かれて生命を吹き込まれていた。これが意味する、争う為ではない、争わない為の協力が果たして出来るだろうというのだろうか。
 その保障は、一切無かった。


 闇夜に照らし出されて、それは歩みを進める。
 応仁重工製、重防護服。そう呼ばれるその物体は、数歩歩いて歩みを止めた。
 夜空を見上げるその胸には、つつじの花が開かれていた。




 ― 終 ―