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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


矛盾書庫
 ●宵闇ノ路地
 「彼女に手助けをしてあげてください。」
 そう言って依頼を告げると、青年は草間興信所から出た。
 いつしか日が暮れ、興信所の前の通りは街燈の灯りが照らす場所を除き、全ておとずれた闇に飲まれている。
 「かの書庫は人がつくりし物にあらず。」
 青年の服は、上下全てが黒の一色。闇と同じ色。
 「書庫のモノタチはすべてヒトに魅入ってしまったセイの成れの果て――」
 街燈の照らさない場所で、その姿は闇に飲まれ……無い。
 「全ての事を知りながらも、自分の事を『ある』としてくれる物の前で無ければ、その姿を現す事はできない……」
 闇よりもなお濃く、夜よりもなお深い色の宵闇の「ローブ」の裾をはためかせながら、青年は行き止まりの筈の路地へと入っていく。
 「さて……今回の役者達は、彼女とどのように接するのでしょうね………。」
 路地に、呟きだけが残った。
 

 ●Under Ground
 「――と言うわけだ。引き受けてもらえるか? 」
 「モチロン。報酬ノ振込み先ハいつもト同ジデ。」
 草間からかかってきた依頼の電話に二つ返事でうなずくと、ジュジュ・ミュージーはすぐに区役所の電話番号を押した。
 「はい。こちらは新宿区役所――。」
 受付らしい男の声が受話器の向こう側から聞こえた瞬間、ジュジュは電話回線に載せたデーモンを相手に送り込む。
 「――――。」
 デーモンが相手の脳へと忍び込む確かな手応えと共に、ジュジュの視界が二重になる。
 混乱を避ける為に自分の目を閉じ、電話相手の視界のみに意識を移す――と、一瞬の後に『自分』の前に置かれた一台のパソコンが目に入る。
 持っていた受話器をを肩と頬で挟み、パソコンを扱う。調べるのは暮居凪威と言う女性の詳細な情報。顔写真も無いと言う、今のような状態では矛盾書庫とやらに行っても彼女を見つけることは困難を極める。
 「これネ……暮居・凪威21歳女性大学生……。」
 やりやすい世の中になったものだ。IT化だかなんだか知らないが、これほどセキュリティの甘い場所に住民の個人情報を集めるようになっているのだから。
 もっとも、極論を言ってしまえば、想定のできない事にはまったく対処が出来ないシステムしか作る事のできない行政全体がはなから問題ばかりだ、と言う事になるが。
 「マ、ミーとしてハやりやすイケレド……ヨット。」
 住民票として収められていた暮居凪威の顔写真を頭に叩き込むと、ジュジュはデーモンを戻して電話を切る。
 「次ハ……。」
 呟くと、ジュジュは予定の行動へと移った。



 草間から聞いた知識の他に、ジュジュが裏社会や高峰沙耶から仕入れる事の出来た情報は以下の通りとなった。
 まず、暮居は大学生の傍ら怪異記録師と言う職業――都市に伝わる様々な怪異を調べ、それが悪意ある者であった場合それを封印する――につき、活動を行っている事。
 次に、彼女がそちらの仕事で動く時、傍らには黒衣を身に纏った青年―おそらく依頼人だろう―が立ち、サポートをしている事。
 そして、矛盾書庫に行く時はそこにそれがある事を意識していなければならない、と言う事。
 「サテ、行きますカ――。」
 自分の公にしていない力を使う為のソレ―拡声器をバックパックにしまい、ジュジュは矛盾書庫に向け歩み始めた。


 ●矛盾スル書庫

 住宅街の中にいつからか建てられていたその建物――矛盾書庫の前に立ち、誰が声をかけた訳でもなく自然と集まった面々は目の前の建物に強烈な違和感を感じずにはいられなかった。
 現実に存在しているにも関わらず。自分たちの目の前に存在しているにも関わらず。異常なほどに薄いその存在感。辺りの住宅とはかけ離れたような外装―中世ヨーロッパの邸宅のような、とでも言えばいいだろうか―をしたこの建物に全く気がつかないように人々は通り過ぎていく。
 今この場所に集まった者達でも、これがここにある、と言う事を教えられていなければ、この違和感にも気がつかずに通り過ぎてしまったかもしれない。
 誰からとも無く頷き合い、一行は矛盾書庫の中へと足を踏み入れる。

 ―ギッ……―

 軋んだ音をたてながらスムーズに動くドア。それをくぐった次の瞬間。全員の目に明らかに広すぎる空間と、その空間全てを埋め尽くさんとするかのような本棚の列が目に入った。
 「っと、待って。」
 歩き出そうとする者達をシュライン・エマは声をかけて止めた。
 「『出口を探そうとしても見つけ出す事が出来ない』、そうだったわね。」
 誰にとでもなく言うと、エマは持ってきていた釣り糸の端をドアの取っ手に結びつける。
 「こうやってしておけば、これを辿って帰ってくることが出来るわ。」
 もし、この釣り糸が届かないほど奥に行くのだったら、その時は『入り口からその場所まで』の知識が書かれた本を探せば入り口まで帰ってくることはできるはず。エマがそう言うと、幾島・壮司が遮るように口を挟む。
 「そこまでする必要は無い。その時は、俺が入り口まで『観る』さ。透視は出来るようだからな。」
 サングラスをずらして言う壮司の視界には、骨組みばかりとなった世界が映し出されていた。
 「それじゃ、釣り糸が届かなかったらあんたに頼る、と言う事にしましょう。」
 エマがそう言うと、壮司は前を向きながら頷いた。



 透視で問題の女性らしき人物を見つけた、と言う壮司の言葉に従って一行の耳に静かな音が届いた。

 ――バサッ……バサッ…――

 何かを落すような音。だんだんと大きくなる音にそれが目標のたてられた音だと全員が確信して進む。そして―

 ――バサッ――

 「………これは、違う。これも……」
 「―――! 」
 目の前に現れた女性の姿に、息を呑んだ。先だって顔写真を手に入れていたジュジュ・ミュージーの話していたそれからすると、風貌が変わりすぎているのだ。もし、普通の人間が突然ここまで自分の顔が変わってしまったら、その事に耐え切れずに首を吊りかねないだろう。
 「……………違う……思い出したいことはこれじゃあない……」

 ――バサッ――

 いつからこうしているのか。一週間前からこの場所に入ったにしてはあり得ない程に頬はやつれ、服は埃にまみれている。
 「……違う……」
 精気の無い虚ろな瞳で追っていた書が目的と違った物であると見ると、一言呟きながら手を放し、床に乱雑に積み上げられた本の一冊に加えようとする。
 「っと。キミ、大丈夫? 」
 落ちていく一冊の本が、一瞬早く我に返った綾和泉・汐耶が横から伸ばした手に受け止められる。
 「……誰? 」
 その呼びかけではじめて気が付いたのか、ゆるり…と幽鬼じみた動きで暮居が振り返った。
 「私は見つけなくちゃいけない。思い出さなくちゃいけない。忘れている事。覚えている、知っている事なのに思い出せない事。見つけないと私は私でいられない。私が忘れちゃいけないことなのだから。私が絶対に覚えていなくちゃいけないことなのだから。」
 目の前の人間を視界に入れながらも、決してそれを『見』ず、何かに憑かれたように言葉を紡ぐ。
 「貴方は誰? 私に教えてくれる人? 私が忘れていた事を何か言ってくれる人……? 」
 ゆらり、と立ち上がる暮居。それを見て、海原みなもが優しい笑みを浮かべながら、彼女に声をかける。
 「私達は暮居さんのお手伝いに来た者達ですよ。」
 「お手伝い……? 」
 「そう、こんな声の持ち主に依頼されてね。」
 不思議そうな顔をする暮居に、シュライン・エマが仕事中に聞き取った黒衣の青年の声を声帯模写する。
 『彼女は思いつめやすい性格をしていたので……。』
 「…その声は……くりす?? なんで……。」
 「なんで、なんて言われてもな。心配されていたって事だろう? それよりも、だ……。」
 ぶっきらぼうな口調で言うと壮司は、顔にかけた黒いサングラスをずらし、その下の全てを見通そうとでもするような『左眼』で彼女を見る。
 「その記憶。危険なものじゃないだろうな? もしそうなら、強引にでも俺はあんたを連れてここから出る。」
 「……私が私としている為に大切な事。危険なんかじゃ……ない。」
 危険か否かを判断するのは本人には困難な事。まして、それ自体を思い出せないのであれば、誰にもその事が危険であるかどうかなど判断できないだろう。
 暮居その言葉を聞くと、用が済むまで俺は暇を潰している、とだけ言い残して壮司は近くの本棚に歩きさって行った。
 「それじゃ、覚悟はあるかい? 」
 壮司が歩いていくのを呆けたように見送る暮居。そこに汐耶がそんな声をかける。
 「キミが思い出せないそれは、いいものだか悪いものだか全く分からない。思い出したらどうなるか、なんて私達には想像もできない。それでもキミは知りたい? 」
 「……知りたいです。」
 機械のように不自然に、だがしっかりと自分の意思で暮居はその問いに頷いた。

 

 「ここの本に頼るだけ、じゃ見つけられなれないようだね。」
 「やはり、知ってても覚えていないのなら『知らない』事になってしまうのでしょうか……。」
 「誰が作ったんだか知らないけれど、もうちょっと融通の聞く物にならなかったのかね。」
 「仕方ありません。それでは、暮居さん自身に聞く事としましょうか……。」
 「本にこっちの事を書き込んでみても、なんでだか知らないけど書いた端から文字が消えてしまってはね。」
 「封印された物だったら私の力が使える。彼女自身に聞くのも悪く無いだろう。」
 しばらくして、エマ、みなも、汐那の三人はそんな事を口々に言って、それまで本に向けていた手を休め、来た時と同じように本に眼を通している暮居へと視線を送る。
 「暮居さん。」
 「…………はい? 」
 先ほど離れた時よりも更に憔悴した表情でみなもに振りかえる暮居。その姿からはもはや元気だった頃の姿を想像することはできない。
 「少し、私と昔話をしませんか? 」
 「昔話……? 」
 「えぇ、そこから暮居さんの『昔の大切なこと』を思い出していただこうと思いまして。」
 「なるほ……」
 「ヘイ、ソレならミーに任せるのデス」
 暮居の言葉に割り込むように、手に持った拡声器を彼女に向けながらジュジュが顔を出す。
 何故拡声器? と、そんな事を他のものが思った瞬間。
 「―――――――――――――っ?! 」
 辺りに、暮居の声なき絶叫が響き渡った。

 ●見エル過去
 「ナギイ、幽霊が見えるって本当? 」
 声を聞いてナギイが下に向けられていた視線を上げると、こちらを覗き込むようにしているクラスメイトの女の子と目が合う。
 「…………。」
 黙って頷くナギイ。それを見て、女の子は
 「凄いね! 今度、見せて! 幽霊! 」
 と嬉しそうに叫んだ。
 「……■■さんには、見えない。」
 「えー? なんでー? 」
 そんなに明るそうに振る舞っておいて。幽霊が嫌うような明るい声を出しておいて。そう口を利くか。
 「見えないから、見えない。」
 「むー……じゃ、一緒にあそぼ! 」
 「え? 」
 意地悪に言った言葉にそんな声が返り、強く引っ張り起こされる。
 「みんなー! 」

 時が飛ぶ

 「なんで? 」
 昔の事を思い出し、ナギイは横に立つ友達に話しかける。
 「んー。なんか、寂しそうだったから。」
 「寂しそう……? 」
 「一人ぼっちで、樹のそばに蹲って。寂しそうだったから、つい」
 赤い舌を小さく出した顔を向ける友人。それを見た瞬間、ナギイの顔が真っ赤に染まった。
 「そんな事、無かった。」
 「あはは、それじゃそう言うことにしとこ! 」
 遠くを見ながらナギイが言うと、友人は明るい笑い声をあげる。
 「……はぁ。」
 「ダメダメ、ナギイも笑う笑う! 」
 おもわずため息をつくと、満面の笑みを浮かべてこちらに手を伸ばす友人。
 「なー!? 」

 時が飛ぶ

 「うわあああああああああああああああああっ!? 」
 「■■っ! 」
 いつも通りの帰り道。
 いつも通りの夕暮れ。
 いつも通り見えていた『彼ら』。
 いつもとは違う、真っ赤な影。
 「ナ、ギイたす……にげ、て!! 」
 助けなくては、そう思った瞬間。友人はナギイにそう告げる。
 ナギイを捕まえる為に餌として捕えられた友人は、自分に向けて逃げろ、と言う。
 自分のせいで彼女は捕まったのに。
 自分にあぁ言った物が引き寄せられるから彼女は捕まったのに。
 助けて欲しい、と心の底から叫べばいい一般人なのに。
 「■■ーーーーっ! 」
 目の前に、長い髪をした背の高い女の人と、真っ黒い服を着た男の人が立った。

 時が飛ぶ

 「私のせいで彼女は襲われた。私が気をつけなかったせいで彼女が侵された。私が助けられなかったせいで彼女は人を踏み外した。」
 暮居は視線を動かし、そこに立っていたジュジュを見る。
 「貴女のおかげで思い出せました。礼を言います。」
 それまでの呆けた表情からは全く想像できない明るい笑みが、暮居の顔には浮かんでいた。

 ●書庫ノ外デ
 「皆さん……ご心配を、おかけいたしました。」
 再び壮司の先導に従い、矛盾書庫の外に出たところで、彼らに暮居がぽつり、と呟くようにそう礼を告げた。
 「大丈夫ですか? まだかなり疲れているようですが……。」
 「何も食べていなかったから、ですよ。集中しているとかなり負担がかかってしまうので……。」
 心配そうに見つめるみなもに、暮居は苦笑を浮かべる。
 「それよりも……貴方は大丈夫ですか? 」
 「…俺か? あぁ、少し変なものを見せられただけだ。気にする事は無い。」
 戻ってくる途中、どこか辛そうな表情を浮かべていた壮司は暮居のかける言葉にそうとだけ答えた。
 「そうですか……みなさん、本当にありがとうございました。」
 徐々に憔悴をしていた表情から、事前に知らされていたようなやや冷たい表情へ戻しながら、暮居は一礼をする。
 「皆さんの事は、しっかりと『記憶』させて頂きました。この礼はいつかしっかりとさせて頂きます。」
 それでは、と言って、暮居は歩き去っていった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
 0585 / ジュジュ・ミュージー / 女性 / 21歳 / デーモン使いの何でも屋
 1252 / 海原・みなも / 女性 / 13歳 / 中学生
 1449 / 綾和泉・汐耶 / 女性 / 23歳 / 都立図書館司書
 3950 / 幾島・壮司 / 男性 / 21歳 / 浪人生兼観定屋


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■         ライター通信          ■
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藍乃字です。
遅れてしまい、本当に申し訳ありません。
今後はこのような事が無いように精一杯努力させて頂きます。
なお、今回出てきた二人のNPCは、今後も登場をさせる予定のNPCなので、よろしければ覚えていてあげてください。

それでは、今後ともよろしくお願い致します。