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<東京怪談・PCゲームノベル>


ひとやすみ。


 いつもは慌しくしている司令室も、今日は穏やかだった。
 早畝はナガレとともに備え付けのテレビを見ているし、斎月は自分に与えられたデスクで煙草を咥えながら新聞に目を通している。
 槻哉はいつもどおりに中心のデスクに座りながら、パソコンを弄っていた。
 今日の特捜部には、仕事が無いらしい。
 事件が無いのはいい事なのだが…彼らは暇を持て余しているようにも、見える。
「早畝、お前学校は?」
「創立記念日で休みって、昨日言ったじゃん」
 斎月が新聞から顔をのぞかせながらそんなことを言うと、早畝は彼に背を向けたままで、返事を返してくる。
 見ているテレビの内容が面白いのか、会話はそのまま途切れた。
「……………」
 そこでまた、沈黙が訪れた。
 聞こえるのはテレビの音と、槻哉が黙々とキーボードを叩く音のみ。
 穏やかだと言えば、穏やかなのだが。
 何か、欠落しているような。
 それは、その場にいる者たちが全員感じていること。
 それだけ、普段が忙しいということだ。今まで、こんな風に時間を過ごしてきたことなど、あまり無かったから。
「たまにはこういう日もあって、いいだろう」
 そう言う槻哉も、その手が止まらないのは、落ち着かないから。
 秘書が運んできてくれたお茶も、これで三杯目だ。

 今日はこのまま、何も起こらずに終わるのだろうか。
 そんな事をそれぞれに思いながら、四人はその場を動かずに、いた。



「………すっかり寒くなったな…」
 首に暖かそうなマフラーを巻きつけ、独り言を漏らして歩いているのは、槻哉だった。
 いい加減、沈黙の続く司令室内が息苦しくなったのか、早畝達に適当な理由をつけ、表に出てきたのだ。
 ロングコートの端が、ひらりと風に乗った。視線が自然とその先へと向き顔を向けると、見覚えがある人影が瞳に入ってくる。
「あれは……」
 遠目でも目立つ、瑠璃色の髪。その彼が何かチラシのような紙を手に、その場で佇んでいた。道にでも迷っているのだろうか。数回辺りを見回しては、また手にしている紙へと視線を落としている。
「…芹沢くん」
 槻哉はその人物へと歩みを進め、声の届く位置で、彼の名を呼んだ。
「………え、槻哉さん!?」
 声をかけられた人物――青は、体中で驚きを表現していた。まさか声をかけられるとは…否、こんなところにいるとは思いもしなかったのだろう。青の中での槻哉のイメージと言えば、いつも司令室の奥で難しそうな顔をしている、と言った感じだからだ。
「偶然だね、こんなところで会うなんて……コンタクトレンズ、かい?」
 青のそんな態度にも笑顔を崩すことも無く、槻哉は再び口を開き、そして彼の持っていた紙へと視線を下げた。
 それはコンタクトレンズを販売している店の、広告チラシだった。そして青が目にしていたのは、カラーコンタクトらしい。チラシは半分に折られ、その部分だけが見えるようになっていた。
「…あ、はい…その、眼鏡屋とかって初めてなんですけど…どうしても必要になって」
 そう言う青は、何故か伏目がちのままだった。槻哉はそれに、僅かだが首をかしげた。
「あ、あの…今日は、お仕事で…? えっと、ナガレ、その後何ともなかったですか? 大丈夫だって言ってたけど派手に飛ばしちゃったし…」
 まるで何かを隠しているかのような仕草と、言葉。
 槻哉はふぅ、と軽く溜息を吐きながら、また笑顔を作った。
「今日は仕事が入らなくてね…息抜きと称しての散歩の途中だったんだ。ナガレも元気で日々を過ごしているよ。
 …ところで、芹沢くん?」
「はい…え?」
 流れるような言葉の後に。
 槻哉の右手が、青の顎に触れた。
 それに驚き、青が顔を上げる。視線の先には、槻哉の優しい笑顔。一瞬、その笑顔に気を取られてしまったが、青はまた慌てて視線をそらした。
 見破られている、と思った。
 槻哉には、出会った頃から何かと自分の何かを見透かされているように思えて仕方が無い。実際、槻哉はその瞳と言葉に力を持つ能力者だ。嘘は、つけない。
「……この目の色は、…自前です。力を使うと、この色になるんです。それが、どうやっても元に戻らなくて。それで、カラコンでもいれて、誤魔化そうかと…」
 ゆっくりと、口を開き。
 青は槻哉に、そう語る。今、彼の瞳の色は普段の青褐色ではなく、鮮やかな群青色のままになっているのだ。チラシを片手にウロウロしていたのも、戸惑いがあっての事なのだろう。
「そうか…そのままだと、色々と都合も悪くなるんだね? 一概に、『綺麗な色』で片付けられるような問題でも無さそうだ」
「……………」
 青の肩に手を置きながら、槻哉は笑顔を崩すことは無い。
 その笑顔を見ていると、僅かながらも安心感がじわじわ広がっていくのを、青は心の奥で感じ取っていた。
「僕でよければ付き合うよ。この先に、僕の知り合いが経営している店がある。そこで相談してみよう」
「…え、いいんですか…?」
 槻哉は青の言葉に『もちろんだよ』と繋げながら、コートの内ポケットから携帯を取り出し、それを耳へと持っていく。どうやら、その知り合いへと連絡を取るようだ。
 そんな槻哉を、青は不思議な感覚で見つめていた。そして、この人物はかなりの上手だ、と思ってみたりもする。どこをどう見ても、隙も無ければ抜け目も無い。そうでなければ、特捜の司令官など、務まらないのだろうが…。
「…連絡ついたから、行ってみようか?」
「は、はい…」
 早々に相手先と会話を済ませた槻哉が、青に再び視線をやり、ゆっくりと背中を押す。
 槻哉のペースに嵌ってしまった青は、そのまま彼に連れられ、コンタクトを合わせにと足を運んだ。



「うん、いいんじゃないかな。それくらいのほうがわざとらしく無くていい」
 茶色のコンタクトを入れた青の瞳に、槻哉が飛び込んでくる。セピア色の世界の中で見る彼は、少しだけ違うように、見えた。
「違和感は無いかい?」
「あ、はい。大丈夫です」
 そう言われ、青は鏡へと視線を戻して、数回瞬きをした。もっと違和感のあるものだと思っていたのだろうか。実際つけてみての彼の表情は、つける前の固いものとはかけ離れたものになっている。
「じゃあこれはこのままつけておこうか。慣れたほうがいいだろう?」
「はい……え?」
 槻哉が笑いながら再び語りかけてきたのでそれに視線を流すと、彼は自分の財布を取り出し、会計へとカードを差し出しているところだった。青は慌てて、腰を下ろしていた椅子から体を離し、立ち上がる。
「あ、あの…っ」
「…………………」
 槻哉をとめようと言葉を投げかけた途端、彼は青を見ながら自分の口元に人差し指をあてた。ここは黙っていろ、と言っているらしい。
 青はそのまま、その場で口をパクパクさせているのだが、槻哉はお構いなしで素早く会計をすましていた。
「さぁ芹沢くん、出ようか」
「あ、あの…槻哉さん……」
 槻哉は青の上着を彼に手渡しながら、にっこりと笑った。その際、コンタクトが入っていると思われる紙袋も一緒に手渡し、軽くウィンクしてみせる。
 青は完全に槻哉に流されている形となってしまい、それ以上を何も言えずに、黙って彼についてその店をあとにした。
「この後、予定は? …そういえば君、まだ学生だったよね」
「あ、ええと……その…」
 店を出て数メートル歩いた後で、槻哉が思い出したかのように、そう話を切り出してきた。青は思わず彼の視線をそらして、返答に困る。
 つまり彼は、学校をサボって街中までやってきているのだ。
 暫く口篭っていると、くすりと笑った槻哉が『わかったよ』と言い、肩をぽんぽん、と叩いてきた。
「…そうだね、じゃあ後少しだけ僕に付き合ってもらおうかな。…大丈夫、学校突き出すとかそういう事はしないからね」
「はぁ…」
 腕時計を見ながら。
 槻哉は困った表情をしている青を安心させるために、そんなことを言う。
「何か軽く食べに行こう。実は僕、昼を抜いていてね」
 彼が再び歩き出したので、青もそれに従い、先へと進む。北風が、悪戯に頬を掠るのに、眉を歪ませながら。
 それから数分歩いた先に、小さな喫茶店があった。
「ここのセットメニューが美味しくてね」
 そう言う槻哉は、度々この店へと通っているらしい。『早畝たちには内緒だよ』と後付するあたり、彼の隠れた癒しの場、と言ったところであろうか。
 喫茶店に着いてからも、槻哉は青に『好きなものを頼むといい』と笑顔で言った。
 ここまでくると、もうどうしようもない。
 青は素直にそれに従い、メニューに目を通して、トーストとサラダのセットを注文した。


 表を見れば、風に乗って枯葉が舞っている。もうその殆どが姿を消しかけている中で、最後まで枝にしがみ付いていた物なのだろう。
「ああいうものに、強さを感じたりもするんだよ」
 そういうのは、食後のコーヒーを味わっている槻哉だった。どうやら青と同じものに目が行っていたらしい。
「自然の力というのは、未知なものだけど…僕達より、ずっとずっと強いものを持っている。感情を、持ち合わせていないからなのかな…」
 言葉を繋げる槻哉のそれは独り言のようにも、思えた。青はじっと槻哉を見つめて、黙ったままでいる。
 ぽつぽつ、とゆっくりと自分の思うことを話す槻哉は、司令室にいる彼とはまた違って見えた。ある意味、これが本当の『槻哉・ラルフォード』なのだろうか、と思ってみたりもする。小さな希望や理想。そして仕事の愚痴なんかも、その口から零れたりしている。
「……なんか、意外です。槻哉さんて、完璧な人かと思ってた…」
「僕だって人間だからね、失敗も少なくは無いんだよ。恥ずかしい話だけどね」
 ティーカップを持ちながら漏れた言葉は、心の中で思っていたことがそのまま音を作り上げ、槻哉の元へと届いてしまった。青は焦りを見せたが、槻哉は笑いながら、すぐにそう返事をする。
「…あの場では、そう見えても仕方ないだろう。僕は『完璧』でなくては、ならない存在だからね…」
「………………」
 青は率直に、それは、何かが間違っているように思えた。しかし、口にすることは出来なかった。自分がそこまで、足を踏み入れて言い訳でもないと判断したからだ。
 彼らには彼らの決まりごとや、問題がある。それは本人達で、解決していくしか無いと言う事は、自分が良く知っている事だ。
「何だか暗い雰囲気になってしまったね。…そろそろ出ようか」
「あ、はい」
 僅かな沈黙の後。
 目の前の槻哉は何かに弾かれた様に、小さく表情を跳ねさせて、青にそう言った。それは、スイッチのようなもの。
 もうそこには、先ほどまでの槻哉はいなかった。
 
「あの、今日は何か付き合わせちゃってすいませんでした。コンタクトどころか、食事まで奢って貰っちゃって…」
「いいんだよ。良い生き抜きすることが出来たし…それに、付き合わせてしまったのは、僕のほうだ」
 喫茶店を出て、大通りへと進んだ後は、二人は別方向へと帰ると解り、その場で足を止める。
「…また、いつでも遊びに来るといい。早畝も喜ぶだろう」
「はい、有難うございます」
 槻哉の言葉に、青はコクリと頷く。そして僅かな時間であるが、彼は槻哉に笑顔を作り上げてみせた。
 それをしっかりと目に留めた槻哉は、とても嬉しそうに微笑み返してくれた。
 そして二人は、そこで別れを告げる。
 青は自分の戻るべき場所へ、槻哉は皆の待つ特捜本部へと。
 お互いに、色々なものを得たと思いながら。

 特捜部へと戻る途中に。
 槻哉はケーキ屋へと立ち寄り、早畝が好きそうなケーキをホールで注文し、それを手土産にしていったのだった。





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            登場人物 
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】

【2259 : 芹沢・青 : 男性 : 16歳 : 高校生+半鬼+便利屋のバイト】

【NPC : 槻哉】

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           ライター通信           
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 ライターの桐岬です。今回は『ひとやすみ』へのご参加、ありがとうございました。

 芹沢・青さま
 毎度ご参加有難うございます。槻哉をご使命とは、プレイングを頂いた時に驚いてしまいました(笑)。
 でも、普段は彼を殆ど動かせませんので、選んで頂けて嬉しかったです。有難うございます。
 青くんは楽しい時間を過ごすことが出来たでしょうか。
 槻哉も早畝同様に、青くんが気に入っているようですね。彼は皆平等に、ああいう態度を取りたがるので、誤解を生んでしまうかもしれないのですが…(苦笑)。
 少しでも楽しんでいただけましたら、嬉しいです。

 ご感想など、聞かせていただけると幸いです。今後の参考にさせていただきます。
 今回は本当に有難うございました。

 誤字脱字が有りました場合、申し訳有りません。

 桐岬 美沖。