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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


□■□■ わたしをさがして。<<前編>> ■□■□



「ねぇ貴方、私の死体を探してくれないかしら」

 逢魔が時、黄昏時。夕焼けで照らされた道の真ん中に佇む少女は、そう、言葉を掛けた。
 見も知らぬ少女である。年の頃は高校生程度か、神聖都学園高等部の制服に身を包んでいる。髪は黒く、長い。声に抑揚は無く、少し虚ろな眼がぼんやりとこちらを向いていた。

「私、ちょっと前に自殺したのだけれど、死体が見付かってなくて。弔ってもらわないと悪霊か地縛霊になっちゃうんですって。だから探して欲しいの、私の死体――多分、学校のどこかにあると思うから」

 少女は淡々と呟く。
 夕日が赤いのに、その顔は青白い。
 染められる様子はまるで無い。

「ショックの所為なのか、何処で死んだのか判らないの。ううん、学校で、多分飛び降りたんだと思うんだけど――その後に死体がどこに行ったのか、判らない。見付かってない理由も、今どこに居る――ある、のかも」

 死体。
 この少女の。
 少し、ぞっとしない。

「お願い。私が見えるから立ち止まっているんでしょう。私を見ているんでしょう。そうそう私の姿って見止めてもらえるものじゃないの。それにあの学校は広すぎるから、とにかく手伝ってもらわないとどうしようも出来ないの――お願い、探して。私の死体を捜すの、手伝って。お願いだから」

 そんなこと言われても。
 そんなこと言われたら。
 断り辛くて仕方が無い。
 そんな眼で、見られたら。

「手伝って、くれるわよね?」

 まったく。
 仕方ないな。
 本当、仕方ない。

■□■□■

「あら、シオンさんに――壮司くん? どうしたの、こんなところで」

 夜。
 まばらな街灯が照らす並木道の中、パンプスを鳴らしながら足を進めていたシュライン・エマは、前方の闇に見知った人影を見付け声を掛ける。振り返った二人はやはり、予想通りの人物だった。少し驚いた顔をしてみせたシオン・レ・ハイと幾島壮司は、それぞれ小さく頭を下げたり手を上げたりと挨拶をする。

「シュラインさんこそ、って聞くのも野暮か」
「そうですね、彼女もずいぶん切羽詰っていたでしょうから――手当たり次第に素質のありそうな人に声を掛けたんでしょう」
「と、いう事は……貴方達も彼女に声を掛けられたクチ、というわけね」
「でなきゃ来ねぇよ、こんなトコ」

 言って壮司は並木道の、裸木になってしまった桜を見渡した。春には一斉に花を付け、新入生を迎えるのだろう。新入生――そう、ここは学校だった。正確にはそこに続く幾つもの道の一つ、だが。
 神聖都学園のように巨大な学園ともなれば、通学用の道は幾通りにも用意されていた。現在三人が歩いているのは、そのうちの一本である。夜、学校に続く道を歩く大人。それはどこまでも不自然だったが、互いに理由を問うことなく三人は進んでいた。見え始めた高等部の校舎は、ゆったりと彼らを待っている。

■□■□■

「ういー……っと」

 ぁふ、と疲労による睡眠欲が漏らした欠伸を逃がし、草摩色は軽く肩を回した。部活動に精を出すのは楽しいのだが、いかんせん張り切ってしまうと体力が持たない。いざ帰ろうという段階になると、眠気が邪魔をしてしまうのだ。このまま自転車にでも乗ったら確実に交通事故だ――ああ、と、色は小さく声を漏らした。
 今日は、真っ直ぐに帰るわけには行かないのだった。否、別段調査があるわけではない、それは学校での拘束時間中にノルマを果たしている。ここから先は、自分の野暮用である。

「えっと……高等部の校舎ってどっち、だったっけなー?」

 外に出れば、校舎の黒い影が身体中を圧迫してくる。巨大な学園は、同時に巨大な檻という印象も与えた。一貫教育を採用するのは構わないが、こんな曰くつきの土地に、こんな巨大な建造物を出現させるのは――ある種の悪趣味ではないか。そんな事を思いながら、彼は中等部の校舎を見上げる。まばらに残業教師の部屋に灯された明かりが、どこか怪物の眼のように光っていた。

「ああ、すみません」
「へ?」

 声を掛けられ、色はきょろりと辺りを見回す。だが相手は見えない。どこだろう、子供の声ではない、ある程度の年嵩の男声――教師か誰かか。人の気配には気付かなかったし、こんな時間まで残っている人間も少ないだろうと思ったはずなのだが。

「こちらです、こちら」
「どちらだよ、おいー?」
「ですから、上です」
「上?」

 くん、と色は視線を上げた。
 そこには、片手に白木の棒を、もう片手に黒い帳面を持った巨体の男が浮かんでいた。

「つかぬ事をお伺いしますが、高等部の校舎はどちらでしょう? こう広いと迷ってしまいまして」
「……あー。俺も行く途中だから、一緒に行く……?」
「それは助かります。あ、僕は彼瀬蔵人と言いまして、死神をしております」

 にっこりと、男は笑って見せた。

■□■□■

 神聖都学園高等部の校舎前、生徒用第一玄関の前で、少女は膝を抱えて座っていた。
 合流した五人をそれぞれに見上げ、結局俯く。苦笑したシュラインは少し身体を屈ませ、彼女の眼線を捕まえた。しかしそれもすぐに逸らされる。壮司は夜でも外さないサングラスを軽く指で押し上げ、溜息を吐いた。

「なぁ、取り敢えず名前から教えてくんないか?」
「……名前」
「そ。俺は色な、ちゃんと自己紹介しただろ。次は、あんたの番。大体名前も判んないんじゃ呼びようがねーよ」
「そうですね、それだけでも教えてもらえれば、僕も色々確認が取れますから。この帳面、死者名簿になっているんです――あなたが『本当に』亡くなっているのかも判りますよ」

 蔵人の言葉に、ああ、とシオンが頷いた。

「なるほど、死んでいると思い込んでいる可能性――ですか。本当はまだ仮死状態か何かで病院にいる状態かもしれないと、そういうことですね?」
「はい。飛び降りらしいですが、ここは木立も多いですから、どこかに引っ掛かって一命を――」
「死んだ、わ」

 ぽつんと少女は漏らす。その言葉は重く、重力に逆らう加速度すら持つように落ちた。
 沈黙が下りる。壮司は、首を傾げて見せた。

「自殺とか、死んだとか――名前も言わない割にそーゆー事は随分深く肯定すんのな」
「死んだの。自殺、したわ。それは確か、本当――よ。今からそう昔じゃない、もしかしたら一ヶ月以内かもしれない。私は、死んだの」
「で、結局名前は?」
「…………」
「おいおい。探して欲しいんだか違うんだか――」
「判らない、の」

 少女の言葉は重い。そこには軽薄な嘘の様子は無い、シュラインはぽんっと彼女の頭を撫でた。月の領域、時間帯。幽鬼の力ぎ一番増すからか、触れる事は出来た。壮司はバツが悪そうに視線を逸らす。

「判らない。飛び降りて、多分、ここで死んだ。段々記憶が薄れてきてて、判らなくなってきてる――この姿も、本当に自分なのか分からないぐらい」

 ぽつぽつとした言葉。沈む空気に、ぱんっと色がその手を打った。一同が彼を見る――色は、少女の顔を覗き込んで笑った。

「じゃあさ、俺達探すから、その間に自分の名前考えよ? ホントでなくても良いじゃん、とにかく呼べる名前がなきゃだしさ」
「……ぁ、」
「なっ?」
「……うん」

 ふ、と一瞬表情を弛め、少女は結局俯いた。

■□■□■

「それにしても、広い学校よね――どの辺りから落ちたのかは、やっぱり思い出せないのかしら?」

 シュラインの問い掛けに、少女は少し申し訳なさそうにこくんと頷いて見せた。暗い廊下に、スリッパのぺたぺたとしたやけに軽い足音が二組響く。まだ残っている教師が居たのだろう、開いていた教職員用玄関から不法侵入を果たした彼らは分担し、校舎内と校舎外を探索していた。
 飛び降りたとは言っても、この学校の事なので何か――お得意の『不思議』が起こっているという可能性も無くはない。念のために探して損は無いだろう。辺りの音に気を配り、人気が無いのを確認しながら彼らは進んでいた。

 黙りこくったままのシオンは、その顎に指を当てて難しい顔をしている。何か考え事でもしているのだろうか、小首を傾げながら、シュラインは少女との会話を続ける。そうしながら声の調子で何か嘘をついている節や、思い出す様子は無いかと探っていた。
 学校も自殺と言う不名誉はひた隠しにしているのか、雫やヒミコといった学園の生徒にもその事実は知られていない。雫などは実に嬉しそうに情報を集めることを約束してくれたし、ヒミコも同様だったが、どう出ることか――

「強く、憶えていることしか判らなくて……ごめん、なさい」
「謝ることじゃないわ。責めているわけじゃないもの。それじゃあ、何なら思い出せるかしら――クラスとかで連想することは?」
「……とくに、無いです」
「好きな男の子と一緒のクラスになれたとか、そういうのも全然?」
「好きな――?」

 抑揚の無かった声に、少しだけ、色が付く。
 シュラインは足を止めて彼女を振り向いた。
 少女は、頭を軽く押さえている。
 痛みを堪えるように。

「思い付きましたっ!」

 静寂にシオンの声が響き、二人は彼を見詰めた。今まで浮かべていた難しい顔が嘘のように、シオンは満面の笑みを浮かべて少女を見る。手を握らんばかりの勢いに思わず身体を引いた彼女の身体を、シュラインが苦笑と共に受け止めた。
 生物準備室の前、彼らは止まる。あまりロマンチックなシーンではないな、という考えがぼんやりと浮かんだ。

「何、シオンさん? 彼女驚いちゃってるわよ?」
「はい、『夕華』さんにしましょう!」
「え……?」
「貴方の名前ですよ。夕暮れの花で夕華さん――会ったのも夕暮れでしたからね、それが良いです。ね、夕華さん?」

 唐突なシオンの言葉に。
 少女は、夕華は、
 初めて笑って見せた。

「おかしな人、ね……あはっ」
「よく言われます、いやはや」
「ありがと……少し、不安じゃなくなった」

 かつん。

 シュラインの耳に、足音が捕らえられた。

■□■□■

 ずぼっ。

 壮司は目の前の光景に憶えるなんとも言えない奇妙感に、ひくひくっと口元を歪ませた。
 目の前の地面に、人間がめり込んでいる。と言うか、めり込んでいく光景を思いっきり目の当たりにした。建物の屋上から豪快に飛び降り、そのまま内臓をぶちまけることも首の骨を折ることもなく――ずぼり。聞いた話に寄れば離脱した幽体状態であるらしく、物理的な制約は受けにくいらしいのだが――それにしたって2メートル強ある大男が目の前の地面から生えているのは、あまり許容したくない状態だった。

「……と。あの辺りから落ちると、大体落下はこの辺りになるんですよね……壁からは五メートルといった所ですか」
「いや、考える前に身体抜けよ、あんた」
「手を貸して下されば抜けられるのですが」

 へにゃ、と柔和な笑みを浮かべて見せた蔵人に、壮司は溜息と共に手を差し出した。

 実際の落下地点を調べるために身体を張って検証してくれた蔵人に敬意を表しつつ、壮司は思考する。高等部の特別教室棟の場合、飛び降りて落下するのが最大で壁から五メートルの地点。巨躯の持ち主である蔵人だからの距離であって、もっと華奢な少女ならば精々四メートルが良いところだ。
 特別教室棟は一番背が高い建物である。つまり、地面までの距離が長く、フェンスを蹴るなどして建物から離れた時の最大距離を測るにはうってつけのだった。

 最大四メートル――か。

「うい、たっだいまーぃ?」
「おう、お帰り」

 はー、と息を吐きながら戻ってきたのは色だった。呼吸が上がってしまい、シャツの胸元をぱたぱたとはたいている。当たり前だろう、この巨大な校舎を一周してきたのだから――息が収まるのを待ってから、壮司は彼に問い掛ける。

「で、どんな感じだった?」
「校舎沿いに一周してみたんだけど、やっぱりそれらしーのは見付からなかったかな。茂みにあっても、普通は気付くだろうし。やっぱ飛び降りたっての記憶違いじゃねーかな、もしくは違う校舎とか……」
「でもこの学園だしな……自分の使う校舎ぐらいしか把握出来ねーだろ? 普通。お前、高等部の構造判るか?」
「それは……わかんないけどさ」
「もし本当に彼女が自殺者だとすれば」

 ぱたぱたと形だけ服をはたきながら、蔵人は二人の間に入る。

「そしてもし本当に飛び降りたのだとしたら、場所はこの高等部の校舎でしょうね。自殺者というのは悉皆、自分がよく知ったフィールドを選ぶんですよ」
「……死神の台詞だと思うと信憑性があるな」
「うー……じゃ、あの子の死体は何処なんだよっ」
「だから、それを探してんだろ?」

 むぅ、と膨れる色の頭をぺしぺしと壮司が叩く。憮然とした表情で小さく口唇を尖らす彼に、次は蔵人が問い掛けた。

「ところで、校舎沿いにはこうやって木が植え込まれていますが、大体このぐらいの幅なんですか? 建物からは」

 このぐらい――校舎沿いには小径のようなものが設けられ、その外側に木立が植え込まれていた。根が基盤を傷めないようにとの配慮だろう、その幅は6、7メートルほど取られている。色は少し考え、思い出す素振りを見せてから、ああ、と頷いた。

「でもそれが?」
「……つまり、木立の中に死体が入り込むのは事実上不可能、ってことか」
「ですね。肥やしになるにも一ヶ月やそこらでは無理ですから――人間が白骨化するには、最低一年は必要ですからね」
「あー、こんなんならちゃんとあの子のこと見ときゃ良かったよ……」

 コンタクトを外す間が無くて能力の遣いどころを逸してしまった色の言葉に、ちゃっかりとその霊子構造を記憶していた壮司は苦笑をしてみせる。
 しかし――まったく気配が残されていないのは、奇妙なことだった。どこにもその残滓が見えない。単純に時間が経ちすぎているのかとも思ったが、そういうわけではなく――

「……なぁ、もしかしてもしかしてなんだけどさ、あの子の死体――持ち去られたとか、ないかな」

 色の言葉に蔵人が眉根を寄せ、壮司が無言で同調した。

「自殺もさ、追い込まれた、とか――あるかもしんないし」
「だとしたら――大事ですよ。死者の魂は四十九日を過ぎれば悪霊になる一方です。今はまだ平気ですが、彼女にもあまり時間は無いと見立てて良いでしょうし」
「だよな……シュラインさん達と合流しようぜ。色、お前の眼でちゃんとあの子を見ろ。あと――コンタクトより眼鏡が良いんじゃねぇの、俺みたいに。いざと言うときそれじゃあなー」
「普通はいざと言う時使わないし、中学でグラサン生活は出来ないって!」



 パァンッ!!



 不意にガラスの粉が彼らに降り注ぐ。
 上げた視線の先、二階の窓。砕けた窓ガラスの向こう。
 白衣の男の背中が、そこから見えた。


>>>to be continued



■□■□■ 参加PC一覧 ■□■□■

0086 / シュライン・エマ / 二十六歳 / 女性 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
3356 / シオン・レ・ハイ / 四十二歳 / 男性 / びんぼーにん(食住)+α
3950 / 幾島壮司     / 二十一歳 / 男性 / 浪人生兼観定屋
4321 / 彼瀬蔵人     / 二十八歳 / 男性 / 合気道家・死神
2675 / 草摩色      /  十五歳 / 男性 / 中学生

■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 こんにちは、または初めまして。この度はご依頼頂きありがとうございました、ライターの哉色です。早速納品させて頂きました。あまり大人数(?)を扱うのには慣れておらず、拙い所もあるかと思いますが、まずは前編の終了でございます。訳がわかりません、はい……(苦笑) なんとなく路線は決まっておりますので挟めないプレイングなどもあったことと思いますが、後編でもお付き合い頂ければと思います。それでは少しでもお楽しみ頂けていることを願いつつ、失礼をば。