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<東京怪談ノベル(シングル)>


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 箕耶上総はショッピングセンターの通路に仁王立ちになって、ファッション売り場と簡単に纏め過ぎられた階の売り場を鷹の如き鋭さで睥睨した。
 足を止めるならもっと端っこ歩きなさい、と注意を食らいそうな程に通行の邪魔なのだが、その眼力の強さに事勿れ主義の民族性を誇る日本人、目を合わせないように左右に別れて上総を避けていく。
「……めっけた!」
 ピタリ、と視線を一点に据えた上総は目標に向かって一直線に突進した。
 不幸にして、丁度商品を整えていた女性店員がその進行上に存在し、炯々と目を光らせた上総の勢いにけれど逃げ出す事は出来ずに毅然は胸を張って迎える。
「お探し物ですカ?」
手を伸ばせば触れる位置、機先を制して問う声が裏返ってしまっても、上総が醸す迫力から考えれば仕方あるまい。
 その問いに上総は足を止め、ゴハアァ……と謎の息を吐くと、ビシィッ!と人差し指を突きつけた。
「アレ下さい!」
買い物かよ。
 不必要な程に気合いの入った上総が示したのは店員の後方……眼鏡、サングラス、実用装飾を問わず揃えられた商品の中で主にスタイルを重視して分類された陳列棚である。
「……あちらで御座いますか?」
 其処に並ぶのは色もとりどり、金銀モール、羽根やらビーズやらスパンコールやら……所謂パーティマスクと呼ばれる代物だ。
 ひたすら派手に、目立つように、お洒落心というよりただの洒落、目に痛いような色彩に眼差しを据えたまま、上総はこくこくと頬を上気させて頷いた。
 何故そんな物がパーティグッズの売り場でなくここに有るのかは、目元を覆うその意味で共通する、と言って店長が自らの主張を強行した結果である。が、何故か時節を問わずそこそこの売り上げがある為、壁の一画を変わらずに占拠している。
 女性店員は、迫力はあれど只の買い物客であった上総の要望に冷静さを取り戻して営業用の笑顔を浮かべた。
「種類が御座いますので、どうぞお手に取ってご覧下さい」
素材に差はあれ、ほとんどが使い捨てを想定された商品である。気安く示してさてレジに、と持ち場に戻ろうとした店員の袖を上総ははっしと掴んで止めた。
「お姉さんも一緒に選んでぇや♪」
にこにこと懐っこい笑顔で上総が強請る。
 一転して邪気のない様子に、店員は求めるのが安価な商品といえどもお客様は神様という理由付けを心中に、案内する形で上総の先に立った。
「やぁ、あんなえぇんが置いたる思わんかったわ〜♪」
うきうきとスキップして付いてくる上総に、先の恐怖も何処へやら、店員もほのぼのとする。
「あんなぁ、今いっちゃん好きな人がおんねやけど、その人がつけとった眼鏡持ってきてもうてん」
でもそれ、犯罪だから。
「好きな人の持ち物持ってたいっちゅー……あれや、恋する乙女心や!」
いやキミ、男だから。
 彼女が一介の店員に納めておくには勿体ないようなツッコミを心中に秘めているとは知らず、上総はうきうきと売り場の前に立った。
「最初に見た時にこーぎゅーて心臓鷲掴みにされるよなインパクトがあってんな。やからおんなしかそれ以上のモンやないと俺の気持ちは伝わらへん!」
意気込みを誓願の如く宣言して、上総はカラフルなそれ等を物色し始めた。
 目が何処か解らない程羽根飾りのついた物、マスクの下部に薄く透けた布を垂らしてアラビア風に、と多彩なそれ等の中から上総が取り出したのは、蝶を模した物である。
 ベルベットに似た黒い生地にビーズが貼り付けられ、他のそれ等と比べるとシンプルな風合いである……飽くまでも比べれば、の話だが。
「こんなんつけたら似合うかなぁ……♪」
その脳裏には、マスクを着けた思い人の姿が浮かんでいるのだろうが、それが男であり且つ人ですらないという事実は余人に考え及ばぬ事である。
「……格好えぇなぁ……♪」
想像の人物にほぅと息を吐く、まさしく恋する乙女の風情ながら、インパクトを叫んだにしては地味な気がして店員は止めておけばいいのに興味で以て問う。
「お持ちになっていたのは、どのようなお品ですか?」
「あ、せやな」
わざわざ見立てて貰いに引っ張ってきた相手にも情報は必要だと、上総はそっと懐から何かを取り出して、店員に見せた。
「な、コレとよぉ似とってほいでこっちのがインパクトある思わん?」
右手には遮光グラスの色濃さに黒い真円のサングラス、対比の如く、左手には蝶のマスク。
 似てないから! 全然違うから!
 心中の叫びに店員は顔の横で手をめっちゃ高速にぶんぶんと振って、全面否定の姿勢を貫いた。


 古ぼけてはいるが、作りはしっかりとしているアパートが上総の住居である。
 建てられたのは明治だか大正だかという恐ろしいような話であるが、家主である大工の棟梁が建築物の粗悪化を憂いて自らの手のみで建てたという拘りの品、関東大震災も凌いだ丈夫さが売りというが本当なんだか嘘なんだか。
 最も、古い家屋であるからこそ間口は広く、六畳一間に水場付の簡素な間取りでも、本間の部屋は通常使用される関東間より広く、押入と床袋もそれに準じるのに一人暮らしには充分だ。
 あまり物が多いと言えない室内、彼の財産の中では最も大きいベッドの上に胡座をかき、部屋の主はペンを銜えて唸っていた。
 銜えているのは赤だが、その周囲には多彩な色ペンが転がっている。
 そして上総の前には白さも眩しいメッセージカード……小さなサイズのそれが、今、上総を大きく悩ませている。
「……そ言えば、生まれは香港や言うてたなぁ…?」
ペン尻を歯で噛んでの独り言に、ペン先が上下にふらふらと揺れる。
「てことは……コレほんまは漢字で書くんやろか……?」
視線をちらりとメッセージカードの上にやれば、其処にはそれは綺麗にラッピングされた長方形の箱があった。
 店員のそれは強硬な反対に遭い、贈り物としてのパーティマスクは諦めざるを得なかったのだが(自分用には購入した)、同じメーカーで最新のサングラスを無事ゲット出来た……最も弦のデザインがどうの強度がどうのを説明されても、同じ真円の形にどこがどう違うのか上総に判別がつかなかったが、ステキな値段にそれ相応にステキな効果があると信じ、その上既存のサングラスに合わせて調整も施して貰ってサイズもぴったりの筈だ。
 折角の用意した贈り物。どうせなら名前もちゃんとしたい。
 けれど思いつきを実行に移そうにも辞書も何も手元にない上、香港は何処の言語圏?と其処から頭を悩ませなければならない……漢字なのは確かだろう……多分。
「……トンガ王国出身とかやったらえかったのに……」
トンガ文字なら解るというのだろうか。
「ま、えっか」
かくんと首を傾げてあっさりと、上総は悩みの全てを捨て去った。
『愛しの君へ』
二つ折りのカードに大きく書く。
 文字の周囲を少し歪になってしまったが大きく赤いハートマークで囲い、その周囲にもカラフルなペンを駆使して小さなハートを沢山飛ばして、小さな長方形はそれは多彩なハートに埋め尽くされた。
 カードを矯めつ眇めつ眺めて上総は大きく頷くと、改心の出来映えのそれをラッピングのリボンの間に位置を図りつつ慎重に挟み込んでシールで固定する。
 ほ、と安堵の息を吐き、上総は贈り物を取り上げた。
「次逢えるんはいつやろなぁ〜?」
予定は未定、約束があるでなく、連絡先を交わしている訳でもない……また次に。その言葉だけが再会の縁で、上総は楽しいような苦しいような心持ちにぼすんと後ろ向きにベットに倒れ込んだ。
「あ痛ッ!」
その衝撃に周囲をペンが跳ね踊り、折悪しく敷いてしまったペンの一本が背骨にあたった痛みに上総は跳ね起きた。
「あ、アカン、無事か?! なんともないかッ?!」
胸に軽く抱いたつもりの箱を握りつぶしそうになり、大慌てで検分するが、特に重篤な被害はないようで、上総は安堵の息で包装のリボンを揺らした。
「受け取ってくれるとえぇな……」
上総は微笑んで贈り物を見つめて顔の高さに掲げ……チュッとそれに口付けた。
 その自らの行動に、先の水族館でのキスを思い出す。
「んっきゃー!」
と、奇声を発して再びベッドに倒れ込めば今度はしっかりとペンが背に刺さり、上総はベッドの下に転げ落ちた。