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たいせつな、さがしもの
いつだって、そうだった。
なんで?って聞いても、答えはいつも同じ。
『だってわかるもん』
あたしの大好きな笑顔で。
だから、あたしも『そう』としか返せなかった。
だって、恥ずかしかったし。そんな事言われてもどう返していいか分からなかったし。
その笑顔が見れたから、何となくいいかな、なんて思っちゃった自分にも凄く照れくさかったし。
それに、親戚のおじさん達とはぐれて心細かった事は、彼女にだけは知られたくなかったし。
――たーかねちゃん、みいつけた
いつだって、沙樹は一番最初にあたしを見つけてくれた。
だから、泣きそうだった涙も、すぐに引っ込んで。
その代わりにちょっとだけ拗ねてみせたりした。
今は、それがどうしてなのか、何となくだけど分かった気がする…。
*****
「あー、食べた食べた」
「高嶺ちゃんったら。はしたないわよ、お腹押えたりして」
笑いながらそんな事を言う倉前沙樹が、棘の無い声で従姉妹の倉前高嶺をやんわりとたしなめる。
「そんな事言うならもうちょっと手伝ってくれても良かったじゃんかよー」
2人分の量でのみ注文を受け付けるパスタ専門店は、だが、注文して出て来た量はと言うとどうみても2人分より多く、1人分ぎりぎりしか食べなかった沙樹に代わり、高嶺が残りほとんどを引き受けたのだが、少し腹部が張っている感触が気になったのだろう。軽く口を尖らせて反論する高嶺に、
「そうね、でも私はそんなに食べられないもの」
「パスタは消化が早いから大丈夫だよ。食後にこの辺ずっと歩き回るんだからカロリー消費もするしさ」
そう、今日は休日。
ウインドーショッピング、要するに服や雑貨や小物を冷やかして歩き回ろうと計画した2人がやってきたこのモールは広く、高嶺が言うように1日歩き回るにはもってこいの場所だった。
だが…。
「わ、何コレ」
今日は何かイベントが行われていたらしい。モール広場に差し掛かる頃には、ぞくぞくと集まる人だかりで前も見えない状況だった。
その向こうからはきゃあきゃあと言う女の子達の興奮した叫び声に紛れて、売り出し中らしい新人バンドの歌声が聞こえて来る。
「やだなぁ、さっさと通ろ」
「あ…はぐれないように気を付けて」
「何言ってんの、もう子供じゃないんだから」
差し出された柔らかそうな手に一瞬目を惹き付けられたものの、照れ隠しにぶんぶんと首を振って笑った丁度その瞬間。
膨れ上がった人の波が飽和状態に陥り、そして…。
ぷつんと糸が切れるように、どうっ、とモール通路に向かって雪崩れ込んで来た。
「きゃ…っ、あ、高嶺ちゃん!」
「だ、だいじょう…うわっ、沙樹…」
常に沙樹に気を配られ、あまりこういった混雑した場に慣れていなかった高嶺は、あっと言う間に沙樹から引き離され、波に飲まれて運ばれていってしまった。
*****
「おお痛てて」
まだ混雑しているものの、広場程ではないモール通路。流れに思い切り飲み込まれ流され続けた高嶺は、ようやくその流れから解放されて、隅っこに移動しぶつけたり踏まれたりした部分の汚れを取っていた。
顔を上げて、そこにいる人を眺め回す。
やはり、沙樹の姿はそこには無い。
「やーだなぁ。あたしは迷ったんじゃなくて、単に流されただけじゃない。もうあの頃とは違うんだから」
一瞬ふと心に浮かんだ心細さを打ち消すようにふうと息を吐いてもう一度きょろきょろと周囲を眺め、
そして、同じように、もっと深刻な顔でおろおろきょろきょろと流れの中浮き出ている1人の女性に気が付いた。
先ほどの流れでやはり誰かとはぐれてしまったのか…それにしてはその表情に浮かぶ焦りは只事ではない。
「あっ…」
急ぎ方向転換しようとした時に目の前に現れた人にぶつかり、波からはじき出されるようにしてよろけて転んでしまったその女性に、高嶺は慌てて駆け寄って行った。
「大丈夫…ですか?」
自分よりずっと年上の、どこかふっくらした印象を与えるその女性に、一拍遅れて敬語を付けつつ手を差し出す。
「す、すみません」
恐縮しつつ、転んだ衝撃で1人では起き上がれなかったらしく、高嶺の手を取って起こしてもらうと、
「あ、ありがとうございます。あ、あの…ずっとそこにいました?このくらいの男の子を見なかったでしょうか」
「男の子…いえ。もしかしてさっきの波ではぐれちゃった、とか?」
こくんと頷くその母親は、示した手の高さから見て小学生かそれ以下の年齢の子供とはぐれてしまったらしい。それならば先ほどからのあの深刻そうな顔色も良く分かると言うものだ。
「あ、じゃああたしも探すの手伝いましょうか。実はあたしもさっき従姉妹とはぐれちゃって…」
来た方向を指差してみると、流れてきた場所も同じだったらしく、その女性は恐縮しつつ何度も何度も頭を下げた。
一方、その頃。
「ほらほら、落ち着いて…大丈夫ですからね」
「う、うあ、ああ、ママぁ」
人ごみではぐれてしまったらしい、小さな男の子を見つけた沙樹が、ハンカチでやさしく男の子の涙を拭いながら、
「だいじょうぶ、きっと見つかりますよ。おかあさんも一所懸命あなたのこと探してますからね」
さ、行きましょう、そう言いながら手を差し出す沙樹に、半べそをかきながらもこっくりと頷いて少年が沙樹の手をぎゅぅと握り締める。
その力の強さが心細さを現しているようで、大丈夫ですよ、ともう一度声をかけると、沙樹は迷う事無く人の波の中へ身を投じて行った。
クリスマス一色のきらびやかに染まった世界。
賑やかな、心弾ませるような音楽も、大事なひとが見つからない彼女達にとっては何の意味も成さないものだった。
繋がった手から伝わる少年の気配を通じて同じ気を持つ人物を探り、そしてまた沙樹が探す少女の気配を探りして、ほとんど同じ動きで次第に近寄ってくる2人にほんの少しだけ不思議な偶然を感じながら、
「もう少しでお母さんに会えますからねー」
自分でも喜びの表情が溢れていたからだろうか、それとも自信に満ちた沙樹の声に元気付けられたのか、
「うん!」
にっこり、と笑った少年は、涙の跡は残っていたものの、もう泣いてはいなかった。
「あ――」
2人の気配が近いと今度は自分の目で探すその目に、2人の女性が映る。
1人は心配そうに周囲を見渡している女性。
1人はその女性を労わるように声をかけつつ、目を配る…高嶺の姿。
「あっ、ママだ!!」
その声に弾かれたように2人がこちらを見、そして沙樹はにっこりと笑い、
「高嶺ちゃん、みーつけた」
何度も口にしたその言葉を、おまじないのようにそっと呟いたのだった。
*****
「参ったねー、あんな人がたくさんいるなんて思わなかったよ」
「本当ね。あの親子以外にも、今日は何人も迷子が出たんじゃないかしら」
「そうかも。――あ、そうだ。沙樹さ、いつもあたしの事すぐ見つけてくれたじゃない?あの秘密、分かった気がするよ」
「どうしたの、急に」
何度も何度も礼を言われ、ついで子供からのリクエストでおやつのクレープを4人で食べた後の事。
親子と別れた帰り道でしみじみと言う高嶺に、沙樹がくすっと笑いかける。
「だって不思議だったんだよ、あれ。でもさ…今日ね、あのお母さん」
「うん」
「沙樹のいた方向に、子供がいるような気がする、ってまっすぐ歩いて行ったんだよ」
――高嶺と会って話をして、落ち着いた後。
一緒に探そうと言った高嶺に嬉しそうな顔をしたその母親は、高嶺の言うように、多少迷いはしたもののほとんどまっすぐ子供のいる方向へと足を進めていたのだ。
「きっとねー、思ったんだけど、心が通じ合ってるからそうやって見つけられるんじゃないかなぁって。アンテナで電波拾うみたいにね」
「…高嶺ちゃんも?」
「え?あたし?」
うーん、と考え込む高嶺。
「あたし、あたしもそうかも…でも、あたしの場合救助電波出す方に一所懸命で、探し出す方はほんのちょびっとだよ」
てへ、と笑う高嶺。もう、と溜息を付きかけた沙樹に、
「だって沙樹があたしの事見つけてくれるんだもんね?」
すっと心へ染み込んだその一言で、沙樹は一瞬、息を止めた。
「…全く、かなわないなぁ、高嶺ちゃんには」
そうして出た言葉に、ぷーっと頬を膨らませると、「何よ、せっかく褒めてあげたのに」とぶちぶち文句を言い始める。
……本当に、かなわない。
あんなにも無防備に心からの言葉を吐き出せる高嶺に。
全幅の信頼を沙樹に寄せてくれているのだと分かるから。
「はいはい。でも、遭難した時にはあんまり動いちゃいけないのよ?」
「遭難って――迷子より酷い扱いだなぁそれって」
むーと眉を寄せる高嶺の額をこしこし、と擦りながらくすくすと笑った沙樹が、
「今度ははぐれないように、人ごみでは手、繋ごうね」
ふわりと、ごく柔らかな笑みを浮かべて高嶺を見つめ。
「むぅ。考えとく」
小さかった頃大好きだったその笑みを向けられた高嶺は、照れ隠しにそんな事を言って、ふと何かを思いついたようににやりと笑うと、
「――練習」
す、っと沙樹の手を取ると、
「人ごみでも、咄嗟に手を取れなきゃ意味無いからねー」
でしょー?と、沙樹の顔を覗き込んで笑った。
帰り道、まだ明るい日の中手を繋いで歩く2人。照れくさそうに、でも嬉しそうに時折顔を見合わせて。
その足から伸びる2つの影は、その大きさからか――幼い少女2人が仲良く手を繋ぎ、大人になった2人を悪戯っぽく笑いながら見上げているように見えた。
在りし日の2人、そのままに。
-END-
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