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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


矛盾書庫
 ●宵闇ノ路地
 「彼女に手助けをしてあげてください。」
 そう言って依頼を告げると、青年は草間興信所から出た。
 いつしか日が暮れ、興信所の前の通りは街燈の灯りが照らす場所を除き、全ておとずれた闇に飲まれている。
 「かの書庫は人がつくりし物にあらず。」
 青年の服は、上下全てが黒の一色。闇と同じ色。
 「書庫のモノタチはすべてヒトに魅入ってしまったセイの成れの果て――」
 街燈の照らさない場所で、その姿は闇に飲まれ……無い。
 「全ての事を知りながらも、自分の事を『ある』としてくれる物の前で無ければ、その姿を現す事はできない……」
 闇よりもなお濃く、夜よりもなお深い色の宵闇の「ローブ」の裾をはためかせながら、青年は行き止まりの筈の路地へと入っていく。
 「さて……今回の役者達は、彼女とどのように接するのでしょうね………。」
 路地に、呟きだけが残った。

 ●都立図書館
 ―LLL……LLL……――
 都立図書館の事務室に、そんな小さな音が響く。
 ―LL………――
 その音に細い眼鏡をかけた黒髪の女性、綾和泉・汐那は目の前の書類から眼を放さず、自分の携帯電話を取る。
 「はい、綾和泉ですが。」
 「草間だ。突然だが聞きたい事がある。今は大丈夫か? 」
 「緊急を要しますか? 現在仕事中なのですが。」
 「……そうか、では一つだけ。『矛盾書庫』と言う名前に聞き覚えは? 」
 「は? 」
 電話の相手、草間武彦の告げたその名前―矛盾書庫と言う妙な名前を聞いて、おもわず汐那は手を止めた。
 「いや、妙な依頼人が来てな。そこで――。」
 そう前置きをして、草間はその黒ずくめの依頼人が来た時の事を話し始めた。



 ――と言うわけだ。一応他の何人かにも話をしてあるが、彼らが行く前にこちらからも調べておこうかと思ってな。――

 そう言って、説明を終えた草間の言葉を思い出しながら、汐那は図書館の要申請閲覧図書の本棚が並ぶ区画に立つ。話では問題のものは書庫。本の付喪神達ならば詳しいことも知っているかもしれない。
 『………アレハ、私達トハ違ウ物。今ハ其処ニアルケレド、直グニナクナッテシマウカモシレナイ場所。近ヅイテハイケナイ。先導デキル人がイナイト帰ッテ来レナクナル。』
 問いかけに多くの付喪神が『知らない』と言う中、一つの古びた書に憑いた神が汐那の問いに応える。
 「無くなってしまうかもしれないもの……? 」
 『本当ハソコニ無イ。デモ、ソコニ作ラレタ。何時無クナッテモ不思議ジャ無イ。』
 「………。」
 付喪神の言葉を聞いて、汐那は腕を組み考え込む。
 話が本当なら、矛盾書庫は出現と消滅を繰り返す物と言う事にでもなるのだろう。だが、それが事実だとすると中に入っているときに書庫が消滅した場合、どういった事になるのか。それに元から含まれていないのだから、昔話の狐や蜘蛛が作り出した幻の如く、中に入ったものを外へ出してから消滅するのか。それとも――
 「中に入ってしまった人も、書庫がなくなるのと同時に消滅をしていくのか……。」
 正解はどちらか、と言う確証を得ることは出来ない。付喪神達には書庫にいたと言う者はいないし、中から出てきた、と言う人の話も今のところ全く聞いていないのだから。
 「ありがとう。あとで背表紙を直してあげるね。」
 視線を上げ、話を教えてくれた付喪神にそう言うと、彼――もしかしたら彼女かもしれないが―は、玩具を受け取った子供のように嬉しそうにする。それを見ながら、汐那は館長の居場所について思いを巡らせた。



 「……暮居・凪威……これ、ね。住所からするとまともなマンションに住んでいるみたいだけど……怪異記録師……あまり聞かない職業ね……。」
 早退許可を受けると、汐那はゴーストネットOFFに赴き、話されていた書き込みや、問題の女性について調べた。
 伝わる都市伝説を探索・調査を行い、必要とあれば都市伝説自体を封じながらその記録をつけていく、と言割れている彼らは、皮肉な事に彼ら自身が都市伝説の存在と化している。
 「実在する事は知っていたけれど……。」
 自分が勤めている図書館に置かれた特別閲覧図書に、二・三冊ほど彼らの記録を纏めた書籍が混じっていた事を思い出す。
 しかし、その中には少なくとも『著:暮居凪威』と言う物は無かった筈である。
 「まだそれほど有名な人でもないのかな? 」
 いくら調べても彼女が関わった事件は出てくる事が無かった。
 可能性としては、二つ。
 まだ何も解決していないか、解決した事件の全てが隠蔽されているか。
 「誰がやったんだか……。」
 汐那はそう呟き、ゴーストネットOFFからログアウトした。

 ●矛盾スル書庫
 住宅街の中にいつからか建てられていたその建物――矛盾書庫の前に立ち、誰が声をかけた訳でもなく自然と集まった面々は目の前の建物に強烈な違和感を感じずにはいられなかった。
 現実に存在しているにも関わらず。自分たちの目の前に存在しているにも関わらず。異常なほどに薄いその存在感。辺りの住宅とはかけ離れたような外装―中世ヨーロッパの邸宅のような、とでも言えばいいだろうか―をしたこの建物に全く気がつかないように人々は通り過ぎていく。
 今この場所に集まった者達でも、これがここにある、と言う事を教えられていなければ、この違和感にも気がつかずに通り過ぎてしまったかもしれない。
 誰からとも無く頷き合い、一行は矛盾書庫の中へと足を踏み入れる。

 ―ギッ……―

 軋んだ音をたてながらスムーズに動くドア。それをくぐった次の瞬間。全員の目に明らかに広すぎる空間と、その空間全てを埋め尽くさんとするかのような本棚の列が目に入った。
 「っと、待って。」
 歩き出そうとする者達をシュライン・エマは声をかけて止めた。
 「『出口を探そうとしても見つけ出す事が出来ない』、そうだったわね。」
 誰にとでもなく言うと、エマは持ってきていた釣り糸の端をドアの取っ手に結びつける。
 「こうやってしておけば、これを辿って帰ってくることが出来るわ。」
 もし、この釣り糸が届かないほど奥に行くのだったら、その時は『入り口からその場所まで』の知識が書かれた本を探せば入り口まで帰ってくることはできるはず。エマがそう言うと、幾島・壮司が遮るように口を挟む。
 「そこまでする必要は無い。その時は、俺が入り口まで『観る』さ。透視は出来るようだからな。」
 サングラスをずらして言う壮司の視界には、骨組みばかりとなった世界が映し出されていた。
 「それじゃ、釣り糸が届かなかったらあんたに頼る、と言う事にしましょう。」
 エマがそう言うと、壮司は前を向きながら頷いた。



 透視で問題の女性らしき人物を見つけた、と言う壮司の言葉に従って一行の耳に静かな音が届いた。

 ――バサッ……バサッ…――

 何かを落すような音。だんだんと大きくなる音にそれが目標のたてられた音だと全員が確信して進む。そして―

 ――バサッ――

 「………これは、違う。これも……」
 「―――! 」
 目の前に現れた女性の姿に、息を呑んだ。先だって顔写真を手に入れていたジュジュ・ミュージーの話していたそれからすると、風貌が変わりすぎているのだ。もし、普通の人間が突然ここまで自分の顔が変わってしまったら、その事に耐え切れずに首を吊りかねないだろう。
 「……………違う……思い出したいことはこれじゃあない……」

 ――バサッ――

 いつからこうしているのか。一週間前からこの場所に入ったにしてはあり得ない程に頬はやつれ、服は埃にまみれている。
 「……違う……」
 精気の無い虚ろな瞳で追っていた書が目的と違った物であると見ると、一言呟きながら手を放し、床に乱雑に積み上げられた本の一冊に加えようとする。
 「っと。キミ、大丈夫? 」
 落ちていく一冊の本が、一瞬早く我に返った綾和泉・汐耶が横から伸ばした手に受け止められる。
 「……誰? 」
 その呼びかけではじめて気が付いたのか、ゆるり…と幽鬼じみた動きで暮居が振り返った。
 「私は見つけなくちゃいけない。思い出さなくちゃいけない。忘れている事。覚えている、知っている事なのに思い出せない事。見つけないと私は私でいられない。私が忘れちゃいけないことなのだから。私が絶対に覚えていなくちゃいけないことなのだから。」
 目の前の人間を視界に入れながらも、決してそれを『見』ず、何かに憑かれたように言葉を紡ぐ。
 「貴方は誰? 私に教えてくれる人? 私が忘れていた事を何か言ってくれる人……? 」
 ゆらり、と立ち上がる暮居。それを見て、海原みなもが優しい笑みを浮かべながら、彼女に声をかける。
 「私達は暮居さんのお手伝いに来た者達ですよ。」
 「お手伝い……? 」
 「そう、こんな声の持ち主に依頼されてね。」
 不思議そうな顔をする暮居に、シュライン・エマが仕事中に聞き取った黒衣の青年の声を声帯模写する。
 『彼女は思いつめやすい性格をしていたので……。』
 「…その声は……くりす?? なんで……。」
 「なんで、なんて言われてもな。心配されていたって事だろう? それよりも、だ……。」
 ぶっきらぼうな口調で言うと壮司は、顔にかけた黒いサングラスをずらし、その下の全てを見通そうとでもするような『左眼』で彼女を見る。
 「その記憶。危険なものじゃないだろうな? もしそうなら、強引にでも俺はあんたを連れてここから出る。」
 「……私が私としている為に大切な事。危険なんかじゃ……ない。」
 危険か否かを判断するのは本人には困難な事。まして、それ自体を思い出せないのであれば、誰にもその事が危険であるかどうかなど判断できないだろう。
 暮居その言葉を聞くと、用が済むまで俺は暇を潰している、とだけ言い残して壮司は近くの本棚に歩きさって行った。
 「それじゃ、覚悟はあるかい? 」
 壮司が歩いていくのを呆けたように見送る暮居。そこに汐耶がそんな声をかける。
 「キミが思い出せないそれは、いいものだか悪いものだか全く分からない。思い出したらどうなるか、なんて私達には想像もできない。それでもキミは知りたい? 」
 「……知りたいです。」
 機械のように不自然に、だがしっかりと自分の意思で暮居はその問いに頷いた。

 

 「ここの本に頼るだけ、じゃ見つけられなれないようだね。」
 「やはり、知ってても覚えていないのなら『知らない』事になってしまうのでしょうか……。」
 「誰が作ったんだか知らないけれど、もうちょっと融通の聞く物にならなかったのかね。」
 「仕方ありません。それでは、暮居さん自身に聞く事としましょうか……。」
 「本にこっちの事を書き込んでみても、なんでだか知らないけど書いた端から文字が消えてしまってはね。」
 「封印された物だったら私の力が使える。彼女自身に聞くのも悪く無いだろう。」
 しばらくして、エマ、みなも、汐那の三人はそんな事を口々に言って、それまで本に向けていた手を休め、来た時と同じように本に眼を通している暮居へと視線を送る。
 「暮居さん。」
 「…………はい? 」
 先ほど離れた時よりも更に憔悴した表情でみなもに振りかえる暮居。その姿からはもはや元気だった頃の姿を想像することはできない。
 「少し、私と昔話をしませんか? 」
 「昔話……? 」
 「えぇ、そこから暮居さんの『昔の大切なこと』を思い出していただこうと思いまして。」
 「なるほ……」
 「ヘイ、ソレならミーに任せるのデス」
 暮居の言葉に割り込むように、手に持った拡声器を彼女に向けながらジュジュが顔を出す。
 何故拡声器? と、そんな事を他のものが思った瞬間。
 「―――――――――――――っ?! 」
 辺りに、暮居の声なき絶叫が響き渡った。


 ●書庫ノ外デ
 「皆さん……ご心配を、おかけいたしました。」
 再び壮司の先導に従い、矛盾書庫の外に出たところで、彼らに暮居がぽつり、と呟くようにそう礼を告げた。
 「大丈夫ですか? まだかなり疲れているようですが……。」
 「何も食べていなかったから、ですよ。集中しているとかなり負担がかかってしまうので……。」
 心配そうに見つめるみなもに、暮居は苦笑を浮かべる。
 「それよりも……貴方は大丈夫ですか? 」
 「…俺か? あぁ、少し変なものを見せられただけだ。気にする事は無い。」
 戻ってくる途中、どこか辛そうな表情を浮かべていた壮司は暮居のかける言葉にそうとだけ答えた。
 「そうですか……みなさん、本当にありがとうございました。」
 徐々に憔悴をしていた表情から、事前に知らされていたようなやや冷たい表情へ戻しながら、暮居は一礼をする。
 「皆さんの事は、しっかりと『記憶』させて頂きました。この礼はいつかしっかりとさせて頂きます。」
 それでは、と言って、暮居は歩き去っていった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
 0585 / ジュジュ・ミュージー / 女性 / 21歳 / デーモン使いの何でも屋
 1252 / 海原・みなも / 女性 / 13歳 / 中学生
 1449 / 綾和泉・汐耶 / 女性 / 23歳 / 都立図書館司書
 3950 / 幾島・壮司 / 男性 / 21歳 / 浪人生兼観定屋


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■         ライター通信          ■
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藍乃字です。
遅れてしまい、本当に申し訳ありません。
今後はこのような事が無いように精一杯努力させて頂きます。
なお、今回出てきた二人のNPCは、今後も登場をさせる予定のNPCなので、よろしければ覚えていてあげてください。

それでは、今後ともよろしくお願い致します。