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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


花守りの屋敷

【壱】

 ざわめきに埋没していた編集部内が、たった一つの音で静まり返る。他愛もない音。ドアの開閉音だ。ドアを注視する視線は、セレスティ・カーニンガムの純粋な美しさをまとう微笑によって緩やかに溶ける。三下もその一人で、編集長の碇麗香だけが面白いものを見つけたように笑った。
 セレスティの雰囲気はどこか現実の時間を遠く離れてしまったかのように柔らかなものだ。長い銀色の髪と穏やかな青色の瞳のせいなのか、異国の気配がはんなりと漂っている。白い肌はまるで作られたもののようで、それでいて決して不健康さは感じさせない。
「こんにちは」
 碇に向かって微笑みかけると、それに答えるように碇も笑う。
「ちょうどいいところに来てくれたわ」
 碇は云って小さく手招きをして自分のデスクの前にセレスティを呼ぶと、初めから碇の前に立っていた三下忠雄がすっと横に移る。
「事情を知ったうえで来てくれてるんだと思うけど、改めて云うわ。確認の意味もこめてね。―――さんしたくんの手伝いをしてもらいたいんだけど、大丈夫かしら?」
「私にできることであればお手伝いさせて頂きたいと思いますが、事の詳細をお聞かせ頂けますか?」
 セレスティの言葉に碇が明るい笑みを見せて事情を説明し始める。
 花に寄生された人間とそれを守るように屋敷に引き篭もっている植物学者がいるそうなのである。碇の目的は花に寄生されて生きる人間がいるのかどうかというところに集中しているようだったが、セレスティはなぜ植物学者はそのようにして引き篭もるような生活をしているのかという方が気にかかった。その屋敷は郊外に忘れ去られたようにぽつんと建っているのだそうだ。住宅地ではないせいでもあって大袈裟な事件などにはなっていないが、近所では誘拐されてきた人間を監禁しているのだというような事件性をまとう噂が広がり始めているのだという。しかし誘拐という方面に碇の興味関心は向いていなかった。多少の好奇心は感じられるものの、依頼の中心にあるものはもし本当に花に寄生されて生きている人間がいるのなら、それを取材してきてもらいたいというものである。
「勿論責任者はさんしたくんだから何かがあった時はこちらでそれ相応の対処をさせてもらうつもりなんだけど、どうかしら?」
「わかりました。お引き受けいたしましょう」
 柔和な微笑を浮かべたセレスティに碇は頼んだわと軽やかに云って、セレスティの隣で躰を小さくしている三下を一喝する。
「協力してくれる人が見つかったんだから、早く行ってらっしゃい!」
 その声にびくりと躰を震わせて、三下はのろのろと取材に出かける準備をするために自分のデスクへと戻っていった。



【弐】


 編集部を出て、セレスティ自身が所有する運転する車で向かった先は郊外も本当に外れのほうにあたる都会にしては田舎じみた場所だった。緑も多く、排気ガスで咽喉が痛くなることもない。空の青さも透明に近く、流れていく雲は純白だ。三下は高級車の後部座席で落ち着かない気配をかもしながら、俯いている。セレスティはそんな三下を気にすることもなくウィンドウの向こうに広がる景色を眺めながら、何が植物学者の心を惹くのだろうかと考えていた。
 花に寄生された人間が好きなのか。それとも人間に寄生する花が好きなのか。碇の言葉からは判然としない。花が好きなのか、寄生された人間が好きなのか、それによって事情は随分変わってくるだろう。それに花に寄生されている者の健康状態はどんなものなのであろうか。人に寄生する花など滅多にお目にかかることはできない。もし健康状態を脅かすようなものであるようなものであったなら、放っておくことはできないだろう。それに誘拐されたかもしれないという言葉も気にかかった。もしそれが本当ならば警察沙汰になることもありえないことではない。できれば穏便に済ませたいものだと考えているうちに、車を停車した。
 長く伸びたアスファルトにコーティングされた道路の突端に佇む家がある。家と呼ぶには大きすぎる建物だ。そのわりにはセキュリティは完全ではないようで、豪奢な門扉は開け放たれたままである。郵便受けから顔を覗かせている郵便物は長い間そのまま放置されたままであることを無言のうちに伝えていた。
「本当に、行くんですか?」
 三下が問う。セレスティは微笑みと共に頷いて、
「えぇ。お約束いたしましたし、ここまで来て引き返すわけにもいきませんでしょう?」
と云うと渋る三下を他所に車を降りた。
 外の空気は冷たい。しかし不快で無機質な冷たさとは違って、確かに四季の移り変わりを伝える心地良い冷たさを感じることができる。緑の匂いと秋から冬に移り変わる途中の淋しさをまとう空気が鼻先をかすめる。微かな風にセレスティの長い銀糸のような髪が艶やかに揺れて、それに導かれるような格好で三下が後ろをついて来る。
 開け放たれたままの門扉の辺りを見回してドアチャイムのようなものは見当たらない。真っ直ぐに玄関に続く砂利道の向こうにドアが見えて、きっとドアチャイムはそこにあるだろうと思ったセレスティは躊躇うことなく門を潜った。三下もセレスティの後に続くが、勝手に入っていいものなのかどうかを考えているようで度々後ろを振り返っている。ステッキを手にしていてもセレスティの足取りは滑らかだった。砂利の敷き詰められた小道を歩く足音が規則正しく響く。それを乱すのは三下の足音だ。
 手入れを怠っているのか雑然とした玄関前に立って、ドアのわきに設えられたドアチャイムに指を伸ばす。三下はもう何も云わない。辺りをきょろきょろと見回しているだけである。インターホンではないせいですぐには応えはない。もう一度押してみようかと思ったその刹那、不意にドアの内側から声が響いた。
「どなたですか?」
 男性のものだ。低くもなく高くもない、穏やかなしっとりとした声音である。
「珍しい花をお持ちだとお聞きしたので取材をさせて頂こうと思って伺ったのですが、お時間は大丈夫でしょうか?」
 口を開かない三下の代わりにセレスティが云うとドアの向こうでしばし逡巡する気配がする。
「その話しはどちらからお聞きになったのでしょう?」
 ドアの向こうから問われてセレスティは三下に視線を向ける。すると小さな声で編集部にメールでとの答え。きっとこの声量ではドアの向こうには届かないだろうと思ってセレスティは同じ言葉を繰り返す。
「新聞社や雑誌社お得意のたれこみというやつですね」
 嘲るような調子で云われて、セレスティは追い返されるかもしれないと思った。けれどそんな不安はすぐさま打ち消されて、硬く閉ざされていた玄関のドアが開く。
「まずお話だけでも聞かせて頂けますか?花を見せるかどうかはその後に決めさせて頂こうと思います」
 特別これといった特徴のない男が立っている。洗いざらしの白いシャツに黒のスラックス姿で、印象的なものなど一つもない。
「ありがとうございます」
 云ってセレスティが小さく頭を下げると、それにつられるような格好で三下もぎこちなく頭を下げた。男性は三下を付き人か何かだと認識したのか、セレスティを家の奥へと促した。三下はついてくるだけである。
 二人が通された場所は殺風景なリビングルームだった。慎ましやかな応接セットが部屋の中央に設えられている。男性に云われるがままにソファーに腰を下ろすと、微かにスプリングが軋んだが決して座り心地が悪いものではない。一度姿を消した男性は程無くして、コーヒーが注がれたカップを二つトレーにのせて戻ってくると、肩を並べて座る三下とセレスティの前に一つずつカップを置いた。
「何から話せばいいでしょう?」
 男性が問う。
「植物学者でいらっしゃるとお聞きしました。それは本当ですか?」
 セレスティがカップに手を伸ばすこともなく問うと男性は頷く。
「大学は疾うに辞めましたが、研究は続けておりますから学者の端くれくらいではあるといっても差し支えないでしょう」
「何故お辞めになったのですか?」
「花のためです。あなた方が取材にいらした花は放っておくことができないもので、非常に手のかかるものであるからそれ以外の仕事をしていては枯らしてしまうことになるので。独身ですからそれなりに貯金もあります。それに幸いなことに両親が残してくれた莫大な遺産もありましたし、その花の研究に一生を捧げようと思い、辞めたのです」
「そんなに珍しい花なのですか?」
 男性が大きく頷く。
「新種の花かもしれません。まだ研究の途中で何一つとして明らかにはなっておりませんが、珍しいものであることは確かです。一度そんな花があるといった噂を耳にしたこともありますが、長く植物に携わってきても目にしたのは初めてですから」
 すっと背を伸ばして丁寧な口調で話す男性は自分の状況が異常なことだとは全く思っていないようだった。
「周囲で誘拐された人が監禁されているといった噂が流れていることはご存知ですか?」
 男性は微笑む。
「なんと云われてもかまいません。私は私がやりたいことをやっています。相手もそれを理解して付き合ってくれているのです。警察沙汰になろうとも、私が犯罪者になることはありませんよ」
「お知り合いなのですか?その、花に寄生されているという方は……」
「女性です。花に寄生されたという事実がなければ、知り合うこともなかったような方ですが……」
 云った男性の表情が僅かに曇る。そして思案するような間を置いて言葉を続けた。
「彼女は自分にはもう行き場がないと云いました。花に寄生された姿は確かに美しいかもしれませんが、明らかにふつうの人間の姿とは違っています。両親でさえも彼女のそんな姿を受け入れようとはしなかったと云います。だから私の研究室を訊ねてきたのだと云っていました」
 不意に、男性は興味や好奇心だけで花を大切にしているわけではないのだとセレスティは思った。女性を傍に置く理由はきっと研究だけのためではないだろう。これまでの自分の地位や生活を捨ててまで、他人に対してそんなことをするような人間は滅多にいないはずだ。他に何かもっと強い感情が潜んでいるような気配を感じながら、言葉を続ける。
「その女性とお話をさせていただけますか?」
 セレスティが云うと男性はそれまでまっすぐにセレスティを見ていた視線を逸らし、思案するように窓の向こうへと顔を向ける。沈黙が生まれて、室内を満たしていくような気がした。
 そんな沈黙がどれだけ長く続いたことだろう。小さな声で男性が云った。
「本人が了承すれば、かまいません。もし本人が良いといっても決して気味悪がらないでやって下さい。花に寄生されているといえども心はあります。お話して頂くのはかまいませんが、人として話をしてもらいたいのです。約束して頂けますか?」
 希うような男性の口調に、セレスティはしっかりと頷いた。


【参】


 無駄に怯えて傷つけてしまうかもしれないという三下をリビングルームに残して、セレスティは男性と連れ立って二階へと続く階段を昇った。廊下の突端にあるドアを開けて、もう一階上に続く階段の手前で男性が足を止めた。
「彼女に事情を話して、あってもらえるかどうか訊いてくるので少々お待ちください」
 言葉と共に残されて、セレスティは今しがた歩いてきた廊下を振り返った。生活感のない廊下。本当にここに澄んでいるのかどうかを疑いたくなってしまうくらいに殺伐としている。どれだけそんな殺風景な廊下を見つめていただろう。
「上で彼女が待っています。二人だけで話がしたいと云うので、私はリビングに戻っているので話が終わったらそこへ」
 戻ってきた男性に云われて、今しがた男性が降りて来た階段を昇る。
 するとそこは温室だった。エアコンディションは最適に維持され、差し込む陽光に満たされて温かい。
 しかし温室には似つかわしくない生活用品がそこかしこにあった。そのなかでも一番目を惹くのはベッドだ。痩せた女性がセレスティのほうを見て、目が合うと微笑んだ。
「初めまして」
 涼やかな声だった。肩の辺りで切り揃えられた黒髪を彩るように薄紅色の花が咲いている。腕を包む長袖のシャツから緑色の茎が覗いて、人間でありながらどこか異質な気配がした。
「こちらへ来ておかけになって下さい」
 云う女性の傍らには一脚の椅子が置かれている。女性の言葉に従って、セレスティが歩を進めると椅子に腰を下ろすと同時に女性が訊ねた。
「何を知りたいのですか?」
「花についてお訊きしたくて参りました」
 すると女性は淋しげに笑う。
「それはお話できないわ」
「何故ですか?」
「全く解らないからです。どうして私に寄生しているのかも、何故人間でなければならなかったのかも、全くわからないの。彼の研究は全く進まないままで、大学を辞めたのは私の世話をするためというのもあるだろうけど、大学に通いながらでは思うように研究を続けられないからだった筈です。でも、一つだけわかることがあります。きっと私が死ねばこの花も枯れるでしょう。私という肉体を栄養分に生きていることは彼も気付いている筈です」
 女性が言葉を綴るたびに、髪を飾る花や袖口から伸びる茎が揺れる。
「私が、赤の他人である彼を縛り付けているだけ。この花の研究を頼むべきではなかったのだと今になってようやく気付きました。彼に社会を拒絶させているのも私のせいです。研究一筋で生きてきたからこんなことになっても誰も疑いやしないと彼は云ってくれます。けれど、私という存在が世間に知られれば格好のネタになってしまう、騒ぎ立てられてしまう、そうしたことを考えて引き篭もるようになってしまったのだと私は思っています。決して彼はそういったことは口にしないけれど、考えてみればわかることですから」
 哀しげに話す人だと思った。まるで自分がいるからいけないとでも云っているようだ。
「それを彼に伝えたことは?」
 女性はゆったりと頸を振る。花の甘い香りがした。
「もし本当にそれを悔いるなら、お話したほうが良いと思います」
「……そうよね。でも私、怖いんです。一人になるのが。研究一筋だといっても彼はいつか他の女性と結婚してしまうかもしれない。そうしたら私はこんな躰でどうやって生きていけばいいのかしら」
 セレスティには女性に答えるべき言葉はなかった。決めるのは女性自身だ。他の誰にも決められない。
 だから云った。
「それはお二人で解決することだと思います。君にとって彼という存在は本当に研究者ということだけですか?―――私のような者もの云うのもおかしいかもしれませんが、彼とお話ししたところによると彼はあながちそうではないようですけれど」
 女性はその言葉に仄かに頬を赤くした。
「……わかっています。彼の好意が花にだけ向いているわけでなないことは。ただ、本当のことを口にして、捨てられてしまうのではないかと思うと怖いんです。だから問題を先延ばしして、甘えているだけ」
 不意に俯いた女性が何かを覚悟したようにまっすぐにセレスティを見る。
「話してみます。私たちがこれからどうするのか。このままではいけないということは彼もわかっているはずですから」
「それが一番だと思います」
 微笑んで云ったセレスティに女性は言葉を続ける。
「不思議なものですね。人はどうしてこんなに普通の形に拘るのでしょう。両親さえも私がこんな躰になってしまってからどこか距離を置いているようだった。彼を頼ったのは花を本当に愛している人だからだと聞いてのことでした。たとえ花だけでも、私を見てくれる人がいればいいと、そう思ったからです。それなのに、彼はきちんと私を見てくれている。生活を共にしていると自ずとわかります。」
「これは私の推測にすぎないことですが、彼の世界は今まで花が総てだったのでしょう。しかし、君という人が現れて、花と人間のどちらもあわせもつ君のなかに人間の魅力を見たのではないでしょうか?」
 云ってセレスティが席を立つと女性は晴れやかな笑みを浮かべて、ありがとうと云うと彼を呼んで欲しいと云った。
「すぐに話してしまわないとまた決意が揺らぎそうだから」
 セレスティはそんな女性に深く頷きで答えた。


【肆】

 リビングに戻ると三下と男性が無言のまま、居心地が悪そうにして向かい合っていた。セレスティが戻ってくるのを待っていたとでもいうように男性が顔を上げる。
「彼女が君を待っています」
 セレスティの言葉に男性が立ち上がる。
 そして擦れ違いざまに問うた。
「失うのが怖いのですか?」
 男性は足を止めて、セレスティを見る。憎しみと哀しみがない交ぜになったような複雑な双眸がセレスティに向けられる。
「私の世界を変えてくれた人ですから、怖くないといったら嘘になります。でも……」
「自ら言葉で関係を壊すのは怖い。そういうことですね」
 男性の言葉をさらうようにセレスティが云うと男性は苦しげな顔をして目を逸らす。
「わかっているんです。総て、わかっています。だからもうそっとしておいてもらえませんか。記事にするのはかまいません。でも私たちがここでひっそりと生きていることがわからないようにしてもらいたいんです。これから先、どれだけ一緒にいられるかもわからないんです」
 男性の言葉に明日失うかもしれない者を守っているのだという気配を感じる。するとなんだか哀しいものに触れてしまった気がした。だから答えはするりと唇からこぼれた。
「わかりました。―――けれど、一つだけ忘れないで下さい。君も彼女もたった一人で生きているわけではありません。彼女には家族がいて、君には彼女がいる。それを踏まえたうえで生きていく方法もないと断言することはできないと思います。共に生きていく方法を二人で探していくことは、難しいことではない筈です。誘拐されたのかもしれないという噂が流れているというのは、彼女の家族が彼女を探しているのかもしれません。彼らにとって彼女は唯一のお嬢さんなのかもしれませんし、彼女だって両親を忘れようとしているわけではないように思います。二人で、彼女の家族と共に生きていかなければならない。そういう道があるということを君も彼女もそれをわかっているのでしょう?」
 男性はうっすらと笑みを浮かべて静かに頷くと、ビングルームを出て行く。
 三下がセレスティを見ていた。
「調査はこれで終了ということで宜しいですか?」
 言葉に三下がソファーから立ち上がる。そして二人は静かに屋敷を後にした。


【伍】

 帰りの車中でセレスティは二人がこれから何を選択していくのだろうかと、ぼんやりと考えていた。
 初めて女性と出逢った時の彼は、確かに彼女ではなく花を見ていたかもしれない。しかしそれが共に生活を送るうちに変化していったことは確かだろう。しかし想いというものはどちらかが口にしなければ伝わるものではない。仕草などから伝わることもあるだろう。だからといってあの状況で、言葉なくして幸福な関係を作ることができるとは思えなかった。
 二人で幸福になるためには、どちらかが言葉によって想いを伝えなければ先へ進むことはできない。もしそれを怠るようなことがあれば、二人で生きるという幸福を永遠に知ることもなく二人は別れてしまうかもしれないのだ。きっとそれぞれに、それぞれを愛しているのだろう。大切で、失いたくないからこそ言葉にすることを拒んできた。まるでどこかで失うことなどないと思い込んでいるように、現実を改竄しているだけにすぎない。最も大切なものが本当に失うことになるとしたら耐えがたいことだ。愛しいからこそ、大切だからこそと、喪失の気配は感じずにいたい。
 セレスティは自らが大切に思う存在を考える。 
 もし彼らのような状況に陥ったら。
 考えると自分もあの植物学者の男性と同じことをするかもしれないと思う。誰の目にも触れないように閉じ込めて、傍にいて、最後のその瞬間を看取るために自分の時間を残された大切な者のために使うことだろう。
「もし、最も大切なものが失われてしまうとわかったらどうなさいますか?」
 不意に訊ねられたことに動揺したのか、三下がしどろもどろに答える。
「なるべく傍にいるようにすると思います」
「そうですよね……」
 答えたセレスティは小さく笑った。
 失うことほど怖いものはない。もう二度と同じ者として傍にいてくれなくなることほど辛く、残酷な現実はないのだ。けれどあの二人にはそれを越えていく術がまだ残されている。ささやかで、壊れてしまいそうな些細なことで果敢ないものでも残されていないよりは幾分幸いなことだろう。
「彼らが幸福になれたら良いですね」
 セレスティは呟いて、彼らがこれから選ぶ道に幸いあれとささやかな祈りを胸のうちに刻んだ。
 あの花の甘やかな香りのような幸福な日々が彼らの未来にあればいいと……―――




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725/財閥総帥・占い師・水霊使い】



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■         ライター通信          ■
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いつもお世話になっております。沓澤佳純です。
少しでもこの作品がお気に召して頂ければ幸いです。
それでは、この度のご参加本当にありがとうございました。
今後また機会がございましたらどうぞよろしくお願い致します。