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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


CHANGE MYSELF!〜メイドな館でアイリス大ピンチ!〜


 東京郊外にある屋敷に向かって、並んで歩くふたりの男女がいた。彼らは別にカップルでも夫婦でもない。男は少し腰が曲がり、顔もしわくちゃの老人だし、女は……というより少女は外行きの格好をして彼の後を歩いているだけだ。ただこのふたり、まったく日本人には見えない。欧州のイメージを漂わせる、そんな不思議な服装をしているのだった。


 皆さんは『魔女の館』という店をご存知だろうか。
 東京都内にいくつあるかわからない雑居ビルのひとつにそれがある。煉瓦造りの建物で、中はいわくありげな道具が所狭しと並んでいるのだ。民間人からしてみればかなり……というよりも、もう鉄板で怪しい店。近所のオヤジにどんな店かと聞くと、「なんで営業許可が出たのかわからん!」となぜか怒りで身を震わせていた。その家もなぜ建築許可が下りたのかよくわからない金属の家なので、この証言も店同様に当てにならない。というか、質問の答えをしっかり答えてくれてない。
 そんな怪しげな店を運営しているのは、実は少女の方である。アイリス・ロンドヴェルといい、とても賑やかな性格の娘だ。道を歩いているだけでも目の前の老人にとにかく愚痴っているところを見れば一目瞭然だが、これではどこから見ても駄々をこねる子どもである。アイリスの世話をするおじいちゃんはジョッシュと呼ばれており、普段は店の切り盛りをしている。アイリスから何を言われても「はいはい」で済ませているところを見ると、我慢強く温厚な老人なのだろう。ふたりに血の繋がりはないようだが、こうやって見ると祖父と孫のようなものだ。というか、そうにしか見えないだろう。どうやら今日はジョッシュの都合でアイリスがここまで引っ張られてきたようだ。だから彼女が落ちつかない……とまぁ、ここまではいつもの調子である。


 ジョッシュは額に光る汗をハンカチで拭いながら立ち止まった。アイリスの足もそこで止まる。

 「これこれ、ここですね。」
 「はあっ? ジョッシュ、ホントにこんなところに用があるの?!」

 目の前に広がる大豪邸に圧倒されたアイリスは持っていたかばんを落とす。その中には数日間の着替えが用意されていた。しかし、用意してきたのは彼女だけ。ジョッシュは言わば、ここまでの案内人なのだ。彼女の反応を気にもせず、ジョッシュはライオンを模した取っ手を使ってノックする。しかし大きな扉だ。中にも広い庭に噴水、そして数え切れないほどの部屋があるのだろう。大きなシャンデリアに赤じゅうたん……アイリスは息を飲みながら周囲を見渡す。館の周りを取り囲む威圧感のある黒い柵はどこまで続いているかわからないほど果てしなく続いている。それを見た彼女はもう溜め息しか出なくなってしまった。

 「お金持ちはこれだから……」
 『はい、お待ち下さいませ。』

 アイリスが感想を述べる頃、中から返事があった。そしてゆっくりと扉が開かれる……「待たされた」という苛立ちをまったく感じさせない、見事なまでの対応だ。ジョッシュは思わずため息を漏らす。

 「……この娘も店でこれくらいしてくれたらと思うと、よよよ。」
 「ジョッシュ様、でしたね。今、主人が参ります。少々お待ち下さいませ。」

 恐ろしく大きな扉がほんの少し開かれたかと思うと、そこからひょっこりとメイド姿の女性が顔を出した。アイリスは何かを察知したのか、とっさにジョッシュの首元を両手で締めながらすさまじい形相で叫び始める。

 「あんたっ、あんたまさか私にメイド修行をさせようとでも……っ!」
 「あわわわわわわ、そんなことをさせるわけではありませ、ごほごほっ!」
 「さっきのセリフ、聞こえてたわよ! 何よ、私の接客に文句があるならコソコソしてないではっきりそう言えばいいじゃない!!」
 「じ、地獄耳……うぐうぐ。」

 さすがは老人、顔が青くなるのもあっという間だ。そろそろジョッシュが落ちるかという頃に、助け船が屋敷の中からやってきた。赤いドレスを着こなす美女の両脇には数人のメイドがついてくるではないか。さすがのアイリスもその画を見た瞬間、手の力が自然と抜けた。というか、なんか引いた。

 「あ、あの〜〜〜。あ、あの……」
 「ようこそアイリス・ロンドヴェル。そしてジョッシュ。私がリィール・フレイソルトだ。」

 口調がメイドとまるで正反対のリィールは、目の下からあごまでを逆十字を模した仮面で隠している。赤く長い髪もあまり丁寧に切り揃えられていないせいか、美しい高価な真紅のドレスとのギャップが激しい。怪しさだけで言ったら、アイリスたちといい勝負なのかもしれない。ジョッシュは息苦しさを我慢しながらも、リィールの前で丁寧にお辞儀する。

 「修行の件、よろしくお願いいたします。」
 「しゅぎょー? もしかして、私って……?」
 「なんだ、聞いてなかったのか。お前は今からここで魔術の修行だ。」
 「えーーーーーーーーーーっ、ウソっ! まったくこのクソジジイったら!!」
 「クソジジイ……今、クソジジイと! リィール様、ついでに性根も叩きなおして下され!」
 「余計なこと言うもんじゃないわよ、もう! あ、別にそんなオプションはいりませんからね、ホント!」

 ふたりの漫才を前にしても動じる気配のない当主。そんな姿を見てジョッシュは不安を感じていた。

 彼は最近、能力者の力を覚醒・伸長させる目的の『アカデミー』という組織の存在を知った。数日前、ポストに広告が入っていたのを見たのがすべての発端だった。おそらくは看板を見て広告を入れたのだろう。まぁ中身は例によって怪しげな広告ではあったのだが、ジョッシュはその組織の存在を噂で聞いていた。能力者至上主義を頭とする組織……その言葉を頭に思い浮かべた時、普段から魔術の練習をしないアイリスのことがよぎった。怠けて怠けてファッション雑誌を読んではあくびする毎日を過ごすわりに実戦魔術講座では偉そうに講釈と垂れて……という姿を思い出して腹が立ったのだろうか。とにかく彼女に本格的な修行をさせようとアカデミーに体験入学させることにしたのだ。これから先の修行のやり方もしっかりわかれば、もしかしたら自分から率先してそれをするかもしれない。そんな期待もあった。だからこそ、店を休んでまでアイリスを連れてここまでやってきた。これが今までの経緯だ。
 しかし、ジョッシュの頭の片隅に不安が残っていた。アカデミーは世界規模で活動している組織だ。もしかしたら、もしかしたらアイリスに危害を加えるかもしれない。だが、彼女も立派な能力者である。能力者なら危害を加える理由がないだろうと踏んでいた。

 と、その時。

 「もーーーっ、でもこんなところで修行なんてできるわけ? まるでここホテルじゃない、リィー」
  タンッ!
 「……………ルさ……ん?」

 漫才でジョッシュは周囲に注意を払うことをすっかり忘れていた。彼がまずいと思った時にはすでにメイド4人ほどが主人を中心にガードし、リィールは気絶したアイリスを抱きかかえていた! メイドが放った恐ろしい早さの手刀を首筋に受け、彼女はすでに気絶させられてしまったのだ……それに気づけなかったジョッシュは怒りの色をあらわにする。

 「リィール様、いや、リィール。何のつもりだ……?!」
 「まさか我々『アカデミー』がお前たちの存在を知らないとでも思っていたのか、ケネス・シュプレンゲル・アルフォンス。浅はかな男だ。アイリスは頂いた。彼女には素晴らしい素質がある。我々、教師として戦えるほどの力を秘めている……!」

 ケネスと呼ばれたジョッシュの声色は、すでに若者に近い張りのあるものに変わっていた。ジョッシュとは世を忍ぶ仮の姿で、実はその正体は永遠の命を得た魔術師のケネス・シュプレンゲル・アルフォンスなのだ。彼は悔しそうに声を絞り出す。

 「くっ、やはり……私の読みが甘かったのか!」
 「ケネス、お前はこちらに来ないのか。お前ならヨーロッパ支部の校長をも勤められるほどの逸材だ。再びこの世が魔法の原理で動く日を作ることができ」
 「そんな言葉には乗りませんよ。さぁ、アイリスを返してもら」
 「いいのか、アイリスを起こしても? それとも、その姿で私たちと戦うつもりか?」

 リィールを取り囲むメイドも相当の手練れだ。それこそ今のアイリスを相手するも同然だろう。ケネスの姿に戻れば彼女たちはおろか、リィールにも勝てるだろうが、それにはリスクが付きまとう。実はアイリスは『ジョッシュ=ケネス』ということを知らない。実はその事実はケネスが必死に隠していることなのだ。知られるわけにはいかない……彼はもう逃げるしか手がなかった。

 「今は退きましょう。あなた方はアイリスに危害は加えないでしょうからね。だが、次に会う時は必ず返してもらいますよ……!」
 「ふふふ……本当の力を隠したまま逃げるのか。いいだろう、次の機会を楽しみにしよう。私はお前をきっと楽しませてみせるよ。」
 「くっ、お見通しというわけか……!」
 「はっはっはっはっは! 逃げろ、そして策を練るがいい!」

 リィールの高笑いを聞きながら、そそくさと走って逃げるケネス……しかし彼女に言われるまでもなく、すでに策は考えていた。彼は能力者たちにリィールの撃退とアイリスの奪還を依頼しようと考えていた。ケネスの姿になれない今、彼にできることはこれしかなかった。息を切らせて走りながら、彼はつぶやく。

 「これしかないか……だが、きっとアカデミーもさまざまな妨害を用意するだろう。アイリスもその中のひとりとして……なのか?!」

 考えるだけでも頭が痛くなる。しかし戦わなければ、アイリスの無事はない。彼は腹を括った。


 あれから半日、情報を聞きつけた能力者たちが魔女の館に集った。ジョッシュは本当の姿と本心を隠しつつ、いつもの老人としての慌てっぷりを全員の前で見せる。それに同調するのはシオン・レ・ハイだった。しかし彼の様子を見る限り、話半分に聞いているようにしか思えない。顔は真剣そのものだったが、ジョッシュとはろくに顔を合わせずにいた。シオンの興味は店内に並ぶ商品に移っている。

 「ジョッシュさん、話はよくわかりました。アカデミーは知らぬ相手でもないですしね。ただ私は積極的に戦えるような力を備えていないんですよ。」
 「……あなたの身体に内在している力は混沌としたもののようですな。心配はよくわかりますぞ。」
 「使えないことはないのですが、そのためには制御が必要で……そのような魔術グッズをお借りできればお役には立てると思います。ついでに防御力を高める護符みたいなのもあったら嬉しいです。ちゃっかり体術も苦手でして。」
 「わかりました、適当に見繕っておきましょう。」
 「シオン、あんた……どっちの力を使うんだ?」

 その話に横槍を入れてきたのは同じ年くらいの男で、大神 炎といった。彼もまたジョッシュと同じく、シオンの身体に宿る複雑に入り混じった力をすでに見切っていた。シオンもそれを察したようで、黒手袋をした左手を見せながら事情を説明する。

 「こちらを使うにはここの販売アイテムでは追いつかないような気がするんです。ですから今回は母方の能力を使いたいのですが……こっちも普段から失敗だらけで実際は使いたくないんですよ。できたら大神さんの力でなんとかしてくれたら嬉しいのですが。」
 「無茶言うな。リィールはともかく、そのお手伝いさんまでそこそこの腕前なんだろ? こっちはひとりでも多くの戦える人間が欲しいんだ。弱音吐かずにがんばってくれよ。こっちとら今回は息子の代打で来たんだからな。」
 「この際、満塁ホームランでも打って今夜のヒーローになって下さいよ。」
 「それには名アシストが必要だな。おっと、例えがいつのまにかサッカーになってる。」

 豪快と繊細の男たちの小気味いいやり取りが館の中に響く最中、着物の美女・天薙 撫子がジョッシュに近づき小声で話し始めた。洋の空間に和服が今日も映える。どうやら彼女はこの施設、いやジョッシュとの面識があるらしい。彼女はさっきのふたりとは違う呼び名で老人を呼んだ。

 「ケネスさん、祖父から話は聞きました。アカデミーが絡んでいるということは……事態は深刻なのでしょうか?」
 「撫子様……そうですね、教師を名乗る人間が数人出てくるなら目も当てられませんよ。お察しの通り、私は本当の姿を晒すことはできない。それを相手も知っています。そこを突いてきたのですからさらにたちが悪い。」
 「相手を撃破するだけならいいのですが、アイリスさんの保護で問題があると聞きました。それはどういう意味なのでしょうか?」

 シオンのために動かしていた手がふと止まった。それこそジョッシュが一番語りたくないことなのだ。しかし話さなければ間違いなく混乱を招く……彼は覚悟を決めて話した。

 「あの娘は……正常な思考において、決して理由もなく相手に危害を加えようとはしない。だが、相手はアカデミー。何を仕掛けてくるかわからないのです。もしかするとアイリスも敵対する可能性もあるのではと心配しています。」
 「まさか。」
 「怠け癖を取り除いたあの娘はいつも以上の力を発揮します。敵が私の素性を調べ上げている以上、何らかの形で彼女も利用することは明白です。まぁ、少しくらいのお仕置きくらいならどうぞ。ただ、いくらこの状況下でも大ケガをされると……」
 「わかってますわ。その辺はお任せ下さい。」
 「お世話を、おかけします。」

 ジョッシュが小さく頭を下げると、撫子は慌てて彼の肩を持ってそれを阻む。「お礼は終わってからでも結構です」と言いながら、彼女はやわらかい笑顔を見せるのだった。

 戦士はまだいる。入口近くに飾られているアイリスの写真をぼーっと呆けた顔をして見ているのは風宮 駿だ。魔道強化服・ダンタリアンと融合をしている男だが、シオンとは違い自分の力をよく理解していない。そのため数日前に魔女の館へやってきたのだが、アイリスの姿を見て肝心の依頼のことも忘れて有頂天になってしまった。しかし彼女はジョッシュと漫才の最中でとても一目惚れしたことを口にすることもできず、その時は黙ってとぼとぼと帰るハメに。日を改めて再びやってきたところ、偶然『アイリスがアカデミーに捕まっている』という話をジョッシュから聞かされた。これは願ってもみないチャンスとばかりに駿は状況をよく理解しないまま手を打って喜んだというわけだ。
 そのまましばらく呆けた眼差しで溜め息をつきながら写真を見つめていると、ひとりの少年が彼を茶化し始めるではないか。

 「兄ちゃん兄ちゃん、もしかしなくてもアイリスさんのこと好きなの?」
 「え、えっ? そ、そんなことはないよー。こっ、子どもがそういうこと、え、遠慮もなしに言うもんじゃないよ!」
 「俺、ルドルフ。馴鹿 ルドルフ。ルドルフでいいけど。」
 「ルドルフくん、ね。よろしく。でも君、なんか遊びに来たような格好じゃないか。何それ、ハンディーカラオケ?」
 「そう、こ・れ・が・武・器!」
 「まさか! そんなんじゃアイリスさんを助けられないよ〜。遊びじゃないんだからさ。」
 「そっくりそのままセリフ返すよ。鼻の下伸ばしてたんじゃ〜、アイリスさんは助けられないよ。遊びじゃないんだからさ。」
 「ムッ……!」

 深い事情を知らない若いふたりはケンカ寸前だったが、ジョッシュがそれを止めるかのように全員に向かって話し始めた。外はすでに夕暮れ時。戦闘は夜に行われることは明白だ。周囲が老人の第一声を聞くと、それまで緩めていた表情を引き締める。

 「それでは皆さん、よろしくお願いします。シオン様、これが氷の力を制御するリングと防御力を一瞬だけ高める護符です。護符の方は効果が永続的に続くわけではありませんのでお気をつけ下さいませ。」
 「保険程度ですね。わかりました、破れたら大神さんの背中にでも隠れてますよ。」
 「まぁ、溶けないように気をつけるんだな。はっはっは。ああ、そうだ。この依頼はお嬢ちゃんの救出が大前提だろうが、ドンパチが激しくなってきたら荒療治になるかもしれんがそれでも構わんか?」
 「いい薬になるのなら、それでも結構です。」
 「いい答えだ。参考にしておくぜ。」
 「まーまー、俺の力でなんとかしますよ。もちろんケガさせない方法でね。任せてください!」

 駿がうまく話をまとめると、ジョッシュを含めた6人はあの館へと向かうのだった。果たしてそこには誰が待ち受けているのだろうか。


 リィールの住む館は中も外もライトアップされている。山奥に建っていながらもその存在を誇示するところは、アカデミーらしいといえばそれまでだろうか。その様子を見て、館の壁際を伝いながら歩いていた撫子が御神刀『神斬』を持ち直しながらふと自分が思ったことを言った。

 「この明るさは……もしかすると。」

 そのセリフにシオンと駿が反応した。ほどなくして大神もあごに手をやる。何もわからないのはルドルフとジョッシュで、ふたりは黙って不思議そうな顔を突き合わせた。

 「撫子さん、まさかメビウスがいるとでも……?」
 「そ、そうすると……風宮 紫苑もここに!」
 「ふたりの合体技にして究極の能力『時間停止』には予備動作がありません。こればかりはいくらわたくしでも止めようが……」
 「能力者に憑いてその力を増幅させる教師がいるとは聞いていたが……厄介な話だな。」

 そんなことを話していると、目映い光を遮って空から大きな翼を得た女が6人を迎えた! 『死霊の空蝉』と呼ばれる能力で太古の恐竜の翼を手に入れたリィールが敵を察知して飛んできたのだ! 老人を罵った時と同じく、彼女は血のように赤いドレスを身にまとっている。

 「ようこそジョッシュ。多くの能力者を連れてきたようだが、彼らはアカデミーに入校する者たちか?」
 「皆様、散って下され! アイリスを奪還すればもうここに用はありませぬ!」
 「俺が気を引いとくよ〜。なんだリィールって女だったのか。でも口元に仮面つけてて気持ちわる〜いっ!」
 「おのれ……私を愚弄するとは、あいつは許さない!」

 鋭い眼光でルドルフを見下すリィールだったが、すでに彼はそこにいなかった……だが彼女は小さく響く鈴の音で視線を上に向ける。するとそこには瞬間移動と飛行能力を駆使したルドルフが余裕の笑みで立っているではないか!

 「へへ、バレちゃった♪」
 「貴様、今の能力は紫苑と同じ超加速か……?!」
 「違いま〜す。さ、みんな……早く行っちゃって! 俺はいつでも合流できるからさ!」
 「皆さん、早く中に入ってさっさとアイリスさんを助けましょう!」
 「……いいねぇ、若いって。駿とやらを見てると昔の自分を思い出すよ、まったく。」
 「大神様、何かおっしゃいました?」
 「いや、なんでもねぇ。今考える必要のないことだしな。」

 見え透いた駿の心から昔の自分を思い出した大神は下を向いて「ふふっ」と笑うと、みんなと足並み揃えて中へと突入する。それを見たルドルフはさっそく持ってきたハンディカラオケの電源を入れ、ゆっくりとマイクを自分の口元へ近づけた。リィールは見たこともないような攻撃が飛んでくるのではないかとその場で警戒し、とりあえず彼の様子を伺っている。しかし、次の瞬間に出てきた言葉で場の雰囲気が一気に崩れた!

 「はぁ〜〜〜ん、トイレが近いのわたくしはっとくりゃあぁっ♪」

 列の先頭を走っていた駿があまりにマヌケな歌声に思わずズッコケてしまった。大音量で館中に響くその歌はマニアな人気を誇るカラオケソング『いっつもピンチ』だ。シオンはその歌を知ってるようで何度か頷いているし、大神などはあまりの滑稽さに吹き出しそうになっていた。撫子は赤くなった頬を空いた手で抑えながら走る。
 全員の調子が狂ったかのように思われたが、肝心のリィールには通じなかったらしい。それどころか火に油を注ぐ結果となってしまった。彼女は実に素直に怒りを表情に出し、獣の槍の先端で自らの仮面をはがそうとする……

 「今まで私がこの仮面を外さなかったのには意味がある。これはそれ自身が私の身に宿る大いなる精霊の力を制御するためのものなのだ……私は今、その封印を解く!」

 口元を覆っていた仮面は決して重力に逆らわず、ただ素直に地面へと落下していく。その素顔があらわになったリィールの口元には複雑な文様が青白く浮かび、それは全身を走っていくではないか! さすがのルドルフもこの光景を見て少したじろいた。

 「じょーだんキツい! 何、この動く刺青って! リィールってまだ力を隠してたの?!」
 「うぐるぅぅぅっっ! うぐるるるるるるぅぅぅーーーっ!!」

 彼女の面持ちは上品なドレスでは着飾れないほど異様なものに変化した。それと同時にあの落ちつきからは想像できないほど荒い息を吐きながら、槍を持つ両手を震わせながらそこにいた。その姿は今にもルドルフに食いつかんとする獣そのものだ。ジョッシュはルドルフには荷が重いと感じたのか、その場で一度は立ち止まった。しかし地面に触れようとする仮面を華麗にキャッチした者を見た時、また走り出そうとするではないか。そう、その影はリィールに仕えるメイドたちだったのだ!

 「くっ、まるで隙がない!」
 「坊主、そこは任せて大丈夫か!」
 「歌って踊ってがんばるよ。どーせリィールの攻撃なんか当たらないし。」
 「言わせておけば……うがあぁぁぁっ!」

 怒りに任せたリィールの攻撃は瞬間移動するルドルフには通用しない。特にこの状態の彼女の攻撃は威力はあるものの、単調な攻撃しかしてこないからルドルフにしてみれば先を読みやすくて仕方がない。怒り狂うリィールとは対照的に、脱力系マニアックソングを余裕の笑顔で歌い続けるルドルフ。あんまり余裕がありすぎて、彼は曲の合間にリィールの長い髪をかじり始める始末だった。

 「むしゃむしゃ、ぺっぺっ! あんまりおいしくないなぁ〜。トリートメントしてるのぉ?」
 「うぐ、うぐぐ……よくも私の髪をぉぉぉっ!!」

 ルドルフの行動はある意味では心配だったが、今は彼に任せるより他にない。館から出てきたメイドの質と量がすさまじく、リィール打倒に回す戦力がないというのが理由だった。駿は瞬時に『世界』のカードを抜き、撫子も改めて御神刀を構える!

 「メイドさんたちは軽くいなせばいいか……とにかく変身!」
 「さすがに一撃で片付けるというわけにはいきませんわね。この方たちも鍛えられていますわよ、十分に注意して下さい!」
 「へぇ……若い身空で。シオン、あんたはどうする?」
 「予定通り、大神さんの後ろでコソコソします。」
 「いい心がけだ。実は俺もコソコソしたい。手っ取り早くお嬢ちゃんを見つけたいからな、式神を飛ばしてその辺を探ってみたいんだ。ということで若いもんにしばらく任せるとするか。」

 大神に言われるまでもなく、すでにダンタリアンとなった駿と撫子は迫り来るメイドたちを動けなくする程度に加減しながら戦っていた。しかし手を抜いて戦うというのはそう簡単なものではない。撫子は敵の攻撃を薙ぎ払いながら、ダンタリアンは首筋を的確に狙った手刀でメイドたちを気絶させながら前へ進む。その間、準備を終えた大神が小鳥となった式神を空に放った。

 「よし、とりあえず進むか。」
 「しかし大神さん、これ迷子になりそうなくらい広い館ですよ。むやみに移動すると戦力分断されませんか?」
 「ん、意外と簡単にお嬢ちゃんが見つかったぞ。中庭の噴水あたりにいるみたいだ。だけどタキシードの男と一緒だな。こいつは誰だ?」
 「えっ、アイリスさんって彼氏いるんですか?!」

 倒しても倒しても出てくるメイドを相手にしているせいか、駿は状況を正確に把握できずにいた。しかし比較的余裕を持って戦っている撫子はすぐにその答えを出す。ふたりはすでに大きな玄関から赤じゅうたんの敷き詰められ、シャンデリアの光に包まれた明るい大広間まで達していた。

 「風宮……紫苑さんですね。」
 「なんだ、彼氏じゃなくってよかった……ってそっちの方が最悪じゃないですか!」
 「駿様、またあなたの加速が必要ですわね。紫苑と戦うにはあの能力が必要不可欠ですわ。さ、とにかくアイリスさんを助けるために中庭に行きましょう。」
 「ところであの歌、なんとかならないんでしょうか……」

 「あ、紙がないっ、紙がないっ、紙がないっ、紙がないっ♪」
 「私をそれ以上愚弄するなぁぁぁっ!」

 シオンのセリフで激昂するリィールの相手をひとりでしているルドルフのことをその場の全員が思い出した。こんなところでもたもたしていられない。その時、駿がカードを2枚抜いてそれを宝玉に読みこませた!

 『タワー』『ストレンクス』
 「もたもたしてられない……中庭に行くにはこれしかない! とぉわあぁぁーーーっ!!」

 ダンタリアンは豪華絢爛に飾られたシャンデリアの高さまで飛ぶと、そのまま2階へと続く階段や壁を巻き込んで強烈なキックを見舞う! 周囲はその威力に負け、すべて破壊されてしまった。ついでにそれを阻止しようとしたメイドたちも一緒に吹き飛ばされてしまう。彼は強引に中庭への道を作り出したのだ!
 壁の穴の向こうには式神と大神が見た風景がある。中心に大理石で作られたライオンの彫刻は天に向かって水を吐き出しており、その前にはアカデミーの教師であり宿敵の風宮 紫苑が待ち構えていた。しかしひとつだけ違うのは、アイリスが魔方陣の中に入って戦闘態勢を整えていることだった。ジョッシュはうつろな目をしたアイリスと魔方陣を見て思わずつぶやいた。

 「目に光がない……それにあれは結界ですな。下手な攻撃はすべてあれに弾かれてしまうことでしょう。」
 「ようこそジョッシュ様、それに皆様。リィールの館にようこそ。どうやら穏便にことを済ませるわけにはいかないようですね。」
 「紫苑さん、アイリスさんを返して下さい!」
 「それは聞けぬ相談です、撫子様。彼女はすでに我がアカデミーに忠誠を誓っております。言わば、アイリス様も今は同志です。」
 『私は……アカデミーの発展のために……』

 魔法の杖を持ったまま身構えるアイリスは先頭にいた駿の足元に魔法の矢を打ちこむ! 彼は慌ててそれを避け、彼女にやめるよう哀願する。

 「やめてください、アイリスさん! 俺はあなたと戦いにきたわけじゃないんだ!」
 『能力者たちの……偉大な世界を作るため……』
 「アイリス様もこうおっしゃってるのですから、皆さんもいかがですか。我がアカデミーに少しでも好意的になっていただくというわけにはいきませんか。」
 「罪もない能力者を捕まえて手前勝手に操って……よくもぬけぬけとそんなことが言えたもんだ。どうやら息子の言う通りの評判らしいな。」
 「大神様、それは誤解です……」

 紫苑がそういうと、彼らの周囲に再びメイド軍団が現れた! 中には気絶から復活した者もいるようで、その数はさっきよりも多く感じる。撫子はその場でさっと手を振ると、アイリスに向かって突っ込んでいく! それを合図にメイドたちがなりふり構わず高くジャンプして襲いかかった! その瞬間、撫子はまた同じ動作を繰り返した。すると数人のメイドが見えない手で足を引っ張られたらしくバランスを崩して無様な姿で地面へと落下する!

 「き、きゃあっ!!」
 「妖斬鋼糸……! すでに皆様の足に忍ばせておきましたのよ!」
 「おい、シオン。あんたも爺さんから高価な道具を借りてるんだから、ちょっとはハッスルしたらどうだい?」
 「じゃあ噴水でも使って試してみましょうかね……どうなるかすごく不安ですけど。はっ!」

 渾身の力を込めて力強く右手を開いたシオンはそれを噴水に向けて放つ。すると突然そこから水が溢れ出したかと思うと、あっという間に中庭すべてを水浸しにしてしまった。しかもその水はどこに流れゆくこともなく、そのまま凍り付いてしまう……ジャンプしていたメイドたちはともかく、地面に立っていたシオンはおろか、戦いの最中にいる撫子やアイリスまで動けなくなってしまった!

 「こ、これじゃ即席スケートリンクですね……」
 「シオンさんっ、そんなこと言ってる場合じゃないでしょっ!」
 「はっ、反省……っ。」
 「心配無用! 撫子、縛炎陣で氷を溶かすっ! はああぁぁっ!」

 撫子の足元を包んだ氷を溶かすため、自らの技を放つ大神。その威力はすさまじく瞬時に周囲の氷を溶かすと、撫子は『神斬』を操って向かってくる敵を面白いように叩き落としていく。その中にはアイリスが放った魔法の電撃も混ざっていたが、刀の煌きでそれを別の方向にはね返してなんとか難を逃れた。しかしそのそのエネルギーは近くに飛び火し、仲間たちに向かって飛んでいった。ダンタリアンや大神はさっとそれを避けるが、シオンはそうはいかない。だが彼は華麗に避けられなくともよかった。ジョッシュが貸してくれた護符が攻撃から身を守ってくれた。

 「熱っ、熱っ……って熱い程度で済むのはジョッシュさんのおかげですかね。」
 「その程度で済んだのは護符のおかげだぜ。感謝するんだな。」

 オッサンふたりが気楽に話している最中、ふと撫子がアイリスの様子を伺う。すると付き添うようにそこにいた紫苑がいつのまにかいなくなっているではないか! 彼女は自分がすぐに油断したことに気づく。

 「超……加速! しまった!」
 「女性に手を出すのは気が進まないのですが……ね。」

 メイドの動作はすべて超加速した紫苑をサポートするもの……背後で響く声に自分の油断を指摘された撫子は覚悟を決めた。紫苑も口では遠慮がちに言うものの、しっかり青い髪を切れ味鋭いかみそりへと変化させている。もはや絶体絶命だった。しかし裏の裏を掻く男がいた。完全にバックを取ったと思いこんでいた紫苑の思考を超える動きをした男が強烈なパンチを背中に食らわせる!

 「う、うごあぁ……な、しまった……!」
 「ソニックライダーがいることを忘れてたのか? アカデミーの幹部としては失敗だっ、うぐああああーーーっ!」

 今度は駿が盛大に悲鳴を上げる……背後には誰もいないはずだ。そう思いながらよろよろと後ろを向くと、鋭い槍がそこに転がっている。自分の空けた穴の向こうを見ると、怒りの形相で立つリィールは誰に聞かすわけでなくその場で雄叫びを上げていた。

 「がぁ、があああああわああっ!!」

 「こ、これって……わ、私の中途半端な力のせいですよね……」

 シオンが不安げな表情で大神を見るが、彼もジョッシュもまんざらでもないという顔をしていた。それどころかその表情は驚きに満ちているようにも見える。彼らは激闘をよそにアイリスの足元を同時に指差す。

 「いや、あんたのやったことは立派だよ。あの魔方陣が……敷き詰められた氷で消えてるんだからな。」
 「アイリス!」

 彼女の元に駆け寄るジョッシュの目の前にある影が現れた。それは徐々に人間の形となり、その顔は苦悶の表情を見せている。しかしリィールとは違う意味で荒い息を全身を使って吐き出していた。その顔を見てシオンが思わずつぶやく。

 「メビウス……!」
 「まさか、まさかまたもお前にしてやられるとは!」
 「アイリスっ、アイリス……洗脳は解けていないようですな。」
 「洗脳した上で彼女を操ろうとしたんですね。私にとってスケートリンクは本当にラッキーパンチでした。おかげであなたの弱点がわかったんですから。偶然が重なった結果ですが、これであなたは風宮に力を貸すことはできない。」
 「ど、どういうことだ!」
 「あなたの能力は地面にしっかりと写った影でなければ侵入できないということですよ。鏡のようになっている今のこの状態ではどうしようもない。」
 「ちっ、バレてしまったか。だがあれを見ろ!」

 「ぐわあぁぁっ!」
 「くっ……!」

 メビウスが見るように指示したのは味方の劣勢だった。能力を最大限まで駆使して戦う紫苑とリィールに苦戦を強いられる撫子とダンタリアン。いくら作戦がアイリス奪還であったとしても、このままでは逃げることすらままならない。しばらくすればまたメイドたちが復活して、また苦境に立たされるだろう。そんな時、大神がゆっくりと前に出た。それはアイリスの救出をジョッシュやシオンに任せることを意味していた。

 「御老人、お嬢ちゃんの様子は?」
 「無理に正気に戻そうとすると、記憶の一部を失いかねませんな。強い精神的なショックを与えれば戻ってくるかもしれませんが……」
 「その辺はあんたらに任せた。俺はこっちの相手をしないといけないみたいだしな。鈴の坊主もよくやったが、逃げてるだけじゃどうしようもない。俺が相手してやるぜ、メビウス。」
 「やるのか……オッサン?」

 鈍く光るナイフを懐から取り出したメビウスは不敵に笑……おうとした。しかしそれを遮るすさまじい力をすぐ側で感じた。撫子が状況を打破するためにあの時と同じように天位覚醒し、再び三対の翼を有した天女へとその姿を変える! それに呼応するかのようにダンタリアンが、大神が雄叫びをあげる……教師たちも鋭い殺気を秘めながらその力を周囲に充満させていく。
 その時だ。リィールを瞬間移動で翻弄していたルドルフが頭上に現れるではないか。そしてさっきの歌とは違う、やわらかな響きを秘めたキャロルを歌い始める。その歌はマイクを通し、奇妙な力場と化した中庭に響き渡った。歌い始めた瞬間、たったひとりだけ……リィールがそれに呼応するかのように悲鳴を上げ始めた!

 「き、きゃああぁぁぁーーーーーっ、あはあぁっ、あがっ! やめろ、その歌声をやめろぉぉ!!」
 「神の身元へ〜、神の愛を〜♪」
 「か、身体中の力が反発す……やめ、やめろぉぉーーーっ!」
 「俺の、俺の身体に影が染み込んでっ……なぜだ、なんだこの気色の悪さはぁ……っ!」

 間を置かずにメビウスも苦悶の表情を浮かべ始めた。撫子や大神、駿はこの歌のどこがいけないのかが理解できない。それどころか力が満ち溢れてくる感じさえするというのに……不思議な力を秘めたルドルフのキャロルの追い風に、大神は巨大な火炎弾をメビウスに叩きつける! 同じく撫子は『神斬』を振るい、口元に刻まれた文様の光を失って苦しんでいるリィールに強烈な一撃を見舞う!

 「ふぉりゃあぁぁぁーーーっ!!」
 「てりゃああぁぁぁっ!!」

 「よ、避け切れない……『死霊の空蝉』よ、私を守れぇぇっ!!」
 「ふざけるなぁぁぁあっ、このクソジジイめぇぇぇっ!!」

 リィールは空飛ぶ白き恐竜の霊に、メビウスは自分の影で防御する……が、神聖なるキャロルが集中の邪魔をして思うように動けない。『神をも斬る』と名付けられた刀は死霊を粉々にしてしまい、巨大な火球はメビウスに命中すると今度は破裂して子弾で身体を焦がした。ふたりは立ち上がれないほどのダメージを受けてしまった上、歌声を耳にして再び苦しみ始める始末。そんな無様な姿を見せられたふたりは敵を哀れに思ったのか、それ以上の攻撃はしなかった。周囲のメイドたちはふたりの教師を担いでどこかに向かおうとする。

 「……………うぐっ、はがっ。」
 「く、こ、この歌さえなければ……っ、がはっ!」

 撫子は最強の力を解き、大神とともにアイリスのところに駆け寄る。しかしその直後、背後で悲鳴が上がった。それは意外にもダンタリアンの声だった!

 「うわぁああーーーっ!」
 「えっ、なんで? なんであいつにはキャロルが通じないの?!」

 さすがのルドルフも驚いて歌うのをやめた。そう、紫苑にはキャロルの効果が現れていなかったのだ! そして平然と超加速を使ってダンタリアンの変身を解くほどの威力を秘めた拳をぶつけ、さらに再変身しようとして手にした『世界』のカードを奪っていた。

 「まったく、困ったものだ……誰に拳を振るっているのか理解したまえ。」
 「な、何を言ってるんだお前は!?」

 明らかに普段とは違う言葉遣いに駿は寒気を覚えた。同時に一度でも紫苑と会ったことのある人間は皆、それを感じていた。シオンは気味が悪くなったのか、本人にその辺を問い質す。

 「その言葉遣い、まるで家族にでも向けているような感じですね……」
 「当然です。駿は……私の弟なのですから。生き別れの、弟ですよ。」
 「なっ……! そ、そんな……バカな。苗字が……苗字がたまたま同じだけじゃないか、そんなことあるはずがない!」

 衝撃の告白に心を揺らす駿に向かって、紫苑は弟の足元に『世界』のカードを刺した。凍った地面はそれをきれいに映し出している……へたり込んでいた駿はそれをつかんで再びダンタリアンへと変身すると力強く立ち上がった。

 「俺は……すべてを知らない。だが、お前という兄は絶対にいない!」
 「証明してみせよう。私と共に来るといい……ダンタリアン。」

 アイリスの復活に苦心しているジョッシュたちだったが、そこから大神が抜け出して迷う駿に声をかけた。それは息子が話していたことだったが、今の状況下においては恐ろしく重要なことに思えた。

 「駿よ。あいつはこんな感じでアカデミーに能力者を引き抜くらしいぞ。心当たりがないのならしっかり断っておけよ。」
 「そ、そういうことか。卑怯な奴だ、あんたは!」
 「兄にそういう口を利くのか。ははは、構わないよ。どうせダンタリアン、君もアカデミーの軍門に下ることになるのです……おっとそうでした、大神様にもアカデミーへの入校をお勧めしたかったのです。いかがですか、大神様の場合は家族全員でお入りになられては?」
 「退魔師で食えなくなったら考えるわ。ま、そんなことは絶対にあり得ないがな。」
 「それは残念です。それでは傷ついた者たちの回収も終わりましたので、今日のところはこの辺で。」

 気づけばリィールたち教師やメイドの姿は消え失せていた。この後、紫苑はひとり超加速で逃げる腹づもりなのだろう。その時、そっと手を上げてシオンが喋り始めた。

 「あーあー、最後にひとつだけ質問です。」
 「どうかされましたか、シオン様。」
 「なぜアイリスさんをさらったんです? 本当に引き抜くだけだったんですか? どうも前からその辺が気になってて。」
 「さぁ……どうなんでしょうね……」

 不思議そうな表情を見せた瞬間、紫苑の姿は忽然と消えていた。どうやら話せない事情があるらしい。シオンはその場でニヒルにニヤリと微笑んだ。


 アイリスを正気に戻すのには、それぞれがさまざまな方法を行った。シオンは五円玉を糸でぶら下げ、彼女の目の前で怪しげな言葉とともに揺らしたがあえなく、いや当たり前のように失敗。変身したままだった駿は『審判』のカードを右肩にあるビナーの宝玉に読みこませることで、彼女の記憶を呼び覚まそうと試みる。すると五円玉よりも明確な効果があったらしく、少しずつ目に光が戻るではないか。満足げな声をマスクの裏で響かせながら変身を解き、シオンに向かってブイサインをして見せる駿。シオンは今度は駿の目の前で五円玉を揺らし始めた……

 「偶然であ〜る、今のは偶然であ〜る。適当にカードをめくって読みこませただけであ〜〜〜る。」
 「『審判』のカードには『復縁』っていう意味があるんですよ。それにわざわざ右肩に読みこませたのも、ビナーには『理解』という意味があるからです。偶然なんかじゃないですって!」
 「でもさぁ、アイリスさんの反応がイマイチなんだよね〜。もしもし、もしもぉ〜し?」
 「うふふ……お腹いっぱぁ〜〜〜い♪」
 「ううう、嘆かわしや。情けなや。いっそのことアカデミーに持っていってもらった方がよかったのかも知れませんな。」

 ジョッシュの魂の叫びにも反応せず、目を開いたまま夢見心地のアイリス。しかし駿の後ろに移動したルドルフの一言は現実に戻ってくるには十分すぎるほどの言葉だった。

 「アイリスさんの体重、みんなの前で公表しちゃうぞ〜〜〜?」
 「はっ……何言ってんのよ、あんたっ! そんなことしたら軽く二千年は恨むわよっ! あんたね、あんたのその口がいけないこと言ったのねっ!?」

 すっかり元に戻ったアイリスは声のする方にいた人間の首根っこを素直に握りつぶす。

 「はがっ、うぐぐ……ち、違いますよ、違いますって! お、俺はアイリスさんのためを思って……!」
 「あたしのためを思ってそんなこと言うの、その口はぁ……っ! このこのこのこのこのっ!」
 「ぶぎぶぎぶぎぶぎぶぎっ、だがらぢがいまずっで……!」

 救ったことをきっかけに仲良くなろうとした駿の思惑を、何の悪気もなくいとも簡単に打ち砕いたルドルフはふたりの争う様を見て腹を抱えて笑っていた。記憶を失いかけていた駿は思いっきり湿った目でルドルフを睨みつけていたが、それもほんのしばらくのこと。もう十数回ほど首を振られるとそのまま気絶してしまった。それでもアイリスの怒りは収まらず、駿の頭はしばらくの間オモチャのように揺れていた。

 「このこのこのっ!!」
 「はぁぁ……結局は何の収穫もありませんでしたな。ガックリ。」

 この件でアイリスは何の成長もできなかったことをただ悔やむジョッシュ。しかし戦いを終えて一息ついていた撫子と大神がその話に混ざってきた。

 「ジョッシュさん、アイリスさんの修行なら祖父にお願いして私の実家でなさるとよろしいのではないでしょうか?」
 「別にうちでもいいぞ。うちは荒療治だがな。三食シゴキ付き。」
 「ええーっ、何よそれ! なんでまた修行の話になってるのよ! もうっ……懲りないわね、このクソジジイっ!」
 「あっ、また私のことをクソジジイと! おふたりとも、この娘の性根まで叩き直して下され!」

 同じセリフでも聞いた人間が違えば、反応が変わるのも当然。撫子も大神も年上を敬わないアイリスの態度に苦言を呈した。

 「いかんなぁ〜、その態度。うちで修行するか? すぐに直るぞ?」
 「まったくですわ。淑女たるもの、そのような言葉遣いはよろしくありませんわ。やはりうちでしばらく修行されてはいかがでしょう?」
 「も〜っ、朝来た時よりも状況悪くなってるじゃないっ! いやっ!!」

 アイリスの次なる研修先を決めている最中、シオンとルドルフが噴水のライオンの上に打ち上げ花火を設置してそれに点火した。パァンパァーーンと軽快な音とともにほんの一瞬、彼らをカラフルに彩る。修行から逃げようとするアイリスに対し、積極的に彼女を修行させようと声高に訴える者たち。気絶する者に花火見物する者……この館で始まったドタバタ劇はこの花火で終わりというわけにはいかないようだ。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

3356/シオン・レ・ハイ /男性/42歳/びんぼーにん
2980/風宮・駿     /男性/23歳/記憶喪失中の正義の味方?
0328/天薙・撫子    /女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者
2783/馴鹿・ルドルフ  /男性/15歳/トナカイ
2241/大神・炎     /男性/43歳/退魔師

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。「CHANGE MYSELF!」の第5回をお届けしました!
今回は鳴神さんの異界に登場する『魔女の館』のおふたりをお迎えして書きました〜。
なんだか登場人物が7人いる気分でしたね(笑)。本当に賑やかで楽しかったです。

歌を熱唱、髪の毛をお食事と大活躍のルドルフくんは影の功労者ですね!(笑)
別の意味で「戦うキャラ」は書いてて本当に新鮮でした。本当に面白かったです。
ギャグあり、シリアスありのルドルフくん、今回はいかがだったでしょうか?

今回は本当にありがとうございました。また別の依頼やシチュノベでお会いしましょう!