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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


  ◇◆ 血色刀華―SIDE:B− ◆◇


 その青年が店に転がり込んできたのは、風も冷たい神無月最後の日だった。
 がしゃん、となにかがぶつかる音に、蓮はのめり込んでいた古文書から目を上げた。
 ふい、とかたち好い眉を顰める。
 扉を見れば、硝子にべったり深紅の手形。そのまま、ずるずると崩れ落ちていく。
「やれやれ……」
 吐き出したのは、ぼやきに似た、湿った声。
 なにはともあれ、助けるも見捨てるも知らぬふりをするも、全てはまずこの眸で確かめてから。
 椅子に座りっぱなしで強張った身体を捻りながら、蓮は曇り色をしたノブを掴む。
 引き開ければ、ごろりと転がるのは予想通り、鮮血塗れの弛緩した身体。
 固まり掛けた血に染まりながらも『それ』は、傷だらけの両腕でなにかを抱え込んでいた。
 蓮は爪先で軽く蹴って、冷たい声を突き放す。
「こんなところで、死なないでくれないかい? ここは、墓地じゃないよ。それとも……」
 ――なにか、このあたしに用があるのかい?
「……」
 非道な言葉に、掠れた、応え。
 それだけで、蓮には充分だった。


 治療と云っても、それほどのことが出来る訳ではない。
 取り敢えず包帯で止血をされた青年は、ぐったりと椅子に身を預けながらも、とつとつと語り始めた。
「私は、とある家に仕える呪物師です。代々、その家系に仕え、呪具や護身具を納めてきました」
 青年はそっと、胸に抱えた布包みを手に取る。繻子の衣は容易く剥がれて、現れたのは銀と黒漆で設えられた、地味な小太刀だった。
「これも、その家の末姫のためにまじなった護身具です。いいえ……護身具の、つもりでした」
 一息に、青年は鞘を払う。ひかる刀身は、飾り気ない拵えに不似合いに鮮やかな、透ける紅色。
 紅玉のような――血のような。
 ただし、惜しむらくは刀身の半ばが少しばかり欠けている。好く好く見なければわからないほどの、僅かな損ない様だった。
「その末姫には、幾人かの兄君がいらっしゃいます。そのうちのおひとりが、彼女と不仲で、妹君に捧げられる刀だと知り、私の目を盗んで石に叩き付け、折ってしまったのです」
「だが、いまは折れていない……それが、問題だと云うんだろう?」
「好く、お分かりになる」
 青年は、苦笑した。呪物師の名に相応しい、節くれだった大きな手を組み合わせて、大儀そうに溜め息を吐く。
「呪物は、完成する前から呪の破片を抱えている。中途で傷付けられた半端な呪物は、容易く暴走します。これも、そんな運命を辿りました。夜毎日毎、ひとを操り、ひとの血を啜るようになりました。血を吸えば吸うだけ、瑕は癒えていきます。そしていまは、ここまでに」
 蓮は、青年の前に出された手付かずの茶碗を眺めながら、茶を啜った。
 差し出された刃の深紅は、深く禍々しく、それでいて悲痛だ。どこかでひらりと変わりそうな、紙一重の邪気。
「ただの狂ったまじないものならば、封じてしまえば好い。だが、ここに来たと云うことは、違う可能性があるんだね?」
「そうです」
 救いを求めるように、青年は大きく頷く。
「この身体の傷は、この刀で私自身が刺したもの。私で、この刃が吸った血は九十九人になります。少しずつ邪気は薄れ、この刃も落ち着き始めている。あと、一度……誰かの血を吸えば、呪具として完成されるかも知れません。もしかしたら……血を吸わなくても、他の方法があるかも知れない。もし、それを調べて頂けたら、この小太刀は差し上げます。どなたか、相応しい方に売り飛ばしてくれても好い」
「なんだか、それではあたしが損をすることにならないかい? この刀、邪気は抜けても役立たずだったら、どうしてくれる」
 揶揄するように、蓮が鼻先で笑う。
 すると、青年は子供を諭すような、どこか余裕のある笑みで蓮に応じた。
「私とて、名もなきただの呪物師ではありません。もし……万が一、この刃が刃としての使い道しかないと云うのなら、他の報酬を考えましょう。私は、己の生み出した呪具が、ただの壊れたまじないものとして終わるのは、悔しい。どうか、助けて頂けませんか? この刀に、私は妻の血も、娘の血も与えました。もう、手持ちの札はなにもありません」
 ゆっくりと首を振って、青年は唇を歪める。本当に、小太刀ごときのために、この青年は家族を斬ったのだろうか。家族を無残に斬り捨て――殺したのだろうか。
 嘘にも、真実にも思える。どちらも、信じられる。殊に、狂気を。
 少しばかり、蓮は背筋が冷たくなった。
 だが目の前の呪具は確かにめずらかで、化ければ、この店に並ぶどれよりも価値ある商品になる気がする。惜しいと、商売人としての蓮が喚く。
 ものは試しと、手に取ってみる。
 触れれば切れそうな鋭い刀身は冷たく、でも、芯はぬくもりを顰めているようにも思える。その深紅は、理屈抜きの蓮のこころを奪う。
――矛盾と、二面性。蓮の感性を擽るのに、この上ない代物。
 青年が、満足げに微笑む。
 悔しいが蓮の次の台詞はもう、決まったも同然だった。

    ◆◇ ◆◇◆ ◇◆

 丁度今日が明日になる時刻、午後零時。
 異相の青年・人造六面王羅火は、ひかりも落ちた公園にひとり佇んでいた。
「血の臭いがするのう……」
 呟きも闇に飲み込まれる。
 背後にささやかな森を配した、住宅街から離れた公園。この場所で数日前、『人斬り』が出たと云う。
 この現代に、『人斬り』などと云う単語は、おかしいかも知れない。だが、目撃者・被害者の話では、その人間は宵闇のなか、少し短めの日本刀を振り回し、まるで刀の切れ味を確かめるような笑みを浮かべていたらしい。
 しかも、そんな事件はここ数ヶ月の間に一件二件で収まらずに多発し、隠れてるものを合わせれば無数。しかも、犯人はひとりではなさそうだ、と聞く。人死にが出ていないのが、最後の救いか。
 刀に魅入られたように罪を重ねる愚か者ゆえに、犯人たちには、『人斬り』の名が冠せられた。
「血を求める、剣か」
 在りえない話ではない。問題は、なにゆえ血を求めるか。
 羅火の友人には、剣が本性の者もいる。羅火の興味を惹かれたのも、当然。
 赤い長髪を風に靡かせて、羅火は周囲を見渡す。遊具が配されて子供が遊ぶよりも、切り張りされた自然を愉しむタイプの公園だ。ひとの姿がなければ、むしろ不気味。
 だが、羅火にとっては昼日中の人ごみよりは余程、心地好いものだった。
 歩き回り、件の現場にしゃがみ込む。石畳に、僅かな黒い滲み。指先で触れれば、怨嗟が移る気がした。
 斬られた者ではなく――血に焦がれる刃の、怨嗟が。
「……誰じゃ」
 ふっと、羅火が振り向く。
 薄い街灯の下に、水のように微かな、ひとの気配。
「あなたとおそらく、同じです」
 ひかりに溶け込むような儚い姿に、羅火は目を細めた。
「血に飢えた剣を、探す者です」
 右手には、杖。華奢で、か細い輪郭には似合いの代物。
 長い銀髪の青年は羅火に視線を絡めて、そっと、淡く微笑んでいた。


 セレスティ・カーニンガムがその剣について知ったのは、財閥が持つ幾つかの会社のオーナールームでのことだった。
 秘書のひとりが、腕を派手に斬り刻まれた。命の別状はないが、腕の機能に障害が出るか否かは、微妙なところ。
 調べてみると、事件は多発している様子。その日の予定が一区切りした時点での出立となった所為で、日付が変わった頃、秘書が斬られた場所に到着した次第。
「秘書に聞いたところ、剣はやや小ぶりのもの。小太刀でしょうか。刀身の半ばが抉れ、欠けていたそうです」
 暗い公園のなか、木製のベンチに腰を下ろした。
 火炎色の髪の男は無言で、両手を組んだまま先を促してくる。
「秘書の血を吸うと、欠けた場所が僅かに、盛り上がって修復された、と」
「……なかなかに興味深いのう。血で修復される刃とは」
 太い指を顎に当て、羅火が呟く。
「ただの刀ではなく、もともと呪物であった可能性もあります。なんらかの理由で砕けて……呪物としての意思も歪んでしまった」
「それで夜な夜なひとを操り、ひとを襲う、か?」
 にんまりと、羅火が笑う。
「なかなかに見所のある呪物じゃな。是非、手にしてみたいのう」
「捕縛しなければ、犠牲者は増えるばかりです。誰も死んでいない、いまのうちに」
「面白いお話、しているのね」
 あどけない声が、ふたりの会話を、遮った。
 ぱっと、セレスティと羅火は、顔を上げる。
 目の前に、魔法のように幼女がひとり、佇んでいた。
 薄明かりの、スポットライト。
 漆黒の長い髪と、驚くほど薄い、灰色の双眸。
 そして深紅の振袖が、芝居じみて目を惹いた。
 年の頃は、十になるかならぬかの、日本人形のような少女。幼い声を、深紅の唇から紡ぎ出す。
「教えてあげる。あの小太刀は、あたしのもの。銘を与えられる前に兄さまに穢された、あたしのお守りなの」
 両手を膝の前で合わせ、頭を下げる。
 さらりと、絹のような髪が、肩を、振袖の胸元を滑り落ちた。
「あなたがたが同じ小太刀に関わろうとするなら、力を貸して下さい。あたしは、あの小太刀を取り戻したいの」
 ふたりを見据えた鋭い眸が、年齢を裏切っていた。


 その屋敷は、古い日本家屋だった。百年単位の歳月を経て、ふるいふるい家に特有の威圧感を分厚く纏っている。
 少女は、セレスティと羅火を裏口から引き入れた。
 恐らく、表札をあからさまにしたくない為と、セレスティは見抜いた。羅火は気付かぬ風に、屋敷を興味津々で見渡している。
「呪術の臭いがする屋敷じゃな」
 にやりとして、羅火が云う。
 ばつが悪そうに、少女が頷く。
「この家は、あたしの家です。あたしは希みもしないのに、この家の末子に生まれた。……大きくなったら、絶対にすぐ出て行ってやるから」
 セレスティには、この家の家名はすぐにわかった。だが、少女が隠すつもりであるのなら、わざわざ暴く必要もない。
 案内されたのは、人気のないアトリエのような場所だった。ぱっと開けた天井の高い、広い空間。やや埃じみているものの、すっきりと片付けられている。
 セレスティは深く、息を吸い込んだ。水の匂い。床と壁に染み込んだ、深い香りがする。
 ほんの少し、セレスティは顔を顰めた。そして気付く。この匂いは水ではなく――血だ。清められた血の匂い。穢れを全てこそぎ落とした血。そんなものの気配を、セレスティは初めて知った。
「この場所の主は?」
 セレスティの言葉に、少女は首を振る。
「あの小太刀を鍛えた呪術者です。小太刀に操られて、己の家族を斬った。外に出せなくて、いまは土蔵に籠められています。血族に関わる者を、外に出す訳にはいかないから。その前に小太刀をどこかに持ち出したらしくて、ここにはありません。……全部、兄さまの所為」
 きりり、と少女が爪を噛む。
「兄さまが、小太刀を作る途中で、あの小太刀は砕いた」
「あの小太刀は、なにでできておる」
 羅火が、無遠慮に少女の追憶を断ち切る。
 くしゃりと、少女の顔が歪んだ。
「呪物なら、それなりの生り様なのじゃろう。ならば、それにあの呪物の根がある。おぬし、あの呪物を全き姿で取り戻したいのなら話せ」
 肉太の、低い声で羅火が云う。
「……血」
 溜め息のように、少女は一音、吐き出した。
「血?」
 セレスティがそっとしゃがみ込み、少女の顔を覗き込む。
 彼女は床の一点を見詰め、微動だにしない。
「あれは、あたしの血を触媒とした呪物。あたしの為だけの呪物です。精製されたあたしの血で、あの小太刀は生まれた。なのに、兄さまはそれを単純に壊しました。欠けているから、欠落を補おうとして小太刀は苦しんで……ひとを傷付ける」
「手元に戻ったら、どうするつもりですか?」
 セレスティが訊ねる。
「あの小太刀を取り戻しても、砕けたものを直す術をあなたは知っていますか?」
「知りません」
 俯いて、少女は首を振る。
「そんなの、わかりません。でも、これ以上誰かの血で穢すわけにはいきません。あれは、あたしのためのものだから、誰に奪われても諦めるのは腹立たしいもの。赦せない」
 ――あのひとに……兄さまに、負けたくないの。
 苦い憎悪を、慣れたように少女は口にする。痛々しくて、惹き付けられる。
「わしが、教えてやろうか?」
 にやにやと笑いながら、羅火が割り込む。
 きつい眸で、少女は羅火を睨んだ。
「好い加減なことを云わないでください」
「好い加減なことであるものか。……確実なものでも、ないがな」
 その太い腕に、飛んできたのは一羽の狗鷲。
 なにかを囁く風情に、羅火は耳を傾ける。
「……なにか?」
 セレスティの問いに、羅火は歯を剥いて笑った。
「灯台下暗しだ。あの、赤毛の女の店を知っているじゃろう」
「……アンティークショップ・レンですか?」
「ああ。あの店に、妖かし染まる小太刀が来ているとの伝言じゃ」
 頷くように一度、羅火の肩に留まった狗鷲が、翼を羽ばたかせてみせた。


 店の店主。
 スフィンクス。
 赤い髪の美女。
 蓬髪異相の男。
 美貌の青年。
 そして、小太刀の正統な持ち主を名乗る、名家の末姫。
 古びて神秘に包まれたアンティークショップのなか、一同に会して、鞘に納まった小太刀を望む。
「これは、もともとお守りです。もともと、ひとを斬るための代物じゃあないんです」
 少女が語る。
「だから、血に飢えているわけじゃない。どうにかして元に戻したいんです。……あたしの兄が、この小太刀を砕きました。だからこそ、あたしはこれを失いたくない」
 ――奪われたままじゃ、悔しいんです。
 泣きそうな声で、そう、囁く。
「方法はあると、云いましたね」
 そっと少女の肩を抱いて、セレスティは羅火の顔を見る。両腕を組み少しばかり偉そうに、羅火が頷く。
「わしの血を吸わせれば好い」
「それでは、余りなにも変わらないんじゃありませんか……」
 部屋の一番隅、まるで石像にように固まったまま、ラクス・コスミオンが強張った声を引きずり出す。
「血を与えればイイのナラ、ミーが適当にヤッテクルヨ」
 とっとと実力行使に走ろうとするジュジュ・ミュージーを、物凄い目で少女が睨む。
「どういうことですか?」
 セレスティだけが、冷静に羅火に問い掛ける。
「この身に流れる血には、再生能力がある。ならば、欠けたものを癒すにも足るかもしれん」
「それなら、私が小太刀の余計な血……穢れを祓います。この刃は水から……清められた血で精製されたものなら、私にもどうにかできるかも知れません」
 羅火の言葉に、セレスティが云い添える。
 荒事から遠ざかる気配に、ジュジュは面白くなさそうに顔を歪め、ラクスは逆にほっとスプーン一杯分、肩の力を抜いた。
「直せるの?」
「多分な。じゃが、小娘」
 羅火が、凶暴な笑みを浮かべて、少女の顔を覗き込む。
「なあに? 報酬なら、払います。それこそ、どれくらいでも」
 少女も、ふてぶてしいほどの落ち着きで、羅火を見上げた。
「なら、この小太刀を貰おう」
「なんですって?」
 少女が、あっけに取られて口をぽかんと開ける。
「これを直せたら、この太刀をわしに寄越せ」
「嫌よ」
「ならば、この話はご破算じゃ」
「壊れたままなら、あなただって持っていたって意味ないじゃない。壊れたまま誰も直せないなら、あたしだってこんなところに残して行かないわ。持って帰る。持って帰って、他の人間を探すわ」
「まあまあ」
 平行線を辿る論争に、蓮が助け舟を出した。
「どちらにしても、先に小太刀を癒してからにしないかい? それから、考えようじゃないか」
 ――それはただの問題の先送りでは……。
 首を傾げるセレスティの前で、取り敢えず、ふたりはそっぽを向きつつも、口を噤んだ。
 それを見計らったように、蓮が、羅火に小太刀を投げた。
 片手で、器用に羅火は鞘を受け止める。
「さあ、始めようか」
 すらりと、躊躇いなく鞘を払う。
 目に鮮やかな――目に毒なほど鮮やかな深紅の刃が、姿を見せる。
 一瞬、羅火の身体が止まるのを、セレスティは感じ取った。ジュジュの眸がひかり、ラクスがますます身体を縮こめる。
「無銘剣!」
 少女が、鋭く叫ぶ。
 大きく、羅火の肩が上下した。
 羅火の内側で、ぐるりと、闇が動いた。救いがあるとしたらそれが、殺人衝動のようなものではなかったこと。逆に、救いがないとすればそれが、羅火自身が好く知る感情であったこと。
 ――恐怖が、べったりと小太刀のなかに蔓延っていた。
 誰の役にも立たず、ただ捨てられていく存在の、咆哮。
「……大丈夫じゃ」
 ぺろりと、羅火は乾いた唇を舐める。
 すっと、支えるようにセレスティの手が、剣を握る羅火の手に重なる。
 冷たい肌。僅かに高い目線から向けられる、青蒼の眸。
「心配は、要らん」
 云い切って、空いたもう片方の手のひらに、刃を滑らせる。
 溢れ出したものを、刃が啜る。銜え込ませればもう、勝ったも同然だと羅火は思った。
 セレスティの指が、淡くひかる。穢れた血を刃から剥ぎ取りながら、浄化する。羅火の血が、癒す。
 徐々に、刃の深紅が変わっていく。色合いは変わらずに、ただ、甘く、穏やかに。
 そして、輪郭が緩く、とろりと、ほどけた。
「……ッ」
 少女が、息を呑む。
 ふわりと揺らいだ刃のかたちは蕩けて、他の影を形作る。
 すなわち――少女と同じかたち格好の、少女の幻を。
 ふたり、鏡合わせに少女が立つ。
 違うのは、髪の色。うつつの少女は漆黒を、あやかしの少女は紅を纏う。
 少女の前に立ち、少女よりも余程あどけなく、突如として現れた妖物はにっこりと微笑んだ。
『名前を、下さりませ。無銘などと呼ばず、さあ、我に名を』
 小太刀の精霊、化身とでも呼べば好いのか。
 幼い少女の写し身は、甲高い声で少女にねだる。
『銘を下さりませ。そして我からは、永久なる守護と、忠誠を』
 促され、少女は小さな声で、囁く。小太刀の精霊にしか聴き取れない、ささやかな声。
『承知』
 それでも、精霊はきゅっと深紅の唇を吊り上げた。心安げに一礼し、するとその姿もまた、霞のごとく掻き消える。
 かたん、と羅火の手から小太刀が滑り落ち、床に転がる。
「……畜生」
 ひどく悔しそうに、羅火が毒づく。
 小太刀自身が主を決めれば、それは他者には揺るがし得ない。それを気付いての、悪罵。
 ぽんぽん、と二回、セレスティは宥めるようにその肩を叩いた。
 少女の細い指が、小太刀を拾い上げる。
「もう、触っても大丈夫ですか?」
 ぱたぱたと、ラクスが近寄ってくる。ほんの一時、探究心が恐怖心を上回ったらしい。無心に、小太刀に手を伸ばした。
「……つまんないネ」
 壁に背中を預けて、ジュジュが呟く。
「血も見れなカッタ」
「見たじゃないか」
「あんな、垂れてるダケの血ナンテ、ツマンナイ」
 蓮の問いに、ジュジュは顔を背ける。
「ユーだって、タダ働きジャナイカ」
「まあ……彼女から毟り取っても好いけどね」
 小太刀を大切そうに抱えた少女を、煙管の先で指す。
「どちらにしても」
 煙管に火を点けた店主は、旨そうに吸い込んでから、莞爾と微笑んだ。
「まあ、こういうのも好いんじゃないかい?」


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 1538 / 人造六面王・羅火 / 男性 / 428歳 / 何でも屋兼用心棒 】

【 0585 / ジュジュ・ミュージー / 女性 / 21歳 / デーモン使いの何でも屋(特に暗殺) 】

【 1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い 】

【 1963 / ラクス・コスミオン / 女性 / 240歳 / スフィンクス 】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせ致しました。カツラギカヤと申します。ぎりぎりの納品となり、本当に申し訳ありません。
 SIDE:Aはラクスさま・ジュジュさまでアンティークショップ・レンから始まるスタンダードタイプ。SIDE:Bはセレスティさまと羅火さまで外から始まるイレギュラータイプと、二通りの物語をご用意させて頂きました。(途中から、お話は重なりますが) 
少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。
 この度は私のような不束者にご発注頂き、ありがとうございました。また機会がありましたら、宜しくお願い致します。

※この度は、設定の読み込み不足でご不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。本文の訂正と、お詫びをさせて頂きます。