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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


聖なる夜に伝えたいこと


○オープニング





 ただ一つ願いがあるとするなら、この思いを、伝えたいこと。

 でもそれはきっとかなわない。かなわない。かなわない…。





* * *

「はろはろ〜☆」
 草間興信所に、場違いな明るい声が響いた。

「…で、この子の手伝いをしてやってほしい、と。あんたはそう言うわけだ」
 一連の事情を聞いた草間が言った。目の前には金髪碧眼の美人と、それと対を成す銀髪の少女。
「そ、私と武ちゃんの仲でしょ、お願〜い」
 金髪の女性がパチンと手を合わせる。
「…里緒さん、俺前からその『武ちゃん』っていうのはやめてくれって言ってるよな?」
「ま〜ま〜細かいことは気にしない☆」
 金髪の女性−淺川里緒の声はあくまで明るかった。



* * *

 里緒の話はこうだった。
 少女の姿を初めて見たのは二週間ほど前のことだった。周りの景色に溶け込みながら、それでも個性的な銀髪が忘れられなかったという。しかし、最初はそれほど気にはしていなかった、連日開かれるライブの客か何かだと思っていたのだ。
 おかしいと思い始めたのはそれから三日ほど経ってのこと。
 少女は毎日ク・メルに通っていた。しかし、ライブを見ているわけではなかった。何故か、ク・メルの中には入ろうとしないのだ。ただ、じっとク・メルの前に立っていた。
「…ねぇ、キミ、毎日来てるよね?中に入らないの、寒いわよ?」
 気になってしかたなかった里緒が話しかけたが、しかし、少女は何も答えず、ただじっとク・メルの前に立つだけだった。

 次の日も。その次の日も。少女はずっとク・メルの前に立ち続けた。
「今日もいるんだ。中、入る?」
 里緒の問いに、少女は答えない。
 と、そのとき、ライブが終わり、ク・メルの中からライブを楽しんだ客たちが出てきた。
 少女の瞳が動く。その小さな動きを、里緒は見逃さなかった。
 少女の視線の先には、一人の男の子がいた。年の頃は17、8といったところだろうか。
 少女の顔が、少し変化する。柔らかい笑みを、その顔に浮かべていた。
「…あの子は確か…」
 男の子は、インディーズの『Azure』のファンで、ライブによくきている少年だったので、里緒には少し覚えがあった。

 そして、次の日も、また次の日も。やはり少女はク・メルの前に立っていた。そして、ライブが終わって出てくる男の子をただ見続けていた。



* * *

「…この子さ、本当にその男の子のことが好きみたいなんだよね」
 若いっていいわ〜、などと里緒が明るく言う。
「でさ、もう少しでクリスマスでしょ?そのクリスマスにさ、この子の思い出作ってあげたいな〜なんてね」
 現実はどうなるか分からないけど、とちょっと苦笑しながら付け加えて。



「この子…名前が分からないから私たちはミスティって呼んでるんだけどね、家がないみたいなの。警察に言っちゃったらさ、保護されちゃうから言ってないのよ。…せめて、あの男の子に気持ち、伝えられるまではってうちに置いてるの。余計なお世話かもしれないんだけどね〜」
「…なぁ里緒さん、それはいいのか?」
 少し呆れ気味な草間に、やはり里緒の声は明るい。
「いいのいいの!いい武ちゃん、恋だよ恋?この気持ち分からないかな〜?」

「クリスマスはさ、『Azure』のクリスマスライブがあるから、私たちは手を離せないのよ…本当だったら私が手伝ってあげたいんだけどね」
 だからお願い、ともう一度里緒は手を合わせた。





○何を作る?

「若いっていいですねぇ…」
 シオン・レ・ハイが呟く。彼は暇だったので偶々興信所にテレビを見に来ていた。
「まぁいいじゃない。…シオンさんは、そういう人いないの?」
 その呟きを聞いたシュライン・エマが冗談っぽく問いかける。シオンは「さぁ?」とだけ答えた。
「愛華はそういうの、よく分かりますよ」
 ソファに静かに座るミスティを見ながら、愛華が呟く。
『…愛華の場合は、ただ素直になれないだけだけど…』
 秘めた想いに、少し目を伏せる。思い浮かぶのは、一人の男の子。
「まぁ、何にしても、彼女を手伝ってあげましょ」
 シュラインがパチンと手を叩いた。

『それにしても…』
 シュラインは、ミスティの前に座りながら、少し考える。
『…人外の子、なのかしら?』
 目の前の少女は、何処か神秘めいた感じがする。今まで数々のそのような存在と出会ってきた彼女にとって、それはなんら不思議な感覚ではなかった。
『…まぁ、別にいいんだけどね』
 彼女とて女、想い人がいる。その気持ちはよく分かるのだ。
「それで、一つ訊いてもいいかしら?」
 その問いに、ミスティは静かに頷いた。
「作るものは、役に立つものがいいの?」
 今度は、頷かなかった。そして、キョロキョロと何かを探し始め、ある一冊の本にその目がいった。
「……?」
 三人が不思議そうに見ていると、ミスティはその表紙に写っていたマフラーを指差した。
「…やっぱり、マフラーがいいの?」
 訊けば、ミスティは深く頷いた。

「どうしてもマフラーがいいみたいですね」
 ミスティは、ずっとその表紙のマフラーを見ていた。じっと、ただじっと。
「編み物なら教えることが出来ると思いますよ」
「「え?」」
 それを見ていたシオンが呟き、それにシュラインと愛華の声が重なった。
「シオンさんが?」
「編み物を?」
「…何か変ですか?」
「「いやいやいやいや」」
 正直、二人は意外と考えていたが、口には出さなかった。まぁ、態度でバレバレではあるが。
「とりあえずマフラーで決定ですね」
「そうね、後はちょっと小物を作るくらいかしら?」
「じゃあ、私は少しでてきますね。少し用事があるので」
 マフラー作りを手伝うと決まったところで、シオンはさっさと興信所を出て行ってしまった。
「…まぁいいわ、少し彼女とお話しましょうか」
「ですね」
 それを見送り、二人はミスティと向き合った。



* * *

「里緒さん、彼のことを教えてもらえますか?」
 外に出たシオンは、ク・メルにきていた。
「えっと、ミスティの好きな彼のこと?」
「はい、彼の好みの色などが分からないと、せっかくのプレゼントも台無しになる可能性がありますので」
「あぁなるほど。んとねぇ…」

 彼の情報を聞き出し、次にシオンは外に出た。
 既に外は暗くなり始めていた。冬、太陽の昇る時間は短い。
「ライブは夕方から、と言ってましたねぇ…」
 何かをごそごそと用意しながら、シオンは空を見上げる。太陽が落ちていく。
 にわかにク・メルが騒がしくなり始める。後30分ほどでライブが始まるのだ。
 そんなク・メルに、一人の少年がやってきた。
『彼、ですね』
 シオンにはすぐにピンときた。里緒に聞いた特徴そのままだったからだ。
「すいません、少しよろしいですか?」
「あ、はい」
 人のよさそうな笑みを浮かべて近づけば、彼は素直に返事を返した。
「今、ファッションのことについて簡単な街頭アンケートをとってまして…よろしければ答えてもらえないでしょうか?」
 その言葉に、彼は腕時計を見る。ライブの時間までは、まだ余裕がある。
「はい、いいですよ」

「…と、これでいいですか?」
 少年はボードをシオンに手渡す。それに軽く目を通し、ニコッとシオンは笑った。
「えぇ、結構です、ありがとうございました」
「それじゃ」
 少年は足早にク・メルの中へと入っていった。それを見送り、シオンは歩き始めた。



* * *

「ねぇ、携帯ケース、手作りフェルトなんてのもどうかしら?喜んでもらえるかも」
 シュラインの言葉に、ミスティはすぐに首を縦に振った。
「それじゃ、用意しないとね…って、その彼の好きな色とか、ミスティちゃん知ってる?」
「あ、それ大事ですよね。知ってるの?」
 愛華の『大事』という言葉に、ミスティは少しその顔を曇らせた。どうやらよく知らないらしい。
「知らないんだ…困っちゃったね」
 またミスティは少し俯いた。折角のプレゼント、少しでもいいものを渡したいのだ。その悲しそうな表情に、シュラインと愛華も少し困ってしまう。
「大丈夫です、彼の好みはばっちりですよ」
 そんな彼女たちの前に、シオンが戻ってきた。その手に、先ほど少年に書いてもらったアンケート用紙を持って。
「シオンさん、どこに行ってたんですか?」
「少し、彼の好みをリサーチしにです。分からなければ困るでしょう?」
 シオンがミスティにウインクすると、その顔はパァッと明るくなった。

「彼の好みは…暖色系ですね。特に赤系統をよく好むようです」
 アンケート用紙に書かれた情報を整理しながら、そして彼の服装などを思い浮かべながらシオンは言った。
「じゃあマフラーは赤で?」
「それがいいかしら。どう、ミスティちゃん?」
 ミスティは、その首を大きく縦に振った。少し赤いマフラーを巻いた姿を想像したのか、表情にも笑みがこぼれている。
「じゃあ毛糸買いに行こう、ミスティちゃん」
 愛華がその手をとれば、また大きく笑顔が咲いた。



「……」
 一つ毛糸を手に取り、ゆっくりと吟味してから戻してまた少しだけ違う色の毛糸を取る。
 ただ毛糸を選ぶという作業だけで、ミスティの顔には笑顔が溢れていた。
「…よっぽど、彼のために何か作れるのが嬉しいのね」
 『ホント、可愛い子よね』とシュラインは呟いた。
「そういうシュラインさんは草間さんのために何か作らないんですか?」
「うーん、そうねぇ…ミスティちゃんに便乗して眼鏡ケースでも作ろうかしら?」
「ふふっ、草間さんきっと喜びますね」
 そんなことを言う愛華の首にシュラインは手を回す。
「そういう愛華ちゃんは、意中の彼に何か作ってあげないの?」
「え、えぇぇぇッ、し、シュラインさん何言ってるんですか!?」
 言えば、その愛らしい顔が燃えそうなほど赤くなった。女は、何時でも恋の話に忙しいものだ。
 そんな二人の横で、ミスティを見ながら少し考えるシオンの姿があった。
 結局店を出る頃には、彼女たちの手に沢山の袋が握られていた。そして、何故かシオンの手の中にも。



「それじゃ、これから編み物教室を始めます」
 草間興信所、そのロビーに何故かホワイトボードが用意されていた。そして、その前に立つのはシオン・レ・ハイ、その人。
「いいですか、これからゆっくり説明していきますからよーく聞いてくださいね」
 ミスティは、それに手を大きく上げて返事をした。
 ホワイトボードに、少しずつ手順が書き込まれていく。それと同時に、シオンは目の前で、ゆっくりとやって見せた。一つ一つの動作に、ミスティは首を振って答える。
「…シオンさんって、編み物できたんですね…」
 ミスティと同じように手に毛糸を持ちながら、愛華は少し驚いた。
「ホント…意外ね」
 分かりやすく説明するシオンに、シュラインも驚きを隠せない。シオンの説明は非常に分かりやすく、シュラインでも参考になることが多かった。
「へーあぁやってやるんだ…。愛華、家庭科で習って以来だからすっかり忘れてたから勉強になるなぁ」
 愛華も少しずつ編んでいく。どうやら、彼女も誰かにプレゼントするらしい。



「あ、それじゃ一度家に帰りますね、遅くなったし」
 ミスティたちと編み物に集中し始めて数時間、時計は既に10をすぎていた。
「それじゃ私が送りますよ。遅いですから危ないですしね」
「はい、それじゃシオンさんよろしくお願いしますね」
 二人は、シュラインたちに頭を下げて興信所を出た。



* * *



「…さて」
 二人を見送り、シュラインはロビーに戻ってきた。
 彼女の視線の先には、ただ黙々とマフラーを編み続けるミスティがいる。あれから休んだようには見えない。
「…本当に彼のことが好きなのね」
 でも少し休んだほうがいいのも事実、シュラインはホットミルクをミスティの前に置いた。
「少しだけ休みましょう。あまり根を詰めすぎてもダメよ」
 それに、ミスティは素直に頷いてカップを持った。熱いのが苦手なのか、フーフーと吹き続ける。
 そんなミスティを横目に見ながら、シュラインは携帯をとった。

「あ、もしもし、シュラインです」
『もしもしーシュラインちゃん?わたしよー』
 携帯の向こうから、底抜けに明るい声が聞こえてくる。相手は里緒だった。
「今日は遅いから、ミスティちゃんここに泊めようと思うんだけどいいかしら?」
『ん、じゃあお願いー♪ …ミスティ、どうしてる?』
 見れば、まだミスティはフーフーと吹き続けていた。
「頑張ってるわ。きっといいものできると思うわ」
 その言葉に、電話の向こうからホッと一息つくのが聞こえた。
『そっか、やっぱ頼んで正解だったかな。それじゃ今日はお願いね、お休み』
「うん、それじゃお休み」

 そして、夜も更け、既に日付が変わった頃。
「あら…まだ電気が…」
 シュラインが覗けば、まだミスティが編み続けていた。
「あらあら…まだ起きてたの?」
 その言葉に、顔を上げずにただ頷く。
「しょうがないわね…あぁ、そこは違うの、少し貸してみて」
 間違えたところを見つけ、思わずシュラインが止める。ミスティは素直に編みかけのものを渡した。
「ここはね、こうして…はい、分かった?」
 ミスティはこくりと頷き、また編み始めた。ゆっくりゆっくり、丁寧に。想いをそれに乗せるように…。
「…伝わるといいわね、貴方の想い」
 その頭を優しく撫でれば、ミスティは少しくすぐったそうに目を細めた。
「…うん、今日は私も手伝うわ」
 横にある紙袋をテーブルの上に置く。
「私も、好きな人にプレゼントを贈りたいからね」
 にっこりと微笑む。すると、ミスティも微笑んだ。

 結局、その日は朝まで興信所から電気が消えることはなかった。





○約束の日

 そして、数日後。
「…出来たわね」
「やった、出来たよミスティちゃん♪」
「うん、見事です」
 ミスティの手の中には、一つのマフラーが握られていた。正真正銘、ミスティが一から想いを込めて作った手作りのマフラー。
 やり遂げた充足感からか、徹夜続きのその顔に笑顔が浮かんでいた。
「さて、では綺麗にラッピングしましょうか」
 シオンが一緒に買っておいたリボンなどを取り出す。何から何まで手際のいい男だ。
「どうせですから、シュラインさんと愛華さんのも一緒に」
 そして紙袋から追加のリボンを取り出す。本当に準備がいい。シュラインと愛華は苦笑を返すことしか出来なかった。



* * *



「里緒さん、隣は無理そうですか?」
「うーん、ちょっと厳しいかも。今日のライブ、超満員なのよ」
 興信所を出た四人は、ク・メルへときていた。
 シオンはライブ中彼の隣にミスティがいれないかと思っていたが、既にライブのチケットはかなり前にソールドアウトしており、実際のところは厳しいようだった。
「それに、ミスティって小さいから…あの熱狂の中じゃどうなるか」
 実際、一行の中でミスティは一番背が低い愛華よりもさらに低かった。その体でホールの中に入ればどうなるか、想像は難くなかった。
「…じゃあ、終わったあと会えるように出来ないかしら?たとえばその旨を書いたカードを渡すとか」
「ん、それくらいなら可能ね。開場の際にチケット受け取るから、そのときにでも渡せるし」
「それじゃ、これお願いね」
 シュラインがメッセージカードを里緒に渡す。『了解』と里緒がそれを受け取った。
「あ、そうそう、時間あるしさ、舞台裏でよかったらライブ、見てかない?」



「わぁ…」
 ステージ裏、そこで愛華が感嘆の声を上げた。
「愛華、ライブって初めて」
 その視線の先では、今まさに『Azure』のクリスマスライブが行われていた。ライブ独特の迫力が、裏であっても十分に感じられる。
「たまにはこういうのもいいものね」
 シュラインが軽く指先でリズムを取る。
「生というのは迫力が違いますね」
 ステージを見ながらシオンもうなった。
 そんな中、一人ミスティだけは目を閉じ、祈るように何かを考えていた。



『メリークリスマス、みんな、いい夜を!!』
 マイクから、元気のいい声が響いた。同時にざわめきがホールを支配する。どうやらライブが終わったらしい。
「終わったわね…」
 シュラインはミスティに目をやった。ミスティはゆっくりとその目を開く。
「…彼、ですか、シオンさん」
「はい、そうですね。ちゃんと待ってくれているようです」
 舞台の袖から愛華がホールを覗き込むと、そこには一人だけ少年がいた。
「ミスティちゃん、それじゃ…ミスティちゃん?」
 彼がいると言うのに、何故かミスティは動こうとしない。目を伏せ、じっと地面を見ていた。
 何か、ひどく怯えているように見えた。少し震えている。

 これから、どうなるのだろう?
 ただ、それだけが怖かった。

「……」
 そんなミスティを、愛華がギュッと抱きしめた。そして、その背中をぽんぽんと叩く。
「ミスティちゃん…きっと、大丈夫」
 そして、愛華はにっこりと微笑んで。
「きっと、気持ち伝わるから。…愛華も、頑張るから」
 ミスティはまた少しだけ俯いて、顔を上げた。もう、その表情からは怯えは消えていた。
 ただこくりと静かに頷いて、愛華の手をとる。
「えっと…何?」
 その小さな手のひらに、自分の指を動かしていく。
「…『あ』?」
 それは、文字だった。その言葉に、少し頷いて、また指を動かしていく
「『り』…『が』…『と』…『う』…『ありがとう』?」
 その言葉に、ゆっくりと頷いて、シオンとシュラインにもにっこりと微笑みかけた。
 言葉の話せない彼女にとって、それが精一杯のお礼だった。
「…まだ、お礼を言うには早いわよ」
「ですね、彼が待ってますよ」
 二人が少し照れながら答えれば、もう一度愛華の手のひらに何かを書いて、ミスティはホールへと歩き出した。
「うまくいくといいわね…」
「そうですね」
 そんなミスティを見送りながら、愛華はさっき手のひらに書かれた言葉を心の中で繰り返した。



「ここで待っててとか書いてあったけど…誰なんだろ」
 少年は一人、ホールの真ん中で待っていた。小さなメッセージカードを手渡され、期待半分不安半分で一人。
 そんな彼の前に、一人の少女がやってきた。雪のような、淡い銀色の髪の少女。手には、何か綺麗にラッピングされた包みを持って。
「えっと…キミ、なのかな。手紙くれたのって」
 ミスティが小さく頷く。そして、彼の瞳を見つめた。
 不安と期待が入り混じったその瞳。これから思いを告げようとするときの緊張か、ひどく不安定に思える。
 しかし、それ以上に何かを期待する色があった。
「…あれ」
 と、少年がその顔をまじまじと覗きこむ。ミスティの顔が、少し赤く染まった。
「髪の色が変わってるけど…もしかしてさ、霧香?」
 少年のその言葉に、ミスティの顔から不安の色が消え、満面の笑みが浮かんだ。



「…あら、彼、彼女のこと知ってるの?」
 舞台の袖から、三人が顔を覗かせていた。
「みたいですね…でもでも、いい感じじゃないですか?」
 三人の視線の先で、二人の会話は弾んでいた。と言っても、ミスティはしゃべることが出来ないので、少年が一方的に話してミスティはそれに相槌を打っているだけなのだが。
「まぁうまくいきそうですね」
「そうね」



「ビックリした、髪の毛染めたんだ?綺麗に染まってるなぁ」
 その言葉に、ミスティの顔がまた少し赤くなる。そして、同時に悲しそうな表情へと変わる。
「で、今日は?」
 ミスティは、少しだけ目を瞑って、そして見開いた。手に持った、綺麗にラッピングされたマフラーを少年に差し出す。
「これ…俺に?」
 こくりと小さく頷いて、ん、と前へ。
「ははっ…ありがと。じゃああけてみてもいい?」
 ミスティは、また小さく頷いた。
 「じゃっ」と、少年があけていく。カサカサと乾いた音がホールの中に響いた。



「開けましたよ、開けましたよ!?」
「愛華ちゃん落ち着いて、ここからが勝負なんだから」
「どうなるんでしょうか…」
 微妙に親の心境な三人だった。



「…あ、マフラー。それと…携帯入れ?」
 少年はそれを手にとって見てみた。少しいびつで、でもそれが手作りだと教えてくれる。
「これ、霧香が?」
 嬉しそうに聞けば、ミスティはまた少し赤くなって頷いた。
「ははっ…あったかいや。ありがとな」
 それを首に巻きながら、少年は嬉しそうに言った。ミスティの顔にもまた笑顔が咲いた。



「やった、受け取りましたよ、巻きましたよ!」
「っていうことは、ほぼ大丈夫ってことね」
「ミスティさん、やりましたね」
 取り巻き三人、大喜び。



 ミスティが、あらためて少年と向かい合った。
 バクバクとなる心臓を、落ち着かせるように深呼吸を一つ。
 そして、クイっと少年の袖を引っ張った。
「えっと…」
 そっとその手をとり、手のひらに文字をゆっくりと書いていく。
「…『す』…『き』…?」
 ミスティは書き終わると、そのまま顔を真っ赤にして俯いてしまった。
 一方の少年は…。
「えっと…ありがと」
 笑っていた。
「俺もさ、去年言おうと思ってたんだけどさ…霧香、去年は会えなかったし…」
 そして、少年も一つ深呼吸。
「俺も、好きです」
 その言葉に、ミスティの瞳から涙が溢れた。



「やりました、やりましたよー!!」
「うん、やったわ!」
「よかったです、本当に」
 三人、おおはしゃぎしすぎて舞台の袖から出てきてしまった。自然と二人の視線もそちらの方へ。
「…あ」
「…えっと…」
「…私たちはただの応援団ですから、その、お気になさらず」
 気にしないでと言うほうが無理だと思います。

「何にしても…」
 ごそごそとシオンが袋の中をあさる。中から出てきたのは、ミスティが編んだものと同じ色のマフラーだった。
「おめでとうございます、ミスティさん」
 そして、それをその首にかけてやった。ミスティも嬉しそうにそれを受け取る。
「…ミスティ?」
 と、少年が首を傾げた。

 ミスティが三人に振り返り、笑顔を向けた。そして…。
「…ありがとう…」
 初めて、しゃべった。
 驚く三人をよそに、今度は少年の方に振り向く。
「ん?」
 ミスティににっこりと微笑みかけられ、少年は何かと向き合う。
「…ずっと…」
「ずっと?」
「…大好き…だから…」

 それだけ言って。少女の姿は消えた。





* * *

「御堂霧香ちゃん、ね…」
 ミスティの姿が消えた後、一向は興信所に戻ってきていた。勿論少年も一緒に。
「…なるほど、ね」
 シュラインが、見ていた画面から顔を上げた。その表情には、暗い影が落ちている。
「…調べてみたけど…結果、言わないほうがいいかもね。聞くと、辛いわよ」
「…聞かせて、ください」
 少年の返事に、シュラインは「分かったわ」とだけ答え、プリントアウトした報告書を手に持った。
「御堂霧香、16歳。去年のクリスマスイヴに、暴漢に襲われて死亡。…これが事実よ」
「そう、ですか…」
 少年は、俯きながら、震える声でそれだけ返した。


 元々御堂霧香は施設で育った子供であった。
 二年前、少年は東京に遊びに来ていた際に、彼女と知り合った。
 東京にいる間、二人はずっと遊んでいた。元々身寄りのない彼女には、少年との時間は何よりも楽しかったのだろう。
 そのとき、少年が寒そうだからとクリスマスに霧香にあげたのがマフラーだった。
 そして、また来年くるから会おうと二人は約束して、少年は帰っていった。

 一年後、少年はまた東京にやってきた。
 霧香との再会を楽しみにしていたが、彼女とは結局会えずに翌日帰ってしまい、一年経ってしまった。
 霧香は、少年と出会った場所にクリスマスもいたのだという。そこで暴漢に襲われ、発見された頃にはもう息を引き取っていたと言う。


「…悲しすぎますよ…こんなの…」
 愛華は、流れる涙を止められずにいた。そんな愛華を、シュラインは無言で抱きしめてやった。
「…悲しいけど…」
 震える声で、少年が言った。
「でも…霧香は、俺に会いに来てくれたから…それで、よかったと思います。あのまま、何も知らずにさよならのほうが…悲しすぎますよ…」
 少年は、泣いていた。
「霧香は、俺に…これ、くれたし…だから……っ…あぁぁ…」
 シオンが、その肩をぽんぽんと叩く。耐え切れずに、少年は声を上げて泣き始めた。
「…あ、雪…」
 窓の外は、真っ白になっていた。彼女の髪のように美しい銀色が空を舞う。

 悲しみも何もかも全部埋め尽くしていくかのように、ただ雪が静かに振り続けた…。



「…それじゃ俺、帰りますね。何時までも泣いてちゃ恥ずかしいし」
 その首に巻かれたマフラーを、大事そうに触って、少年は頭を下げた。
「霧香のこと、ありがとうございました。俺…ずっと忘れないようにします」
「…うん、そうしてあげて。それじゃ」
 もう一度頭を下げて、少年は走っていった。

「…これで…よかったのかな…」
 愛華はまだ悲しそうだった。そんな愛華の頭をシュラインは撫でてやった。
「…それは、霧香ちゃんが決めることだわ。でも、きっとよかったんだと思う。だって彼女、最後まで笑ってたでしょう?」
 その言葉に、愛華の顔にも少しだけ笑顔が戻ってきた。
「そう、ですよね…」
「それに」
 シオンが続ける。
「霧香さんは、私があげた、彼とおそろいのマフラーも持っていってくれました。絆は、ずっと消えませんよ」

 きっとね。そうですよね、霧香さん?
 シオンには、霧香がにっこりと笑ったように思えた。





* * *

「死んでなお、思いを伝えたい相手、ね…」
「ん、何か言ったか?」
「なんでもないわ、気にしないで」
 振り続ける雪を見ながらシュラインが呟いた。
『…私だったら、どうかしら?』
 と考えて、無駄なことにすぐに気づき、シュラインは少し苦笑を浮かべた。
「…考えるまでもないわね」
「え、何だって?」
 そんな草間に、シュラインは一言。
「何でもないって言ってます。はい、武彦さん」
「…?」
 取り出したのは、今はもういない少女と一緒に作った眼鏡ケース。
「今日はクリスマスだから。武彦さん、メリークリスマス」
「ん、あ、ありがとう。メリークリスマス」
 受け取った草間に、シュラインはにこりと微笑んだ。
 そして、グラスをチンと合わせれば。
 後は二人の世界へ。



 そう、今日はクリスマス。小さな奇跡が沢山起こる。
 ここにも、小さな奇跡が一つ…。

 雪が、世界を銀色に染めていく…。

 ―――メリークリスマス―――

 誰かが、そう呟いて、

 ―――メリークリスマス―――

 誰かが、そう返す。



 聖なる夜にこの想いを…。





<END>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2155/桜木・愛華(さくらぎ・あいか)/女性/17歳/高校生・ウェイトレス】
【3356/シオン・レ・ハイ(しおん・れ・はい)/男性/42歳/びんぼーにん(食住)+α】

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■         ライター通信          ■
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 どうも、へっぽこライターEEEです。
 今回は個別部分があるということで、あとがきのほうも別々にさせてもらっています。

 シュライン・エマ様、今回も参加ありがとうございました。
 プレイングの方に色々と教える方法などが書いてあったので、今回は色々と助かりました。
 なお、最後の草間さんとの絡みはあんな感じかなぁとあれこれ想像しながら書いていました(笑
 あくまでこちらの想像なので、違っていたりしたらすいません…(汗

 それでは、今回は本当にありがとうございました。
 少し早いですが、メリークリスマス。皆さんにいいことがありますように。