コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


 『異』 −三月ウサギの災難−


 アンティークショップ・レンのカウンターで、怪盗騒動のあと一人残った高浜が、店主の蓮と共になにやら話し込んでいた。話題はその際に狙われた銀時計である。
 なにやらこの銀時計、とても奇怪なものらしく高浜が蓋を開け閉めしながらそれを簡単に説明していた。
 高浜曰く、この銀時計は空間・時間・世界をねじ曲げくっつけられると言うのである。今は正式な持ち主が居ないため、なりを潜めているらしい。
「で、その正規の持ち主ってのは誰なんだい?」
「聞きたいですか?」
「あまり好かないけどねぇ」
 渋い顔の蓮に、高浜がニッコリと作り笑いを向けた。
「ウサギですよ。」
「は?」
 思わず問い返す蓮に、高浜はさらりと同じ事を返す。
「ウサギです。おおかた着地に失敗して意識飛ばしてるんでしょうけどね。探さないとなぁ。アリスに聞けば、分かるかなー?」
「おい、ちょっとお待ちよ」
「何か?」
「時計にウサギってアンタ、ここは不思議の国じゃないんだよ?」
「似たようなもんですよ。誰か手伝ってくれないですかね、ウサギ探し。碧磨さんのお客さんとか……」
「あてにしないどくれよ」
 まったく、と高浜に呆れた顔を向け、蓮は肩を落として紫煙を吹き出した。まぁ、適当に声を掛ければ何とかなるだろう、と。
 

   * * *


 それから数日後、高浜の所に蓮から連絡があった。
『物好きな三人が手伝ってくれるらしいよ』
 そう言付けを受けた高浜がアンティークショップに飛んでいくと、そこにはいつものように蓮が居た。
「電話貰ったそうなんですが……ホントですか?」
 珍しく慌てた様子の高浜に、蓮はキセルを銜え治し小さく笑って頷いた。
「ただし、高浜は羽振りがいいことになってるから、謝礼はケチるんじゃないよ? 私の信用問題に関わるからねぇ」
「また勝手なことを……」
 しれっと言った言葉に、思わず高浜の顔が引きつるのを蓮は楽しそうに笑って見ていた。そしてひとしきり笑い終えると、顎をしゃくって奥の部屋に良く通る声を響かせる。
「ほら、入っておいで」
 そう言って広間に入ってきたのは、三人の女性だった。
 三者三様の出で立ちに呆気にとられていた高浜は、そこに知った顔を見つけ驚く。
「あれ、エマさん?」
「知り合いかい?」
「ええ、まぁ……」
 こくりと頷く二人にさして興味もないような素振りで蓮は、他のメンツを見回して灰をコンコンと落とす。
「まぁいいさ。どうにしろ他は初顔合わせなんだろ?」
 新しい煙草に火を入れそれをいぶしすと、大きく吸い込み真っ白な煙を吹き上げ、四人を見返してニヤリと笑った。
「今回の依頼人は、この高浜零。むこうから細身で背の高いのが、ゴーストライター兼草間の所員のシュライン・エマ。横の乳がでかくて頭が赤いのが、デーモン使いの何でも屋ジュジュ・ミュージー。んで最後の乳がでかくて最年少のが、巫女をやってる海原みそのさ。依頼内容は話した通りだよ」
 何とも失礼極まりない紹介を言い渡し、さぁ自分の手から話が放れたとばかりにアンティークカードをいじり始めてしまった蓮に、高浜ならずとも三人の女性も多少の呆れた顔を浮かべる。
 まぁこういう人物ではあるが……。
「えっと、高浜さん。今回の依頼ですけど……」
 気を取り直してと言った感じで口火を切ったシュラインの言葉に、高浜は三人をカウンターへと座るように促した。
「アリスとウサギと銀時計とってやっぱり、ルイス・キャロルの話が何か……」
 三人に向かい合うように近くのアンティーク家具に凭れかかった高浜は、その言葉に思わずクスりと笑う。
「すみません、やっぱ童話アリスが出ますよね」
「ちがいますの?」
 顔を見合わせ不思議そうにする女性達を代表するように、みそのが少々虚ろな眼差しで訊ねてきた。それに高浜は言いにくそうに小さく微笑む。
「あまり関係はないかと。異界と呼んでいる……エマさんには少し話しましたが、いわば異世界の住人なんで」
「異界?」
「ええ。この世界は、実は時間が少しずれるだけで全く違う世界があると言われてます。一秒後の蓮さんは、もしかしたらそこにいないかも知れない」
「私を引き合いに出すんじゃないよ」
 不愉快そうに茶々を入れられ、高浜は可笑しそうに笑って返す。
「……まぁと言うのを大きな話にしたもので、この空間には表裏一体の何千という世界があって、そこには僕たちでは想像も出来ない異質なものがある。と言う話ですね。網タイツを履いた魚だとか、髪の毛が花びらに変わる人だとか」
 何だか話がどんどんとインチキ臭い方向に向かっていくようで、蓮は傍観側ながら溜息を零していた。しかし、みそのもシュラインもジュジュでさえそれを結構面白そうに聞いていたので意外だった。
 職業変えたらどうかと、こっそりと蓮は思いながらも遠くを見やる。
「それで、アリスとウサギがそこから出て来たらしいんですが、早く戻さないと双方に悪影響が出るのでお手伝い願いたいと……」
 よろしくお願いします、と頭を下げる少年の話しに耳を傾けていたシュラインやジュジュ横で、突然みそのがほぅっと愁いを含んだ溜息を零す。
「まぁ、せっかく女王様風ゴシックドレスを着て参りましたのに……、無駄だったでしょうか?」
 立ち上がったみそのは、真っ黒なフリルをふんだんにあしらい、幾重にも貴二を重ねて作られたボリュームのあるドレスの裾を広げ楽しげに微笑む。
 それに呆気にとられていた他のメンツに物怖じすることなどなく、みそのはコロコロと笑った。
「いや、お似合いで」
 迫力に負けそう言った高浜に微笑むと、みそのは「そうかしら?」と微笑んで楽しそうくるりと回り、満足げにイスについた。
「それで、なんでしたっけ?」
 ご機嫌のみそのの前でもう早、ペースを乱され高浜がゲンナリとし始めている。まぁ頑張れと視線だけ寄越す蓮が憎い……。
「ウサギさんのことは、アリスさんに聞けば分かるとか」
「え? ああ、たぶん。何をするでも一緒でしたから」
「じゃ、決まりデスネ。タカハマさん、ユーのコールナンバー教えてください」
「は……い?」
 戸惑い気味に差し出した番号のディスプレイされた画面をとろんとし眼差しで見ると、ジュジュは早々にその番号にかけ始める。
「出てクダサイね」
 驚きながらも電話を取った高浜は、電話の向こうで微かな声音を聞いた途端、意識が飛んだ。
 携帯を耳に当てたまま微動だにしなくなった高浜の姿に、思わずシュラインの腰が浮く。その横でみそのが、ポツリと呟いた。
「高浜さんの気の流れが変わりましたわ……」
 その言葉にジュジュは得意げに笑うと、受話器にそっと声を送る。
――Come home
 すると突然、弾かれたように高浜が一歩飛び退き、口に手を当てたまま瞬きを繰り返し始めた。
「…………っ!!」
「戻られましたわ」
 ニコリと笑いかけるみそのに、シュラインは状況が飲み込めず腰を浮かせたまま「え?」と首を傾げている。
 すると。
「気持ち悪いんですけどっ!」
 涙目の高浜が絶叫し、ジュジュに向かって抗議の視線を向ける。しかしジュジュは相変わらずの様子で、ふふんと鼻を鳴らし悪びれなくカウンターで足を組んでいた。
「何が、どうしたのかしら?」
 イスに座り直し、不思議そうに呟くシュラインの横で、みそのも「さぁ」と首を傾げジュジュを見る。それにジュジュは両手を横に上げ、肩をすくめたポーズを返した。
「ミーのデーモン『テレフォン・セックス』を使っただけデス。タカハマさん、乗っ取ってアリスの情報を全てコピーできマシタ」
 どうよ、文句あっかと言わんばかりに言ったジュジュに、女性陣から拍手喝采が送られる。
 いや、人を乗っ取って置いてダケはないだろうが!
「じゃ、次。絵描きいきまショカ? 顔書いてもらえマス」
「すばらしいですわ」
「顔が分かれば探し易いわね」
 そう納得し三人姦し娘が出ていった戸口を見詰め、高浜は溜息を深くして蓮の隣に腰掛けた。
「ついてかなくていいのかい?」
「ちょっと元気が……」
 女三人寄ればなんとやら。
 女性の集団にあまり免疫がないと見える高浜の様子を見て、蓮は可笑しそうに声を上げて笑った。



 店から出ていった三人は、絵描きが多く集うと言われる有る公園へと足を向けた。案の定、今日も数人の絵描きが陣を取って客待ちをしている。
 その一人に携帯を拾わせ、高浜のとき同様にしてデーモンで意識を乗っ取ると、その特技を生かして似顔絵を作成することに成功した。
「ドデスカ?」
 デーモンから受け取った紙をシュラインとみそのに差し出し、三人で覗き込む。
 これは……。
「殿方の気がしますが……?」
 視力の弱いみそのそう呟くと、シュラインも唸るようにして同意する。
「そうね、どう見ても男だわ」
 そして、三人して首を傾げた。
 そう、どっからどう見ても男にしか見えない。しかも、少年ではなく、限りなく青年……二十歳過ぎのお兄さんである。
「アリス……」
 童話のアリスが頭から離れないからか、頭をひねらずにはいられない現実である。コレが本当にアリスなら、世の中は詐欺だ。せめて、ペンネームとか……。
「そう、ペンネームかも知れないわ!」
 ポンッと手を叩いて言うシュラインに、ジュジュが。
「本名デス。タカハマさんの記憶がそう言ってマス」
 コクコクと頷くデーモンに、あら?っとシュラインが乾いた笑いを浮かべる。
「まぁ、なにはともあれこの方を捜しましょう」
「そうね」
「じゃあミーは、アリスが居るらしい新宿のそのテの知り合いに当たってミマス」
「……じゃ、じゃあ私たちは時計のあった場所を念のため見てきましょうか? ね、みそのさん」
「ええ」
 本領発揮とばかりに座った目でニヤリと言われ、みそのは戸惑い気味にシュラインに同意したのだった。



 ジュジュと別れ銀時計の見つかったされる場所に足を向けたシュラインとみそのは、その場所に足を止め首を傾げた。
 立派な竹藪がその場所らしいが、その付近も都心とは思えないほどの長閑さが有る、日本昔話のような場所だった。
 取り敢えずと竹藪に足を向けた二人は、歩きにくい藪の中を足下と服に注意しながら奥へ進む。すると途中で、みそのが足を止めた。
「銀時計があったのはこの辺りのようですわ。時計と同じ不思議な『気』が微かにします」
 微笑みながら言った言葉に、一瞬パチクリと驚いた様子を見せたシュラインも、「そう」と言って足を止めた。
「特には何もありませんわね」
「そうね……。時計屋さんとかも行ってみましょうか、もしかしたら無意識に時計を探しているかも知れないし」
「まぁ!それは名案ですわ。そうですわね、探してらっしゃるかも知れませんわ」
 そうと決まれば時計屋を、と竹藪から出た二人は道を歩く老婆に時計屋の所在を尋ねるとそこに足を向けた。
 時計屋までのびりとした道をゆっくり歩きながら、横を歩くゴシック服のみそのにシュラインは不思議そうに問いかける。
「ねぇ、みそのさん」
「いかがしました? エマ様」
 覗き込むようなシュラインに、みそのは首を傾げた。それに、シュラインがクスリと笑う。
「様、は必要ないわ」
「そうですか? では、エマさん?」
「はい」
 言い直したその言葉にシュラインが返事を返すと、二人はそれが何だか可笑しくて弾かれたようにクスクスと笑い声を上げた。
 まるで学生同士のような遣り取りに、思わず足取りが軽くなる。
「それでね、話を戻すと…………。ウサギさんを聞き込みするのはいいんだけど、ウサギさんってどんな人かしら?」
「…………どんな方でしょう?」
 あれ?っと首を傾げる二人は、ぶち当たった大きな疑問に悩み込んでしまった。『ウサギさんを捜しています』といって、はてさて分かって貰えるのだろうかと。
「……ウサギって言うからには、髪の毛は白で目は赤いのかしら?」
 ポツリと呟いた言葉に、みそのはポンと両手を叩いて微笑む。
「きっとそうですわ。それで背は低め、チョッキを着てらっしゃるの」
「忙しそうかしら?」
「ええ。いつも急がなくてはと走ってらっしゃるんじゃないかしら?」
「そうね」
 顔を付き合わせ、クスクスと可笑しそうに笑い合って頷いた二人は、固まったウサギ像に軽い足取りで写真屋へと急いだ。
 なんとほほえましい会話かと思うかも知れないが、共に『素』……真剣な会話である。高浜が聞いたらなんと言うだろうか……。


   * * *


「ん? 呼びました?」
「呼んでないよ、アンタなんて」
 突然、くるりと振り返って言った高浜に、蓮が嫌そうな顔をしてシッシと手を振る。邪険にする蓮に、高浜はカウンターにひじを突いて溜息を零した。
 女性三人と分かれた翌日の早朝、ジュジュから電話がをもらった高浜は夕刻前にアンティークショップに訪れた。
「何しに来たんだい、いったい」
 もっともな質問に、高浜は銀時計の蓋を開けたり閉めたりしながらさらりと答える。
「待ち合わせです。アリスが見つかったそうなので」
「人の店を喫茶店にしないどくれ」
 ため息と共に紫煙を吐き出し、灰を落としながらぼやく蓮に高浜は苦笑いを返した。
 するとシュラインとみその、そしてジュジュが顔を見せる。
 簡単に挨拶を交わした五人は、バラバラに行動した昨日の報告を始めた。
「アリスの似顔絵デス」
「あ、似てる似てる」
 差し出された紙を受け取った高浜が、感心したように見つめ笑った。
「似顔絵を作った後、ジュジュさんはアリスさん探しに、私たちは例の竹藪に行きました」
「竹藪に行ったんですか?」
「ええ。色々聞いて回ってみたんですが、特に情報は得られなくて」
「迷いうさぎが学校で保護されてるというぐらいでしたわ」
「そうですか…」
「時計屋さんも行ったんですけど」
 浮かない顔でため息をはく二人に、高浜は思わず首を傾げる。時計屋と疑問に思ったが、あえて聞かないでおくことにする。
「ま、まぁそれはそれとして。アリスの居所が分かったそうですが」
「見つけましたヨ」
「僕も一緒に行かせて貰えますか? 一緒に捕まえておきます」
 笑顔で拳を握りしめた高浜に、ジュジュはやや不思議そうに頷いたのだった。



 ジュジュの案内で移動した四人は、新宿の裏へと足を向けた。夕刻にさしかかるこの時間を過ぎれば、さぞや賑わうであろう夜の界隈である。
「新宿だとは知っていましたけど……」
 こんな所に、と言葉を飲み込む高浜の言葉に、みそのは首を傾げていたがシュラインは苦笑いだった。言うなればアブノーマルな思考の人々が集う地帯だからだ。
「この店デス」
 そう言って指し示されたのも、そう言ったものだった。いわゆるゲイバーのような。
 先導していたジュジュは、真っ赤なハイヒールを鳴らして店内に入る。中から数人の男が出てき、まだ準備中だと言い渡された。
「アリスって子、探してマス。イマスカ?」
 それを無視してジュジュが問いかけると、近寄ってきた男の一人が反応を見せる。
「アリス? いるよ、ちょっと待って。アーリス、お客様」
 そう店内に大声で声を掛けた男に奥から一人、金髪の青年が顔を出す。
 似顔絵通りの人物だ。
「ん? 何か用ですかー?」
 ノコノコと顔を出したアリスに、ジュジュの横から高浜が顔を出す。
「なにか用かじゃねえよ、このアホ。テメェ」
 珍しく怒気をはらんで言った言葉に、アリスはワンテンポ遅れて慌て出す。
「げ、高浜!」
 そう言い残すと、まるでトランプ兵から逃れるがごとく、その場から猛ダッシュで走り出した。
「ジュジュさん、捕まえてください! 殺さない程度なら何しても可!」
 バシッと指さし言った言葉に、ジュジュはニヤリと笑い肩に少し掛かる赤髪を弾いて走り出す。
「ヘイユー、ミーと遊びマスカァ?」
 そう言って嬉々としてアリスを追いかけ始めたジュジュを見送り、高浜はシュラインとみそのを振り返る。
「運動は得意ですか?」
「あまり」
「わたくしも」
「では、ちょっと失礼」
 答えを聞くなり二人を両手に抱え上げた高浜は、ジュジュの行った方を見上げて走り出す。
「お二方、ナビお願いしますね」
 唖然とする二人にニコリと笑いかけ、微かに見える豆粒ほどの二つの陰に向かう。
 見失っても大丈夫というのは、かなり楽だなぁとお思いながら高浜は女性二人を抱えてジュジュの元に急いだのだった。
 路地の突き当たりにジュジュとアリスの姿を見つけ、高浜はシュラインとみそのを地面へと下ろす。
 そしてジュジュへと歩み寄っていくと、ドサリとアリスを放り投げられた。
「ターゲット、確保デス」
「お見事です」
 やや目の据わったジュジュに、笑顔で礼を言うと高浜はアリスの前にしゃがみ込む。
 そして胸ぐらを掴んで怖いほどの笑顔を向けたのだった。
「なぜ逃げるかなぁ?」
 シュラインはその光景を見ながら、高浜ってこんなキャラだったかと不思議に思う。
 アリスは、怯えきっていた。
「スミマセン、高浜さん!」
「お前こんなトコで何やってんだ」
「ゲイバーって時給いいいんすよぉ、ほら俺文無しだったし」
「んなことは聞いてねぇ。何でこっちに居るんだつってんだ、ウサギはどうした?」
「あ……はは、不慮の事故で」
 重ねて問う高浜から視線を外して空笑いを浮かべる姿はまさに、やましいことしかしていませんと言っているようなものだった。それを聞いて高浜の額にうっすら青筋が浮かぶ。
「ウサギは……途中ではぐれちまって……。ホントですよ!気付いたら俺、ここにいたんですから!」
「んな都合のいい話があるか!」
「ギャ!」
 胸ぐらを掴み睨み付ける姿に、顔を引きつらせながら必死なまでに訴える。それを女性三人は、肩を竦めて見守っていた。


   * * *


 結局手がかりなく戻ってきた四人……、いやアリスを含めた五人は蓮のいるアンティークショップに戻っていた。もちろん、しかめっ面が出迎えたことは言うまでもない。
 しかしそれを無視し、ショップのカウンターに陣取った四人は、アリスを適当なところに放置して、次なる作戦会議へと話題を向ける。
 唯一の手がかりに近いアリスの情報がゼロだとなると、手がかりは皆無に近い。これからどう動くか、四人は顔を合わせたまま困り果て唸る。
「例えば、時計がウサギさんと一心同体なら、時計を暖めたらウサギさんは暑がったりしないかしら?」
「くすぐってみるのもいいかも知れませんわ」
 うーんと頭をひねりながら言ったシュラインとニコリと笑って言うみそのに、ジュジュは気怠そうに髪を掻きながらカウンターに肘を突く。
「ウサギ近くにいるか分からない、どーやって見つけマスカ?」
 そうだったと、面白そうだった提案は初歩的なことでつまずいてしまう。竹藪の辺りじゃないとすると、範囲は簡単には絞れない。
 また振り出しに戻ってしまい、四人は唸りながら良い案がないかと頭をひねる。
 するとジュジュが携帯をカチンカチンと開閉させながら、唐突に高浜に言った。
「時間、戻れないデスカ?」
 その言葉に、みんなが一様にしてハッと顔を上げる。
 どうだろうかと窺うように視線を向けられた高浜は、深々と頷いて返した。
「確かに、出来ないことはないです。多少、危険は伴いますが」
「危険?」
 訝しげに眉を寄せたシュラインに、高浜は言いずらそうに頷く。
「自分の半身に向かうから、行くのは平気だと思うんです。でも帰りは、正式な持ち主なしで時間をさかのぼる……、ちゃんと戻ってこられるか」
 そう言いよどむ高浜に、ジュジュは真っ赤な唇の端を持ち上げ笑った。
「ダイジョブ、アトラスでケイ借りマス。レイカ、このテの話し好きですから」
「なるほど。さすがだわ、ジュジュさん」
「そうと決まったら、さっそく呼んでまいりませんと」
 そう立ち上がったみそのは、ジュジュとシュラインの手を引くとそそくさと店を出ていってしまった。「桂って?」と訊ねる高浜に、蓮はアトラスのバイトで時を操る時計を所持している子だと簡単に告げた。
 一方、アトラス編集部へ行った三人は碇麗香にこの顛末を簡単に話、記事に出来るよう結果を報告することを条件に桂を借りる事に成功する。
 二言三言の説明で強引に連れられてきた桂は、戸惑った様子で今回の依頼主である高浜を見上げた。
「あの」
「今回、彼女らに依頼をしました、高浜ともうします。唐突で申し訳有りませんが、お力添えください」
「いえ……。こちらこそ、よろしくお願い致します。桂、ともうします」
 深々と頭を下げる高浜に、桂も頭を下げ簡単な挨拶をする。
 それを見ていたみそのが、おもむろに笑みを見せてポンと手を叩いた。
「準備は整いましたわね」
「え? ああ……じゃあ、動かしますよ。蓮さん、どいててくださいね」
「ああ」
 蓮が移動したのを確認すると、高浜は時計のネジを逆に巻き始め、蓋を開いて手の上に載せる。
 すると時計が眩いばかりに光を放ち、辺りを真っ白にホワイトアウトさせた。
 それは一瞬の出来事だった。目を開ければすでにそこはアンティークショップではなく、シュラインとみそのだけは見覚えのある長閑な風景だった。
「これは」
「あの時計のあったという竹藪の近くですわ」
 辺りを見回し言った二人に言葉に、ここが……とジュジュが顔を巡らす。
 しかし、肝心のウサギらしき人物が見あたらない。
「すこし様子を見ましょうか?」
 そう提案したシュラインの言葉に頷くと、五人はちょうど道路に面して高台になっている竹藪の中から、降り立った付近を見下ろし様子を見ることにする。
 ずいぶんと様子を見ていたはずだが、道を通るのは年輩の女性か子供連れの親子ぐらいだった。それらしい姿は一つも見あたらない。
 可笑しいと、眉を顰め始めた一行は、暫くして不思議な光景を目にすることになった。
 後方の竹藪から、ヨタヨタと弱った風のウサギが這い出て、道路にぱたりと倒れたのだ。
「?」
 一瞬まさかとは思ったものの、ウサギはウサギでもウサギ違いだろうと、を見合わせ思わず笑う。
 が。
 突然現れた少女が、そのウサギを抱えて歩いていってしまった。
「ウサギさんはうさぎになってしまったのかも知れませんわね」
 ホホホと笑うみそのの言葉に、シュラインと高浜は明後日の方を見やり、ジュジュは視線を下に逸らした。
 そんなまさか。
 そう言いたいのは山々なのだが、なのだが……。
「例えばよ」
 切り出したのはシュライン。
「もしウサギさんが、うさぎになっていて……」
 そしてジュジュがそれを続ける。
「自分をラビットだと思いこんでたら、ドーナリマスカ?」

………………………。

 無言で顔を見合わせた一行は、はっはっはーと笑い声を上げて踵を返した。
「帰ってみましょうか」
 そう呟いた高浜に、桂は不思議そうな顔をした。
「もう戻って構わないんですか?」
 数時間居ただけと言うことになるが、本来ならばウサギの行動を見て現在に関わる情報を得るためだけに来たのだから、数分で終わることだったのだ。
「ウサギ、いなさそうダカラ。イイヨ、ケイ」
 ジュジュに言われ、桂は腑に落ちない様子ながらも言われた通り時計を使って元居た時間へと五人を移動させる。
 そして戻って来るなり高浜とシュライン、ジュジュは、蓮との挨拶もそこそこにみそのと桂を引っ張って店を出た。
 ちょうど時間は夜だ。
 見上げた月明かりに、高浜が桂を振り返った。
「桂さん、もう一仕事お願いします」
「え?」
「さっきの竹藪まで飛ばして貰えますか?」
 真っ直ぐに見詰める高浜を、三人はなるほどと驚いたように見返し、桂は戸惑いがちに頷いた。
「お安いご用です」
 フワリと微笑んだ桂は、時計を掲げると先ほど同様に時空を曲げたのだった。



 たどり着いたのは先ほど見た竹藪から程ない公道の上だった。辺りを見回し、ジュジュが問う。
「あのガール、どっち行きマシタ?」
 それに、ゆっくりと眼差しを上げたみそのが、優雅に微笑んだ。
「あちらですわ」
 そして指を指した方は、高台の上の学校だった。
「あの女の子の気が上に向かっておりましたわ」
 何げにチェックをしていたらしいみそのが、大したことは無いというように微笑み笑い声を上げる。真っ黒なドレスを着込んでいても、さすがは巫女。
 五人はみそのの指し示した高台に浮かぶ学校に足を向けると、門の閉ざされた行程の前で足を止めた。
 そして目を合わせた高浜に、桂は穏やかに微笑んで見せた。分かっている、とでも言うように。
 桂は時計を五人の中心に差し出し、再び時空を移動する。
 刹那、歪んだかと思えた視界は、緑の木々と白い校舎に姿を変えた。
「さすがです」
 ニヤリと言った高浜に、振り返って驚く。
「飼育小屋?」
「あ、うさぎですわ」
「マサカ……」
 仲良く言葉のリレーをする女性陣に、高浜は微笑みながら振り返る。
「ウサギはどれでしょうかね?」
 どれと言われても…………。
 困ったように首を傾げる四人の中で、シュラインがが小さく声を上げた。
「あ! さっき言っていた時計を暖めるてみたら分からないかしら?」
「やってみましょう」
 ニッコリと満足げに笑った高浜は、シュラインに時計を差し出し言った。渡された時計を、シュラインは手で擦り暖めてみる。
 すると、のぞき見た飼育小屋の中で、一匹だけが急に怠そうな様子を見せ始めた。まさか……。
「こんどはくすぐってみたらいかがですの?」
 みそのの言葉に頷いたシュラインが、時計の腹を指で軽くひっかきくすぐり始める。
 するとさっきまで怠そうだったウサギが、今度はひっくり返って足をジタバタさせ始めた。
「…………決まりデスネ」
 そんなことあるのかと呆然と見ていた五人は、ため息を吐いて俯き眉間に皺を寄せる。
「取り敢えず、蓮さんの所に持って帰りましょう。アリスのこともあるんで」
 そう高浜が強制的に締めくくると、飼育小屋に飛んだ桂がウサギを持ち出し、その足でアンティークショップに戻ったのだった。



 アンティークショップに桂の力で戻ってきた五人は、早々にアリスを引っ張り出し、いつもの作戦会議場のカウンターへと顔を合わせる。
 もう蓮も諦めたらしく、五人+αをキセルを噴かしながら黙って見ていた。
「さぁてお立ち会い、ウサギを戻しますよー」
 コレが!?と驚いているアリスを無視し、高浜はカウンターで丸まる真っ白なうさぎに向き直る。そしてポケットに入れていた銀時計を、うさぎの首に掛け置いた。
 すると、眩い閃光が辺りを包み、目を眩ます。
 そしてまるで漫画のような<ぼんっ>という音を立てると、煙の中から人の陰が浮かぶ上がってきた。
「……あれ? 高浜さん、お久しぶりです。なぜここに?」
 現れたのは、シュラインとみそのの予想通り、白髪に赤目に丸眼鏡を掛けた背の高い青年だった。
 ウサギ!?
 これが、と驚くシュライン、ジュジュ、みその、桂の横で、高浜は眉間に皺を寄せながらカウンターから降りるように言う。
「お前こそ、何でこっちに来てるんだい? まったく、今日の十二時がデットラインだぞ?」
 アンティークの振り子時計を顎で指し、もうすでに十二時までカウントダウンが始まっていることを示す。
「え? でもまだ来たばかりじゃ?」
「事情はアリスにゆぅっくり聞きなさい。緊急手段。みなさん、下がってくださいね」
 ぞろぞろと後退る姿を確認しポケットから銀色に輝く透明の糸を探り出すと、高浜はそれをパンッと宙で弾かせた後に床に丸く置いた。
 床に円を描いた糸の輪の、中央がポッカリと黒く穴が開いていた。
「これは?」
「不思議な『気』がしますわ。なにかしら?」
「アナですかネェ?」
 遠巻きに覗き込む三人にくるりと振り返った高浜が微笑む。
「向こうに吸い込まれますから、それ以上来ないでくださいね。戻れないかも知れませんよ」
 ニッコリとす清々しいまでの笑顔で言われた言葉に、桂を含めた四人が思わず一歩後退る。
「さて、時間がないよ」
「本当です! 急がなきゃっ、ああ忙しい忙しい!」
 急に慌てだしたウサギは、時計を片手にあたふたし始めた。
「高浜さん、みなさん、お世話になりました。じゃあ僕はコレで!」
 そう言うと、ウサギはあっさり黒い穴の中に飛び降りていく。
 それを見送っていたアリスはさっさと戻っていってしまったウサギを見詰め、悩んだ素振りを見せて振り返る。
「あ、俺は残るって事で」
「テメェも帰れ」
 無情にも、高浜によって蹴り落とされ、アリスも異界へと戻っていった。
 ウサギとアリスを無事……といえるのかは分からないが、元の世界に返すことが出来た三人は、床に広げられた糸が拾い上げられるのを確認し高浜に歩み寄る。
 終わった……のだろうか? なんと忙しない。
「ご苦労さまでした、とても助かりました」
 拾い上げた糸を手に巻き付けながら穏やかに言った高浜は、それをポケットに戻し言葉を続ける。
「もう少しで時間が完全に歪んでしまうところでした。お陰様で元通りになりそうです、ありがとうございます」    
 ぺこり頭を下げた高浜に、首を傾げる。
「元通り?」
「ええ、ウサギは三月ウサギの異形、銀時計は時計の異形でしたけど、アリスは時間の異形なんです。だから、長時間いたお陰で悪影響がそこら中に」
「え?」
「ほら、戻っていきますよ。謝礼はそのときにでも。白い封筒になります、お忘れ無く」
 そう微笑んで高浜が言うと、唐突に眠気が襲い立っているのさえ怪しくなる。
 襲いかかる睡魔に勝てず、そのまま崩れ落ち、意識は手放されたのだった。


   * * *


 ふっと目を覚ましたシュラインは、辺りを見回しゆっくりと顔を上げる。うたた寝をしていたのかと、隅に追いやられた紙の束を見つけぼんやりと思った。
 再び落ちかける瞼の向こうで、ふと思う。たしか、ウサギ探しの件で高浜の依頼を受けていたはずだが……。
「!?」
 そう思い立った瞬間、シュラインは飛び上がるように起きあがった。
 確かに、さっきまでアンティークショップレンにいて、高浜とジュジュ、みその、それに桂と居たはずだと。
 瞬きを数回繰り返しながら髪をかき上げ、かすんだ視界をクリアにさせる。そして慌てた様子で、事務所へと小走りで歩いていった。
 覗き込んだ草間興信所には、相変わらずテイタラクな主人と、忙しなく掃除に熱を上げている少女の姿があった。
「おう、シュライン。どうしたんだ?」
「武彦さん……私、ずっとあそこにいたかしら?」
 不思議な問いをするシュラインに、武彦は素っ頓狂な顔をして首を傾げる。
「何言ってるんだ? 今日は外にまだ出てってないぞ、お前」
「そう……、おかしいわねぇ」
 頬に手を当て、悩む姿のシュラインに零が不思議そうに歩み寄ってくる。
「どうかしましたか?」
 心配そうに覗き込む姿に苦笑すると、何でもないと言って奥へ戻っていった。
「夢、だったのかしら?」
 腑に落ちない風に呟いたシュラインは、専用の事務机に座り溜息を零す。
 シャラリと鎖を鳴らす眼鏡を手で遊びながら、肩をすくめてパソコンへと向かうことにした。ライターのネタぐらいにはなるかしら、と。
 机に端に、そっと置かれた白い封筒には気付くのは、暫し後のこととなる。


−終−



-------------------------------- キリトリ --------------------------------

〓登場人物〓
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
‖0086‖シュライン・エマ  ‖女性‖26歳‖翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員‖
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
‖0585‖ジュジュ・ミュージー‖女性‖21歳‖デーモン使いの何でも屋(特に暗殺)‖
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
‖1388‖海原・みその    ‖女性‖13歳‖深淵の巫女            ‖
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
※PNC=高浜零・男性・16歳・学生



〓ライター通信〓

≪シュライン・エマ様≫
二度目ましてです、シュライン様!
二度にもわたって、高浜の奇怪なご依頼を快く受けていただきありがとうございます。
今回は不思議の○のアリスをモチーフとして書かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか?
所々に散らばっている話の欠片も、楽しんでいただけたらと思います。
今回は、みその様にのっかってボケ要員に回ってしまったのですが……ど、どうですか?

また、なにか「違うぞ!?」と言うところや、気になるところがありましたらご遠慮なく仰ってくださいませ。直ちに直させていただきますので!

それでは、この度は本当にありがとうございました。
もし宜しければ、またのプレイングをお待ち申し上げております。

 遠江 拝

------------------------ アリガトウゴザイマシタ ------------------------