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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


紅い雪を探して

■発端

 細く、囁くような声がする。
「紅い雪を探して……」
 その声は闇に沈んだ体育館の舞台から、発せられている。
 間を置いて、もう一度、二度、三度。
 同じ言葉だけを繰り返す声だ。
「紅い雪を……」
 あえかな少女の懇願は、届くはずのない体育館の隅々にまで反響し、幾重にも積み重なった。


「――と、いう訳なのよ」
 語り終え、響カスミはふぅ、と息をついた。実際に体験した訳でもない話を口にするのでさえ恐ろしいらしく、目元に困惑が張り付いている。
「何年か前に演劇部が『紅い雪を探して』という劇を上演してね。生徒の間じゃ、その劇に関係した人の幽霊じゃ……なんて噂まで出る始末なのよ」
 幽霊、という単語のところで僅かに唇を震わせ、カスミは緩く首を振った。
「そんな事、あるわけないのよ? 当時の劇は私も見たけれど、亡くなった人はおろか、怪我人もなかったはずだもの」
 その後? そこまでは知らないわ、とカスミは申し訳なさそうに笑った。弱り果てているのが傍目にもはっきりと分かる。
「どういう劇だったかって? ……そうね、切ない話だったわ。紅い雪、というあり得ないモノに願いをかけようとする少女がいて……。あぁ、ごめんなさい。よく憶えていないみたい。台本ならまだ残ってるんじゃないかしら」
 カスミは再びため息をついて、額に白い手を当てた。伏せた瞼の下から、どうしようもなく縋る様な視線を向けてくる。
「とにかく。舞台は音楽でも使うし、問題があるならなんとかしてくれない?」



■噂か真か

 カスミの視線に押されるまま、依頼を受けて集った風月・陽炎(ふうげつ・かげろう)を初めとする三人は調査の拠点として与えられた会議室で、件の劇の台本と当時の部員名簿を閲覧していた。
 劇の舞台は学校。主人公は不治の病を抱えた少女、といういかにもな設定。『紅い雪』を見つけて願いをかけるとどんな事でも叶うという噂が流行し、少女はクラスメイトの少年への恋心を成就させる為に雪の中を日々彷徨う。とうとう見つけて願いをかけるが、無理がたたって少女は命を落とす。今度は少年が『紅い雪』を必死で探し回るが、見つからずに倒れてしまう。
 ラストは少年を助けたいと願う少女の声で終わっていた。
「これだけを見ると、体育館の『声』は主役の少女の可能性が高いですね」
 台本の筋を追い、陽炎は呟いた。依頼を受けるために学園の生徒に成りすましたはいいが、正真正銘の生徒と組む事になるのは少々予想外だった。
 その少女は銀色の髪を揺らして、陽炎の言葉に同意を示している。己よりは遥か下方から向けられる視線へ、陽炎は頷きを返した。
「やっぱり、一度体育館へ行って見た方がいいかもしれません。もしかしたら、会えるかも」
「?」
 内心だけで疑問符を浮かべた陽炎同様、ひびきの言に首を傾げたのは、もう一人の同業者・ジュジュ・ミュージーだった。褐色の肌と紅い髪、エメラルドを嵌め込んだかに見える双眸を持つ女性だった。ほとんどの人間が思わず振り返るだろう程の美貌に、だらしないとさえ言えそうなぐらいに着崩したスタイルが妙にマッチしている。
「問題の少女が幽霊なら、見えるってことです」
「成程」
 見える人間だという事らしい。陽炎は納得して相槌を打った。
 ならば情報収集は己とジュジュの仕事か、と思いきや。
「なら、情報収集はミーの仕事デース」
 言うなり、携帯電話を取り出したジュジュは名簿の一番上に記載されていた電話番号をプッシュしていた。
「いきなり電話しても――」
 公になっていない事件なり事故があったのなら、当時の部員達が口を閉ざしてしまう可能性が高い。
 陽炎が指摘する前に、ラインは繋がっていた。本人が電話口に出たと思った瞬間、ジュジュは核心に迫る様な問いを次々と発し始めている。
 当時の配役、部員達の関係、前後に起こった事、等々。ジュジュの手元にある名簿には、プライバシーも何もあったものではない情報が瞬く間に書き込まれていく。
「ど、どういうこと……?」
 驚いたのは傍らで見ていた陽炎とひびきだ。普通なら訝って当然の、見知らぬ相手からの突っ込んだ質問にこうもあっさり答えるなどあり得ない。
「これがミーの能力。一般人なら『テレホン・セックス』の憑依はまず拒否できナイ。洗いざらい、喋ってもらうネ」
 一人目との通話を終えたジュジュは、真っ赤なルージュを引いた唇を笑みの形に歪めた。
 情報収集は任せろ、という意思表示だ。
 そういう能力を持っているのならば、任せるにこしたことはない。電話での会話を聞く限り、劇を再演する価値はありそうだった。
 当時の部員が集まる可能性は低い。段取りをつけるとすれば、現在の部員達だろう。
「それなら情報収集はジュジュさんに任せましょう。僕は、劇をもう一度上演する場合に備えて、台本のコピー等を手配しておきますよ」
 演劇部にも掛け合わなければ、と陽炎は身を翻した。
 背後ではひびきが体育館へ行くという声が聞こえている。多分、少女を見るのだろう。
「すみません。体育館の件でお願いがあるんですが――」
 演劇部の部室をノックし、現れた男子生徒へと陽炎は穏やかな声を紡いだ。
「あぁ、あの『声』の?」
「えぇ。解決の為に、劇をもう一度上演して頂く、という事は可能ですか?」
「上演ねぇ。まぁ、台本はあるから芝居だけならなんとかなるだろうけど。……おーい。『紅い雪』の衣装とか道具って、まだ残ってたか?」
 奥へ呼ばわった声への返答は、陽炎にもはっきりと届いた。
 応えは「NO」。衣装は勿論、小道具さえも残っていないという。
「困りましたね……。何とか間に合わせられませんか? 出来れば明日までに」
「明日!?」
 解決は早い方がいい、と説き伏せると渋々ながらも了承の答えがある。
「けど、主役とその相手役って、多分誰もやりたがらないと思いますよ。噂が噂だけに」
 本気で幽霊だの、祟りだのがあると信じている訳ではないが、気持ちのいいものではない。
 そんな心情をありありと顔に出している部員へ、陽炎は紅い瞳を細めて頷いた。
「仕方ありません。メインの二役についてはこちらでなんとかします。……と言っても、相手役は僕しかいないでしょうが」



■昇華

 翌日の放課後、陽炎はひびき、ジュジュと共に体育館の舞台袖に待機していた。
 舞台では今まさに、『紅い雪を探して』の上演が始まろうとしている。演じるのは、現役の部員達だ。急もいいところで、全員がコピーした台本を手にしている。音響も、セットもありあわせの強行軍である。
 何しろ、台本以外は衣装や小道具の類が全て処分されていたのだから仕方がない。最大の問題だった『紅い雪』をどう降らせるかは、ひびきが引き受けることとなった。その、奇術で以って。
 勿論、観客はいない。
 ヒロインの相手役には陽炎。主役は、不在のままだった。体育館へ行ったひびきから、主役は噂の少女がやるから大丈夫だと言われたのだ。
 どうやら幽霊と共演することになるらしい。
「あの。本当にこれでいいんですか? 先輩たちじゃなくて。それに、主役も」
「ノープロブレム。重要なのは役者じゃなくて状況デース」
 不安を隠せない部員へ向かって、相変わらずだらしなく着こなした服の上で腕を組み、ジュジュは不敵に笑った。燕尾服にシルクハットといういでたちで傍らに立つひびきは僅かに緊張した面持ちで、それでも微笑んで見せた。陽炎は露ほども緊張していなさそうな穏やかな顔のままだ。
「ミーの調査結果でヒロインが死んだ事わかりマシタ。劇みたいに、雪の中だったそうデス。……なら、何か願い事があって彷徨ってる可能性が高いネ」
「相手役の事故と『声』の時期が一致していること。怪我が軽く済んだこと。……願い事の内容も、大体想像がつきますね」
「だから、もう一度『紅い雪』を降らせるんです。彼女のために」
 舞台装置も何もないところから。
「彼女が、未練を晴らせるように、ね。僭越ながら、僕が代理を務める訳ですが」
 体育館の照明が落ち、舞台が薄闇に浮かび上がる。ゆっくりと幕が上がり、たどたどしいながらも劇が動き始めた。
 台本を見ながらなので、それほど身振りは大きくない。動きよりも、きちんと台詞を読めるかどうかが陽炎にとっては問題だった。
 そんな中、主人公抜きの奇妙な劇は、緩やかに進んでいく。
 徐々に、陽炎の目には相手役の少女が見えてきた。絶妙な間で台詞を口にする少女の助けを借りて、陽炎の芝居も滑らかになってくる。
「紅い雪を探して……」
 少女の台詞と共に、頭上から白いものが舞い降りてきた。
 雪。
 そして一片の。
「紅い雪……どうか、どうか――死なないで」
 淡く染まった雪の欠片が少女の元へ辿りつく。掌で受け止めたそれを大切そうに握り締め、少女はひどく安らかな表情で願い事を口にした。
 陽炎は少女へゆっくりと歩み寄り、触れられないはずの少女のその両手をしっかりと包み込んだ。
「大丈夫。僕は、元気だよ。君のおかげで助かったんだ。……ありがとう」
 刹那、締め切ったはずの体育館に風が奔り、少女と、少女の願いを攫ってゆく。
 その情景が鮮やかに、陽炎の目に焼きついた。


 あり得ないものに、奇跡は舞い降りたのだ。


<了>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

3022/霧杜・ひびき/女性/17歳/高校生
0585/ジュジュ・ミュージー/女性/21歳/デーモン使いの何でも屋
4397/風月・陽炎/男性/20歳/心霊探偵(偽学生)/夜行者

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■         ライター通信          ■
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初めまして、ライターの神月叶と申します。
この度は神聖都学園での依頼「紅い雪を探して」に参加くださり、
ありがとうございました。

ライターとしての初仕事ということで、悩み、緊張しながらの執筆でしたが、
お三方それぞれに魅力的な方で、楽しく作成させていただきました。
少しでも皆様の持ち味を生かした仕上がりになっており、楽しんでいただければと
思います。
今後も素晴らしい能力を存分に発揮してのご活躍、祈っております。

ご縁がありましたらまた、依頼を受けて下さると嬉しい限りです。