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唯奈を守って!
○オープニング
「今日もみんなきてくれてありがとー!」
ホールの中に、元気な声が響き渡る。勿論ライブをしているのはク・メルの顔といってもいい『Azure』。
その真ん中でボーカルを務めるのは、メンバーの中でも一際小柄な唯奈だ。
体は確かに小さい、しかし、その歌声は強烈な個性を持つメンバーの中でも埋もれることはない。
天性の才能。美しく、力強い歌声が今日もホールに響きわたる。
「…ユイナタン…」
でも。そのライブの熱気の中で、別の意味で熱のこもった視線を送る人たちがいたりした。
* * *
☆青空掲示板☆
○――青空のライブ行ってきた
今日青空のライブ行ってきますた。後でユイナタンの写真うpします。
○Re:青空のライブ行ってきた
おーお疲れさまでっす。写真期待してます。
○Re:青空のライブ行ってきた
乙カレー。レポ期待。
○青空のライブ行ってきた人
後、ユイナタンのスリーサイズ入手しますた。
身長152、体重39。上から77・52・76だそうでつ。
○Re:青空のライブ行ってきた人
マジですか!?うおぉ…未成熟いい…。
* * *
「……」
唯奈がとっさに後ろを向いた。しかし、後ろには誰もいない。
「どうした唯奈ー?」
「…あ、いや、気のせいみたいです」
さっきの感覚はなんなのか、気にしながらも唯奈はその場を立ち去った。
しかし、気のせいではなかった。物陰に、数人の男たちが潜んでいた。
次の日も。次の日も。また次の日も。視線が、唯奈を見続けた。
「…最近、気になってしょうがないんです」
溜息をつきながら、いささかげんなりした顔で唯奈が言った。
「それ、あれじゃねーか?ストーカーってやつ。唯奈可愛いしなー」
「そ、そんな!そんなの怖いです…」
「お、おい、マジで怖がんなよ唯奈」
冗談のつもりが、本気で怯えてしまったのでアスカは焦る。
「そう言うときはあれでしょ、持つべきものは知り合いってね〜♪」
里緒は携帯を取り出してどこかにかけ始めた。
「御姉様怖いです…」
「…大丈夫…」
抱きついてくるその小さな頭を、玲はよしよしと撫でた。
「ゆいたんを守るナイト様は俺っちだー、なんてな〜☆」
洪陽だけは、やっぱり馬鹿みたいに明るかった。
○ガンバれ男の子!
「にしても…」
ク・メルにきていた火宮ケンジがぐるっと見渡してつぶやく。
「女の子、多いよなぁ…」
それが、彼の正直な感想だった。
そんな彼の視線の先で、一組の男女が話をしていた。
「悪ぃな、今回もなんか巻き込むみたいな形になっちまって」
「…気にするな。偶々きていたのも、何かの縁だろ」
口調が悪いのは、言うまでもなくアスカであり、少しぶっきらぼうな男は元軍人グラハルト・シュナイダーその人である。
「ははっ、まぁ今回も頼りにしてっから」
「……」
親しげに話すアスカとグラハルトに、ケンジはどこか面白くない。
『…俺にはそんなこと一言も言わなかったじゃないかよ』
確かに、見た目からしてグラハルトとケンジではどちらが頼りになりそう?と聞かれれば、ほとんどの人がグラハルトと答えそうなものだが、それでも、それでもケンジは何処か気に食わない。
「おやおや?おやおや〜?」
「むむむ?」
そんなケンジの様子に気づいたのは、里緒とシオン・レ・ハイの年長コンビ。何処か二人とも猫のような動きでケンジとアスカたちを交互に見る。
「これはこれは?」
「もしかすると、ですねぇ」
二人は顔を見合わせ、にんまりと笑った。
「…あの二人、何してはるん?」
「さぁ…?」
そんな年長コンビを見ながら、よく理解できていないのは一條美咲と橘沙羅の女子高生コンビ。
ちなみに彼女たちは親友であるが、偶々きていたク・メルで出会い、そのままこの件に巻き込まれていた。
ついでに言えば、美咲はと言うと、実は何が起こっているのかまーったくこれっぽっちも理解していなかったりする。
彼女の場合、偶々街を歩いているときに唯奈のストーカー予備軍を偶々見つけ、「なんやこれは事件の匂いが!っちゅうか事件や!!」などと勝手に決めつけ追跡開始。そして辿り着いたのが前回も巻き込まれたク・メルだった、という感じである。…興味本位もここまでいけば危ないと思うがどうか?
「まぁ大人には大人の世界があるっちゅーやつだぎゃよ、みさきち&サラスパー♪」
二人の後ろにいきなり現れるデカい影。洪陽だった。
「うわわわっ、いきなり後ろに…っちゅうかうちはみさきちちゃう言うてるやろ!」
「きゃぁ!…洪陽さん、いきなり後ろはビックリします…それにその、サラスパっていうのは…」
「せや、なんで沙羅ちゃんがそないなけったいな名前やねん!」
ガーッとまくりたてる美咲と、それほど男が得意ではない沙羅の頭を洪陽はワシャワシャっとはるか頭上からかきまわした。
「みさきちはみさきちだべ?それに、サラスパは食べちゃいたいほど可愛いっていうかー」
いや、男のその口調は本気でやめていただきたい洪陽さん…。ちなみにサラスパの元ネタは説明するまでもないので省略!
「…というか、さっさと対策を決めなくてもいいのか、里緒さん?」
一人冷静な風間悠姫の声が、やたらと賑やかなク・メルの中に静かに響いた。玲と唯奈もそれに頷く。
ちなみに悠姫、過去に一度里緒たちに頼まれてからの縁なのだが、今回は『お願い聞いてくれないとネコミミはやしちゃうぞ☆』などと里緒に脅迫されて渋々きていたりする…合掌。
しかし、里緒はシオンと一緒にアスカを取り巻くそれに興味津々。全く聞いてやがらねぇ。
…本当に大丈夫か?
「…玲さんがいればそれだけで大丈夫っぽいしなぁ…」
何か情けないことを言って、すこしがっくりとうなだれるケンジ。
大丈夫、今回は男手が少ないから活躍したら目立てるぞ、頑張れ男の子!!
○困ったときはパーティだ!
そう言えば、彼らはみんながみんなク・メルに協力しに来ていたわけではない。
例えば美咲は先に上げたような理由でここに来たし、シオンにいたっては里緒にウサ耳を生やしてもらうなどというなんと言っていいか分からない理由で来ていた。
まぁ要するに。分かってない人間も多いわけで。
「…とまぁそういう訳なのよ」
分からない人間に、里緒がかいつまんで説明する。なお説明は長くなりそうなので割愛。
「なるほど…要するに、変態さんたちが沢山唯奈さんを狙っている、と」
「そら困ったことやなぁ、変態やし」
「そっかぁ、唯奈さん変態さんたちに…可哀想…」
シオンや美咲、沙羅が次々に変態と。いや、一応変態ではない…はずなんですけどね。
「しかし、彼らが何時やってくるか分からない以上、対策がし難いな」
悠姫の言うことはもっともだった。皆『うーん』と考え込んでしまう。
そんな中、一人ケンジだけは何故か不敵な笑みを浮かべていた。
「ふふふ…こんなこともあろうかと、俺は作戦を考えてきた!」
ババーン!と効果音つきでポーズをとるケンジ。はたから見るとかなり馬鹿っぽいが、本人には可哀想なので黙っておこう。
「…で、その作戦ってのは?」
グラハルトが冷静に返す。再びケンジからは『フフフ』と笑い声。アスカが「似合わねー」とかボソボソ言っているが、やはり黙っておこう。
「それはズバリ!
『橘唯奈・ファン感謝パーティ』を開く事だッ!!!!」
同時に、ケンジの後ろでクス球が割れて中から『橘唯奈ファン感謝パーティ、みんないつもありがとう!』などと書かれた垂れ幕が!
「…無駄に努力してるね…」
玲さん、そのツッコミはきついです。
しかしケンジ、熱くなりすぎたかそんな言葉聞いちゃいない。
「そう、彼らはストーカーになるほどの熱狂的なファン、ならば感謝パーティと聞いて動けずにいれるだろうか、否、いられない!」
反語を使ってみたりするあたりケンジ君絶好調です。他のメンバーは呆気にとられて見ていたり。
「そして目玉は唯奈ちゃんの手作り料理プレゼント、これで決まり!どうだこの完璧な作戦は!!」
コブシをぐっと握って熱弁終了、周りから拍手が起こる。
「いや、これ普通にいいんじゃねぇか?…まぁ、料理ってところに一抹どころじゃない不安感じるけどなぁ…」
「…まぁそうなんだけどさ、それがまた目的でもあるっていうか」
アスカとケンジの言葉に、事情をよく知らないメンバーたちが首を傾げる。
要するに唯奈の料理は…。
「…何か?」
…いえ、何でもありませんごめんなさい。
まぁ兎にも角にも、ケンジの作戦は分かりやすく、特に異論もないことから決行されることになった。
「今日の俺はカッコいいぜ!」
まだ作戦話しただけで何もやってないでしょ。
「それじゃ、色々準備しないといけませんね」
沙羅の言葉に皆頷く。
「それじゃ、私も頑張ります♪」
「お前は見学してろ」
「えーなんでですかー?」
「お前が何か手伝ったら無茶苦茶になるだろ」
そう、家事全般が不得意…というか、壊滅的な唯奈。要するに手先が異様に不器用なのだ。
付き合いの長いアスカはそれをよく分かっているので、手伝わせたくなかった。
「う〜…」
唯奈はそのままズリズリと引きずられていきましたとさ☆
「じゃあビラは作っておかないといけないな」
「それじゃうちが作ろか?」
「そうだな…いや、私も手伝おう」
ビラ作りはこのまま悠姫と美咲に決定。
「では私は力仕事ですか?」
「俺もそうなるか」
屈強な体を持つ二人は、実に頼りになりそうだ。
「シオンクン、終わったらウサ耳生やしてあげるからねー♪」
「はい、女性のためならえんやこらですよ!これくらいは昼飯前です!」
…色々ツッコミどころがあるが、あえて気にしないほうが体のためってモノですよ、えぇ。
「……」
…あ、微妙にグラハルトがツッコミたがってる。
「じゃあ俺たちは…とりあえずパーティの計画とかやるか」
「だな。にしても、偶には冴えてるなケンジ」
「偶に、は酷いだろ…」
「ははっ、わりぃわりぃ」
こっちはこっちで何か楽しそうです。微妙にグラハルトがそれを見ていたり。
「……」
キラーンと目を光らせる里緒と玲が微妙に怖かったり。
「うぅ…皆酷いです」
一方その頃、唯奈は一人仲間はずれで少し拗ねていた。
そんな彼女の前に、影が一つ。
「えと…唯奈さん、お話聞かせてもらってもいいですか…?」
やってきたのは沙羅だった。あまりやれることがなく、唯奈と話に来たらしい。
「あ、沙羅さん…お話、ですか?」
「うん、その、変態さんたちのこととか…」
「あ、それうちも聞きたいー」
そんな二人の下に、美咲がやってきた。
「あれ、美咲ちゃん…ビラは?」
さっきまで作業していたのだ、いきなり抜けるのはまずいだろう。そう考えながら沙羅は美咲に聞いた。
「あぁ、飽きたからこっちきたんよ」
美咲、即答。いいのかそれで!
ちなみにビラは。
「ん〜俺っちってば天才〜♪」
何故か洪陽が作っていた。悠姫は何処に?
「…ふむ、なるほど」
彼女はPCを使って何か調べていた。
洪陽にまかせっきりの時点でかなり不安が付き纏うと思うのだが、そこら辺どうか。
一方、こちら女子高生組。
「…というわけなんです」
今まで自分がどれだけ怖かったのかということを、唯奈は身振りそぶりを交え説明し、一度言葉を止めた。
そしてそれを聞いた沙羅と美咲は、
「うぅ…それは怖いですよね…」
「あかん、うちそういうのホンマにあかん…サブイボ立ってもうた」
本気で怖がってたりする。
「いつまでも気持ちが悪いままじゃ辛いですよね、唯菜さんのために沙羅がんばるっ」
「せやね、うん、うちもガンバろ」
沙羅が握りこぶしをギュッと握れば、美咲もそれに頷く。
「…本当にありがとうございます」
そして、それに素直にジーンと感動する唯奈。
あぁ、今ここに一つの友情が、感動!
…しかし、三人揃って背が低く、ちょっとロリな感じでそのストーカーもどきたちがみたら…コホン、これ以上はやめます。
何にせよ、ここに三人の固い友情が結ばれた。
…で、その心配なビラのほうですが。
「出来たー♪」
やたらと明るい洪陽の声が響く。そこに調べ物をしていた悠姫が帰って来た。
「ほう、どんな出来なんだ…?」
と、後ろから覗き込んだ瞬間、悠姫がピシッと凍りついた。
そこには、なんでどうやったらこうなるのかというくらいにおかしなものばかりが描かれていた。
例えば、何故かやたらムキムキで棘が一杯ついたショルダーガードを装備した世紀末な唯奈とか、これは生物かと思える謎の物体とか…そこに踊る文字は『このイカれたパーティへようこそ!』とかかなり意味不明…っていうか、最早ビラではない。
悠姫は頭を抱え込んでしまった。
なお、洪陽がこの後悠姫に思いっきりぶっ飛ばされたのは言うまでもない。
「御姉様、優しくして…」
「気色悪いわ!」
あ、また蹴りが入った。
なお、残りの大道具組とパーティ計画立案組はほとんど滞ることもなく進んでいた。
大道具のシオンとグラハルトは元々手先が器用だし、ケンジは大本の計画を考えていたこともあり、計画立案もほぼ問題はなかった。
こうして、一部(というか、洪陽に)問題はあったが、無事に唯奈のファン感謝パーティが開かれることとなった。
○パーティは命がけ!?
『えっと…今日は本当にありがとうございます。今日は一日楽しんでいってくださいね』
控えめな唯奈の挨拶が終わると、ホールは拍手に包まれた。こうして、パーティが始まった。
「…にしても、予想以上にいっぱいだなぁ…」
ケンジがホールを見渡してつぶやく。スタンディングで100人は収容出来るホールは既に満員の状態だった。
「…これじゃ、動きにくいな」
「確かに」
グラハルトと悠姫がうんうんと頷く。
「…でも、その手の人たちは凄く分かりやすい、ですよねぇ…」
「いや、いい意味で目立っているというかなんというか」
沙羅が少し苦笑しながら言うと、シオンがそれに答える。
「確かに」
「全く」
「それは言えてる」
「…いい意味、なんでしょうか?」
しかし、シオンにツッコんだのは沙羅だけだった。沙羅のツッコミはもっともです。
…で、その分かりやすい人たちなのだが。
「生ユイナタン…」
「写真、写真」
「後で握手を…」
なんというか、異様な雰囲気を放っていた。その数およそ100人!今回の来客のほとんどである。それが固まっているものだからもう分かりやすいの何の。
「…なんでそっち系しかいないんだ?」
グラハルトがかなり失礼なことを言ってみたりする。
「実は、彼らの掲示板にちょっと書き込んでおいたんだ」
犯人は悠姫だった。準備のときにPCを触っていたのはそのためだったらしい。
「…まさか、ここまで多いとは思わなかったが、な」
しかし、予想以上に人数が多かったらしい。純粋な唯奈のファンには悪いことをしたか、と少し考える悠姫だった。
「はいはい、押さないでくださいねー数は十分にありますから!」
会場の端では、シオンが店を開いていた。おいてあるのは、全て唯奈のグッズだった。
「俺生写真を!」
「ボクはこっちの…」
何時の間に作ったのかは知らないが、売り上げは上々のようだ。
「こうやって怪しい人がいないかどうかチェックするのですよ!勿論お金も入れば一石二鳥!」
いや、怪しい人しかいないんだし、あんたの場合は後者だけでしょ。
「ふふふ…事件の匂いがするでー…」
そんな集団の傍をこそこそと動く影一つ。美咲だった。まぁ匂い云々なくても分かるじゃん!っていうツッコミは可哀想なので。そんな私は置いてけぼりで美咲は推理開始。
「うーん、しかしこないに一杯おると大変や…はっ、まさかこのまま集団で唯奈さん誘拐!?」
って、一人で何勝手に暴走してるんですかあなたは。
しかし美咲は止まらない止まれない、一度思ったら命がけが一條美咲!!
「そんでもって、あないなことやこないなことをあーだこーだ…うっきゃーー!?」
美咲の脳みそ絶好調♪あないなことやこないなことって何なんですか一体。
「そらお子様にはとても見せられへんことで…」
ヤバイのでそれ以降はカットです!
「とにかく、そないなことはさせられへん!うちが止めるでー!」
こうして、迷探偵(?)美咲が行動を起こした。といっても、ただ後ろで監視するだけなのだが。
こそこそこそ…。
その裏で、自分も監視(?)されているとは知らずに…。
* * *
『じゃあ、唯奈からのプレゼントだ、ありがたく食べろよー!』
アスカがマイクでそう言うと、ホールの奥から様々な料理やお菓子が出てきた。
「…これ、全部唯奈ちゃんが?」
「えぇっと、はい…」
ケンジが聞けば、唯奈が少し照れくさそうに答える。瞬間、会場中の殺気がケンジに向けられた!
「は…ははっ、そっか…」
さすがに100人分の殺気は凄まじく、ケンジは引き攣った顔で答えた。
「…いや、これから唯奈ちゃんの料理を食べるあいつらが可哀想なんだよ…」
「ユイナタンの手料理…こ…これは…まずぁぁぁぁ!?」
と、ケンジが言っている傍から悲鳴があがり、一人、また一人と絶叫を上げながら倒れていく。
「……いや、これは勝手にあいつらが倒れているだけだ、うん」
「あは、あははは…」
「…さて、少し私は休むか…どうも疲れが溜まっているようだ…」
あまりの光景に、グラハルトたちは現実逃避気味だった。
そんな彼らの横で、釣竿を構えるシオン、何やってるんですか?
「さーて釣れないでしょうか…と、釣れました」
竿がしなったので、糸を引いてみれば、その先には気を失った男一人。どうやら、餌(?)のクッキーを食べて失神したらしい。
「いやぁ、大物ですね!」
魚じゃないよシオンさん!
「…なんや、皆倒れてもうた…」
近くで彼らを監視していた美咲は呆然としていた。
会場は既に死屍累々の地獄絵図と化していた。なにやら呻き声やら泣き声やらが聞こえてきて、ちょっぴりホラーテイスト☆
「…うわ、マジで夢に見そうやこれ…」
元々ホラーモノが苦手な美咲にとって、その光景はあまり精神衛生上よろしくなかった。
「…もうやめよ」
そして、飽きっぽい性格なので、動かないものにはあまり興味はない。飽きてしまったので、美咲は彼らを無視して歩き出した…それは酷いですよ、美咲さん。
(こそこそ…)
そんな彼女の後ろをこそこそと動き回る影。しかし美咲は気づかない。
「…何をしているんだ、あいつらは?」
美咲の後ろをついてまわる洪陽、それを見ながらグラハルトは呟いた。
「あぁもう、なんや一気にしらけてもうた…」
言いながら、美咲は毒物(唯奈に非常に失礼)に手を伸ばす。
「あかんみさきちーそれはあかんのやー!!」
そんな美咲の手を、何故かうさんくさい関西弁で言いながら洪陽が止めた。
「みさきちちゃう言うてるやろ!…で、なんであかんの?」
「えーっと、周り見ればわかるんちゃいます?」
美咲が周りを見渡す。周りはゾンビだらけだった。
そんな彼らの中で、シオンがクッキーに手を伸ばしていた。
「…おなかが…」
さすがは根っからの貧乏人、何か食べ物を見ると自動的におなかが空くらしい。
そして、誰かが止める暇もなく、パクッと☆
「……」
そして、何か凄く爽やかな笑顔を浮かべて、シオンは倒れました☆
「…やめとくわ」
「うん、それがいいと思いまさぁ。みさきち偉い偉い☆」
「せやからみさきちちゃう言うてるやろ!」
彼らがそんな漫才を繰り広げている頃。
「…あぁ…あなたは去年の暮れ以来見なくなったシゲさん(仮称・78歳)じゃないですか…」
シオンさんは何処か遠いところで再会を果たしているようでした。
「うーん…こりゃ、俺たちの出番もないかな?」
予想以上の唯奈の料理の破壊力に、計画を立てたケンジも少し冷や汗をたらす。
目の前ほとんどがゾンビ化しているほどなのだ、まともに動けるものなどほとんどいないだろう。
「…ま、それならそれでいいんじゃないか?」
「ですね、それが一番です」
事を荒立てないで済むなら、とグラハルト。沙羅と悠姫もそれに頷く。
「そうだな。あぁそうだ唯奈、少しいいか?」
と、悠姫がちょいちょいと唯奈を手招きする。はい?と首をかしげて唯奈が悠姫の前にやってきた。
「…やっぱりな」
「えっと…何が、ですか?」
訳の分からない唯奈に、悠姫は少し苦笑して「なんでもない」と答えた。
「…魅了の魔眼か、ふむ、中々厄介なものを」
同じ能力を持つ悠姫は、唯奈の瞳を見て一目でそれに気がついた。
唯奈の場合、その能力に気づいておらず無意識のうちに発動するものだから性質が悪い。
「まぁ気づいていないようだし、それとなく防ぐようにするしかないか」
原因が分かったところで、実際にはそれを防ぐことが出来ないのがまた厄介だ。悠姫はまた少し苦笑を浮かべた。
* * *
さて。全員ぶっ倒れて、後はどうするか…と考えていた一向。確かに唯奈を守るのは守っているのだが、彼らを説得させるだのどうするだのという肝心のところが抜けていた。
そして、世の中そんなには甘くなかったりする。特に、こういう連中の執念は凄まじいものがあるのだから。
異変に気づいたのは、他ならない唯奈だった。
「…あの、皆さん動きが…」
と、言った頃にはもう既に動きがあった。
『ユ〜イ〜ナ〜タ〜ン…』
本当にこいつらゾンビになったのか!?と言わんばかりののろい動きと異様なまでの低音を発しながら男たちは立ち上がった!
恐い、はっきり言って恐い、どっかのゾンビ映画を作った監督さんも真っ青だ!!
「「いやぁぁぁぁぁぁ!?」」
その光景に、思わず沙羅と唯奈が悲鳴を上げてお互いを抱き合う。その瞳にはうっすらと涙も溜まっていた。
その姿に男たちは興奮したのか、鼻息を荒くし始めた!危ないってあんたら!
『ぐへへへへへ』
彼らはジリジリとにじり寄ってくる。と、そのとき、沙羅がキッと顔を上げた。
「皆さん、落ち着いて!」
言うが早いか、沙羅は歌を歌い始めた。落ち着いてという思いを、その歌詞に乗せて…。
「あぁぁ…」
すると、効果があったのか、男たちの動きが止まる。
「やったか?」
しかし、甘かった。そう、甘かった。
今や目の前の震えるユイナタンしか見えていない彼らがそれくらいでは止まるはずがなかったのだ!
『ユ〜イ〜ナ〜タ〜ン!!』
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
男たちがユイナタンに襲いかかろうとした、その時!
「ぐべへぇ!?」
男が一人、顔を歪めながら吹っ飛んでいった。
「いい加減にしとけよお前ら」
「…恐がってる…」
グラハルトと玲だった。そして、一番前にいた体格のいい男を一人掴んで、
「お前らこうなりたいのか?」
「…へ?ひぐ、へぎ、みぎゃぁ!?」
言ったと思った瞬間、男の顔に、コブシが一つ、二つと吸い込まれていく。程なくして、哀れ男の顔はほとんど原形をとどめなくなっていた。いや、やりすぎですよそれは。
「ひっ…」
さすがに、これには男たちもたじろぐ。
「こらグラハルト、玲、やりすぎだっての!」
「む…」
そんな二人をアスカが止める、さすがにやりすぎだと思ったらしい。言われるままに二人ともおとなしくその手を止めた。
「そうだな、何でもかんでも暴力で終わらせるのもな」
ずいっと悠姫が前に出る。
「おお、悠姫さんが大人の魅力でこいつらめろめrぶべっ!」
余計なことを言うケンジの顔に思いっきりコブシがめり込んだ。
「まぁあながち間違いじゃないんだがな」
ならなんで殴るんですか姐さん。
「まぁいい…お前ら、こっちを見ろ」
男たちの注目が一気に集まる。そこで悠姫は自らの目に意識を集中させた。
(効果音:ギュピーン☆)
えぇい、そんな効果音つけるな!と洪陽にツッコミ入れつつ、やはり瞳がギュピーンと。
魔眼メヂューサ。魔眼で魅了されたなら、さらに強い魔眼で魅了すればいいというわけだ。
瞬間、男たちの動きが止まった。全ての男たちが悠姫に釘付けだ。
そして…。
『おねえさまー!!』
今度は悠姫に男たちが向かい始めた!
「う、うわ、くるな!!」
というか、やる前から分かるようなものを…と皆その光景を見ながら心の中で思っていた。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
これには天下の吸血鬼も敵わないらしく、そのまま全力でホールを走り抜けていった。そして男たちもそれに続く。
「…これで、終わったんですか?」
未だに気を失っている男たち以外、全員いなくなってしまった。
今回の任務、終了!!
○終わってそれから?
さて、残った男たちをそのままにするわけもいかず、アスカが一人一人手当てをしていた。
「ったく…もう唯奈でどうこうするんじゃねぇぞ?」
たとえどんな男たちであっても、終わったならそれでよしとアスカは言い放ち、手当てを始めたのだ。手当てをされた男たちは、アスカの優しさにジーンと感動していたりする。
「アスカさんって優しいよなぁ…」
「…そうだな」
そんな彼女を見守る男二人。そしてそんな三人を見守る影多数。
「これからが楽しみねぇ♪」
「……」
他人のこういうことにはみんな興味津々なのだ。
「はい、シオンクン起きるーウサミミはやしてあげないぞー?」
「そ、それは困ります!」
里緒がぺしぺしと頬を叩くと、シオンは一発で起き上がった。っていうか、あんたウサミミで起きるんですかい。
その後、ウサミミをはやしてもらってはしゃぐオッサンが一人いたとかなんとか。なんだか。
「はぅ…皆さん、本当にありがとうございました」
唯奈がぺこりと頭を下げる、相当恐かったらしい。まぁ、彼女の鉄拳が飛ぶ前に終わって一安心?
「本当によかったですね…沙羅も恐かったです」
一緒に襲われそうになった沙羅もよかったよかったと満面の笑みを浮かべていた。
「ホンマ恐かったわぁ…まぁ終わって一安心やね」
美咲もうんうんと頷く、でも実は彼女、今回特に何もしていなかったりする。
まぁ歳も近い女の子、近くにいれば自然と仲がよくなるわけで。
「あ、今度また遊びに来てもいいですか?」
「うちもうちもー」
「えぇ、それは勿論♪」
コミュニケーションは上々だったようで。
「仲良きことは美しきかなーってなー♪」
洪陽君、偶にはイイコト言うね。
「まぁ今回はこれで一件落着ー☆」
片付け等も全て終わり、里緒がパンと両手を合わせた。
「よーし今回はお姉さんが御飯おごっちゃうぞー♪」
その声に、みんなから歓声が上がった。
で、その頃。
「お前ら何処まで追いかけてくるつもりだー!!」
ドゲシッと悠姫の蹴りが男の一人に入る。しかし、蹴られた男は何処か恍惚とした表情で立ち上がり、また悠姫を追いかけ始めた。
「あぁぁぁもう嫌だあぁぁぁぁ!!」
『お姉様ー!!』
っていうかお前ら全員Mかよ!
あぁ悠姫、キミの明日はどっちだ?
なお、数日後には、件の掲示板には悠姫とアスカの掲示板が新たに立ったとか。そして、二つの掲示板の書き込みは対照的だったとか。
悠姫、何処までも合掌…。
<END>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2489/橘・沙羅(たちばな・さら)/女性/17歳/女子高生】
【3243/風間・悠姫(かざま・ゆうき)/女性/25歳/ヴァンパイアハーフの私立探偵】
【3356/シオン・レ・ハイ(しおん・れ・はい)/男性/42歳/びんぼーにん(食住)+α】
【3462/火宮・ケンジ(ひのみや・けんじ)/男性/20歳/大学生】
【3913/グラハルト・シュナイダー(ぐらはると・しゅないだー)/男性/29歳/反逆者】
【4258/一條・美咲(いちじょう・みさき)/女性/16歳/女子高生】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
こんにちは、体調崩して大変でしたへっぽこなEEEです。
今回は皆さん参加ありがとうございました。
依頼を立て続けに二つ出した上に、体調を崩してしまって納品がギリギリになってしまってすいません…(汗
・橘・沙羅様
シチュノベに続いて参加ありがとうございました。
今回は唯奈と一緒に恐がる役ということで…(ヲイ
無事に友情の方は結ばれたようです。しかし、可愛いですね…(黙
・風間・悠姫様
こちらもシチュノベに続いてありがとうございました。
魔眼で魅了してしまうとのことだったので、必然的にあぁなりました…まぁお姉様ですし、余裕?(マテ
掲示板のほうは…コネを使って何とかしてください(人頼みかい
・シオン・レ・ハイ様
毎回のご参加本当にありがとうございます。
今回残念ながらサイコメトリーは出来ませんでしたが、無事にウサミミを獲得できたということでよかったかと(よくない
しかし、バニオ(バニーのオッサン)には笑ってしまいました(笑
・火宮・ケンジ様
前回に引き続き参加ありがとうございます。
今回はほとんど計画の中心ということで、序盤から活躍してもらいました。
しかし…これからどうなるんでしょうかねぇ?(聞くな
・グラハルト・シュナイダー様
やはり前回に引き続き参加ありがとうございます。
容赦なく殴りつけるところがステキです(笑
しかし…やっぱりこれからどうなるんでしょうか?(だから聞くなと
・一條・美咲様
そして四度前回からの参加ありがとうございます。
最早みさきち&洪陽の漫才コンビが出来上がっているような出来てないような(どっち
しかし、関西人の性というのは辛いですね…(笑
それでは、あとがきも長くなってきたのでこのあたりで。
次回も機会があればよろしくお願いします。
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